『心が叫びたがってるんだ。』:2017、日本

5歳の成瀬順はお祭りに出掛け、母に喋り掛けながら歩いていた。父は露店に並んでいた奉納玉子を彼女に見せ、「あんまりお喋りすぎると、卵の神様に言葉を取られちゃうぞ」と告げる。様々な色の置物があったので、順は興奮した。夢見がちな順は、お城で王子様と舞踏会に参加することに憧れていた。ある日、彼女は山の上にある城がラブホテルとは知らずに近付き、そこから車で出て来る父を目撃した。助手席には見知らぬ女性が座っていたが、順は父が王子様だと思い込んで興奮した。
帰宅した順は、母にお城で父を目撃したことを話す。「一緒にいたのはママじゃなかったけど」と彼女が言うと、母は「誰にも喋っちゃダメ」と釘を刺した。後日、両親が離婚して父が家を出て行くことになり、事情の分からない順は夫婦喧嘩しただけだと思って仲直りするよう頼んだ。すると父は冷たい表情で、「全部お前のせいじゃないか」と言い放った。ショックを受けた順は自分の部屋に戻り、誤って卵の置物を踏んでしまった。心配した母が駆け付ける中、彼女は腹痛に見舞われた。
揚羽高校2年2組の坂上拓実は登校する途中、ある寺の住職が転がる奉納玉子を拾うのを手伝った。住職は彼に、「ここの仏様は言葉が大好きで、卵に言葉を捧げるとお供えになる」と説明した。同じく2年2組の順は、思い付いた言葉を手帳に書いていた。クラスメイトの仁藤菜月が明るく挨拶しても、彼女は無言で逃げるように去った。2組は学年を代表し、地域ふれあい交流会に参加することが決まっていた。担任で音楽教師の城嶋一基は、実行委員として勝手に順、拓実、菜月、田崎大樹を指名した。右腕を骨折している野球部員の大樹は、仏頂面で「絶対にやらない」と拒否した。
順は声を絞り出して「嫌です」と言うが、腹痛に見舞われて教室を飛び出した。彼女の声を初めて聞き、クラスメイトは驚いた。菜月はチアリーダー部の仲間から「元カレと一緒で気まずい?」と問われ、「別に、中学の時のことだし」と軽く告げる。しかし「今さら菜月が拓実を相手にするわけないよね」と言われると、何も答えなかった。大樹は野球部の練習へ行き、キャプテンでクラスメイトの三嶋樹たちの様子を眺める。彼は1年生の山路に、「今のエースはお前なんだから、みんなをまとめろよ」と厳しい口調で告げた。
拓実は城嶋と話すため、音楽準備室へ赴いた。まだ城嶋は来ておらず、マラカスを見た彼は「今朝の卵みたいだな」と呟いた。順は城嶋に手紙を渡すため音楽準備室へ行き、拓実がミニアコーディオンを演奏しながら『Around the World』のメロディーで卵の歌を歌う様子を目撃した。そこへ城嶋が来ると、順は慌てて逃げ出した。彼女が落とした手紙には、実行委員を辞退したい旨が記されていた。城嶋は手紙をゴミ箱に捨て、「無かったことにしようと思って」と拓実に言う。城嶋は拓実が古い歌である『Around the World』を知っていたことに触れ、「ふれ交でミュージカルをやったらどうだ」と持ち掛けた。「みんな賛成しませんよ」と拓実が言うと、彼は「お前はいつも自分の気持ちを出さないな。みんなじゃなくて、お前はどう思うんだ」と問い掛けた。
拓実が祖父母と暮らす家へ戻ると、順の母親である泉が保険会社の仕事で来ていた。彼女は拓実の制服を見て学校に気付くと、早々に立ち去った。拓実は祖父母から、彼女の娘が同じ学校の成瀬という生徒だと知らされる。しかし「明るくお喋りで、いつも友達と長電話している」と言っていたことを聞き、順とは別人だろうと考えた。翌日、城嶋が教室でミュージカル映画を見せると順は喜ぶが、男子生徒たちの「いきなり歌い出すのが謎なんだよな」という言葉を聞いて悲しくなる。拓実が「普通に喋るより、歌の方が気持ちとか伝わりやすくなることもあるし」と言ったので、順は嬉しい気持ちになった。
拓実が実行委員会のために音楽準備室へ行くと先に菜月が来ており、2人は気まずい雰囲気になった。そこへ城嶋が順と共に来るが、大樹は現れなかった。城嶋が改めて出し物の候補にミュージカルを提案すると、菜月は1ヶ月しか準備期間が無いので難しいと告げた。しかし城嶋は意見を曲げず、候補の中に加えた。委員会の後、順、拓実、菜月は野球部の1年生部員が大樹の悪口を言っている現場を目撃した。仲間たちに愚痴を聞かされた山路は、無言のまま練習へ赴いた。
拓実が部活に行く菜月と別れて帰路に着くと、順は黙って付いて来た。拓実が「何か俺に話したいこと、あるんじゃないの?例えば、ふれ交でミュージカルやりたいとか」と問い掛けると、彼女は驚いて手帳に「私の心が読めるんですか?」と書いた。彼女は喋ろうとするが腹痛に見舞われ、そのことも手帳に書いて拓実に見せた。すると拓実は順の携帯電話を借りて自分の番号を登録し、メッセージがあれば送るよう告げた。
順は拓実の携帯にメッセージを送り、「これは呪いなんです。自分のお喋りのせいで両親が離婚したので、神様が罰を与えている」と事情を説明する。「歌の方が気持ちが伝わるって思いますか?」と訊かれた拓実は、「伝えたいことがあれば、歌ってみるのも有りかもよ。歌なら呪いとか関係ないかもしれないし」と告げた。帰宅した拓実は部屋へ行き、ピアノに触れて「呪いか」と呟いた。順は自宅で何気なく『Around the World』のメロディーを口ずさみ、お腹が痛くならないことに気付いた。
翌日のホームルームで、拓実と菜月はふれ交の出し物候補を黒板に書いた。城嶋がミュージカルを推すと、大樹が苛立った様子で「無理に決まってんだろ。実行委員会に喋んねえ女いて、ミュージカルとか謎すぎるだろ」と言い放つ。腹を立てた拓実は、野球部の後輩たちが愚痴っていたことを暴露した。三嶋が激怒して拓実に掴み掛かると、順が急に「私はやれるよ、不安はあるけど、きっと」と弱々しく歌う。クラスメイトの視線に気付いた彼女は、慌てて教室から飛び出した。
