『真田十勇士』:2016、日本

関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康は幕府を開き、初代将軍となった。しかし大坂城には豊臣秀吉の遺児である秀頼が健在で、名実ともに天下を手中に収めんとする家康にとっては大きな障害だった。関ヶ原から14年後、ついに家康は大坂城に攻め込もうとしていた。そんな中、ある村では長宗我部の烙印を騙った猿飛佐助が村人から金を巻き上げ、若い娘を人質に取って立て籠もった。そこへ真田幸村が現れ、代わりに人質となるので娘を解放するよう持ち掛けた。何かの策略だと感じた佐助が降参すると、幸村は「いつもこうじゃ」と嘆息した。彼は佐助に、何の知略も無いのに周囲が勝手に深読みするのだと打ち明けた。
勘違いで英雄扱いされることに疲れた幸村は死んでも構わないと考えており、佐助に自分を斬るよう促す。すると佐助は少し考え、「今度の戦で本当に英雄になってみるってのはどうだ?」と提案した。彼は幸村の家来となり、仲間を集め始めた。まずは抜け忍仲間の霧隠才蔵と、その子分である三好清海&三好伊三を引き入れた。幸村への仕官を希望する由利鎌之助と筧十蔵、幸村の嫡男である大助と剣術指南役の望月六郎、真田家の大番頭を務める海野六郎を次々に加え、「真田九勇士」が集まった。
淀殿は大野治長と大野治房から、徳川との戦は避けられないと告げられる。幸村が広めた九勇士の噂は大坂にも届いており、淀殿は幸村の出陣を求める密書を送る。紀州九度山の屋敷で暮らす幸村は消極的な態度を見せるが、佐助と才蔵に説得されて仕方なく決意した。駿府城の家康は本多正純と柳生但馬守宗矩から、いよいよ幸村が出陣を決意したことを聞かされた。慶長19年冬、幸村だけでなく後藤又兵衛や毛利勝永、長宗我部盛親といった有力武将たちも次々と大坂入りし、10万人の軍勢が結集した。
陣屋に入った大助は真実を知らず、以前の戦における父の活躍ぶりを得意げに語った。しかし実際は、単なる偶然が勝利に繋がっただけだった。幸村は軍議に参加し、天井裏に潜んだ佐助がイヤホンを使って助言する。幸村は佐助の指示通りに話し、秀頼の主張する籠城に賛同して周囲を納得させた。しかし佐助の傍らにいた才蔵の独り言を指示だと誤解した幸村は、「城南の備えが弱い」と喋ってしまう。慌てた佐助は、咄嗟に「南の平野口に真田軍が出城を築いて敵を食い止める」と彼に語らせた。
佐助と才蔵が森で話していると、久々津衆の仙九郎たちが襲い掛かって来た。彼らは抜け忍の始末に来たのだが、本当の標的は才蔵だけであり、佐助はオマケだった。そこへ女忍者の火垂が駆け付けて仙九郎たちを蹴散らし、才蔵を攻撃した。すると火垂の父で久々津衆頭領の久々津壮介が現れ、戦いを中止するよう一喝した。彼は「どうせ豊臣に勝ち目は無い」と言い、もう才蔵には構わぬよう仙九郎に命じた。彼にとっても、佐助は全く眼中に無い存在だった。
1ヶ月後、出城の真田丸が完成したところへ、九勇士を騙って町で悪さを繰り返していた根津甚八を清海&伊三が捕まえ、佐助たちの元へ連行した。根津は全く反省の色を見せず、才蔵は彼を殺そうとする。しかし佐助は仲間の反対を押し切り、「十勇士の方が語呂がいい」という理由で根津を仲間に加えた。家康は20万の軍勢を率いて大坂に到着し、大坂冬の陣が始まった。真田丸が攻撃を受けると大助は全く役に立たないまま怪我を負い、根津は隠れているだけだった。しかし佐助たちの活躍によって、敵を退却に追いやった。
その夜、幸村は9ヶ月前に淀殿が九度山へ来た時のことを思い浮かべた。淀殿は幸村が秀吉の病気見舞いに訪れた時も、密かに寝所へ忍び込んでいた。しかし幸村は思いを告白されても、慕われるほどの存在ではないと告げて関係を結ばなかった。淀殿は「おなごに二度も恥をかかせるものではない」と言い、九度山を去った。そんな回想に幸村がふけっている頃、佐助と才蔵の元には火垂が現れた。彼女は才蔵に、「なぜ私を連れて逃げてくれなかった」と非難した。彼女は「今でもアンタのことが好き。だからいつか私の手でアンタを殺す」と言い、「大坂方は絶対に勝てない」と根拠があるような口調で告げた。
翌日、徳川軍は大砲で大坂を狙うが、また佐助たちが優位に進めて退却させる。今度は根津も、何とか1人を斬った。しかし佐助が爆裂弾を放った瞬間、八丁目口で火薬庫が誤って爆発する。門が壊れて敵が攻め込むが、駆け付けた佐助たちが加勢したことで徳川軍は壊滅状態に陥った。これを受けて家康は全軍の撤退を命じ、大坂冬の陣は大坂方の勝利に終わった。家康は和議を提案し、大坂城の堀を埋めることを条件に挙げた。あくまでも形だけということであり、淀殿は承諾した。軍議では反対意見も出るが、淀殿の決定には逆らえなかった。佐助と才蔵は、家康が本気で埋める気だと確信していた。
鎌之助は佐助と才蔵に、火薬庫を爆破した裏切り者が十勇士の中にいるのではないかと告げる。佐助は憤慨して否定するが、才蔵は鎌之助の意見に同調した。佐助は根津から、仲間に入れた理由を質問される。そこへ才蔵が現れ、秀頼に瓜二つなので影武者に使うつもりだと冷淡に告げた。才蔵は行き当たりばったりで周囲を振り回す佐助を批判し、「もう御免だ」と声を荒らげた。堀が全て埋められた後、火垂は才蔵の元に現れ、絶対に勝てない証拠を示す書状を渡した。佐助は淀殿の元へ行き、「一目見た時からお慕い申し上げておりました」という幸村の言葉を伝えた。
慶長20年5月。家康は18万の軍勢を率いて再び大坂城を攻め、大坂夏の陣が始まった。又兵衛が道明寺で討たれ、佐助たちは厳しい戦いになることを覚悟した。幸村は佐助たちの前に現れ、大助に全て打ち明けたと話す。動揺する十勇士に対し、幸村は「明日、生涯最後の日だけは本物になってみようと思うのじゃ。家康の喉、刺し違えてやろうと思っておる」と語る。彼は自ら考えた計略を説明し、佐助は「すげえ」と感嘆した。才蔵も勝機があると評価し、十勇士は幸村の作戦を実行することに決めた…。

