『7月24日通りのクリスマス』:2006、日本

長崎で暮らす本田サユリは、世の中が平等ではないと理解している。産まれた時から、王子様になる者とお姫様になる者が決まっていると理解している。8年前、演劇の裏方を担当したサユリは大きなミスをやらかし、芝居を台無しにしてしまった。落ち込んで帰路に就いていたサユリは、奥田聡史という男に元気付けられた。サユリが微笑むと、彼は「笑ってた方が、ずっと可愛い」と言ってくれた。
聡史と初めて会った長崎西通りを、彼女はポルトガルのリスボンにある7月24日通りに重ね合わせていた。きっかけは、リスボンを舞台にした『アモーレアモーレ』という漫画だ。作品を繰り返し読んでいる内に、サユリは長崎がリスボンに似ていると感じたのだ。彼女は毎朝、自分がリスボンの街を歩いていると妄想しながら仕事場へ向かう。退屈な毎日も、そう考えることで楽しくなる。そして王子様探も、毎日の楽しみだ。彼女は素敵な男性と出会うと、今週の王子様ランキングを勝手に決めている。サユリに取って永遠のヒーローは漫画に登場するホセ・ロドリゲスで、王子様ランキングに入り続けている。
サユリの父親である五郎はコーヒーショップのオーナーで、海原和子という恋人と交際中だ。サユリの弟である耕治は、父の店を手伝っている。耕治はミスター長崎大の二枚目で、彼目当ての若い女性たちが店に来ることも多い。サユリの王子様ランキングには、耕治も入っている。彼女は市役所で働いているが、後輩の市井菜月も耕治を「カッコイイ」と絶賛する。「実物はそうでもない」と謙遜するサユリだが、本当は弟を褒められると嬉しくて仕方が無い。
そんな耕治はランキング第3位で、2位に入ったのは課長の安藤譲だ。いつも美味しい物を部下の女子たちにプレゼントしてくれる、人気者の上司である。譲の妻・亜希子は、サユリの大学の演劇部の先輩である。ある日、夫婦から夕食に招かれたサユリは、2人が王子様とお姫様たと改めて感じさせられる。サユリは卒業した後も、しばしば演劇部へ遊びに来た。ある時、彼女は聡史を彼氏として連れて来た。彼女は部員の真木勇太や朝倉直子、山本康介たちに、聡史は照明の勉強をしているので公演を手伝ってくれると語った。
夕食の後、サユリは亜希子から「帰ってくるみたいね、聡史」と言われて動揺する。本を出した聡史がサイン会のついでにOB会へ来ることを知り、サユリは興奮を隠せなかった。彼女の王子様ランキングで、ずっと1位に入り続けているのが聡史だった。聡史はデザイナーになり、東京で大成功していた。サユリは妄想のポルトガル人親子に「告白しろ」と背中を押されるが、「そんなに簡単に、私が恋なんか出来るはずが無い」と弱気になってしまう。
帰宅したサユリは耕治から新しい彼女がいると聞かされ、「ふーん、そう」と軽く受け流す。クリスマスまで彼氏を作るよう和子が言うと、サユリは「クリスマスって本来はキリスト教のお祝いだし、彼氏作るためにあるわけじゃないし」とヘソ曲がりなことを口にする。彼女が臆病で行動を起こさない性格であることを、和子は指摘した。不機嫌になったサユリは、幼馴染の森山芳夫が働く書店へ行く。芳夫は漫画家を目指しているが、新人賞の応募がどれも終了していると知って愕然とした。
サユリは芳夫の前で、「分かってる。変わりたいと思う。だって、息が止まるような恋がしたいもの」と漏らす。すると芳夫は「無理だ。お前が憧れてる奥田聡史とか、あっち側の人間。下手な夢は見るな」と告げるが、もしくは、こういうのを読んで、あっち側へ行こうと、あがいてみるか」とファッション雑誌を渡した。サユリは眼鏡をコンタクトに変えて、しかし地味な格好でOB会へ向かう。路線バスで妄想に浸っていた彼女は、聡史と出会って驚いた。2人はバスを降り、一緒に会場へ向かった。
聡史が会場に入ると、たちまち大勢の人々が群がった。一人で会場の隅に移動したサユリは、大学時代とは大きくイメージの変わった真木に声を掛けられた。かつては野暮ったい男だった真木は妙な自信を付けたらしく、キザなホストになっていた。失態をやらかしたサユリは参加者たちに笑われるが、聡史が助けの手を差し伸べてくれる。妄想のポルトガル人親子に背中を押されたサユリは告白する気になるが、そこへドレスアップして現れた亜希子に視線を向ける聡史の様子を見ると、そんな気持ちは萎んでしまった。
