『劇場版 奥様は、取り扱い注意』:2021、日本

伊佐山菜美は特殊工作員だった頃、中央アジアで人質を救出するために敵のアジトへ侵入した。彼女は敵の部隊を蹴散らして人質の元へ向かうが、それは罠だった。罠を仕掛けたのは、菜美に弟を殺されて恨みを抱くロシア諜報員のドラグノフだった。ドラグノフに襲われた菜美はガラス片で左目に斬り付け、駆け付けたヘリコプターで逃亡した。その頃の夢を見て目を覚ました菜美は現在、桜井久実という名前の専業主婦になっていた。
菜美が住んでいるのは海辺の珠海市で、家の近所にはメタンハイドレード研究所の建設設予定地があった。菜美は小林大吾と果穂の夫婦が営む馴染みの八百屋へ行き、野菜を買った。市長の坂上洋子はメタンハイドレード研究所の建設を推進しており、「珠海の自然を守る会」の代表を務める五十嵐晴夫は阻止するために市長選への立候補を表明していた。市役所を出ようとした坂上はマスコミに囲まれ、新聞記者の増田直志はメタンハイドレード研究の第一人者である大学教授の北原賢二が行方不明になった件について意見を求める。しかし坂上は何も答えず、用意された車に乗り込んだ。
菜美は過去の記憶を失っており、桜井裕司と名を変えた勇輝と暮らしていた。勇輝が数学教師として働く高校は、メタンハイドレードの調査を請け負う調査会社を経営する横尾義文から多額の寄付を受けていた。横尾は学校を去る時、科学教師の矢部真二に気付くと軽く会釈した。その様子を見た勇輝が「お知り合いなんですか」と尋ねると、矢部は「いえ別に」と答えた。その夜遅く、ガラの悪い若者たちが「珠海の自然を守る会」の事務所を荒らすが、目当ての物は見つからなかった。翌朝、知らせを聞いて駆け付けた会のメンバーの中には、矢部の姿もあった。
菜美は精神科医の三枝礼子の元に通い、カウンセリングを受けていた。彼女が「どこかで自分が戦っている生々しい変な夢を見る」と相談すると、礼子は格闘ゲームの影響だろうと告げた。18ヶ月前、菜美は家に乗り込んできた工作員たちと戦った時、銃撃を受けた。幸いにも致命傷ではなかったが、その影響で菜美は記憶を失ったのだった。勇輝は池辺章から、新たな任務を与えられた。国は珠海市の沖合にあるメタンハイドレードの調査を、グローバルマネーホールディングス社傘下の調査会社に委託した。しかしロシアに金が流れている疑いがあるため、勇輝は横尾の調査を指示された。池辺は菜美を連れて行くよう指示し、「記憶が戻っても協力者にならなければ始末するんだ」と命じた。勇輝は意識を取り戻した菜美に、公安が用意した偽の夫婦関係を詳しく説明した。
現在。大型の台風9号が接近し、珠海市は暴風域に入った。庭に出た菜美は、落ちているビー玉に気付いて拾い上げた。テレビのニュース番組では、増田が転落死したことが報じられていた。翌日、菜美が台所で夕食の準備を始めていると大きな音が聞こえ、振り向くとビー玉が転がっていた。勇輝はGPSと隠しカメラを使い、自宅にいる菜美を監視していた。坂上はロシア船籍のメタンハイドレード調査船の視察に赴き、同行した横尾が案内役を担当した。横尾はグローバルマネーホールディングスの社長である浅沼信雄から電話を受け、席を外した。メタンハイドレードの調査にロシア船を使い続ければ最低でも年間20億円はロシアに流せるため、浅沼は「絶対にアレを回収して市長を当選させろ。手段は選ばん」と横尾に命じた。
浜辺で買い物をした菜美は、猛スピードで走って来るトラックを目撃した。一瞬だけ目を閉じた彼女は、ぶつかる寸前で冷静にトラックを避けた。運転者の老人はブレーキを踏まず、トラックは「珠海の自然を守る会」の事務所に突っ込んだ。近くにいた岩尾珠里という青年は、菜美を心配して駆け寄った。警察はブレーキの踏み間違いによる事故として処理するが、五十嵐は納得できなかった。彼は菜美や連絡を受けて駆け付けた勇輝たちの前で、市長選に立候補してから脅迫や嫌がらせが続いているのだと明かした。
五十嵐が「市長派の嫌がらせだ」と主張すると、同席していた矢部が「市長はそんな卑怯な人間じゃありません」と否定した。五十嵐は菜美と勇輝に、洋子は矢部の元妻なのだと教えた。五十嵐や矢部たちは珠海市の唯一の財産が美しい海だと考えており、それを失うことを懸念していた。トラックの一件があって以来、菜美は常に気持ちが張り詰めて、些細な物音にも敏感に反応するようになった。菜美が記憶を失った原因は交通事故とされており、相談を受けた礼子は「その時のことがフラッシュバックされて一時的に神経が過敏になっているんでしょう」と安定剤を処方した。
