『黒崎くんの言いなりになんてならない』:2016、日本

その朝、春美高校2年生の赤羽由宇が登校していると、黒崎晴人が現れた。彼はいきなり由宇にキスすると、お前は俺の奴隷だ。俺に絶対服従しろ」と言い放つ。由宇が慌てて「黒崎くんの言いなりになんかならない」と反発すると、彼は「お前は俺の言いなりになる。他に選択肢なんかねえんだよ」と告げた立ち去った。由宇が「悪魔め」と忌々しげに睨んでいると、反対側から白河タクミが現れた。彼は自分の唇を指差し、「押して。スタートボタン」と言う。「また疑似彼氏になってくれるの?」と由宇が尋ねると、白河は「いや、疑似恋愛は、もうおしまい」と告げる。由宇がガッカリしていると、彼は「ここから、新しい関係が始まる。だから押して」と口にする。由宇が唇を軽く押すと、白河は「ホントの恋愛、教えてあげる」とキスをして立ち去った。
由宇は困惑しながら、今までの経緯を振り返る。地味で暗い性格だった由宇は変わろうと決意し、寮のある春美高校に転校した。しかし副寮長である黒崎の怒りを買ってしまい、服従を命じられたのだ。彼女はファーストキスを奪われただけでなく、高慢な黒崎の命令はバージョンアップしていく一方だった。しかし寮長である白河との出会いが、由宇にときめきを与えてくれた。白河は恋愛スキルの不足している由宇に同情し、疑似彼氏として学ばせてくれた。白河のおかげで、芦川芽衣子や梶祐介、服部一翔、来栖タカコといった友達も出来た。黒崎と白河に振り回される中で、おのずと由宇は変わっていた。
さて、物語は回想から現在へ戻る。白河は黒崎に、「上書きしといたから。言ったじゃん、本気で勝負しようって。完全にスイッチ入ったから」と告げた。担任教師の乃木坂省吾がホームルームを始める中、黒崎は由宇に「中庭の草むしりやっとけ」と命じた。彼は「誰にでも尻尾振ってんじゃねえよ」と苛立ちを示し、由宇の耳たぶを噛んだ。昼休みになると白河が現れ、由宇と2人きりで昼食を取った。白河は改めて「僕、由宇ちゃんのこと好きだよ。ゲームじゃなくて」と告白するが、由宇は彼が本気だと思えなかった。2人が一緒にいる様子を見た寮生の小柳絵麻、今泉香織、遠藤志帆は、由宇に対する怒りを覚えた。
由宇が寮に戻って掃除をしていると、黒崎は「風呂掃除、やり直し」と冷淡に命じた。2人の様子を見た絵麻たちは、由宇が黒崎にも気に入られていると感じて嫉妬心を抱く。3人は由宇に、「女子のお風呂壊れちゃったから、男子のお風呂使うようにって。8時までだから」と嘘を吹き込んだ。すっかり騙された由宇が男子風呂に入るのを確認し、3人は注意書きの貼り紙を外した。由宇が入浴していると、黒崎が入って来た。由宇は慌てて湯船に隠れるが、黒崎に気付かれる。
由宇は風呂から出ようとするが、そこへ白河も来てしまう。黒崎は由宇の前に移動して彼女を隠れさせ、白河は気付かないままシャワーを浴びて出て行った。由宇はのぼせて倒れてしまい、黒崎は彼女を抱き上げて部屋まで運んだ。目を覚ました由宇は、すっぴんだと気付いて狼狽する。しかし黒崎は、「どんな顔だろうが、お前はお前だろうが」と告げた。黒崎がピアノで演奏するドビュッシーの『月の光』を耳にした由宇は、いつの間にか来ていた梶に「この音、優しすぎてあいつのキャラに合わないんだけど」と言う。すると梶は、「黒崎くんは優しいんだって。それに、黒崎くんがピアノを弾く時は、伝えられない思いがあるから」と語る。
翌日、芽衣子が寮へ遊びに来たので、由宇は寮母の木俣サチに紹介した。由宇は芽衣子に黒崎のことを相談しようとするが、梶と服部に誘われてストリートバスケに興じた。芽衣子が圧倒的な強さを見せ付けていると、黒崎が通り掛かった。梶と服部に誘われた黒崎が参加すると、今度は芽衣子が圧倒された。芽衣子は由宇に、「悔しい。けど嬉しい」と告げた。そこへ白河が現れ、黒崎に「勝負しようよ」と持ち掛ける。黒崎は由宇は賭けようと提案し、白河は承諾する。
勝負を見守る芽衣子の様子を見た由宇は、彼女が黒崎を好きなのだと気付いた。そのことを指摘された芽衣子は、去年の夏にプールの授業で足がつって溺れた時、黒崎に助けてもらったことを話した。由宇は彼女に、「応援するね」と告げる。バスケ対決は黒崎が1点差で勝利するが、白河は「でも僕、引かないから」と告げた。その夜、突然の豪雨の中で雷鳴が轟き、白河は皆に気付かれないよう由宇の手を握る。寮が停電になると、白河は懐中電灯を取りに行く。芽衣子が同行して去った後、黒崎は由宇に抱き付いて「尻軽女」と告げる。彼は「誰の物か、忘れらんねーようにしてやるよ」と言い、首筋にキスマークを付けた。白河が部屋に戻って来ると、黒崎は由宇から離れていた。しかし白河は、由宇のキスマークに気付いた。
次の日、梶は由宇や芽衣子たちに、遊園地のチケットが5枚あることを話す。しかし有効期限は明日までなので、タカコと服部は用事があって行けなかった。すると由宇は芽衣子の恋を応援するため、黒崎を誘おうと提案した。白河も加わり、5人は電車で遊園地へ向かう。梶は由宇たちに、「観覧車の頂上でキスしたカップルは結ばれる」という伝説を語った。手袋を忘れた由宇が寒そうにしていると、彼女の手を握って白河は自分のポケットに入れた。
由宇は芽衣子に黒崎を誘うよう促し、2人きりになれるよう策を講じた。由宇は黒崎が芽衣子の誘いに応じて一緒に立ち去るのを確認し、白河と2人で移動する。白河は彼女を後ろから抱き締め、「ずっと待つつもりだったけど、もう限界。僕を見て。僕だけを」と口にする。夜になって皆の元へ戻ろうとした2人だが誰もいなかった。白河が飲み物を買いに行くと、黒崎が由宇の前に現れた。彼は「芽衣子は?」という問い掛けを「うるせえ」と無視し、由宇を強引に引っ張って行く。黒崎は由宇を観覧車に押し込み、頂上付近に到達するのを待ってキスをした。
寮に戻った白河は、黒崎に「もし由宇ちゃんがクロと付き合ったら、クロとはもう無理だ」と話す。翌朝、由宇は黒崎が『月の光』を弾く音を耳にして、ピアノ室へ行く。すると部屋には誰もおらず、由宇は片手でサティーの『ジムノペディー』を弾き始めた。すると黒崎が背後から現れ、演奏に加わった。連弾を終えた黒崎は、由宇に「これで終わりにする。絶対服従の期間は終了だ。以上」と告げる。理由を問われた彼は、「決まってんだろ。お前に飽きたからだ」と冷たく告げた。由宇は「そっか、助かる」と言って部屋に戻るが、ショックで泣き出してしまった…。

