『恐竜 怪鳥の伝説』:1977、日本

1977年夏、富士山麓の青木ヶ原。自殺志願者の高見弘子が誤って穴に落ち、意識を失った。彼女が目を覚ますと、そこは氷の洞窟だった。近くにあった巨大な卵にヒビが入り、中にいた生物の目がギョロリと弘子を睨んだ。悲鳴を上げて逃げ出した彼女を、工務店の作業員たちが助けた。石材会社「ユニバーサル・ストーン」嘱託社員の芦沢節は、空港のターミナルにやって来た。テレビのニュース番組では、青木ヶ原で石の卵が発見されたことが報じられていた。発見者の弘子は病院に収容されたが、「大きな石の卵、氷の壁」と意味不明なうわ言を残したまま、昏睡状態が続いていた。
ニュースを見た芦沢は、メキシコ出張をキャンセルした。会社に戻った彼は、社長の宮脇昌彦に「僕の父が生前、同じ物を発見してるんです。場所も同じ青木ヶ原でした」と言う。芦沢の死んだ父は古生物学者で、芦沢自身も地質学の専攻だった。確かめに行こうとする芦沢に、宮脇は「幾ら君が嘱託でも、社員たちの手前もある」と難色を示した。すると芦沢は、彼に「話の卵は恐竜か翼竜の卵だったら、どうします?」と問い掛けた。
芦沢はジープで青木ヶ原に入り、卵を探しに行こうとするが、激しい地震に見舞われて気を失った。ベッドで意識を取り戻した彼の傍らには、椋正平という男がいた。「ここ、どこですか」と芦沢が尋ねると、彼は「君の親父さんの小屋だった」と言う。椋は芦沢の父の弟子だった。その部屋には、芦沢の父が見つけた石の卵が保管されていた。卵を見せられた芦沢は、「もっと発見できれば、化石は今や石材としても大変な価値がありますからね」と口にした。
椋は「やっぱり金儲けか。俺はね、富士の山のことでは、よく論争したもんだよ。俺は、これは蛇の卵だと言ったんだが、親父さんは恐竜の卵だと言って聞かなかった。頑固な人だった」と芦沢に話す。芦沢が樹海の案内を頼むと、彼は「金儲けの手伝いをするのは御免だ」と断った。一方、カメラマンの小佐野亜希子と助手の園田淳子は、西湖で写真を撮影していた。浮上した2人は、大量の死んだ魚が海面に浮かんでいるのを目にした。
ジープを走らせていた芦沢は、トレーラーハウスに戻ろうとする亜希子に気付いて声を掛けた。2人はレマン湖で出会い、関係を持った間柄だった。西湖で遊んでいたカップルが、ウォーターエースの転覆で行方不明となった。捜索のために潜水したダイバーは両目から血を流して意識不明となり、救急車で運ばれた。「怪獣出現か?」と新聞が騒ぎ立てる中、芦沢は富士気象科学研究所を訪れて坂井博士と会う。坂井は新聞の報道を「与太記事だ」と一蹴した。
芦沢が「地震は確実に予知できますか」と尋ねると、坂井は「地震を予報したらパニックになる」と告げた。さらに彼は「君の親父さんの恐竜生存説が認められなかったのも、世間が社会不安を恐れたからだ」と述べた。逃げた飼い犬を追って森に入った淳子は、首を食い千切られた馬の死骸を発見した。悲鳴を聞いて駆け付けた芦沢は、異様な馬の死骸に言葉を失った。彼はトレーラーハウスへ淳子を送り届け、寝込んでしまった彼女を看病する亜希子に「君たち、東京へ帰った方がいい」と促した。
