『子象物語 地上に降りた天使』:1986、日本
昭和15年春、東京富士見動物園では象のサクラを無事に出産させるため、飼育係の田辺正太と獣医の斎藤清が見守っていた。同じ頃、正太の自宅では妻の節子も陣痛に苦しんでいた。正太は義母の百代から電話を受け、節子が難産で大変だと言われる。「こっちはもっと大変なんですから。日本で初めて、象のお産をやってるんですから」と正太が冷たく言うので、百代は腹を立てて電話を切った。明け方になり、サクラは子象のハナ子、節子は男児の太郎を無事に産んだ。ハナ子も太郎も、元気にすくすくと育った。
昭和17年春。ハナ子は2歳の誕生日を迎え、小学生からエプロンを贈られた。動物園に集まった大勢の子供たちに、正太はサクラと綱引きをさせた。象舎を掃除していた飼育係の大島源治は、ハナ子に突き飛ばされて頭から藁を浴び、腹を立てて「馬鹿にしやがって」と仕事を辞めようと考えた。東京上空に敵機来襲の情報が入り、動物園には空襲警報が鳴り響いた。内務省政務次官の村上政弘は非常事態に備えて万全を期すため、関係者を集めて動物園非常処置要綱として猛獣を処分する方針を説明した。国民に非常事態の現状を認識させ、空襲化における東京の治安も確保するのが目的だった。
既に五大都市には方針を通達済みで、その時になれば動物園の監督を担当するようと村上は参謀次長に告げる。参謀次長は東部軍司令部の秋元圭司少佐に、準備に入るよう命令する。正太は大島と飲みながら、辞職を思い留まるよう説得する。かつて正太はサクラの世話をしている時に鎖が絡まり、右足に後遺症が残っていた。しかし彼はサクラのせいじゃなく、自分が何もサクラのことを知らなかったからだと語る。大島は象が好きな気持ちを再確認し、仕事を続けることにした。
太郎は熱を出して寝込み、百代は世話をするために田辺家へ来ていた。そこに守衛が来て、ハナ子の様子がおかしいので来てほしいという連絡が動物園からあったことを伝える。酔っ払って帰宅した正太は話を聞き、急いで動物園へ向かった。翌日、秋元と部下の横山菊男が動物園を訪ね、園長の高橋彰一に案内してもらって猛獣を確認した。ハナ子の世話をしていた正太は、小学校からの幼馴染である秋元が来たので再会を喜ぶ。一方の秋元は笑顔を見せず、婚約者の木暮幸子が日比谷公会堂でショパンを演奏するので付き合わないかと誘った。高橋は部屋に正太を呼び、動物園非常処置要綱の件を伝えた。
その夜、正太は秋元と共に、幸子の定期コンサートへ出掛けた。コンサートの後で飲むことになり、幸子は優秀な演奏者が兵隊に取られたせいで定期コンサートは今回で最後だと話す。正太は秋元に、動物園の動物を殺すのは本当かと質問した。秋元は「必要な時が来れば実行する」と告げ、非国民に戦争の恐ろしさを教えてやるんだと語った。正太は他に方法があるはずだと訴えるが、秋元は既に決定事項だと言い放った。正太が怒りを見せても、彼の冷淡さは全く揺るがなかった。
ハナは熱が下がらず、3人の小学生が心配してバナナを差し入れした。ハナはバナナを食べて元気になり、正太は安堵した。幸子は小学校の音楽教師になり、子供たちに歌を教え始めた。昭和17年6月5日、日本はミッドウェイ海戦に敗れ、同年12月31日にはガダルカナル島から撤退した。正太は高橋と相談し、サクらやハナを引き取って欲しいと地方の動物園に手紙を書いた。他の動物の飼育係たちも、自分が担当している動物を助けたいので手紙を書いた。