監督は月川翔、原作はマキノ「黒崎くんの言いなりになんてならない」(講談社「別冊フレンド」連載中)、脚本は松田裕子、製作総指揮は沢桂一、製作は中山良夫&村田嘉邦&鈴木伸育&由里敬三&中江康人&薮下維也&柴垣邦夫&中藪浩&大田憲男、エグゼクティブプロデューサーは黒崎太郎&古野千秋&茶ノ前香、製作統括は八木元、プロデューサーは植野浩之&末延靖章&荒川優美、撮影は木村信也&彦坂みさき、照明は尾下栄治、録音は井家眞紀夫、美術は津留啓亮、編集は小野寺拓也、音楽は牧戸太郎、主題歌『Make my day』はSexy Zone。
出演は中島健人、小松菜奈、千葉雄大、高月彩良、岸優太、池谷のぶえ、中村靖日、岡山天音、川津明日香、鈴木裕乃、北村優衣、長谷川里桃、黒崎レイナ、山崎あみ、鈴木美羽、柾木玲弥、松川星、佐々木萌詠、飯田祐真、奥村秀人、柿澤仁誠、進木永都、海老沢七海、山田茉亜紗、佐藤蛍、別府紗綾、上原佑介、伊東貴史、鈴木健斗、竹ノ内美桜、望月真由、吉田千穂、山本涼香ら。


マキノの同名少女漫画を基にした作品。
監督は東京芸術大学の黒沢清・北野武ゼミ1期生で、『Cheerfu11y(チアフリー)』『この世で俺/僕だけ』を撮った月川翔。
脚本は『劇場版 私立バカレア高校』『L・DK』の松田裕子。
黒崎をSexy Zoneの中島健人、由宇を小松菜奈、白河を千葉雄大、芽衣子を高月彩良、梶を岸優太、サチを池谷のぶえ、乃木坂を中村靖日、服部を岡山天音、タカコを川津明日香、美莉を鈴木裕乃、マコを北村優衣、菜摘を長谷川里桃、あやを黒崎レイナ、英玲奈を山崎あみ、乃亜を鈴木美羽が演じている。