トレーラーハウスに足和田村役場の職員たちが来て、馬の死体など見つからなかったことを芦沢に告げた。芦沢は森へ行き、周囲を調べた。すると近くには何かが移動したような跡が残されており、木の上には馬の死骸が引っ掛かっていた。翌日、西湖では竜神祭りが開催され、カントリー歌手の諸口あきらやカントリーバンド“ボウ・やたにとザ・L・ロングホーンB”が出演するコンサートが行われた。芦沢は小屋で椋と会い、森で見つけた跡について「プレシオサウルスのヒレ跡なら、納得がいくと思いませんか」と告げた。椋は「そりゃあ、生きてればの話だよ」と軽く受け流した。
諸口あきらとバンドが演奏していると、急に水上ステージが崩れた。1人の青年・島本二郎が「あれ見ろ、何か変な物が泳いでるぞ」と指差し、観客が目を向けると、水面で大きなヒレが動いていた。島本が「恐竜だぞ。こっち来るぞ、早く逃げろ」と叫んだため、観客は騒然となった。だが、ヒレを動かしていた島本の仲間2名が姿を現したため、すぐに偽物であることが露呈した。みんなが安堵し、バンドが演奏を再開する中で、現場に駆け付けた芦沢は、ステージが壊れた原因について疑念を抱いた。
島本は祭りの会場を離れ、仲間たちを見つけてイタズラが失敗に終わったことを知らせた。「早く上がって来い」と呼び掛ける彼の眼前で、ボートを漕いでいた仲間2人は、出現した首長竜に殺された。島本は村役場に駆け込んで怪獣が出たことを知らせるが、誰も信じてくれなかった。そこへ観光に来ていた家族が来て、首長竜を目撃したことを足和田村の村長・新宅清太郎に英語で訴え掛けた。同じ頃、森の中では翼竜が現れ、ユースホステルの壁を破壊して女性客を絶叫させた。
淳子は亜希子が西湖に潜水するのを見送り、自分はボートで待機した。そこへ首長竜が現れ、淳子に襲い掛かった。ボートに戻った亜希子は、下半身を食い千切られた淳子を見つけて悲鳴を上げた。芦沢は本社に電話を掛け、「化石どころか、生きてる恐竜が西湖にいるかもしれないんですよ」と言う。しかし宮脇は「西湖のバカ騒ぎは新聞で知ってる。早く帰って来い。メキシコは大地震だ。行くんなら今の内だぞ」と告げた。
芦沢は宮脇に「ネッシーに倣って、ユニバーサル・ストーンが発見者に賞金を懸けたらどうでしょう。単なる怪物騒ぎで終わらせる問題じゃありません。生きてるプレシオザウルスをこの目で」と訴えるが、途中で電話を切られてしまった。山梨県警は西湖を立入禁止区域に指定し、地元消防団の人間がロープを張って看板を設置した。マスコミや野次馬が注目する中、大規模な科学調査が開始された。
西湖未確認生物捜索本部では記者会見が開かれ、出席した芦沢は恐竜の存在を主張していた父の説が学会では認められなかったこと、父が「一定の条件が満たされた時に冬眠している恐竜が動き出す」と考えていたことを話す。3日目になっても何も発見されなかったため、調査は打ち切りとなった。消防団の島田団長は、ある男から「恐竜がいるなら、同時代の翼竜であるランフォリンクスがいてもおかしくないでしょう?」と言われるが、相手にしなかった。
プロのダイバーが恐れる中、芦沢は西湖に潜ることを決めた。亜希子が止めに行くと、芦沢は「君は潜っちゃいけない」と言う。「貴方は一人占めしたいのよ。やっぱりお金のためだったのね」と亜希子がなじると、芦沢は平手打ちを浴びせた。亜希子は「悔しい」と号泣した。芦沢は「私は会いたいだけだ。1個の人間として、プレシオザルウスと同じ動物として向かい合いたいだけだ。もし彼と会えたら、私の目玉に彼の姿を焼き付ける。私が帰って来なかったら、君が行くんだ」と語る…。

