『空母いぶき』:2019、日本
そう遠くない未来。東アジア海域における領土争いは激化していた。東南アジアに位置する島嶼国家・カレドルフは大国の干渉を嫌う周辺地域の国々と結束し、東亜連邦と名乗る国家共同体を設立した。東亜連邦は過激な民族主義を燃え上がらせ、領土回復を主張して公海上に軍事力を展開した。これにより、日本近海でも軍事衝突の危機が高まりつつあった。沖ノ鳥島西方約450キロ、波留間群島近海。12月23日、巡視船「くろしま」は国籍不明の漁船20隻が初島に向かうのを目撃した。
日本政府は緊急閣議を開き、漁船団が「くろしま」を攻撃して初島に上陸した事件について対策を話し合う。「くろしま」の乗組員は拘束されており、副総理兼外務大臣の城山宗介は防衛出動すべきではないかと内閣総理大臣の垂水慶一郎に進言する。垂水が答えずに沈黙していると、内閣官房長官の石渡俊通は情報が不足していると告げる。防衛大臣の沖忠順は垂水たちに、海上自衛隊が小笠原諸島南西海域で訓練中だった第5護衛大群を初島へ向かわせたことを報告した。
第5護衛大群は浦田鉄人が艦長を務める護衛艦「あしたか」、浮船武彦が艦長の「いそかぜ」、瀬戸斉明が艦長の護衛艦「はつゆき」、清家博史が艦長の護衛艦「しらゆき」、滝隆信が艦長の潜水艦「はやしお」、そして航空機搭載型護衛艦の空母「いぶき」で構成されている。「いぶき」は秋津竜太が艦長、新波歳也が副長を務め、第5護衛隊群群司令の湧井継治も乗船している。秋津は空母について野党が抗議して市民の反対デモが起きたこと、垂水が専守防衛のための必要性を訴えたことを、艦内で回想した。
事件について報告を受けた秋津は、敵が間違いなく「いぶき」を叩きに来るはずだと新波たちに話す。「いぶき」は国民の理解を得るため、ネットニュース「P-Panel」の本多裕子と東邦新聞の田中俊一という2人の記者を乗船させていた。 裕子は取材に対して新波は親切だが、秋津は非協力的だと感じていた。田中は彼女に、秋津と新波が防衛大学の同期でトップを争っていたことを教えた。2人は乗員から詳細を知らされず、海上警備行動が発令されたので士官予備室から出来る限り出ないよう指示された。
「いぶき」は救助要請を出す漁船を見つけた直後、東亜連邦の潜水艦による攻撃を受けた。「いぶき」はミサイル攻撃を受けて損傷を受け、負傷者も出た。機動部隊も初島に接近中だという情報が政府に届き、城山は垂水に防衛出動を迫った。新波は記者2名をヘリコプターで補給船に移すことを進言し、湧井の了承を得た。P-Panelの晒谷桂子や藤堂一馬たちは投稿された動画を見て、「いぶき」で火災が起きたことを知った。
垂水はアメリカのベイツ副大統領に電話を入れ、「今回の侵略行動に対して速やかに国土を奪回する」と語る。ベイツは米中露首脳会談に出席している大統領からの伝言として、「自制的な行動を心掛けてくれ」という言葉を垂水に告げた。東亜連邦の潜水艦を発見した新波は、戦闘を避けるために迂回すべきだと主張する。しかし秋津は直進して初島へ向かうべきだと言い、「作戦成功のために試されているのは、我々の覚悟だ」と述べた。湧井は国土と「くろしま」の乗組員を奪還するため、秋津の意見を採用した。
東亜連邦の潜水艦が魚雷発射管を開いたため、そのまま放置すれば「はやしお」が撃沈される状況となった。秋津は湧井に攻撃命令を出すよう求めるが、新波は先制攻撃に当たると言って反対する。湧井は「敵に新たな口実を与えることになる」と述べ、秋津の要求を却下した。彼は倒れ込んで医務室へ運ばれ、指揮権は秋津に移った。敵の潜水艦は離脱したが、次は必ず撃って来ると秋津は確信する。「逃げずに国を守る意思と力を見せる」と言うと、新波は「確実に戦死者が出るぞ。創設以来、1人も戦争で死者を出したことが無いのが自衛隊の誇りだったはずだ」と告げる。すると秋津は「違う。我々が誇るべきは、戦後、何十年も国民に戦争犠牲者を出していないことだ」と述べ、国民を守るために命を落とすのならば自衛隊員として本望だと口にした。
