『来る』:2018、日本

少年時代、田原秀樹は一緒に山へ遊びに出掛けた少女から、「呼ばれてしもてん。私、悪い子やから」と言われる。少女は秀樹に「寝てるとな、力いっぱい引っ張られて、連れてこうとすんねん。お山に。呼ばれてしもたら、逃げられへん。絶対」と話した。秀樹が怖がると、彼女は不気味に笑いながら「秀樹も呼ばれるで。きっと。だって、アンタ、嘘つきやから」と告げた。そんな出来事を思い出した秀樹は、急に携帯が鳴ったので慌てた。携帯を取った秀樹は相手の女性から、「準備は終わりましたか?」と確認される。秀樹は室内の鏡を全て割り、水を入れた器を大量に並べていた。刃物は全て縛り、準備を整えていた。女性はドアほ開けるよう指示し、「迎え入れましょう、あれを。あれは貴方に会いたがっている」と告げた。
秀樹は結婚相手の香奈を連れて、親族の十三回忌に赴いた。菩提寺で出迎えた母の澄江は、香奈を笑顔で歓迎した。夜、香奈は集まった親族の会食に参加して何とか周囲に馴染もうとする。子供たちが騒いでいると、老人が「悪い子は、ぼぎわんに連れて行かれるで」と言う。それを聞いた澄江は「懐かしいなあ」と述べ、幼い頃は母の志津に脅されたと話す。ぼぎわんとは、悪い子供を山に拉致するお化けのことだった。そして実際、ある少女が行方不明になる事件も起きた。
志津がいなくなったので秀樹が捜しに行こうとすると、香奈は困った様子で「いてよ」と頼む。しかし秀樹は軽く笑い、席を外した。秀樹は縁側に座っている志津を見つけ、声を掛けた、すると志津は庭を指差し、「呼ばれてん。志津さーんって」と告げた。秀樹は母から行方不明になった少女の名前を問われるが、仲良しだったはずなのに覚えていなかった。転寝した秀樹は、病床の祖父と一緒にいる時に不気味な何者かが訪ねて来る夢を見た。
香奈は今後の生活への不安を吐露するが、秀樹と結婚した。結婚式の時、秀樹の友人は出席した女性たちに、彼が香奈に金を貸したこと、香奈の家が多額の借金を抱えていたことを話した。香奈の母はつまらなそうに出席していたが、途中で帰ってしまった。二次会に参加した香奈は、秀樹の高校時代からの親友である津田大吾と会った。関西弁で饒舌に話す津田は、大学で民俗学を教えている准教授だった。香奈が友人の赤ん坊を抱かせてもらっている姿を見た秀樹は、感激した様子で「絶対に欲しいよ、2人の子供」と口にした。
新婚生活を始めた香奈が妊娠3ヶ月だと医師に言われたことを明かすと、彼は大喜びした。秀樹は「泣き虫パパの子育て奮戦記」と題したブログを開設し、自分の思いを書き留めることにした。彼は育児書を何冊も購入し、会社の後輩である高梨重明が呆れると「俺は完璧なパパを目指してるから」と告げた。新居に引っ越した秀樹はホームパーテイーを開き、同僚や後輩たちを招待した。彼は両親学級に夫婦で通っていることを自慢し、イクメンだと言われて喜んだ。後輩の美咲は、「ちょっと意外」と微笑んだ。彼女がマンションの頭金を知っていると言い出すと、秀樹は慌てて「相談してたからさ」と他の面々に弁明した。津田と美咲がベランダで仲良く話している様子を見た秀樹は、心を乱された。
後日、秀樹は会社で高梨から「チサさんのことで用がある」という女性が来ていると知らされ、困惑しながらロビーへ向かう。途中で美咲と遭遇した彼は、津田とデートしたと言われて動揺した。秀樹がロビーへ行くと誰もおらず、高梨は女性の顔も名前も覚えていなかった。秀樹が「しっかりしろよ」と軽く笑って肩を軽く叩くと、高梨は苦悶した。彼は肩から大量に出血し、秀樹は激しく狼狽した。病院で診察を受けた高梨だが、医者から何も問題は無いと言われた。
香奈は女児を出産し、秀樹は知紗と名付けた。高梨は入院し、秀樹が見舞いに行くとカーテンを閉めて部屋を薄暗くしていた。彼は水をガブ飲みし、喉ばかり乾くのだと告げて激しく咳き込んだ。高梨は秀樹が社内の女性たちとも関係を持っていたことを羨ましがり、傷に何かが入って動いているような気がすると言って苦悶した。会社のムードメーカーだから早く戻って来いと秀樹が励ますと、彼は「そんなことカケラも思ってないくせに。嘘ばっかり」と告げた。
2年後、秀樹はカラオケ店にパパ仲間と集まり、ブログに書かれていた知紗の怪我について問われる。病院へ連れて行ったから大丈夫だと秀樹は言い、イクメンぶりを褒められて謙遜した。一方、香奈は家事を放棄し、部屋に閉じ篭もるようになっていた。秀樹は家事を手伝うこともせず、室内は散らかり放題になっていた。転寝した秀樹は、幼少期に何者かが尋ねて来る夢を見た。目を覚ますと、知紗が「来たの。連れてくって。知紗を」と告げた。
