『ジョーカー・ゲーム』:2015、日本

かつて日本が戦争をしていた時代、その存在を歴史から消した男たちがいた。後世、彼らの功績が語られることは無い。東京陸軍士官学校では、多くの士官候補生が厳しい訓練を積んでいた。ある男は高熱を出した仲間を助けようとするが、教官に殴り飛ばされる。男は高熱があることを説明するが、教官は「言い訳にならん。這ってでも行け」と仲間に強要した。男が鋭い視線を向けると、その反抗的な態度に激昂した教官が殴り掛かる。男は反撃して教官を殺害し、すぐに取り押さえられた。
男は裁判で死刑を宣告されるが、処刑場に現れた結城中佐が彼を解放する。結城は男に、生き延びたければスパイになるよう持ち掛けた。結城は男を連れて、自ら創設したスパイ養成組織「D機関」の隠れ蓑である大東亜文化協会の建物へ案内した。結城の側近である神永は、「愚かにも陸軍に入隊する軍人を招くほど、D機関が人材を欠いているとは思えません」と反対意見を述べた。D機関の訓練生は、全て民間人だった。
神永は男を訓練生の部屋へ案内する際、階段の数を尋ねた。男が正確に返答すると、神永は訓練生の部屋に連れて行く。訓練生の三好や小田切、実井といった面々は、軍人である男を馬鹿にした。そこでも神永は観察力や瞬時の判断力を確かめるテストを仕掛けるが、男は全て正答を出した。時間を置いて新たなテストを課そうと考える神永だが、結城は「今日から訓練に合流させる」と述べた。男は訓練に入っても、様々な分野で優れた能力を発揮した。
男は結城から「敵に捕まって正体を知られたら、どうする?」と問われ、「敵を殺すか、自決します」と答えた。すると他の訓練生たちは嘲笑し、結城は「死は最悪の選択だ」と述べた。彼は男に、D機関では「死ぬな、殺すな」と教えていることを説いた。実井は男に、互いのブライドを賭けてポーカーのゲームをしないかと持ち掛けた。他の訓練生たちも参加してポーカーが始まると、男は負け続けた。男は周囲を見回し、ギャラリーが自分のカードを他のプレイヤーに教えていることを悟った。
実井はトリックを見抜かれても悪びれず、「普通のポーカーをしようとは言ってない。一種の情報戦だ」と述べた。三好は「家族のいない君は、本能的に情を求めている。孤独に耐えられない人間に、スパイが務まると思うか」と語り、男を挑発した。男は三好を突き飛ばして懐中時計を奪い、女手一つで育ててくれた母への思いを指摘した。「情を求めてるのは貴様の方だ」と男が告げると、激昂した三好は拳銃で射殺しようとする。そこへ結城が神永を伴って現れ、「感情を消せぬ者にスパイなど不可能」と口にした。
D機関を失格になった三好が立ち去ろうとすると、男は「母親を大事にしてくれ」と告げる。三好は「気を付けた方がいい。その優しさが、いつか仇になるぞ」と忠告した。同じ頃、英国諜報部のキャンベルたちは新型爆弾の設計図を奪おうとしていたが、突入すると何者かに先を越されていた。報告を受けたハワード・マークス中佐は、アメリカの仕業に違いないと考える。同盟国なので表向きは手を出せないが、マークスには策略があった。
日本陸軍参謀本部の武野大佐は結城を呼び、新型爆弾の設計図を奪取するよう要求した。武野や側近の矢島中佐や飯塚中佐たちは、スパイを卑劣で姑息な存在だと捉えていた。彼らは結城に、失敗すればD機関を解散して自決せよと命じた。参謀本部で結城の味方になるのは、笹原大佐ぐらいだった。神永は男に嘉藤次郎という名前を与え、「魔の都」と呼ばれる国際都市の虹楊へ向かうよう命じた。新型爆弾の設計図を書いたのはドイツ人に捕まったユダヤ人科学者で、通称「ブラックノート」と呼ばれていた。
結城や神永たちは、科学者から設計図を奪ったのがアメリカ大使のアーネスト・グラハムだと確信していた。グラハムは任期満了ではないが、なぜか急に帰国することを決めていた。帰国は2週間後であり、それまでに設計図を奪う必要があった。嘉藤だけでげなく、小田切と実井も同じ任務を命じられた。結城たちは嘉藤に、武野の一派がD機関を潰す口実を求めていること、設計図を奪うためならグラハムを殺すことも厭わないことを述べた。
