『サヨナラまでの30分』:2020、日本

2013年、高校生の宮田アキは仲間の山科健太&重田幸輝&森涼介と4人で、RINGO FES.の会場を走っていた。すると彼らの隣を、同級生の村瀬カナが駆け抜けていった。後日、アキは学校でカナに話し掛け、テープレコーダーに入れてあったカセットテープを差し出した。カナはアキと付き合い始め、彼が仲間と組んでいるバンド「ECHOLL」に加わった。2018年、ECHOLLはRINGO FES.への出演が決まるが、アキと他の男子メンバーが衝突した。アキは交通事故に遭って命を落とし、その時にカセットプレーヤーを落とした。
大学生の窪田颯太は就職活動で面接を受けるが、その発言は面接官に悪印象を与えた。面接を終えた彼は、先に受けていた試験の不合格をメールで知った。閉鎖されたプールに侵入した彼は、カセットプレーヤーを見つけた。中に入っているテープを確認した彼は、再生ボタンを押した。すると風が吹き、「えっ、やばっ」と口にした颯太はプールから走り去る。その姿を、もう1人の颯太が見て「なんだ今の?」と困惑の表情を浮かべた。
走り去った方の颯太はカナを見つけて声を掛けるが、「誰?」と怪訝そうに言われる。「まだ怒ってんの?」と彼は軽い調子で抱き締め、もう1人の颯太が近くにいるのに気付いた。2人目の颯太はカナに突き飛ばされ、それを見ていた颯太はアキの姿に変化した。カナに突き飛ばされた颯太が早足で去るので、アキは慌てて後を追う。「お前、何なの?俺がカナを抱き締めたら、お前が抱き締めてて」と彼が話すと、颯太はカセットプレーヤーを再生してから奇妙な現象が起きたことに気付いた。また彼がカセットプレーヤーの再生ボタンを押すと、アキは颯太の姿に変化した。
颯太が大学に行くと、アキは教室まで付いて来た。彼は1年前に自分が死んだこと、テープを再生すると颯太になること、停止すると抜け出すことを理解した。アキは就職センターにいるカナを目撃し、彼女の言葉でバンドが解散したことを知る。驚いた彼はカナに声を掛けるが気付いてもらえず、腕を掴もうとするが無理だった。彼は颯太の面接会場に押し掛け、話したい相手がいるので体を貸してくれと頼む。颯太は拒否するが、アキは彼が面接を苦手にしていると見抜き、自分に任せるよう持ち掛けた。アキのおかげで一次面接を突破した颯太は、就職先が決まるまでという条件で肉体を貸すことにした。
アキは颯太の肉体を借りてカナの元へ行き、「俺はアキ」と言うが信じてもらえない。今度はバンドのメンバーを訪ねて同じようにアキとして振る舞うが、怒りを買って追い払われた。それでもアキはバンドを復活させるため、メンバー3人が働く場所に現れて付きまとった。アキが颯太の肉体を借りられるのは、テープを再生する30分だけだった。カセットプレーヤーはオートリバース機能が壊れているので片面の再生が終わると颯太に戻ってしまい、テープを巻き戻す必要があった。
アキは颯太がパソコンとキーボードで曲を作っていると知り、勝手にネットへアップした。それを知った颯太は激怒し、「炎上したらどうするんですか。下手すりゃ黒歴史よ」と声を荒らげた。アキはメンバー3人にバンドを復活させるよう持ち掛け、勝手にライブの予定まで入れた。腹を立てていた3人だが、ECHOLLの楽曲の良さを改めて見直し、練習を重ねてライブハウスに出ることを決めた。アキはカナの家に、ライブのチラシを置いた。
ライブ当日、健太がギターだけでなく歌も担当するが、客は全く盛り上がらない。アキは颯太に肉体を貸してもらい、ステージに上がった。彼がギターを弾いて歌うと、3人も演奏に加わった。会場は盛り上がり、アキは楽しそうに熱唱した。途中からライブハウスに来たカナは、ステージで歌う颯太の姿を目にした。アキはライブハウスを去るカナを追ってハグするが、冷たく拒絶された。颯太は「入れ替わっている時、誰も話し掛けて来ないのは天国です」とアキに言い、肉体の貸し出しを無期限で延長してもいいと持ち掛けた。無駄な人付き合いは全て担当する条件を彼が提示すると、アキは喜んで承諾した。