秀樹は津田と会って「ぼぎわん」について尋ねるが、聞いたことが無いと言われる。疲れた顔の秀樹を見て、津田は何かあったのかと問い掛ける。秀樹は高梨が死んだこと、背中の噛み傷が原因だが詳細は不明であることを語った。秀樹が「妖怪っているのか?」と尋ねると、津田は「おらんよ。人はな、都合の悪いことは全部、妖怪のせいにしよんね」と述べた。「じゃあ、これは?」と秀樹は言い、袋に入れて持参した大量のお札やお守りを見せる。それは全て切り裂かれており、津田は「なんや、これは?」と口にする。
ある夜、秀樹が帰宅すると、それが廊下に散乱していた。香奈が知紗を抱き締めて泣いており、怯えた様子を見せた。「何か来たのか?」と秀樹が問い掛けると、彼女はうなずいた。電話が鳴ったので、秀樹は受話器を取る。すると「秀樹さん、行こう。知紗。お山、お山」と不気味な声が聞こえたので、彼は受話器を投げ捨てた。秀樹から相談を受けた津田は、フリーライターの野崎和浩を紹介した。津田は野崎の別れた彼女が知り合いであること、真面目な編集者だったのに人生をボロボロにされたことを語った。
野崎は秀樹と津田を伴い、比嘉真琴というキャバ嬢の霊能力者を訪ねた。真琴は秀樹と2人にしてもらい、奥さんと子供に優しくすれば来なくなると助言した。秀樹は腹を立てて立ち去り、真琴は戻って来た野崎に津田にも何かを感じたことを明かす。夜になって秀樹が帰宅すると、野崎と真琴と津田が来ていた。香奈は部屋を片付け、知紗と2人で楽しそうに彼らと話していた。秀樹は野崎をベランダに連れ出し、説明を求めた。野崎は真琴が現場を見たいと言ったのだと釈明し、香奈には適当に嘘をついたことを告げた。
翌朝、野崎が公園で秀樹と話していると、真琴が電話で「来そう」と知らせる。野崎と秀樹が急いで部屋に戻ると、ポルターガイスト現象が起きていた。しばらくすると現象は止まり、真琴は「帰った」と漏らした。その直後、真琴は姉の琴子から電話を受けた。琴子は秀樹に、「貴方に近付こうとしている物は凶悪です。真琴の手に負える相手ではありません」と話す。西側の窓に植物か虫がいると言われた秀樹が確認すると、大量の芋虫が観葉植物に張り付いていた。
すぐに焼き殺すよう指示した琴子は、「それがアレを呼び込む手伝いをしています。今、出来ることは、それだけです」と語る。彼女は重要な案件を抱えていて訪問できないことを話し、知り合いを紹介すると告げた。その知り合いとは、以前はテレビ番組にも出演していた霊媒師の逢坂セツ子だった。野崎は秀樹を中華料理店へ連れて行き、セツ子に会わせた。するとセツ子は「もうすぐ来ます」と言い、秀樹の携帯が鳴ると「喋らなければいい。向こうに好きなだけ喋らせればいい」と指示した。
電話の相手は声を次々に変えながら、秀樹に話し掛ける。最初は黙って聞いていた秀樹だが、「結婚してやったのに、偉そうに。たかが1人産んだぐらいで。お前なんかに家族の何が分かるんだよ。あんなクソみたいな母親に育てられたくせに」という自分の声が聞こえると、「言ってない、俺はこんな」と焦る。セツ子は「喋らないで」と注意するが、見えない力に右腕を切断された。彼女は家族の危険を教え、秀樹は野崎から早く家へ戻るよう指示された。
秀樹はタクシーを拾ってマンションに向かいながら、電話で真琴に香奈と知紗を連れて遠くへ避難するよう頼んだ。彼は家に帰る必要が無くなったと気付き、タクシーを停めてもらった。すると琴子から電話が入り、家族と会わないよう指示された。琴子は秀樹に、「会えばご家族も危ない目に。アレは貴方を追い掛けているから」と告げる。秀樹は彼女から、このまま家に帰って手伝ってくれれば自分が対処すると約束した。
秀樹は琴子の指示に従い、窓に鍵を掛けてカーテンを閉める。皿や丼に水を張り、出来るだけ多く廊下に並べた。刃物を縛って引き出しや押し入れに隠し、家中の鏡を全て割った。秀樹は携帯で琴子の指示を受け、ドアを開けた。そのまま話していると部屋の固定電話が鳴るが、琴子は出ないよう指示した。すると留守電に切り替わって琴子の声が聞こえ、すぐに家から離れるよう指示する。「今起こっていることは全てアレの罠です。もし無理であれば、包丁かナイフを持って鏡のある場所へ。あれは何よりも鏡と刃物を嫌います」という言葉に、秀樹は困惑した。彼は失踪した少女の名前が偽者の琴子が知紗だと思い出した直後、下半身を切断されて死亡した。
1年後、香奈はスーパーのレジ係に復帰した香奈は、心配する母からの電話を受けて「ほっといてよ」と荒っぽく切った。保育園から知紗が熱を出したという電話が入ったため、彼女は店長の許可を貰って迎えに出向いた。育児と仕事に追われた香奈は苛立ちを募らせ、知紗に辛く当たるようになった。知紗は体調が不安定で手の掛かる子だが、香奈が頼れる相手は誰もいなかった。病院で知紗を診察してもらった香奈は、医師から「親のストレスが何よりも子供に影響を与えますから」と告げられた。