拓実が菜月と共に屋上まで順を追い掛けると、携帯に謝罪のメッセージが入った。拓実が腹痛について尋ねると、彼女は「歌なら大丈夫見たいです」と送った。拓実は菜月と2人になり、「あいつの気持ち、ちょっと分かるんだ」と言う。彼は中学2年生の時に母からピアノは好きかと問われ、「好き」と答えたら悲しそうな顔をされた。その当時、拓実の両親はピアノを巡って大喧嘩しており、母は受験のために辞めさせたがっていた。両親は離婚して母は家を去り、父は拓実を祖父母に預けて東京へ出て行った。拓実は菜月に、「全部、俺のあの一言が原因だったのかなあって」と告げた。
菜月は駅で大樹と遭遇し、「野球やんねえと時計が止まってるみたいだ」と言われて「時間を潰したいなら、ふれ交手伝って」と述べた。その夜、順は近所の主婦が町内会費の徴収に来たので、応対に出た。帰宅した泉は主婦が去った後、「いつも言ってるでしょ、お母さんがいない時には出なくていいって。喋らない子って色んな所で噂になってて」と文句を言う。家を飛び出した順はバスに乗り、拓実に大量のメッセージを送った。拓実が困惑しながら読んでいると、「私の言葉を歌にしてください」という文章があった。
順は拓実の前に現れ、「卵の歌みたいにしてほしいんです。私の気持ち、喋りたいから」と声を絞り出す。彼女が腹痛で倒れたので、拓実は家へ連れ帰った。改めて順からのメッセージを読むと、自分に起きた出来事をモチーフにして作ったお姫様の物語が綴られていた。順は自分の物語をミュージカルにしてもらい、ふれ交で上演したいと拓実に説明した。拓実は困惑するが、順が懇願するので承諾した。しかしエンディングが決まっておらず、拓実は言いたいことの全部を物語にするよう促した。
拓実と順が相談するためファミレスへ菜月を呼び出すと、彼女は大樹を連れて来た。拓実が順の物語について話していると、近くの席に1年生の野球部員たちが現れて三嶋の陰口を叩いた。大樹が出向いて「何してんだよ」叱責すると、山路は「こっちの台詞ですよ。部にも顔出さないで、女連れてさ。何が今のエースはお前だだよ。目障りなんだよ。どうせなら俺の前から消えてくれよ」と怒鳴った。すると順が立ち上がり、「消えろとか、簡単に言うな。言葉は傷付けるんだから。絶対に取り戻せないんだから」と叫んだ。
拓実の視線で我に返った順は、腹痛に見舞われて病院へ行く。知らせを受けて駆け付けた泉は、「困らせたいの?」と娘を責めた。拓実は彼女に、「順さんは明るい奴です。喋れないけど、心の中では一杯喋ってる。いつも頑張ってるんです」と告げた。菜月は拓実と2人になると、順が書いた物語の「最も重大な罪は、言葉で人を傷付けることだ」という台詞が心に刺さったと話す。彼女は拓実に、「私も中学の頃、坂上君に酷いこと言ったから」と告げる。中学の頃、彼女は拓実と交際していたにも関わらず、クラスメイトから「彼女?」と質問されて否定した。その言葉を、拓実が聞いていたのだ。
拓実は「何とも思ってないから」と軽く告げ、順のことを応援したくなると話す。菜月は拓実が順を好きだと感じて悲しくなるが、本心を隠して「私も応援する。成瀬さんのことも、坂上君のことも」と笑顔で言う。翌日、大樹は委員会に現れて順に謝罪し、手伝わせてほしいと告げた。拓実たちがホームルームでミュージカルの上演を発表すると、クラスメイトたちは全くやる気を見せなかった。しかし拓実が熱い思いを訴えると、相沢基紀や岩木寿則、江田明日香と、宇野陽子らが次々に協力を申し出た。
順は思い切って主人公のお姫様を演じることに決め、拓実は王子、大樹が玉子役になった。生徒たちは役割を分担し、作業を進める。順は物語のラストを決めて、拓実たちに見せた。それはお姫様が処刑されて首をはねられ、王子を愛する気持ちが溢れるという結末だった。暗いエンディングだったが、拓実と菜月は賛同した。まだタイトルは決まっておらず、意見を求められた大樹が「青春の向こう脛」と口にすると順は拍手した。順はラストシーンの歌詞を考え、拓実にメッセージを送った。「心は叫ばない」という言葉が気に入った拓実は、ベートーベンの『悲愴』を使うことにした。
実行委員4人は縁日へ赴き、奉納玉子を見た。順が「私の呪い、この玉子のせい」と明かすと、拓実は笑って「この卵に悪い言葉を捧げたわけじゃないだろ。いい言葉を捧げたら、御利益あるから」と告げ、奉納玉子を彼女にプレゼントした。帰宅した順は、拓実の名前を紙に書いて卵に入れた。泉はふれ交について、「研修があるけど、なるべく行けるようにする」と順に告げた。順は拓実に、「見てる人たちに笑顔になってもらいたい」という考えから結末を変更したことを明かした。お姫様が助かるハッピーエンドの物語を読んだ拓実は、「心は叫ばないっていう言葉、個人的に気に入ってたんだけどね」と言いながらも承知した。
舞台の書き割りが何者かに破壊され、三嶋に連れられてやって来た山路が自分のせいだと告白した。大樹が殴り付けて「俺を嫌うのは構わねえけど、こういうやり方は」と言うと、彼は「嫌いだなんて思ってませんよ」と感情的になった。山路は田崎に、「田崎さんは俺の憧れでした。春のセンバツでダメになった後も、また一緒に甲子園目指そうって言ってくれるの待ってました。でも貴方は、何も言ってくれなかった」と語る。大樹は「俺だってホントは言いたかったよ。でも、またダメだった。期待させた分、またお前らを傷付ける。そう思ったら、どうしても言えなかった」と吐露した。
拓実は順を音楽室へ連れて行き、「人の心って1つじゃないよな。好きとか嫌いとか、100パーの気持ちって無い。だからさ、気持ちを伝えられない悲しい心の叫びも、みんなと歌う喜びも、両方ともホントに成瀬が伝えたいことだったら、全部伝えられたらなって思って」と言う。彼はピアノを弾き、『悲愴』と『オーバー・ザ・レインボー』のメロディーを重ねる新しいアレンジを披露した。順は感銘を受け、「すごいです」とメッセージを送信した。荷物を運んでいた菜月は、2人の楽しそうな様子を見て寂しい気持ちになった…。