垂水は外務省アジア大洋州局局長の沢崎勇作から、裏で糸を引いている国があるのではないかと告げられる。コンビニ店長の中野啓一はアルバイトの森山しおりに、明日の遅番だった店員がインフルエンザになったので代わりに入ってくれないかと頼む。航空自衛隊の偵察機は初島上空へ向かうが、敵の攻撃を受けて撃墜された。報告を受けた城山が覚悟を決めるよう迫ると、ようやく垂水は防衛出動を命じた。第92飛行群群司令の淵上晋が死んだ2人の敵討ちを口にすると、秋津は「我々がやるのは敵討ちではない。このアジアの海での軍事侵略が、いかに高慢で無謀で愚かなことか。力でしか分からないのなら、力で知らしめる」と説いた。
晒谷は本多に電話を掛けるが繋がらず、集めた情報だけで「いぶきの極秘行動が暴かれる」と題した特集を組むことに決めた。しおりからクリスマス用のチキンの予約が全て売れたことを聞いた中野は、追加発注の数を指示した。5機のミグ戦闘機が攻撃を仕掛けてきたため、「あしたか」が対空ミサイルで迎撃した。1機が超低空で突っ込んでくると、秋津は撃墜を命じた。新波は「パイロットの脱出が難しい」と反対するが、秋津は「そこを逃せば次のミサイルを撃たれる。ここは既に戦場だ」と言う。撃墜に成功して隊員たちが沈黙すると、秋津は「この実感は忘れずに覚えておけ」と告げた。
本多と田中は予定よりも早く、ヘリコプターで移送されることになった。田中は抗議して粘ろうとするが、本多は早々に去る準備を整えた。しかしヘリコプターに向かう途中で踵を返した彼女は、秋津に「この船に居させてください」と頼む。秋津は了承し、規制が今までより厳しくなることを告げた上で本多と田中を士官予備室に戻らせた。中野はお菓子を詰めたブーツを作る作業に没頭し、サンタからの手紙という形で手描きのカードを添えていた。しおりが感心していると、彼は手伝うよう頼んだ。
自衛隊司令部から第5護衛大群に対し、「今後の外交交渉に影響する戦闘は極力回避されたし」という通達が届いた。「はやしお」船務長の有澤満彦は敵潜水艦が気付いていないことから、今の内なら撃沈できると滝に訴える。滝が返答せずにいると、敵潜水艦から魚雷が発射された。秋津は回避行動を命じ、有澤は改めて撃沈を主張する。しかし滝は敵の乗員を殺すことを望まず、攻撃を避けて直進するよう命令した。彼は次の魚雷発射を阻止するため、体当たりに出た。魚雷が「いぶき」に向かったため、「はつゆき」が盾になった。「はつゆき」は炎上し、秋津は「あしたか」と「しらゆき」に乗員の救助を指示した。
本多は「はつゆき」の炎上を衛星電話で撮影し、本社に送信した。この動画がネットで広がり、しおりが働くコンビニには必要な物資を購入しようとする大勢の客が押し寄せた。何も知らないしおりが困惑すると、客の女性が「戦争よ」と口にした。動画の拡散を受け、垂水は記者会見を開くことに決めた。城山が「増援部隊が先ではないのか。一気に敵を叩きに掛からなければ、この戦、本当に負けるぞ」と言うと、彼は「戦後、数多くの政治家がこの国の進路を決めてきました。彼らが一丸となって守り続けてきた物が1つだけあります。日本は絶対に戦争をしないという国民との約束です。軽々しく戦という言葉を使わないでいただきたい」と鋭く告げた。
