『交渉人 真下正義』:2005、日本
湾岸署の面々がレインボーブリッジを封鎖し、命令系統が存在しない集団による犯罪を解決してから1年後の、12月24日。東京 トランスポーテーション・レールウェイ(TTR)の総合指令室で、妙な列車が確認された。一方、警視庁では、幹部会議が開かれていた。 「弾丸ライナー」と名乗る者が交渉課準備室課長・真下正義を名指しし、地下鉄での爆破予告をしてきたのだ。
弾丸ライナーは悪戯ではないことを証明するため、葛西第二公園のゴミ箱で小さな爆発を起こした。警視庁は地上班の指揮官として、 SIT係長の木島丈一郎を指名した。室井は真下を呼び出し、TTR総合指令室へ向かわせる。その日、真下は恋人の柏木雪乃と午後 6時半に新宿で会う約束をしていた。
TTR総合指令室には、整備中の「クモ」が消えたとの連絡が入った。クモE4-600は、搭載したコンピューターによって幅が違う路線でも 自由に走れるフリーゲージ・トレインだ。やがてクモは東陽町駅に出現し、停車した。駅員が中を調べると、誰も乗っていなかった。その 時、後ろから列車1033が接近してきた。指令室から停止命令が出るが、制御不能のため急いで手動に切り替える。衝突しそうになった ギリギリのところで、クモは駅を出発して走り始めた。
木島は「あと2回は犯人が爆発を起こす」と推理し、部下の浅尾裕太と共に車で夜の街を走る。一方、真下はTTR総合指令室に到着 するが、総合指令長の片岡文彦は彼を快く思わず、自分達だけで解決すると主張した。真下や同行した交渉課準備室CICルームの小池茂 らに協力的なTTRの職員は、広報主任の矢野君一だけだった。
クモが自由気ままに走り続けるため、片岡らは衝突事故を避けるために必死で列車を誘導する。そんな中、ヴォイス・チェンジャーで声を 変えた弾丸ライナーが指令室に電話を掛けてきた。真下は弾丸ライナーと交渉してクモを減速させ、すぐに電話を切った。その直後、クモ は東陽線を外れ、モニターから消えた。TTRは臨時ダイヤを組むため、線引き屋の熊沢鉄次を呼ぶ。
片岡はSATの出動を要請し、クモを狙撃してもらおうとする。そこへ、今度は真下の携帯に弾丸ライナーから電話が掛かってきた。 「クモに爆発物を積んでいるのか」と尋ねる真下に、弾丸ライナーは「『ジャガーノート』を知っているか」と告げて電話を切った。真下 はクモが爆発物を積んでいると確信し、狙撃を中止させた。
その直後、車両基地で爆発が起き、真下はクモに爆発物が積まれていないと確信する。真下は片岡に、「クモは公表されていない脇線を 使っているのではないか」と尋ねる。片岡は答えなかったが、熊沢が脇線の場所を真下に教えた。脇線に木島とSATを出動させ、クモを 狙撃する計画を立てた。しかし、なかなかクモを発見することが出来ない。
弾丸ライナーは真下に電話を掛け、『オデッサ・ファイル』というヒントを出してきた。次の電話で出されたヒントから、真下は 『愛と哀しみのボレロ』という答えを導き出す。そして真下は、ボレロの演奏が行われるコンサート・ホールに爆弾が仕掛けられている ことを知る。そのホールには、真下の到着を待つ雪乃がいた・・・。監督は本広克行、原案は君塚良一、脚本は十川誠志、製作は亀山千広、プロデューサーは臼井裕詞&堀部徹&安藤親広、アソシエイト・ プロデューサーは小出真佐樹、企画は関一由&阿部秀司&島谷能成&渡辺純一、撮影は佐光朗、編集は田口拓也、録音は芦原邦雄、 照明は加瀬弘行、美術デザイナーは相馬直樹、VFXディレクターは山本雅之、VFXプロデューサーは浅野秀二、音楽は松本晃彦。
出演はユースケ・サンタマリア、寺島進、小泉孝太郎、高杉亘、松重豊、柳葉敏郎、水野美紀、國村隼、金田龍之介、西村雅彦、 石井正則、八千草薫、甲本雅裕、遠山俊也、大和田伸也、辻萬長、矢島健一、東根作寿英、中村育二、小林隆、樋渡真司、若杉宏二、 宮吉康夫、太田浩介、大西孝洋、小林健一、ムロツヨシ、神野美紀、石田鋼太、清水智子、古山憲太郎、永峰寛、平山祐介、遠藤直哉、 岩寺真志、ますもとたくや、今井朋彦、三上市朗、福本伸一、野田晋市、橋田雄一郎、金替康博ら。
TVシリーズから劇場映画へと展開していった「踊る大捜査線」シリーズの登場人物、真下正義を主人公にしたスピンオフ映画。
「踊る」スピンオフの第2弾『容疑者 室井慎次』と同時に企画され、立て続けに公開された。
この映画のラストで室井が呼び出しを受けているが、それが『容疑者 室井慎次』のオープニングへと繋がる。
「踊る大捜査線」のレギュラー陣からは、真下正義役のユースケ・サンタマリアの他に、室井役の柳葉敏郎、雪乃役の水野美紀、湾岸署 刑事課・緒方薫役の甲本雅裕、同じく湾岸署刑事課・森下孝治役の遠山俊也らが登場。小池茂役の小泉孝太郎は、劇場版第2作での 民間技術者から転職しての再登場。SATの草壁中隊長役の高杉亘は、TV版歳末特別SP&劇場版第2作に続いて3度目の登場。 爆発物処理班班長役の松重豊は、TVシリーズ第2話に続いて2度目の登場。警視庁組織犯罪対策部長・安住役の大和田伸也は、劇場版第1作&第2作に続いての登場。警視庁刑事部長・町屋役の辻萬長は、TVの スペシャル版に続いて2度目の登場。TV版歳末特別SP、番外編、劇場版第2作に登場したトレッキアン・三井一郎役の三上市朗は、 今回も『スター・トレック』の扮装で冒頭シーンに姿を見せている。