監督は熊澤尚人、原作は<超平和バスターズ>長井龍雪&岡田麿里&田中将賀、脚本は まなべゆきこ、製作は小川晋一&岩上敦宏&吉崎圭一&藤島ジュリーK.、プロデューサーは日高峻&清水博之&斎藤俊輔&和田倉和利、共同プロデューサーは小原一隆&小田桐成美、ラインプロデューサーは森賢正、撮影は鍋島淳裕、照明は かげつよし、録音は滝澤修、美術は高橋泰代、編集は穂垣順之助、VFXスーパーバイザーは橋直太郎、音楽ディレクターは大里和生、音楽は横山克。
出演は中島健人、芳根京子、石井杏奈、寛一郎、大塚寧々、荒川良々、西山潤、福山康平、上川周作、川村亮介、金澤美穂、萩原みのり、水瀬いのり、井上拓哉、岩井拳士朗、尾屋葵、影山樹生弥、亀田侑樹、河野宏紀、小平大智、小林万里子、近藤里沙、堺小春、桜井美南、真田真帆、長田侑子、塗木莉緒、福島綱紀、宮坂健太、森田想、吉田志織、川合諒、吉田翔、渋谷龍生、平尾菜々花、狩野見恭兵、森七菜、平原テツ、赤間麻里子、松山愛里、荒谷清水、稲川実代子、俵木藤汰、三田村周三、橋かすみ他。


