『10万分の1』:2020、日本
紫上学園剣道部の主将を務める桐谷蓮は、実力があるだけでなくイケメンで女子生徒から大人気だった。マネージャーの桜木莉乃は密かに思いを寄せているが、ずっと打ち明けられずにいる。莉乃は左脚の太腿に大きな傷があり、それを見られることを気にしている。莉乃の親友の橘千紘は、蓮の親友の比名瀬祥と交際している。千紘は莉乃の気持ちを知っていて、蓮と2人になるように仕向けるた。莉乃は蓮と電車で下校し、ピッタリと体が触れ合うほどの距離になった。
翌日、莉乃は蓮から昼休みに屋上へ呼び出され、告白されると思って緊張する。しかし落とした手帳を渡されただけだったので、逃げるように走り去った。すると蓮が追い掛けて来て、「好きだよ」と告白した。莉乃は蓮と付き合い始め、彼に好意を寄せる同級生の女子3人から嫌がらせを受けた。莉乃は蓮を自宅へ連れて行き、喫茶店を営む祖父の春夫に紹介した。彼女は両親を亡くし、祖父と2人で暮らしていた。蓮は緊張しながら挨拶するが、春夫は笑顔で歓迎した。
夕食の時、莉乃は急に倒れて立てなくなってしまった。彼女は病院で診察を受けるがレントゲンに異常は無く、しばらくは様子を見ることになった。病院を出る時には、莉乃は何の問題も無く歩けるようになっていた。翌日、剣道部の練習中にストップウォッチを手に取ろうとした莉乃は、掴めずに落としてしまう。蓮が体調を心配すると、彼女は「平気だよ」と軽く笑った。蓮は莉乃を抱き締め、「桜木さんのことになると、いつもの自分じゃなくなる」と告げてキスする。莉乃は腰が抜けて倒れ込み、そのまま立てなくなった。
莉乃は教室に戻るが、右足を引きずるようになっていた。彼女は大病院で診察を受け、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の可能性を指摘された。杖を使って病院を出た莉乃は、付き添った春夫の前では元気に振る舞う。しかし春夫と別れた彼女は病気について調べ、確実な治療法は見つかっていない難病だと知って不安になった。帰りの電車の中で、莉乃は「これからしたいこと」をリストにしてノートに書いた。彼女は駅に着いたので降りようとするが、足が全く動かなかった。
蓮は春夫からの電話で莉乃が帰宅していないと知り、千紘&祥と手分けして捜索する。彼は駅のベンチで座っている莉乃を発見し、歩み寄って声を掛けた。莉乃の「これからしたいことリスト」の最後には「桐谷くんと別れる」と書いてあり、彼女はALSかもしれないと話す。既に春夫から事情を聞いていた蓮は、「可能性があるかもしれないってだけでしょ」と告げる。莉乃は「もしそうだったら、桐谷くん、どうする?普通にデートしたり、一緒に笑ったり話したり、当たり前のことがなんにも出来なくなるんだよ」と泣き出した。
莉乃が「私はそんなの耐えられない」と口にすると、蓮は黙り込んでしまう。「桐谷くんに渡しの気持ちなんて分からないよ」と莉乃が感情的になると、彼は「それはそうだよ。でも、桜木さんだって俺の気持ち、全部は分からないだろ」と言う。彼は「桐谷くんと別れる」と書いてあるノートのページを破り捨て、「俺の気持ち、勝手に決め付けて、勝手に諦めないでよ。俺は後悔しない。こんなに大事な人に出会えたんだから」と告げた。