海幕広報室員の井上明信は協定違反として、本多から衛星電話を没収した。秋津の元には、「はつゆき」で2名の死者が出たという報告が届いた。中野は外の騒ぎを何も知らず、カード作りに励んでいた。敵の駆逐艦2隻が初島への針路に出現したため、秋津は無力化する必要があると考える。砲雷長の葛城政直が「いそかぜ」のハープーンで撃沈する案を提示すると、新波は「乗員の命を奪うのか」と激昂する。彼は秋津に、「ここで彼らを刺激して国民に被害が及ぶようなことがあれば、貴方の言う戦争が起きます」と訴えた。すると秋津は「主砲なら敵は沈まない」と言い、新波の同意を得た。井上は秋津の元へ行き、本多から携帯電話を没収したことを報告した。すると秋津は、彼に小声で耳打ちした。垂水は記者会見を開いて、侵略行為に対する自衛権の行使であって戦争ではないと説明した。
「いそかぜ」は主砲で駆逐艦2隻を無力化し、敵の攻撃を回避して無傷で作戦を完了させた。新波が「防大の頃から、我々は戦争する力を持っているが、絶対にやらないと肝に銘じている」と告げると、秋津は「戦わなければ守れない物がある」と語る。「その違いは、ずっと変わらないようだな」と新波が言うと、彼は「同じところが1つだけある。君の子供たちが将来に夢を持ち、安全に暮らせる。その日本を守りたい気持ちは同じだ」と述べた。国連首脳各国の潜水艦が「いぶき」を追尾する中、敵空母から60機のミグ戦闘機部隊が発艦した。アルバトロス隊の迫水洋平や柿沼正人らは迎撃のため、15機で出動した。秋津は淵上晋に、「迷ったら撃て」と指示した。井上は秋津の指示通り、本多に携帯電話を返した…。監督は若松節朗、原作は かわぐちかいじ「空母いぶき」(小学館「ビッグコミックス」刊)、脚本は伊藤和典&長谷川康夫、製作代表は木下直哉、製作統括は川城和実、製作は久保雅一&河野聡&小助川典子&中野伸二&井上高志&藤本俊介、企画は福井晴敏&小滝祥平、協力は惠谷治、企画協力は勝木大、エグゼクティブプロデューサーは大村信&川村卓也&谷紳一郎&濱田健二、プロデューサーは沢辺伸政&丸山博雄&仲吉治人&福井栄治&佐倉寛二郎&加藤悦弘、アソシエイトプロデューサーは備前島幹人&尾崎亮太&村島亘&上浦侑奈&金忠煥&木村照彦、撮影監督は柴主高秀、照明は長田達也、録音は尾崎聡、美術は原田満生&江口亮太、編集は阿部亙英、音楽は岩代太郎。
出演は西島秀俊、佐々木蔵之介、佐藤浩市、藤竜也、中井貴一、本田翼、小倉久寛、高嶋政宏、玉木宏、戸次重幸、市原隼人、堂珍嘉邦、片桐仁、和田正人、石田法嗣、平埜生成、土村芳、深川麻衣、山内圭哉、村上淳、吉田栄作、佐々木勝彦、中村育二、益岡徹、斉藤由貴、千葉哲也、金井勇太、加藤虎ノ介、三浦誠己、工藤俊作、横田栄司、岸博之、渡辺邦斗、遠藤雄弥、橋本一郎、俊藤光利、山田幸伸、綱島郷太郎、袴田吉彦、井上肇、藤田宗久ら。
かわぐちかいじの同名漫画を基にした作品。
監督は『夜明けの街で』『柘榴坂の仇討』の若松節朗。脚本は『ピストルオペラ』『七瀬ふたたび』の伊藤和典と『探偵ミタライの事件簿 星籠(せいろ)の海』『二度めの夏、二度と会えない君』の長谷川康夫による共同。
秋津を西島秀俊、新波を佐々木蔵之介、垂水を佐藤浩市、湧井を藤竜也、中野を中井貴一、本多を本田翼、田中を小倉久寛、滝を高嶋政宏、瀬戸を玉木宏、淵上を戸次重幸、迫水を市原隼人、有澤を堂珍嘉邦、中根を村上淳、沢崎を吉田栄作、沖を佐々木勝彦、城山を中村育二、石渡を益岡徹、晒谷を斉藤由貴が演じている。原作では中国だったのをカレドルフという架空の国や「東亜連邦」という架空の国家共同体に変更している時点で、一気にヌルい作品になっちゃってるよね。
