『サムライマラソン』:2019、日本&イギリス

260年に渡って、日本は鎖国を貫いてきた。しかし黒船の来航により、日本は大きな変化を迎えていた。1855年、幕府大老の五百鬼裕虎は側近の隼たちを従え、米国海軍のペリー提督の一団と面会した。ペリーは大統領の親書を届けに来たことを説明するが、五百鬼には英語が理解できなかった。五百鬼に通訳を要求された家臣の藤井だが、彼はオランダ語しか喋れなかった。ペリーはモールス信号機や銀板カメラ、ウイスキーを五百鬼に献上し、リポルバー式の拳銃も贈った。黒船の来航は、諸藩の大名たちを震撼させた。
上野国安中城では、安中藩主の板倉勝明が五女の雪姫の描いた絵を見ていた。最初は穏やかに眺めていた板倉だが、黒船の絵を見ると即座に燃やした。彼は小姓の小次郎に側用人の辻村平九郎を呼ばせ、婿にするよう雪姫に持ち掛けた。板倉は雪姫が外国に憧れていると知っており、「異国に行くなど許さん。江戸に行くこともならん」と厳しく言う。安中藩勘定方の唐沢甚内は女房の結衣や幼い息子の千代丸と共に、平穏な生活を送っていた。しかし唐沢家は先祖代々、幕府の草として安中藩に仕える家系だった。甚内は幼少期から父に鍛えられ、目立たぬように安中藩を探っていた。彼が隠密であることは、結衣には内緒だった。
早朝、城では太鼓が鳴らされ、藩士たちが招集された。前夜からみすずという女と遊んで眠り込んでいた辻村は、家臣の百瀬仁左衛門と岡島東吾に起こされた。廊下に出たみすずは、藩士の柿崎数馬と視線が合った。雪姫は髪を切り、密かに城を抜け出した。甚内は勘定方の植木義邦や田中安兵衛、矢野文蔵たちと合流するが、腹痛を理由に走り去った。彼は飛脚問屋の山崎屋へ駆け込み、「江戸の薬問屋への書状」と称して「薬を所望」という暗号文の書状を飛脚に渡した。
次々に侍たちが城へ入って行く中で、栗田又衛門だけが反対方向へゆっくりと歩いていた。老いた彼は、板倉から隠居するよう通告されていたのだ。足軽の上杉広之進たちも顔を揃える中、甚内も遅れて城に入った。板倉は家臣たちに、和親条約の締結を求める米国の狙いが侵略だと考えていることを話す。彼は「侍は強くなければならん」と言い、翌日に遠足(とおあし)を実施することを宣言した。山有り谷有りの十五里を、藩士に留まらず足軽や小者まで五十歳以下の男子は参加を命じられた。最後に板倉は、「勝者には望みを聞いて遣わす。何でも構わん」と述べた。藩で最も足の速い上杉は張り切るが、百瀬と岡島から辻村に優勝を譲るよう脅された。
山崎屋に戻った甚内は、先程の書状を返してもらおうとする。しかし既に飛脚は江戸へ向けて出発した後だったため、慌てて後を追った。川辺で休んでいた雪姫は、男に襲われ。すかさず彼女は反撃し、男を制圧した。板倉は雪姫がいなくなったことを知り、辻村に連れ戻すよう命じた。辻村は百瀬と岡島を伴い、馬で安中藩を出発した。関所に着いた甚内は飛脚の通過を知るが、手形を所持していないので追跡は不可能となった。
辻村は雪姫に解放された男を目撃し、呼び寄せてから斬り捨てた。彼は百瀬と岡島に、男の首と荷物を持つよう命令した。引退して落ち込んでいた又衛門は福本伊助という少年と出会い、「大きくなったのお」と喜んだ。伊助の亡き父である勘兵衛は、又衛門に槍術を教えてくれた師匠だった。父のような侍になること夢見る伊助は、そのために遠足に出たいと思っていることを明かした。そこで又衛門は、彼に遠足での走り方を伝授した。
柿崎はみすずと密会し、遠足での勝利を誓った。上杉は女房と幼い息子を家に残し、遠足の稽古に向かう。彼は商人の留吉に呼び止められ、茶屋に行くよう促された。茶屋の主人は上杉を豪勢な料理で接待し、城下では誰が勝利するか賭けをしていることを話した。彼はわざと負けるよう頼んで十両の報酬を提示し、前金を渡した。帰宅した上杉は、豪勢な料理を土産として妻子に渡す。上杉が一着と大金のどちらを選ぶか尋ねると、女房の志織は「もちろん一着でございます。一着になれば、お侍になれます」と答えた。
伊助は家へ戻り、母の清に先生として又衛門を紹介した。そこへ男装した雪姫が現れ、朝から空腹なので何か食べさせてほしいと頼んだ。辻村は板倉の元へ戻り、男の首と彼が持っていた雪姫の服を差し出した。板倉は激しく動揺するが、遠足は予定通りに行うと通告した。雪姫は江戸へ行きたい考えを話すが、手形を持っていないと聞いた又衛門は「その身なりでは、関所は厳しいのお」と告げた。五百鬼は隼に拳銃を渡し、安中藩へ向かうよう命じた。隼は志願した若手の三郎たちを引き連れ、江戸を出発した。
翌朝、遠足の参加手続きが行われ、雪姫は偽名を使って登録した。遠足が始まり、参加者は一斉に走り出した。植木は腰の痛みを訴えて、早々と脱落した。彼は他の参加者が全て走り去ったのを確認し、隠しておいた馬に乗った。辻村、百瀬、岡島は坂道で脱落するが、こちらも作戦通りだった。百瀬と岡島は、森の中に隠しておいた駕籠に辻村を乗せて走り出した。植木は隼たちを見つけ、合図を送って合流した。辻村たちは近道を使い、先頭集団に追い付いた。
関所に着いた参加者は、役人に登録書を見せて通過を許可された。甚内は勘定方の面々と共に、関所へ着いた。彼は同僚から、植木の様子を見に戻るよう促された。雪姫は又衛門と伊助の3人で走っていたが、関所が近付くと先に行くよう告げた。辻村や上杉たちは折り返し地点の神社に到着し、割付札を受け取った。雪姫は1人で関所へ行くが、板倉の側近が待ち受けていて正体が露呈した。彼女は刀を抜いて反抗するが、すぐに捕縛された。
甚内は隼たちの一団を目撃し、そこに植木がいたので驚いた。植木は彼に、「江戸からの客は着いておる。遠足で疲れ果てた藩士たちを待ち受けてうけておるぞ。我らも行くぞ」と告げる。甚内が「これはただの遠足です。幕府に背くことなど何も起きていません」と訴えると、植木は「そんなことはどうでもいい。我らが仕えているのは御公儀なのだ」と話した。それでも甚内が反発すると、植木は彼を始末しようとする。甚内は刀を抜き、植木と戦って殺害した。
隼たちは関所に現れ、役人を次々に始末殺害した。牢に閉じ込められていた雪姫は、怪我を負いながらも逃亡した。彼女が川で水を飲んでいると、甚内が通り掛かった。甚内は雪姫の縄を切り、正体に気付いた。甚内は彼女が怪我を負っていると知り、応急手当てを施す。関所破りを知った彼は、詳しい事情を説明した。一方、岡島は辻村が先に行った隙を見て、百瀬を崖から蹴り落とした。彼は辻村を始末しようと後を追うが、熊が現れたので急いで逃げる。彼は縄を使い、谷の向こう側に避難した。辻村も慌てて渡ろうとするが、岡島は「百瀬が谷底で待っておるぞ」と言い放って縄を切った。甚内に救われた辻村は安中藩の危機を知り、馬を走らせて城へ向かう…。

