『これでいいのだ!! 映画★赤塚不二夫』:2011、日本

1967年。東京・一ツ橋の小学館本社では昭和42年度の新入社員入社式が行なわれた。唯一の女性社員である武田初美も、その中にいた。そこへ式の来賓として、少年サンデーで『おそ松くん』を連載中の人気漫画家・赤塚不二夫が現れる。彼は漫画のキャラクターであるイヤミの格好で登場し、「ミーからチミたちに言いたいことはたったひとつだ。それは、おバカになることざんす」と告げる。さらに彼は、新入社員に「シェー」のポーズを要求した。初美が一人だけポーズを取らずにいると、赤塚は彼女の手を取って強引に「シェー」の形にしようとする。初美は「やめて下さい」と声を荒げ、赤塚の顔面にパンチを浴びせた。
新入社員に発令通知書が渡され、受け取った初美は愕然とする。当初は希望通りの少女コミック編集部配属になっていたが、その文字が訂正され、少年サンデーに変更されていたのだ。初美は少年サンデー編集部へ向かう途中、少女コミックの編集者である先輩の広瀬譲治が漫画家の花山カオルと手を取り合って褒めちぎっているのを目にした。初美は少年サンデー編集部に入った途端、編集長の佐々木勝一から「漫画家の先生に付いてもらう。ここ行って挨拶して来い」と簡単な地図を渡される。「初めてで何も分かりません」と初美は不安を吐露するが、佐々木は「行きゃあ分かるよ」と突き放した。
初美が地図の場所に行ってみると、そこには赤塚のプロダクションであるフジオプロの事務所があった。中に入ると、赤塚と事務所の面々が銀玉鉄砲で西部劇ごっこに興じていた。赤塚は初美に、アシスタントの松野日出夫と三波一喜、アイデアスタッフの山口哲夫と森みのる、経理担当の金子順蔵を紹介する。初美は赤塚から「僕の漫画、読んだことある?」と訊かれ、「先生の『おそ松くん』は下品だから嫌いです」と不愉快そうに答えた。
アイデア会議が始まると、いきなり初美は赤塚から「おい、チビ太」と呼ばれる。編集者もアイデア会議に参加するのがフジオプロのやり方だという。「私が好きなのは」と初美が花山カオルの漫画本を差し出すと、赤塚は窓から道路に投げ捨てた。通り掛かった自動車が、漫画本を踏み付けた。初美は赤塚に腹を立て、「失礼します」と外へ飛び出す。彼女が漫画本を拾い上げると、赤塚とアシスタントたちが窓から銀玉鉄砲を発射し、「今から銀座へ行くぞ。お前の歓迎会だよ」と告げた。
銀座のバーに繰り出した赤塚たちは、初美の体をロープで縛り上げ、野蛮な民族に扮した。彼らは「生贄祭りだ、火あぶりにする」と言い、「火あぶりにされたくなかったら、これを飲め」と水割りを飲むよう初美に強要する。初美が「ウチの家系は酒乱だから、今まで一滴も飲んだことが無い」と言うと、赤塚はフルーツジュースを口移しで飲むよう要求する。赤塚が唇を突き出して迫って来たので、仕方なく初美は水割りを飲んだ。赤塚たちは、「今日から俺たちの仲間だよ」と歓迎の拍手をした。泥酔した初美は、赤塚たちの背中をネクタイで叩いた。赤塚たちは「女王様」と言い、喜んで鞭打たれた。
翌日、赤塚は佐々木に電話を掛け、「あの子、素質あるよ。バカの」と告げた。初美は広瀬からラーメン屋台に誘われ、愚痴をこぼす。広瀬が「前の担当、赤塚先生のトコを2日で逃げ出して、会社も辞めちゃった」と教えると、初美は「私も辞めてやる」と不貞腐れる。そこで広瀬は「赤活先生の所で踏ん張るんだ。出来るだけ早く、少女コミックに来られるように頑張るからさ」と励ました。
初美は佐々木から、赤塚がライバル雑誌の少年マガジンで新連載『天才バカボン』を始めることを知らされた。佐々木は初美を「なんでこんな大事なこと、気付かないんだよ。赤塚不二夫はウチの看板だぞ。作家と編集者ってのはな、夫婦以上の関係にならなきゃ務まんねえんだよ」と怒鳴り付けた。『天才バカボン』は大人気となり、サンデーには「おそ松をやめてバカボンを連載してほしい」という読者からのハガキが殺到する。佐々木は「バカボンに比べるとおそ松は古く見える」と考え、おそ松くんの打ち切りを決定した。
佐々木は初美に、『おそ松くん』の連載打ち切りを赤塚に伝えるよう命じる。初美が困惑していると、男性編集者たちが「やっぱり無理なのか、女に赤塚先生の担当は」と嘲笑した。初美はフジオプロへ行き、赤塚に連載打ち切りを告げる。すると赤塚は飄々とした態度で、「始まって連載は、いつか終わるからねえ」と言う。初美は「バカボンに負けない、面白い新連載を始めたいです。先生、お願いします」と頭を下げた。
赤塚は新連載のアイデアを考えるためにと、初美とアシスタントを連れてゲイバー「狸御殿」へ繰り出した。彼は白鳥のコスチュームに着替えてステージで踊り出し、初美を「カモン」と呼ぶ。「新連載のアイデア、考えないぞ」と脅すので、初美は仕方なく一緒に踊った。赤塚は『もーれつア太郎』のアイデアを思い付き、新連載が開始された。そんな中、初美は赤塚に同行したナイトクラブで少年マガジンの編集者である高橋一朗と出会う。どちらが先にアイデア会議をするかという争いになり、初美はジャンケンで負けた。
泥酔した初美は、赤塚たちも交えた靴での殴り合いに勝利した。店外に出た彼女は、赤塚と共に走りながら、通りにいた面々の頭を靴で殴りまくる。警官に追われるハメになった赤塚と初美は一緒に逃げるが、捕まって留置される。赤塚が「頭の中、空っぽになっただろ。タリラリラーン」と言うので、初美は笑った。赤塚は初美に「タリラリラーン」を言わせ、留置所の面々もその言葉を唱えた。
『もーれつア太郎』の読者アンケートは、最初は3位だったが、その後は振るわず、順位は下がる一方だった。初美は「もっとパンチのあるキャラクターが出るといいかなあ」と考え、赤塚が作品中に小さく描いていたニャロメを主要キャラにするよう提案した。ニャロメの人気によって、『もーれつア太郎』のアンケート順位も上昇。赤塚は調子に乗って、レコード会社を設立する。彼は『ニャロメのうた』を発売するが全く売れず、すぐにレコード会社を畳んだ。
年末になり、アシスタントがみんな帰郷するので、赤塚は遊び相手がいなくなって拗ねてしまう。初美は「担当でしょ、頼みますよ」と松野たちに言われ、年が明けてから赤塚の家を訪れる。初美は赤塚の母・ヨリから、「気を付けなさい、不二夫には前科があるから」と告げられる。赤塚は「珍しかったんだよ、女の子のアシスタントがさ」と釈明した。彼の妻・トシ子は、元アシスタントだった。赤塚は初美の前でも、平気で妻とイチャイチャする。だが、トシ子は初美に「でも私は、いつも二番目なんです」と言う。泥酔した赤塚は母に甘えて眠り込み、トシ子は初美に「二番目っていう意味が分かったでしょ」と告げた。
春になった頃、初美は広瀬から「少女コミックへの異動が決まった」と言われるが、素直に喜べなかった。初美はフジオプロを訪れ、屋上で少年マガジンの写真企画を撮影していた赤塚に異動を報告した。赤塚が肩を抱き寄せて「最後に1つ訊くぞ。俺がもし面白い漫画を描けなくなっても俺んとこ来るか?」と訊くので、初美は笑って「来るわけないじゃないですか。つまんない漫画描く先生なんかに興味ないもの」と答えた。
赤塚は初美に、「チビ太、ずっとバカでいるんだぞ。タリラリラーンってのはバカの音だから。お前さんが利口になりそうになったら、タリラリラーンって108回叫べ。すぐバカになれるから」と語った。赤塚とアシスタントたちは、バカ田大学の校歌で彼女を送り出した。少女コミックへ異動した初美は、花山の担当になった。花山は赤塚と全く違い、仕事が終わるとクラシックのコンサートに出掛けるような人物だった。初美がゲンナリしていると、編集部から電話が入った。ヨリが倒れて入院したというのだ。病院へ行くと、赤塚がヨリの手を取って号泣していた。赤塚が必死に呼び掛ける中で、ヨリは息を引き取った。
初美が通夜に行くと、赤塚はヨリの遺体に抱き付いて号泣していた。同じ時期、さらに赤塚には大きな問題が起きた。所得税の申告ミスにより、1億円の不正経理疑惑が持ち上がったのだ。全て金子の犯行だったが、赤塚は山口から「あいつは犯罪者ですよ、ちゃんと裁きを受けさせないと」と言われても、彼を訴えようとはしなかった。山口は愛想を尽かし、赤塚の元を去った。松野や森が漫画家デビューを果たしたこともあり、フジオプロの顔触れはガラリと変わった。赤塚の漫画には勢いが無くなり、人気の低迷した『もーれつア太郎』は打ち切りが決まった…。

