『心が叫びたがってるんだ。』:2015、日本

成瀬順はお喋りで夢見がちな少女で、山の上の城がラブホテルとは知らずに憧れていた。ある日、城に近付いた彼女は遅々と見知らぬ女性が車で出て来るのを目撃した。順は父が王子様で女性がお姫様だと思い込み、興奮して帰宅する。彼女は母の泉に、目撃したことを笑顔で話す。すると泉は作っていた卵焼きを娘の口に突っ込み、静かな口調で「それ以上は誰にも喋っちゃダメよ」と告げる。後日、父は母と離婚し、家を出て行くことになった。何も知らない順が引き留めようとすると、父は冷たい笑みを浮かべて「全部お前のせいじゃないか」と口にした。父が去った後、順は泣きながら「誰か助けに来て下さい」と願った。すると卵の妖精が現れて王子様の姿に変身し、「波乱の人生を歩みたくなければ、お喋りを封印するんだ。そうすれば本当の王子様に会えるし、本当のお城に行ける」と告げた。
揚羽高校の2年生になった順は、2組の担任で音楽教師の城嶋一基から地域ふれあい交流会の実行委員に指名された。誰も立候補する者がいなかったため、城嶋が勝手に4人を選んだのだ。彼が指名したのは順の他に、坂上拓実、仁藤菜月、田崎大樹というメンバーだ。田崎は強く反発し、「やらない」と声を荒らげた。順は立ち上がり、か細い声を「イヤ、です」と絞り出す。順が喋れることに、クラスメイトは驚いた。さらに話そうとした順だが、腹痛に見舞われて教室を飛び出した。
大樹は野球部の練習に出向いた時も、まだ苛立ちを見せていた。彼は野球部のエースだったが右腕に怪我を負い、その座を1年生の山路に奪われていた。拓実は城嶋と話すため、音楽教室へ赴いた。まだ城嶋が来ていなかったので、彼はミニアコーディオンを見つけて演奏する。彼が『Around the World』の替え歌を適当に歌う様子を、順は目撃した。そこへ城嶋が来ると、順は慌てて逃げ出した。城嶋は拓実が古い歌を良く知っていることを受け、交流会でミュージカルをやってはどうかと提案した。
拓実が祖父母と暮らす家へ戻ると、保険会社の女性が来ていた。祖母のシンは拓実に、その女性の娘も同じ高校だと教えた。拓実が順と同じクラスだと知った泉は、動揺した様子を見せた。泉が去った後、拓実は彼女が「娘はお喋りで友達と長電話ばかりしている」とシンに話していたことを知った。さらに彼は、順に父親がいないことも知った。翌日、城嶋は音楽の授業で、ミュージカル音楽について語った。授業の後、他の男子たちが全く興味を示さない中で拓実だけが「歌の方が気持ちが伝わることもある」と言うのを順は聞いた。
1回目の実行委員会に、大樹は来なかった。城嶋は改めてミュージカルを提案するが、その場では3人とも賛同を示さなかった。委員会の後、3人は野球部の連中が「ポンコツのくせに顔を出して文句ばかり言う」と大樹の悪口を言っている現場を目撃した。菜月が去った後、拓実は順の様子を思い出して「もしかしてミュージカル、やりたかったりする?」と問い掛けた。驚いた順は携帯電話を取り出し、「私の心を覗き見していますか?」という文字を打ち込んで彼に見せた。
拓実が「何これ?」と訊くと、順は喋らない自分になった事情を説明した。さらに彼女は、喋ろうとすると腹痛になるのは呪いのせいだと告げた。「歌の方が気持ちが伝わるって思いますか?」という順の質問に、「伝えたいことがあんなら、歌ってみるのもアリじゃね?」と拓実は返した。帰宅した順が試しに歌ってみると、お腹は痛くならなかった。翌日のホームルームで、拓実と菜月は地域ふれあい交流会の演目に合唱や演劇と並べてミュージカルも提案する。しかしクラスメイトは、全くやる気を見せなかった。
城嶋が「新しいことにチャレンジするってのは素晴らしいよ」とミュージカルを勧めると、大樹が苛立った様子で「バカじゃねえの。無理だろ」と吐き捨てる。彼は「実行委員会に喋れねえ女いて、ミュージカルとか謎すぎるだろ」と言い、順を「使えない奴」と切り捨てる。腹を立てた拓実は「お前こそ使えない奴だ」と言い、野球部の後輩たちが邪魔者呼ばわりしていたことを話す。すると野球部のキャプテンを務める三嶋樹が激怒し、拓実に掴み掛かった。
