『しん次元!クレヨンしんちゃん THE MOVIE 超能力大決戦 〜とべとべ手巻き寿司〜』:2023、日本

国際エスパー調整委員会の顧問を務める池袋教授と埼玉支部職員の深谷ネギコは、宇宙から飛来する2つの光を観測した。予言に記されていた光を見た池袋が「恐ろしいことになるぞ」と漏らすと、ネギコは「希望はあります」と述べた。ひろしは会社帰り、川口から焼き鳥店に誘われた。近くでティッシュ配りをしていた非理谷充は、サラリーマン集団に絡まれた。彼は「社会の底辺」と罵倒され、殴り倒された。ひろしが「大丈夫か」と手を差し伸べると、充は乱暴に払い除けた。
ひろしが川口と共に去った後、充は「どいつもこいつも俺を見下しやがって」と苛立ちを漏らした。彼にとって地下アイドルの萌美だけが生き甲斐であり、ライブに通ってグッズも全て購入していた。2人で食事したり家の前まで送ったりしたこともあり、もう単なるファンではないと充は自負していた。ところが萌美が結婚引退すると発表したため、彼はショックを受けた。パトカーが強盗事件の逃亡犯の特徴をアナウンスするが、それが自分とそっくりだと気付いた彼は焦った。そこへ警官が来たので、充は逃げ出した。
ひろしが川口と焼き鳥店にいると、逃亡中の充が通行人とぶつかって倒れた。ひろしが心配して歩み寄ると、充は彼が注文した焼き鳥を勝手に貪り食った。そこへ警官が来ると、充は逃げ出した。路地裏に追い詰められた充は、勢いで焼き鳥の串を武器のように振り上げた。彼は警官に捕まりそうになるが、そこへ黒い光が直撃した。彼は超能力を手に入れ、警官を弾き飛ばした。同じタイミングで、しんのすけも白い光の直撃を受けて超能力を手に入れていた。
翌朝、充は萌美が結婚相手と楽しそうにしている様子を見て腹を立て、2人が乗ろうとする車を破壊した。しんのすけは運動会に参加して超能力で活躍し、ひまわり組を勝利に導いた。それを見ていた池袋とネギコは野原家を訪れ、国際エスパー調整委員会は超能力者の情報を集めて管理する国際平和組織だと説明した。40年前、ヨーロッパの遺跡でヌスットラダマスの予言書が見つかった。そこには「2023年、天から暗黒の光と小さな白い光が降る。暗黒の光に当たった者は人間の悪の面を強く表す超能力者になり、世界に混乱を招く」と記されていた。そこで池袋たちは、しんのすけを正義のエスパーとしてスカウトに来たのだ。
街に出た充は周囲の人々に憤慨し、全員のスマホを宙に浮かせて次々に爆破した。池袋とネギコはしんのすけを埼玉支部へ連れて行き、テレポーテーションの訓練を積ませた。ひまわりにも超能力が備わっていたが、誰も気付いていなかった。充はよしなが先生に萌美の幻影を見て、ふたば幼稚園で立て籠り事件を起こした。ニュースを知ったしんのすけは、現場へ向かった。風間くん&ねねちゃん&マサオくん&ボーちゃんは抵抗を試みるが、充の超能力による攻撃を受けた。
充がねねちゃんとよしなが先生を超能力で飛ばしていると、しんのすけがテレポーテーションで園内に瞬間移動した。しんのすけは超能力を使い、遊びとして充と対決した。特殊部隊が突入すると、充はテレポーテーションで逃亡した。ヌスットラダマス2世を名乗る男は充に接触し、「手に入れた強大な力で、この世を変えないか」と持ち掛けた。池袋は野原一家に、ヌスットラダマス2世は今の社会に絶望した若者を集め、令和てんぷく団を組織していると教えた。
ヌスットラダマス2世は潰れた遊園地を本部にしており、現実世界に拒絶されて絶望した若者たちを集めていた。そして若者たちが日々の暮らしで溜め込んだ負のエネルギーを蓄積させ、現在は48%に達していた。ヌスットラダマス2世は充に、「この国に未来など無い。君の力とエネルギー体を一体化させた時、蓄えた負のパワーを我々が自在に扱えるようになる。そうすれば世界最強の超能力集団が誕生する」と説明した。彼は充を装置に拘束し、負のエネルギーを吸収した。
池袋はヌスットラダマス2世に対抗する秘密兵器として、巨大なカンタムロボを開発していた。ただし動力は無く、しんのすけに超能力で操作するよう促した。一方、ヌスットラダマス2世はエネルギー体へのチャージが完了させるがシステムエラーで爆発が起き、充が巨大なモンスターに変身して暴れ出した。ヌスットラダマス2世は高校の超能力研究会で仲間だった池袋に連絡し、危機を知らせた。しんのすけはカンタムロボを操作し、池袋たちと共に現場へ赴いた。
しんのすけはカンタムロボで戦うが、モンスター非理谷の攻撃でピンチに陥った。ひまわりは超能力を発動させてしんのすけを助け、兄妹はモンスター非理谷を倒す。しかし充はさらに巨大なモンスター非理谷に変貌し、しんのすけたちを攻撃する。しんのすけたちは車に乗り込み、逃亡を図る。モンスター非理谷は大きく息を吸い、しんのすけとひまわりを飲み込もうとする。しんのすけはひまわりを逃がして、モンスター非理谷に飲み込まれた。しんのすけは子供時代の充と出会い、両親が多忙で夜遅くまで独りぼっちだったことを知る…。