勇輝は帰国した上司の神岡恭平と密会し、しばらくはメタハイ反対派を探るよう指示された。五十嵐の仲間である老人は、夜道でチンピラたちに襲撃された。買い物に出掛けた菜美は、珠里に遭遇して礼を述べた。不良グループが中学生の少年を囲んでカツアゲする現場を目撃した菜美は、駆け寄って注意した。すると珠里が不良グループを制圧し、その場から退散させた。珠里は経営するスナック『Change』に菜美を連れ帰り、気が向いた時にコスプレイヤーとして活動していることを明かす。珠里と別れた菜美は浜辺で佇んでいる時、海にカメラを向けている矢部と遭遇した。矢部の趣味は珠海の海を撮ることで、菜美に写真を見せた。帰宅した彼女は、海辺でカフェを経営する夢を抱いたことを勇輝に明かした。
翌日、五十嵐と仲間たちは警察署へ出向き、メンバーが襲われているのに守らないことを抗議する。しかし対応した刑事は適当にあしらい、来訪した横尾を丁重に迎えた。菜美は『Change』へ行ってカフェを始める夢を珠里に語り、料理を教えてもらった。珠里と街へ出た菜美は、彼が語る料理のコツをメモした。ビラ配りをする矢部を見掛けた珠里は、慌てて背中を向けた。彼は「急に用事を思い出しちゃって」と言い、逃げるように去った。
部活の顧問を引き受けたと言っていた勇輝が矢部たちと一緒にビラを配っていたので、菜美は驚いた。腹を立てる菜美に勇輝は嘘を謝罪し、「反対派には嫌がらせもあるし、君を巻き込みたくなかったんだ」と釈明した。菜美が「他にも嘘をついてるの?私の過去や、出会った時のことも」と質問すると、勇輝は「他に嘘は無い」と告げた。勇輝は菜美を丘の上にある売地まで連れて行き、一緒にカフェを始める場所として勧めた。
翌日、自転車で家を出た菜美は、五十嵐を尾行する5人のチンピラたちを目撃して後を追った。GPSを見ていた勇輝は異変を察知し、学校を飛び出した。リンチされる五十嵐を眺めていた菜美は、チンピラたちに見つかった。腹を殴られた彼女は、記憶を取り戻した。彼女は2人のチンピラを軽く叩きのめすが、激しい頭痛に見舞われた。そこへ勇輝が駆け付け、襲って来るチンピラを昏倒させた。残る2人のチンピラは、怯えて逃げ出した。菜美は気絶し、勇輝が病院に運び込んだ。
意識を取り戻した菜美は、記憶が戻っていないように装った。見舞いに来た矢部は、五十嵐は無事だったこと、精神的ショックの大きさで市長選への出馬を取り止めると言い出したことを語った。病院へ来た珠里は、矢部が病室にいるのを知って中に入らなかった。彼は珠里の話を聞いて、病院を後にした。退院した菜美は、「過去なんか捨てて、貴方との今を大事にして生きて行く」と勇輝に告げる。すると勇輝は、「過去を捨てる必要なんて無い。俺の気持ちは変わらない。君は君のままでいいんだ」と述べた。
菜美は礼子のカウンセリングでも、記憶が戻ったことは明かさなかった。礼子は公安の人間であり、勇輝に「彼女が嘘をついている兆候は見つかりませんでした」と報告した。珠里に電話で呼び出された菜美は、『Change』でのバイトを頼まれた。菜美から話を聞いた勇輝は難色を示すが、結局は承諾した。横尾はドライブの隠し場所を五十嵐が知っていると部下から聞き、激しい苛立ちを示した。彼は浅沼からの電話で、公安が嗅ぎ回っていることを警告された。ドラグノフはヴォルコフと名乗り、部下たちを引き連れて横尾のオフィスに現れた。横尾は歓迎しようとするが、ドラグノフは冷たく突き放してオフィスを占拠した。
勇輝は『Change』で仕事を始めた菜美を心配し、密かに店の近くで監視していた。反対派メンバーを尾行したチンピラたちは、顔を隠した黒いコスチュームの人物に撃退された。勇輝は生徒たちの会話で、黒いコスチュームの女性がチンピラたちを次々に退治しているという噂を知る。女性の正体が記憶を取り戻した菜美ではないかと考えた彼は、「珠海の自然を守る会」の事務所を張り込んだ。その夜もチンピラたちが反対派メンバーを狙うが、黒いコスチュームの人物に退治された。
現場に駆け付けた勇輝は黒いコスチュームの人物を追跡するが、その正体は女装した珠里だった。そこへ矢部が通り掛かり、珠里を見て驚いた。珠里は矢部が空手部の顧問をやっていた時の生徒で、菜美に店番を頼んでチンピラたちを退治していたのだ。『Change』に来た勇輝に、彼は「五十嵐さんに立候補を断念させた調査会社は裏で警察を買収してる」と語る。話を聞いた矢部は、「五十嵐さんには立候補を取り止めてもらう。君たちを危険な目に遭わせるわけにはいかない。だが珠海の海は必ず守る」と述べた。
勇輝は矢部を車で事務所へ送り、入院した五十嵐から頼み事をされたと聞く。北原の研究データが調査船で発見され、五十嵐は増田から隠し場所を手紙で教えられていた。五十嵐は矢部に、データを取りに行って欲しいと依頼されたのだ。そのデータがあれば、珠海の沖合でメタンハイドレードが見つかったとしても10年で尽きてしまうことが証明されるのだと五十嵐は矢部に語った。矢部はデータを洋子に渡し、目を覚ましてもらおうと考えていた。勇輝はドラグノフの手下たちに菜美のことで脅しを掛け、「今の生活を失いたくなければ、お前1人でドライブを持って来い」と要求した…。

