『劇場版 MOZU』:2015、日本

日本中の人々は夢で「ダルマ」という謎の男を目撃しているが、実在するかどうかは不明だ。人によって、ダルマが夢の中で起こす行動は異なっている。また、大きな未解決事件の裏には、必ずと言っていいほどダルマの存在が見え隠れする。しかしダルマの真相に辿り着いた人間は、誰一人として存在しない。警視庁公安部特務第一課捜査官の警部である倉木尚武も、やはりダルマについては何の情報も得られていなかった。倉木は妻と娘を亡くしており、心の傷は今も癒えていない。
公安部の明星美希は、妹・香織の娘である胡桃と杏珠を可愛がっている。彼女は父を亡くしているが、無言電話が続いていることから、まだ死を認めていない。警視庁刑事部捜査一課を辞めた大杉良太は、私立探偵に転職している。大杉は娘・めぐみと会うことになり、明星を呼び出してプレゼント選びに協力してもらう。東京港区のトランスタワービルに権藤剛という男が仲間2人を率いて乗り込み、爆破テロ事件を起こす。彼らは散弾銃を発砲してビルの42階を占拠し、大勢の人質を取る。
現場へ到着した公安の村西悟は、警察庁警務局の津城俊輔が来たのを見て驚く。「犯行グループに警察内部の人間が?」と問われた津城は、「そうだとすれば、その人間を特定し、マスコミに知られる前に処理しなければならない」と語る。犯行グループは動画サイトにアップした動画で日本政府に5億ドルを要求し、応じなければビル周辺全体を爆破すると脅迫する。現場周辺からは、爆弾と思われる不審物が次々と発見される。
倉木が歩いていると、目の前の道路でペナム共和国の大使館の車がテロ集団に襲撃される。一味はペナム共和国前大統領第二夫人のリナと娘のエレナを拉致しようとするが、倉木が全員を始末して立ち去った。電話で確認を取った権藤は、無言だったことで作戦の失敗を悟る。彼は仲間たちに撤収を指示し、フライングジャケットで窓から逃走した。明星たちが拉致未遂現場に到着し、負傷したリナは病院へ搬送される。エレナは現場から姿を消していたが、大杉が発見した。
爆破テロ事件の現場を見た津城は、壁にQの鏡文字が残されていたことから、新谷宏美の模倣犯だと解釈する。簡単に逃げたことへの疑問を村西が口にすると、津城は「別の目的があるのでしょう」と告げた。明星は現場の監視カメラを確認し、倉木がテロ集団を倒したと知る。一方、一連の事件を主導した犯罪プランナーの高柳隆市も監視カメラの映像で倉木の関与を知り、権藤に「作戦変更だ。彼は我々の仲間になれる」と述べた。
明星と村西は倉木を呼び出し、爆弾は偽物で拉致が本当の目的だったと話す。倉木は犯人グループが母親ではなく娘を狙ったと見抜いており、保護したのかと尋ねる。明星は母親から外交特権で署に連れて行くことを拒否され、大使館の封鎖が解けるまで一時的に匿っていることを話す。大杉は探偵事務所で16歳のエレナを保護するが、知的障害があって言葉も満足に話せないので苦労する。父親は日本人だと思われるが、明星たちが調べても情報は出て来なかった。
明星から力を貸してほしいと頼まれた倉木は、「俺には関係ない」と断った。リナは意識不明で警察病院に入院していたが、東京消防庁の人間に化けて潜入した権藤によって殺害された。大杉はめぐみに会いに行くが、娘は事務所へ移動していた。めぐみが捜査一課の加藤&向井と一緒にいると、権藤が乗り込んで来た。彼は加藤と向井を殺害し、エレナを捜す。しかし見つからなかったので、めぐみを連れ去る。大杉はエレナを守るため、鳴宮啓介に預けていたのだ。
倉木はエレナの安全を確保するよう大杉に指示し、連中が明星を狙うかもしれないと考えて行動しようとする。そこへ津城が現れ、倉木に「今回の件に関わるな。私も関わらない」と告げる。倉木が詳しい事情説明を求めると、津城は「私は知り過ぎた。ダルマに辿り着いてしまったんだよ」と述べた。倉木が明星の部屋へ赴くと、床には血の跡が残されていた。彼が浴室へ入ると、逆さになった足の絵が壁に描かれていた。倉木が津城の元へ行くと、彼は拳銃でくわえた状態で死んでいた。
倉木が大杉、鳴宮、村西と一緒にいると、高柳が美希の携帯から電話を掛けて来た。彼はめぐみと美希を人質に取っていることを明かし、エレナとの交換を要求した。高柳は倉木に「指定された場所に連れて来るんだ。彼女の父親が会いたがってるんだよ。それと、君は我々と会わなければならない」と言い、津城を始末したことを明かす。彼はエレナの父親を「先生」と呼び、「先生は常に満たされていなければならない。特別なんだ。先生を満たし続けるためなら、私は何だってする。ペナム共和国へ来い」と告げて電話を切った。
倉木、大杉、村西はペナム共和国へ行くが、人身売買組織の連中にエレナを連れ去られる。組織のボスはエレナのうなじにバーコードがあるのを見つけると、「まずいぞ。どこからこの女をさらってきた?」と手下たちに言う。ボスはエレナを抱えて別の場所へ行き、「最初からここにいたと言うんだ」と告げる。倉木はボスの元に現れ、叩きのめしてエレナを保護する。そこへ高柳が姿を見せると、ボスは「知らなかったんだ」と釈明する。高柳は謝罪するボスを許さず、ナイフを投げて殺害した。彼は「君には必ず先生に会って頂く」と言い、先生の名前が吉田駒夫と告げて去った。
東和夫はアジトのベッドに寝かされている吉田の元を訪れて「御無沙汰していました。ここは、貴方の最期にふさわしくない」と言い、その場を去った。倉木は大杉と村西に合流し、エレナの父が死んだと思われていた吉田駒夫だと話す。吉田駒夫は戦時中に武器商人として巨万の富を得て、終戦時にアメリカと誰よりも早く繋がった。戦後は右翼やヤクザのような裏の人間を使って政治家たちを手中に収め、日本の首相を決めるほどの大物に上り詰めた。
倉木は明星を拉致したのが顔見知りだと確信しており、村西を疑って暴行する。村西は殴られ続け、意識を失った。翌日、大杉は倉木に「めぐみのことは俺が何とかする」と言い、別行動を取ることにした。倉木は町で発砲事件を起こし、わざと警察に逮捕される。すると覆面の男たちが襲撃し、倉木を村西の元へ連行した。村西は昨夜の仕返しとして、吉田の元へ連れて行くトラックで倉木を激しく暴行する。一方、大杉が指定された場所へエレナを連れて行くと、権藤と手下1人がめぐみを捕まえて待ち受けていた。
権藤は人質交換を終えた途端、待機させておいた大勢の手下たちに銃を構えさせた。大杉はエレナのベストに巻き付けた爆破装置で脅迫し、彼女を奪還して逃げようとする。東は手下たちを引き連れてトラックを襲撃し、倉木を助けて「お前を止めに来たんだよ。奴は本物だ。会ったら最後、二度と引き返せなくなる。奴と会えば、お前も必ず俺と同じ考えに辿り着く」と話す。「俺は辿り着く場所を間違えたりしない」と倉木が言うと、彼は「さすが俺の倉木だ。そう言ってくれると思ったよ」と喜び、吉田の居場所を記したスマホを渡した。彼は「奴が復活する前に殺せ。じゃなきゃ後悔することになる」と告げ、その場を立ち去った。
大杉はベストを権藤たちに投げ付けて爆発させ、その隙に逃走を図る。しかし権藤は大杉の首を突き刺し、エレナに注射を打つ。権藤がめぐみを始末しようとしたところへ、新谷和彦が現れる。彼は手下たちを殺害し、宏美の模倣犯である権藤を始末した。倉木は波止場で身体検査を受け、吉田のいる巨大タンカーへ案内される。高柳は「何か企んでいるようだが、馬鹿な考えはやめなさい」と言い、倉木を吉田の元へ案内する。老齢の吉田は臓器移植を必要としており、一番の適合者がエレナだった。
高柳は「君は日本を動かす我々の歯車になるんだよ。倉木千尋がそうだったように。もちろん断れば犠牲者が出る」と言い、断れば明星を殺すと告げる。高柳は雫の死の真相を知っていると明かし、正式な歯車になれば教えると告げる。倉木は敵の拳銃を奪い、「俺の家族に何をした?」と高柳に詰め寄る。彼は吉田に銃を突き付けるが、弾丸は入っていなかった。倉木は外へ連れ出されるが、手下たちを倒す。タンカーは大爆発を起こすが、倉木は海へ飛び込んで助かる。日本へ戻った彼は、京都サミットの警備統括責任者に任命された…。