軍艦や鉄砲を作るため、動物園からはベンチや名札や餌箱など様々な物品が押収された。燃料も無くなり、動物たちの暖房も石炭から薪に代わった。昭和18年5月29日、日本軍はアッツ島で玉砕した。動物園では大島を含む飼育係3名が徴兵され、正太たちは万歳で送り出した。昭和18年8月16日、今月一杯で猛獣の処置を完了せよとの命令が下された。園長は各自の任務を遂行するよう、飼育係に通達する。銃の使用は住民に不安を与えるので禁止されており、他の手段を用いてほしいと彼は説明した。さらに高橋は、当局から指示があるまで家族友人を問わず他言無用だと釘を刺した。
長野動物園の園長を務める栗田が富士見動物園を訪れ、サクラとハナ子を引き取ると高橋に申し入れた。高橋は感謝するが、他の猛獣は無理だと聞いてライオン係の早川は落胆した。大事なライオンを殺せないので、早川は辞表を提出した。正太は家に栗田に招き、礼を言う。彼は節子に、飼育係として長野動物園に行くいう考えを明かした。富士見動物園は休園になり、次々に動物が殺処分された。そんな中で正太は象を運び出そうとするが、サクラに熱があるので心配した。
正太や高橋たちがサクラとハナ子を搬送しようとしていると、秋元と横山が来て作業の中止を要求した。許可が取り消しになったと秋元が言うので、驚いた栗田が証明書を見せる。すると秋元は証明書を破り捨て、村上が出した新しい命令書を見せた。彼は抗議する正太に対し、特例は無いので象を直ちに処分しろと命じる。正太は辞表を提出し、「どうしても殺せってんなら、自分でやれ」と秋元を睨み付けた。秋元が「国家反逆罪で逮捕するぞ」と言うと、正太は「やってみろよ」と睨み付けた。横山は立ち去ろうとする彼の前に立ちはだかり、銃を向けて「一歩でも動いてみろ。射殺するぞ」と通告した。
正太は高橋から、「君が憲兵隊に逮捕されたら、君に代わって誰かがサクラとハナ子の処置をしなければならない」と言われる。慣れない人間が担当すればサクラとハナ子を苦しめることになると高橋は語り、「せめて君の手で最期を看取ってやってもらいたい」と頭を下げた。象2頭を残し、他の動物の処分は全て完了した。正太は秋元の命令を受け、毒を混ぜた餌を用意した。しかし彼は、毒の入っていない餌ばかりサクラやハナ子に与える。激怒した横山が毒入りの餌を投げるが、サクラやハナ子も全く食べようとしなかった。
秋元は斎藤を呼んで注射で毒殺しようとするが、針が折れて入らなかった。そこで秋元は、餌と水を与えずに餓死させるよう命じた。正太はライフルを秋元に渡し、「餓死させるぐらいだったら、これで殺せよ」と怒鳴った。象舎は封鎖され、誰も入ることが出来なくなった。やがてサクラは死亡し、解剖されることになった。正太は高橋の指示で、ハナ子を一時的に象舎から連れ出した。外には大勢の小学生が集まっており、久々にハナ子を見て喜んだ。
引率の幸子は、子供たちが学童疎開で田舎へ行くので動物を見せてやりたいのだと正太に頼んだ。正太は彼女に、ハナ子以外の動物が全て殺されたと教えた。子供たちが「ハナ子と一緒に田舎へ行きたい」と言い出すと、幸子は正太に皆で力を合わせてハナ子を助けようと提案した。正太が承諾すると、幸子が計画を立てた。ハナ子をグランドピアノの木箱に隠れさせ、楽団員たちが長野へ向かう列車に乗せて脱出させるのだ。正太は高橋たちにも協力してもらい、計画を実行に移す…。監督は木下亮、脚本は山田信夫、製作は大西良昌&新坂純一、撮影は安藤庄平、美術は村木与四郎、録音は近田進、照明は大澤暉男、編集は黒岩義民、企画協力は大西敏子、音楽は羽田健太郎、主題歌『地上に降りた天使』唄は水谷麻里。