店長から電話で苦言を呈された香奈は、「パパはどこ?」と尋ねる知紗を怒鳴り付けた。秀樹が育児も家事も全く手伝わない夫だったので、香奈は彼が死んだ時に嬉しく思った。1年2ヶ月前、香奈は津田から秀樹がイクメンだと言われ、ブログの内容か真っ赤な嘘だと明かす。知紗が怪我をして病院へ連れて行った時も、秀樹は自分のことを棚に上げて香奈を責めた。現在、別の仕事を見つけようと考えた香奈は津田に相談し、シングルマザーが看護師や介護福祉士の資格を取ろうとすれば、勉強のための給付金が出ることを教えてもらった。母親のことを思い出して「やっぱり1人じゃ無理なのかな」と香奈が呟くと、津田は彼女を励まして「俺には何でも言うて」と告げた。秀樹が死ぬ前から、香奈は彼と不倫関係になっていた。
久しぶりに香奈のマンションを訪ねた野崎は、津田が仏壇に置いていったという魔除けの札をスマホで撮影した。香奈が真琴について訊くと、秀樹の死に対する責任を感じて閉じ篭もっていると野崎は話した。野崎は真琴が今も香奈と知紗を心配していることを語り、持参したお守り袋を見せる。1つは秀樹の不在中に破られた物、もう1つは自分や真琴もいた時に破られた物だ。切り口が全く異なることを彼が指摘すると、香奈は1つ目を自分がハサミで切ったと明かす。既に夫婦関係は破綻しており、いいパパぶるためだけに家族を利用する秀樹に苛立って彼女はお守りを切ったのだ。野崎は彼女に、「ご主人は家族を守るために、頑張っているように見えました。空回りもしてたけど、ちゃんと父親だったって」と告げた。
仕事中に幼稚園から呼び出しを受けた香奈は、店長から厳しい注意を受けた。香奈は無視するように店を飛び出し、幼稚園へ走った。知紗は他の園児に靴を投げ付け、祖父が抗議に来ていた。祖父は知紗の靴の片方を持っており、香奈が返してほしいと頼むと腹を立てて遠くへ投げ捨てた。香奈が帰りに新しい靴を買いに行くと、赤い靴を選んだ知紗は「お姉ちゃんと一緒」と口にした。金を払おうとした香奈は、周囲に無数の芋虫が出現するのを見て悲鳴を上げた。
3日後。香奈は仕事も知紗も放り出し、津田との逢瀬を重ねて自由に遊び回るようになった。責任を感じていた真琴は、香奈の留守中に知紗の面倒を見た。野崎から電話が掛かって来ると、真琴は「この家は何も見えない」と吐露する。野崎は仏壇の御札を破いて捨てるよう指示し、「魔導符だ。それがアレを呼び込むんだ。津田の野郎」と言う。真琴は魔導符を破って燃やすが、知紗が姿を消してしまう。秀樹の幻を見た真琴が追い掛けると奥の部屋で知紗が寝ており、真琴に「パパがね、一緒に行こうって」と告げた。
2時間後。真琴は知紗と一緒に入浴し、彼女の背中に異様な痣に気付いた。帰宅した香奈は、腕を這う芋虫の幻覚を見た。真琴は知紗を寝かし付け、子供が産めない体であることを香奈に話す。香奈が「知紗が好き?じゃあ、あげるよ」と軽く笑った直後、知紗が不意に立ち上がった。「2人で育てるって約束しただろ」と知紗は不気味な声を発し、異変を悟った真琴は慌てて抱き締める。知紗を香奈に任せてベランダへ飛び出した真琴は大量出血するが、逃げるよう指示した。
香奈は知紗を抱いて逃げ出し、野崎に連絡した。野崎は遠くへ避難するよう指示し、マンションへ向かう。香奈は津田に連絡しようとするが、電話は繋がらなかった。香奈は公衆トイレに入るが、ドアが激しく揺れる。知紗は何者かに憑依されて「どっか行け」と不気味に罵り、香奈の母親がドアの向こうから顔を覗かせた。香奈は大量に出血して死亡し、知紗は姿を消した。真琴を病院に運んだ野崎は、元恋人の眞鍋綾から「私は産みたかったのにと」と責められる悪夢で目を覚ました。すると病室に琴子が来ており、意識不明の妹を冷たく見据えて煙草をくゆらせた。
真琴の銀色の指輪が無くなっており、琴子は「気枯れ?傷に付いた邪気が悪い物を呼び寄せるんです。指輪をしていれば、ここまで酷いことには」と野崎に語った。真琴が意識を取り戻すと、琴子は「貴方にだって、その傷がただの噛み傷じゃないことぐらい分かるでしょ。死ぬわよ」と忠告し、後は自分に任せるよう告げて眠らせた。琴子は野崎に、「遅くとも明日中には片を付けます」と言う。彼女は異界との境界線が曖昧になっていること、秀樹のブログに知紗の魂が隠れている可能性があること、3日前からブログが更新されていることを語る。琴子は警察に頼んでマンションの住人を一時的に遠ざけ、日本各地から霊媒師を集めて対処しようと考える…。