監督は堤幸彦、脚本はマキノノゾミ&鈴木哲也、製作指揮は中山良夫、製作は大角正&佐藤直樹&熊谷宜和&藪下維也&永井聖士&安部順一&弓矢政法&長坂信人、エグゼクティブプロデューサーは門屋大輔&今泉浩美、企画・プロデュースは松村英幹、プロデューサーは飯沼伸之&伊藤卓哉&福島聡司、アクション監督は諸鍛冶裕太、VFXスーパーバイザーは朝倉怜、撮影は唐沢悟、美術は清水剛、照明は木村匡博、録音は鴇田満男、編集は伊藤伸行、衣裳デザインは黒澤和子、ラインプロデューサーは宿崎恵造、アソシエイトプロデューサーは櫛山慶&松永弘二、アニメーションパート監督は橋本満明、音楽プロデューサーは茂木英興、音楽はガブリエル・ロベルト。
主題歌「残火」松任谷由実 作詞・作曲:松任谷由実、編曲:松任谷正隆。
出演は中村勘九郎、松坂桃李、大島優子、大竹しのぶ、加藤雅也、松平健、永山絢斗、高橋光臣、駿河太郎、村井良大、荒井敦史、望月歩、青木健、加藤和樹、石垣佑磨、伊武雅刀、半海一晃、佐藤二朗、奥田達士、渡辺慎一郎、坂東工、吉永秀平、多田木亮佑、野添義弘、朝山知彦、山岸門人、瀬野和紀、原慎一、小野瀬侑子、中村鶴松、甲斐将馬、金すんら、奥砂京之介、山岡弘征、大石敦士、佐々木恭祐、佐藤佑哉、海野恭二、米本学仁、笹部功志、森りさ、中村瑠輝人、田澤大和、石井凛太朗、後藤小太郎、小溝凪、宍戸准之助ら。
ナレーションは松平定知。


