『世界で一番美しい夜』:2008、日本

「どうして人間は不幸になってしまうのだろう」と考え続けた男は、「人間は工夫をするから不幸になるのだと」いう結論に達し、一切の文明を捨てて工夫をしないように生きていこうと決意する。妻は「私は無理よ」と言い、男は家を捨てて山小屋に籠った。妻が心配して見に行くと、男は「まだ人工的な環境から逃れられない。もう来ないでくれ」と告げて洞窟に籠った。草や木の実を食べて寒さに耐えている内に男は退化し、言葉まで忘れた。男はついに、幸福でも不幸でもない状態を手に入れた。数十年ぶりに妻が行くと、男は野獣化していた。彼は妻の顔も忘れており、いきなり襲って殺害した。妻の持っていた携帯電話とスプーンを見つけた彼は、それを擦り合わせた。そして男は、火を発明してしまった。
要村の人々は、大いに盛り上がっていた。13年連続出生率日本一で政府から表彰されることになり、代表者の一行が東京へ行くからだ。出生率が上昇した理由を、中学生のミドリは知っていた。夏休みの宿題で社会科のレポートを書くため、自分で調べたのだ。自分では良く書けていると感じたが、校長に呼び出されて説教されてしまった。それどころか、「絶対に口外するな、村のことを喋れば退学だ」と脅された。そこで彼女は東京のジャーナリストにメールを送り、全てを暴露することにした。
14年前、稲穂新聞の記者である水野一八が、村の支局に転属してきた。支局長の遠藤はやる気が無く、「ようこそ、新聞記者の監獄へ」と冷めた表情で告げた。そこの人員は、彼と支局員の石塚の2人だけだ。村には新聞社の創設者の生家があり、現在は記念館として使われている。遠藤は館長も兼任しているが、客は全く来ない。石塚は一八を記念館へ連れて行き、奥の部屋が住まいになることを教えた。
その夜、遠藤と石塚は一八の歓迎会として、スナック「天女」へ彼を連れて行く。働いているのはママの輝子とホステスのテレサだけという、小さな店だ。伝説の漁師と呼ばれている権三は魚を持ち込み、自分で捌き始めた。遠藤は一八に「アンタの罪は?」と尋ね、自分が組合の委員長だったこと、会社の不当人事に抗議して10年前に左遷されたことを話す。石塚は2年前に殺人事件で誤報を出してしまい、要村に飛ばされた。
一八は左遷の理由について、「色々あって」と多くを話したがらなかった。彼は酒で記憶が無い間に、女を強姦した容疑を掛けられてしまった。告訴したくなければ慰謝料を支払えと要求された彼は、マンションの売却と退職金の前借りで金を工面した。しかしゴシップ雑誌に記事が載ったため、左遷されたのだった。遠藤は一八に「船で30分行けば楽園がある」と言い、石塚が「まずいです」と止めるのも無視して、漁師が島で女を買っていることを教えた。
遠藤は一八に、「この村の民度は恐ろしく低い。支配の構造は江戸時代と変わってない。馬鹿が支配する馬鹿な村だ」と吐き捨てるように告げた。石塚は村長がリゾート開発で大損し、米軍基地を誘致しようとしたら断わられ、今度は放射性廃棄物処理場を誘致しようと考えていることを語った。一八は輝子について「綺麗な人ですね」と感想を漏らし、石塚は「こんな村には勿体無い人です」と述べた。
翌日、一八は朝から挨拶回りに出掛けた。最初に派出所へ行くと、駐在は酔っ払いか子供の喧嘩ぐらいで平和なものだと話す。それから彼は、妻が逃げたことを話す。村長の笠松は放射性廃棄物処理場の誘致について訊かれると、「公共事業が無ければ、こんな村はみんな飢え死にする」とを必要性を語る。婦人会の会長である笠松の妻が来たので、一八は挨拶する。一八が「いい奥様でいらっしゃいますね」と言うと、笠松は「まずは家庭円満でなければ村のことまで手が回りませんからね」と話す。しかし彼は少なくとも10年は、妻とセックスしていなかった。
中学校を訪れた一八は、イジメや非行問題について校長の久保に尋ねた。「東京とは違って、素直でいい子ばかりです」と説明する久保はロリコンで、女子中学生と付き合っている。久保は自分が遺跡を発掘したこと、村で唯一の指定文化財にしたことを自慢した。殴り合いの喧嘩をする男子生徒たちがいても、久保は「元気がありますね」と呑気に言うだけで止めようともしなかった。久保は一八を遺跡へ案内し、「縄文人たちは信じられないほど子だくさんだったのです。学会の人間は黙殺していますが、いずれ私の研究の正しさが証明されるはずです」と熱く語った。村の娘である〆子が笑顔で手を振っているのを一八が気にしていると、いきなり乞食の老婆が現れた。久保が老婆を追い払い、「頭がおかしいんですよ」と言う。