監督はバーナード・ローズ、原作は土橋章宏「幕末まらそん侍」(ハルキ文庫)、脚本は斉藤ひろし&バーナード・ローズ&山岸きくみ、企画・プロデュースはジェレミー・トーマス&中沢敏明、製作は余海峰&吉崎圭一&亀山慶二&中西一雄&依田巽&畠中達郎&宮崎伸夫&山田裕之&木村正明&渡邊耕一&狩野隆也&樋泉実、共同製作は周晏清&マリー=ガブリエル・スチュアート、チーフプロデューサーは井口高志&厨子健介&佐々木基、プロデューサーは池上司&八木征志&大野貴裕、共同プロデューサーは丸山典由喜、アソシエイト・プロデューサーは三船力也&クリスチャン・ストームズ&アレイニー・ケント、衣装デザインはワダエミ、撮影監督は石坂拓郎、照明は舘野秀樹、美術は佐々木尚、録音は小松将人、編集は上綱麻子、殺陣・所作指導は久世浩、殺陣指導は山田公男、音楽はフィリップ・グラス。
出演は佐藤健、小松菜奈、森山未來、染谷将太、長谷川博己、川悦司、竹中直人、ダニー・ヒューストン、青木崇高、木幡竜、小関裕太、深水元基、カトウシンスケ、岩永ジョーイ、若林瑠海、筒井真理子、門脇麦、阿部純子、奈緒、真田麻垂美、仁科貴、内田勝正、関口まなと、奥野瑛太、福崎那由他、中川大志、小家山晃、松田北斗、斎藤來奏、吉田ウーロン太、長野克弘、佐藤聖之、杉山明徳、西沢仁太、納見俊三千、剛たつひと他。