2014年に上演された同名の舞台劇を基にした作品。映画の公開に合わせて、舞台版も再演されている。
監督の堤幸彦、脚本のマキノノゾミは、舞台版と同じ陣容。鈴木哲也はマキノノゾミの弟子。
舞台版と共通のキャストも大勢いて、佐助役の中村勘九郎、幸村役の加藤雅也、十蔵役の高橋光臣、清海役の駿河太郎、望月役の青木健、仙九郎役の石垣佑磨は、初演と再演の両方で同役を演じた。才蔵役の松坂桃李、海野役の村井良大、鎌之助役の加藤和樹は初演のキャストで、家康役の松平健、伊三役の荒井敦史、大助役の望月歩は再演のキャスト。
他に、火垂を大島優子、甚八&秀頼を永山絢斗、淀殿を大竹しのぶ、壮介を伊武雅刀、又兵衛を佐藤二朗が演じている。

映画の冒頭、ナレーションで関ヶ原の合戦などの説明があり、肖像画の家康と秀頼が演者の映像に切り替わる。
それが終わると村での一件に入るが、しばらくはアニメーションで描かれるので困惑させられる。
原作が漫画やアニメなら分からんでもないが(だとしたら冒頭の中途半端な実写パートが邪魔だが)、そうではなく舞台劇の映画化だ。
なのでアニメにする狙いが全く見えず、堤幸彦お得意の悪ふざけにしか感じられない。

あえてアニメにする意味を探すなら、「十勇士を集める経緯が尺の都合でダイジェスト処理になっちゃうので、そこの不細工さを誤魔化すため」ってことが考えられる。
でも結果としては不細工なままなので、そういう狙いがあったとしても失敗ってことになる。
っていうか、たぶん何も考えておらず、ただ「やってみたいからアニメにしてみた」という軽いノリだと思うけど。
あと、勇士集めをダイジェスト処理しておきながら上映時間が135分ってのは、それだけボリュームたっぷりってことじゃなくて計算能力が低いとしか思えんぞ。

それと実のところ、実写のままでも「十勇士を集める経緯がダイジェスト処理になっちゃう」という問題を簡単に解決する方法があるのだ。
それは「最初から十勇士が揃っている」という形にするというものだ。
既に十勇士は真田の家来になっていて、ボンクラな幸村を支えているという形で物語を始めればいいのだ。
どうせ本作品で描かれるメンバー集めだって超が付くぐらい適当なんだから、それに比べれば「最初から揃っている」という形の方が遥かにマシじゃないかと。

アニメで処理したせいで、「いかに幸村が何の知略も無い凡人なのか」ってことが伝わりにくくなっているという欠点もある。
あと、なぜ佐助が家来になり、幸村を本物の英雄に仕立て上げようと思ったのか、そのモチベーションが全く分からない。
そういうのを解消する意味でも、最初からメンバーが揃っている形にした方がいいんじゃないかと。
ちなみに、そんなアニメーションパートから実写に変化した段階では、まだ9人しか集まっていない。これは意図的にやっているんだろうけど、完全に外している。

