『四月の魚』:1986、日本

女優の衣笠不二子は、アイドルの四禮正明が主演する映画を撮影していた。風邪気味の四禮がNGを出しても、彼女は全く気にせず笑顔を浮かべた。不二子の夫である根本昌平は、スタジオ見学に来ていた。彼は不二子と四禮のゴシップ記事に腹を立てており、「君に隙があるからだ」と咎める。不二子の付き人のあきが「映画会社の宣伝部が仕組んだことです」と説明すると、昌平は彼女を批判した。不二子が「女の気持ちが全然分かってない」と言うと、昌平は不満そうな表情を浮かべた。
昌平は23歳で初めて監督した映画で新人賞を受賞し、主演女優の不二子と結婚した。しかしデビュー作は玄人筋の評価が高かったものの、興行的には大コケした。そのため、それから7年が経っても2本目を撮れずにいた。当時は大人気女優だった不二子も、アイドルの相手役を受けるようになっていた。スタジオの外に出た昌平は大勢のレポーターに取り囲まれ、ゴシップについてコメントを求められた。彼はレポーター陣を引き連れたままスタジオに入り、撮影を妨害して監督に注意された。
スーパーへ買い物に出掛けた昌平は、列が出来ているのも構わず万里村マリがいるレジに並んだ。マリは顔馴染みの昌平に気付き、言葉を交わした。帰宅した昌平は、アラニア島のパナボラ・ハンダ酋長から絵葉書が届いているのを知った。お蔵入りしたCM撮影で5年前に島へ行った時、現地コーディネーターを務めてくれて仲良くなったのがパナボラだった。パナボラは来日し、昌平の家へ来ると書いていた。彼が家に来る4月1日は、昌平と不二子の結婚記念日だった。
ハンダの妻であるノーラとの思い出を回想した昌平は、あることに気付いた。彼はデビュー作で脚本を書いてもらった藤沢富士夫に連絡し、「久々に映画を作る。その前に片付けなきゃいけない問題がある」と話す。彼は友情の誓いとして妻を一晩提供する島の習慣について説明し、自分はノーラと星を数えていただけで肉体関係は持っていないと語る。昌平が「不二子を守りたい」と言うと、藤沢は不二子を実家に帰らせて吹き替えを仕込む計画を提案した。劇団の新人で性的にも自由な女優がいるのだと、彼は告げた。
4月1日、昌平は不二子に酋長が危険な人物だと吹き込み、あきと共に実家へ帰らせた。食材を買いにスーパーへ出掛けた彼は、マリがいないことに困惑した。帰り道でマリと遭遇した昌平は、彼女が藤沢の用意した女優だと知って驚いた。マリは藤沢から、演技テストだと聞かされていた。マリが性的にオープンな考えを語ると、昌平は全面的に賛同する。「じゃあ、どうして結婚してるんですか」と問われた彼は、「早まったと思ってる。後悔してる」と述べた。
昌平はマリに「合格。採用」と言い、外国から客が来るので妻を演じてくれれば10万円の報酬を渡すと説明した。マリは「面白そう」と興味を示して承諾し、昌平はフランス料理を作り始めて彼女に手伝いを頼んだ。工務店の小林がタイルの張り替え作業に来たので、昌平はトイレに案内するその最中に電話が鳴ったので、昌平はマリに出るよう頼んだ。マリは「根本は取り込み中でございます。ですから家内は私でございます」などと言い、電話を切った。電話を掛けて来たのは不二子で、あきの前で憤慨した。
マリは昌平から着替えるよう促され、不二子が気に入っているドレスを選んだ。来訪したパナボラはマリを見て頬を緩ませ、手にキスした。彼は土産としてマリにバッグをプレゼントし、抱き締めて頬にキスした。昌平は一つずつ説明しながら、次々に料理を出した。パナボラは食べている間も、ずっとマリにベタベタと触った。彼がアラニア島に観光ホテルが出来ることを話すと、昌平は「島を舞台にした映画を撮りましょう」と持ち掛けた。不二子が急に帰宅したので、昌平は激しく狼狽した。不二子は彼を睨み付けて家に入り、自分のドレスを着てパナボラと並んでいるマリを見て激昂する…。

監督は大林宣彦、原作はジェームス三木『危険なパーティー』冬樹社刊より、脚本は内藤忠司&大林宣彦&ジェームス三木、製作は山本久&林瑞峰&村井邦彦&高橋幸宏&根本敏雄&大林恭子、企画は出口孝臣&大林宣彦、プロデューサーは森岡道夫&大林恭子、料理監修は渡辺誠、撮影は渡辺健治、美術は薩谷和夫、照明は川島晴雄、音響デザインは林昌平、助監督は内藤忠司、編集は大林宣彦、録音は稲村和巳、音楽監督は高橋幸宏。
出演は高橋幸宏、今日かの子(新人)、泉谷しげる、入江若葉、丹波哲郎、赤座美代子、峰岸徹、三宅裕司、四禮正明、横山あきお、中村勘五郎、小林のり一、明日香尚、旭井寧、高橋利道、小河麻衣子、伊藤公子、千葉裕子、原口緑、ジェームス三木、田中良一、宮崎泰成、高橋真規子、山田結、阪本善尚、ボニー他。