夜、一八はスナックへ行き、村長と校長に会ったことを遠藤に話す。遠藤は彼に、海神神社の宮司が強い影響力を持っていることを教えた。遠藤が「ここには何も無いぞ。あがいても無駄だ」と酔っ払って語ると、一八は「10年も冷や飯食わされて、良く我慢できますね」と告げた。遠藤が「これは罰だ。そして俺は罰を受けるべき人間なんだ」と言うと、輝子は「貴方は間違ってます」と口にした。輝子が電話を受け、その相手に「警察なら大丈夫よ。心配しないで」と話しているのを、一八は耳にした。
翌日、一八は海神神社へ行くと、宮司の平野は「おたくの新聞は読まん。思想的傾向に問題があり過ぎる」と言う。彼は一八に、「村には危険人物が2人いる」と告げる。船に住み着いている二瓶は過激派のテロリストで、輝子は亭主2人を保険金目当てで殺した女だという。驚く一八に、平野は輝子がカルト宗教の信者で何かを企んでいると語った。「何かが起こってからでは遅い。協力してくれ」と話す平野は学生時代、キリスト教のカルトの信者だった。
一八は二瓶欽一と会い、話を聞かせてほしいと告げる。二瓶が「俺は忙しい。これから研究がある」と拒んだ直後、〆子が一八の背後から現れてバッグを奪った。〆子は「アンタはそれほど馬鹿じゃない」と笑い、スカートを上げてパンティーを見せる。彼女は「私、馬鹿アレルギーなの。馬鹿に近付くと痒くなっちゃうの。アンタは微妙な馬鹿。だからちょうどいいわけ」という。頭の弱い娘だと考えた一八は、バッグを取り戻して立ち去ることにした。〆子は日本で最もIQの高い子だったが、頭が良すぎて教師たちに憎まれ、しかも馬鹿アレルギーなので登校拒否になった。
支局に戻った一八は、輝子のことを石塚に訊く。石塚が「金沢のバスガイドだった」と言うと、遠藤が「川崎でブティック経営してたって言ってたぞ」と告げる。遠藤と石塚の話は、かなり食い違っていた。漁師の権三が支局に現れ、「ウチの〆子に手を出したな」といきなり一八に殴り掛かった。遠藤と石塚が制止し、一八はそんな人間ではないと説明する。一八が「立ち話しただけです。自分でお腹出したんです」と言うと、権三は「赤くなってたか」と尋ねる。一八が「薄く、ちょっとだけ」と答えると、彼は「俺の勘違いだ。〆子が嬉しそうに、やっとマシな男見つけたって言うから、つい」と告げた。
権三は詫びとして、一八を自分の船に乗せて海へ出た。一緒に乗った〆子は、特殊な周波数で魚を釣るための装置を自作していた。権三は「〆子の言うことさえ聞いていれば俺は名人でいられる。漁師は素人だからな」と言い、本業が弾き語りのフォークシンガーだったことを話す。権三はギターを演奏して熱唱した。一八が支局に戻ると、石塚が輝子について調べた結果を知らせる。ここに来る前は北九州にいて、そこで夫を亡くしているらしい。
北九州で取材を行った一八は、輝子が精神科の医者だったこと、結婚相手の医者だったが1年も経たずに心臓麻痺で死んだこと、かつての婚約者も心臓麻痺で死んでいることを知る。警察の司法解剖では事件性が無いと判断されたが、医者の母親は「病気なんかしたことが無かった。心臓麻痺なんて有り得ない」と話す。さらに彼女は、保険金は全て輝子が持って行ったこと、結婚してから「疲れた」と繰り返していたこと、信心なんて全く無さそうだったことを話す。婚約者の姉に電話で取材すると、「弟は陸上選手で体は丈夫だったのに、最後に会った時は疲れた様子だった」と話す。
同期の鬼塚と会った一八は、「保険金殺人の疑いが濃厚な女を見つけた」と話す。「材料が揃ったら相談するよ」と一八が言うと、鬼塚は後押しを約束した。二瓶は「土の中に歴史の秘密が隠されてるんだ」と言い、遺跡のある地面を掘る。〆子が見物している中で、二瓶は目当ての物を掘り起こした。〆子は「魔法の呪文、教えてあげようか」と言い、二瓶の耳元で囁いた。一八はスナックへ行き、なぜ医者を辞めたのか質問した。「何もかも嫌になっちゃったのよ」という彼女に、一八は夫と婚約者が心臓麻痺で死んでいることを指摘した。
スナックに悪酔いした遠藤が現れ、酒を注文した。輝子が止めようとすると、遠藤は包丁を握って振り回す。遠藤が「俺が死ねば苦しみは終わるんだ」と自分に包丁を向けると、輝子が「義光君はここにいます。貴方は家庭を顧みなかった。貴方は権威を振りかざし、理解のあるフリをして自分の考えばかりを押し付けた。義光君は貴方に追い詰められて自殺したの。15歳の誕生日の夜。貴方に罵倒され、薬を飲んで。家庭は崩壊し、貴方はアルコールに逃げた」と語った。
輝子は「会社と戦ってるなんて嘘っぱちです。貴方は全てから逃げるために、自分から望んでここに来たのよ。でも義光君は貴方の息子です。貴方を心配してここに来てるの」と語った。息子の幽霊を見た遠藤は、「父さんが悪かった」と謝罪した。その幽霊は、一八には見えなかった。息子は「父さんが苦しむのを見て、どうでも良くなっちゃったんだ。もういいんだ。親子で自殺するなんてダサすぎる」と告げ、姿を消した。
