『女子高生に殺されたい』:2022、日本
4月。二鷹高校2年C組の小杉あおいは登校する途中、東山春人の背中を見ると急に怯え始めた。一緒に登校していた友人の佐々木真帆が心配する中、彼女は頭を押さえて座り込んだ。振り向いた春人は、その様子を眺めた。真帆はあおいを保健室で休ませ、始業式に向かった。新しく二鷹高校に赴任した教師の春人は、校長に促されて生徒たちに挨拶した。彼は日本史教師で2年C組の担任を務めること、新しく「郷土遺跡研究部」を設立して顧問に就任することを語った。容姿の整った春人を見て、女子生徒たちは騒いだ。真面目に挨拶していた春人だが、彼は「女子高生に殺されたい」という願望を叶えるために赴任したのだった。
C組の川原雪生は真帆にノートを借りたお礼として、チョコレートをプレゼントした。あおいは保健室通いを繰り返しているが、春人の授業だけは休まなかった。それに気付いたC組の君島京子と沢木愛佳は、彼女が春人を好きなのではないかと言い合った。真帆はあおいに、郷土遺跡研究部に入らないかと持ち掛けた。あおいは顔を強張らせ、なぜ入りたいのか尋ねた。「この町の遺跡に興味があるの」と真帆が答えると、あおいは町の遺跡について詳しく語る。それは去年の自由研究で真帆が発表した内容で、あおいは全て覚えていたのだ。彼女は真帆に、「一緒の部活に入る」と告げた。
真帆は部活でのあおいの様子を見て、春人に好意を抱いているのではないかと推理する。あおいは否定し、春人をどう思うか尋ねた。真帆が「いい先生だと思う。優しいし」と答えると、あおいは無言で手を掴んだ。女子生徒から大人気の春人は、同僚教師に「気を付けた方がいいですよ。前任の山口先生、どうして辞めたか聞いてるでしょ」と忠告された。山口は女子生徒との淫行が露呈して退職に追い込まれていたが、そこには春人の策略が絡んでいた。
1年前、春人は狙っていた女子が二鷹高校に入学したことを知った。彼は転任願を出したが、教員枠に空きが無かった。春人は社会科教師に狙いを定めて身辺調査を行い、山口と女性の交際を突き止めた。彼は匿名で教育委員会に密告し、空きを埋める形で赴任した。彼女の担任にまでなれたのは幸運だと、春人は感じていた。進路について考え始めた高校2年生の頃から、春人は可愛い女の子を見る度に「この子に殺されたい」いう感情に襲われるようになった。欲望に苦しんだ彼は本を調べ、自分がオートアサシノフィリア(自己暗殺性愛)という嗜好の持ち主だと知った。春人は自身の心理に興味を持ち、心理学研究科に進学して臨床心理士を目指した。大学病院のインターンになった頃には、殺されたい相手として明確なターゲットがいることに気付いた。
春人は演劇部員の京子が文化祭のクラス演劇の脚本を書くことに目を付け、『エミリーの恋人』という作品を勧めた。彼は自分への好意を上手く利用し、京子は『エミリーの恋人』を必ず読むと約束した。春人は大学生の頃、自分の欲望を抑えて普通であることを装った。授業でカウンセリングの練習をする際、春人はカメラを回す同級生の深川五月から「今、一番欲しい物は何ですか」と質問されて「欲しい物?物体ですか」と口にした。五月が困惑しながら「物でなくても、願望という言い方でも」と告げると、彼は答えに詰まって黙り込む。春人は五月に誘われる形で肉体関係を持ち、交際するようになった。キャサリンに出会うまでの春人は、自分の欲望をコントロールできると思っていた。そのキャサリンが現在、2年C組の教室にいた。
保健室で休んでいたあおいは、真帆の前で小さな地震を予知した。春人はキャサリンの鞄を探ってハンカチを盗み、ドーベルマンに匂いを嗅がせて特訓した。彼は夜の公園で、柔道部員の愛佳が打ち込み稽古に励む様子を目撃した。春人は京子が書いた『エミリーの恋人』の台本を褒め、エミリー役はイメージにピッタリだからと言って指定した場面を演じてみるよう促した。京子が「どうして、キャサリン。キャサリン、キャサリン」と繰り返す場面を演じると、春人は密かに音声を録音した。彼は11月4日の文化祭で、キャサリンに完全犯罪として殺される計画を立てていた。
京子が春人と2人きりで楽しくする様子を見た愛佳は、嫉妬心を覚えた。春人は「貴方が人を殺した過去について話したい」というメモで、深夜の図書館棟の裏にキャサリンを呼び出した。彼はドーベルマンにキャサリンを襲わせ、京子の音声を再生しして拡声器で聴かせた。キャサリンが狂暴化してドーベルマンを殺害し、春人は喜んだ。翌朝、教室にドーベルマンの死骸が置いてあり、生徒たちは騒然となった。予定外の出来事に、春人は動揺した。前夜、彼はキャサリンがドーベルマンを殺した後、別の女子生徒が来るのを見ていた。