監督は佐藤英明、原作は武居俊樹『赤塚不二夫のことを書いたのだ!!』(文藝春秋/文春文庫)、脚本は君塚良一&佐藤英明、企画は黒澤満&遠藤茂行、プロデューサーは岡田真&服部紹男、アソシエイトプロデューサーは市倉久央、ラインプロデューサーは望月政雄、撮影は林淳一郎、照明は渡辺三雄、美術は山崎秀満、録音は本田孜、編集は田中愼二、漫画監修は吉勝太、音楽は めいなCo.、音楽プロデューサーは津島玄一。
主題歌『ぶたぶた』作詞・作曲:阿部義晴、プロデュース:マイケル "Free Chin" 鼻血、歌:ユニコーン。
出演は浅野忠信、堀北真希、佐藤浩市、いしだあゆみ、木村多江、阿部力、土屋裕一、正名僕蔵、粟根まこと、新井浩文、山本剛史、佐藤恒治、佐藤正宏、梅垣義明、菅田俊、内藤陳、森田芳光、クノ真季子、徳井優、法福法彦、荒谷清水、てるやひろし、我善導、飯塚俊太郎、元氣安、正源敬三、パーマーイ雅晴、トニー 淳、山本栄治(アンバランス)、黒川忠文(アンバランス)、中村祐樹、新妻さと子、泉水美和子、古賀理紗子、奏谷ひろみ、大橋沙代子、芹沢礼多、山本浩司、安藤彰則、光永泰一朗、田鍋謙一郎、須永祐介、檜山裕司、伊藤洋三郎、平手舞、水谷あつし、ルーシー、コング桑田ら。