菜月と城嶋が仲裁に入る中、順が急に「私はやれるよ、不安はあるけど、きっと」と弱々しく歌う。クラスメイトの視線に気付いた彼女は、慌てて教室から飛び出した。彼女はトイレの個室に閉じ篭もり、心配した菜月が呼び掛けても応答しない。そこへ拓実が来ると、順はLINEを通じて「ごめんなさい」と謝罪した。拓実が「こっちこそごめん。助かった。腹痛いか。」と返すと、順は「痛くない。歌なら痛くないんです」と送った。
放課後、菜月は駅で大樹と遭遇し、時間を潰したいなら実行委員の仕事を手伝うよう持ち掛けて立ち去った。順は近所の主婦が町内会費の徴収に来たので、応対に出た。帰宅した泉は主婦が去った後、娘を睨んで「お母さんがいない時には出ないで。みっともない。喋らない子って色んな所で噂になってて」と文句を言う。家を飛び出した順はバスに乗り、拓実に長文のLINEを送った。コンビニ帰りの拓実が困惑していると順が現れ、「私の気持ちを歌にしてほしい」と声を絞り出した。
拓実は順を家に連れ帰り、改めてLINEを読む。それは順が自分に起きた出来事をベースにして作ったお姫様の物語だが、まだラストは完成していなかった。拓実は順を父の部屋へ招き入れ、「音楽が趣味で、ピアノを習わされていた」と話す。彼が既存のクラシック曲に適当な歌詞を付けてピアノで演奏すると、順は感動した様子で拍手した。拓実はDTM研究会の仲間である相沢基紀と岩木寿則に順の歌声を音源化してもらい、ミュージカル上演への協力を頼んだ。
拓実がファミレスへ菜月を呼び出すと、彼女は大樹を連れて来た。拓実は物語を見せ、ミュージカルを上演する考えを明かした。近くの席に野球部員たちが現れ、大樹の陰口を叩いた。大樹が出向いて叱責すると、山路は「いつも偉そうなことばっかり言いやがって。目障りなんだよ。どうせなら俺の前から消えてくれりゃいいのによ」と怒鳴った。すると順が立ち上がり、「消えろとか、簡単に言うな。言葉は傷付けるんだから。絶対に取り戻せないんだから」と叫んだ。
順は拓実から呪いについて指摘され、腹痛に見舞われて病院へ行く。駆け付けた泉は、「私が憎いの?嫌がらせ?」と娘をなじった。拓実は彼女に、「順さんは明るい奴です。いつも頑張ってるんです」と告げた。菜月は拓実と2人きりになると、「中学の時、坂上君が一番大変だった時、何もしてあげられなくて。彼女だったのに」と口にした。彼女は友人から拓実と付き合っているのかと問われ、否定してしまったのだ。拓実は「つまんない自分に納得してたんだよな。だけど成瀬が辛そうなのに自分の中の言葉を表に出そうと頑張ってんの見たら、俺もってさ」と述べ、菜月は彼が順を好きなのではないかと気にしつつも「応援する」と笑顔で告げた。
翌日、大樹は朝練を始めようとする三嶋と山路の元へ行って頭を下げ、「今まで悪かった。虫が良すぎることは分かってるけど、仕切り直させてくんねえか」と頼む。山路が「仕切り直してどうするんすか」と訊くと、大樹は「怪我を直して、もう一度、お前らと甲子園を目指す」と答えた。山路は冷たい態度で、朝練へ向かった。大樹は三嶋に「これからどうすんの?」と尋ねられ、「とりあえず、目の前のことを1つずつ片付けて行くわ」と述べた。
大樹は実行委員会に出席して順に謝罪し、全面的な協力を申し出た。彼がホームルームでミュージカルの上演を発表すると、クラスメイトの多くが不満を訴える。しかし菜月の親友である宇野陽子や江田明日香は賛同し、出来る限りの協力で構わないということで全員が納得した。メインの配役は全て実行委員に押し付けられ、順がお姫様、拓実が王子、大樹が玉子を演じることになった。準備が進められ、台本のラストも完成した。決してハッピーエンドではなく、大樹はグロテスクだと評したが、拓実は順の考えに賛同した。
拓実は順に、両親が離婚していること、母は家を出ていること、父も年に1度顔を見せればいい方であることを語った。順は物語のラストをハッピーエンドに変更しようと提案し、元の雰囲気もいいと思っていた拓実は残念に感じながらも承知した。相沢や岩木たちの会話を耳にした彼は、最終幕で2つの曲を合わせて演奏するアイデアを思い付いた。彼は順に、自分の進学を巡って中学の頃から両親が揉めるようになったこと、それに対して罪悪感を抱いていることを語った。順は彼の言葉に感動して涙をこぼし、自分の王子様だと強く感じる…。