愛佳は右手首に包帯を巻いていたことから、ドーベルマンの殺害犯という噂が広まった。彼女は除け者扱いを受け、京子が噂の発信源だと確信した。愛佳は京子に掴み掛かり、駆け付けた春人が仲裁した。春人が生徒たちに噂の根拠を尋ねると、「夜中に愛佳を見た人がいる」と1人の女子生徒が証言した。愛佳が「あの夜は公園で稽古してた。手首はただの捻挫」と主張すると、春人は「並木台公園だろ。ウチの近所で、稽古してる姿を良く見てる。あの夜もコンビニ帰りに見掛けた」と語った。
その夜、春人は公園で愛佳を見つけて声を掛け、あの夜は目撃していないことを明かした。彼は愛佳の心を操り、登場人物は揃ったと確信する。2学期に入り、スクールカウンセラーとして五月が赴任した。五月は春人を見つけると、驚いた様子で偶然の再会を装った。彼女は春人に、生徒たちの質問がしつこいので元カレだとバラしたと告げる。春人は大学時代、臨床心理士の研修まで急に「教師になりたい」と言い出し、五月に別れを告げていた。
五月は学校でのカウンセリングを開始し、多くの女子生徒が春人への恋心を抱いていると知った。真帆は五月から春人への感情を問われ、「私なんて」と口にした。あおいは同じ質問を受けると、春人への恋心を完全否定した。どう思っているのか訊かれた彼女は、怯えた様子で「分からない」と答えた。五月は春人を好きな女子生徒に「自分だけが彼にとって特別な存在」という共通の思い込みがあること、春人が意図的にそういう感情を植え付けて操っていることを確信した。さらに彼女は、何らかの理由で真帆だけが「自分は人を好きになる資格が無い」と思い込んでいること、春人もそれに気付いていることを突き止めていた。
『エミリーの恋人』の配役を決める投票で、春人は虚偽の投票結果を発表して真帆をキャサリン役に決定した。エミリーの悪友であるサラには愛佳が立候補し、エミリーとキャサリンの恋人役には大勢の男子生徒が立候補した。雪生も立候補するが、ジャンケンで負けた。彼は五月に、「真帆が好きだが彼女は春人に恋している」と悩みを打ち明けた。五月は真っ直ぐな雪生が真帆にとっては必要だと告げ、いつも彼女の近くにいる存在でいてあげてほしいと助言した。
あおいは真帆、雪生、五月と保健室にいる時、大きな地震を予知した。揺れが収まった後、五月は真帆の様子が変だと気付いた。あおいは五月に、真帆じゃなくてカオリだと教える。すぐに五月は真帆が多重人格者だと悟り、カオリに話し掛けた。彼女が「少しお話、聞かせてもらっていい?」と尋ねると、カオリは「嫌。もう真帆が戻る」と告げた。春人が保健室に駆け込み、真帆を心配するような素振りを示す。カオリは彼の耳元に顔を寄せて鋭く見据え、「お前、何企んでるんだ」と囁いた。その直後に真帆の人格が戻るが、カオリのことは何も認識していなかった。
五月はネットの記事で、2012年11月8日に起きた絞殺事件の内容を確認した。それは8歳の怪力少女が男性を殺害した事件で、春人は五月と交際していた当時、異常な執着を示していた。五月から事件のことを問われた春人は、少女が研修先で精神鑑定を受けていると話した。少女はイタズラ目的で部屋に押し入った男を、コードを使って絞殺していた。その少女が真帆で、春人は逆行催眠に立ち会った。真帆は解離性同一傷害で、強い性格で16歳のカオリ、怪力で男を殺したキャサリンという別人格を持っていた。
事件が起きるまで、真帆には彼女を守ろうとするカオリの人格しか無かった。男は真帆を襲った時、叫び声が聞こえないようにテレビを大音量で流した。その時にテレビで流れていたのが映画『エミリーの恋人』で、エミリーが何度もキャサリンを呼ぶシーンだった。その声によって、真帆の中にキャサリンという新たな人格が生まれたのだ。主治医の判断で真帆は退院し、春人は研修医を辞めて教師になった。そして彼は今、「キャサリンが生まれた11月8日、彼女に殺されたい」と願っていた。