この手の作品で「実在する国や場所か、はたまた架空の国や場所か」ってのは、ものすごく重要なポイントなのよ。
架空の国家共同体に改変することで、リアリティーが大きく減退してしまうわけで。
波留間群島や初島ってのも、実在しない場所だし(原作では先島諸島と尖閣諸島)。護衛艦と戦闘機も全て架空の名称に変更されているし。どうやらカレドルフってフィリピンの近くにある小国みたいだけど、そんな国が中心になって東亜連邦を形成し、日本に戦争を仕掛けるという展開に、リアリティーが全く感じられない。東南アジアの国々が「領土回復」の標的として日本の島を選ぶのも、やはりリアリティーが乏しい。
ここは中国だからこそ、リアリティーが感じられるわけで。
一応は「裏で糸を引いている国があるのでは」と言っているけど、そこはボンヤリさせたままで終わっているし。
本来は中国だったトコを東亜連邦に改変する弱腰なんだから、そりゃあ「中国が黒幕」とは断言できないわな。
しかも、なぜ東亜連邦が黒幕の言いなりになって日本を攻撃するのか、それについては全く言及しないし。リアリティーの欠如は他にも色々と見られ、それは本作品の大きな欠点になっている。
「国民の理解を得るために記者を乗船させている」という映画オリジナルの設定も、これまたリアリティーの欠如に繋がっている。
「記者に取材させている」というだけなら、まだ何とかなった可能性はあるだろう。ただ、そこで選ばれた2名の内の1人がネットニュースの若い女性ってのは、まあバカバカしさしか無いよね。
これは「女性蔑視」とか「ネット媒体への差別」ってことじゃなくて、「現実的か否か」ってことよ。P-Panelは投稿動画で「いぶき」の火災を知るのだが、それも違和感を覚えるんだよなあ。
まず、誰が撮影したのかと。あの映像を撮影しようとしたら、かなりの近距離だよね。
あと、それは動画サイトにアップされたのをP-Panelの記者が発見したってことなのか。
P-Panelに読者が投稿してきたわけではないよね。だとすると、ずっと記者は動画サイトをチェックしていたってことなのか。それも仕事ってことなのか。良く分からんなあ。記者のパートだけでなくコンビニのパートも映画オリジナルの要素だが、ここも全く要らない。何のために付け加えたのか、意味不明だ。
ひょっとすると、緩和を狙って持ち込んだのだろうか。だとしても緊張感を削ぐだけで、何のプラスも無いよ。
チェンジ・オブ・ペースが欲しかったのなら、それは閣議のパートでやればいい。
あるいは、「戦争が起きている中でも平常通りの生活を送る国民の姿」ってのを描くことで、その対比を見せたかったのかもしれない。ただ、その対比を見せた結果として何が得られているのかというと、何も得られていないからね。秋津がやたらとヘラヘラするのは、ものすごく不愉快だ。危機的状況にあるのに、何かに付けて微笑を浮かべるのよね。
ひょっとすると、「そんな状況でも慌てず騒がず冷静沈着な男」ってのを表現したかったのかもしれない。でも、冷静なのと、やたらと頬を緩ませるのは、まるで別物だからね。
初島が占領されていて、「くろしま」の乗組員が拘束されていて、敵が攻撃を仕掛けて来る。そういう中で「オイラは余裕だぜ」みたいな態度をアピールするのは、なんか違うんじゃないかと。
それは「落ち着きがあって信頼できるリーダー」じゃなくて、「なんか態度が悪くて偉そうな奴」に見えちゃうのよ。ひょっとすると、秋津は「やたらとヘラヘラしている」というキャラ設定ではないのかもしれない。でも、西島秀俊が頻繁に口角を上げているので、どうしても笑っているように見えちゃうのよ。