輝子は一八に、「夫が亡くなってから私はおかしくなってしまった。自分で診断して精神病院に入院させてもらったけど、治らなかった。ある日、苦しみから解放されて、そしたら不思議なことが起こったの」と語った。輝子は一八の目の前で、水を酒に変えてみせた。そして、「何となく噂が流れて、悩みのある患者さんがここへ来るようになって、正直困ってるの。でも放っておけないでしょ」と述べた。一八が「それだけの力があれば、教祖にだって聖人にだってなれる」と言うと、彼女は「私はただの愚かな女よ。静かに生きていければ、それでいい」と告げた。その日以来、遠藤は酒を一滴も飲まなくなった。
一八は〆子から「幸せになる方法を知ってる?」と問われ、「知りたいよ、死ぬほど」と答える。〆子は「満足の水準を下げること。そうすれば欲望は満たされる」と告げた。一八が「そういう話をしてるんじゃない。輝子さんのことだ」と言うと、彼女は「輝子さんは進化じゃなくて退化しているのだとすれば?もし退化することが出来れば、時計の針を戻せる。丸く、あの遺跡みたいに。でも回転するにはエネルギーが必要だわ」と述べた。
台風の接近している夜、平野が支局を訪れて一八を呼び出した。平野は一八が北九州で輝子を調査したことを知っており、分かったことを教えろと要求した。一八が「貴方に教える義務は無いです」というと、「チンピラ記者が誰に口を利いてる。後悔することになるからな」と平野は告げた。夜、一八は石塚と共にスナックへ行き、輝子に二瓶のことを尋ねる。すると輝子は、幼馴染のような存在で、いつも自分を庇ってくれていたと話す。「正義感が強から」と彼女が言うと、一八は「正義感が強すぎて爆弾テロで刑務所に行って、出所してからは世捨て人ですか」と述べる。輝子は「欽ちゃんは心の深い所で傷付いてるの。ずっと籠って何かの研究してるわ。何の研究か、私には教えてくれないんだけど」と話した。
窪田という男が、妻のアカネを連れて店に来た。精神を病んでいるアカネを輝子に診てもらうためだ。近所の老女に壺を買わされてから、おかしくなってしまったのだと窪田は説明した。すると輝子は「壺には大切な物が入ってる。窪田さん、貴方は浮気してますね」と指摘した。彼女は浮気相手の特徴を言い当て、「奥さんは悪くない。無責任なのは貴方よ。お金も貴方が使ってるんじゃありませんか。あの女のために取り憑かれてるのは貴方よ」と告げる。
窪田がアカネを連れて帰ろうとすると、店の入り口に不気味な男が座っていた。輝子は「貴方を支配している者」と言い、壺に入っていた液体を男の口に注いだ。男は「旨い」と言って飲み続けるか、どんどん腹が膨らむ。輝子は二度と顔を出さないと約束させ、男を立ち去らせた。壺に何が入っていたのか一八が訊くと、輝子は「欲望に勝てる物はただ一つ。今回は奥さんの愛が亭主の欲望に勝った。でも、問題は愛によってより強くなる欲望もあるってこと」と語った。
次の日、石塚はヤクザの親分である原田と会い、「神主さんが、村の平和のために、あの女が出て行くようにしてくれと」と依頼した。警察沙汰になると困るので、手荒な真似は避けてほしいと石塚は告げた。一八は輝子のことを尋ねるため、二瓶の船へ行く。船内に手作りの装置があったので、一八は「爆弾作ってるんじゃないですよね」と訊く。二瓶は「政治には興味無い。昔の仲間とは手を切った」と言う。輝子との関係について質問すると、「時々、食い物をくれる。俺は1年の内、3ヶ月は出稼ぎに行って、残りは船で研究してる。理解してくれるのは輝子だけだ」と彼は語る。輝子の能力について一八が訊くと、二瓶は「知ってるよ」と軽く告げた。
石塚の接待を任された原田の子分は、彼を娼婦の元へ連れて行った。かつて子分は、キツネ憑きになった姉を輝子に助けてもらったことがあった。そのために彼は悩んでいたが、知性が無いので判断できなかった。おみくじに頼ろうとしたが機械が壊れ、結局は自分が決めるしかないと彼は気付いた。彼は旧知の間柄である権三と〆子を訪ね、組長が輝子にケジメを付けさせると言っていることを知らせた。
二瓶は一八から何の研究をしているのか訊かれ、「爆弾だよ」と答える。「無駄な戦いからは降りた。俺は一人でやることにしたんだ」と彼が言うので、一八は一人で革命を起こすつもりですか」と尋ねる。すると二瓶は「縄文人たちは性欲が強かった。現代人は彼らの百分の一だろうな。文明の進歩と性欲は反比例するわけだ」と話す。彼は一八に、全世界の子供たちに対する熱い思いを訴える。「だから爆弾で人を殺すんですか?」と一八が問い掛けると、二瓶は「俺は戦うことそれ自体と戦っているんだ。戦争と正反対のことを、みんなにしてもらいたいだけなんだよ。未来を作るのは思想でも政治でもない。セックスだよ」と述べた…。

