『さまよう刃』:2009、日本

平成20年12月4日の夜。自宅にいた長峰重樹に、中学生の娘・絵摩から電話が入った。「そろそろ着くね」と言う娘に、長峰は「気を 付けて帰って来るんだよ」と優しく告げた。それが最後の会話になった。翌朝、荒川の河川敷で、無残な死体となった絵摩が発見された。 刑事の織部孝史と真野真野信一は、連絡を受けて警察署にやって来た長峰を遺体安置所へと案内した。絵摩と対面した長峰は、その変わり 果てた姿に呆然自失となった。
長峰は死因を知りたがったが、真野は薬物注射の痕跡を内緒にした。疑問を唱える織部に、彼は「死因を知れば知るほど苦しむ。あえて 知らせないことがあってもいい」と告げる。死因は薬による急性心不全で、男性2人の精液が膣内から検出された。長峰は56歳の建築士で 、2年前に乳がんで妻を亡くして以来、娘と2人で暮らしてきた。捜査課長の島田は部下の織部や伊藤、田中たちに、「未成年者に薬物が 使われて殺された。世間の注目は大きい。マスコミも騒ぐぞ」と述べた。
若者の乗ったセダン70年型に被害者が乗っているのを目撃したという情報が、警察に入った。織部は真野のアドバイスを受けてテリトリー を絞り込み、セダンのリストを作成した。織部や真野たちは、手分けしてセダンの持ち主を捜査する。彼ら中井誠という少年を任意同行で 引っ張り、防犯カメラの映像を見せた。それ以後の行動を質問すると、中井は「適当にドライブしてた」と答えた。
長峰から警察署に、何か分かったことがあったら教えてほしいという電話が入った。真野は「報道されている以外にお伝えできることは」 と告げた。長峰が帰宅すると、留守電に1件のメッセージが録音されていた。それは少年らしき声で、「絵摩さんはスガノカイジと トモザキアキラの2人に殺されました。これはイタズラ電話じゃありません」という内容だった。さらに彼は、伴崎敦也の住所が足立区の アパートであること、ドアの上のスペアキーで中に入れることも語っていた。
長峰はアパートへ行き、スペアキーを見つけて中に入った。散らかった部屋の中で、彼は1本のビデオテープを発見。それを再生すると、 菅野快児と伴崎敦也に強姦された絵摩が動かなくなっている姿が写し出されていた。長峰は激しく嗚咽した。そのまま夕方まで待っている と、伴崎が帰宅した。長峰は背後から彼を刃物で突き刺し、菅野の居場所を尋ねる。長野のペンションにいることを聞き出すと、長峰は 刃物を深く突き刺して立ち去った。
夜遅くにアパートへやって来た中井は、伴崎の遺体を発見した。織部と真野は、伴崎の部屋から押収された強姦映像を見る。絵摩の他にも 同様のテープが13本発見された。織部たちは、凶器の指紋が長峰と一致したことを知らされる。長峰の自宅へ乗り込むと、彼は姿を消して いた。織部と真野は中井を尋問する。絵摩の事件があった夜、伴崎のアパートの前で彼の車が目撃されていたのだ。
目撃情報を指摘した織部たちは、車に絵摩を乗せた手口を中井に尋ねる。中井は「菅野たちがナンパしたら彼女が乗って来た、親父から 電話があったからアパートまで送って帰った。何があったのかは知らない」と虚偽の証言をした。中井はずっと、菅野たちの使い走りを やらされていた。それを知った織部は、長峰に伴崎の情報を教えたのが彼だと確信する。彼は真野に、「警察ではなく長峰に情報を 明かしたのは、殺してくれると考えたからでしょう」という推理を話した。
そんな中、警察に長峰からの手紙が届いた。手紙の中で、彼は伴崎を殺したことを告白し、娘が生きがいだったこと、未成年の犯人に 対する処罰の軽さに納得できないことが綴っていた。「まだ逮捕されるわけにはいきません。私には、まだやらなければならないことが あるからです」という文面もあった。長峰は猟銃を持ち、長野の雪道を歩いていた。手紙の消印は名古屋だったが、織部は長峰が別の場所 にいると推測した。長峰が指名手配されれば、菅野はそれを知る。菅野に出頭されると、長峰の復讐は果たされないからだ。
菅野から電話を受けた中井は、彼が菅平のペンションにいることを聞き出した。長峰の手紙の全文がマスコミに漏れ、大きく報じられた。 織部が警察署に戻ると、菅野たちの被害に遭って自殺した少女の父親が来てビデオテープを見ていた。彼は号泣し、言葉にならない言葉で 織部に詰め寄った。居酒屋で彼は真野に、「我々は、あんな菅野のために捜査を続けています。あいつに更生するチャンスを与え、被害者 の目の届かない所に隠そうとしている」と語った。
「それがこの国の司法制度だ」と言う真野に、織部は「じゃあ警察って何ですか。我々は市民を守っているわけではない。警察が守ろうと しているのは、法律の方ってことですか。法律が傷付くのを防ぐために、俺たちは必死になって駆けずり回ってる」と感情的になった。 「迷ってるんなら、捜査から降りろ」と静かに告げる真野に、織部は「警察がしようとしていることは、被害者の長峰さんから一方的に 未来を奪い取ることになるんですよ」と言う。すると真野は「勘違いするな。長峰は殺人事件の容疑者だ。それに、長峰には、もう未来 なんて無いんだよ」と語った。
その頃、長峰は菅野を見つけ出すことが出来ず、途方に暮れていた。だが、自宅の留守電を携帯で訊くと、中井のメッセージが入っていた 。中井は「詳しい場所は分かりませんが、菅野快児は菅平の潰れたペンションにいます」というメッセージを残していた。一方、警察は、 菅野が軽井沢のATMから金を引き落としていることを掴んだ。長峰は菅平へ行き、木島和佳子と父・隆明が営むペンションに宿泊した。 彼は「甥なんですが、家出中でして」と言い、菅野の写真を2人に見せた。
翌日、織部と真野は長野県警の川崎と会い、廃業したペンションのリストを用意してもらった。長峰はペンションの周囲を歩き回って菅野 を捜索するが、手掛かりは得られなかった。新聞を読んでいた和佳子は、長峰の正体を知った。戻って来た長峰に、彼女は「目的の相手が 見つかったら、警察には任せられないんですか。暴力で対抗しても根本的な問題は解決するんでしょうか。もし私が娘さんなら、復讐 なんて望まないと思います」と語り、復讐を中止するよう説いた。長峰は何も言わなかった。
翌日、潰れたマンションを調べていた長峰は、足に怪我を負う。彼が歩いているのを目撃した隆明は、「これじゃあ甥御さん、捜せない でしょ」と言って車に乗せ、娘に連絡を入れた。彼は車内で長峰に猟銃を持たせ、「引き金を引く時、情けを感じたら負けです」と言う。 ペンションに戻ると、和佳子の通報で待機していた警官2名が飛び出した。すると隆明は猟銃を奪われたように偽装して見せ掛けて長峰に 渡し、警察の行く手を遮って彼を逃がした。警察は菅野の情報を掴み、潰れたペンションに乗り込んだ。だが、菅野は売春させていた女を 残し、逃亡した後だった…。