虹楊に入った嘉藤は写真館を開き、グラハムの趣味であるチェスを通じて彼に接触した。グラハムは嘉藤を気に入り、大使公邸へ招いてチェスを楽しんだ。嘉藤は気付かれないよう、密かに邸内の様子を撮影した。公邸を去る際、彼はグラハムが買ったばかりだという新入りメイドのリンが気になった。同じ頃、武野たちは京都の料亭に三好を呼び、金と引き換えに情報を話すよう求めた。英国将校が設計図の情報を嗅ぎ付けたと聞かされた武野は、グラハムを殺して目的を果たすよう矢島たちに命じた。
虹楊の陸軍憲兵隊が大使公邸へ乗り込もうとしている夜、それに先んじて嘉藤が忍び込んでいた。小田切と実井は憲兵隊に近付き、公邸へ行けないよう妨害した。金庫を開けた嘉藤はグラハムの日記を発見し、写真に収めた。立ち去ろうとした嘉藤は、リンが寝室でグラハムに襲われている様子を目撃した。倒れ込んだリンは、カーテンの後ろに隠れている嘉藤の姿を見つけた。嘉藤は花瓶を落としてグラハムを脅かし、その隙にリンは部屋から抜け出した。
翌日、嘉藤はリンと遭遇して写真館に招き入れ、写真を撮った。嘉藤は力になろうと提案するが、リンは「アメリカまで付いて来るよう、グラハムに言われています。言う通りにすれば、アメリカ国籍が貰える。帰る場所が出来るんです」と語る。嘉藤は日記を調べ、グラハムが赴任先で女に「アメリカ国籍を与える」と騙し、犯していることを知った。しつこく付いて来る女がいた場合、グラハムは動けないようにして捨てていた。
嘉藤は小田切と実井から明日のパーティーで設計図を奪うよう促された。既に嘉藤は、設計図がチェス盤に隠されているのではないかと見当を付けていた。次の日、パーティーが開かれている公邸へ赴いた嘉藤は部屋に潜入し、チェス盤を調べた。チェスの駒に設計図のフィルムが隠されているのを発見した嘉藤だが、そこへグラハムの部下が現れた。嘉藤は部下を失神させて椅子に座らせるが、そこにキャンベルが来て襲い掛かった。嘉藤は反撃するが、足音が近付いて来たのでキャンベルは逃亡した。
リンが部屋に入って来ると、嘉藤は口を塞いで外へ連れ出した。彼はリンに写真を渡し、グラハムが女を騙していることを教えた。嘉藤が人力車で去ると、リンが追って来た。彼女は「もう戻れない。戻りたくない」と言い、嘉藤に抱き付いた。嘉藤が抱き寄せると、リンは彼にキスをした。嘉藤は「約束する。貴方に帰れる場所を」と告げるが、リンは隙を見てブラックノートを盗み取った。彼女は「やっぱりダメ。新しい場所で、今度こそ。明日の朝、待ってます」と述べ、その場から走り去った。
嘉藤はブラックノートを盗まれたと気付き、慌ててリンの行方を追う。待ち伏せたリンはナイフで襲い掛かるが、嘉藤が取り押さえる。リンは泥棒行為を指摘されても悪びれず、「このノートは金になる」と言い放った。そこへキャンベルと仲間たちが現れると、リンは窓から逃走した。諜報員数名が彼女を追跡し、残りは嘉藤に発砲する。敵を撒いた嘉藤はリンを発見し、追い掛けようとする。そこへ小田切と実井が立ちはだかり、「金のために国を持たず生きるスパイ。まさか、ハニートラップに掛かるとはな」と口にした。
嘉藤はリンを取り押さえた時、密かにブラックノートを奪還していた。それを知った小田切と実井は、「任務完了だ。車に乗れ」と促す。車に向かおうとした嘉藤は、キャンベルたちがリンを眠らせて拉致しようとする様子を目撃した。助けに行こうとした彼は、英国諜報員が包囲していることに気付いた。直後、小田切たちの車に仕掛けられていた爆弾が起動し、嘉藤は爆風に吹き飛ばされた。キャンベルたちによって英国諜報部へ連行された嘉藤は、ブラックノートを渡すようマークスに要求される。嘉藤はリンが鞭で打たれる姿を見せられ、ブラックノートを差し出した。マークスが殺害しようとすると、嘉藤は二重スパイになることを持ち掛けた…。

