『高台家(こうだいけ)の人々』:2016、日本

昔々、イギリスの伯爵令嬢であるアン・ペトラーは、日本人留学生の高台茂正と恋に落ちた。アンには人の心を読む不思議な能力があり、それは3人の孫に受け継がれた。F&L商事株式会社の総務課で働く平野木絵は、風邪を引いて会社を休んだ。4日目には熱も下がっていたが、サボリ癖が付いて会社へ行きたくなかった。そこで彼女は妄想を膨らませ、「会社が謎の集団に占拠されてしまった」という言い訳を脳内で用意した。
5日目に出社した木絵は、先輩OLの阿部弓子から「高台家の王子様がニューヨーク支社から来た」と知らされる。高台家は元華族の家系で、幾つもの会社を経営している。長男の光正は東大を出てオックスフォード大に進学し、現在は海外事業企画部で働いている。そんな光正はテレパスなので、総務課へ来ると社員たちの心の声が全て聞こえた。総務課長の脇田実が「今の内に取り入っておこう」と考えていることも、もちろん分かっていた。
光正の祖母がイギリス人だと知った木絵は、「イギリス」というキーワードで近衛兵や探偵姿の彼を妄想した。さらに彼女は、王位を巡る陰謀に巻き込まれた光正がドダリー卿に命を狙われ、日本へ逃亡したという妄想を膨らませた。子供の頃から人と話すのが苦手な彼女は、何かに付けて空想する癖があり、恋愛は苦手だった。エレベーターで光正と2人きりになった木絵は、またドダリー卿の登場する妄想を膨らませた。彼女の心を読んだ光正は、思わず笑ってしまった。
翌朝、赤信号を待っていた木絵は誤って飛び出しそうになり、後ろから現れた光正に腕を掴まれた。まだ下の名前を覚えていなかった木絵は、「高台なんとか様だ」と心の中で呟いた。「おはよう、平野さん」と挨拶された彼女は、光正が自分の名前を知っている理由について妄想を膨らませる。小人が調査活動するという妄想を見た光正は笑い出し、良かったら食事でも」と誘う。彼と一緒に夕食を取っている間も、木絵の妄想は止まらない。彼女が「出汁巻き卵が食べたい」と思った直後、光正は出汁巻き卵を注文してはどうかと持ち掛けた。木絵は光正が心を読めるのではないかと考えるが、すぐに自分の中で否定した。
木絵は人と話すのが苦手なので、光正との関係もダメになるだろうとネガティヴに考えていた。しかし彼女は光正とデートしている最中、森の中で「大好きだ」と叫ぶ自分を妄想した。すると光正は木絵を見つめ、「好きだよ、僕も」と口にした。光正は木絵を邸宅へ連れ帰り、妹の茂子と弟の和正に紹介した。両親はロンドンで暮らす祖母の元へ出向いており、現在は3人と飼い猫のヨシマサだけが屋敷にいた。木絵は「3人がヴァンパイアの一族」という妄想を膨らませ、光正たちは笑った。「まさかテレパスなのか」と木絵は驚いたものの、すぐに否定した。
光正から祖父が半年前に他界したことを聞かされた木絵は、「きっとお爺様の面影は、光正さまたちの中に」と心で呟いた。心を読んでいた茂子と和正は、彼女のことを気に入った。茂子は友人の岸本浩平について考えを巡らせた。彼女は浩平に片想いしているが、気持ちは伝えていなかった。木絵が帰った後、茂子は光正に「テレパスのことは話さない方がいい」と忠告した。かつて茂子は好きな相手に能力のことを告白し、ドン引きされたことがあった。
光正がシカゴ出張から戻って来る日、木絵は彼と夕食を取る約束を楽しみにしていた。しかしメールで「仕事が立て込んで」とキャンセルの連絡が入り、木絵はガッカリする。その夜、木絵は光正が他の女性とレストランへ入る様子を目撃した。その女性は取引先の専務である浅野の娘で、光正は何の恋愛感情も持っていなかった。しかし浅野は2人を結び付けようと目論んでおり、娘も光正を狙っていた。木絵は完全に2人の関係を誤解し、「身を引こう」と考えた。
