『こんにちは、母さん』:2023、日本

大手企業の人事部長である神崎昭夫は、営業販売部の課長を務める木部富幸とは大学時代からの友人だ。昭夫は同窓会の幹事になった木部から、どこで開くか相談に乗ってほしいと頼まれた。木部と飲みに出掛けた昭夫は隅田川の屋形船を貸し切ってはどうかは提案され、悪くないと考えだと告げる。ツテは無いかと問われた彼は、母なら知っているかもしれないと述べた。昭夫は部下の原から、木部に希望退職者を募集するという噂は本当なのかと問われたことを聞かされた。業務的には何も聞いていないと返答したことを原が話すと、昭夫は「それでいいんだよ」と告げた。
昭夫の母である福江は夫を亡くした後、向島の足袋屋「かんざき」を引き継いでいた。昭夫は実家に戻り、浅草へ鰻でも行かないかと誘う。福江は仕事があるからと断り、ホームレス支援のボランティア団体「ひなげしの会」で事務局長を務めていることを明かした。彼女の家は本部になっており、会員の琴子・アンデションや番場百惠、牧師の荻生直文たちが集まって来た。昭夫はマンションに戻り、出前で夕食を取った。彼は周囲に隠しているが妻の知美と別居しており、息子と娘は向こうが引き取っていた。
昭夫は知美から電話を受け、娘の舞が3日前から戻らず電話は無視されていると聞かされた。昭夫が咎める言葉を吐くと知美は怒って反論し、2人は口論になった。知美は舞が福江の元にいるのではないかと推察し、たまに電話していると話す。昭夫が食事をしながら通話していると知って、彼女は電話を切った。翌日、出勤した昭夫は木部から、野村部長に希望退職に応じるよう言われたと聞かされる。木部がリストラ候補だと知っていたんだろうと詰め寄ると、昭夫は業務上の秘密保持だから個別の案件は話せないのだと釈明した。木部は嘘つきだと彼を罵り、絶対に会社を辞めないと宣言した。
夜、福江と舞が銭湯から帰宅すると、昭夫が来ていた。舞は昭夫から「ママと一緒にいるのが嫌ならパパの所へ来ればいいじゃないか」と説教され、「邪魔だったら捨てればいいでしょ」と声を荒らげる。昭夫が「何が不満なんだよ。話してみろよ」と怒鳴ると、彼女は「大学の授業がつまらない」と母に愚痴ったら「アンタに出来ることは、いい成績を取って、パパがいるぐらいの会社の社員になるか、そうじゃなかったら、そういう会社に勤めてる男を捕まえるかのどっちかよ」と言われたことを明かした。「パパだって私のこと、その程度だと思ってるんでしょ」と彼女は泣き出し、昭夫が否定しても「嘘ばっかり」と信じなかった。
福江は昭夫に、舞から知美との別居を知らされたことを話す。「なんで黙ってたの。舞ちゃんはどうなるの」と言われた昭夫は、苛立って「やめてくれよ」と漏らした。そのまま彼は実家に泊まり、翌朝には不機嫌なまま舞が用意した朝食を取った。琴子と百惠がホームレスに配る割れ煎餅を持って来た後、木部が押し掛けた。彼は昭夫を激しく責め立て、掴み掛かった。彼は福江たちの前で、昭夫が自分をクビにしたと非難する。昭夫が「俺は精一杯にカバーした。再就職先も退職金の上乗せも」と反論すると、彼は「俺は絶対認めないからな」と言い放つ。「会社に残っても仕事は無いぞ。窓際でボンヤリ座ってるだけなんだ。それでいいのか」と昭夫は説くが、木部は「そんな脅しに乗るか。俺は戦ってみせる」と宣言して去った。
夜、福江は荻生と共にボランティア活動へ出掛け、ホームレスの井上を訪ねた。福江が生活保護を受けるよう促すと、井上は「俺にも意地がある。役所の世話にはならねえ」と拒んだ。舞は昭夫に、福江のボランティア活動はデートのような物だと告げる。福江と荻生は好意を抱き合う関係なのだと彼女が言うと、昭夫は激しく動揺した。「良くないんだ、そういうのは」と昭夫は言うが、何が駄目なのかと舞が問い掛けても明確な答えを用意できなかった。
木部は希望退職の勧告を無視して会社に通い続けるが、営業部第三会議室で小野寺本部長に怪我を負わせる事件を起こした。自分が中心になって進めていたプロジェクトから外された彼は納得できず、会議に参加させると要求して乗り込んだ。小野寺が外へ追い出そうとすると木部はドアを閉め、腕が挟まったのだ。昭夫が様子を見に行くと、木部は「救急車を呼んで大騒ぎにした」と小野寺を責めた。昭夫は家に木部を呼び、出前を頼んで一緒に夕食を取った。
福江は向島聖書協会へ出掛け、荻生の修理作業を手伝った。荻生が夕食の買い出しに行くと言うと、彼女は「お付き合いするわ」と告げた。教会を出た2人は、大量の空き缶を集めた井上が具合を悪くして倒れ込む様子を目撃した。慌てて駆け寄った福江たちが救急車を呼ぼうとすると、井上は断って水を一杯くれと告げる。荻生は教会へ戻り、水のペットボトルを取って来た。福江は荻生が夫だと勘違いしている井上に、彼は牧師だと教えた。すると井上は、「牧師だって男だからな」と述べた。
福江が帰宅すると昭夫が来ており、押し入れで見つけた古いラジカセを見せた。彼は若い頃に良く歌っていた曲を流し、父との思い出を語った。福江から木部のことを問われた昭夫は、問題を起こして懲戒解雇になるかもしれないと話す。「何とかしてあげなきゃ。そういう立場なんでしょ」と福江が言うと、昭夫は「俺だって精一杯やってるよ」と口を尖らせた。舞は福江に、祖父との結婚について質問した。福江は見合いではなく恋愛結婚だと言い、プロポーズされた時のことを詳しく語った。
舞が荻生への気持ちを確認すると、福江は「先生といると幸せよ」と告げる。しかし彼女は自分から気持ちを伝えるのではなく、向こうが言ってくれるのを待つと語った。銭湯から戻った昭夫は、荻生と会ったことを話した。舞は昭夫と2人になると、福江が荻生を愛していて結婚するかもしれないと話す。舞は嬉しそうな様子を見せるが、昭夫は「やめてくれよ」と苦々しい表情を浮かべた。福江は夫が残したミシンを使って上履きを作り、荻生にプレゼントした…。