監督は羽住英一郎、原作は逢坂剛 百舌シリーズ(『百舌の叫ぶ夜』ほか)、脚本は仁志光佑、エグゼクティブプロデューサーは平野隆、Co.エグゼクティブプロデューサーは青木竹彦、スーパーバイジングプロデューサーは安藤親広、プロデューサーは渡辺信也&井上衛&森井輝、共同プロデューサーは辻本珠子&武田吉孝&前田菜穂、ラインプロデューサーは古屋厚、撮影は江崎朋生、照明は三善章誉、録音は柳屋文彦、アクションコーディネーターは諸鍛冶裕太、美術は北谷岳之、編集は西尾光男、VFXスーパーバイザーはオダイッセイ、音楽は菅野祐悟。
出演は西島秀俊、香川照之、真木よう子、小日向文世、長谷川博己、池松壮亮、伊藤淳史、ビートたけし、松坂桃李、伊勢谷友介、阿部力、杉咲花、石田ゆり子、小泉彩、音月桂、マーシュ彩、平山祐介、五刀剛、岡本光太郎、篠川桃音、平澤宏々路、佐藤貢三、市川猿四郎、長峰由紀(TBSアナウンサー)、安東弘樹(TBSアナウンサー)、升田尚宏(TBSアナウンサー)、佐藤渚(TBSアナウンサー)、信太昌之、佐伯かおる、ピエール・グレシエ、富永研司、佐藤賢一、縄田雄哉、村井亮、北村海、宇田卓也、宮川連、平木ひとみ、向田翼、東山龍平、曽原義智、藤井祐伍、横田遼、内川仁朗、井口尚哉、岡田和也、石井靖見、寺本翔悟、岸本康太、蔦宗正人ら。


