『3人の信長』:2019、日本
1560年、織田信長はわずか3千の兵力で、今川義元率いる4万の大軍に挑んだ。桶狭間の戦いである。この戦に勝利したことで、信長の名は広く知れ渡った。10年後、京に入った信長は、上洛命令を拒否した朝倉義景の討伐に出陣した。さらなる領地拡大を図った信長だが、同盟関係にあった浅井長政に裏切られて撤退を余儀なくされた。越前から京へ戻る途中、信長は浅井と縁のある朽木元綱の土地を通る他に道が無くなってしまう。家臣の松永久秀が話を付けに行く間、待機していた信長は敵に襲われて昏倒した。
信長が目を覚ますと村の屋敷で縛られており、目の前には蒲原氏徳という男がいた。「命乞いなどせん。さっさと斬れ」と信長が言うと、蒲原は刀を振り上げる。そこへ蒲原の家臣の瀬名信輝が駆け込み、信長を捕まえたと報告する。蒲原が困惑していると家臣の半兵衛が現れ、信長を捕まえたと報告した。捕縛された信長・甲、信長・乙、信長・丙が並ぶ中、蒲原たちは戸惑いの色を隠せなかった。誰も信長を見たことが無いため、本物を見分けることが出来なかったのだ。
蒲原は信長と相撲を取ったことのある彦助を呼ぼうと考えるが、いつの間にか逃げ出していた。瀬名は3人とも斬ろうと言い出し、刀を振り上げた。すると土間の扉が壊れ、隠れていた刀鍛冶の朔太郎が飛び出した。朔太郎が慌てて命乞いすると、蒲原は捕まえるよう家臣に命じた。瀬名が改めて刀を構えると、蒲原は「本物の首でなければ意味が無い」と制止した。彼らは浅井の軍勢ではなく、復讐心を燃やす今川の残党だった。
蒲原は3人を拷問し、偽者を炙り出そうとする。しかし全員が「本物の信長だ」と譲らず、蒲原は拷問を中止して牢に入れた。3人は相談し、隙を見て逃げ出そうと考える。彦助が戻って来た時に備えて、彼らは変顔を練習した。甲の左肩に銃弾が残っていると知った乙と丙は、指で抜き取ろうとする。甲は「自分でやる」と言うが、使おうとした釘は短すぎて役に立たなかった。松永は朽木の屋敷を訪ねて協力を要請するが、冷たく拒否された。彼は諦めず、同行した家来に信長の元へ戻って報告するよう命じた。
瀬名は信長の情報を聞き回って書き留めた巻物を持っており、それを使って本物を特定しようと考えた。彼は「猫嫌い」という特徴を試すが、屋敷に猫を放つと3人が一斉にクシャミした。蒲原は甲が左肩を痛めていると知り、本物だと確信する。信長が逃げる途中で撃たれたという情報を得ていたからだ。しかし捕まえた時に3人しか家来がいなかったと聞いた瀬名と半兵衛は、「本物にしては少なすぎる」と指摘した。甲は別行動を取った家来を含めても5人だと言い、蒲原を馬鹿にした。
瀬名が「本物の証拠はあるのか」と苛立つと、乙は今川から奪った刀を持っていたと証言する。しかし半兵衛は捕まえた時に彼が越前へ向かっていたことから、浅井・朝倉と繋がっているのではないかと語る。蒲原は丙が本物という可能性を排除しようとするが、乙は笑って「そやつは貴様のことを知っておったぞ。それでも本物から外すか?」と問い掛ける。なぜ知っていたのかと蒲原が訊くと、丙は桶狭間の出来事を詳しく語った。
蒲原は朔太郎に、「ここは人の気配が無い。何しに来た?」と質問した。朔太郎は亡くなった村人たちの供養と、先祖代々伝わる刀を取りに戻るのが目的だと説明した。蒲原は彼と話している最中、信長の背中に刀傷があることを思い出した。彼は3人の着物を脱がすが、全員の背中に刀傷があった。甲は壁の穴から女性が覗いていることに気付き、名前を問われて信長だと答えた。甲が正体を訊くと、女性は朽木の妻のハルだと名乗った。蒲原の家来が来たので、ハルは立ち去った。