ジェームス三木の小説『危険なパーティー』を基にした作品。
監督は『姉妹坂』『彼のオートバイ、彼女の島』の大林宣彦。脚本は『さびしんぼう』の内藤忠司、大林監督、原作者のジェームス三木による共同。昌
平を高橋幸宏、マリを今日かの子、藤沢を泉谷しげる、あきを入江若葉、パナボラを丹波哲郎、不二子を赤座美代子、小林を三宅裕司が演じている。本作品が女優デビューだった今日かの子は、この1本だけで芸能界から姿を消した。
他に、芸能レポーター役で峰岸徹、監督役で中村勘五郎(十三代目。後の五代目・中村仲蔵)、マネージャー役で横山あきおが出演しており、四禮正明が本人役で出演している。

大林宣彦監督と言えば、これまで数多くの若手女優の魅力を引き出してきた人だ。『ねらわれた学園』では薬師丸ひろ子、『転校生』では小林聡美、『時をかける少女』では原田知世、『さびしんぼう』では富田靖子といった具合だ。
ただ、薬師丸ひろ子や原田知世の場合は、既に主演女優が決まっている作品に雇われ監督として携わった形だ。
また、小林聡美や富田靖子は、既に他の作品でデビューしていた。
それに対して、今日かの子は本作品のオーディションで選ばれた新人で、完全なる素人の状態だった。

この映画だけで今日かの子が女優業から引退した事情は不明だが、仮に続けていても恐らく活躍できなかったのではないか。
この映画を見ていても、残念ながら昌平が虜になるミューズとしても、作品を引っ張るヒロインとしても、まるで魅力が感じられない。
登場シーンは昌平が惚れている説得力をアピールしてくれなきゃ困るのだが、取り立てて美人でもなく、「美人じゃないけど愛らしい」と思わせる力も無い。
ただ野暮ったいだけの女性になっている。

大林宣彦監督は若手女優を脱がせたがることで有名な人だが、今回も今日かの子はヌードにこそなっていないものの、着替えるシーンでは下着姿になっている。
どうやら大林監督は、ちゃんと今日かの子に引き付けられていて、彼女を輝かせようとする意識は持っていたようだ。
実は、登場シーンの野暮ったさと比較すると、昌平の家へ来てからのマリの印象は、かなり持ち直している。
ただ、そうなると余計に、「なんで大林監督は登場シーンから魅力的に見せようとしなかったのか」と言いたくなるぞ。

高橋幸宏はお世辞にも芝居が上手いとは言えないが、それは大きな傷になっていない。良くも悪くも、映画の雰囲気には合っている。
っていうか、むしろ高橋幸宏の佇まいが、映画の雰囲気を作り出していると捉えた方がいいのかもしれない。
そういう意味では、ちゃんと主役として作品を牽引していると言っていいだろう。
ただし、高橋幸宏が作り出しているゆったりとした雰囲気が、映画を退屈にしている部分も無いとは言えないのだが。

4月1日に昌平がマリと会うと、2人で話しているシーンがしばらく続く。この会話劇が、ただ退屈なだけになっている。
昌平がウンチクを語るのも、まるで興味をそそらない。昌平がマリと話しながら料理を作っているだけのシーンに10分ぐらい使っているけど、どういうつもりかと言いたくなる。
「食欲は性欲に通じる物がある」という考え方があるけど、そういう意図で描いているわけでもないだろうし。
そもそも大林監督って若手女優を脱がしたがる一方で、エロティシズムの表現には何の興味も無い人だからね。

料理の準備をしている時間帯では、2度だけ昌平の妄想シーンが挿入される。昌平が怖い形相に変貌し、マリがエキゾチックな雰囲気になるという妄想だ。
でも、何の効果を狙った演出なのかサッパリ分からない。
あと、最初の妄想と2度目の妄想と、全く同じ内容なのよね。その天丼は笑いに繋がっているわけでもないし、なぜ繰り返しているのかサッパリ分からない。
っていうか、繰り返さなかったとしても、そもそも妄想シーンなんか要らないし。

料理中とマリがドレスに着替えた直後には、高橋幸宏の歌が流れて歌詞が画面に表示される演出がある。
そこだけミュージック・ビデオ的な状態に変化するわけだが、これも観客を引き付ける力など皆無で、ただダラダラしているだけ。
この映画、まるで話が先に進まないのだ。
ホントにミュージック・ビデオだとしたら、高橋幸宏の歌にはチル・アウトの心地良さを感じられたかもしれない。
だけど悲しいけど、これ、映画なのよね。

パナボラが来た後も、ただ昌平が解説しながら料理を出すだけの時間が続く。パナボラはマリとベタベタしながら食べるだけで、マリは喋りながら食べるだけ。
まるで物語の展開が無い。
パナボラがマリにベタベタすることに昌平が苛立って止めようとすることも無ければ、嘘がバレそうになってアタフタすることも無い。マリが勝手な行動を繰り返して昌平が誤魔化すことも無いし、昌平が映画の話をアピールしようとするのに上手く行かずに焦ることも無い。
話にメリハリを付けようとする意識が、まるで見られない。

途中で昌平の声が裏返ったり、パナボラがフリーズしたりする箇所があるが、なぜか全く分からないし、もちろん笑いにも繋がっていない。どういう意図で持ち込んだシーンなのか、まるで分からない。
確実に言えるのは、完全に失敗しているということだ。
不二子が帰宅すると、マリとの間で争いが勃発して昌平が焦るので、表面的にはドタバタ劇が始まる。でも、ちっとも面白くならないんだよね。
ずっと同じ調子で退屈な舞台劇っぽいやり取りが続くだけで、面白くするための手数が少なすぎる。
芝居だけで引っ張っていける出演者を揃えているわけではないので、演出や脚本で策を講じる必要があるはずだ。でも実際には、ほぼ役者任せになっちゃってんのよね。

(観賞日:2021年10月31日)

 

*ポンコツ映画愛護協会