すっかり落ち込んだ気分でサユリが帰宅すると、耕治の恋人である神林メグミが来ていた。地味で冴えない女だと感じたサユリは、和子の前で「耕治とあの子、似合ってないっていうか」と口にする。これまで耕治が交際して来た相手は、ちびっ子天才ピアニスト、バレリーナ、美少女棋士、ミスちゃんぽんという顔触れだ。華やかな美人揃いだった過去の恋人たちと比較するサユリに、和子は「急に趣味嗜好が変わることだってあるのよ」と告げる。
サユリは芳夫から、書店で開く聡史のサイン会に誘われた。「そんなこと出来るわけないでしょ」と言いながら、当日になるとサユリは列に並んだ。『ホセのすべて』という本が並んでいるのを見つけたサユリは嬉しくなるが、メグミに気付いて困惑する。メグミもホセのファンだと知り、サユリは不快感を抱く。「2人、似てねえ?」と芳夫に指摘されると、彼女は「誰がよ」と腹を立てた。行列には目が無いというメグミは、誰のサイン会かも知らないまま行列に並んだ。メグミが『ホセのすべて』を差し出して聡史にサインを求めたので、サユリは顔を強張らせた。
サイン会の後、芳夫が気を利かせてくれたおかげで、サユリは聡史と2人きりになった。ポルトガル人親子からデートに誘うよう促されたサユリだが、そんな勇気は出ない。しかし聡史からデートに誘われ、サユリは有頂天になった。彼女は何冊も雑誌を買い込み、オシャレな服やメイクを研究する。聡史は「何となく見ておきたかった」と言い、サユリを連れて演劇部の部室に行く。聡史はクリスマス定例会の準備をしている部員たちから頼まれ、照明の作業を手伝った。サユリは聡史に送ってもらい、コーヒーショップに戻って来た。
別の日も、サユリは聡史に誘われてデートに出掛ける。芳夫のサユリに対する恋心を知る和子は、彼をからかって楽しんだ。サユリは聡史から「今日は行きたい所に付き合うよ」と言われ、彼の自宅へ連れて行ってもらう。何気無く本を開いたサユリは、笑顔を浮かべる聡史と亜希子のツーショット写真が挟んであるのを見つけた。サユリは聡史に、昔の彼に関する思い出を語る。そしてサユリは、「隣にいるのが亜希子さんじゃなくて私だったら、どんなに幸せだろうって想像してた」と漏らす。すると聡史は、彼女にキスをした。
浮かれた気分で帰宅したサユリは、大学時代に小道具で作った靴を取り出した。それは聡史との思い出が詰まった、大切な靴だ。サユリは靴を抱き締め、キスの余韻に浸った。聡史が東京へ帰る前日、サユリは彼と夕食に出掛ける約束をする。彼女は菜月から、譲が離婚するらしいという噂を聞かされる。「噂が飛び交ってるんですよ。奥さんが元カレと浮気してるんじゃないか、とか」という彼女の言葉に、サユリは動揺を隠せなかった。
書店を訪れたサユリは、芳夫の前で「私も行くことに決めた。聡史が東京に帰る時、一緒に東京に」と決意を口にする。「来てくれとか言われたわけじゃないけど、でも行くの。行きたいの」とサユリが話すと、芳夫は「お前さ、奥田聡史の顔、ちゃんと見えてる?」と言う。「俺だったら、いつも一緒にいてやれる」という彼の言葉に、サユリは戸惑った。何も言葉を返せないサユリは、聡史から電話で「少し遅れそうなんだ、仕事で」と言われた。サユリは「待ってます」と告げ、書店を出た。
サユリは予約したレストランへ行き、聡史が来るのを待った。聡史は亜希子の紹介で、仕事相手と会っていた。打ち合わせが長引いたため、レストランは閉店してしまった。タクシーを飛ばした聡史は、店の前で立ち尽くしているサユリに謝罪した。サユリは「大事なお仕事だったんですから」と笑顔で言うが、聡史が亜希子と会っていたことに気付く。サユリは泣きそうになりながら、「まだ、あるんですよね、2人には何か。分かります、お似合いです。敵わない、私なんか」と漏らす。すると聡史は「お前が好きなのは今の俺じゃない」と言い、仕事に困っている今の境遇を知った亜希子が助けの手を差し伸べてくれたことを明かす…。