アキは颯太として、ECHOLLに正式加入した。4人はカナの家で本の虫干しを行う日、手伝いに赴いた。カナの母であるしのぶが、4人を招き入れたのだ。最初は腹を立てたカナだが、アキが肉体を借りている颯太を受け入れた。しかし幸輝がバンドへの復帰を誘うと、彼女は「忙しいから」と断った。4人が家を去った後、カナは颯太が忘れて行った携帯電話を見つけた。返しに行った彼女は、涼介が働くカフェでピアノを演奏する颯太の姿を目撃した。カナは携帯を彼に渡し、隣に座って連弾した。
アキは颯太の体を借り、音楽プロデューサーの吉井冨士男が経営するスタジオでECHOLLのメンバーと練習する。その途中で30分が経過したため、颯太はギターを置いて演奏を中断した。すると涼介は、颯太がピアノも弾けることを指摘した。今の曲をピアノでやるよう促され、颯太は承諾する。彼がピアノを弾きながら歌うと、それに合わせてメンバーも演奏した。吉井は4人に、今年のRINGO FES.への出演をねじ込んだことを教えた。
アキと颯太がカナをバンドに復帰させるため、その気になるような新曲を協力して完成させた。まずメンバー3人に聴かせると、好感触が返って来た。カナに聴かせるならカセットテープだという意見で、アキと颯太は一致した。颯太の父である修一は息子のカセットを見て、「昔はゲームもテープに入っていた」と話した。以前から入れ替わっている時にアキの過去を見ていた颯太は、父の言葉で理由を悟った。アキは幽霊ではなく、テープに込められた記憶が具現化した姿だったのだ。
休日、アキはカナにテープを渡すため、颯太の体を借りてデートに誘った。カナは承諾し、一緒に出掛けた。カナはデートを楽しみ、公園のベンチで転寝する。アキはカナはの手に触れ、キスしようと顔を近付けた。カナは目を覚ますが、そのままキスを受け入れようとする。アキは思い留まり、テープを差し出した。彼がRINGO FES.に出ようと誘うと、カナは「もう音楽はやらない。前に進みたいの」と述べた。アキは自分の正体を明かそうとするが、そこで30分が経過した。
颯太はカナを連れ出し、自身の過去を打ち明けた。颯太の母はピアノ教師だったが、彼が中学の頃に亡くなった。担任が「可愛そうだから仲良くしてやれ」と皆に言ったため、颯太は親しくない人からも積極的に話し掛けられた。しかし颯太は、放っておいて欲しかったのだ。彼の話を聞いたカナは、「つまらないことで喧嘩して、それが最後。なんかしてないと、おかしくなりそう。1秒でも時間が空いたら、考えちゃうから」と語った。彼女が泣きながら「誰かと一緒に音楽をやる楽しみも、仲間も、全部アキがくれたから。1つだって忘れたくない」と漏らす様子を、アキは少し離れた場所で見ていた。颯太はカナの肩を優しく抱き寄せ、「いいんじゃないですか、忘れなくても」と慰めた。アキはプレーヤーに視線を向け、中でテープが回っていることに気付いた。
颯太はカナを家まで送り届け、「聴かなくてもいいです。でも、持っててくれませんか」と新曲を録音したカセットテープを渡した。家に入ったカナが歌詞カードを開くと、アキの目印となるサインが書いてあった。翌日、彼女はECHOLLが練習中のスタジオへ赴き、颯太がアキのカセットプレーヤーを持っていることを知った。彼女は颯太に詰め寄り、「アキなの?」と質問する。アキは代わるよう促すが、颯太は「僕はアキじゃない」と声を荒らげてスタジオを飛び出した…。