翌日、蓮が登校すると、部室には先に莉乃が来ていた。蓮がノートに付け加える項目を尋ねると、彼女は下の名前で呼び捨てにしてほしいとリクエストした。リストには「体育祭のリレーに出たい」という項目もあるが、莉乃は「この足じゃ無理でしょ」と漏らす。しかし蓮は「任せといて」と言い、部室を飛び出した。体育祭の当日、蓮は男女二人三脚リレーのアンカーで莉乃とコンビを組む。2人はバトンを受け取ってゴールを目指すが、莉乃が途中で転倒して立てなくなった。千紘と祥が駆け寄って保健室へ運ぼうとすると、蓮は「俺と一緒にゴールしよう」と莉乃を抱き締めてゴールした。
3日後、莉乃は病院で主治医からALSと断定され、進行を遅らせる薬を飲みながら病気と付き合っていくよう告げられる。帰宅した彼女は、春夫の作った夕食を食べながら泣いた。翌日、莉乃は学校を休み、心配した蓮が家を訪ねた。喫茶店にいた莉乃は彼に気付き、外へ飛び出して抱き付く。莉乃が「やっぱり私、ALSなんだって」と泣くと、蓮は「間違いかもしれないし、別の病院でも診てもらおうよ」と提案する。莉乃が「もう充分。検査、痛かったし」と言うと、蓮は「大丈夫だよ、俺が守る。俺、もっともっと強くなるから。莉乃のしたいこと、たくさんしよう」と励ました。
次の日、登校した莉乃は、千紘と祥に病気のことを伝えた。その様子を見た蓮は、1人になって絶叫した。休日、彼は春夫に承諾を得て莉乃を連れ出し、千紘と祥を含めた4人でボウリングに出掛ける。千紘の誕生日には、春夫の店で4人が集まった。莉乃は蓮と2人になり、少し躊躇しながらも思い切って「私と、したいと思う?」と質問した。蓮が驚くと、彼女は「最近ね、時々、指が強張る感じがして。いつまでこんな風に、蓮くんに触れられるのかなって」と口にした。蓮は彼女に、「俺だって、莉乃のこと知りたいよ、全部。でも、流れでそうなるの嫌だったから。一生の大事な思い出にしたいからさ」と語った。
紫上学園の剣道部は、練習試合で木島がいる強豪の龍峰高校と対戦した。莉乃は体育館を出てトイレに行くが、倒れて動けなくなる。彼女が戻らないので、心配した千紘は捜しに行く。すると莉乃は小便を漏らして泣いており、千紘が声を掛けようとすると「来ないで」と絶叫した。千紘は泣きながら「帰ろう」と告げ、蓮と祥には何も言わなかった。翌日から莉乃は学校を休み、蓮が家を訪問すると会いたくないと言っていることを春夫が伝えた。春夫はトイレが間に合わなかったことを教え、「この先もあの子は色んなことを失っていく。それを君には見られたくないんだ」と語った。
数日後、莉乃の元に高山幸雄というALS患者からメールが届いた。彼のブログを読んだ千紘が連絡を取り、莉乃のことを教えたのだ。高山は発症して5年で、家に遊びに来るよう莉乃を誘った。莉乃は千紘に付き添われ、訪問することにした。2人がバスを降りると、千紘が知らせておいた蓮が待っていた。莉乃は動揺するが、蓮は千紘に代わって高山家まで同行する。高山の妻であるアキが2人を出迎え、家に招き入れた。寝た切り状態の高山は、特別な音声ソフトを使って発話した。高山は莉乃に、「最初の内は怖かった。でも体が変わっても中身は変わらないと気付いた。だから怖がる必要は無いんだ」と語った。アキは蓮に、1人で守ろうとせず、周囲の人間に手伝ってもらうよう助言した…。監督は三木康一郎、原作は宮坂香帆『10万分の1』(小学館 フラワーコミックス刊)、脚本は中川千英子、製作は岡田美穂&杉田成道&村松克也&金在龍&高橋一仁、プロデューサーは中畠義之&林絵理&竹本聡志&齋藤寛朗、アソシエイトプロデューサーは沖貴子、撮影は板倉陽子&彦坂みさき、照明は緑川雅範&木村匡博、録音は小原善哉&前田一穂、美術は金勝浩一、編集は渋谷陽一、音楽は小山絵里奈、主題歌はGENERATIONS from EXILE TRIBE『Star Traveling』、挿入歌は眉村ちあき『36.8℃』。