光正は浅野の娘との食事を早々に切り上げ、木絵のアパートを訪れた。木絵の心を読んだ彼は事情を説明し、「断った。もう婚約してるからって」と告げた。婚約者がいることに木絵が驚いていると、光正は彼女を強く抱き締めた。光正は茂子と和正に、木絵と婚約したことを明かした。和正はヨシマサを診察してもらうため、茂子の同級生で獣医の斉藤純を訪ねた。光正の婚約を知らされた純は、激しく動揺する。彼女は10年間も光正に片想いしていたのだ。純に密かな好意を寄せている和正は、そのことを知っていた。
和正は明日が休診なので、ヨシマサの往診に家へ来るよう純を誘った。次の日、彼は茂子から、「アンタが純に絡むから、すっかり来てくれなくなったじゃない」と小言を告げられる。5年前、純は後ろ姿の和正を光正と間違えて、告白したことがあった。純が来たと思って茂子と和正は玄関へ赴くが、入って来たのは帰国した由布子だった。彼女は光正が婚約したと知り、急いで帰国したのだ。そこへ純が姿を現すと、由布子は彼女が婚約者だと早合点して安堵した。
光正は木絵を連れて帰宅し、母に婚約者として紹介した。しかし由布子は結婚に反対し、「もっと条件の揃った人がいる」と言う。光正は「僕は木絵がいいんです。彼女と結婚します」と宣言するが、木絵を選んだ理由について訊かれると黙り込んだ。由布子には能力が無く、子供たちがテレパスなのも知らないからだ。後日、光正は木絵に父が会いたがっていることを伝え、屋敷に招く。光正の父である茂正Jr.は、2人の婚約を祝福する。由布子は改めて反対し、「取り巻く環境、付き合う社会、責任が付いて回るんです。後悔するのは貴方よ」と木絵に告げた。するとジュニアは祖父母が結婚に至るまでの経緯を話し、「反対されるほど恋は燃え上がる」と述べた。
木絵は光正、茂子、和正が心の声で会話する様子を見て不審を抱き、「やっぱり皆さん、テレパス?」と言う。光正は和正から「ちゃんと話せよ、結婚するんだったら」と促され、木絵に真実を打ち明けた。木絵は心の中で、「喋るのが苦手だから、もし上手く話せなくても、光正さんには伝わる。そう思えると安心」と呟く。すると光正は、「傍にいてほしいと思う人は君だけだ。僕と結婚してほしい」と告げる。木絵は「はい」と答え、光正とキスをした。
帰宅した木絵は幸せな気分に浸り、3日ぶりの排便でスッキリする。「こんなことも聞かれるんだ」と気付いた木絵は、将来的に子供が産まれた時のことを想像する。光正と子供が心の中で会話し、自分だけが分からない様子を想像した彼女は、「どうしよう」と頭を抱える。一方、光正は上司から、ロンドンの現地法人で統轄事業を担当してもらいたいと告げられる。木絵は光正から、ロンドン支社の内示があったので式も早めたいと聞かされる。木絵はロンドンでの新生活に不安を抱くが、すぐに心を読まれまいとして打ち消した。木絵は環境ビデオのような映像を目撃し、それを想像して心を読まれることをシャットアウトする方法を覚えた。
由布子は木絵がロンドンへ同行することに反対するが、光正の意志が固いことを知ると、上流社会での振る舞いを覚えるよう要求した。ジュニアは木絵に、グループ関連会社のエグゼクティブが集まる来週末のパーティーへの参加を持ち掛けた。すると由布子は、「その場で何かしくじったら、結婚の話は無かったことに」と告げた。木絵は光正から「木絵は何も変わらなくていいから」と優しく言われるが、「大丈夫。せっかく頂いたチャンス。私、頑張るから」と告げた。
木絵は光正たちと会っている時、常に環境ビデオの映像で心をシャットアウトするように努めた。そのせいで高台家の面々と一緒にいる時は精神的な疲労が溜まってしまい、1人になるとリラックスすることが出来た。彼女は母と電話で話し、「結婚って我慢が必要だよね」と問い掛ける。すると母は木絵に、「無理したってボロが出るよ。木絵は木絵らしくいればいい」と助言する。しかし木絵は由布子に気に入ってもらうため、上流社会の振る舞いを必死で学ぶ…。