監督は佐藤東弥、原案は金城一紀、脚本は まなべゆきこ、製作は沢桂一&山田克也&堀義貴&市川南&藤本鈴子&菊川雄士、エグゼクティブプロデューサーは伊藤響&福士睦&西憲彦、プロデューサーは枝見洋子&飯沼伸之&和田倉和利&坂本忠久、撮影は柳島克己、照明は鈴木康介、美術は清水剛、録音は藤丸和徳、アクション監督は栗田政明、編集は宮島竜治、VFXスーパーバイザーは小坂一順&渡邊祐示、音楽は得田真裕。
出演は綾瀬はるか、西島秀俊、小日向文世、檀れい、前田敦子、鈴木浩介、岡田健史、鶴見辰吾、六平直政、佐野史郎、みのすけ、セルゲイ・ヴラソフ、中林大樹、浅利陽介、やしろ優、渕野右登、イゴリ、家納ジュンコ、立石涼子、たかお鷹、中村彰男、越塚学、吉野正弘、渡辺憲吉、徳橋みのり、尾関伸次、田中総元、大友律、矢作マサル、中野順一朗、滝川拳、有坂郁弥、三木一輝、島洋平、長谷川修、阿部優哉、佐野陽彩、木村一翔、増田英美、木直子、ペロリ、大間剛志、澤純子、新野アコヤ、古屋治男、渡辺創介、千大翼、千大佑、佐々井隆文、辻創太郎、城明男、森本武晴、松本銀二、福田航也、一條恭輔ら。


日本テレビ系で放送されたTVドラマ『奥様は、取り扱い注意』の後日談を描いた劇場版。
監督は『映画 ST 赤と白の捜査ファイル』『カイジ ファイナルゲーム』の佐藤東弥。
脚本は『近キョリ恋愛』『オオカミ少女と黒王子』のまなべゆきこ。
菜美役の綾瀬はるかと勇輝役の西島秀俊は、TVシリーズからのレギュラー。
他に、池辺を小日向文世、洋子を檀れい、礼子を前田敦子、矢部を鈴木浩介、珠里を岡田健史、神岡を鶴見辰吾、五十嵐を六平直政、浅沼を佐野史郎、横尾をみのすけが演じている。

そもそも『奥様は、取り扱い注意』の劇場版という時点で厳しい企画だとは思うのだが、それでもゴーサインが出た以上、少なくともTVシリーズの視聴者は確実に掴むための戦略を練るべきだろう。
しかし本作品は、TVシリーズの視聴者が評価していたであろう要素を、ことごとく排除しているようにしか思えない。
削ぎ落されている要素を具体的に挙げると、「レギュラー出演者が2人しか残っていない」「菜美の専業主婦としてのコミュニティーが無い」「コミカルな味付けが無い」という辺りになるだろう。

まず「レギュラー出演者が2人しか残っていない」という段階で、ものすごく大きなマイナスだと言わざるを得ない。
TVドラマの劇場版を製作する時に、まずは「出来るだけレギュラー陣を続投させる」ってのを最優先で考えるのが基本だ。にも関わらず、この映画は主演の2人しか続投していない。
まさか、「綾瀬はるかと西島秀俊がいればTVシリーズの視聴者は満足してくれるだろう」と思ったわけでもあるまい。
もちろん、「あの最終回から話を続けようとしたら、レギュラー陣を出すのは難しい」という考えだったんだろう。
それは理解できるが、理解した上で「それでも何とかすべきだった」と言いたくなるぞ。

