『地雷を踏んだらサヨウナラ』:1999、日本

1972年4月、戦場カメラマンの一ノ瀬泰造はカンボジアのプノンペンにいた。政府軍と解放軍クメール・ルージュとの戦闘が激しくなる中、泰造は死んだ兵士に向かってシャッターを切り続けていた。彼は解放軍の聖地アンコール・ワットを撮影し、ピュリッツァー賞を獲ることを夢見ている。
泰造は同じ戦場カメラマンのティム・ヒルと知り合った。ティムは泰造に「戦場では危険を察知する能力が大切だ。お前には臆病さが欠けている」と言う。泰造は「自分は写真が下手だから、危険に飛び込んでいくしかない」と答えるのだった。
泰造はシアムリアップに暮らしている。宿無しの彼は、親友で高校の物理の教師ロックルーの厚意で、彼と同居することになった。ロックルーや近所の子供ソッタとチャンナ兄弟達と家族のように暮らす泰造。彼は佐賀県の武雄市の実家に手紙を書く。
泰造の住む地域にも爆撃があった。彼の目の前でソッタは死に、チャンナは耳を負傷した。泰造は死んでしまったソッタにカメラを向ける。だが馴染みのレストランのマダムになじられる。彼はシャッターを切ることは出来なかった。
何度もアンコール・ワットを撮影しようとして警察に捕らえられる泰造。ついに彼は国外追放処分となってしまった。7月、彼はベトナムのサイゴンにいた。ティムと再会し、喜ぶ泰造。だがティムは戦いに巻き込まれて死亡する。
泰造はレ・ファンという女性と知り合い、安らぎを感じていた。そんな彼の元を毎日新聞の松山が訪れる。クメール・ルージュと接触する予定の松山は、泰造に同行を頼んできた。だが国外追放になった泰造は普通の方法ではカンボジアに入国できない。
泰造は弾薬の輸送船に乗ってカンボジアに入ろうと考えた。レ・ファンの伯父が現場で働いていることを知った泰造は、彼女に協力を依頼し、輸送船に乗り込もうとする。泰造を愛するレ・ファンは伯父に頼み、泰造はカンボジアに入国する…。

監督は五十嵐匠、原作は一ノ瀬泰造、脚本は五十嵐匠&丸内敏治、製作は奥山和由、製作総指揮は中村雅哉、撮影は岡雅一、照明は山川英明、美術は柴田博英、音楽は安川午朗。
主演は浅野忠信、ロバート・スレイター、トゥン・ダラチャーヤ、ペン・ファン、チャオ・チャンナリー、川津祐介、羽田美智子、市毛良枝、ボウ・ソンヒョン、矢島健一、三輝みきこ、山田咲耶、名取幸政、ピニョ・ジャネソンブーン、オ・パス・ジャネソンブーン他。


1973年、カンボジアで取材中に消息を絶った戦場カメラマン一ノ瀬泰造の物語。松竹を解雇されたプロデューサー奥山和由による“TEAM OKUYAMA”の第1作でもある。
だが、奥山氏の復活と呼ぶには、あまりに質の低い作品である。

一ノ瀬泰造は危険の中に飛び込み、短い人生を駆け抜けるように生きた人のはずだ。ところが、この映画には疾走感というものが全く無い。まるで垂れ流すかのように、彼の行動をダラダラと描いているだけなのである。

戦地に赴く人間なのに、パワーやエナジーを全く感じられないのも疑問。浅野忠信が演じる主人公はとても淡白だ。主人公にも、映画自体にも、“熱”が感じられない。
戦地が舞台のはずなのに、緊張感も妙に薄い。鋭敏さも感じない。

そもそも、一ノ瀬泰造はなぜ報道カメラマンになり、なぜアンコール・ワットにこだわるのだろう。それが全く見えてこない。
劇中、アンコール・ワットにこだわる理由について主人公は「分からない」と言う。主役が分からないんだから、そりゃ我々には分からないわな。
そして、この映画が何を描きたかったのかも分からない。

ある意味、この映画自体が地雷ですな。
そして、地雷を踏んだらサヨウナラ。

 

*ポンコツ映画愛護協会