逃げた猫を捜していた瀬名は、朔太郎に手伝わせることにした。乙と丙は互いに裏切り者だと疑念を抱き、喧嘩を始めた。蒲原は乙を連行し、捕縛した信長の兵に面通しさせる。兵が黙秘を続けると、蒲原は何度も殴打した。乙が「やめろ」と叫んでも、蒲原は無視して殴り続けた。乙は耐えられなくなり、偽者だと白状した。ハルは壁に戻り、「貴様らは、もう終わりだ」と言う。甲が朽木への上申を頼むと、ハルは信長のせいで戦が起きたのだと非難した。甲は「恨むなら今の世を恨め。黙ってりゃ奪われる。だが、この国全てを奪えば誰にも奪われない」と主張すると、ハルは立ち去った。
猫を捕まえて戻って来た瀬名は、乙が白状したことを知らされた。乙は見張りの半兵衛に自分が百姓だったことを明かし、信長への恩義と忠誠心を語った。蒲原は甲と丙の尋問にも兵を利用するつもりだったが、自害したことを知らされる。彼は甲と丙の元へ行き、「今すぐに名乗り出ないと2人とも斬る」と通告した。彼が丙に刀を突き付けると、甲は「分かった。話す」と白状しようとする。しかし供養の踊りを始めた朔太郎が大きな音を立てたため、瀬名が急いで止めに入った。
瀬名は彦助が見つかったという報告を受け、屋敷への到着を待つことにして甲と丙を牢に戻した。丙が「もはや為す術無しか」と漏らすと、甲は「御館様は命に代えても守る。俺にそれしか生きる道が無い」と口にした。彼は壁の近くでハルが聞いていることに気付いており、「御館様の天下は俺の望みだ」と告げた。彼は改めて協力を要請し、信長は乱世を終わらせるために戦っているのだと訴えた。丙はハルに、「例え儂が死んでも信長を死なすわけにはいかん。そのために儂は影を作り、万が一のためにこやつらに望みを託すことにした」と語るハルは何も言わず、その場を離れた。しかし話を聞いていた半兵衛が牢の鍵を渡し、甲と丙を逃がす。翌朝、蒲原は乙を連れ出し、2人の居場所を教えるよう要求した。乙が黙っていると、蒲原は家来を村へ差し向けて殺害した妻子の首を見せた…。監督・脚本は渡辺啓、製作は森雅貴&堀内大示&宮崎伸夫&三宅容介&渡辺章仁&有馬一昭、プロデューサーは宮崎聡&岡田愛由&広瀬基樹、Co.プロデューサーは加藤良治&上本蓉&杉本直樹&飯田雅裕、制作プロデューサーは阿久根裕行、ラインプロデューサーは渡辺修、撮影は鈴木雅也、照明は市川高穂、録音は竹内久史、美術デザイナーはYang仁榮、美術ディレクターは横張聡、編集は山田佑介、音楽は松下昇平、主題歌『86 Missed Calls feat. Patrick Stump』はMAN WITH A MISSION。
出演はTAKAHIRO、市原隼人、岡田義徳、嶋政宏、相島一之、前田公輝、奥野瑛太、坂東希、犬山ヴィーノ、齋賀正和、上田実規朗、西山潤、山田慎覇、近山祥吾、前田剛(声の出演)、鍵谷田、マツオカハルト(ART MEDIA JAPAN[劇団B-LUCKS♪])、荒川明範、糸賀修也ら。
LDH JAPANが『たたら侍』に続いて制作した時代劇映画。
監督・脚本の渡辺啓は、かつてグレートチキンパワーズとして活動していた人物。お笑いを辞めて脚本家に転向し、LDHの「HiGH&LOW」シリーズを手掛けていた。監督を務めるのは、これが初めてだ。