そもそも、佐助が村人から金を巻き上げ、それがバレたら娘を人質に取って立て籠もるという盗賊として登場する時点で、いや何か違うだろうと。
こいつって忍者の卓越した能力を持っているはずなのに、なんでトーシロである村人を相手に人質を取って立て籠もる必要があるのかと。
そもそも、それ以前の問題として、なんでチンケな詐欺師をやってんのかと。
そういうことをやらかす野郎として登場すると、後で「根津が十勇士を騙って悪さを繰り返していたのを知っても笑顔で許して仲間にする」という展開が訪れても、それが寛容な行為に見えなくなっちゃうでしょ。「テメエも同じような詐欺師だったから許しただけ」になっちゃうでしょ。

陣屋のシーンの後、根津が九勇士を騙って町で悪さをしている様子が描かれる。だが、すぐに次のシーンへ移り、しばらく根津には触れずに話が進められる。
だけど、そんな風にして根津だけを特別扱いにする意味が全く無い。
そもそも最初から十勇士が揃っている形でいいと思うが、根津だけ後から登場させるにしても、変に勿体を付ける必要など無い。
町で悪さをしている様子を見せたら、そのまま「佐助が接触して仲間に加える」というトコまで片付けてしまえばいい。

幸村が「何の知略も無い凡人」であるならば、そんな彼を操縦する佐助は知略に長けた男でなければいけないはずだ。
しかし佐助は、才蔵から「行き当たりばったり」と非難されるような奴なのだ。「行き当たりばったりと思わせて実は全て計算ずく」ってことならともかく、ホントに行き当たりばったりなトコも少なくない。
そんな佐助は「嘘を突き通して本当にするのは面白い」という理念で行動していることを語り、「でっかい嘘をつこうぜ」と口にする。しかし、そんなに大きな嘘は見えないまま、どんどん話が進んでいく。
どうせ荒唐無稽な話なんだから、もっと大胆に史実を逸脱してもいいと思うのだが、意外におとなしい。大坂冬の陣の戦いは、普通に出城を築いて普通に戦うだけだ。
もはや計略らしい計略さえ見えず、単純に佐助たちの戦闘能力の高さで勝っているように感じる。

そもそも、「天下を相手に大嘘をつくのは面白いから」というだけで動いている佐助が、ちっとも魅力的に見えないってのはキツい。
これが単独で動いている奴なら、全ては自己責任だから一向に構わないのよ。
だけど彼は仲間を集め、大勢の軍勢を動かす立場になるわけで。
出陣に消極的だった幸村を説得し、多くの人々を戦に巻き込んでいるので、本人だけの問題ではなくなるのよ。「面白さだけで周囲の面々を振り回しているんじゃねえよ」と言いたくなっちゃうのよ。

佐助は大坂夏の陣が勃発すると、幸村にもう一花咲かせてやりたいと口にする。彼が立てた計略を聞くと、嬉し泣きで「やれば出来んじゃねえか」と言う。
そこまで幸村に入れ込む理由が、これっぽっちも伝わって来ない。
そこまでの物語の中で、佐助が惚れ込むような一面を幸村が見せたことなんて無かっただろ。実際、そこまでの幸村って、ただのボンクラなわけで。
あえて言うなら「淀殿に思いを伝えた」という部分ぐらいだが、それは「幸村を男にしてやりたいと佐助が強く思う」という動機として使うには弱すぎるし。

幸村の言葉を淀殿に伝えた佐助が「正直、どうでもいいよ、オイラには」と口にするが、それと同じことを感じるぐらい、そこの恋愛劇は邪魔でしかない。
十勇士の活躍を描くべき作品なのに、そんなトコにロマンスを用意して何がしたいのかと。才蔵と火垂の恋愛関係ですら、無くてもいいと思うぐらいなのに。
火垂だけじゃなくて、久々津衆が丸ごと要らんわ。こいつらは本筋に上手く絡んでいない。
そんな余計なトコばかりに目を向けているせいで、肝心の十勇士が薄っぺらくなっている。