だから、例えばミグの編隊が飛来するのを知って「撃って来る」と口にした時も、何となく嬉しそうに見えちゃうのよね。
あと、そこは秋津がヘラヘラしているように見えるってだけだが、マジで笑いを取りに来ている演出もあるよね。「いそかぜ」が駆逐艦と交戦する時には浮船に関西弁を喋らせているけど、明らかにユーモラスを狙った演出だよね。
でも、そこでユーモラスを盛り込むのは、謎の演出にしか思えん。垂水の回想シーンで、秋津は「いぶき」について「人間は新しいオモチャを見ると、使ってみたくなるものです」と語っている。
一応は、「それを手にする者の強い心構えが問われると思っております」と続けている。
だけど、「オモチャ」とは評しているわけで。
そんな奴が戦闘に対して積極的な発言を繰り返すので、「深い考えで、今までの日本政府や自衛隊に対する考え方の過ちを否定している」ってことじゃなくて、ただの好戦的な男に見えちゃうのよね。戦闘シーンの見せ方が呆れるほど下手で、緊張感もスケール感も迫力も全く感じられない。
それはテンポやシーンの繋ぎ方など様々な要因が重なった結果だが、最も問題なのは「映像としての力が足りていない」ってことだ。
「このカットが欲しい」とか「このアングルから見せてほしい」という箇所が、次から次へと出て来るのだ。初めて戦死者が出るシーンなんて、ものすごく重要なポイントのはずでしょ。でも、心に刺さるモノは皆無だからね。
「はやしお」が体当たりを浴びせる時は、衝突した後、損傷した中の様子を写すまでに他のシーンを幾つも挟んでいる。「はつゆき」が魚雷を浴びる時は、上空からのロングショットだけで終わらせてしまう。
後から炎上している様子を見せるけど、「マトモにミリタリー・アクションを見せる気が無いのか」と言いたくなるぞ。ヘリコプターで補給船に移るよう言われた時、田中は食い下がるが、本多は怖がって早々に去ろうとする。
ところがヘリコプターに向かう途中で踵を返し、船に残りたいと秋津に訴える。
後で本人が「なんであんなこと言ったんだろう」と呟くけど、こっちも急に気が変わった理由はサッパリ分からんよ。何のきっかけも無いからね。
回想シーンを挟んで「何かを思い出して気が変わった」みたいな描写があるわけでもなく、ただ歩いていただけだからね。本多が船に残ることを要請すると、秋津は何の迷いもなく快諾している。
でも、それは変でしょ。
彼は新波に対し、「我々が誇るべきは、戦後、何十年も国民に戦争犠牲者を出していないことだ」と言っている。そして自衛隊員として、国民を守ることの重要性を説いている。
だったら、国民である本多を船に残したらダメでしょ。
そこは既に戦場であり、船に残せば命を落とす危険もあるのだ。それを何の迷いも無く承諾するのは、明らかに秋津の発言と矛盾しているでしょ。迅速な決断や行動を迫る城山に対し、垂水の沈黙で終わるシーンが多い。
垂水は周囲の面々が意見を言っている時も黙り込み、なかなか指示を出さず、行動を起こさない。援軍を送るよう城山が求めた時には、「戦争はしない」と強く拒否する。
城山が過激な思想の好戦的な人間で、垂水の対応が全面的に正しいモノとして描かれている。でも、もう敵が領土を侵略して攻撃を仕掛けているんだから、そこで応戦することを良しとしないのは、ただ現実を見ようとしていないだけにしか思えないのよね。
現場では血が流れて犠牲者が出ているのに、それを無駄にする逃げ口上を並べているだけにしか思えないのよね。城山が援軍を送って敵を潰すべきだと主張した時、垂水は憤慨して「戦後、数多くの政治家がこの国の進路を決めてきました。彼らが一丸となって守り続けてきた物が1つだけあります。日本は絶対に戦争をしないという国民との約束です。軽々しく戦という言葉を使わないでいただきたい」と語る。