監督は萩原健太郎、脚本は大島里美、エグゼクティブプロデューサーは豊島雅郎&茨木政彦、企画・プロデュースは井手陽子、製作は佐野真之&瓶子吉久&辻野学&斎藤清美&小佐野保&山崎芳人&小野晴輝&門田庄司、アソシエイトプロデューサーは高橋博&中野有香&甲斐孝子、プロダクションスーパーバイザーは橋本竜太、ラインプロデューサーは道上巧矢、撮影は今村圭佑、照明は平山達弥、録音は矢野正人、美術は宮守由衣、編集は平井健一、音楽はRayons、音楽プロデューサーは内澤崇仁&安井輝。
出演は新田真剣佑、北村匠海、久保田紗友、葉山奨之、上杉柊平、清原翔、松重豊、牧瀬里穂、筒井道隆、武市和希、井上雄斗、高橋涼馬、坂東志洋、藤沢大悟、森本のぶ、吉増裕士、鯉沼トキ、木戸大聖、長岡殿世、重岡峻徳、久田莉子、三澤透、伊東孝、松原大貴、齊藤大河、岩間建児、NO BRIGHT GIRL、BACK LIFT、里央圭、松ア悠希、工藤俊作ら。


『東京喰種 トーキョーグール』で長編映画デビューした萩原健太郎が監督を務めた作品。
脚本は『潔く柔く』『君と100回目の恋』の大島里美。
アキを新田真剣佑、颯太を北村匠海、カナを久保田紗友、健太を葉山奨之、幸輝を上杉柊平、涼介を清原翔、吉井を松重豊、しのぶを牧瀬里穂、修一を筒井道隆が演じている。mol-74の4人が、本人役で出演している。
新田真剣佑と北村匠海は、劇中歌の歌唱も担当している。

冒頭の4分ぐらいで、アキがカナと出会ってから事故死するまでの様子が短く描かれる。このパートは台詞らしい台詞を用意せず、BGMとして流れる歌に合わせて映像が流される。
ほぼミュージック・ビデオのような状態なのだが、この表現がプラスだとは思えない。
短い尺でアキの死までを描くために選択した演出なのは分かるが、普通に台詞を喋らせてドラマを描いた方がいい。バンドの演奏も、ちゃんと聴かせた方がいいし。
そもそも、4分程度ってのは尺が短すぎるよ。

そこからシーンが切り替わって颯太が登場し、面接シーンが描かれる。
ここで面接官から大学時代の友人との印象に残っている思い出を問われた彼は、「友人はいません。あえて友人を作らないことで、周囲のペースに惑わされず仕事に集中できる自信があります」と話す。
これを自信満々で堂々とした態度で語るのなら、まだ分からんでもないのよ。でも、ものすごく陰気で無愛想なので、「面接に受かる気が無いだろ」としか思えないのよ。
どう考えても、面接官に好印象を与える発言じゃないんだから。

しかも、ここで颯太の好感度を下げる作業は終わらないんだよね。面接の後、一緒に試験を受けた男子からグループへの参加を誘われた彼は、「受かるかどうか分からない人たちと意見交換しても意味無いから」と冷たく拒否するのだ。
もうさ、単純に嫌な奴じやねえか。
本来なら、ここは「人付き合いが苦手な奴」じゃなきゃマズいんじゃないのか。そういう奴がアキと出会い、少しずつ変化していく流れになるべきじゃないのか。
「周囲を見下して拒絶している奴」ってことになると、まるで話が変わっちゃうぞ。

あと、颯太の登場から不思議な現象が起きるまでの時間が3分程度ってのも、やっぱり短すぎるよ。もう少し時間を使って、「颯太の日常生活」を描いておいた方がいい。
それによって、颯太がどういう人物なのかを最初の段階で紹介しておいた方が何かと都合がいいばずだ。
そうすれば、アキやカナたちと出会ってからの変化にもストーリー展開として繋げやすいしね。
もちろん、後から「いつもの颯太」を描くことも出来るけど、そっちは色々と面倒なのよ。そして実際、まるで出来ていないし。

颯太は閉鎖されたプールに侵入するが、その理由がサッパリ分からない。
フェンスをくぐってプールに行く時、彼は左側を見て落ちているテープレコーダーに気付くが、これは行動として不自然。左側に視線を向ける理由が何も無いからね。
カセットテープを取り出して、再び入れてから再生ボタンを押すのは、流れとして大きく間違っているわけじゃないけど、これも不自然さは否めない。
ただし、それより問題なりは、再生ボタンを押したことでアキが復活するシーンの表現。
ここはザックリ言うと「マジックが掛かった」ってことなのだが、その表現が弱すぎる。もっと大げさでもいいぐらいなのよ。

颯太がプールで再生ボタンを押して、カナに突き飛ばされてから改めて再生ボタンを押す辺りの展開は、粗筋に書いた通りだ。
ただ、その辺りの内容は、2人の颯太が登場することもあって、たぶん「ちょっと何言ってんのか良く分からない」と思う人もいるだろう。
それは正解で、実際に分かりにくいのだ。私の文章力が稚拙なことは間違いないのだが、それだけでなく、表現としても無駄に分かりにくいのだ。
そのせいで、「不思議な力によって、アキが颯太の体に魂だけ入り込む」という現象の効果が打ち消されている。

アキと颯太の両方が普通に実体として存在する映像表現にしているのは、大きな失敗だろう。そこは「アキが颯太の肉体を借りている」とか「アキが魂だけの状態」ってのを、もっと分かりやすく表現すべきだよ。
あと、アキが自分の死を理解しないままカナに声を掛けて抱き付くのは、違和感があるぞ。
しかも、颯太と話して「1年前に死んだ」と自分でも言った後に、またカナに声を掛けたり手を掴もうとしたりするんだよね。
自分の姿が周囲に見えていると思っているけど、それは変だろ。大学の教室で颯太と話すシーンでは、明らかに自分の姿を周囲の面々が認識していないと分かったような行動を取っていただろうに。