監督は入江悠、原作は柳広司『ジョーカー・ゲーム』角川文庫、脚本は渡辺雄介、製作は中山良夫&市川南&藤島ジュリーK.&藪下維也&柏木登&桜井徹哉&井上伸一郎&吉川英作、ゼネラルプロデューサーは奥田誠治、エグゼクティブプロデューサーは門屋大輔、プロデューサーは藤村直人&甘木モリオ、撮影は柳島克己、美術は小島伸介、照明は鈴木康介、録音は橋本泰夫、編集は辻田恵美、アクションコーディネーターは川澄朋章、音楽は岩崎太整、主題歌は「Dead or Alive」KAT-TUN。
出演は亀梨和也、深田恭子、伊勢谷友介、小澤征悦、嶋田久作、田口浩正、千葉哲也、光石研、小出恵介、山本浩司、渋川清彦、RICHARD SHELTON、JASPER BAGG、RICHARD MOSS、山根和馬、小林竜樹、ペ・ジョンミョン、板橋駿谷、崔哲浩、和木亜央、飯田芳、水澤紳吾、児玉拓郎、仁村俊祐、佐藤良洋、堤隆博、安井順平、泉惠介、橋本一郎、森田晃太郎、木原勝利、林田栄信、竹田哲朗、鈴木一成、大門嵩、宇野祥平、RAJEN KRISHNAN、STEPHEN McCREADIE、PEER METZE、DENNIS HEATH、MARCIO FERNANDO、JOSY ISSAC、MARC GOLDBERG他。


柳広司の同名短編集を基にした作品。原作の各エピソードから要素を抽出し、それを組み合わせて1本の長編シナリオに仕上げている。
原作の読者だった「SR サイタマノラッパー」シリーズの入江悠が、監督を務めている。
脚本は『ガッチャマン』『MONSTERZ モンスターズ』の渡辺雄介。
嘉藤を亀梨和也、リンを深田恭子、結城を伊勢谷友介、神永を小澤征悦、武野を嶋田久作、矢島を田口浩正、飯塚を千葉哲也、笹原を光石研、三好を小出恵介、小田切を山本浩司、実井を渋川清彦が演じている。

ザックリ言っちゃうと、これは「シリアスに寄せまくった出来損ないのルパン三世」である。
「エンタテインメントとして成立する日本製スパイ映画を作る」ってことで企画がスタートしたらしいのだが、これで製作陣はホントに目的が達成できたと思っているんだろうか。
そりゃあ、確かに「エンタテインメントか否か」と問われれば、エンタテインメントであることは確かだ。決して芸術映画や文芸映画ではない。
ただし、その質が高いのかと問われれば、低いことも確かだ。

冒頭、嘉藤は高熱の仲間を助けて教官に暴行され、反撃して殺害している。
ここは本来なら、「仲間を助けようとした優しい主人公が、理不尽な教官に暴力を振るわれ、誤って死なせてしまう」という形に見えなければいけないシーンだ。
ところが実際には、嘉藤は教官を鋭く睨み付け、殺意を持って始末しているように見えてしまうのだ。
教官を殺した後も、「そんな気は無かったのに殺してしまった」という動揺や後悔が全く見えないしね。

結城が処刑の場に現れると、BGMが流れる。「生きたければ、残された道はただ一つ」と言ったところで少し間を置き、「スパイ」と口にする。
普通に「スパイ」という言葉を使っていることへの微妙な引っ掛かりはあるが、そこは置いておくとしよう。
結城が嘉藤を拘束しているロープを切ると、BGMが消える。そこは「スタイリッシュに描こう」ってのが痛いほど感じられるのだが、残念なぐらいダサいことになっている。
この映画、最初から最後まで、ずっと「カッコ付けてるカッコ悪さ」に満ち溢れている。