原作・脚本・監督は天願大介、エグゼクティブプロデューサーは仙頭武則、プロデューサーは古賀俊輔、アソシエイトプロデューサーは大原盛雄、撮影は古谷巧、照明は高坂俊秀、美術は稲垣尚夫、録音は石貝洋、編集は阿部亙英、VFXプロデューサーは篠田学、VFXスーパーバイザーは進威志、助監督は金子功、絵師&題字はスズキコージ、音楽は めいなCo.。
主題歌『世界で一番美しい夜』詞/曲/歌:三上寛。
出演は田口トモロヲ、月船さらら、市川春樹、松岡俊介、斎藤歩、江口のりこ、美知枝、佐野史郎、石橋凌、三上寛、角替和枝、柄本明、若松武史、菅田俊、神戸浩、大河内浩、森下能幸、鴇巣直樹、十貫寺梅軒、安保由夫、山崎一、小林麻子、北村有起哉、眞島秀和、桃生亜希子、河本裕司、橋本まゆみ、宮地悦子、有馬蒼馬、嘉門洋子ら。
声の出演は井川遥。


『AIKI』『暗いところで待ち合わせ』の天願大介が原作・脚本・監督を務めた作品。
一八を田口トモロヲ、輝子を月船さらら、ミドリを市川春樹、石塚を松岡俊介、鬼塚を斎藤歩、テレサを江口のりこ、〆子を美知枝、遠藤を佐野史郎、二瓶を石橋凌、権三を三上寛、乞食の老婆を角替和枝、ジャーナリストを柄本明、平野を若松武史、原田を菅田俊、久保を神戸浩、笠松を大河内浩が演じている。
キャスト表記の最後に「Special Thanks」として井川遥の名前が出るが、彼女はオープニングのアニメーション部分の語りを担当している。

この映画の最大にして致命的な欠点は、あまりにも長すぎるということだろう。上映時間が160分もある。
ちょっと短めの長編映画なら、2本分になる長さだ。
そりゃあ天願監督としては、それだけの長さが必要だと思っているからこそ、160分にしているんだろう。
ひょっとすると、それでも頑張って短くした結果かもしれない。
しかし見ている側から言わせてもらえば、「そんな長さは要らない」ということになる。少なくとも、2時間の尺があれば充分に収められる内容だ。

