『3-4x10月』:1990、日本

イーグルスとシャルマンによる草野球の試合が、風で埃の舞う空き地で行われていた。イーグルスの雅樹が仮設トイレから出て来た時点で、試合は5回を終えてシャルマンが5対0でリードしていた。野球を何も知らない雅樹は、補欠なのでベンチに座っているだけだった。3塁コーチの朗の打順が来たので、監督の隆志は雅樹に代役を指示した。雅樹はコーチャーズボックスで突っ立っているだけで、ランナーの和男が3塁に走り込んでも何の指示も出さなかった。
イニングが終わってイーグルスの朗、拓也、三郎、直人、ハジメ、マコトたちが守備に就いても、隆志はベンチに戻ろうとしなかった。彼が全く動かないので、捕手の和男が気付いて注意した。最終回の2アウトになってもイーグルスは0点のままで、隆志は雅樹を代打に送る。雅樹は一度もバットを振らずに3球で三振を喫し、試合は終了した。雅樹はバイクを走らせ、勤務するガソリンスタンドへ赴く。すると先輩従業員のマコトが恋人を待たせており、「遅いよ」と注意された。
大友組の金井が客としてガソリンスタンドを訪れ、仕事が遅い雅樹に文句を言う。何の作業も終わっていなかったので、彼は「舐めてんじゃねえぞ」と雅樹を殴り付けた。店長とマコト、雅樹の後輩従業員が謝罪しても金井の怒りは収まらず、「真面目に仕事しろ。いい加減にしないと、こんなスタンド、潰すぞ」と凄む。雅樹が殴り掛かり、店長たちは慌てて制止した。左腕でパンチをガードした金井は折れていると言い出し、店長に「組の上の者が話に行く」と通告した。
仕事が休みになった雅樹は、片岡モータースの息子である友人の朗を訪ねた。朗はバイクの配達に向かおうとしており、雅樹は付いて行く。朗は無免許の少年にバイクを届けた後、雅樹と喫茶店に行く。彼は恋人のいない雅樹に女子を誘うよう促し、ヘルメットをプレゼントして去った。雅樹は喫茶店で働くサヤカを誘い、バイクの後ろに乗せて出掛けた。車を走らせていた2人の男たちは、雅樹とサヤカを見て冷やかした直後、衝突事故を起こした。
大友組幹部の武藤がガソリンスタンドに現れ、店長に落とし前を要求した。治療費を全て支払うと店長が約束しても、彼は承服せずに脅しを掛けた。雅樹は隆志が営むバーへ行き、大友組の事務所へ行くつもりだと語る。「話せばどうにかなるかと思って」と彼が言うと、雅樹は「どうにかなるわけねえじぇねえか」と告げる。ヤクザ時代に大友の兄貴分だった雅樹は、美貴から何とかならないのかと言われる。店に入って来た若者5人組が高慢な態度を取ると、雅樹は灰皿で1人の頭を殴って追い出した。
雅樹は大友組の事務所へ出向き、ガソリンスタンドの件は勘弁してやってくれないかと持ち掛ける。しかし武藤も大友も受け入れないだけでなく、雅樹を威圧するような態度を示した。雅樹は武藤を呼び出し、何度も殴り付けて殺害した。イーグルスが草野球の試合をしていると、サヤカが観戦にやって来た。雅樹が素振りを繰り返して「俺、代打で出ます」とやる気を見せるので、隆志は困惑した。最終回、逆転のチャンスで打順が回って来た小林がトイレに行っていたため、仕方なく隆志は雅樹を代打に出した。雅樹は一球目を打って外野に飛ばすが、全速力で走ってランナーの和男を追い抜かしたのでアウトになって試合は終わった。
試合後、雅樹はサヤカを誘って水族館へ行こうとするが、電車で出会った男が釣りに誘うので同行した。隆志は美貴たちとパチンコに行くが、全く出なかった。彼は店のマイクを握り、「全く出ません。よその店に行きましょう」と客に呼び掛けて嫌がらせをした。店員が止めに来ると、彼は顔を殴り付けた。店を出た隆志は大友組の連中に囲まれ、腹を刺された。大友は彼に、「カタギはカタギらしくしてりゃいいんだよ」と告げた。
雅樹や和男たちは美貴から、隆志が病院に行くことを拒否し、「沖縄で拳銃を手に入れて全員殺す」と言っていることを知らされた。隆志は怪我で動けないので、雅樹は代わりに沖縄へ行くことを申し出た。彼が同行者を募ると、和男だけが一緒に沖縄へ赴いた。沖縄連合の上原は組の金を使い込み、弟分の玉城と共に呼び出しを受けた。彼は幹部の南坂から、明日までに金と指を揃えて持って来いと命じられた。外に出た上原が組の若い連中に暴力を振るう様子を、雅樹と和男は目撃した。
雅樹と和男は上原と玉城を追い掛け、カラオケスナックに入った。雅樹は上原と同じ席で緊張し、和男はマイクを握って熱唱した。上原は店に来た沖縄連合の男から「こんな店で飲む金があるんだったら、組に入れたらいいんじゃねえのか」と言われ、ビール瓶で頭を殴った。上原はスナックで働く恋人の純代と同僚のジェニファー、玉城、雅樹、和男を引き連れて小料理屋へ行き、食事を御馳走した。彼は全員をマンションに連れ帰り、純代に恋人のいない玉城とセックスしろと命じた。純代が玉城とセックスする様子を眺めていた上原は途中で彼女を押し退け、玉城の体を強引に奪った。上原は玉城に指を詰めるよう命じ、怖がると和男に押さえ付けさせた。
翌日、上原、純代、雅樹、和男は海へ遊びに出掛け、玉城が来ると車で出発した。上原は「なんでこんなに乗ってるんだよ」と文句を言い、途中でジェニファーを降ろした。上原と玉城は仲介人と接触し、銃を買う算段を取り付けた。彼らは売人と会い、複数の銃を手に入れた。上原は売人を射殺し、必要な銃を車に積んだ。彼は雅樹と和男に「残り、持って帰っていいから」と告げ、車で去った。上原と玉城は沖縄連合の事務所へ乗り込み、組長や南坂たちを皆殺しにした…。