監督・脚本は益子昌一、原作は東野圭吾(角川書店刊)、製作は平城隆司&中曽根千治&福原英行&堀健一郎&木下直哉&大橋善光& 井上伸一郎&中井靖治&吉田鏡&荻谷忠男&濱幾太郎&高田達朗&北村一明&田中憲一、企画は川田直美&梅澤道彦&遠藤茂行、 プロデュースは香月純一、プロデューサーは石田基紀&山田兼司&長澤昌子、撮影監督は王敏(ワン・ミン)、編集は三條知生、 録音は山方浩、照明は三善章誉、美術は福澤裕二、音楽は川井憲次。
出演は寺尾聰、竹野内豊、伊東四朗、酒井美紀、山谷初男、長谷川初範、木下ほうか、池内万作、中村有志、岡田亮輔、黒田耕平、 佐藤貴広、富永研司、高瀬尚也、関戸雅志、吉田友紀、松本匠、森下サトシ、希野秀樹、田中伸一、宮本行、辻雄介、安藤智彦、渡辺憲吉 、奥村寛至、小島康志、鳴海由子、伊藤弘子、渡辺杉枝、不二子、妖子、山田透、大滝奈穂、伊東遥、栗林里莉、 宮田直樹、池田わたる、矢嶋俊作、荒木誠、土井きよ美、すだあけみ、渡辺隆、川岸貴紀、櫻木亮ら。