2015年の同名アニメーション映画を基にした作品。
監督は『ジンクス!!!』『近キョリ恋愛』の熊澤尚人。
脚本を担当したのは、これで熊澤監督とは7度目のタッグとなるまなべゆきこ(『君に届け』だけは脚本協力)。
拓実を中島健人、順を芳根京子、菜月を石井杏奈、大樹を寛一郎、泉を大塚寧々、城嶋を荒川良々、三嶋を西山潤、山路を福山康平、相沢を上川周作、岩木を川村亮介、明日香を金澤美穂、陽子を萩原みのりが演じている。
アニメ版で順の声を担当した水瀬いのりが、女子生徒役で出演している。

冒頭シーンで順の父が発する「あんまりお喋りすぎると、卵の神様に言葉を取られちゃうぞ」という言葉は、あまりにも不可解だ。
順は母と楽しくお喋りしていただけなので、それを咎めるような発言は変でしょ。
この父親はクズ野郎なので、そういう風に描く狙いがあるなら分からんでもないよ。でも、その時の彼は、普通に「楽しく家族で過ごしている」という状況なわけで。
プロローグで「卵の神様に言葉を取られる」という要素を提示しておかないと、後のストーリー展開に支障があるという理由があるのは分かるのよ。ただ、それの示し方が強引すぎるでしょ。

冒頭で幼少期の順が体験した出来事を描いているのだから、そこから現在に移ったら成長した彼女を登場させればいい。
しかし実際には、先に拓実を登場させている。
それならそれで、現在の順は「拓実が出会う相手」という形で登場させればいいものを、すぐにシーンを切り替えて現在の順を登場させる。
だったら、拓実のパートを挟む必要性が無いでしょ。先に順を登場させて、その後で拓実という順番にしておいても全く問題は無いでしょ。

城嶋は生徒たちに何の相談も無く、ふれ交の実行委員4人を勝手に決めてしまう。
それは強引すぎるでしょ。その4人を選んだ根拠が何かあるわけでもないし。
「ミュージカルをやろう」と言い出し、自分の意見を押し通そうとするのも、これまた強引だ。
生徒たちの意見など完全に無視し、「自分がやりたい(っていうか、やらせたい)」という気持ちだけで身勝手を押し付けるんだから、ただの問題教師だろ。そこに「生徒たちのことを考えてミュージカルを提案した」という思いなんてゼロなんだから。
辞退を申し出る順の手紙を捨てて無かったことにしようとするとか、こいつは教師失格だろ。