この映画は大まかに言うと「一八が村に来て人々と会い、輝子の疑惑を知る話」「輝子の能力が明らかとなり、それが使われる話」「二瓶が作戦を実行する話」の3部構成になっているのだが(第2部と第3部は重なっている時間帯もある)、それぞれに余計な部分が多いし、もっと時間を詰められる。
ただし、実のところ、それ以前の問題だ。ハッキリ言って、第1部と第2部の大半が要らないのだ。
回想形式にしているのも、ミドリの語りも邪魔だし。エピローグで「村はこうなりました」と説明する形の方がいい。
冒頭のアニメーション・パートも、見終わってから振り返ると「ホントはアレは必要だったのか。別に無くてもいいんじゃねえか」と思ってしまう。その部分も結局のところ、メッセージの声高な主張に過ぎないしね。

やたらと話の歩みがノロノロしていることに対し、「160分もあるからって、余裕ぶっこいてんじゃねえぞ」と言いたくなってしまう。もっとテンポ良く進めていれば、それだけでも随分と短縮できたはず。
そりゃあ監督は意図的に「ゆったり、まったり」という歩みにしているんだろう。だけど、これのテンポを速めたとして、それが映画にとってマイナスに作用するか、映画の良さを殺してしまうかと考えてみた時に、「そんなこともねえだろ」と思ってしまうのだ。
そもそも、ゆっくりとした歩みが本作品の魅力に繋がっているとは感じない。
いや、ずっと速いテンポでサクサクと進めろってわけじゃなくて、ゆったりした部分もあっていいとは思うのよ。ただ、それにしても本作品はノロノロ運転が過ぎるわ。

最初の50分ぐらいは、ほぼキャラクター紹介に費やされている。つまりキャラクター紹介に上映時間の約3分の2を費やしているわけだ。
その後、一八が輝子の調査を開始して、ようやく物語が前に進み始めると言ってもいい。そして1時間ちょっと経った辺りで、彼女の特殊能力が披露される。
でも、そういうのって全体の構成を考えると、開始から30分辺りで消化しておくべき出来事だわ。
160分の上映時間ってことを考えれば、60分辺りで輝子の特殊能力が明かされるってのは、タイミングとしては遅すぎるってわけでもない。しかし、そこまでにキャラクター紹介で50分ぐらい使ってしまうことが、本当に必要なのかと。

それと、「保険金殺人犯ではないか」「カルト教団と繋がりがあるのではないか」という疑いが生じて調査を始めた途端、すぐに「どっちもデタラメ」ってことが判明するというのも、いかがなものかと。そういう疑惑を提示したのなら、もう少し引っ張った方がいいんじゃないかと。
ただし、そう感じてしまうのも全て、「キャラクター紹介に時間を使い過ぎた」ってことが原因だ。
始まってからすぐに「輝子は保険金殺人犯でカルト教団と繋がりがある」という疑惑が提示されていたとすれば、あっさりと「どっちも嘘」と判明したところで、そんなに引っ掛からなかっただろう。
かなり時間を消費しておいて、それから疑惑を提示しているから、「そこまで勿体付けて、ようやく提示された疑惑なのに、簡単に打ち消しちゃうのかよ」と思ってしまうのだ。

予算的な事情はあったのかもしれないが、輝子がシャーマンとしての能力を発揮する際、彼女が読み取った相手の深層心理を映像で表現しないってのは、あまり格好の良い形ではない。
遠藤の時は「貴方は家庭を顧みなかった。貴方は権威を振りかざし、理解のあるフリをして自分の考えばかりを押し付けた。義光君は貴方に追い詰められて自殺したの」などと語り、窪田の時は「貴方は浮気してますね。お尻にえくぼのある若い人。お金も貴方が使ってるんじゃありませんか。あの女のために」などと語るが、それをフォローするための映像が無い。
つまり全て台詞だけで説明しちゃってんだけど、それがイマイチだなあと感じる。
それが何を生んでいるかっていうと、「やたらと説明的な台詞劇になってしまう」ってことだ。