東野圭吾の同名小説を基にした作品。
益子昌一は、2000年から映画脚本家やプロデューサー、小説家として活動してきた人物。
映画監督としては、これが前年の『むずかしい恋』に続く2本目の作品となる。
長峰を寺尾聰、織部を竹野内豊、真野を伊東四朗、和佳子を酒井美紀 、隆明を山谷初男、島田を長谷川初範、伊藤を木下ほうか、田中を池内万作、川崎を中村有志、菅野を岡田亮輔、伴崎を黒田耕平、中井を 佐藤貴広、絵摩を伊東遥が演じている。

冒頭、タイトルの前に、もう絵摩は犯人グループに拉致される。だから、事件の発生する前に、長峰と絵摩の関係が描写されることは無い 。まあ一応は電話でチラッと話しているが、その程度だ。
その後、回想として、2人の関係を描写するシーンが出て来るわけでもない。
それは手落ちだろう。
別に仲良しでなきゃいけないわけではない。ギクシャクしていたとか、険悪だったとか、そういうことでも構わない。
とにかく、復讐を始めるのであれば、長峰の絵摩に対する思いを観客に伝えるために、2人の関係描写に厚みが欲しい。

長峰の娘・絵摩が強姦される様子は描写されていない。強姦された後の様子が、録画映像として写されるだけだ。
そこは必要不可欠というわけではないので、無いなら無いで構わない。
ただ、そこを描写しないのなら、中学生の娘役に、当時は現役のAV女優だった伊東遥を起用した意味が分からない。年齢的には無理が あるし。
露骨な性的描写が無いのなら、同年代の女子を起用すればいいんじゃないか。無名の役者でいいんだから、見つからないってことも無い だろう。
ひょっとして、強姦シーンは撮影したけど、編集でカットしたということなんだろうか。それとも「現役の学生を起用したら、周囲から 色々と言われる」という懸念があったんだろうか。

前述のように、強姦シーンの直接的な描写は、必要不可欠というわけではない。それを描いて「エロ」の部分が際立ってしまったら台無し になるし、省略するのは別に構わない(もちろん描いたらマイナスというわけではなく、そこをハッキリと描く手もある)。
ただ、そこを省略するのなら、別の部分で犯人グループの卑劣さや醜悪さをアピールする必要がある。
それは例えば、事件の後で自分の所業を笑って話すとか、犯罪を屁とも思っていない態度を示すとか、そういうことで表現できる。
だが、それが物足りない。
ビデオテープの中で「ヤバかったら捨てればいいよ」とか「気持ち良かったあ」とか話しているけど、それだけでは不足。

「主人公の娘が強姦されて殺され、復讐に燃える」という筋書きを知った段階で、この映画を見終わってもスッキリした気持ちになれない ことは分かっていた。これは任侠映画やクンフー映画ではないので、復讐のカタルシスを味わうことは出来ないのだ。
復讐のカタルシスだけでなく、悲劇のカタルシスを味わうことも難しい。「主人公の娘が強姦されて殺された」という出発点を設定した 段階で、着地点からカタルシスは完全に消えている。
しかし、カタルシスが無いことは分かっているが、それでも絶対に、主人公には復讐を遂行させねばならない。
これは強姦シーンとは違い、必要不可欠な要素だ。
最終的に主人公が殺されるとか、自殺するとか、発狂するとか、どんな目に遭ってもいいから、とにかく復讐は完遂されるべきだ。
ところが本作品は、長峰が復讐を果たさないまま終わってしまうのだ。
それはイカンだろう。

長峰が復讐を果たさないまま終わるのは、原作通りの筋書きらしい。
しかし、だとすれば、それは原作におけるマイナスなのだから、映画版では改変されるべきだ。
復讐を終えた後、虚しさや無常感が残るのは別に構わない。復讐を果たしても、それでスッキリするわけではない。
しかし、復讐を果たさないと、別のモヤモヤが残ってしまう。
そういう類のモヤモヤは残しちゃダメだろう。