『週刊少年サンデー』で赤塚不二夫の担当編集者だった武居俊樹の回顧録『赤塚不二夫のことを書いたのだ!!』をモチーフにした作品。
メガホンを執った佐藤英明は、これまで助監督として経験を積んで来た人で、これが映画監督デビューとなる。
赤塚を浅野忠信、初美を堀北真希、佐々木を佐藤浩市、ヨリをいしだあゆみ、トシ子を木村多江、広瀬を阿部力、高橋を土屋裕一、松野を正名僕蔵、山口を粟根まこと、森を新井浩文、三波を山本剛史、金子を佐藤恒治が演じている。

この映画の大きな失敗は、新人編集者として武居俊樹を登場させず、そのポジションを女性キャラクターに置き換えていることだ。
これによって、男性である武居に対して赤塚が行った数々の行為が、若くて可愛い女性である初美が受ける形で描かれることになった。
それの何が問題なのかというと、赤塚が武居に対して行った数々の行為が、マトモに考えたらパワハラ以外の何物でもないってことだ。
漫画を投げ捨てて自動車に踏み付けさせ、それをニヤニヤと嘲笑う。ショックを受けている初美をニヤニヤと笑い、銀玉鉄砲で撃つ。歓迎会だと言って、酒を飲めない彼女にウイスキーを飲むよう強要する。それが嫌なら、フルーツジュースを口移しで飲むよう要求する。
そういうのって全て、マトモに考えれば「パワハラ」とか「セクハラ」とか「イジメ」と称されるような行為なのだ。

そういった行為を“笑い”として昇華させるためには、最低限の条件として、「それをやられている相手が可哀想に見えない」ということが必要になってくる。
例えば、パワハラを受けているのに本人は気付いていなかったり、イジメを受けたらすぐに反撃したり、強靭な肉体の持ち主なので強い酒を飲まされても全く酔わなかったりとかね。
でも、初美の場合、何しろ演じているのがホマキだし、可哀想にしか見えないでしょ。

特にヒドいのが、赤塚が口移しで初美にジュースを飲むよう強要するシーン。
それは、かなり醜悪なセクハラだ。
でも、やられるのが男だったら、セクハラにならないし、間違いなく喜劇として成立していただろう。
例えばの話、ホマキのポジションを阿部力に変更して想像してみるといい。
阿部力が口移しに困り果てていたとしても、それを「ヒドいパワハラだ」と不愉快に感じることは無いだろう。

初美にパワハラやセクハラ行為を仕掛けるのは、赤塚とアシスタントだけではない。編集部の男性たちの態度も、明らかに初美を「女性だから」という理由でバカにしている。
ってことは、ひょっとすると製作サイドは、「ヒロインがセクハラ攻撃を受ける中で頑張る」という図式を意図的に持ち込んだのだろうか。
しかし意図的にしろ、そうでないにしろ、どっちにしても、そこは大失敗。
これが「女性の立場が弱かった時代に、男性社会に飛び込んで必死に頑張るヒロイン」というのを描く女性のドラマとして作られているなら、それでもいいかもしれんよ。だけど、そうじゃないはずだよね。