甲をTAKAHIRO、乙を市原隼人、丙を岡田義徳、蒲原を嶋政宏、瀬名を相島一之、半兵衛を前田公輝、朔太郎を奥野瑛太、朽木の妻のハルを坂東希、松永を犬山ヴィーノ、朽木を西山潤が演じている。冒頭、浅井に裏切られて撤退を余儀なくされたことがナレーションで説明された後、森を逃げる侍が発砲を受けて「信長を撃ったぞ」と声が響くシーンが入る。
なので、ここで信長が撃たれたのかと思ったら、その次に甲が森に隠れている松永を敵から助ける様子が描かれる。
どういうことかと思ったら、しばらくすると甲の左肩に銃弾が残っていることが明かされる。最初に撃たれたのも甲という可能性を示しているわけだ。
でも、そんなの要らんわ。左肩の銃弾を明かすシーンだけでも充分だわ。無駄にややこしいだけだわ。甲が松永を待っている時に振り向くと、敵が近付いている。カットが切り替わるとカメラは甲の視点映像に切り替わり、襲われて倒れ込む様子が示される。
そして暗転によって目を閉じたことが表現され、また目を開けて家臣たちが殺された様子を見て、敵に蹴られて気絶するまでの経緯が描かれる。
でも、そんなに丁寧に描く意味は全く無い。
「振り向いたら敵が近付いていた」ってトコで終わらせ、「意識を取り戻したら捕縛されている」というシーンに切り替えた方がテンポがいいでしょ。っていうか、いっそのこと「敵に追われて森を逃亡し、朽木の土地に入るため松永の交渉を待つ」という手順を丸ごとカットしちゃってもいいんじゃないかと感じるぞ。
村にいる今川家残党サイドから話を始めて、「蒲原の元に信長が連行されて来るか、立て続けに別の信長が引っ張られて来て困惑し、さらに3人目も」という形で進めればいいんじゃないかと。
LDH所属だからってことなのか、TAKAHIROが演じる甲だけ特別扱いしているけど、3人の信長は少なくとも最初の内は同列で扱った方がいいんじゃないかと。瀬名が3人を斬ろうとするタイミングで、屋敷に隠れていた朔太郎が見つかってしまうのは邪魔な手順だなあ。そこは「3人を斬ろうとする瀬名を蒲原が制止する」ってのを一連の流れで見せた方がいいよ。
流れを中断して、刀を振り上げるトコからやり直すことにメリットは何も無いよ。
あと、「3人を斬らず、1人に決めなきゃダメ」という理由が薄弱だわ。
「本物の首じゃないと意味が無い」と言うけど、そうてもないでしょ。3人を斬って、どれか1つの首を墓前に供えればいいんじゃないかと。甲は蒲原たちに「答えを教えてやろうか」と言い、「なら次の5つの内から好きな物を選べ。鉄、ロウソク、刀、塩。柱」と語る。さらに彼は、「選んだ物の特徴を4つから選べ。硬い。寒い。白い。甘い」と続ける。
そして最後に、「特徴に当てはまる物を3つの中から選べ。水。髷。歯」と告げる。そして「答えは既に俺の中にある」と、歯であることを言い当てる。
どれを選んでも最終的には歯になる質問なのだが、だから何なのかと。
それで本物の信長が分かるわけでもないし。今川家の残党は本物の信長を見つけるため、3人を水責めにする。しかし全員が本物と主張して譲らないので、拷問を中止して牢に入れる。
「いや、なんで?」と言いたくなる。
3人とも縛り上げているんだから、そのまま見張りを付けて放置すればいい。あるいは、そのまま柱にでも括り付けておけばいい。
拷問を中止して牢に入れるのは、あまりにも不自然な行動だ。
そんな行動を蒲原たちに取らせる理由は明白で、「3人が誰にも聞かれずに話し合う」という状況を作るためだ。そのために無理をしなきゃいけなくなっているのだ。どうやら今川家残党の拷問はものすごく軽いようで、牢に入れられた3人は元気一杯で全くダメージが残っていない。