出演は武田鉄矢、永島敏行、遥くらら、大滝秀治、名古屋章、目黒祐樹、萩尾みどり、水谷麻里、大山のぶ代、河原崎長一郎、神山繁、三上寛、三谷昇、石井章雄(ラサール石井)、浦田賢一、井上高志、長沢武司、中海加津治、加藤茂雄、東静子、奈須真司、永沢秀樹、東雅敏、秋元法郎、山本大樹、三浦孝太郎、飯野剛、滋野龍、石原〆造、松川傑、小野隆、伊勢将人ら。
『肉体の学校』『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』の木下亮が監督を務めた作品。
脚本は『皇帝のいない八月』『動乱』の山田信夫。
正太を武田鉄矢、秋元を永島敏行、幸子を遥くらら、栗田を大滝秀治、高橋を名古屋章、節子を萩尾みどり、百代を大山のぶ代、早川を河原崎長一郎、村上を神山繁、横山を三上寛、斎藤を三谷昇、大島を石井章雄(ラサール石井)が演じている。参謀次長役で、目黒祐樹が友情出演している。
栗田の娘の麻里子を演じているのは、主題歌を担当した水谷麻里。サクラと節子の出産を並行して描くのが冒頭シーンだが、早々に「間違えている」と感じる。
正太は妻が難産だと聞いても、全く心配する様子を見せずに「そっちは産婆さんだってお義母さんだっているじゃないですか。こっちはもっと大変なんですから」と言い放つ。「
象の子供と自分の子供と、どっちが大事なのよ」と責められても、平然と「そりゃあ象に決まってるでしょう」と答える。
ギャグとしてやっているつもりなんだろうけど、「自分の子供より象の子供が大事」ってのが本心なのは明らかなわけで、それはイカンだろ。そこは「妻や自分の子供も心配だけど、象の世話があるのであるのでアタフタする」みたいな見せ方にでもしておけば、正太の好感度を下げずにギャグと両立させられたはずで。それなのに、なぜ酷い暴言を吐かせちゃうのかと。
ただ、どうやら彼の息子に対する冷たさって、シャレにならないレベルなのよね。
だってタイトルロールで太郎と遊ぶ様子がチラッと描かれるけど、本編では一緒にいるシーンが皆無に等しいのよ。太郎が熱を出して寝込んでいる時も、心配する様子は皆無だし。
太郎だけじゃなくて、節子の存在感も希薄で出番も少ないし。
正太はサクラとハナ子のことばかり考えていて、「家庭を疎かにするにも程があるだろ」と言いたくなるのよね。粗筋でも書いたように、戦況が悪化したり動物園非常処置要綱の準備が進んだりする中で、「ハナ子が熱を出して寝込む」という出来事が起きる。
だけど、そんな展開は全く要らないのよ。
戦争を巡る出来事を除けば、正太がハナ子を心配しなきゃいけない出来事なんてゼロにしておいた方が何かと都合がいいのよ。
「それまでのハナ子は元気一杯で、正太は彼女の世話をして楽しくて幸せ一杯だった」みたいな形にしておいた方が、「戦争の暗い影」ってのが強く伝わるはずでしょ。それ以外の要素で、暗さなんて要れない方がいいでしょ。猛獣の殺処分が実施されるシーンは、テロップだけで処理される。ホントに動物が殺される様子を描くのは難しいだろうから、それは別に構わない。
で、そのテロップでは「ライオン雌 毒薬と槍を使用 1時間37分後に絶命 ライオン雄 32分後に絶命」「ニシキヘビ 絞殺 20分後に絶命」「ニホングマ 絞殺 15分後に絶命」「シロクマ 絞殺 5分後に絶命」「クロヒョウ 絞殺 4分30秒後に絶命」などと説明される。
絞殺が多いのが特徴だ。どうやらワイヤーを輪にして棒に括り付けた道具を使っているみたいだけど、ニホングマやシロクマを絞め殺すのって難しくないか。