監督は中島哲也、原作は澤村伊智「ぼぎわんが、来る」(角川ホラー文庫刊)、脚本は中島哲也&岩井秀人&門間宣裕、製作は市川南、共同製作は依田巽&藤島ジュリーK.&弓矢政法&堀内大示&吉川英作&渡辺章仁&小佐野保&舛田淳、エグゼクティブプロデューサーは山内章弘、企画・プロデュースは川村元気、プロデューサーは西野智也&兼平真樹、制作プロデューサーは佐藤満、ラインプロデューサーは内山亮、撮影は岡村良憲、美術は桑島十和子、録音は矢野正人、照明は高倉進&上野敦年、編集は小池義幸、音楽プロデューサーは冨永恵介。
出演は岡田准一、妻夫木聡、黒木華、松たか子、小松菜奈、青木崇高、柴田理恵、太賀(現・仲野太賀)、石田えり、伊集院光、蜷川みほ、高橋ユウ、手塚真生、志田愛珠、ヨネヤマママコ、浦田賢一、春山紬月、都築謙次郎、星野園美、呉城久美、山西竜矢、奥村佳恵、清水葉月、芹澤興人、長井短、亀田侑樹、岩谷健司、荻野友里、奥野瑛太、矢作優、徳橋みのり、中野英樹、小澤慎一朗(ピスタチオ)、二見悠、朝香賢徹、菊池真琴、増田朋弥、内堀太郎、松澤匠、きなり、横町ももこ、宮川浩明、川村紗也、梅林亮太、小宮一葉、麻美、五歩一豊、竹崎彩華、細川唯、安田逸星、岸本栞奈、鈴木晋介、水野智則、億なつき、中川江奈、中尾百合音、大塚和彦、松浦祐也、 桐谷香凛、山下心煌、田河也実ら。