冒頭、由宇が黒崎と白河から立て続けにキスされた後、これまでの経緯を振り返る手順に入る。
普通に考えれば、それなりに丁寧な描写が求められるシーンだ。しかし実際には、ダイジェストとして慌ただしく片付けられている。
まるで前作があって、これが第2作のような構成だ。あるいはTVドラマのシリーズがあって、その劇場版ということなら、それも理解できる。
しかし、そうではない。この映画の公開を前にして、「前日譚」として深夜に55分枠のドラマが放送されたのだ。
だけど、「映画の内容に入るまでの経緯は、2回だけ放送された深夜ドラマでチェックしてね」ってのは、すんげえ不誠実でしょ。

これが「それを見ていなくても映画を観賞する上では支障が無い」とか、「見た人は楽しめるサービス的なシーンが盛り込まれている」とか、その程度の前日譚だったら、一向に構わないと思うのよ。
だけど、実は「前日譚」と書いたけど、そこから物語は始まっているのよ。
何しろ、イメチェンを図って転校した由宇が黒崎&白河と出会い、黒崎からは服従を命じられ、白河からは疑似彼氏を提案され、友達が出来る様子が描かれているわけで。
そういう大事な「物語の始まり」を深夜ドラマで描き、映画では「ここまでのダイジェスト」として軽く処理するって、なんちゅう歪んだ作品だよ。

由宇は黒崎と白河の2人から好意を寄せられるが、何しろ『黒崎くんの言いなりになんてならない』というタイトルなのだから、どちらを選ぶのかは最初から分かり切っている。
っていうか、仮に別のタイトルだったとしても、そんなのは最初から分かり切っている。
身勝手で高慢な男と、優しくて穏やかな男が「ヒロインを好きになるライバル同士」として登場した場合、ヒロインは必ず前者を選ぶのだ。
これは「絶対に」と断言してもいい。そこには安心と信頼と実績がある。

なので本作品も、「由宇は最終的に、どっちを選ぶんだろうか」なんてハラハラドキドキすることは無い。
最初から「黒崎を選ぶまでの恋愛劇」であることは確定しているので、それを分かった上で鑑賞するってのが正しいスタンスだ。
この映画の、っていうか同じようなフォーマットを使う少女漫画(及び、それを原作とするドラマや映画)のハラハラドキドキは、別のトコで充分に体感することが出来る。
それは「ヒロインがイケメンと繰り広げる恋愛模様」そのものに含まれているのだ。

男性諸君が勘違いしちゃいけないのは、世の女性たちが優しい男よりも身勝手な男を選びたがるわけではないってことだ。
あくまでも漫画の世界だから、そっちを選ぶヒロインに女性が共感するだけだ。
少女漫画でヒロインが惚れる男の身勝手さや強引さは、「力強さ」というプラスの意味に解釈してもらえる。
もしも実際の男性がやったら「下手すりゃDVや犯罪だぞ」という行為であっても、少女漫画の世界なら余裕で許される。
実社会で、まるで親しくもない女性に急にキスなんかしたら、シャレにならないからね。

少女漫画の世界では、犯罪スレスレで問題だらけの男が、たまに優しさを見せることによって、ヒロインはキュンキュンしたり、ドキドキしたりして恋心が高まって行く。
それって実は、「DV男が急に優しくすることで女を支配する」という手口と大して変わらないのだが、少女漫画の世界では余裕で許される。
ただし、そこで重要なのは「男はイケメン」ってことだ。
性格には大いに問題があっても、見た目が良ければ全てがチャラになる。
劇中でも白河が言うように、「カワイイは正義」という表現があるが、「カッコイイ」ってのも絶対的な正義なのだ。

「だったらイケメンで優しい白河は、なぜ振られてしまうのか」と言いたくなるかもしれないが、それは少女漫画の鉄則だから仕方が無い。
少女漫画で性格の悪い男が「ヒロインの相手役」として登場した場合、優しい男は噛ませ犬になることが定められている。
そういう男は、ヒロインに振られた後でも優しいし、何も申し分が無い人間なのだが、少女漫画だと身勝手な男の「強さ」に敗北するのだ。
だけど、そっちもイケメンじゃないと絶対にダメなのだ。何しろ、「複数のイケメンから惚れられる」というヒロインの羨ましすぎる環境に、多くの女性が自分を重ね合わせて妄想を膨らませるわけだから。
そこが不細工だと、まるで楽しくないでしょ。

