『千年の恋 ひかる源氏物語』:2001、日本

千年前、紫式部は藤原為時の娘として生まれた。藤原宣孝の妾となった彼女は、娘・賢子を生んだ。やがて為時が野盗に殺されるが、弔うこどか出来るのは正妻だけだった。式部は弟・惟規に反対されながらも、源氏物語という作品を書き始めた。
ある時、宮中の左大臣・藤原道長から、彼の娘・彰子の教育係として京の都へ来て欲しいという依頼が式部に届いた。道長は兄・道隆と権力争いをしており、道隆の娘・定子の教育係は清少納言が務めていた。式部は彰子に、源氏物語について語った。
源氏物語の主人公は、美しい容姿を持つ桐壺帝の子・光源氏だ。彼は12歳で4上の葵の上を娶り、彼女の兄・頭の中将らと遊んだ。だが、源氏には悩みがあった。彼は実母・桐壺更衣に似た義母・藤壺中宮に惹かれていたのだ。相手は帝の寵愛を受ける女性だったが、気持ちを抑え切れない彼は藤壺と一夜を共にした。
源氏の子を妊娠した藤壺は、彼を避けるようになった。源氏は自分の気持ちを発散するため、六条御息所や源典侍など、多くの女性と関係を持った。六条御息所は嫉妬心から葵の上を呪い殺し、帝に仕える揚げ羽の君は屋敷を飛び出した。
やがて源氏は、藤壺の面影を持つ少女・紫の上と出会った。源氏は彼女を京に連れ帰り、理想の女性に育てることにした。六条御息所が伊勢に去った後、源氏は源典侍や末摘花、空蝉と関係を持った。やがて源氏は、桐壺帝の息子・香月王子と会った。十条帝に愛される朧月夜と会った源氏は、彼女と関係を持った。
身の危険を感じた源氏は、側近の惟光らと共に須磨に逃げた。やがて明石の入道から海の御殿に招かれた源氏は、入道の娘・明石の君と関係を持った。十条帝が病に倒れたため、弟の源氏は京に戻り、即位した香月王子を補佐する太政大臣となった。源氏は、四季の女性を集めるための六条邸を建設することにした…。

監督は堀川とんこう、脚本は早坂暁、製作は広瀬道貞&塚本勲&里見治&菅徹夫&後藤亘&箱島信一&柴田俊治、企画は岡田裕介&早河洋&飯田貞志&気賀純夫&山内久司、プロデューサーは妹尾啓太&冨永理生子&木村純一&遠谷信幸&古川一博&依田正和、製作総指揮は高岩淡、撮影は鈴木達夫、編集は只野信也、録音は佐俣マイク、照明は安藤清人、美術は西岡善信&松宮敏之、特撮監督は佛田洋、音楽は冨田勲、音楽プロデューサーは北神行雄&津島玄一。
出演は吉永小百合、天海祐希、常盤貴子、森光子、渡辺謙、松田聖子、高島礼子、かたせ梨乃、南野陽子、細川ふみえ、中山忍、竹下景子、竹中直人、片岡鶴太郎、神山繁、加藤武、風間トオル、前田亜希、水橋貴己、浅利香津代、織本順吉、岸田今日子、風間杜夫、山本太郎、本田博太郎、段田安則、平野忠彦、鷲尾真知子、服部妙子、真実一路、橋本さとし、木下浩之、西丸優子、亜路奈、鷹城佳世、水野麗奈、橘ゆりこ、鈴木えみ、久保内亜紀、西口彩乃、斎藤麻衣、山瀬朝生、奥田佳栄子、みなみみな、星野悠月、濱口和之、三浦春馬、鈴木幹太ら。


原作者の紫式部を主人公に据えて『源氏物語』の世界を描いた作品。東映創立50周年記念作品。紫式部を吉永小百合、光源氏を天海祐希、紫の上を常盤貴子、清少納言を森光子、藤原道長&藤原宣孝を渡辺謙が演じている。
他に、藤壺中宮&桐壺更衣を高島礼子、大后をかたせ梨乃 、朧月夜を南野陽子、明石の君を細川ふみえ、葵の上を中山忍、六条御息所を竹下景子、揚げ羽の君を松田聖子、明石の入道を竹中直人、藤原為時を神山繁、右大臣を加藤武、頭の中将を風間トオル、賢子を前田亜希、彰子を水橋貴己が演じている。