監督は山田洋次、原作は永井愛、脚本は山田洋次&朝原雄三、製作代表は大谷信義&木下直哉&早河洋&兵頭誠之&井田寛&荒木宏幸&名倉健司&岩崎秀昭&坂本裕寿&田中祐介&今村俊昭&浜島聡&奥村景二&伊藤亜由美&松本智&伊藤貴宣&寺内達郎&平城隆司&森君夫、製作総指揮は迫本淳一、製作は高橋敏弘、プロデューサーは房俊介&阿部雅人、撮影は近森眞史、美術は西村貴志、照明は土山正人、編集は杉本博史、録音は長村翔太、音楽は千住明。
出演は吉永小百合、大泉洋、永野芽郁、寺尾聰、田中泯、宮藤官九郎、YOU、枝元萌、シルクロード(フィッシャーズ)、明生(立浪部屋)、加藤ローサ、北山雅康、松野太紀、広岡由里子、神戸浩、田口浩正、江口輝(いち・もく・さん)、菊地優志(ワンワンニャンニャン)、福井修一(ワンワンニャンニャン)、紺野ぶるま、打越漣、白猿(立浪部屋)、小野瀬侑子、花沢将人、ドン・ブラウン、織田浩之介、原口沙矢架、石井健介ら。
声の出演は名塚佳織。


永井愛の同名戯曲を基にした作品。
監督は山田洋次で、『母べえ』『母と暮せば』に続く「母」3部作の最終作。
脚本は『男はつらいよ お帰り 寅さん』『キネマの神様』など、これまで何度もコンビを組んで来た山田洋次&朝原雄三。
福江を吉永小百合、昭夫を大泉洋、舞を永野芽郁、荻生を寺尾聰、井上を田中泯、木部を宮藤官九郎、琴子をYOU、百惠を枝元萌、原を加藤ローサが演じている。
出前の配達員役でシルクロード(フィッシャーズ)、本人役で力士の明生が出演しており、知美の声を名塚佳織が担当している。