十勇士のメンバーは佐助と才蔵と根津ぐらいしか、キャラを掘り下げようとする意識が見えない。他は「とりあえず十勇士だから出してみた」という程度だ。
佐助や才蔵たちでさえ、充分に厚みがあるキャラとは言い難い。
後半には「筧が裏切り者だと露呈する」という展開があるが、何の伏線も無いので「あの時のアレは、そういうことだったのか」という面白味はゼロ。そもそも、そこまで彼の存在感なんてペラペラだったし。
あと、十勇士に裏切り者がいるという設定自体、何だかなあと。「金で買収されていた」というだけなので、すげえ安っぽいスパイだし。

初めて幸村が自分で計略を考えると、佐助は感心し、才蔵も評価する。
だが、それは「思い切って家康の元へ突っ込む」という内容であり、ただ無謀なだけで、とてもじゃないが頭脳的な作戦とは言えない。
そして、そんな作戦を実行した真田軍は次々に命を落とし、家康の首を取ることも出来ずに終わる。つまり、作戦は失敗に終わるのだ。
ってことだから、そこは「幸村が本気を出したら、やっぱり知略の無い凡人だったことが証明された」という形になってしまうのだ。

この物語で難しいのは、大坂方の敗北は決まっているってことだ。
なので、仮に「幸村や十勇士は密かに生き延びて逃亡した」という展開を用意するにしても、全面的なハッピーエンドは有り得ない。どうしても虚しさや悲しさが残ってしまう形になる。
もちろん「大坂方が勝利する」というトコまで思い切って史実を変えてしまうことだって出来なくはないのだが、そこまでの大胆さは持ち合わせていなかったようだしね。
っていうか、それぐらいデタラメなことをやれるのは、亡くなった石川賢ぐらいだろう。

で、この映画はどういう結末を用意したのかという完全ネタバレを書く。
まず特攻作戦で幸村&筧&海野&大助&望月&鎌之助が死亡し、豊臣方は敗北する。生き残った佐助は幸村の遺志に従い、淀殿と秀頼を城から連れ出そうとする。しかし才蔵が「淀殿は家康と通じ、豊臣に味方する武将を集めた上で全滅させる作戦に加担した」という事実を指摘する。
才蔵は淀殿を殺そうとして、反対する佐助と対峙する。そこへ久々津衆が来て襲い掛かるが、火垂が来て妨害し、才蔵に目的を果たすよう促す。争いの中で佐助&才蔵&清海&伊三&淀殿&秀頼が死亡し、火垂が才蔵の後を追うと言ったので久々津衆は彼女を残して去る。
すると佐助たちが起き上がり、全て計画だったことが判明する(火垂も佐助から話を聞いて組んでいた)。
ようするに、『スティング』みたいなことをやったわけである。
本物の秀頼は事前に薬で眠らせており、根津が彼に化けて芝居をしていた。一行が城を去ろうとすると、淀殿は命を落とした家臣たちへのケジメとして自害を選び、他の面々は脱出する。

だけどさ、そんな芝居を打つ必要性って、全く無いんじゃないか。それよりも、まだ久々津衆が来る前に、逃げるチャンスはあったんじゃないか。
それに、その芝居を始めた時点では、まだ久々津衆が現場へ来ていなかったはず。だったら、そんな芝居の意味が無いでしょ。それに、その芝居の途中から、ちょうどいいタイミングで久々津衆が来てくれるとは限らないわけだし。
それと、その芝居が終わった後の佐助たちを描くシーンは、まるで「ハッピーエンド」みたいに穏やかで明るいけど、幸村親子の勇士の仲間たちも死んでいるわけで。それに、豊臣方も敗北しているわけで。
クロージング・クレジットで「大陸へ逃亡する中で佐助たちが新たな仲間を集め、天草四郎となった秀頼と共に再上陸して幕府軍と戦う」という展開が説明されるけど、ってことは再び負けて殺されるんじゃねえか。
そんな敗北の決まっている「その後」を描かれても、ちっとも楽しくねえよ。

(観賞日:2018年3月11日)

 

*ポンコツ映画愛護協会