「新人編集者を女性に変更した」という点を除外したとしても、やはり出来栄えは良くない。タイトルは「これでいいのだ!!」だけど、ちっとも良くない。
この映画、何を描きたいのか、どこに焦点を絞ろうとしているのか、良く分からないんだよな。
赤塚と初美の友情を描きたいのか(だとしたら初美を女性にしているのは望ましくない変更だ)、初美が赤塚と仕事をすることで成長していく様子を見せたいのか、初美を通じて赤塚という男の人物像を浮き彫りにしたいのか、何をどう見せたいのかがハッキリしない。
全て追い掛けようとして全て半端になっている、という感じよりも、「どれもやっていない(もしくは出来ていない)」という印象を受ける。

初美の歓迎会の翌日、赤塚たちが真面目に漫画を描いているシーンが挿入されるが、それは初美が見ていないと意味が無いんじゃないのか。
「バカなことばっかりやっているように見えて呆れるけど、いざ仕事になると真面目な顔でちゃんと漫画を仕上げるので少し見方が変わる」というシーンとして、漫画を描く様子を挟むべきなんじゃないの。
そういう狙いも無しに、赤塚たちが漫画を真面目に仕上げている様子を挟む意味が分からない。

初美の赤塚に対する印象が変化していくってのも、まるで上手く描けていない。
赤塚と手錠で繋がれて一緒に逃亡するシーンで笑顔になり、「タリラリラーン」を唱えて笑顔になっているけど、どうしてその行動で笑顔になれるのかサッパリ分からない。
「手を繋いで走っている間に笑顔になる」という描写って、映画やドラマでは良く見掛ける印象だけど、やはり流れってモノは必要でしょ。
そこまでに初美が赤塚に好感を抱くような描写は無かったのに、「手を繋いで一緒に走ったら好感を抱きました」という描き方をされても、唐突で違和感しか感じないよ。

「お前もバカになるのだ」と言われて、なんで初美は素直に納得できちゃうのか。
「最初は反発していたが、赤塚とアシスタントたちの言動を見て、バカになるってのはどういう意味なのか、バカになることでどんな良いことがあるのかを少しずつ理解していき、赤塚への印象が変化していく」という経緯が描かれているべきなんじゃないのか。
それを「タリラリラーンって言ってたら楽しくなってきた」というだけで済まされても、こっちは納得しかねる。
そこを雑に処理したらダメでしょ。

初美が広瀬から「少女コミックへの異動が決まった」と言われた時点で、赤塚の担当になって3年が経過しているんだけど、全く時間経過を感じなかったよ。
そういうトコも上手く表現できていない。どうせなら、何年何月とか、そういうスーパーインポーズを入れながらエピソードを並べて行く形式にでもすれば良かったのに。
あと、「彼女が少しずつ赤塚の漫画の面白さを理解していく」とか、そういう様子も見えて来ないし。
彼女は『天才バカボン』を読んですぐに「悔しいけど面白い」と感じているけど、果たして『もーれつア太郎は』は面白かったのか。面白かったのなら、どういうトコロに笑ったのか。
そういうのも良く分からない。

『天才バカボン』を取り上げておきながら、掲載誌の移籍について取り上げないのは手落ちにしか思えないんだよなあ。
軽く説明しておくと、『天才バカボン』の掲載誌は、途中でマガジンからサンデーへ変更になっている。
『もーれつア太郎』と同時連載されたが、ニャロメの登場で『もーれつア太郎』の人気が高まり、『天才バカボン』は打ち切りとなった。
後に週刊ぼくらマガジンで連載が再開するが同誌が休刊したため、マガジンに復帰したという流れがある。
人気作品の連載が途中でライバル雑誌に移動するってのは、漫画史上で考えても相当に大きな出来事だし、赤塚の人物像を描く上でも重要なエピソードだと思うんだけどな。

コメディーとしては、間の取り方、ギャグシーンで使われる効果音など、全てがアナクロ。当時の雰囲気を狙って意図的にやっているのかもしれないが、だとしたら、それは違うんじゃないか。
世相や風俗を盛り込むことで当時の雰囲気を醸し出すってのなら分かるけど、喜劇として昔の雰囲気を出すのは違うでしょ。
それは単に、古臭いだけになってしまう。
あと、終盤には新連載『レッツラゴン』の内容を実写で見せるシーンがあるけど、まあつまらないこと。

赤塚ギャグの使い方も雑だし、全くスウィングしていない。特に、タリラリラーンの使い方には呆れてしまった。
留置所で赤塚が初美に「こうだよ」と立ち上がって「タリラリラーンと」言うと、留置されていた面々が立ち上がって「タリラリラーン」と声を揃えて大声で何度も繰り返すとか、何だよ、その小演劇みたいな演出は。
そんなシュプレヒコールみたいにタリラリラーンは、ちっともタリラリラーンじゃねえんだよ。
そこで声を揃えてタリラリラーンを言っている連中は、バカになっているようには全く見えないぞ。

(観賞日:2012年8月8日)

 

*ポンコツ映画愛護協会