逢坂剛の小説『百舌の叫ぶ夜』『幻の翼』を基に、TBSとWOWOWの共同制作で放送されたTVドラマの劇場版。TVドラマは「Season1」がTBS系、「Season2」がWOWOWで放送された。
監督のと脚本の仁志光佑は、いずれもTVシリーズからの続投。
倉木役の西島秀俊、大杉役の香川照之、明星役の真木よう子、津城役の小日向文世、東役の長谷川博己、和彦役の池松壮亮、鳴宮役の伊藤淳史、大杉めぐみ役の杉咲花といった面々は、TVシリーズのキャスト。
他に、ダルマをビートたけし、権藤を松坂桃李、高柳を伊勢谷友介、村西を阿部力、エレナをマーシュ彩が演じている。

ダルマ(吉田駒夫)をビートたけしが演じることは、公開前から大々的に宣伝されていた。
彼の訴求力に期待していたんだろうが、その戦略には大きなマイナスもある。
この作品はTVシリーズを通して、「誰も正体を知らず、実在するかどうかも分からない謎の人物」としてダルマを描いて来た。
それなのに、この映画では公開前から正体がビートたけしだと分かっているのだ。
なので劇中で初めてダルマの姿が登場しても、何の驚きも無いのである。

もう1つの問題として、「そもそもダルマの正体を明らかにすること自体が間違いじゃないのか」ってことが挙げられる。
それは「幽霊の正体見たり枯れ尾花」になっている印象を受けるのだ。
実際、ダルマは登場した時点では、もう死に掛けのジジイに過ぎない。臓器移植で復活しても、あっけなく死亡する。
まるで巨悪としての歯応えが無いのである。
あと、何しろ演じているのがビートたけしなので、演技力という部分で難があるのよね。これも大きなマイナスだわ。

この映画は序盤から、ヤバい匂いがプンプンと漂っている。
まず、高層ビルが爆破され、散弾銃が発砲されるシーンからして、もうヤバい雰囲気が漂う。
いきなり派手なアクションで始めたいのは分かるが、発砲の前に爆破を起こす意味が全く無い。
爆破するなら、それ自体を犯行の目的にするべきじゃないかと。
人質を取って立て籠もるのが目的なら、そのフロアで「誰も死なない程度」の爆発を起こす意味が良く分からない。

テロ集団はガスマスクを装着してフロアへ乗り込むが、すぐに外して素顔をさらしてしまう。
だったらマスクをしている意味は何なのかと。装着しているのはガスマスクだけど、爆発でガスが発生するから危険ってわけでもないし。
っていうか、それなら最初から爆発なんて起こさず、ただ銃を構えて乗り込むだけでいい。
で、マスクを外した権藤は、「死は誰にでも訪れる。諦めろ。俺がここに来た時点で、もうここに希望は無い」と薄笑いで言う。
その時点で「カッコ付けてるけどカッコ悪い」の典型的な例になっているのだが、その後には甲高い声でキャハハハと笑うシーンもあって、さらに止めを刺してくれる。