監督は長井龍雪、原作は超平和バスターズ、脚本は岡田麿里、プロデューサーは斎藤俊輔、製作代表は夏目公一朗&植田益朗&清水賢治&中村理一郎&久保雅一&落越友則&坂本健、エグゼクティブプロデューサーは岩上敦宏&松崎容子&山西太平&沢辺伸政、アソシエイトプロデューサーは小田切成美&松尾拓&斎藤朋之&岡本順哉、アニメーションプロデューサーは賀部匠美、企画・プロデュースは清水博之&岩田幹宏、キャラクターデザイン・総作画監督は田中将賀、絵コンテは長井龍雪、演出は長井龍雪&吉岡忍&柴山智隆&林直孝&神戸洋行、美術監督は中村隆、プロップデザインは岡真里子、色彩設計は中島和子、編集は西山茂、撮影・CG監督は森山博幸、音響監督は明田川仁、音楽はミト(クラムボン)&横山克。
主題歌「今、話したい誰かがいる」乃木坂46 作詞:秋元康、作曲:Akira Sunset&APAZZI、編曲:Akira Sunset&APAZZI。
声の出演は水瀬いのり、内山昂輝、雨宮天、細谷佳正、吉田羊、藤原啓治、津田英三、宮沢キヨコ、野島裕史、内山昂輝、村田太志、高橋李依、石上静香、大山鎬則、古川慎、河西健吾、柳田淳一、諏訪彩花、手塚ヒロミチ、東内マリ子、葉山いくみ、木村珠莉、加隈亜衣、榎木淳弥、天崎滉平、木島隆一、田澤茉純、久保ユリカ、西谷修一、前川涼子、山下誠一郎、石谷春貴、芳野由奈、三宅麻理恵ら。


TVアニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』を手掛けた超平和バスターズ(監督や絵コンテの長井龍雪、脚本の岡田麿里、キャラクターデザイン&総作画監督の田中将賀)が再結集した映画。
『あの花』に引き続き、アニプレックスとフジテレビジョンと電通が製作委員会に参加している。
順の声を水瀬いのり、拓実を内山昂輝、菜月を雨宮天、大樹を細谷佳正、泉を吉田羊、城嶋を藤原啓治、八十八を津田英三、シンを宮沢キヨコ、順の父を野島裕史、玉子を内山昂輝が担当している。

冒頭、ハッキリとした形で、順の憧れている城がラブホテルであることを提示する。それは当然っちゃあ当然の描写なのだが、その冒頭シーンからして違和感を覚えてしまう。
これがコメディーなら全く問題は無いが、「ヒロインの心に深い傷を負わせる出来事」として深刻に描かれるエピソードだ。
それをファンタジーのように描きつつ、一方で「父が浮気相手とラブホテルに入るのを目撃する」という部分に生々しさを持ち込むことに引っ掛かるのだ。
ヒロインに心の傷を負わせるだけなら、他に幾らでも方法はあるわけだから。

それをヒロインのトラウマにしたいがために、両親のキャラを変に作り込み過ぎている印象を受ける。そこに、あざとさを感じてしまう。
ラブホテルの目撃談を聞かされた泉は、冷たい態度で静かに「それ以上は誰にも喋っちゃダメよ」と告げる。父は家を出て行く時、冷たい笑みで「全部お前のせいじゃないか」と非難する。
あまりにも娘に対する愛が無さすぎるだろうと。
ここで両親に嫌悪感を抱かせることが、最後まで残る問題と化している。幾ら順が話せるようになっても、クラスメイトと打ち解けても、父親が彼女を憎んで拒絶したという問題は解消されていないからだ。
順が心の傷を負ったのは、それが原因なわけで。だったら父が謝罪するとか、あるいは順が父の存在を割り切るとか、何かしらのケジメが必要なんじゃないかと。

父が出て行った後、順の前に卵の妖精が王子様として現れる。なぜ卵なのかは、「母が卵焼きを口に突っ込んだ」ということからの連想なんだろう。
理由は分かるが、あまりピンと来ない。
それと、王子様なのにネガティヴなことばかり言い、前向きになるよう励ますことが無いのは違和感を覚える。それが順のイマジナリー・フレンドなのは分かるけど、だとしても王子様なのに。
あと、「父の言葉にショックを受けた順が罪悪感を抱いて云々」ということなのかと思ったら、「本当の王子様に会いたい、本当のお城に行きたいからお喋りを封印する」ってことになるのは、どういう理屈かサッパリ分からない。