監督は倉田準二、脚本は伊上勝&松本功&大津一郎、企画は橋本慶一、撮影は塩見作治、照明は井上孝二、録音は荒川輝彦、美術は雨森義允、音楽は八木正生、編集は市田勇、擬斗は三好郁夫、造型・操演は大橋史典。
主題歌『遠い血の伝説』作詞:山川啓介、作編曲:八木正生、唄:宮長永一 −紫−。
出演は渡瀬恒彦、沢野火子(小泉洋子)、林彰太郎、清島智子、牧冬吉、諸口あきら、ボウ・やたにとザ・L・ロングホーンB、岩尾正隆、名和宏、野口貴史、有川正治、中村錦司、大木晤郎、唐沢民賢、司裕介、宮城幸生、大辻愼吾、滝沢双、奈辺悟、山下義明、大城泰、鳥巣哲生、ディビッド・フリードマン、モーリン・ピーコック、キャサリン・ラブ、藤沢徹夫、岡島艶子、丸平峯子、宮前ゆかり、白井孝史、細川ひろし、福本清三、友金敏雄、西田治子、志茂山高也、高谷舜二、鰐石鈴子、漆原規美子、山口有紀子、平山孝広、横道奈那美ら。


『ジョーズ』の大ヒットを受けて、世界各国で便乗しようとする亜流映画が作られる中、そのブームに乗っかって東映が製作した動物パニック映画。
監督は『飛び出す冒険映画 赤影』の倉田準二。
芦沢を渡瀬恒彦、亜希子を沢野火子(小泉洋子)、谷木を林彰太郎、淳子を清島智子、椋を牧冬吉、宮脇を名和宏、新宅を有川正治、坂井を中村錦司が演じており、カントリー歌手でラジオパーソナリティーの諸口あきらが本人役で出演している。

当時の学術的な解釈だと、「恐竜」は「陸上で生活する直立歩行の爬虫類」を意味する言葉だから、首長竜であるプレシオサウルス(劇中では「プレシオザウルス」)は恐竜に含まれない。
翼竜であるランフォリンクスは爬虫類に分類されるので、鳥ではない。
だからタイトルは中身と異なっているのだが、細かいことは気にしないでおこう。
どうせ劇中に登場する2体は、学術的なデータとは異なる造形やサイズに作られているわけだし(プレシオサウルスの顔は明らかにティラノサウルスだし、ランフォリンクスは異様にデカい)。

『ジョーズ』の亜流映画だと前述したが、「プレシオサウルスとランフォリンクスが戦う」というプロットからすると、「それって、ほぼ『ゴジラ対ラドン』じゃねえのか」と思ってしまう。実際に『ゴジラ対ラドン』という映画は存在しないけど、『ゴジラ』シリーズを模倣している匂いが漂って来るんだよな。
怪獣ブームが起きていた1966年に東映は忍術特撮映画に怪獣を登場させた『怪竜大決戦』を公開したものの、その1本だけで怪獣映画から撤退しているのだが、やっぱり怪獣映画への未練があったんじゃないかと思ったり。
『ジョーズ』の亜流映画であろうと、『ゴジラ』シリーズの亜流映画であろうと、どっちでも別にいいんだけど、いずれの路線の作品を作るノウハウも、当時の東映には無かったんだろう。だから、動物パニック映画としても、怪獣映画としても、お粗末な仕上がりになっている。
そもそも、この映画の併映作品が実写版の『ドカベン』という時点で、「どういうセンスなんだよ」と言いたくなるしね。

細かいことを言うと、伴奏音楽からして違和感が否めない。
冒頭、弘子が青木ヶ原を歩くシーンから既にサスペンスを煽るようなBGMが流れているのは置いておくとしても、会社に戻った芦沢が宮脇と話すシーンで流れるフルートをフィーチャーしたジャズ・ロックの曲は、なんか違うだろ。
オープニング・クレジットで流れて来るフュージョン系の主題歌も、やっぱり違和感が強い。
「空にいた。飛んでいた。海にいた。漂ってた。私は誰?お前は誰?確かどこかで、確かあの時」といった歌詞も、「なんじゃ、そりゃ」って感じだし。

芦沢がジープで青木ヶ原に入ると、「地球の歌、優しかった。降るような星、優しかった」という歌がアカペラで始まり、すぐにピアノの軽やかな伴奏が入る。
「孤独だから、愛し合った。愛を込めて、殺し合った」という物騒な歌詞になり、その時点で変なのだが、そこでテンポが速くなり、「空にいた。飛んでいた。海にいた。漂ってた」と歌い出す。
主題歌の冒頭部分だったのかよ。それに、そのシーンに流す曲じゃないだろう。
普通は音楽って映画を盛り上げるためにあるんだが、邪魔しかしてない。
音楽を担当した八木正生はジャズ畑の出身で、だからジャズやフュージョン系のBGMを用意しているんだろうけど、この映画には全く合っていない。