でも、こっちから戦争を仕掛けるのと、敵の侵略行為に対して毅然と対処するのは、まるで別物でしょ。でも垂水の考えだと、「敵が攻撃してきても我慢しろ。専守防衛を徹底しろ」ってことなのよね。
しかも彼は「まだ戦争は起きてない」と主張しているけど、秋津は「既に戦場だ」と言っている。つまり、明らかに現場とは意識にズレがあるのよ。
っていうか「軽々しく戦という言葉を使わないでいただきたい」と言うけど、「戦」は既に起きているでしょ。「どこからが戦争なのか」という解釈については面倒だから突っ込まないけど、少なくとも「戦闘」は起きているんだからさ。秋津が本多に携帯電話を返すのは、「なんでだよ」と言いたくなる行為だ。
「自由に取材していいよ」ってことなんだけど、そうやって国民を不安にさせる映像を拡散させることで、何を狙っているのか。全く分からんわ。その目的について後から説明してくれるのかというと、何も用意されていないし。
彼の本多に対する甘すぎる対応は、まさか「可愛い女子だから」ってことでもあるまいに。
そんで本多は柿沼が射殺される様子や秋津が復讐を止める様子を撮影しているが、それに誰も気付かないってのは「杜撰な危機管理体制だなあ」としか思えないし。アルバトロス隊が敵機と交戦するシーンでは、柿沼が自分の機体を守るために犠牲になろうとする。
しかし迫水の説得を受けると彼は妻子の写真を見つめ、パラシュートでの脱出を選ぶ。
しかし救助された直後、捕虜になった敵軍の兵士が銃を奪い、取り押さえようとした柿沼は射殺される。
そもそも出発前から隊員の中で彼だけ「家族の存在」に触れてフラグを立てていたが、「フラグは回収しないと見せ掛けて、やっぱり回収する」という展開にしてあるわけだ。銃を奪い取った隊員が激怒して敵の兵士を射殺しようとすると、秋津が来て制止する。秋津は敵兵に優しい言葉を掛け、部下に連行させる。
やりたいことも、そこに強いメッセージ性を込めたいことも、良く分かる。でも、そのために、柿沼にフラグを立てて「回収しないと見せ掛けて直後に回収」という形を取っているのが、なんか嫌な感じだなあと感じる。
あと、もちろん秋津の行動は指揮官として何一つ間違っちゃいないけど、柿沼が「無駄死に」にしか思えないので、「敵兵は殺せばいいのに」と言いたくなっちゃうわ。
それまで東亜連邦はずっと「顔の見えない敵」だったのに、そこだけ急に人間性を見せている辺りも、ズルいなあと感じるし。いよいよ潜水艦による攻撃で「いぶき」が窮地に陥ると、都合良く国連軍が駆け付けて東亜連邦が攻撃を中止する。
その安易でヌルすぎる風呂敷の畳み方は、超が付くぐらい萎えるわ。
常任理事国の5ヶ国が同時に国連軍に参加するという展開も、呆れるほどの楽観主義にしか思えないし。
少なくとも中国は参加しないだろ。日本の領土を占領しようと目論むのなら、その背後にいる大国は中国のはずだし。
「中国が黒幕」という可能性は少なくとも残すのかと思ったら、そこも完全否定しちゃうのかよ。映画の最後では、本多が撮影した映像が彼女の言葉と共に世界中に拡散され、それを多くの人々がスマホを通じて見ている様子が描かれている。
それによって、まるで「本多のメッセージが広まり、世界中の人々が反戦に対する思いを抱くようになる」みたいな結末になっているわけだ。
でもさ、そういうのって、ただの絵空事にしか思えないのよね。
一応はリアルな方向性で戦略シミュレーションとして作っていたはずなのに、そういうトコは完全なるファンタジーになっていて、すげえバランスが悪いんだよなあ。(観賞日:2021年3月16日)