『恋空』:2007、日本
久しぶりに帰郷する田原美嘉は、列車の中で過去を振り返った。7年前、高校一年生の夏。美嘉は友人の亜矢たちと共に、まだ彼氏が 出来ないことを語り合った。亜矢は別のクラスのノゾムに好意を寄せており、見に行った。ノゾムは友人のヒロと共に廊下を歩いてきた。 ノゾムから携帯番号を交換しようと言われた美嘉は、困惑して立ち去る時、ヒロとぶつかりそうになった。
夏休み3日前の放課後、美嘉は携帯電話を失い、図書室へ捜しに行く。すると、本の間に携帯が立て掛けてあった。携帯に電話が掛かり、 知らない男の声で「良かったな」と美嘉に告げた。夏休みに入ると毎日、その男から電話が掛かって来た。美嘉は電話に付き合い、男に 興味を示した。男は素性を明かさず、同じ学校の生徒だということだけを教えた。ある日、電話で会話を交わしている間に、朝を迎えた。 男は美嘉に、「朝を迎えた記念に飛行機雲を写メしよう」と持ち掛けた。
8月31日は美嘉の誕生日だったが、父の勝治は会社が融資を受けるために家を抵当に入れると言い出し、母の安江と言い争いになった。 美嘉は暗い気分で、男と電話で話した。すると男は、「始業式の前に、一日遅れだけどお祝いしよう」と告げた。翌日、美嘉が指定された プールへ行くと、ヒロが現れた。彼が電話の相手だったのだ。ヒロは土から抜いた花を束にして差し出すが、美嘉は「可哀想だよ」と口に して受け取らずに立ち去った。
美嘉はヒロが花を花壇に植えている様子を目撃し、彼を見直した。授業中、美嘉はヒロから携帯で図書室に呼び出された。図書室に行くと、 ヒロは「サボろう」と持ち掛けた。ヒロは美嘉を自転車に乗せ、自宅アパートに連れて行く。ちょうど姉のミナコが外出するところで、 ヒロは美嘉を紹介した。ヒロの部屋で、美嘉は彼とキスを交わし、そして初体験を済ませた。
美嘉は車で複数の男たちに拉致され、花畑でレイプされた。夜になり、花畑にヒロが現れて美嘉を抱き締めた。ヒロは犯人の男たちの元へ 行って殴り倒し、首謀者が元カノの咲だと聞き出した。ヒロは、ミナコと美嘉がいる自宅アパートに咲を連行した。咲は嫉妬心から、金 を渡して男たちに美嘉をレイプさせたのだ。ミナコは咲を捕まえ、ハサミで髪の毛を短く切った。
美嘉は母の付き添いで病院を訪れ、妊娠はしていないことが分かった。ヒロは美嘉を外に連れ出し、草に寝転んだ。ヒロがキスしようと すると、美嘉は拒否反応を示した。美嘉が学校へ行くと、黒板には彼女を誰とでもセックスする女だと中傷する落書きがあった。ヒロは 落書きを消し、皆の前で「何があっても美嘉は俺が守る」と叫んだ。ヒロは図書室へ美嘉を連れて行き、肌を重ねた。北崚祭では、 ノゾム&亜矢のカップルと共に楽しんだ。
ある日、美嘉はヒロをファミレスへ呼び出し、彼の子供を妊娠したことを告げた。ヒロは大喜びし、幸せにすると告げた。ヒロの両親・ 博一と明美も、美嘉の両親も、2人のことを認めた。そんな中、咲に突き飛ばされた美嘉は、階段から落ちて転倒した。クリスマスイヴの 夜、ヒロとデートしていた美嘉は、腹痛に襲われた。病院に運ばれた彼女は、流産したことを知らされた。美嘉とヒロは、ヒロが植えた花 の隣を赤ん坊の墓にして、雪だるまと手袋を置いた。
高校2年生の春、ヒロが学校に来ない日が多くなった。美嘉はメールを送るが、返事は来ない。そんな中、美嘉は亜矢からの電話で、ヒロ の部屋でパーティーが催されることを知った。パーティーに赴いた美嘉は、ヒロが他の女とキスする様子を目撃した。後日、美嘉は学校の 図書室で、ヒロから別れを告げられる。抗議する美嘉を、ヒロは冷たい態度で突き放した。