監督は村上正典、原作は吉田修一『7月24日通り』新潮社刊、脚本は金子ありさ、製作は島谷能成&早河洋&細野義朗&安永義郎&平野ヨーイチ&山本良生&石川治、エグゼクティブ・プロデューサーは市川南&亀山慶二&梅澤道彦&春名慶、企画は川村元気、プロデューサーは仁平知世&稲田秀樹、アソシエイトプロデューサーは山内章弘&杉山登&岡田真由子、撮影は高瀬比呂志、照明は渡邊孝一、美術は都築雄二、録音は田中靖志、編集は山本正明、プロデューサー補は宮内貴子、アニメーションはミズヒロ・サビーニ、イラストレーションは いがらしゆみこ、音楽は服部隆之。
主題歌:K『ファースト・クリスマス』作詞:小山内舞、作曲:K&松尾潔、編曲:URU。
出演は大沢たかお、中谷美紀、小日向文世、YOU、沢村一樹、川原亜矢子、佐藤隆太、上野樹里、阿部力、劇団ひとり、野波麻帆、青木伸輔、西山茉希、青田典子、平岡祐太、夏川純、メクダシ・カリル、浦田響生、諏訪太朗、いとうあいこ、岩橋道子、藤本静、風間由次郎、後藤康夫、トーマス・ウォーカー、阿部永実、北澤鞠佳、増元裕子、稲本弥生、野村涼乃、黒沢美香、桜井雪乃ら。


吉田修一の小説『7月24日通り』を基にした作品。
監督の村上正典と脚本の金子ありさは『電車男』のコンビ。その『電車男』でヒロインのエルメス役だった中谷美紀が、サユリを演じている。
聡史を大沢たかお、五郎を小日向文世、和子をYOU、譲を沢村一樹、亜希子を川原亜矢子、芳夫を佐藤隆太、メグミを上野樹里、耕治を阿部力、真木を劇団ひとり、直子を野波麻帆、山本を青木伸輔、菜月を西山茉希が演じている。勇太の客役で青田典子、王子様ランキング第5位の男役で平岡祐太が出演している。

「それを言っちゃあ、おしめえよ」という問題ではあるのだが、中谷美紀が「地味で退屈で冴えない女」ってのは、かなりの無理がある。
彼女はオシャレじゃない眼鏡を掛けて、髪の毛をボサボサにして、イケてない服に身を包んで、仕草や表情も加えて「非モテ女」を演じている。
だが、あまりにも作り込み過ぎたことで、逆に「ホントは冴えない女じゃないのに、頑張って冴えない女を装っている」ってことが伝わってくる形になってしまっている。
もう少し抑え目でも良かったかなあと。

しかし、中谷美紀よりも、さらに無理を感じるのが上野樹里。こちらも中谷美紀と同様に「地味で退屈で冴えない女」を演じているのだが、そんな風に見えない度数は、上野樹里の方が遥かに勝っている。
特に何が厳しいのかっていうと、それは眼鏡。
2人とも「冴えない女」「地味な女」のための飾り付けとして眼鏡を使っていて、それ自体がステレオタイプだという部分は受け入れるにしても、上野樹里という女優にとって、その眼鏡は「地味で平凡な女」に見せるためのアイテムとして機能していないのだ。眼鏡を掛けていようがいまいが、平凡でも何でもない、モテ女の部類に入る人間であるというボロが出まくっているのだ。
和子は「急に趣味嗜好が変わることだってあるのよ。ビフテキばっかり食べてる人は、たまにはお茶漬けサラサラって行きたくなるの」とメグミを評しているんだけど、どれだけ野暮ったく装っても、上野樹里はお茶漬けに見えないのよね。