出演は白濱亜嵐(EXILE / GENERATIONS)、平祐奈、優希美青、白洲迅、奥田瑛二、土村芳、中尾暢樹、山ア萌香、森田想、吉永アユリ、笠兼三、本多章一、瓜生和成、沖田裕樹、芳賀秀一、岡慶悟、達淳一、永井若葉、土井ケイト、岩崎光聖、巽よしこ、宇田琴音、伊澤乃愛、片桐隼哉、成井颯哉、青山健、鬼頭空良、岩永友也、渡馬之介、斉藤拳人、朝生将臣、小松友基、廣田蓮、熊野真修、鈴木風吹、古川綾七、中川路秀幸、井伊亮太、高野凌雅、久世珠璃、多田麻里絵、近藤雛子、中野美夕、高橋理沙、阪井美月、松村玲、水谷明里、小倉彩花、上野美香、上島郷、工藤優介、内田直輝、加藤翔太、杉本暁海、杉山裕右、藤尾穂香ら。
宮坂香帆の同名漫画を基にした作品。
監督は『旅猫リポート』『弱虫ペダル』の三木康一郎。
脚本は『サムライ・ロック』『きょうのキラ君』の中川千英子。
蓮を白濱亜嵐、莉乃を平祐奈、千紘を優希美青、祥を白洲迅、春夫を奥田瑛二、アキを土村芳、木島を中尾暢樹、高山を本多章一が演じている。
平祐奈が少女漫画原作の映画でヒロインを務めるのは、2017年の『未成年だけどコドモじゃない』、2018年の『honey』に続いて3度目。序盤、蓮は莉乃に告白する時、「面白いよ。良く食べるトコも、ムカつくと一句読むトコも、足の傷気にしてるトコも。全部、好きなんだ。自分でも変な子好きになったなって思うけど」と言う。
だけど、莉乃がそんなに変な子だという印象は無いよ。
その前日に「リア充を集めて川に流したい」と手帳に書くシーンがあったけど、その程度で変な子とは思わないし。
しかも、その「ムカつくと一句読む」という設定は、序盤だけで完全に忘れ去られるし。映画開始から15分ぐらいで告白シーンになり、莉乃は嬉しくて涙する。ここでタイトルが表示されるが、ものすごく展開が慌ただしい。
ちゃんとキャラクターを紹介しようとか、人間関係を整理しようとか、そういう意識は薄弱だ。
原作の『10万分の1』は『あかいいと』という作品の続編に当たるのだが、その位置付けを映画でも持ち込んでいるんだよね。
だけど映画は『あかいいと』が無くて『10万分の1』が一発目なので、ただスタンスを間違えているだけになっている。莉乃が調理実習中に女子3人組から嫌がらせを受け、腹を立てて怒鳴り付けるシーンがある。揉み合いになった彼女たちを教師が制止していると、蓮が大笑いして祥にも同調させる。
で、これを受けてこれで莉乃が「助けてくれた」みたいに笑顔を浮かべるのだが、どういうことかサッパリ分からないぞ。
いや、結果としては喧嘩は立ち消えになっているけどさ、「大笑いしたら喧嘩が止まる」ってのは、ただの結果論に過ぎないようにしか思えないし。
見事な作戦とは到底思えないぞ。莉乃が蓮を春夫に紹介する時、両親が亡くなっていることや祖父と2人で暮らしていることは初めて明かされる。
『あかいいと』を読んでいれば全て周知の事実なのかもしれないが、そこを説明する手順が映画として間違っているのは言うまでもないだろう。
さらに困ったことに、莉乃が両親を事故で亡くしているとか、その時に出来た太腿の傷を気にしているとか、そういう設定は、ほぼ無意味になっているのだ。
病気の症状が出るようになると、その辺りは全く活用されなくなる。莉乃が自宅で夕食中、急に倒れて立てなくなってしまうシーンがある。