死体と対面した後、5分ほどは警察の動きが描かれるが、それは構成に難があるなあ。
まずは長峰の受けた衝撃、悲しみ、絶望感、そういうところを描くべきじゃないか。
その後、1分ほど、ただボーッとしている彼の様子が写るけど、それも薄いなあ。
駅の構内で歩いていて情報提供を求める看板を長峰が見るシーンがあるけど、それもチラッとだけ。
まあ話し相手がいないから言葉にすることが難しいという事情はあるんだけど、そこは誰か配置すれば良かったんじゃないかな。

この映画にとって重要なのは、警察の事件捜査じゃないはずなんだけど、そっちに費やす時間が長いと感じる。
長峰の行動や心情よりも、「捜査をしている織部が日本の司法制度や警察のあり方について疑問を抱くようになる」というところに重点が 置かれているようだ。
そこで問題提起をしようという社会的メッセージを伝えようとする意識が強かったのかなあ。
だけど、そこばかりが強くなっているのは、あまりバランスが良いとは思えない。

長峰がビデオテープを発見するシーンは、ちょっと引っ掛かる。
まず「未だにVHSなのかよ」というところが引っ掛かるのと、何本かある中で長峰は1本を選び出しているのだが、ってことは、それ だと分かるようなタイトルが書いてあったってことなのか。
そんなの、ちょっと考えにくいんだけどなあ。
しかも、無造作に、見つけやすい場所に置いてあるし。
映像の中の菅野たちはマスクで顔を隠しているけど、ってことは正体を隠したいんでしょ。それにしては、そのテープの保管方法は 不可解。

長峰が伴崎を刺し殺す復讐シーンは、まあ衝動的な行動なので仕方が無いっちゃあ仕方が無いんだけど、あっさりしてるんだよな。狂った ように燃えたぎる怒りのマグマが、あまり伝わらない。
そこに限らず、やたら淡々としたタッチで進行するんだよな。
意図的に抑制しているのかもしれないけど、それにしても平坦すぎる。
「抑制した中にも湧き上がる怒りが滲み出てくる」というのがあればいいんだろうけど、長峰の心情描写まで抑制されてしまっている。彼 の心の内が、あまり伝わって来ない。
そうなると、長峰に感情移入することは難しい。
ただ無機質なまま行動されてもねえ。

手紙の朗読で長峰は憤懣を語っているけど、それも淡々とした語り口だから、イマイチ伝わらない。
あと、その手紙の中で「未成年なので、刑罰とは言えないような判決が下されたでしょう」という主張が語られているが、伴崎を殺す前に 、「どうせ捕まっても未成年だから軽い処罰で済み、すぐにシャバへ出て来る」ということを、誰かの口を使って喋らせておくべきだ。
そして、長峰が話さないのなら、その言葉を彼が耳にしているシーンが欲しい。
それが無いまま復讐をするので、「未成年がどうたら」というのが後付けにしか聞こえない。仮に成人男性が犯人だとしても、同じように 衝動的な復讐を行ったのではないかという感想が浮かんでしまう。
っていうか、たぶん、犯人が成人男性でも、長峰は殺していたと思うんだけどね。

手紙の全文が漏れた後の、マスコミの反応には解せない部分がある。
全員が同じ論調で「殺人犯を野放しにして少年を見殺しにするのか」「伴崎が殺されたのは警察の責任じゃないのか」と、「長峰は 間違っている。捕まえるべきだ」という方向から警察を批判するのだが、それってどうなんだろうか。
娘を強姦されて無残に殺された父親が少年に対して報復した時に、果たしてマスコミは、その父親だけを一方的に凶悪な殺人犯として バッシングし、殺された少年サイドするようなスタンスを取るだろうか。

終盤、長峰が菅野に猟銃を突き付けた後、「我が国の法律では、未成年者に極刑は望めない。だから私自身が、この男に審判を下す」と 語るのは、お喋りが過ぎる。そこに余計なセリフは要らない。
問題提起しようとする意識が強すぎたんだろうなあ。
ただ、繰り返しになるけど、問題提起の気持ちが強かろうが弱かろうが、復讐は果たされるべき。それが果たされない段階で、この映画は 赤点。
しかも、警察が阻止しただけでもアウトだけど、なんと長峰の銃は空砲だったのだ。
つまり、彼は和佳子の説得に応じて、復讐を断念していたのだ。
もうね、アホかと。
なんで腰砕けになってるんだよ。最悪だわ。
赤点どころか、マイナスを付けたいぐらいだ。

(観賞日:2011年5月1日)

 

*ポンコツ映画愛護協会