まず導入部の見せ方に引っ掛かる。
サユリが「世の中は平等じゃなくて、産まれた時から王子様とお姫様は決まっていて、例えば劇をやるとしたら王子様とお姫様を演じる人は決まっていて」というモノローグを語っていると、8年前のシーンになる。そして、王子と姫が登場する演劇の裏方をやっていたサユリがミスをやらかす様子、聡史に元気付けられた様子が描かれる。
だけど、「回想から入って、8年前の出来事を描く意味って何?」と思ってしまうのだ。
そこが、「サユリがドジでツキの無い女であり、自分は光の当たらない冴えない女だと感じている」ってことを見せるために用意されたシーンだってことも、聡史に元気付けられて好意を抱いた出来事を描くために用意されたシーンだってことも、もちろん理解できる。
ただ、だったら、いきなり8年前のシーンから映画を開始して、そういう出来事を描いて「それから8年後」という風に移行する構成の方がスムーズなんじゃないかと。

ただし、そういう構成にしても、まだ違和感は解消されない。
何が引っ掛かるって、聡史が鳥や犬の影絵をサユリに見せて、「笑ってた方が、ずっと可愛い」と言うシーン。
その漫画チックな行動や臭い台詞に関しては「そういうノリの映画だから」ということで受け入れるにしても、サユリは疲れた様子を見せているだけで、泣いているとか、そういうわけでもないのよね。
それと、もっと根本的な欠陥があって、聡史が影絵を見せて「笑ってた方がずっと可愛い」と言う際、彼はサユリの遥か後ろにいるのだ。つまり、サユリの顔なんて一切見えていないわけで、なんで彼女が落ち込んでいること、笑っていないことが分かったんだよ。
それと、「ここで、あの人と初めて会った」という語りが入るってことは、その後に「亜希子が演劇部へ連れて来た聡史と、サユリが会うシーン」ってのが挿入されるけど、それより以前の出来事ってことだよね。そこが初対面なんだよね。
初めて見た女がベンチが落ち込んでいるっぽい様子を見ただけで、影絵で励ました上に「笑ってた方がずっと可愛い」なんて言うかね。どんだけ女たらしなのかと。

そのシーンからの流れで、さらに別の問題が生じている。
長崎西通りのことを「特別な場所になった。ここで。あの人と初めて会った」とサユリは言うのだが、落とした漫画本を拾い上げると周囲がポルトガルになっており、「ここ、7月24日通りで」というモノローグが入る。
そこに大きな無理を感じるのだ。「ヒロインが現実と漫画を重ね合わせている」ということに無理があるのではなく、見せ方が上手くないから違和感が生じているのだ。
それと、もっと根本的な問題としては、「ヒロインが現実と漫画を重ね合わせる設定に意味が無い」ってことだ。
妄想シーンをバッサリと削り落とした方が、間違いなくスッキリとした中身になる。

「マジか」と言いたくなるほど、乙女チックなファンタジーに包まれている映画であることを受け入れないと、思わず苦笑したり、あるいは不快感に舌打ちをしたりせずに最後まで観賞することは、それほど容易ではない。
私の場合、苦笑どころか本気で笑ってしまった箇所が幾つかある。
もちろん、それは製作サイドが喜劇として作っているシーンで起きた現象ではない。
間違いなく、本気で「憧れを抱くような素敵なシーン」として描写されているシーンに、思わず笑ってしまったのだ。

具体的なポイントを挙げると、例えば聡史が演劇部員に頼まれて照明を手伝うシーン。
なかなかスイッチが入らないので、サユリが電源を確かめようと舞台に移動する。そのタイミングで電源が付き、舞台に立っているサユリにスポットが当たる。その様子を見た聡史が微笑を浮かべる。
つまり「オシャレをしたサユリが舞台に立ってスポットライトを浴び、お姫様になっている」という演出なんだよね。
だけど、もはや少女漫画でさえ恥ずかしくてやらないんじゃないかと思うぐらいの演出を、この映画は堂々とやっているのである。

その後、聡史とサユリがステップを踏むように、踊るように、途中でクルッと回転も入れながら石畳を歩くシーンも、これまた「マジか」という演出だ。
ただし、一昔前の少女漫画を思わせるような場面の数々があることが「イコールよろしくない」というよりは、振り切れていないってのが問題なんじゃないかという気がする。「乙女チックなファンタジー」としての飾り付け、雰囲気作り、そういったモノが、足りないんじゃないかと。
もっと徹底して荒唐無稽をやらないから、そういうシーンがキツく見えるんじゃないかな。その手のシーンだけじゃなく、映画全体を通して「一昔前の少女漫画の世界」を細かい部分まで作り込めば、何とかなったかもしれない。
まあ、あくまでも「かもしれない」という程度であって、確信は持てないんだけど。