『源氏物語』ってのは、簡単に言うと「スケコマシ男が大勢の女を餌食にしていき、ハーレムまで作っちゃう」という素敵な話だ。絢爛豪華な宮中の様子を綴ると見せ掛けて、実は男性優位の社会を批判した話だという見方もされている。
早坂暁は、女性達の悲しみを描こうとしたらしい。
しかし、出来上がった結果、最も悲しんだのは映画館に足を運んだ観客だろう。
どうしてこんな映画に金を払ってしまったのかと、嘆いたことだろう。
もしくは怒り狂うか、呆れて涙も出なけりゃ怒りもしないか。

紫式部は、殿方に夢を抱いている幼い少女に対して、「こんな素晴らしい男がいるのよ」と言って源氏の物語を語り始める。そして、「男なんて所詮、身勝手なスケベ野郎なのよ」とピシャリと言ってしまう。
それは、お婆さんが「それはね、アタシが狼だからだよ」とでも言うような感じか。
紫式部、悲しい女というより、怖い女である。

この映画、紫式部の人生と源氏物語が並行して描かれる。
では、源氏物語の展開が紫式部の生活に影響を与え、変化をもたらすかというと、そんな様子は見られない。紫式部の生活が、源氏物語に反映されることもない。
ひたすら、並行して進むだけ。

基本的に『源氏物語ダイジェスト』なので、多くの女性は少ない登場時間で消えていく。南野陽子は、短い濡れ場要員という感じ。中山忍は、ほとんど殺されるためだけに出てきただけ。あと男性だが、片岡鶴太郎は絵を見せるためだけに顔を出す。
源氏に天海祐希をキャスティングしたせいで、濡れ場でも彼女の裸を映せない。そもそも、他のキャストも全てタカラヅカ女優で揃えれば馴染むのだろうが、彼女だけがヅカなので、どうしても濡れ場が男女のモノではなくレズシーンにしか見えない。

『北京原人 Who are you?』を見た時に、脚本を書いた早坂暁は第二の橋本忍になるのではないかと思ったのだが、その悪い予感は着実に当たる方向へと向かっているようだ。松竹に続いて東映作品もぶっ壊すという、小泉純一郎より遥かにパワフルな人である。そして彼の壊れっぷりに、監督も役者も仲良くお付き合いしている。
この映画が作られた時、早坂暁は「この映画はタカラヅカ的な華麗な王朝絵巻ではない」というコメントを出している。しかし、光源氏を演じるのはヅカ出身の天海祐希だ。
その辺りからしても、この映画がいかに壊れているかが覗える。
ついでに言えば、この映画、日本アカデミー賞で11部門にノミネートされた。
あの賞も完全に壊れている。

キャスティングで言えば、源氏以外の面々の方が面白い。
吉永小百合は、なんと神山繁の娘役で登場する。どう見ても奥さんだろ。
おとなしく純情な紫の上を演じる常盤貴子は、どう頑張っても純情に見えない。
源氏が思わずため息をつくほど美しい明石の君がフーミン。
風間トオルは、宮廷の人間なのに肌が浅黒く焼けすぎ。
渡辺謙は、ものすごく唐突に殺される。
森光子が「春はあけぼの〜」と言いながら登場するシーンで、あっけに取られる。
細川ふみえは、なぜか琴が演奏される前で水中出産。
終盤になると、老人メイクの風間トオルと山本太郎が登場して失笑を誘う。

この映画の壊れっぷりが最も顕著に表れているのは、真の主役が吉永小百合でも天海祐希でもなく、松田聖子になっているということだろう。
彼女は唐突に登場し、服を1枚ずつ脱ぎながら外へ飛び出し、歌い始める。現代ポップスのメロディーを、思いっきりポップスの節回しで。そこだけは、唐突にミュージカルシーンになる。
わざわざ原作に無い役を用意してまで松田聖子をキャスティングし、彼女の場面だけはミュージカルになるのだから、実は彼女のために作られた映画だと言ってもいいだろう。
いや、映画と言うより、平安風歌謡ショーと言うべきか。

 

*ポンコツ映画愛護協会