オープニングから違和感が続く。
まず、同窓会の相談で昭夫を飲みに誘った木部が、原にも来るよう声を掛けるのは変。その飲み会に参加する原の行動も変。
飲みの席で、原が木部に「あらステキ」「お綺麗なの?」「隔世遺伝かしら?」といった言葉遣いをするのも変。
直接の主従関係は無いにしても、向こうは上司なのに、なんで敬語を使わないんだよ。そんなフランクな口調は変だろ。
まるで料亭の女将と常連客みたいな会話になってるじゃねえか。

飲み屋の会話で、木部が福江について「元気かい、あの綺麗なお母さん」とか「若い頃はミス隅田川と呼ばれたそうだぞ」などとベタ褒めするのは、ちょっと気持ち悪い。
サユリ様を神格化する信者のような、苦笑したくなるメッセージ性を感じる。
それはひとまず置いておくとして、福江の話題になったのなら、そのタイミングで飲み屋のシーンを終わらせ、昭夫が実家へ戻って母に会う流れにした方が綺麗だ。
でも実際には、その後に木部が舞のことを語り、希望退職の件に関する昭夫と原の会話が入る。
なので、あまり綺麗じゃない。

足袋屋に荻生たちが集まると、昭夫は立ち去る。そして彼が屋形船を眺めるシーンになり、「1人で鰻を食っても仕方が無いから、映画を見て帰った。腹が減っている」とモノローグを入れる。
でも、そんな行動と腹具合の説明なんて、全く要らない。邪魔なだけだ。
その後、昭夫が妻と電話で口論すると、今度は「嘘ばっかりついている。大学の友人、妻、娘。そしてお袋にまで」とモノローグを入れる。言わずもがなだろうが、ここも余計な講釈になっている。同じBGMを流すのも、申し訳ないけどダサい。
山田洋次監督のことだから、意図的に古めかしい演出にしている可能性もある。
ただ、仮にそうだとしても、イモっぽいモノはイモっぽい。

この映画を見て感じたのは、「山田洋次は『男はつらいよ』を撮り続けたかったんだろうな。そして出来ることなら、また復活させたいんだろうな」ってことだ。
昭夫のキャラクターって、明らかに寅さんの模倣なんだよね。
すぐにカッとなるし、口が悪いし、不用意な発言や失礼な行動で周囲の怒りを買う。その一方、人情味のある言葉や優しい態度で、感激させることもある。
そういうのって、モロに寅さんでしょ。
そして昭夫だけじゃなく周囲の動きや話の作りにも、『男はつらいよ』シリーズを連想させる部分は少なくない。

ただ、この作品は『男はつらいよ』シリーズほどの余裕が無いし、一応は喜劇のつもりなんだろうけどトゲトゲしさが強い。
例えば木部が絡むエピソードなんかも、「僕はね、クビを会社になるんですよ。違う違う、会社をクビになるんですよ」と言い間違えをさせるようなギャグもやっているけど、どうにも笑える種は見当たらない。
昭夫も怒りや苛立ちの感情が強くなり過ぎており、緩和が弱い。
その塩梅が意図的だったとしても、それが良い方向に作用しているとは思えない。

木部はリストラを拒否して会社に居座ったり、会議に乗り込んで抗議したりする。昭夫を批判し、実家まで乗り込んで掴み掛かる。
知美は舞に対し、「出来ることは良い成績を取って大手企業の会社員になるか、そこの社員を捕まえて結婚することだけだ」と言い放つ。
木部の荒っぽい行動や知美の極端な物言いには、これっぽっちもリアルを感じない。
ただし、そこにあるのは「リアルかファンタジーか」という問題じゃなくて、時代錯誤な感覚だ。

山田洋次は吉永小百合という看板を隠れ蓑にして、実は大泉洋を使って『男はつらいよ』チックな映画を撮りたかったのではないか。本音では、そっちをメインにしたかったのではないか。
いつもなら吉永小百合の主演作は、彼女の周囲に色々と難点が目立つ。
しかし今回は良くも悪くも「サユリ様だけを輝かせようとする映画」じゃないので、そっち方面でのマイナスはそんなに多くない。
いや、あるにはあるけど、「他の部分の粗が多いので上手く紛れている」という表現が正しいかな。