「菜美の専業主婦としてのコミュニティーが無い」という問題も、そこに関連している。
TVシリーズの最終回を考えると、菜美が今までと同じ場所で暮らし、今までと同じ生活を続けるのは無理ってことだろう。
だから、TVシリーズで描かれていた「主婦仲間との交流」も消滅しているわけだ。
事情は分かるが、「だから映画化は厳しい」ってことなのよ。
それでも映画化を決めたのなら、強引な手を使ってでも、TVシリーズのご近所関係を引き継ぐべきだったと思うぞ。

しかも、そこを使わないのなら、新たな場所で別の主婦コミュニティーを用意しているのかというと、そんなのも無いわけで。
小林夫妻は「ご近所さん」とは言えないし、そんなに菜美との関係描写も多くないし。
で、この2つを排除するにしても、せめてコミカルな味付けは踏襲できたはずだが、ここもシリアス一辺倒にしてある。
「菜美が記憶を喪失しているから」ってのが理由だが、「だったら仕方がない」なんてことは微塵も思わない。明らかに方向性を間違えているとしか思わない。

さんざん言い尽くされていることだろうが、『奥様は、取り扱い注意』はアメリカ映画『Mr.&Mrs. スミス』に良く似ている。
実際に模倣したかどうかは置いておくとして、「綾瀬はるかが凄腕の特殊工作員」という設定の時点で、シリアスに演出しても厳しいことは明白だ。
だからこそ、コミカルなテイストにするのは絶対に必要な作業のはず。
それなのに、なぜか劇場版では『ボーン・アイデンティティー』の要素を乗っけて、シリアス一辺倒にしているのだ。

っていうかさ、まだシリアス一辺倒ってだけなら、何とか解決策はあったかもしれないのよ。「ヒロインが綾瀬はるかだし」という問題はひとまず置いておくとすれば、「緊迫感たっぷりの息詰まる攻防とか、「次から次へとアクションのつるべ打ち」みたいな内容にすれば、それなりに体裁は整った可能性もある。
だけど、単にシリアスってだけじゃなくて、やたらと暗いんだよね。
その理由は簡単で、記憶喪失のヒロインが陰気だからだ。
もうさ、「何もかも間違っている」という状態なのよ。何から手を付けていいのか頭を抱えてしまうぐらい、問題が山積みの映画なのだ。
この企画で、良くゴーサインが出たな。

菜美は記憶喪失なので、珠海で起きている問題に積極的に絡むことは無い。少しだけ巻き込まれるが、動きは鈍い。
基本的には、メタハイ賛成派による緊張感も奥深さも無いチンタラとした陰謀と嫌がらせが描かれるだけで、話を進めているのだ。
「切ない夫婦愛のドラマ」か何かで、観客を引き付けようとでも思っていたのか。
TVシリーズを見ていた人は「ヒロインは伊佐山菜美で夫は勇輝」と覚えているのに、映画では終盤に到達するまで「桜井久実と裕司」として行動しているのも、ただのマイナスでしかないし。

後半に入ると、「黒ずくめの人物がチンピラたちを退治する」という展開が訪れる。
正体は菜美じゃないかと思わせて観客を引き付けようとしていることは、誰の目にも明らかだろう。そうじゃなかったら、わざわざ顔を隠したりしないからね。
でも残念ながら、そいつが菜美じゃないことは、最初から何となく分かっちゃうのよね。
でも実のところ、「菜美じゃないことがバレバレか否か」ってのは、重大な問題ではない。
決定的な問題は、「そんなの、どうでもいい」ってことなのだ。

そういう要素で観客を引き付けようとしていること自体が過ちであり、もっと他の部分で物語を引っ張るべきなのよ。
せっかく菜美が記憶を取り戻したのに、それを巡るドラマで面白くしようという意識が全く見られないのは、どういうことなのかと。
この流れだと、菜美が記憶を取り戻すタイミングを終盤まで引っ張ったとしても、大して変わらないじゃないか。
それは「黒ずくめの人物が菜美じゃないか」というミスリードのために利用されているだけで、それ以外では何の役にも立っていないのだ。

冒頭で菜美とドラグノフの因縁が描かれているので、もちろん後でドラグノフが再登場した時、そこの対決がクライマックスにあることは誰にでも分かるだろう。
そもそもネタバレだが、ドラグノフはデータ目当てで出張ってきたわけではない。勇輝を脅してデータを渡すよう要求するのも、菜美をおびき出すための作戦だ。
それ以外にも、これまたネタバレだが、「神岡が菜美の情報をドラグノフに流していた」「公安が神岡を誘い出すために菜美を囮として利用していた」という事実が終盤に入って明らかにされる。
だけど、そういう幾つもの陰謀とか、どうでも良くないか。
この映画が追及すべき方向性として、大きく間違えているような気がしてならない。

(観賞日:2022年8月22日)

 

*ポンコツ映画愛護協会