脇役キャラの扱いは、総じて雑になっている。
サユリが自分を重ね合わせていたメグミは、都合のいい時だけ駒として利用されるだけ。彼女と耕治の恋愛劇も、それ自体での魅力は皆無であり、サユリの物語を進めるために利用されるだけ。
なんせ結婚式でさえ、自信の無いメグミに檄を飛ばすサユリが主役になってしまうのだ。
その後には芳夫が「聡史が来るはずだったのに帰らせた」と告白し、耕治が「自分が呼んだ」と言い、和子が小道具の靴を差し出し、サユリが聡史を捜して町へ飛び出すという流れになるので、すっかりメグミはサユリの引き立て役である。

亜希子と譲の扱いも、やはり雑。
サユリは聡史と亜希子の復縁を疑うが、亜希子は仕事を斡旋してあげただけで、それならそれで種明かしがあった時に「チャンチャン」という喜劇的な描き方をすればいいのにマジなノリでやっちゃうもんだから、亜希子の動かし方に違和感を覚えてしまう。夫婦が離婚の危機ってのも、実は噂に過ぎなかったってことが後で分かるけど、その辺りの処理も雑になっているし。
少女漫画の世界では良く出て来る「ずっとヒロインのことが好きだった幼馴染。最初は気持ちを隠してヒロインの悩み相談に乗るけど、ついに告白する。受け入れてもらえないけど、ヒロインの恋を応援する心の優しい奴」というキャラを受け持つ芳夫の扱いも、やはり雑。告白した後のフォローが何も無いし、サユリが彼に感謝する様子も見えない。
真木に関しては、コメディー・リリーフのつもりなんだろうけど、ただ邪魔なだけ。なんで彼が邪魔になっているかというと、それ以外の面々を満足に動かせていないから。脇役どころか、メインである聡史とサユリの恋愛劇でさえ雑なんだから。

「王子様とお姫様に憧れ、夢の中で恋に恋していたヒロインが、現実に正面から向き合い、本当の恋を知る」というのが本作品の大まかなプロットだ。
しかし、それをキッチリとドラマとして表現できているのかというと、答えはノーだ。
なぜなら、サユリが見ているのは、最後まで相変わらず「8年前に出会い、ずっと憧れ続けてきた王子様」としての聡史だからだ。
聡史から「君が見ているのは今の俺じゃない」と指摘されても、そこは何も変わっていない。

仕事に困って亜希子に助けてもらっているような聡史の現状を聞かされても、サユリの恋心は全く変わらない。
しかし、それは「本当の恋心だから変わらない」というのではなく、「彼女の妄想の中で聡史は王子様として確立されているので、何があろうと変わらない」ということなのだ。
「お前は誰のことも見てない。夢に恋してるだけだ」と芳夫に指摘されてから、サユリの心情や考え方が現実の方向へと変化するドラマが描かれていないから、「妄想の恋愛から本物の恋愛への転換」というポイントが見えなくなっている。
サユリが夢の世界に別れを告げ、現実の恋に向き合おうという流れが埋もれてしまっている。

サユリは自信の無さから結婚をキャンセルしようとするメグミに「自分はダメだからって相手から目をさらして一人に戻るのは楽で、辛い思いをしなくて済むけど、諦めると何も無いよ」と語るけど、それは「やっぱり聡史が好き」ということを再確認しているだけであって。
聡史の「お前が見ているのは今の俺じゃない」という言葉や芳夫の「お前は誰のことも見てない。夢に恋してるだけだ」という指摘に対して、「現実を見よう、今の聡史を見よう」という方向で答えを出しているわけじゃないんだよね。
っていうか、「泣いているサユリの元に聡史が来て指差すと、近くにあるクリスマスツリーの照明が付く」というシーンがあるなど、最後までファンタジックに味付けしちゃうもんだから、「サユリが夢の世界から現実の恋へ」というドラマを描こうとしても、そこでギャップが生まれちゃうよなあ。
ひょっとすると、これって「サユリが夢を見続けたまま、王子様である聡史と結ばれる」という話だったりするのかな。だとしたら、ある意味では天晴な映画だけど。

(観賞日:2014年12月22日)


2006年度 文春きいちご賞:第10位

 

*ポンコツ映画愛護協会