もっと根本的なことを言っちゃうと、イマジナリー・フレンドを登場させる必要性を感じないんだよね。
単純に「父の言葉がショックで順は喋らなくなった」という設定だけでいいんじゃないかと。
オープニングで「夢見がちな少女」というナレーションはあるけど、それすら説明不要だし。
卵の妖精が出現して以降は、ファンタジー的な要素なんて全く無いんだし。お喋りを封印した後、卵の妖精はほとんど話に絡んで来ないんだし。

順が卵の妖精からお喋りを封印するよう言われ、タイトルが表示されると高校時代(現在)のパートに切り替わる。
家から順が出て来た時点で「お喋りを封印している」ってのは何となく分かるけど、もっとハッキリとした形で「彼女が話せなく(話さなく)なっている」ということを示した方がいい。
音楽教室から逃げ出した後で初めて「見られた」という心の声が入るが、それも先に示した方がいい。母とのやり取りも、登場した直後に見せておいた方がいい。色んなことのタイミングが遅い。
あと、城嶋が順たちを実行委員に指名した理由は説明されていないが、適当でもいいから何か用意しておいた方がいい。

順は呪いで喋れなくなっているという設定だが、意外に良く喋っている。
もちろん、余裕で喋っているわけではないし、苦しそうだったり腹痛に見舞われたりという状態ではある。でも、例えばバスから降りて拓実に「気持ちを歌にしてほしい」と頼む時なんかは、ちゃんと話せている。
ファミレスのシーンに至っては、スラスラと言葉を発するどころか、大声で叫んでいる。
もはや「心が叫びたがっている」だけじゃなくて、ちゃんと叫んでいるのだ。
そして呪いについて指摘されるまでは、腹痛も起きていない。
だからファミレスのシーンで、ある意味では解放されちゃってるんじゃないか、もう歌に頼らなくてもいいんじゃないかと感じるのよね。

あと、順が歌っても、そこに全く魅力を感じないってのは厳しいなあ。
「歌なら腹痛が起きない」ってことが大切なのは分かるんだけど、こっちとしては「普段は陰気で弱々しいけど、歌っている時は輝いて見える」というぐらいの仕掛けが欲しいのよ。
ベタっちゃあベタかもしれないけど、歌っても相変わらず弱々しくて陰気だと、「じゃあ歌う意味って何なのか」と言いたくなっちゃうのよね。
何しろ前述したように、歌わなくても普通に大声で叫ぶことも出来ているんだし。

ミュージカルのために用意した歌詞が陳腐ってのも、かなりの痛手となっている。
そうなると順の歌声と合わせて、ミュージカルに観客を引き付ける力が足りないってことになるのだ。そこが作品にとって一番の肝なのに、そこに牽引する力が無いのはキツいぞ。
っていうかミュージカルシーンって断片的に挿入するだけだし、映像演出の方も「ミュージカルを見せる」という意識は乏しいし。
クライマックスがミュージカルの最終場面になっているけど、ちっとも盛り上がらないぞ。

順は拓実が自分の王子様だと感じるが、交流会前日の夜に彼と菜月との会話を盗み聞きし、自分を好きなのではなく「頑張っているから助けてあげたい」という気持ちでいることを知る。彼女は強いショックを受け、交流会の日に学校へ来ない。
彼女が強いショックを受けたことは、その直後のシーンによって表現されている。しかし、玉子の妖精が出現して順に語り掛けるシーンの描写が大げさすぎて、冷めた気持ちになってしまう。
そもそも拓実が思わせぶりな態度を取ったわけでもなく、順が勝手に王子様だと思い込んで、勝手に失恋しただけだしね。
クラスメイトが言うよりに「痴情のもつれ」でしかないわけで、それなのに皆で作り上げたミュージカルの本番を当日になって投げ出すってのは、ただ無責任で身勝手なだけであり、全く同情できない。
それで拓実が責任を感じたり、クラスメイトに謝罪したりするって、「なんでだよ」と言いたくなるわ。

拓実が「必死で頑張っていたあいつを見てたから、どうしても舞台に立ってほしいんだ」とクラスメイトに頭を下げて捜索に出たり、2人が戻るまでの代役を大樹が菜月と岩木に任せたりするのは、どんだけ順を甘やかすのかと言いたくなる。
それで終盤まで上演するのなら、そのまま代役で最後まで通せばいいじゃねえか。
そんで順は拓実に見つかると、「来ないで。汚さないで。やっぱりダメだった。玉子の言う通りだった。喋ったりするからパーになった」と喚き散らすんだけど、まあ面倒なこと。
「幼少期の経験が心に深い傷を残した」という事情を鑑みても、そこで生じる同情心を打ち消すぐらい、ものすごく疎ましい奴になってるわ。

(観賞日:2018年6月3日)

 

*ポンコツ映画愛護協会