あおいは五月に、春人の行動を教えた。真帆が靴箱に入っていた春人のメモを見た時、カオリの人格が出現した。心配したあおいが声を掛けると、カオリは付いて来るなと告げて図書館棟の裏へ向かう。あおいが物陰から様子を見ていると、キャサリンがドーベルマンを絞殺した。あおいは真帆に駆け寄り、春人が走り去るのを目撃した。あおいは春人に異様な死の匂いを感じ取り、真帆を守るために社会の授業を受けたり遺跡研究部に入部したりしていた。文化祭当日、春人は計画を成功させるため、舞台装置に細工を施した。五月は春人を保健室に呼び出し、オートアサシノフィリアだろうと指摘した…。監督・脚本は城定秀夫、原作は古屋兎丸『女子高生に殺されたい』(新潮社バンチコミックス)、製作は鳥羽乾二郎、エグゼクティブプロデューサーは福家康孝、企画・プロデュースは谷戸豊、プロデューサーは柴原祐一、ラインプロデューサーは濱松洋一、撮影は相馬大輔、照明は佐藤浩太、録音は竹内久史、美術は黒羽陽子、美術プロデューサーは津留啓亮、編集は相良直一郎、音楽は世武裕子。
出演は田中圭、大島優子、南沙良、河合優実、莉子、茅島みずき、細田佳央太、加藤菜津、久保乃々花、キンタカオ、廣川三憲、遊佐亮介、細谷優衣、関幸治、遠藤祐美、羽田真、白善哲、鈴木柚葉、松崎未夢、永井ちひろ、村上大、Sofie Busk、鈴木渉、新納直、山崎貴史、壱岐翼、山田純也、原貴和、山下幸輝、安井智哉、赤峰優、櫻井翔大、池田匡志、鈴木義也、川端康太、南龍和。スカリオン十座、佐藤綾香、比嘉琉々香、水月梓温、鈴木セイナ、佐々木美緒、彩月、小野聖佳、小熊歌月、坂口喜叶ら。
古屋兎丸が画業20周年記念作品として『ゴーゴーバンチ』で連載した同名漫画を基にした作品。
監督・脚本は『アルプススタンドのはしの方』『愛なのに』の城定秀夫。
知っている人には説明不要だろうが、ピンク大賞(2019年で終了)の最優秀賞を受賞した『汗ばむ美乳妻 夫に背いた昼下がり』や『世界で一番美しいメス豚ちゃん』など、成人映画を多く手掛けている監督だ。
春人を田中圭、真帆を南沙良、あおいを河合優実、京子を莉子、愛佳を茅島みずき、雪生を細田佳央太が演じている。春人が始業式で挨拶した後、カメラが女子生徒たちを眺める彼を捉えながら「殺されたい。殺されたい。殺されたい。僕は殺されるために、この学校に赴任してきた」というモノローグが入る。そして春人の顔をアップで映し出し、「僕は」というモノローグの後に「女子高生に殺されたい」というタイトルが表示される。
そういう入り方をするのなら、アヴァン・タイトルは春人の視点で進めた方がいい。
しかし実際には粗筋でも触れたように、あおいと真帆を描くシーンから入る。その後には時系列を入れ替え、始業式の後で雪生が友人たちと話す様子が挿入される。
これは導入部として上手くない。あおいたちの紹介なんて、タイトル後でも充分に間に合う。粗筋では触れていないが、春人の回想シーンで五月が登場する前から、何度か「カメラを回す五月の質問を受けている春人」を捉える映像が挿入されている。だから最初の内は「これは何の映像なのか」ってのが謎になっていて、春人の大学時代の回想シーンで判明する流れになっている。
だけど、そこの「ちょこっとミステリー」は何の効果も発揮していない。
極端に言ってしまうと、大学時代の回想シーンすら無くてもいいぐらいだ。2学期を五月の初登場にして、そこで初めて春人の元カノと分かる展開でも全く支障は無い。
むしろ、そっちの方が良くないか。ぶっちゃけ、「大学時代の春人が欲望を抑えていた」とか、それほど重要な情報になってないし。
高校2年生の頃について春人が語る回想シーンでは、バスに乗っていた彼が高校生の女子に絞殺される妄想の映像が描かれる。でも、これも無くていいわ。春人の妄想を挟むのなら、現在のシーンで挟んだ方がいい。春人はモテモテなのに、郷土遺跡研究部に入る女子は真帆とあおいを含めて4人だけ。それは変だろ。
変に思うことは他にも色々とあって、例えば春人が真帆をキャサリン役に決める作戦。
鈴木あやかという生徒と同点で争っていて、最後の一票を開くとあやかだったが春人は「真帆」と発表する。
だけど、もしも鈴木あやかの得票数が真帆よりも遥かに多かったら、どうするつもりだったのか。
「確実に真帆をキャサリン役にしなきゃ計画は破綻する」ってことを考えると、春人の作戦は穴があり過ぎるだろ。粗筋を読んだだけでは分かりにくいかもしれないが、「キャサリン」なる女子生徒は存在しない。2年C組の1人の女子生徒を、春人だけは「キャサリン」として認識しているのだ。そしてキャサリンの正体は隠したままで、物語は進行する。