第22回日本ホラー小説大賞を受賞した澤村伊智の小説『ぼぎわんが、来る』を基にした作品。
監督は『告白』『渇き。』の中島哲也。
脚本は中島哲也監督、劇団「ハイバイ」主宰の岩井秀人、『パコと魔法の絵本』『渇き。』の門間宣裕による共同。
野崎を岡田准一、秀樹を妻夫木聡、香奈を黒木華、琴子を松たか子、真琴を小松菜奈、津田を青木崇高、セツ子を柴田理恵、高梨を太賀(現・仲野太賀)、澄江を石田えり、スーパーの店長を伊集院光、香奈の母を蜷川みほ、綾を高橋ユウ、美咲を手塚真生が演じている。

導入部で「ぼぎわん」という怪物の存在に言及しており、それが恐怖の対象になるんだろうと予想しながら物語を追っていくことになる。
その後、秀樹が気になる夢を見たり、志津が「呼ばれた」と口にしたりするシーンはあるものの、怪奇現象らしきモノは何も無いし、得体の知れない何かによる恐怖ってのも見当たらないまま話は進んでいく。「ぼぎわん」の正体が全く見えて来ないだけでなく、その存在を身近に感じさせるような出来事も当分の間は起きない。
では、その間に何が描かれているかというと、「秀樹と香奈の生活風景」である。もう少し具体的に書くならば、「イクメンで完璧なパパを自称する秀樹だが、不安だらけの香奈に全く寄り添わない自分勝手な男」ってのを少しずつ見せていくパートになっている。
十三回忌の場で香奈が困っていても、秀樹は全く気にしちゃいない。パーティーの時に香奈が具合の悪さを明かしても、秀樹は心配する様子が全く無い。彼は自分のことしか考えておらず、思いやりや誠実さってモノが著しく欠如しているのだ。

イクメンで完璧パパを自称する秀樹の実体は、やがて明確に露呈するようになる。
ただ、そんな様子を描かれても、「で?」と言いたくなってしまう。それと「ぼぎわん」の関係性が、サッパリ見えて来ないからだ。
「幸せに見えた夫婦だが、実は裏で色々とありまして」という類の怖さはあるが、それは「ぼぎわん」がもたらした恐怖ではない。心理的な恐怖はあるが、それは「人間って怖いわ」というモノだ。
「ぼぎわん」なんて要素を排除して、「幸せそうに見える人間の裏側に潜む闇」を描く心理サスペンスにしてしまった方がいいんじゃないかと思ってしまうぐらいだ。