監督・脚本は大根仁、原作は臼井儀人(らくだ社)、製作は梅澤道彦&西新&野田孝寛&箕浦克史&市川南&小川洋一&長坂信人&河野聡、中国製作は陳金歓、エグゼクティブプロデューサーは梅澤道彦&島村達雄、プロデューサーは吉田有希&馬渕吉喜&佐野敬信&鶴崎りか&秋山倫子&鈴木健介&和田梨郁、Co.プロデューサーは西川由香里、脚本協力は黒住光、絵コンテ・アニメーションディレクターは黒川十茂輝&小野航&吉田裕行、アートディレクターは勝又典子、CGスーパーバイザーは服部高明、キャラクター/bg/プロップデザイナーは勝又典子&桃内力&安藤七恵&加藤未起子、キャラクターデザイン原案は末吉裕一郎、編集は大関泰幸、音響プロデュースは北原京子、音響効果は岡瀬晶彦、録音は鶴巻義典、音楽は岩崎太整、主題歌『Future is Yours』はサンボマスター。
声の出演は小林由美子、ならはしみき、森川智之、こおろぎさとみ、松坂桃李、鈴木もぐら(空気階段)、水川かたまり(空気階段)、鬼頭明里、真柴摩利、林玉緒、一龍斎貞友、佐藤智恵、森田順平、七緒はるひ、富沢美智恵、三石琴乃、大塚智子、永澤菜教、瀧本富士子、阪口大助、大本眞基子、中村大樹、丹羽正人、塙真奈美、渡辺理沙、山口智広、中務貴幸、村井雄治、田中光、福原かつみ、広瀬さや、金田愛、前田玲奈、中村源太、武蔵真之介、前迫有里紗、月嶋真弓、嶋野花ら。


臼井儀人の漫画『クレヨンしんちゃん』を基にしたTVアニメの劇場版シリーズ第31作。
原作コミックの番外編『しんのすけ・ひまわりのエスパー兄妹』が原案で、シリーズで初めて3DCGを採用している。
監督・脚本は『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』『SUNNY 強い気持ち・強い愛』の大根仁。
しんのすけ役の小林由美子、みさえ役のならはしみき、ひろし役の森川智之、ひまわり役のこおろぎさとみ、風間くん役の真柴摩利、ネネちゃん役の林玉緒、マサオくん役の一龍斎貞友、ボーちゃん役の佐藤智恵らは、TVシリーズのレギュラー声優。
充の声を松坂桃李、池袋を鈴木もぐら(空気階段)、ヌスットラダマス2世を水川かたまり(空気階段)、ネギコを鬼頭明里が担当している。

この映画を3DCGで製作する意味が、全く見えて来ない。
商売的なことを言うならば、『STAND BY ME ドラえもん』と続編がヒットしたから、『クレしん』も同じ手法でやってみようという安直な考えだったんだろう。
だけど『クレしん』のファンが果たして3D映画化を望んでいたのかと考えると、そこは大いに疑問が残る。普通に2Dで新しい劇場版を作った方が良かったんじゃないかと。
『クレしん』の映画に多くのファンが期待するのって、映像の美しさじゃないような気がするんだよなあ。

『クレしん』を3D映画化するに当たって、どこを売りにしようと考えているのかというと、もちろん言うまでも無く「3Dの映像」だ。
そこを強く押し出したいせいで、話のテンポが悪くなって間延びしている。
2つの光か飛来した次のシーン、「町を逃げ回るしんのすけをみさえが追い掛ける」という様子が2分ぐらい描かれるのだが、ここは明らかに「3D映像を見せる」ってのが目的だ。
だから昔ながらの「飛び出す映像」や、奥行きを意識したような映像表現になっている。

バ充というキャラクターの造形は、匙加減を完全に間違えている。
これまでの劇場版で登場した悪役は、基本的に荒唐無稽な計画を抱く連中だった。だからギャグアニメの範疇で退治されても(つまり甘い処罰で済んでも)、特に問題は無かった。
しかし今回の充は、全くシャレにならない醜悪で卑劣な犯罪者だ。何しろ、幼稚園で人質を取って立て籠り事件を起こし、ストレートな形で園児に暴力を振るっている。マジで危険なヴィランになっており、ギャグで処理してはいけないレベルなのだ。
なので、しんのすけがいつものようなお気楽モードで現場へ行き、遊び感覚で充と対決するのも、場違いなノリになっている。
あと、3D映像のせいで、暴力描写が生々しく殺伐としたモノになっているというマイナスも生じている。