アキは颯太の体を借りてカナに「自分はアキだ」と言うが、もちろん相手にされない。そこで颯太が「僕の体でアキって言っても、誰も信じないと思いますよ」と告げると、彼は「分かってるって」と軽く言う。
そして彼はバンドメンバーの元へ行くが、また「俺はアキ」と平気な顔して言うんだよね。
そして怒りを買って追い出されるのだが、ちっとも分かってないじゃねえか。
幾らアキを超ポジティブ人間と設定しているにしても、この時点で乗れなくなっちゃうんだよなあ。

たぶん颯太とは対照的なキャラクターってことで、アキをバカみたいに明るくて前向きな奴にしてあるんだろうとは思うのよ。
でも、アキが能天気でお気楽すぎるのが、ちっとも好感度に繋がっていないのよ。
バンドメンバーに「俺はアキ」と軽いノリで言って怒りを買うとか、その後も付きまとって嫌がられるとか、そういうのはギャグ的に描いているんだろうけど、ちっとも笑えないし。
ユーモラスなテイストを強めにしたことが、見事なぐらいマイナスに作用している。
アキが単なるウザイ奴にしか見えない。

もちろん映画としては、ポジティブ・シンキングなアキの強引な言動によって、全てが良い方向に転がって行く。バンドのメンバーは再び音楽をやるようになるし、颯太の考え方も大きく変化する。
だけど実際のところ、その大半は余生なお節介に過ぎないんだよね。
アキは無責任で能天気で、身勝手な奴でしかないのだ。
しかも、アキが全く愛せない奴なのに、そんな彼に振り回される颯太も愛せないキャラなので、どうしようもないんだよね。

颯太が颯太として、ECHOLLのボーカルとして歌うシーンがある。これはアキからすると「自分がいなくてもECHOLLが成立する」ってことになるので、看過できない出来事のはずだ。
しかしアキは颯太に文句を言うわけでもなく、そこはサラッと片付けられる。
新曲が完成するまでのダイジェストシーンの中では、スタジオで颯太がギターを弾きながらECHOLLのメンバーと演奏する姿を隣でアキが見ているカットがある。
もはやピアノだけじゃなくギターを弾く時でさえアキが担当しないってのは、どういうことなのか。
そういうトコでのアキの葛藤や焦燥が、ほとんど見えてこないんだよね。

振り返ってみれば、颯太とカナがピアノで連弾しているシーンでも、「それをアキが見ている」というだけで済ませていたんだよね。
それ以外でも、アキは自身の素直な感情を言葉で表すことが少ない。それはアキに限らず、颯太も大して変わらない。
台詞に頼らなくても心情を充分に表現できていれば、もちろん何の問題も無いのよ。
だけど、あまりにも観客の想像に委ねる部分が多すぎるんじゃないかと。
役者に下駄を預けて、演出から逃げちゃってるように感じるんだよね。

カナは1年前にアキを交通事故で亡くしたばかりなのに、颯太からデートに誘われると迷わずにOKする。彼がキスしようとした時、それを受け入れる様子を見せる。
その時の颯太の中身はアキだけど、それをカナは全く知らない状態なのだ。
それは変わり身が早すぎないか。幾ら「前に進みたい」という思いがあるにしても、それとこれとは別問題じゃないかと。
っていうかさ、アキと颯太は中身が変わる度に一人称も態度もコロコロと変化しているのに、それをカナが指摘しないのも変だぞ。
スタジオで颯太に「アキなの?」と尋ねる時に「馬鹿みたいだけど、一緒にいると時々、そばにいる気がした」と言うけど、そんな様子は全く見せていなかったでしょうに。

颯太が器としての役割に徹してくれれば楽なんだけど、彼のドラマも厚くしようとしている。それは当然っちゃあ当然だし、悪いことでもない。
ただ、どうしてもカナと触れ合うことが多いので、ここでロマンスを作ろうとしているんだよね。颯太もカナに惚れさせることで三角関係を作りたかったのかもしれないが、これが完全に失敗している。
「今のバンドとカナにとって必要なのは、アキじゃなくて颯太」という答えを用意しているけど、どっちも受け入れ難いよ。
アキが死んでから、まだ1年なのよ。まだ颯太が身内や親友ならともかく、出会ったばかりの他人なんだぜ。
そういう答えを用意するなら、アキの死からせめて3年は経過させておこうぜ。

映画のラスト、フェスの出番直前で、颯太はカナとメンバーにアキのことを話そうとする。それを見たアキは、代わってくれと頼む。
本人の口から事実を明かすのかと思いきや、彼は颯太のフリをして嘘を話し、「アキを上書きしよう」と呼び掛ける。
そこまで喋っておいて、でもフェスでは颯太の肉体を借りたままで演奏するんだよね。
それはどうなのよ。もう自分の存在を明かさずに去ろうとするなら、そこも颯太に任せて自分は見守るべきじゃないのか。

(観賞日:2022年10月13日)

 

*ポンコツ映画愛護協会