福江は木部がクビになると知った時、昭夫に「今からでも何とかならないの?みんなで話し合うとか」と告げる。
昭夫は「会社の組織はね、遊びじゃないんだ。母さんたちがやってるボランティアと一緒にしないでくれ」と声を荒らげ、琴子たちの怒りを買う。
木部が懲戒解雇になると聞いた福江は、「何とかしてあげなきゃ。そういう立場なんでしょ」と言う。
「会社の人事問題ってのは母さんたちがやってるような、ホームレスにパンや毛布を配ったりするような単純な救援活動とはワケが違うんだよ」と昭夫は言い、今度は母を怒らせる。
この2つのシーン、ものすごぐ違和感が強い。

まず福江が「昭夫なら木部の解雇を撤回できるはず」と決め付けており、
何とかするよう軽く言っちゃうのが違和感。
それに対して、昭夫がホームレスやボランティア活動を軽んじる発言を繰り返すのも違和感。 段取りに対して、それを受け入れさせる地均しの作業が伴っていないと感じる。
特に昭夫の発言には、下手な段取り芝居を感じてしまう。なぜ彼は母から「木部の解雇を撤回すべきだ」と言われた時、「上の命令だから自分の立場では無理」「それを何とか出来る権限を持っていない」という方向から説明しないのか。
2つのシーンで、いずれもホームレスやボランティアを下に見るような発言に繋がるのは、大いに疑問だ。

知美は最後まで顔を見せないままだが、これは変に意味ありげな演出になっている。姿を見せないことで得られる効果は、何も感じない。
ゴドーを待っているような話でもないんだし、普通に登場させちゃえば良かったんじゃないか。
あと姿を見せないなら見せないで、そこは徹底した方がいいし。
福江が昭夫に「知美さんが訪ねて来た」と話すシーンで、回想として登場しているんだよね。顔は見せないけど、体の一部は映るのだ。
それは完全に裏目の演出だよ。

井上が昭夫に対して、急に空襲のことを喋るシーンがある。ここでは空襲を描いた絵を挿入し、通り掛かった警察官が昭夫に「井上は空襲の時に橋から川に落ちて助かった」と教える。
でも、だから何なのかと。どういう意図で持ち込んだシーンなのか、サッパリ分からんよ。
そこだけ急に反戦のメッセージを訴えても、完全に浮いている。生きることの大切さでも説こうと思ったのか。
少なくとも今回の物語とは、まるで上手く繋がってないよ。
そのせいもあって、井上というキャラ自体が浮き上がっている。

終盤、昭夫は役員会で決まった木部の懲戒解雇を勝手に取り消し、希望退職の手続きを進める。久保田常務から責任の取り方を問われた彼は、辞職を口にして「もう疲れました。この仕事に向いてなかったのかもしれません」などと語る。
だけど急に自分の職を投げ打ってまで木部に退職金を出してやろうとするのは、どういう風の吹き回しなのかと。
それ以前から木部のために動いていたとは言え、そこは唐突さを禁じ得ない。
そこまで思い切った決断に至る流れもきっかけも、何も見えなかったのでね。

彼が辞職を宣言するまでの10分ぐらいは、福江と荻生のデートや、荻生が故郷の北海道へ戻ることを福江に告白するシーンが描かれていた。その間、昭夫は全く登場していなかった。
そして福江と荻生の「老いらくの恋」と、昭夫が木部の件で悩む出来事は、まるで関連していない。
福江のストーリーと昭夫のストーリーって、実はほとんど絡み合っていないんだよね。
昭夫が福江の影響を受けるとか、逆に福江が昭夫の言葉に動かされるとか、そういう「母子の絆」みたいな物を感じさせる部分も乏しいし。

昭夫がクビになった後、飲み屋で彼と話す木部は今回の件を「学生時代と同じ」と評する。そして昭夫がラブレターが代筆したこと、それで木部は相手と交際できたが実は昭夫も好きだったことが語られる。
でも、そんなことを明かされても、ただの蛇足にしか思えない。
その話の聞き手が必要ってことなのか、原が同席しているのはキャラの使い方として不細工。
「実は原が昭夫に思いを寄せている」ってことを匂わせているけど、それも余計な付け足しにしか感じないし。

(観賞日:2025年6月6日)

 

*ポンコツ映画愛護協会