秀樹のパートが続く間、怪奇現象が皆無ってわけではない。途中で、肩を軽く叩かれた高梨が大量出血するという不可解な現象は起きている。たぶん、それは「ぼぎわん」の仕業なんだろう。
ただ、なぜ急に肩から大量出血するのか、それが全く分からない。
最初の時点で、「ぼぎわん」は「悪いことをした子供を山へ拉致するお化け」と説明されていた。そんな怪物が、なぜ高梨を標的にして、しかも拉致するわけではなく肩から大量出血させるのか。
そこにある不条理は、ホラー映画における不安や恐怖に繋がる不条理ではない。純粋に「意味が分からない」というだけで終わってしまう不条理であり、映画を面白くする効果には全く繋がらない。

秀樹が何者かの訪問を受ける幼少期の夢を見るシーンで、実家の玄関には何匹かの芋虫がいる。なので、たぶん高梨の「傷に何かが入って動いているような」ってのは、芋虫が体内に入り込んでいるのではないかと思われる。
ただ、それは最後まで判然としないだけでなく、「なぜ芋虫なのか」ってのもサッパリ分からない。「ぼぎわん」と芋虫の関係性も、これまた全く分からない。
「ぼぎわん」について詳細な説明をせずに終わらせるのは、一向に構わない。その姿を見せないのも、これまた構わない。「幽霊の正体見たり」になるぐらいなら、正体不明のままで終わらせた方がいい。
ただ、そういう謎とは次元が違うトコで、この映画は分からないことが多すぎるのだ。
「どこまで説明するのか」「何を明らかにするのか」というさじ加減を、この映画は大きく間違えていると言わざるを得ない。

2年後に移り、「どうやら何かが田原家に来たらしい」ってことは分かる。ただ、それが実際に来たことを示すシーンは無くて、「来た後の様子」だけで処理している。
この映画は、とにかく「怪物が行動している」ってのを徹底的に隠している。
私は未読だが、どうやら原作小説も、そういう方向性で書かれているらしい。
ただ、原作は「怖がる人々の反応を描く」ってのを意識したらしいけど、この映画では、そこが全く足りていない。

「ホラー映画におけるリアクション」ってのはものすごく重要で、だからこそ「スクリーミング・クイーン」なんて言葉もあるのだ。登場人物が怖がってくれないと、観客が怖がることは難しくなる。
そして、この時に重要なのは、「怖がるのは男性より女性の方がいい」ってことだ。最近はジェンダーの問題が大きく取り上げられることも多いけど、これに関しては性差別だのなんだのと言われても事実だから仕方がない。観客の恐怖を煽る効果は、男性が怖がる様子を描くよりも、女性が怖がる様子を描く方が絶対に上だ。
「スクリーミング・クイーン」がいても「スクリーミング・キング」がいないのは、「たまたまハリウッドのホラー映画の主人公は女性が多かったから」というわけではない。
しかも性別に関わらず、そもそもリアクションで見せようという意識もそんなに強く感じないし。だから秀樹から香奈に主役がバトンタッチしても、そんなに怖さが上昇することは無い。

35分ほど経過した辺りで、ようやく「怪奇現象が起きるホラー映画」っぽさが本格的に見え始めるようになる。
しかし、「怪奇現象と何の関係も無い時間帯」ってのが、あまりにも長すぎやしないかと。
秀樹が家族を大切にしていないから「ぎぼわん」の標的にされたってことなのかもしれないけど、だとしても怪奇現象が遅い。
彼の家庭生活を描きながら「少しずつ怪奇現象がエスカレートしていく」ってのを見せることぐらい、難しくはないはずで。じゃあ高梨が死んだのは何なのかってのも、まるで説明が付かないし。