このミステリーも、まるで効果を生んでいない。
まず、容疑者は最初から4人に絞られている。ちゃんと紹介される女子生徒が真帆、あおい、京子、愛佳しかいないからだ。
さらに京子と愛佳は、最初から可能性が皆無だ。真帆とあおいに比べて、明らかに扱いが落ちるからだ。そしてドーベルマンを襲わせるシーンと、そこに別の女子生徒がやって来るシーンによって、キャサリンの正体はバレバレになっている。
遠くからのショットで薄暗いので顔は判別できないような映像にしてあるけど、シルエットでバレバレなのよね。
そろそろ完全ネタバレを書くが、キャサリンの正体は真帆だ。
っていうか、トーベルマン襲撃の前から、勘のいい人なら気付くんじゃないか。なので、最初から明かして話を進めてもいいんじゃないかと。物語が進む中、春人には最初から標的に定めた相手がいて、その女子生徒が通う二鷹高校に赴任したことが明かされる。さらに話が進むと、それが「キャサリン」という女性であることも語られる。
女子高生なら誰でもいいわけじゃなくて、それなりに条件があるってのは別にいいと思うのよ。
だけど特定の1人だけに最初から絞り込んでいると、「タイトルに偽り有り」ってことになるでしょ。
そうなると『女子高生に殺されたい』じゃなくて、『キャサリンに殺されたい』になっちゃうでしょ。しかも春人は、キャサリンが幼い頃から目を付けていたんだよね。彼は8歳の真帆を病院で見た時、「その美しさに息を飲んだ」と評している。そしてキャサリンに執着し、彼女に殺されたいと願っている。だからキャサリンが18歳になるまで、他の女子高生に殺されようとは全くしていない。
つまりキャサリン以外は全く眼中に無いわけで、ますます設定に綻びが生じている。
結局、『女子高生に殺されたい』というキャッチーなタイトルが先にあって、それに全く合致しない物語しか作れていないんじゃないかと。
まあ、これは映画じゃなくて原作の問題になるけど。オートアサシノフィリアにしろ、解離性同一傷害にしろ、決して「身の回りに転がっているような、ありふれた要素」ではない。しかし、それでも実在する病気であることは確かだ。
だが、あおいの「地震を予知する能力」という要素が入って来ると、そこだけ急にオカルトやファンタジーの色が濃くなってしまう。その設定によって、リアリティー・ラインが崩壊してしまうのだ。
そんな設定を持ち込んだ理由が、まるで理解できない。
結局、あおいの予知能力は「実は云々」みたいな何かしらの種明かしに繋がるわけでもなく、「春人がキャサリンに殺されようとしている」というメインの物語と上手く絡み合うことも無く、最後まで浮いた設定のままで終わるんだし。五月が怪力少女事件を確認する手順に入ると、しばらくは「キャサリンの人格が誕生した理由」や「春人がキャサリンに執着するようになった事情」の説明になる。
あおいが五月と話すシーンは、ドーベルマンを絞殺する出来事についてキャサリン側から詳細に説明する手順になっている。
いすれも断片的な情報しか無かったので、ちゃんとした説明を入れるってのは必要な作業のように思える。
だけど、あまりにも「説明のための説明」になり過ぎており、構成としては不細工だと言わざるを得ない。春人がキャサリンに執着するようになった事情については、そこで一気に説明するよりも、そこまでに何度もモノローグを挟んでいるわけだから、そこで少しずつ明かしていった方が良かったんじゃないか。
そっちの方が、停滞感が漂わずに済んだのではないか。
ドーベルマンの一件については、既に「真帆が別人格でドーベルマンを殺害し、あおいが駆け寄った」という既にバレバレという問題がある。
なので、実質的には「ほぼ二度手間」と化しているのよね。厳しいことに、物語の終盤に向けて春人が「どれだけキャサリンに殺されたがっているか」を熱く語っても、不気味さや恐怖が高まらない。
作戦遂行のための手順を重ねて緊迫感を高めようとしても、陳腐にしか思えない。最終的に「あおいの愛の力が真帆を救う」という方法を取るのも、ただ安っぽいだけだ。
そんで春人は事故で記憶喪失になるが、見舞いに来た真帆の告白で「キャサリンに殺されたい」という願望を思い出して終幕となる。
ホラーの終幕としては大きく間違っちゃいないけど、これも要らないなあ。
生徒たちが全く知らない場所で、春人が無様に死んじゃう結末でも良かったんじゃないかなあ。(観賞日:2024年7月5日)