椋は助けた芦沢から「貴方は?」と問われ、「椋正平」と自己紹介する。
その時、芦沢に「ああ、親父の研究を手伝っていた椋さん」とか、「親父から聞かされていました。親友だったって」とか、椋について説明するための台詞を言わせるのがセオリーだ。
ところが、この映画では「ああ、どうもありがとうございました」と納得した様子を見せて礼を言うだけで終わってしまう。
だから、芦沢の父と椋正平の関係性は分からないままになる。

芦沢はメキシコ出張を土壇場でキャンセルし、石の卵を見つけに行こうとする。宮脇が難色を示すと、「クビですか」と恫喝するような態度を示す。
そういう様子からすると、石の卵を見つけようとするのは、親父の研究を引き継ぐとか、学術的な興味が沸いたとか、そんな理由のように思える。
ところが彼は、椋に「もっと発見できれば、化石は今や石材としても大変な価値がありますからね」と言っている。
石材として見つけようとしていたのかよ。金儲けのためなのかよ。ちっとも分らなかったぞ。
金儲け目的で行動しているなら、それを宮脇とのシーンで説明すべきだ。あの反抗的な態度からは、そういうことは感じ取れないよ。
あと、彼を金儲け主義者に設定している意味も、まるで無いしね。「最初は金儲けしか考えていなかったけど、次第に変化していく、もしくは何かのきっかけで考えが一変する」というところでドラマの面白さが生じているわけでもないし。

芦沢と新宅の関係性も良く分からないし、なぜ芦沢が「地震の予知は出来ますか」と尋ねるのかも良く分からない。
そのように説明不足が多い一方で、余計な描写も多い。
例えば、カップルが失踪した後、両目から血を流したダイバーが陸に引き上げられるシーンなんてのは必要が無い。カップルの失踪事件だけで充分だ。
ダイバーの事故に関しては、何がどうなったのか、経緯がまるで不明だし。

淳子が老婆を取材し、子守歌について尋ねているのも、どういう目的なのかサッパリ分からない。亜希子の助手なのに、なんで子守歌を録音してまで取材するのか。カメラマン助手じゃなかったのか。
っていうか、亜希子って最初に湖へ潜っている様子が写るから、てっきり水中カメラマンなのかと思ったら、「明日のお祭りも撮っておきたいし」と言っているので、普通のカメラマンなのか。でも、陸上の写真を撮影するカメラマンが水中カメラマンを兼任するって、あまり無いんじゃないかと思うが、違うのかな。
そんな風に思っていたら、芦沢が「君がプロの水中写真家として〜」と話すシーンがある。
やっぱり水中カメラマンじゃねえか。
だったら、祭りの写真を普通に撮影しているのは変でしょ。それは仕事じゃなくて、ただの趣味ってことなのか。

淳子が馬の死体を発見するシーンは、経緯がデタラメで。彼女が濃い霧の中で自転車を走らせて犬を散歩させていると、向こうから裸馬が走って来て森に入って行くのだ。
なんで急に馬が走って来るんだよ。
馬が走って来るのを目撃した淳子が全く驚かないってのも変だし。
あと、それは前述した取材の直後に用意されているシーンなのだが、その「馬の死骸発見」を見せるために、わざわざ老婆の取材シーンを用意する必要性ってゼロでしょ。そこを飛ばして、いきなり散歩シーンから始めても全く問題が無いでしょ。