倉木が歩いていると、目の前でテロ集団が車を襲って拉致事件を起こそうとする。
決してテロ集団は、倉木を巻き込もうとしたわけではない。拉致事件を起こそうとした時、たまたま倉木が近くを歩いていただけだ。ものすごく分かりやすい御都合主義だ。
で、倉木は超人的な活躍を見せ、たった1人で全員を軽く始末する。「お前はスティーヴン・セガールか」と言いたくなるが、そういうキャラってことなら仕方が無い。
そして、その時点で我々は、「ああ、マジじゃないんだ、この映画」と気付かねばならない。
ちなみに「困った時には御都合主義。不自然さとか強引さなんてお構いなし」ってのが、この映画で大切にされているルールである。

途中で「こんだけ次々に事件が起きているのに、警察は全く動かないんだな」と感じたのだが、すぐに「そうか、倉木や明星が警察の人間だったわ」と思い出した。
ようするに、この映画って警察の人間が動いているのに、警察という「組織」が見えないのよね。
それぞれが単独で勝手に動いている。せいぜい少数グループで動いているという印象なのだ。
いや印象っていうか、事実だよな。
最初から最後まで、組織としての動きは(倉木たちを止めようとする方向の動きも含めて)見えない。

最初に爆破テロ事件が発生し、続いて拉致未遂事件が起きる。
これは同じグループによる犯行で、すぐに「実は爆破テロが囮で拉致が本当の狙いだった」ってことが明らかにされる。
しかし、「拉致事件を成功させるために爆破テロ事件を起こす」ってのが、そんなに利口な計画だとは全く思えない。
「近くのビルを爆破事件が起こし、エレナとリナが避難するように仕向けて襲撃する」という計画だったらしいが、かなり無理のある理由付けにしか感じない。

犯罪プランナーの高柳は、ペナム共和国へ来るよう倉木に要求する。
人質を交換するだけなら、日本でもいいはずだ。
後から「わざわざペナム共和国まで行かなきゃならない理由」が説明されるのかというと、そんな手順は何も無い。それはスケールの大きさを出すためだけに用意された展開だ。
しかし幾らスケールの大きさを出そうとしても、行き先が架空の国という時点で、その成果は全く期待できない。
そこは実在する国じゃないと、何の意味も無いのだ。

倉木たちはペナム共和国に到着して早々、エレナを人身売買組織の連中に拉致される。すんげえボンクラだが、それは「倉木に組織のボスと格闘アクションをさせる」という手順のための展開だ。
ちなみに倉木は、あっさりとボスの居場所を見つけるが、それは前述した本作品のルール、つまり御都合主義なので受け入れるように。
で、予定通りのアクションに入るが、意外に淡白な描写で終わる。ところが、その後には「エレナがビルから落下しそうになり、倉木が手を伸ばして救助する」というシーンが用意されている。
なるほど、そういうこともやりたかったわけだ。
ものすごく不自然なシーンだが、それも本作品では受け入れるべきことだ。

今回の映画版に殺し屋の「百舌」である新谷宏美は登場しないし、彼に関わる事件が描かれるわけでもない。
なので『劇場版 MOZU』というタイトルは、実は内容と合っていないとも言える。
権藤は百舌の模倣犯だが、そんなに大きな意味があるわけではない。
それに関連して宏美の兄である和彦は登場するが、話の流れには全く乗っていない。彼は大杉のピンチに権藤を殺すためだけに登場する、デウス・エクス・マキナに過ぎない。
言ってみれば、それもまた御都合主義である。

TVシリーズを見ていなければ、話に付いて行くことは難しい。
それは当然っちやあ当然なのだが、今回は地上派だけじゃなくSeason2がWOWOWで放送されているので、そこで一気にハードルが上がる。
ただ、「TVシリーズを見ていなかったらサッパリ分からなかった」と嘆いている人がいたら、重要な情報を教えよう。
この映画、TVシリーズを見ていたとしても、やっぱり話を把握するのは至難の業だ。
何が何やら、サッパリ分からないのである。

っていうか、そもそもマトモにストーリーテリングをやろうという意識を感じないのだ。
「とりあえず派手な事件、見栄えのする事件を次々に配置しておけばいいんでしょ」ってな感じで、見事なぐらい雑な構成になっている。
そして、それぞれの事件が起きると、関わった誰かが人間離れした能力を発揮して敵を倒す。
倉木が超人的な活躍を見せると前述したが、超人は彼だけではないのだ。東や和彦たちも、その場に応じて超人的な能力を披露してくれる。
なので、頭をカラッポにして、キャハハハとイカれた笑いを浮かべるキチガイ殺人鬼役の長谷川博己と松坂桃李の演技合戦でも楽しめばいいんじゃないかな。
とにかくマジになったら負けだよ、この映画。

(観賞日:2017年4月24日)

 

*ポンコツ映画愛護協会