監督は土方政人、原作は森本梢子『高台家の人々』(集英社『月刊YOU』連載)、脚本は金子ありさ、製作は石原隆&市川南&渡辺直樹、プロデューサーは西原恵&大澤恵&山崎淳子、ラインプロデューサーは坂本忠久、撮影は大石弘宜、照明は杉本周士、録音は神波哲史、美術は北川深幸、編集は深沢佳文、音楽は菅野祐悟、主題歌は「You & Me/西野カナ」。
出演は綾瀬はるか、斎藤工、市村正親、大地真央、水原希子、間宮祥太朗、夏帆、シャーロット・ケイト・フォックス、坂口健太郎、大野拓朗、塚地武雅(ドランクドラゴン)、堀内敬子、宮地雅子、小林隆、柳ゆり菜、飯豊まりえ、矢嶋俊作、河合恭嗣、古屋正子、ティモシー・ハリス、クリス・ドゥ・モンタルト、宮司愛海(フジテレビアナウンサー)、佐野勇斗、加藤小夏、山田羽久利、金谷碧翔、ティティ、西田理恵子、宮本大地、辻川慶治、桐生あやめ、松川妥、磯崎真理、高木はつ江ら。


森本梢子の同名漫画を基にした作品。
監督は『映画 謎解きはディナーのあとで』の土方政人、脚本は『おかえり、はやぶさ』『ヘルタースケルター』の金子ありさ。
木絵を綾瀬はるか、光正を斎藤工、ジュニアを市村正親、由布子を大地真央、茂子を水原希子、和正を間宮祥太朗、純を夏帆、アンをシャーロット・ケイト・フォックス、浩平を坂口健太郎、茂正を大野拓朗、脇田を塚地武雅(ドランクドラゴン)、弓子を堀内敬子が演じている。

アンと茂正が結婚して孫にテレパスの能力が引き継がれたことが、冒頭で説明される。その前置きが終わると木絵が登場し、そこからは彼女のモノローグによって物語が進行する。
ところが彼女が初めて高台家に招かれるシーンでは、茂子が「綺麗なんてあるわけない。そう思ってたのに、あの兄が初めて女の子を連れて来たので」というモノローグを語る。
そこで急にモノローグ担当者がチェンジするのは、違和感がある。
これが「幾つものシーンを連ねる中で、複数の人物がモノローグを交代していく」という構成になっていたなら、スムーズに受け入れられただろう。だけど、ずっと「木絵の物語」として進行していたわけで。つまり構成に難があるってことになる。

しかも、茂子が前述のモノローグを語った直後、また木絵の心の声が入る。つまり茂子が最初のモノローグを口にしてから、しばらくは彼女のターンが続くってわけでもないのだ。
たった1言だけ彼女が担当して、再び木絵のモノローグを使っての進行に戻っているので、ますます歪んだ形になってしまう。
その直後、会食シーンでは、高台家の子供たちが心の声で会話する。
だが、そのタイミングで初めて彼らの心の声を表現することは、これまた違和感に繋がっている。ここもやはり、構成が原因で問題が生じている。

その後、今度は茂子の心の声が示され、彼女が浩平と会っている時の回想シーンが挿入される。つまり、茂子のパートになるわけだ。
でも、その短いシーンを挟むだけで、すぐに木絵の物語へ戻るので、邪魔になっている。
茂子のパートを用意するなら、もうちょっと長めに時間を割いて、丁寧に見せた方がいい。そこで無理に茂子のパートを挟み込むのは、得策とは思えない。
そうなると和正が置いてけぼりを食らう形になっちゃうしね。

光正が木絵のアパートを訪れるシーンでは、「なんか、ものすごく暗いイメージ」という彼の呟きが入る。彼のモノローグが入るのは、そこが初めてだ。
でも、それだと遅すぎる。光正がテレパスなのは最初から分かり切っているんだから、木絵と出会った時点でモノローグを言わせてもいいぐらいだ。
で、光正が婚約すると、一人だけ取り残されていた和正が純と会うシーンになるが、そのタイミングも入り方も、なんかギクシャクしてるんだよなあ。
この映画、とにかくシーンとシーンの繋ぎ方がマズくて、上手く流れが作れていない。