毒殺は「動物が餌に違いを感じて食べない」ってことがあるので簡単じゃないかもしれないけど、その後でサクラとハナ子に毒入りの餌を与えているんだよね。だったら他の猛獣も、まずは毒殺を試せば良かったんじゃないの。映画開始から28分ぐらいで、「飼育係が動物を地方の動物園に引き取ってもらうために手紙を書いた」という正太のナレーションが入る。そこから4分ぐらい経った辺りで、今月一杯で猛獣の処置を完了せよとの命令が下される。その直後、栗田が富士見動物園に来てサクラとハナ子を引き取ると告げる。
展開が拙速なんだよなあ。
だったらジェットコースター的なテンポ感で緊迫感を煽っているのかというと、そういうことではないのよ。
モッチャリしたテンポ感なのに、大事な手順だけ慌ただしい印象になっている。次々に猛獣が殺されたことをテロップで片付けた直後、サクラとハナ子を搬送しようとする動きが描かれる。
なので、「動物たちが無慈悲に処分されていった」という出来事の悲劇性は、全く伝わって来ない。可愛がってきた動物を処分する飼育係の無念や悲しみに暮れる様子なんて、全く描いていないし。
で、そういうことには全く関与せずに正太が象を助けようとする動きが描かれると、「こいつはホントにサクラとハナ子だけが可愛いのであって、他の動物はどうでもいいのね」と言いたくなっちゃうわ。
そりゃあ自分が担当する動物が一番だという気持ちがあるのは当然だし、それが悪いとは言わないよ。でも動物園の飼育係として、他の動物への愛情が微塵も見えないってのは、ものすごく薄情で冷淡じゃないかと。正太がサクラとハナ子の殺処分を拒否して立ち去ろうとした時、横山が銃を向けて「一歩でも動いてみろ。射殺するぞ」と通告するシーンがある。
だけど、そこからカットが切り替わると、正太は自宅に戻っているんだよね。それはシーンの繋がりとして上手くない。
そりゃあ「正太は逮捕されずに解放された」ってことぐらい、ボンクラなワシでも理解できるよ。
でも、それなら横山が銃を向ける手順は余計なだけでしょ。正太が「やってみろよ」と秋元を睨み付けて立ち去った方が、流れとしては間違いなくスムーズでしょ。その後、正太がライフルを秋元に渡し、「餓死させるぐらいだったら、これで殺せよ」と怒鳴るシーンがある。
この時も、もちろん秋元がサクラとハナ子を射殺することはなく、そのまま餓死させる方向で話が進む。
そうなると、正太が秋元にライフルでの射殺を迫る手順は邪魔なだけなんだよなあ。「殺せよ」と言われた秋元の反応も、特に何も無いし。
正太の怒りを表現することは、そこまでに色々とやっているから、それが無くても全く支障は無いし。終盤、秋元はハナ子を逃がそうとする計画に気付き、追い掛けて来て射殺を通告する。
正太が「ハナ子は、体は大きくても赤ん坊だよ。そんな赤ん坊を殺さんと、日本は戦争に勝てんのかね」と訴えても、彼は耳を貸さない。ライフルを用意し、苦しませたくなかったら急所に印を付けろと命じる。
幸子が「音楽を愛して下さった貴方がハナ子を殺すんですか」と責めても、冷淡な態度は全く変わらない。
大勢の子供たちが駆け付けると、中隊が立ちはだかる。すると幸子がピアノを弾いて楽団が演奏し、子供たちが歌い始める。そんな中で銃声が響くが、ハナ子は死んでいない。
だけど、それは決して秋元が人々の訴えに心を揺さぶられた結果ではないのだ。
そこにあるのはヒューマニズムじゃなくて、単に「自分で射殺する覚悟や勇気の無い臆病者だった」ってだけなのよ。
だって、その直前まで彼は、一貫して「命令に従う冷血漢」だったんだから。
そこを「感動のシーン」として見せたいのなら、秋元が命令と人情の狭間で葛藤する様子を充分に描いておく必要があるのよ。(観賞日:2025年9月3日)