神永とD機関の訓練生たちは、陸軍の士官候補生だった嘉藤を嫌悪し、見下した態度を取る。
だが、なぜ陸軍出身者が嫌われるのか、その理由が良く分からない。軍人が見下される具体的な理由は、何も教えてもらえないのだ。そもそも結城だって、陸軍中佐なんだけどね。他の連中は民間人らしいけど、どういう経歴の持ち主なのか、なぜ民間人ばかりが起用されたのか、なぜ嘉藤だけは特別なのか、その辺りもサッパリ不明。
その辺りも、色々と雑だなあと感じる。

神永は嘉藤を訓練生の部屋へ案内する途中、階段は何段だったか尋ねる。部屋に入った後、「机の上に何があったか」などの質問をする。
それは能力を判断するテストなのだが、ホントなら「民間人の連中はバカにしていたけど、嘉藤は予想外に優れた能力を披露する」ってことで、主人公の凄さをアピールすべきだろう。
だが、嘉藤は緊張した面持ちだし、周囲の人間は全く驚かないので、その凄さがイマイチ伝わらない。
そこは「馬鹿にしていた連中をギャフンと言わせる」という爽快感を観客に与えるべきじゃないのかと。
しかも、そこでは記憶力や観察力のテストをしているのに、これが後の任務では全く役に立たないのだ。

そもそも、なぜ嘉藤が様々な分野で卓越した能力を備えているのか、そこも良く分からないんだよな。
ただの士官候補生にしては、能力値が高すぎるでしょ。驚異的な記憶力とか、そんなのは陸軍の訓練で教え込まれたことじゃないはずだし。
ただし、ここは「主人公の過去に触れることで、その能力の理由を説明する」という作業を持ち込まなくても、何の支障も無く進めることも出来ないわけじゃない。
ようは見せ方の問題で、そこが上手くないってことなのだ。

まず舞台設定の段階で、大きな失敗をやらかしている。主人公が任務で中国へ向かい、英国大使と接触するのであれば、その場所は上海租界に設定すべきだろう。
ところが、なぜか「虹楊」という架空の町になっている。地図で示される場所は香港の辺りだが、「魔の都」と言われるだけだ。
そこを架空の町にした理由は明白で、「実在した町にすると正確な歴史考証が必要になるし、それに合わせて当時の町をセットやCGで再現しようとすると手間も予算も掛かる。それを避けたい」ってことだ。
ようするに、手抜きをしたいからリアリティーから遠ざかっただけであり、映画を面白くするために架空の町を設定したわけではない。実際、そこを架空の町に設定したことで物語に魅力が生じているのかというと、当然のことながら答えはノーだ。
そこはディティールを丁寧に構築して上海租界という舞台を作り上げ、その上にフィクションを積み重ねるべきだったのだ。これは断じてハイ・ファンタジーではないのだから、土台の部分はリアリティーを重視すべきだったのだ。

だから架空の町を設定した時点で間違いだとは思うが、それでも「荒唐無稽なスパイ映画」として徹底してくれれば、それはそれで魅力のある映画に仕上がる可能性はあるだろう。『ハドソン・ホーク』みたいに残念な結果を生み出す恐れはあるが、やり方次第で何とでもなる。
しかし、そこまで振り切った意識は無いのだ。むしろ、リアルなディティールを放棄しているのに、なぜかリアルな感覚のシリアスなスパイ映画を目指しているのである。
そこは脚本と演出に大きなズレを感じてしまう。
この脚本なら、「ああ、マジじゃないんだ」と認識して、おバカな映画として演出すべきだろう(能天気なコメディー映画にしろという意味じゃないよ)。

撮影に入る前、亀梨和也は役作りのために英語と中国語、さらには手品やらモールス信号やら拳銃の分解法やらを勉強したらしい。
しかし、その大半は何の役にも立っていない。訓練としてモールス信号や拳銃の分解を学ぶシーンはあるが、それが物語において重要な意味を持つのかというと、まるで関係が無い。
そもそも訓練シーンは駆け足でサラッと見せるだけだし、そこで会得した技術が任務で役立っている様子も無いのだ。
亀梨はアクションも練習したらしいけど、アクションシーンもモッサリしていて冴えないし。