島本と仲間たちは、ハリボテのヒレを使って恐竜騒ぎを起こす。その後、プレシオサウルスが登場するのだが、こちらは「本物」という設定なのに、ハリボテ感に満ちている。
そんなハリボテ竜は淳子を襲い、下半身チョンパの状態にする。
その残酷描写は『ジョーズ』の模倣だろうが、それは別にいい。問題は、プレシオサウルスが襲撃するシーンでは下半身が付いていたのに、亜希子が引き上げようとした時には上半身しか無いってこと。
もちろん「引き上げたら上半身しか無かった」というところの衝撃を見せたかっんだろうけど、だったら、襲撃シーンは「プレシオサウルスを見た淳子が悲鳴を上げる」という程度で留めておいた方がいい。
何度も噛まれて大量に流血している残酷描写を先に見せてしまったら、その後の下半身チョンパのインパクトが弱くなってしまう。

芦沢は西湖に潜る直前、亜希子に「私は会いたいだけだ。1個の人間として、プレシオサウルスと同じ動物として向かい合いたいだけだ。
もし彼と会えたら、私の目玉に彼の姿を焼き付ける」と語る。
最初は金儲けが目的だったのが、どこかで「純粋にプレシオサウルスを見てみたい」という考えに変化したらしい。
でも、どのタイミングで、どういう理由で気持ちが変化したのか、それは良く分からない。
それと細かいことかもしれないが、そこで芦沢の一人称が「私」になっているのも、すげえ違和感。

芦沢が西湖に潜った直後、村に設置されている拡声器から「足和田消防団からのお知らせです。皆さん、聞いて下さい。20分後に爆雷を投下します。湖内には絶対に入らないで下さい」というアナウンスが聞こえて来る。
いやいや、恐竜が見つからないから爆雷投下って、どんだけ物騒な連中なんだよ。しかも爆雷投下を実行のわずか20分前に発表するって、どんだけ物騒な連中なんだよ。
それに、まずは湖に誰もいないことを念入りに確認して、それから爆雷を積んだ船を発進させるべきだろ。なんでノーチェックで発進させてるんだよ。
っていうか、指示しているのは村長なんだけど、湖への爆雷投下なんてことを実行する権限を、村長が持っているものなのか。せめて県レベルの許可が必要なんじゃないかと思うぞ。

で、そのアナウンスを耳にした亜希子が慌てて走り出したので、消防団や村長の元へ「芦沢が潜水したので投下を待ってほしい」と言いに行くのかと思ったら、なぜかトレーラーハウスに戻り、ダイバースーツに着替えている。
つまり、自分も潜って芦沢を助けに行こうということなのだ。
いやいや、まずは消防団の元へ行くべきだろ。
それでも村長や団長が聞く耳を貸さずに投下を実行しようとするのなら、自ら芦沢を助けに行くという行動も理解できるけどさ。

その後、氷穴を探検していた椋と謎の男(ホントに正体が分からないのだ。記者なのかな)が孵化したランフォリンクスに殺され、そのランフォリンクスが湖畔にいる村長や消防団の元へ飛来する。
その飛来するシーンで流れて来るBGMは、全く合っていない。
一方、芦沢と亜希子はプレシオサウルスと遭遇するが、その時もランフォリンクス襲来時と同じBGMが流れ、これまた全く合っていない。
最初から最後まで、音楽はずっとミスマッチのままだ。

芦沢と亜希子が身を隠しているとランフォリンクスが飛来し、プレシオサウルスと戦い始める。
ここがクライマックスのはずなんだけど、まあ盛り上がらないこと。どっちも動きがモタモタしているし、ランフォリンクスは脚部が全く動かずブラブラしているだけだし。
あと、水生爬虫類であるプレシオサウルスが森に現れ、ランフォリンクスと戦っているのも違和感があるし。
で、戦っている最中に富士山が噴火して、大地震が発生する。
これにより、モンスター・バトルは中断され、消化不良のままで終了する。

激しい地震に見舞われた芦沢と亜希子は、地割れに飲み込まれそうになる。
そんな危機的状況の中、「海と大地と太陽のシンフォニーは終わった」と歌うムーディーなスローバラードが流れて来る。
で、芦沢が転落しそうな亜希子の伸ばした腕を掴んだところで「終」なんだけど、あの状況だと助からないと思うぞ。
そうそう、プレシオサウルスとランフォリンクスは、その地割れに飲み込まれて消えたらしい。
まあ、どうでもいいけどね。

(観賞日:2013年9月30日)

 

*ポンコツ映画愛護協会