充は学校でも社会でも常に負け組で、馬鹿にされ続けて来たらしい。ただ、それはヌスットラダマス2世の台詞で軽く触れるだけだ。
それに、そういう人生で根性が捻じ曲がったとしても、充の行動に同情心が沸くことは無い。ひろしが手を差し伸べても振り払ったり、焼き鳥を勝手に食ったりしている時点でシンプルにクソ野郎だ。
しかも、これが笑えるタイプのキャラじゃなくて、マジで不愉快な奴なのだ。
大根仁監督としては、昨今の世間の情勢を見て色々と考えることもあったのかもしれない。ただ、とてもファミリー向けアニメの枠内で処理できないような話を持ち込んでいる。
だから結局、微塵も納得できないような答えしか用意できていない。

たぶん大根仁監督は『ジョーカー』に影響されたんじゃないかと思うけど、充ってバッタモンで劣化版のジョーカーだ。でも『クレしん』の世界に、ジョーカーもどきのキャラクターが全く馴染んでいない。
しかも、充は明らかにハッキリと退治されるべきヴィランなのに、ヌスットラダマス2世が登場すると「利用される被害者」のように描いているんだよね。
そうやって同情心を誘おうとするのも、扱いとして大きく間違っているとしか思えない。
しかも、じゃあモンスター化した充は「自分の意志ではない暴走をしている」という設定かというと、そうではなく明らかに自身の意志で暴れている。ちっとも被害者ムーブになっていない。

そんな中、モンスター化した充は明確な殺意を持ってしんのすけとひまわりを攻撃する。
なので、「もう充って最低でも無期懲役刑ぐらい受けないと収まらんだろ」と言いたくなる。
一方、「真のヴィラン」になるのかと思ったヌスットラダマス2世は、そのポジションを簡単に捨て去る。充が怪物化して暴れたのは 完全にヌスットラダマス2世のせいなのに、責任も取らないし反省もしない。
そこを投げっ放しで終わらせているのは、それこそ作り手としての責任放棄じゃないのか。

しんのすけがモンスター非理谷に飲み込まれると、「子供時代の充は両親が多忙で寂しかった」とか「イジメを受けていた」とか「両親の離婚に苛立ちを覚えた」ってことが描かれる。
そんな中、「しんのすけが仲間として一緒にいるという行動を取る」という展開になる。
だけどさ、それだけで簡単に解決できるような問題じゃないだろ。
そもそも子供時代に両親が多忙だったとか、イジメを受けていたとか、そんな人間は世の中に数え切れないぐらい存在する。でも、その全員が充みたいな大人になるかというと、そんなことは無い。

それなのに本作品の描き方だと、「充が怪物化して暴走するのは全て幼少期の環境や体験が原因」ってことになってしまう。大人になってから変わることだって、本当は可能なはずなのに。
いや「仲間の大切さ」ってのを訴えたいんだってことぐらいは、さすがにボンクラな私でも分かるよ。だけど、しんのすけが出会ったばかりの充のために、自分を犠牲にしてまでイジメっ子に立ち向かうってのは、違和感しか抱かないからね。
そういう筋書きを描くには、しんのすけと充の関係性が薄弱すぎるのよ。
あと、子供時代の充を助けるんじゃなくて、今の彼を助けないと根本的な解決にならないんじゃないかとも思うし。
充の場合、大人になってからも、どこにも居場所が無くて負け組人生が続いているわけだから。

この映画はヌスットラダマス2世の口を借りて「この国には未来が無くてお先真っ暗」と言わせ、それを否定しない。
そんな主張に対して用意しているのが、ひろしの充に対する「頑張れば何でも出来る」というエールだ。
ひろしは「君は若い。何でも出来る力がある」と言い、充が「今まで何も出来ませんでした」と告げると「やろうとしなかっただけだろ」と語る。
だけど、充は決して頑張っていなかったわけじゃない。彼なりに頑張っていたのに、まるで報われなかったから根性が捻じ曲がってしまったのだ。
そんな人間に対して「頑張れ」という言葉しか用意しないのは、そいつの人生を全否定しているのと大して変わらないぞ。

ひろしは「この国の未来は明るくないかもしれないが、それでも生きていかなきゃならないんだよ。頑張れ」と言うけど、ただウザいだけの応援メッセージになっている。
大体さ、ひろしの言葉って、「経験豊富な大人が若者に対してエールを送る」という関係性じゃないと成立しないようなモンなのよ。
でも、ひろしも充も30代で、そんなに大きく年が離れているわけじゃないのよ。
なので「誰が誰に言ってんだよ」ってことになっている。
とどのつまり、この映画自体が、誰の心にも刺さらない見当外れの説法と化している。

(観賞日:2025年9月8日)

 

*ポンコツ映画愛護協会