この時、蓮も近くにいるのだが、春夫が「大丈夫か」と心配して声を掛けている様子だけが描かれる。その間、蓮は画面の隅に見切れているだけだ。
でも、ここは春夫よりも、むしろ蓮が莉乃心配する様子を重視すべきだろうに。春夫なんて途中から「いてもいなくても大して影響の無い存在」に成り下がるんだし。
いや、それは春夫の使い方に失敗しているだけなんだけどさ、それを抜きにしても、蓮が傍観して見切れているだけってのは、どう考えてもダメだろ。蓮が「桜木さんのことになると、いつもの自分じゃなくなる」とキスし、莉乃の腰が抜けて立てなくなるシーンがある。
ここをキラキラの恋愛劇として描いているけど、それは違うんじゃないか。蓮は莉乃の体調を心配していて、しかも直後に莉乃は立てなくなって病院行きになるんだから。
そこでキスするのをキュンキュンするシーンとして演出しているのも引っ掛かるし、そもそもキスシーンは無くていいんじゃないかと思うし。
あと、莉乃が立てなくなって病院に搬送されるのかと思ったら、カットが切り替わると教室にいるんだよね。ってことは、右足は引きずっているけど、教室までは戻れているわけで。
そこの描き方も引っ掛かるぞ。莉乃は病院で「ALSの可能性がある」と言われただけなのに、もう「自分はALS」と決め付けたかのような行動に出る。
だけど、まだリストを作成するには早すぎるだろ。ALSと断定されてからでいいでしょ。
で、そんな彼女は電車から降りられなかったのだが、蓮は駅のベンチで座り込んでいるのを発見する。
ってことは、ちゃんと立てたんだね。電車から降りられたんだね。
それなら、携帯電話で祖父に連絡でもすれば良くないか。莉乃は蓮にALSかもしれないと告げ、「もしそうだったら、桐谷くん、どうする?」と泣き出す。
彼女が「桐谷くんに私の気持ちなんて分からないよ」と言うと、蓮は「桐谷くんと別れる」と書いてあるノートのページを破り捨てて「俺の気持ち、勝手に決め付けて、勝手に諦めないでよ」などと語る。
粗筋にも書いたシーンだが、そのように2人の感情は高まっている。
だけど、そういうのってALSが確定してから描くべきじゃないかと。
まだ「そうかもしれない」の段階で、やるようなことじゃないなあ。蓮は「やりたいことリスト」の「体育祭のリレーに出たい」という項目を見た時、「任せといて」と部室を飛び出す。そこからカットが切り替わると、体育祭の当日になる。
なんて性急なんだよ。
あと体育祭ではクラスメイトが心配するし、ゴールするまで応援しているけど、もう莉乃の病気が確定していて全員が知ってるわけでもないのよ。だとしたら、それは変じゃないか。
あと意地悪な女子3人組まで、全面的に応援じゃないけど少し離れて拍手するけど、ここの変化も変でしょ。まだ病気のことも知らないんだし。高山のシーンで急に「真面目にALSを取り扱っていますよ」とアピールするが、そんなのは申し訳程度に過ぎない。5分にも満たないし、たった1シーンで終わるしね。
で、莉乃がALSをクラスメイトに打ち明けるのは、本編の残り10分ぐらい。そして彼女は「卒業したいから力を貸してほしい」と涙で頼むが、このシーンに至るタイミングが遅すぎる。
で、その途端に意地悪3人組が率先して協力を申し出て、すぐに全員が快諾し、すぐシーンが切り替わって卒業式になる。
「いや過程は?」と言いたくなるぞ。そこ、ものすごく大事だろ。
あとさ、ライバル剣道部の存在って、何だったのよ。まるで要らないだろ、そこって。もはや蓮が剣道部という設定すら、ほぼ無意味と化しているぐらいなんだし。(観賞日:2022年7月13日)