監督は北野武、脚本は北野武、製作は奥山和由、プロデューサーは鍋島壽夫&吉田多喜男&森昌行、企画協力は横地純子、協力プロデューサーは佐々木麻美子、撮影は柳島克己、照明は高屋斎、美術は佐々木修、録音は堀内戦治、編集は谷口登司夫。
出演は小野昌彦、石田ゆり子、ビートたけし、井口薫仁、飯塚実、井川比佐志、ベンガル、ジョニー大倉、渡嘉敷勝男、布施絵理(現・ふせえり)、芦川誠、鈴木浩、青木隆彦、松尾憲造、井出博士、芹沢名人、秋山見学者(現・秋山大学)、篠原尚子、豊川悦司、椎谷健治、津川誠、鶴田忍、小沢仁志、坂田祥一郎、川口仁、深見亮介、花井直孝、橘家二三蔵、中嶋修、田端和忠、所博昭、広瀬清一、森一馬、城谷光俊、玉寄兼一郎、一見直樹、細目隆、松岡稜士、仲地宗次、内木場金光、前田金丸、中島正、山本隆仁、卜字たかお他。


北野武が『その男、凶暴につき』に続いて2本目のメガホンを執った作品。
雅樹を小野昌彦、サヤカを石田ゆり子、上原をビートたけし、隆志を井口薫仁、和男を飯塚実、大友を井川比佐志、武藤をベンガル、南坂をジョニー大倉、玉城を渡嘉敷勝男、美貴を布施絵理(現・ふせえり)、朗を芦川誠、拓也を鈴木浩、三郎を青木隆彦、直人を松尾憲造、ハジメを井出博士、マコトを芹沢名人、ガソリンスタンドの後輩店員を秋山見学者(現・秋山大学)が演じている。
他に、純代を篠原尚子、沖縄連合組長を豊川悦司、ガソリンスタンドの店長を鶴田忍、金井を小沢仁志、変な釣り人を橘家二三蔵が演じている。

『その男、凶暴につき』は深作欣二が降板し、主演の北野武がピンチヒッターとして監督を引き受ける形だった。そのヒットを受け、今回は最初から「監督作」としてオファーを受けている。
なので前作とは違って自分の好きなように、自由にやっている。ストーリーテリングには関心を示さず、撮りたい画を繋ぎ合わせるために表面的な展開を用意する。
だからシーンとシーンの繋がりには不可解だったり不自然だったりする箇所もあるが、そんなことは全く気にしていない。意味よりも感覚が重視され、説明よりも雰囲気が大切にされている。
抑制したタッチで、ナンセンスで不条理に暴力を演出する。暴力を行使する人間が熱くなっても、映像としては冷めている。この演出や方向性が、後の『ソナチネ』に繋がっていく。
ある意味、『ソナチネ』の叩き台のような作品なのだ。

小野昌彦、井口薫仁、飯塚実、鈴木浩、青木隆彦、松尾憲造、井出博士ってのは「誰だよ」と言いたくなるような出演者の顔触れだが、全くの無名俳優というわけではない。
実は全員、たけし軍団のメンバーだ。
小野昌彦の正体は柳ユーレイ(現・柳憂怜)で、井口薫仁はガダルカナル・タカ、飯塚実はダンカン、鈴木浩はラッシャー板前。青木隆彦はつまみ枝豆、松尾憲造は松尾伴内、そして井出博士は井出らっきょという次第だ。全員が芸名ではなく、本名で出演しているのだ。
でも映画を見れば軍団メンバーなのは明らかなので、あまり変名で出演させた意味は感じないけどね。