「ぎぼわん」の行動ルールや特徴があまりにも曖昧で、それが怖さを弱める要因の1つになっている。
「得体の知れなさ」ってのは恐怖を喚起する要素になるけど、どこまでも意味不明でOKってことじゃないからね。ある程度はバランス調整が必要なんだけど、「ぎぼわん」の場合は「何でも有りのデタラメな怪物」になっちゃってるのよね。
そのくせ、秀樹が襲われるシーンでは「刃物と鏡を嫌う」という詳細な設定が都合良く持ち込まれる。
でも、それは秀樹と観客を騙すための仕掛けに使われているだけであり、それ以降の展開に影響を及ぼすことは全く無いのだ。

秀樹が死んで香奈のパートになった後も、「ぎぼわん」の恐怖よりも、「香奈が知紗の育児を放棄して毒親になる」という展開の方が遥かに怖い。怖さの意味は大きく異なるけど、こっちの方がドラマとしての深みもある。
「ぎぼわんの恐怖」というホラーの部分は、それこそ半ば放棄されているかのようだ。
「大人が親としての責任を放棄し、そこに生じた悪意や醜さが怪物を生み出す」という図式を描くのなら、「秀樹や香奈が育児を放棄して自分本位に生きる」という部分を掘り下げて行くのも分かるよ。
でも、それと「ぎぼわん」の連動性が全く感じられないので、「この映画は何を描きたいのか」「どこで恐怖を生み出そうとしているのか」と言いたくなる。

途中で何度か日数の経過が表示されるのだが、「2時間後」の表示には苦笑してしまった。
3日後とか1週間後なら分かるけど、2時間後って表示しなきゃいけないほどの時間経過かね。普通にシーンを切り替えて、真琴と知紗が入浴している様子を描いただけでも、「あれから時間が経過して」ってのは伝わるでしょ。
「2時間」という時間が重要で、これが「1時間」でも「1時間半」でもダメってことなら、まだ分からんでもないのよ。
でも、そこは2時間だろうが1時間だろうが、細かいことは別にどうでもいいわけで。

結局、最初から最後まで、怪奇現象や怪物が全く関与しない部分、人間の醜さを際立たせる部分の方が、圧倒的に恐ろしいのよ。
怪奇映画で「最も怖いのは人間」という答えに着地するケースってのは珍しくもないよ。ただ、その類の映画は、充分に怪物や怪奇現象を描いた上で、「でも何より怖いのは人間」という答えに行き着くわけで。
この映画の場合、ずっと人間の醜さを恐ろしい物として描いており、それが怪物や怪奇現象より圧倒的に強いという図式が続いている のよ。そして、そういう人間の醜さが、「ぎぼわん」の恐怖と完全に分離しているのよ。
そういうのが無くても、「ぎぼわん」の恐怖は描けたんじゃないかと思ってしまうのよ。

後半に入り、知紗が『エクソシスト』のリンダ・ブレア化するシーンが何度か描かれる。
終盤に入り、寂しさを感じていた知紗が怪物を呼び込んでいたことが明らかにされる。
で、それが明らかになった時、「もっと早い段階から、そういうトコを全面に押し出した方が怖くなったんじゃないか」と思ってしまう。
そうすれば、「秀樹が自分勝手だったり、香奈が育児放棄したり」という部分と怪奇現象の繋がりも、分かりやすく見えるようになったはず。

終盤、琴子は日本中から有能な霊媒師を呼び集め、大規模なお祓いを執り行う。 ここがクライマックスになっているんだけど、「起きている現象に対して、やってることのスケールが過剰にデカくなってやしないか」と言いたくなる。
琴子が「アレ」と呼ぶ相手は、基本的にはマンションの一室で田原家と周囲の面々だけを標的にしているわけで。「日本の支配を企む悪霊」とか「世界転覆を目論む怪物」とか、そんな規模の悪意で動いているわけではないのよね。
いや、もちろん「大勢で頑張らないと勝てない強敵」ってことではあるんだけど、日本中から集まった霊媒師たちの存在意義がほとんど見えて来ないのよ。
「実は琴子さえいれば事足りるんじゃないか」という疑念が頭に浮かんだ時、それを否定する材料が何も見つからないのよ。

(観賞日:2020年10月14日)

 

*ポンコツ映画愛護協会