荒川良々が城嶋を演じているってのも、大きなマイナスになっている。
なんでもかんでもアニメに寄せなきゃいけないわけではないけど、完全にミスキャストだよ。
アニメ版の城嶋とは似ても似つかない風貌だけど、そういうことは問題じゃない。だけど荒川良々が演じていることが、城嶋を不愉快で身勝手な教師という印象にしていると言っても過言ではない。
その軽薄さが、荒川良々という俳優を通すことによって嫌悪感を招いてしまうのよね。喋り方や声のトーンに問題があるのだ。
どんな作品でも不快感を煽るってわけじゃなくて、城嶋というキャラとの組み合わせが悪いってことよ。

拓実が音楽準備室でミニアコーディオンを演奏しながら卵の歌を歌い出すのは、かなり不自然な展開だ。
登校する時に寺で卵を見ているし、マラカスを見て「今朝の卵みたいだ」とも言っているので、前フリは丁寧にやっていると言ってもいい。しかし、それでも不自然さは拭えない。
「普通に喋るより、歌の方が気持ちとか伝わりやすくなることもあるし」と言い出すのも、これまた不自然。
その辺りは、「順が拓実の歌や言葉を聞く」という段取りが露骨に分かっちゃうのよね。

拓実が「伝えたいことがあれば、歌ってみるのも有りかもよ。歌なら呪いとか関係ないかもしれないし」と言うのは、ただの無責任で適当な言葉にしか聞こえない。
「喋れない奴が歌えるわけねえだろ」とツッコミを入れたくなるんだけど、なんと本作品では歌えてしまうのだ。
っていうか、それ以前にファミレスのシーンで、彼女は必死に絞り出すのではなく普通に喋っている。「心が叫びたがっている」というタイトルだが、そのシーンでは声を出して叫んでいる。
直後に拓実と目が合うと我に返って腹痛で倒れるけど、「咄嗟に」ってことなら普通に喋れるってことでしょ。

ホームルームで三嶋が激怒して拓実に掴み掛かっても、誰も制止に入らずに傍観している。城嶋は担任教師なのに、何もしない。
やっぱり、こいつは教師失格だ。
ちなみにアニメ版だと城嶋や菜月が慌てて制止に入っているので、そこは実写版の手落ちじゃないのかと。
で、そんな中で順は急に「私はやれるよ、不安はあるけど、きっと」と歌い出すが、ものすごく不自然だ。
しかも、ここは真剣なシーンなのだが、どことなく滑稽さが漂う。

順は拓実に、ふれ交で自分の物語をミュージカルにして上演したいと言い出す。
だけど自分の個人的な物語をミュージカルで上演したいというのは、ただのワガママでしょ。クラスメイトからしたら、「知らんがな」という話だ。
順は引っ込み思案な性格のように見えて、実はものすごく押しの強い女ってことになる。
そもそも携帯にメッセージを書きまくっているので、声に出していないだけであって、「言葉」が呪いで封じられているという印象は受けないぞ。

順は拓実に「自分の気持ちを歌にしてほしい」と頼むのだが、それは不可解だ。
彼女は自宅のテレビから流れる『Around the World』も聴いているので、卵の歌が替え歌なのは分かっているはず。つまり、作曲能力があるとは思っていないはずだ。
ってことは、作詞の才能があると思ったのか。
だけど拓実は適当な歌詞を口ずさんでいるだけで、作詞能力が高いとは到底思えなかったぞ。
あんな歌で感銘を受けたとしたら、感性に問題があるんじゃないか。

卵の歌を聴いた順が「この人なら自分の物語を歌にしてくれる」と思うのは、あまりにも感覚が幼いと思うのよね。
小学生じゃなくて、高校生なのよ。知能に障害があるというわけでもなさそうだし、そういう設定だとしたら全く伝わっていないし。
幾ら芳根京子でも、そこに説得力を持たせることは難しい。
そんな風に、不自然さや不可解さが次から次へと出て来る。
アニメ版でもそういう傾向があったけど、同じことを実写でやったら余計に酷くなる。実写とアニメでは、不自然さを許容できるレベルが格段に違うんだから。