で、そんな軍団メンバーの中、北野武が主演に抜擢したのが柳ユーレイだった。他の軍団メンバーと同じく役者経験など皆無だったが、北野武は非凡な才能を感じたらしい。
後に柳ユーレイが芸人を辞めて役者に転身することを考えれば、慧眼だったと言えるのかもしれない。
ただ、軍団メンバーで周りを固めたのは上手くなかった。
芝居が下手だとか、浮いていると感じるメンバーは誰もいないのよ。
ただ、どうしても「たけし軍団の映画」という印象が強くなるし、それによって望まぬバイアスが掛かっちゃうでょ。

基本的にはシリアスな映画だが、ユルいギャグシーンが何度も用意されている。
例えば雅樹が喫茶店でサヤカに声を掛けようとする時、下を向いたままで「今日、何時に終わりますか」と尋ねると、男性店員が隣に来て答える。
朗からバイクを買った無免許の少年は浮かれて運転し、カットが切り替わると事故を起こしている。
バイクを走らせる雅樹とサヤカを冷やかしている車の男たちは、カットが切り替わると事故を起こしている。
ギャグの大半はベタなパターンだが、ガハハと笑わせるテイストではなく、抑えたトーンでオフビートの匂いが強くなっている。

上原が登場すると、雅樹から主役の座を奪い取っている。
もはや最初から上原が主役のヤクザ映画として作った方が良かったんじゃないかと思うほど、完全に「組に恨みを抱く上原が報復しようとする物語」としての道を進み始める。
映画は草野球のシーンから始まり草野球のシーンで終わるのだが、上原が登場するパートだけが完全に別物のような存在と化している。
粗筋でも触れたように上原と雅樹はちゃんと絡んでいるが、それでも「それぞれの物語が分離している」という印象は否めない。

雅樹は上原のおかげで銃を手に入れるが、彼に影響を受けて考えが変化したり行動の引き金になったりした様子は全く無い。
前半でも雅樹が簡単にカッとなって殴り掛かるシーンがあったり、大友組の事務所へ乗り込もうとしていたし、上原との出会いが無くても東京へ戻ってからの行動に違いが出たとは思わない。
脇役のはずの上原がパワーバランスを崩しているだけでなく、雅樹のメンター的なポジションを担うわけでもないので、彼の出演パートが良くも悪くも際立ってしまっている。

雅樹は「上原と沖縄連合の対立の構図」において暴力の加害者でも被害者でもないが、せめて関係者とは言えるような状況を用意した方が良かったんじゃないかと。
雅樹は空港で上原が報復を受ける様子を目撃するけど、その前の殴り込みは全く知らないし。
それならいっそ、上原の殴り込みシーンなんてカットでもいいんじゃないかと思うぐらいだわ。
上原が登場すると基本的に「上原の視点」になるのは、どうにも上手くない。

ただ雅樹や上原たちが遊んでいるだけとか、ただ喋ってダラダラしているだけとか、そういうシーンがものすごく多い。ストーリー展開だけを考えれば必要性の乏しいシーンの、なんと多いことか。
たっぷりと時間を掛けて「緩和」であり「静」の印象を植え付けておいて、時折訪れる暴力シーンの「緊張」であり「動」で一気に落差 を付けようという狙いなのかもしれない。
しかし、ただ遊んだり喋ったりしているだけのシーンでも上原に荒っぽい言動が多いため、緩急が中途半端になっている。
ぶっちゃけ、緩和シーンには何の面白味も無いし、狙いがあるにしてもやり過ぎだとは思うけど、せめて差異は徹底しないと台無しになる。

完全ネタバレだが、終盤の展開について詳しく書く。
東京へ戻った雅樹は和男&朗と大友組事務所へ殴り込もうとするが、発砲できなくて困惑する。その様子を組の連中に見つかって和男&朗が捕まり、暴行を受ける。
自分だけ逃げた雅樹はタンクローリーを盗み、サヤカを乗せて事務所に突っ込む。しかし暗転から画面が明るくなると、そこは簡易トイレの中。
そして雅樹はトイレを出て、草野球のベンチに走っていく。
ようするに、いわゆる「夢オチ」なのだ。

北野武としては、「雅樹は本当は草野球で大活躍できる人材だけど、トイレの中で自分がダメ人間だと妄想した姿」が劇中で描かれている設定だったらしい。でも、たぶん映画を見た大半の観客には伝わっていないと思う。
仮に伝わったとしても、「だから夢オチでOK」とは思わないしね。ちゃんと風呂敷を畳まず、何もかも散らかしたままで放り出したような終幕になっている。
当初の予定では雅樹がバリ島に逃げて、そこから「目が覚めたらガソリンスタンドにいる」という結末にする構想だったらしい。でも、どっちにしろ夢オチだよね。
あと、北野武本人が「途中で破綻した。映画を撮るスタミナが切れた」とコメントしているし、興行的に失敗しただけでなく、ちゃんとした失敗作と言っていいんじゃないかな。

(観賞日:2024年1月6日)

 

*ポンコツ映画愛護協会