純は木絵を見て「普通」と感想を漏らすが、「お前が言うな」とツッコミを入れたくなる。むしろ木絵は「冴えない平凡な女」として描写されているようだけど、既に妄想満開の様子をアピールされているだけに、「いや、ちっとも普通じゃないんですけど」と言いたくなる。
まあ純の「普通」は外見のことを評しているんだろうけど、なんせ綾瀬はるかだしね。
それを「普通」と評しているのは夏帆だし、彼女を「まるで普通じゃない女」に見せるような工夫も無いし。
なので、由布子が「純との結婚はOKだが木絵だと反対」という態度を取るのも、まるで説得力が無い状態になっている。

光正は由布子から木絵について「なんで好きになったの?」と問われた後、答えないままバルコニーで1人になる。
すると「それは突然だった。彼女のとんでもない妄想が頭の中に飛び込んできて」というモノローグが語られ、彼が木絵と出会った時の様子、それ以降の様子がザックリと回想される。
でも、木絵と出会った時から彼女の妄想を光正が全て読んでいたこと、それで好意を抱いたことなんて、改めて説明しなくても全員が分かっていることでしょ。
そこで回想とモノローグによる説明を入れる意味って、何なのかと。

木絵から物語をスタートさせ、彼女が主役の物語として進行しているが、実はこれが大きな失敗だったのではないかと感じる。
これが木絵の恋愛だけを描く話なら、別に構わない。しかし茂子と和正の恋愛も盛り込んでいるので、そこを描く上では「木絵が主役」ってのは何かと都合が悪い。
これが連載漫画であれば、途中で脇役のエピソードに寄り道するのは珍しくも無いし、何の問題も無いのよ。
だけど、1本の長編映画としては、ちょっと厄介なことになっている。

なので、基本的には高台家サイドから描く形を取った方が良かったんじゃないか。
そして、「テレパスのせいで恋愛に臆病だった高台家の子供たちが、純朴で天真爛漫な木絵と出会ったことで感化され、前向きに変化していく」という内容にすれば良かったんじゃないか。
最後まで「木絵が和正と結婚するまでの物語」として進めているので、茂子と和正の恋愛は中途半端な扱いで片付けられている。
その程度の雑な扱いにするぐらいなら、邪魔なだけだからカットしてしまえばいいのに、と思ってしまうわ。

木絵の妄想シーンに魅力が乏しいってのも、大きなマイナスになっている。
何度も挿入されているし、セールスポイントの1つになっているだけに、そこに引き付ける力が弱いってのは厳しい。
単純な問題として、ゴージャスじゃないんだよね。
予算的にスケールの大きさを出すのが難しいとすれば、VFXでカラフル&ファンタジックに飾り付けるという方法もあるだろう。でも、一応は非現実の世界を表現しているんだけど、今一つ飛躍が足りなくて普通なのよね。

木絵が環境ビデオの映像で心をシャットアウトするようになると、すっかり陰気でシリアスな雰囲気が強くなってしまう。
木絵が「心を読まれたくない」ってことでウジウジと悩み続け、そこを使って後半の物語を進めることによって、観客の笑顔まで奪い去っても、何の得も無いよ。
そうじゃなくて、木絵が落ち込んだり悩んだりしても、すぐに立ち直って明るさや前向きな気持ちを取り戻すようにした方がいいんじゃないかと。
そして、茂子と和正の恋愛に、木絵が影響を与える様子を描く展開にした方がいいんじゃないかと。

ユーモラスなテイストで物語を進めておいて、途中からシリアスに傾けていって終盤へ突入するってのは、映画では良く使われる方法だ。ってことは裏を返せば、その手口が多くの観客に受け入れられてきたってことだ。観客に拒絶されたら、滅びて行くはずだからね。
なので、「何度も使われてきたパターンだからダメ」とは言わない。
しかし、この映画の場合は、間違った選択だったと言わざるを得ない。
終盤に入ると、「木絵が結婚式の途中で泣いて逃げ出す」というシーンがあるけど、まるで賛同できない展開だわ。
木絵に同情させようとか、感動的な展開に持ち込もうという狙いがあったことは確実だけど、そういうの要らないなあと。

(観賞日:2017年7月31日)

 

*ポンコツ映画愛護協会