天願大介監督は父親である今村昌平の血筋がそうさせるのか、どうやら訴えたいメッセージが幾つもあったようで、それを本作品に惜しみなく盛り込んでいる。
例えば平野は、「国民は欲に取り憑かれ、株や不動産登記に踊り狂う。人心は荒廃し、道徳は地に堕ちてしまった。アメリカ人が日本人を腑抜けにしてしまった。今こそ我が国古来の美徳を復活させ、日本人の魂を蘇らせること。それが出来るのは宗教だけだ。堕落した政治や教育に何が出来る」と語る。
〆子も講釈が好きなようで、一八に、「天才と天才がくっ付いたら、恐ろしい天才が産まれちゃうかもしれないでしょ」「天才が人類を駄目にして来たんじゃないか。人間は動物の一種なんだから、動物から離れない方がいいの。それが絶滅しないための唯一の方法なんだ」「絶滅しないために生きてるわけじゃない」「絶滅しないことがあらゆる生命の目的なのよ」「ヨーロッパ人は時間を直線だと考えた。だから時計の針はどんどん前に進み、やがて破滅に至る。進歩、進化、絶滅。テクノロジーの進歩が何をもたらした?睡眠時間の減少だけよ」などと喋る。
二瓶も講釈が好きなようで、「刑務所に入っている間にベルリンの壁は崩壊し、出所したらソビエトは無くなってた。現実を動かすのは政治だ。そして政治は思想が正しいかなんて関係ないんだ」「約束された未来に向かって歴史が流れてるってのは、キリストもマルクスも同じだ。だがな、こんな世の中で、本当に未来が約束されていると思うか」「いつも思うんだ。たった一晩でいい。全世界の子供たちが腹いっぱい飯が食えて、誰にも殴られず、心配せずに、ぐっすり眠れる夜が、たった一晩でもあればいい。俺たちはそれすら出来ない。下劣な権力争い。汚い金儲け。テメエの国や宗教や民族は他の連中より上だと証明するために、人を殺し、女を犯し、誰かを飢え死にさせ、テメエの都合で勝手に歴史を捻じ曲げやがる」などと喋りまくる。

「惜しみなく盛り込んでいる」と書いたけど、実際は「もっと惜しみましょうよ」と言いたくなるぐらい、説教臭いことになっている。
もしかすると天願監督は社会的メッセージを訴えたいわけではなくて、映画のテーマを描く上で必要不可欠だと考えて、色々な説明的台詞を盛り込んだのかもしれない。
ただ、仮にそうだとしても、どっちにしろ退屈さと冗長さに繋がっていることに変わりない。
っていうか、最後にミドリが「一度みんなで時計を止めてみる。その結果、産まれてくる子供たちが、親でも学校でも、国でも教会でもなく、自分で未来を選択するのです」と喋っている辺りからすると、やっぱりメッセージを訴えたい気持ちが強かったんだろうなあ。

「二瓶が全世界から戦いを無くすため、媚薬を使ってセックスによるテロを遂行しようとする」という計画が明らかになり、その計画が実際に遂行されるんだけど、そういう展開に至った時に、「ここまでの展開ってホントに必要ですか?」と言いたくなってしまう。
輝子の特殊能力で遠藤や窪田夫婦の問題を解決するパートって、セックス・テロの計画と何か関連しているだろうか。
そりゃあ、強引に解釈すれば、関連付けが出来ないわけではない。
ただし、あくまでも「後付けで関連性を考える」という作業をやった結果でしかなく、映画としてスムーズな流れが作られていて、上手く絡み合っているとは到底言い難い。

二瓶が自ら計画を実行したわけではなくて、「鬼塚が捏造記事で輝子を毒婦に仕立て上げ、テレビのスタッフを呼ぶ」→「マスコミが押し寄せたら村の危機だと主張する神主や村長に扇動された一部の村人たちが二瓶の船に押し寄せ、媚薬を解き放ってしまう」という流れになっているので、そこで「一八が輝子を犯罪者として調べる」とか「輝子の特殊能力が明らかになる」という部分と関連付けてはいる。
輝子の恋人と夫が心臓麻痺で死んだのは精力絶倫な彼女が何度もセックスをせがんだのが原因だし、特殊能力に目覚めたのは禁欲生活が始めたのが原因だから、「セックス」というキーワードでは繋がっている。
でも、160分も費やしてまで、かなり強引に結び付けるようなことかなあと。「セックスによるテロ」の部分だけに絞り込んだ方がスッキリしたんじゃないかと。
あと、この映画を推薦作品に選定した文化庁のお偉いさんたちは、底抜けのバカだと思うわ。
きっと「今村昌平の息子だから」ってことで内容を全くチェックしないまま推薦したんだろうけど、そういう意味でも底抜けのバカだよ。

(観賞日:2015年4月21日)

 

*ポンコツ映画愛護協会