嘉藤がポーカーの手口に気付くと、三好は「君だけが協力者を得られず、カヤの外だったわけ」と告げる。小田切が「まるで今の日本だ」と口にした後、嘉藤は「俺がジョーカー……」と呟く。
いやいや、その流れで「俺がジョーカー」の台詞は変だろ。何がどうなったら、「自分がジョーカーだったのか」とい感想に至るのか。
その次に三好が「だから僕らはこう呼んでる。ジョーカー・ゲームって」という台詞を口にするので、そこへ繋げたいのは分かる。ただ、段取りに流れが追い付いていない。
っていうか、そもそも「だからジョーカー・ゲーム」と呼ぶっていう理屈も腑に落ちないぞ。そこを決め台詞のように言われても、まるで決まってないからね。すんげえ無理のある会話劇になっているからね。
その後、三好が「家族のいない者は本能的に情を求める」と言い出すけど、これまた段取りに流れが追い付いていないから、すんげえ不自然なことになっているし。

武野たちがスパイを本当に卑劣で姑息な存在だと思っているのなら、新型爆弾の設計図を奪取する任務など与えなければいい。「貴様らより先に、現地の憲兵隊が設計図を奪うだろう」と思っているのなら、憲兵隊に任せておけばいい。
「D機関を潰す口実を見つけるため、任務を与えて失敗させよう」と目論んでいる設定ではあるんだけど、新型爆弾の設計図を奪取するのは軍に取って重要な任務でしょ。それを憲兵隊に任せているのに、D機関が動くことで邪魔になり、敵にバレて失敗でもしたらシャレにならんでしょ。
D機関を潰したいのなら、他の方法を考えた方が利口だと思うぞ。
既にD機関が設計図の存在を突き止めており、別のルートから奪取計画の任務が下されていたとか、そういう事情なら話は別だけど。

不安げな笹原から「D機関で設計図を入手できるのか」と問われた結城は、「今までに、しくじったことがありますか」と自信を見せる。ってことは、既に訓練を終えて、一人前のスパイとして行動している連中もいるってことだろう。
だったら、今回は「失敗すればD機関の解散と自決」という要求が出されている重要な任務なのだから、経験のある優秀なスパイを使うべきだろう。
ところが、なぜか結城は、訓練を終えたばかりの嘉藤たちを使う。
そのセンスは、まるで解せない。まだ実地訓練もやっていない新人なのに。

武野から呼び出された三好は、英国将校が設計図の情報を嗅ぎ付けたことを教える。
だが、D機関を追い出されている人間が、そんな情報を知っているのは不可解極まりない。そもそも、そんな情報は嘉藤にも届いていないぐらいなのに。
完全ネタバレだが、三好はホントにD機関を追い出されたわけじゃなくて結城の命令で動いていただけなので、内部情報を知っているのは当然だ。
ただし、彼が英国将校に関する情報を知っていることについて武野たちが疑問を抱かないのも、そもそもD機関を追い出された彼を買収して現在進行形の詳細な情報を知ろうとするのも、どっちも変だよ。

武野は三好をD機関から追放する際、「感情を消せぬ者にスパイなど不可能」と告げる。
それは三好を追放したと見せ掛けるための口実ではあるんだけど、「感情を消せぬ者にスパイなど不可能なら、三好の挑発でカッとなる嘉藤だってアウトだろ」と言いたくなる。
しかも嘉藤なんて、簡単にカッとなるだけじゃなくて、リンを見つけると簡単に入れ込んじゃうんだぜ。
しかも、何の疑いも持たず、簡単に信用しちゃうんだぜ。

嘉藤は設計図がある場所について「目星は付いてる」と自信満々に言っておきながら、どこを調べるのかと思ったら金庫だ。
いやいや、そんなの誰でも思い付くだろ。
しかも、そこにあるのはグラハムの日記なのに、それを撮影して立ち去る。
どんなことが書いてあるのか、その場で何となく理解できるはずだろ。文字ばかりなんだから、それが設計図じゃないことは何となく分かりそうなものだろ。なぜ他の場所も調べようとしなかったのか。