土橋章宏の小説『幕末まらそん侍』を基にした作品。
監督は『キャンディマン』『アンナ・カレーニナ』のバーナード・ローズ。
脚本は『キセキ -あの日のソビト-』『ナミヤ雑貨店の奇蹟』の斉藤ひろし、バーナード・ローズ監督、『一命』『喰女-クイメ-』の山岸きくみによる共同。
甚内を佐藤健、雪姫を小松菜奈、辻村を森山未來、上杉を染谷将太、板倉を長谷川博己、五百鬼を豊川悦司、又衛門を竹中直人、ペリーをダニー・ヒューストン、植木を青木崇高、隼を木幡竜、三郎を小関裕太、百瀬を深水元基、岡島をカトウシンスケ、柿崎を岩永ジョーイ、伊助を若林瑠海が演じている。

イギリス人でありながら『一命』『無限の住人』といった日本映画もプロデュースしてきたジェレミー・トーマスが、中沢敏明と組んで「世界に通用する侍映画を作る」というコンセプトで製作した映画である。
イギリス人のバーナード・ローズを監督に据えたのも、世界を見据えていたからだろう。彼を監督に起用したことで、これまでの時代劇映画には無かったような映像表現が見られる。
また、フィリップ・グラスが手掛けた時代劇らしからぬ音楽も、独特の雰囲気を醸し出していて悪くない。
しかし残念ながら、ルック&ミュージックには面白さがあるものの、トータルで考えると完全にポンコツである。

主演が佐藤健で、ヒロインが小松菜奈。森山未來、染谷将太、長谷川博己、豊川悦司といった主演クラスの面々が脇を固め、竹中直人や青木崇高、さらには『アビエイター』『ワンダーウーマン』のダニー・ヒューストンまで出演している。
他にも藤井役で中川大志、結衣役で門脇麦が出演しているなど、かなり豪華な顔触れと言ってもいいだろう。
しかし大きな話題になることもなく、興行的にも完全に失敗している。
日本でコケただけでなく、世界市場でも全く相手にならなかった。

この映画をポンコツにしている原因は、シナリオのデタラメっぷりだ。
もしくは、シナリオはデタラメじゃないのに、演出する時に上手く意思疎通が出来なくてデタラメになってしまった可能性もある。バーナード・ローズは日本語が全く分からないので、通訳に頼って演出を付けざるを得なかったわけで。
どうやら本人は、「サイレント映画のように言葉に頼らない演出」を狙ったらしい。
なるほど、仮に台詞が無かったら、勝手に脳内補完で好意的に解釈して、そこまでポンコツだと思わなかった可能性は充分に考えられる。
だけど残念、ちゃんと台詞がある映画なのよ。だから台詞の部分で問題が生じると、それは観客に伝わっちゃうのよ。

導入部からして、早くも破綻は始まっている。
冒頭シーンは「藤井は通訳なのにオランダ語しか喋れない。だけど彼はペリーもオランダ語だと思い込んでいる」という描写を見ても、明らかに喜劇として演出されている。
なので、そのまま喜劇として進行するのかと思いきや、板倉が登場すると途端にシリアスな方向へ舵を切っている。
もちろんシリアスとコミカルが上手く融合したり使い分けられたりしていれば何の問題も無いが、この作品ではバラバラになっている。

雪姫は黒船の絵を描いているが、見ていないのに描けるのは「聞いた情報を参考にして想像した」と解釈しておけば済む。しかし板倉がペリーの夢を見ているのは、同じような解釈では成立しない。
彼はペリーとの面会に同席していないので、ペリーの顔をハッキリと認識しているってのは有り得ないでしょ。
あと、その夢で板倉はペリーに発砲しているのに、「敵わない」と怯えて呟くのは整合性が取れない。
そんな風に感じたのなら、むしろ自分が大砲でやられるとか、発砲したのにペリーがピンピンしているとか、そういう内容の夢にでもしておくべきじゃないかと。

太鼓が鳴らされた時、仁左衛門と東吾は徳利が散らかった座敷で眠り込んでいる。傍らには年増の遊女らしき女がいて、2人は慌てて隣の座敷にいる辻村を起こしに行く。この時、辻村はみすずと一緒に寝ている。
なので、そこは遊郭か料亭で、みすずは遊女なのかと思った。しかし服装を見る限り、どうやら遊女っぽくはない。安兵衛と会うシーンを見ても、どうやら普通の町娘っぽい。
そうなると、なぜ彼女が辻村と寝ていたのか、それが良く分からない。
遊女でもないのに関係を持ったのなら、辻村に従わざるを得ない事情があるはずだ。しかし、それは全く教えてもらえないのである。