ホームルームでミュージカルを提案されたクラスメイトが反対すると、拓実が「成瀬が自分の言葉を伝えたいって、この話を考えてきた。今まで中に本気になったことなんて無いから、高校生活の最後ぐらい本気な奴に乗っかってみるのも面白いんじゃないかって」と熱く語る。
すると途端に、クラスメイトが前向きな態度へと変化する。数名じゃなくて、全員が乗り気になるのだ。
そこは拓実が「クラスメイトから慕われている」というキャラでもなきゃ受け入れ難い。
だけど拓実って、『君に届け』の風早翔太みたいなキャラの印象は皆無だぞ。「クラスメイトは拓実の言葉に心を掴まれた」ということなのかもしれないけど、そんな力は全く感じない。
それは中島健人の芝居が云々という問題じゃなくて、シーンそのものに無理がある。

順は「歌なら呪いは関係ないんじゃないか」と拓実に言われ、実際に歌うと腹痛に見舞われなかったことを受けてミュージカルを提案する。
なので、てっきり出演する気なのかと思ったが、ホームルームのシーンを見る限り、どうも自分は出る気が無かった様子だ。
だけど、出演しないのならミュージカルにする意味が無いでしょ。
っていうかさ、ミュージカルって大抵のケースでは、普通に台詞を喋る箇所もあるぞ(例外はあるけど)。台詞を使わず歌だけで全体を構成するのは、オペラでしょ。
なので、そこも引っ掛かるぞ。

山路から「また一緒に甲子園目指そうって言ってくれるの待ってました」と言われた大樹は、「俺だってホントは言いたかったよ。でも、またダメだった」と夏の予選で敗北したことに触れる。
彼は「期待させた分、またお前らを傷付けると思ったから言えなかった」と語るが、「自分には言う資格が無い」と思っていたのなら、後輩を厳しく叱責するのは違うでしょ。
「一緒に甲子園を目指そう」と言えないから野球部と距離を置くってことなら、それは分かるのよ。
だけど、先輩ヅラして厳しく説教しているので、そのシーンで大樹が気持ちを吐露しても、全く心に響かない。

あと、野球部関連では回想シーンを含めても上級性が出て来ないので、「ひょっとすると大樹って3年生の設定なのか」と思ってしまった。
その後で大樹が山路に「一緒に甲子園を目指そう」と言うので、やっぱり2年生であることは分かるんだけど、そこは違和感があるなあ。
まだ夏の予選の段階では、3年生も現役で野球部に所属していたはずでしょ。だけど映画を見る限り、3年生の存在が完全に無視されているように感じるんだよね。
ものすごく重要な要素とは言わないけど、引っ掛かることは確かだぞ。

拓実はずっと順のことばかり気にしているし、菜月にも成瀬について熱く語っている。なので菜月が「拓実は順に惚れてる」と思うのは当然だろう。
ところが後半、拓実が菜月に「ずっと好きだった」と告白する展開が待ち受けている。
その直前に拓実が菜月を気にしているシーンがあるので、彼が惚れているのは推測できる。だけど、告白シーンへの流れが充分とは到底思えない。
告白シーンが近付いたので、慌てて「拓実が菜月を気にしている」という前フリを入れたような感じだし。

拓実が明らかに特別扱いしていたんだから、順が彼に惹かれるのは当たり前だ。それなのに「ただ応援したかっただけで恋愛感情は皆無」ってのは、あまりにも残酷な仕打ちだ。
拓実は全くの無自覚であり、もちろん順を騙そうという気など無い。だけど、「無自覚だから仕方がないよね」なんてことは全く思わない。無自覚であろうと、酷い男だと感じるだけだ。
順が最も嫌だった「言葉で傷付ける」という行為を、拓実はやらかしているんじゃないかと。
最終的に順は立ち直っているけど、それで拓実の罪が消えるわけじゃねえぞ。

ミュージカルシーンに入ってからの問題は、アニメ版とほぼ同じ。
メインの2人が現場にいなくて代役を立てるなら、そのまま最後まで上演した方がいいでしょ。最後の最後だけ急に拓実と順が王子様&お姫様として登場したら、観客は混乱するだけだ。
本人たちは満足かもしれないけど、「お客さんに楽しんでもらうミュージカル」としては失格でしょ。
あと、ミュージカルそのものにも全く魅力を感じない。
断片的に見せているだけなので、終幕を迎えても感動できる要素は何も無いし。

(観賞日:2018年8月26日)

 

*ポンコツ映画愛護協会