嘉藤は日記を撮影して大使公邸を去る時、寝室でリンがグラハムに襲われているのを目撃する。
ここで「リンを助ける」というだけなら、まだ分からないでもない。しかし、「姿を見せずに彼女を助け、気付かれずに立ち去る」ということではないのだ。
まずカーテンの後ろに隠れている時点で、バッチリとリンに目撃されている。
しかも、リンが寝室から逃げ出した後、廊下へ出て来るのを待って、なぜか自分の顔を見せておいてから、立ち去るのだ。
アホすぎるだろ。

リンは嘉藤を垂らし込んで抱き合った時、こっそりとチェスの駒を盗み取る。
その時点では盗み取った物を画面に写し出さないけど、嘉藤の脱いだ上着のポケットに手を突っ込んでいるので、ブラックノートを盗んだことはバレバレだ。
だけど、そこは後になって嘉藤が気付く時点で、観客も「リンがブラックノートを盗み取っていた」と初めて知る仕掛けにしておくべきでしょ。
なんで盗みを働いている段階で、「泥棒してます」ってのをハッキリと見せちゃうかなあ。

リンが拉致されるのを目撃した嘉藤が助けに行こうとすると、小田切たちの車に仕掛けられていた爆弾が起動する。
ってことは、D機関の動きを英国諜報部は把握していたってことだ。
そして「爆風を浴びた嘉藤がキャンベルたちに捕まる」という展開を用意することによって、「仲間の指示に背いてリンを助けに行こうとする」という嘉藤の行動の意味が死ぬ。
「車に乗らなかったから爆死せずに済んだ」という部分での意味はあるかもしれんけど、そこはリンを助けに行こうとしたのなら、その結果として捕まるべきであって。それとは全く無関係に捕まっているのは、エピソードの作り方として上手いとは思えない。

っていうか英国諜報部の動きにも、納得しかねる部分がある。
彼らはリンを捕まえているけど、まだブラックノートを持っているかどうか調べたわけではない。
そこは「リンを調べたけど持っていない。拷問に掛けたけど、やはり持っている様子が無い。ってことは嘉藤が持ち去ったに違いない。だから嘉藤を捕まえよう」という流れになるべきじゃないのかと。
リンを捕まえて、その直後に嘉藤を捕まえるのなら、一緒にいる段階で連行される展開でも大して変わらんよ。

「スパイなのに冷酷非情に徹し切れない、人情味のある男」として嘉藤をアピールしようとしているのは分かるけど、それが「魅力的な主人公」としての姿に繋がっていない。
あまりにもボンクラな行動が多すぎて、単純に「三流スパイ」という印象しか沸かないのだ。
リンを信じて騙される経緯にしたって、人目で惚れたってのが理由なんだぜ。どう考えたって、スパイとしては失格だろ。
これがルパン三世みたいなキャラならともかく、シリアスにやっているもんだから、ひたすらに「愚かしい奴」という印象しか与えない。

そもそも、スパイの魅力を描くべき映画なのに、なんで主人公がヘマをやらかす様子ばかりを描くのか。
こっちが優秀で、だけど向こうが巧みな策略で出し抜くとか、そういうことなら分からんでもないのよ。だけど嘉藤の場合、単純に能力が低いだけなのよ。
目星を付けたはずの金庫に設計図は無くて、改めて侵入した時には手に入れるけど大使館員に発見される。リンの色仕掛けで設計図を盗まれ、英国の諜報員たちに追われる。設計図は密かに取り返すけど、あっさりとキャンベルたちに捕まる。
最終的にはブラックノートを奪還して英国諜報部から逃れるけど、そこに逆転の爽快感は無いのよね。

そもそも「大ピンチからの逆転劇」をクライマックスで用意するにしても、その直前に「嘉藤が窮地に追い込まれる」ってのを見せれば充分なわけで。
そこまでにボンクラな行動を繰り返していることは、映画を盛り上げる意味で何のプラスにも働かない。
クライマックスにしても、「ピンチに陥ったと思わせて、それも作戦の内だった」という面白さがあるわけでもないし、「優れた知能や策略で危機を突破する」という面白さがあるわけでもない。
味方の協力と幸運に助けられているだけで、だから当然のことながら最後まで「嘉藤さん、カッコイイ」とは思えないのよ。

(観賞日:2016年2月27日)

 

*ポンコツ映画愛護協会