太鼓で呼び集められた時、甚内は幕府への密書を記す。しかし遠足だと知り、慌てて書状を取り戻そうとする。
だけど、そもそも板倉に招集され、「これは計略だ」と断定して書状を書いている時点で、ものすごく愚かしいと言わざるを得ない。
まだ彼は板倉の話を何も聞いちゃいないわけで、「計略だと」断定するための手掛かりなんてゼロなのよ。
それに板倉の話を聞いてから書状を送っても、何の問題も無いでしょ。そこまで焦って動く必要なんて無いでしょ。

川辺で休んでいた雪姫に襲い掛かる男がいるのだが、こいつの正体がサッパリ分からない。
みすぼらしい格好をしているが、なぜか背中の駕籠には何本かの刀が入っている。最初に使う武器は杖だが、反撃されると持っていた刀を抜く。
ただの盗賊じゃないことは明白だし、もちろん荒くれ者の百姓や行商人でもないだろう。
可能性としては「幕府の隠密」ってことが考えられるけど、いきなり雪姫を襲うのは不可解だ。
そして結局、こいつの正体は分からないままになっている。

あと、雪姫は男を取り押さえて駕籠に視線を向けるんだけど、ここでシーンが切り替わり、しぱらくすると男は田んぼの畦道を歩いていて辻村に斬られるんだよね。
つまり雪姫は男を無傷で解放していることになるが、どういうつもりだよ。だったら、そのシーンって何のために挿入したんだよ。
後で男装した雪姫が現れるシーンがあるので、ひょっとすると男の荷物から服を奪ったのかもしれないよ。
ただ、映画を見ている限り、そういうことは全く分からないからね。

日本で最初のマラソンを描く作品かと思いきや、そうではない。
マラソンってのは、他のことを描くために用意された道具、もしくは背景に過ぎない。
「色んな思惑や陰謀なんかも絡んでいるけど、最終的には全員が優勝を目指して走る」という展開にすることも可能な題材ではあるのだが、「実は公儀隠密でした」って奴が次々に現れ、マラソンは途中で完全に放り出されている。
それに比べて、本気で遠足に参加している主要キャラなんて、ほとんどいない。

優勝を目指して遠足に参加している主要キャラって、せいぜい又衛門、伊助、安兵衛ぐらいでしょ。しかも又衛門は「伊助の付き添い」という役目だし、安兵衛は存在感が薄いし。
あと、上杉がいるんだけど、賄賂を貰っているから「優勝する気は無い」と捉えて観賞する形になる。
もしかすると「妻の言葉で考えが変わった」という設定かもしれないけど、それは映画を見ていても良く分からない。
そもそも賄賂を受け取っているから、「金は貰ったけど約束は破る」ってわけにもいかないでしょ。

「幕府の策略」と「優勝を目指す遠足」という2つの要素は、まるで上手く絡み合っていない。だから話が進むにつれて「隠密が安中藩を潰そうとする」という動きが活発化していくと、遠足の方は存在意義が消えてしまう。
本来なら融合すべき2つの要素は、バラバラのままになっている。何も知らずに走っていた安兵衛たちも終盤になると先頭に参加するけど、それは「上手く融合している」とは言えないし。
それに、終盤になって戦闘が始まると、「雪姫は異国に行きたがっている」とか、「安兵衛は金持ちになりたがっている」とか、「柿崎はみすずと結婚したがっている」とか、「伊助は侍になりたがっている」とかといった要素が完全に死ぬんだよね。
だって、そういう願望と藩を守るための戦闘は、まるで関係が無いからね。

では、せめてチャンバラだけでも引き付ける力があるのか、クライマックスは盛り上がるのかというと、これまた全く冴えないのだ。
まず、その状況を作り出すための手順が下手すぎる。
隼は城に乗り込んで板倉の前に現れたのに、なぜか藩士たちが戻るまでノンビリと待っているんだよね。で、何の策も講じずに戻って来る藩士たちを真正面から待ち受けて、あっという間に殺されるのだ。
だから、チャンバラが盛り上がる暇も無いのよ。

最後に「1885年に安中藩が開催した遠足は日本のマラソンの発祥と言われている」という文字が出るけど、その「マラソンの発祥となった出来事」を真正面から丁寧に描く内容じゃないので、そのラストメッセージへの流れが全く出来上がっていない。
最後だけ急に「これが実はマラソンの発祥で」と言われても、「だから何なのか」としか思えない。
それにしても、「世界に通用する侍映画」というコンセプトで、なぜこんな捻ったアイデアの作品を選んだのだろうか。
「侍が悪党を倒す」という、シンプルでストレートな話にした方が良かったんじゃないかなあ。主演に佐藤健を起用したんだから、世界に通用するチャンバラは体現してくれたはずだし。

(観賞日:2020年11月12日)

 

*ポンコツ映画愛護協会