だったら、最初から拷問なんて受ける展開を無くせばいいでしょ。
どうせユルいコメディーなんだし、他のトコでも設定が穴だらけなので、「なぜ拷問で白状させようとしないのか」なんて、もはやバカバカしくてツッコミを入れる気にもならなかったかもよ。
っていうか、ホントは拷問させない理由を用意するぐらいのシナリオを構築すべきなのよ。牢に入れられた3人は「彦助が戻って顔をられたら終わりだ」ってことで、変顔の練習をする。この時点で、「誰も本物じゃない」ってことが確定する。
彦助は本物の信長と会っている。そいつに顔を見られたらマズいってことは、「本物じゃないとバレる」ってことでしょ。
ここで「3人の中に本物の信長がいない」とバレちゃうのは、致命的なミスと言っていいんじゃないか。「誰が本物なのか」ってことで、観客の興味を引っ張らないとダメなんじゃないのか。
「1人が本物とバレるとマズいから全員が変顔をする」という可能性も、状況を考えるとゼロだ。だって、最初は丙しか変顔をやっていないからね。甲は捕まった時、「命乞いなどせん。さっさと斬れ」と言っている。ところが牢に入れられると、途端に「隙を見て逃げ出す」と言い出す。
死を覚悟しているのか、死にたくないのか、どっちなんだよ。整合性が取れないだろ。
そんな彼は自分が本物の信長だと主張していたはずなのに、「一緒にいる家来が少なすぎる」と言われるとニヤニヤして「これは分からなくなっちゃったねえ」と告げる。
まるで「俺は偽者かもよ」ってな感じの態度を取るのだが、それはキャラがブレるだろ。
これは他の2人も同様で、状況によって「自分が本物」と強く主張したり、そうではないかのように振る舞ったりと、まるで定まっていないのだ。甲はハルが壁の外にいると知り、何度も「朽木に頼んで土地を通れるようにしてくれ」と説得を試みる。
だけど、甲は今川家の残党に捕縛されているんだから、土地を通る許可が出ても意味が無いでしょ。まずは、そこから脱出する方法を考えるのが先決でしょ。
っていうか、繰り返しになるけど、「命乞いなどせん。さっさと斬れ」と言っていたのに、逃げることばかり考えているので、「どっちなんだい?」と言いたくなるわ。
いや後者なんだろうけどさ、なんかキャラの動かし方がブレてるように感じるんだよなあ。ギャグは不発だが、それでもコメディーとして最後まで徹底した方が少しはマシだっただろう。しかし話が進むにつれてシリアス度数がどんどん高くなっていき、それに伴って退屈の度合いも増していく。
乙の妻子が殺される辺りに来ると、もうコミカルに戻る余地は完全に失われてしまう。
ところが完全にシリアスへ舵を切っていたはずが、「実は3人とも影武者」と明かすトコで急にコミカルへ戻そうとする。
だけど妻子の生首が並べられた後なんだから、もう無理だってば。信長を自称していた連中は、次々に偽者だと明かしていく。これによって、さらに退屈に拍車が掛かってしまう。
終盤に入るまで、全員が「自分が信長だ」と主張する構図を引っ張れば良かっただろうに。それを途中で放棄しても、何のメリットも無いだろうに。
甲が影武者だと明かした直後、丙が本物の信長としてハルに語り掛けるシーンがあるけど、それで「こいつが本物なんだな」と信じることなんて無いからね。そのミスリードは、完全に不発だからね。
そんで完全ネタバレを書くと本物の信長は朔太郎なんだけど、これも全く効果的な作用は無いし、あと、本物の正体が判明してから少しだけチャンバラがあるけど、そんなの邪魔なだけだからね。(観賞日:2022年3月13日)