今回の初登場組は、木島役の寺島進、片岡役の國村隼、熊沢役の金田龍之介、指揮者役の西村雅彦、矢野役の石井正則、片岡の母親役の 八千草薫、警視庁公安部長・菅野役の矢島健一、浅尾役の東根作寿英など。
なお、ヨーロッパ企画や離風霊船、モダンスイマーズや転球劇場など、小劇団の役者が多く出演している。
ヨーロッパ企画の役者が多く出演しているのは、同劇団の戯曲を『サマータイムマシン・ブルース』を本広克行監督が映画化した関係だろう。人気シリーズのスピンオフだが、お気軽に作ったというわけではなく、かなり気合いを入れて製作されたはずだ。
メディアミックスを大々的に展開しているフジテレビにとって、「踊る大捜査線」シリーズは今後も金の鳴る木として育てて行かねばならないものなのだから。
フジテレビ(というか亀山千広)としては、ここでコケるわけにはいかないのである。
なお、一部では『機動警察パトレイバー the Movie』との極端な類似が指摘されたが、監督や関係者がオマージュであることを公表して いる。これまでの「踊る大捜査線」劇場版でも過去の映画を引用してきたので、パトレイバーに関しても、そういうことなのだろう。
おいおい、誰だよ、「パクリもオマージュと言ってしまえばいいんだな」などと陰口を叩いている奴は。地上班の指揮官を務める木島は、勘だけで捜査を進めるという古いタイプの刑事(「あと2回は爆発する」と断言するが、ただの勘)に 設定されている。
てっきり、それは真下が裏付けに基づいた行動を取るタイプなので、対比として用意したキャラなのかと思っていたら、 そうではなかったようだ。
なぜなら、真下も根拠無しに勘だけで行動してしまうからだ。
荒くれ者っぽい木島と軟弱そうな真下、見た目や口調こそ違えど、中身は大して変わらない。
真下は「クモの起爆装置でコンサート・ホールを爆破するには近付く必要がある」と断定するが、その根拠を聞かれて「勘です」と答える。 「クモは爆弾を積んでいない」と断定した根拠を木島に尋ねられた時も、「ただの勘です」と答える。
シャレや照れ隠しで「勘です」と言うのではなく、本当に勘なのだ。
何しろ、観客に対しても根拠を示していないのだから。何より困ってしまうのは、真下のネゴシエーション能力がてんでダメだということだ。わざわざタイトルにまで「交渉人」と謳っているのに、交渉シーンのテンションが低い。 犯人との頭脳戦、駆け引きの妙というモノを全く見せない。
だからって行動力で見せるタイプではないわけだから、そうなると単に無能な奴にしか見えなくなってしまう。
結局、犯人を追い込んだり犯行計画に迫ったりするのは、真下の交渉能力ではなく、プロファイリングやパソコンで得た情報なんじゃないの。
真下の飄々とした物言い、気の抜けたような佇まいは、ここぞという時にはビシッと決めてこそ、そのギャップで意味が生じてくるはずだ。
ここぞという時に優秀な交渉人としての才能を発揮しないと、ただのボンクラでしかない。
真下が無知(とりあえず『ジャガーノート』ぐらいは見ておこうぜ)で無能なので、そりゃあ高いレヴェルの知能戦になるはずもない。真下が犯人に知恵比べを挑まれるほど賢くないとか、「踊る〜」的なノリが話と噛み合っていないとか、多くの問題も抱えつつ、それでも 『新幹線大爆破』チックな列車サスペンスに終始している内は、まだ良かった。
ところが「地下鉄は囮で、犯人の目的はホール爆破だった」という唖然とさせられる事実が明らかになると、話は完全に「ゴムがダルダルになったパンツ」状態になる。
どうして列車サスペンスを最後まで貫かなかったのかと。
犯行の舞台がホールに移動することによって、真下が交渉人としての持ち場を離れ、ホールへ向かうというマヌケな行動を取るハメに なってしまう。しかも地上に出たからといって、真下は何もしていない。爆破を止めるのは処理班と木島たちだし、クモを阻止するのは SATの面々だ。
その間、真下は、ただ走っているだけ。パトレイバーを拝借していることは前述したが、劇中では犯人が『ジャガーノート』『オデッサ・ファイル』『愛と哀しみのボレロ』と いった映画のタイトル、小説『深夜プラス1』のタイトルを出し、終盤の展開には『知りすぎていた男』を引用する。
ただし『愛と哀しみのボレロ』と『深夜プラス1』はともかく、『ジャガーノート』や『オデッサ・ファイル』は筋書きにそれほど関係ない気が するんだが。何のヒントだったんだろうか。
起爆装置が仕掛けられ、処理班が出動するので、まあ一応は『ジャガーノート』と関係なくはない。ただし、起爆装置の解除シーンは省略 しまくりで、最後のコードを勘だけで簡単に切ってしまっている。
他の作品はともかく、少なくとも『ジャガーノート』に関しては、完全にバカにしているとしか思えない。犯人の素性や目的が分からないまま終わっているが、それは別に構わない。
ただし、真下が犯人と対峙するシーンは用意しておくべきだった。
それが無いまま犯人が自爆して終わってしまうのは、ただ投げ出したとしか感じない。
自害するにしても、真下の前に姿を見せてからにすべきだった。
もしかすると、続編に向けての「引き」のつもりなのかね。