少女漫画を良く読んでいる女性、少女漫画のような恋愛に憧れて妄想を膨らませている女性からすると、胸がキュンキュンしたり、照れて頬を赤らめたり、ウットリしたり、キャーキャーと騒ぎたくなったり、思わず頬が緩んでニヤニヤしてしまったり、そういうシーンの連続だろう。
何しろ本作品は、脈々と受け継がれている「少女漫画の典型的パターン」を見事に使いまくっている内容だからだ。
ある意味では「ベタベタ」ってことになるのかもしれないが、ベタの強さってのは生半可なモノじゃないからね。
特に漫画という媒体においては、ベタってのは相当に強い力を持っている。
なので、漫画を原作とした映画でも、その力を充分に発揮すると捉えていいだろう。

少女漫画を全く読まない男性、女性が憧れるような恋愛劇に全く興味を抱かない男性からすると、この映画は全く受け付けない可能性が濃厚だ。ひたすらキツいとか、まるで気持ちが高まらない退屈な内容だとか、下手をすると「こんな男を選ぶヒロインは不愉快だ」とまで感じてしまう恐れもある。
しかし、そんな男性諸君にも、この映画を楽しめる方法がある。
前述した「女性の反応」の複数の例の中で、「思わず頬が緩んでニヤニヤしてしまったり」という部分に関しては、男性でも体感できる可能性がある。
ただし、その「ニヤニヤ」は、少女漫画が好きな女性とは大きく意味が異なる。
「バカだなあ」「くっだらねえ」という意味で、ニヤニヤできるってことだ。

そもそも「2人のイケメンがヒロインを奪い合う」という図式からして、ニヤニヤできる。
『トワイライト』シリーズでも使われていたように、それは「女性の妄想を刺激すると」いう意味では日本だけじゃなく海外でも通用するフォーマットだ。そんなベタベタの図式を採用し、ベタベタの恋愛劇を「これでもか」とばかりに繰り広げてくれるのだから、こんなに楽しいことは無いよ。
「これぞ少女漫画」という王道まっしぐらで、少女漫画が好きじゃない男性、興味が無い男性にしてみれば、「ツッコミを入れて下さい」と言っているようなモノだ。
美味しい素材が目の前にあるのだから、積極的に調理してあげよう。

やたらと由宇が心の声をモノローグで語るのも、いちいちリアクションが大きいのも、やはりニヤニヤできるポイントだ。
黒崎が偉そうな態度を保ったまま、たまに由宇を守ったり助けたりするシーンも、「分かりやすいなあ」とニヤニヤできる。
由宇が風呂場で助けられた後、黒崎が高慢な態度で優しく接したり、フッと笑ったりする様子なんかは、一部の女性はキュンキュンし、一部の男性はニヤニヤできるポイントだ。
その後で由宇が回想し、いちいち「もしかして私、ドキドキしてる?」と心の声を発するのも同様だ。

芽衣子はストリートバスケで黒崎に負けると、「悔しい。けど嬉しい」と言う。
この時点で、かなり鈍い人でも「芽衣子は黒崎に惚れている」と気付くだろう。
しかし本作品では、黒崎が白河と勝負する様子を見ていた芽衣子が、彼の活躍に「よしっ」とか「やったあ」と喜んで大きくリアクションを取る様子を見せる。
そのくせ、由宇から「好きなの、黒崎くんのこと?」と問われると」「えっ?」と困惑の表情を浮かべ、「誰にもバレてなかったのに」と口にする。
もうね、ここなんて「さあ、皆さんニヤニヤして下さい。もしくはツッコミを入れて下さい」とアピールしているようなモンだよ。

これまでの人間関係の描写がペラペラで、例えば舵や芽衣子が黒崎に救われたことは台詞でサラッと語られるだけだし、黒崎と白河が幼い頃から仲良しだったことも数秒の回想シーンで片付けられるだけ。
なので、「舵や芽衣子が黒崎に惚れる動機は薄弱」とか、「白河から由宇と付き合ったらもう無理だと言われた黒崎が悩む理由が意味不明」といった問題はある。
っていうか、「説明不足」とか「話が浅薄」ということから派生する問題は色々とある。
だけど、そんなことは本作品にとって、それほど重要ではない。

前述したように、脳内妄想を存分に膨らませてキュンキュン&ドキドキしまくるか、ニヤニヤしたりツッコミを入れたりするか、そういう楽しみ方をするべき作品だ。
だから、細かいことは気にしちゃいけない。足りない部分は、全て妄想かツッコミで補えばいい。
それでもダメだったら、おとなしく諦めるしかない。無理に固執する必要なんて無い。
世の中には、他にも多くの映画があるのだ。そっちを見た方が、絶対に有意義なのだから。
私のように、無駄で無意味な時間を過ごす必要は無いのだ。

(観賞日:2017年5月20日)

 

*ポンコツ映画愛護協会