クリスマスイヴの夜、亜矢は美嘉を騙して自宅での合コンに招いた。関西弁の大学生・福原優は、美嘉に積極的なアプローチをした。美嘉 が赤ん坊の墓へ行くと、雪だるまと手袋が置いてあった。美嘉はヒロが来ているのではないかと周囲を捜すが、彼の姿は見当たらなかった。 追い掛けてきた優の優しさに触れた美嘉は、彼と付き合うことにした。
高校3年生のクリスマスイヴ、優とのデートを終えた帰り、美嘉はヒロと遭遇した。美嘉が「なんでアタシのこと置いていくの?」と 問い掛けると、ヒロは何も答えずに立ち去った。卒業式、美嘉は図書室の黒板に「きみは幸せでしたか?」と書き、式典に参加した。そこ にヒロの姿は無かった。式を終えて図書室に行くと、黒板には「とても幸せでした」という文字が加えられていた。
大学生になった美嘉は、クリスマスイヴに優から指輪を贈られた。美嘉は彼に、「ずっと一緒にいる」と約束した。流産の場所へ赴いた 美嘉は、ノゾムと遭遇した。ノゾムは美嘉に、ヒロの余命が長くないことを打ち明けた。ヒロは高校2年生の時に末期ガンが判明し、美嘉 には幸せになってほしいという思いから別れを選んだのだ。それを知った美嘉は優に別れを告げ、ヒロの病院に駆け付けた。美嘉は大学を 休学し、ヒロの看病を始めた…。監督は今井夏木、原作は美嘉『恋空 〜切ナイ恋物語〜』、脚本は渡邉睦月、プロデューサーは森川真行&那須田淳、アソシエイトプロデューサーは 渡邉義行&東信弘&辻本珠子、エグゼクティブプロデューサーは濱名一哉、企画は三野正己、撮影は山本英夫、編集は穂垣順之助、録音は湯脇房雄、照明は小野晃、美術は 中澤克巳、音楽は河野伸、主題歌『旅立ちの唄』はMr.Children、挿入歌『heavenly days』は新垣結衣。
出演は新垣結衣、三浦春馬、香里奈、小出恵介、浅野ゆう子、高橋ジョージ、臼田あさ美、麻生祐未、山本龍二、深田あき、中村蒼、 波瑠、大平奈津美、浅利陽介、松井絵里奈、大和田健介、斉藤未知、津田聖子、沼崎悠、二宮敦、毛受達哉、松永一哉、坂田直貴、 浅場万矢、白井達也、春日由輝、廣田朋菜、久保田利香、古志安恵、林えみり、佐々木航、鈴木重輝、仲川大凱、目黒音羽、 工藤和之、植田加代子、清水典子、吉原恵子。
女子中高生に大人気となったケータイ小説『恋空 〜切ナイ恋物語〜』を基にした作品。
原作は「実話」として発表されたが(だからヒロインと原作者の名前が同じになっているのだ)、非現実的な記述や矛盾点の多さを指摘 されたため、後に「実話を基にした脚色」という体裁に改められた。
また、井上香織の小説『さよならの向こう側』の盗作だという疑惑も浮上した。
美嘉を新垣結衣、ヒロを三浦春馬、ミナコを香里奈、優を小出恵介、安江を浅野ゆう子、勝治を高橋ジョージ、咲を臼田あさ美、 明美を麻生祐未、博一を山本龍二が演じている。
監督はTBSで『愛なんていらねえよ、夏』や『オレンジデイズ』など多くのTVドラマを 演出してきた今井夏木で、これが映画デビュー。エグゼクティブプロデューサーはTBSの濱名一哉。これを実話だと信じるほど、私は純朴な人間ではない。
私は心が汚れているので、これが実話を基にしている可能性は、『オズの魔法使い』が実話である可能性と同じぐらいだと思っている。
まあ実話と銘打ったほうが、ティーンズの食い付きはいいだろうな。
これに感動し、ヒロインに感情移入した女子中高生は、たぶん心がピュアなんだろう。
決して、おバカなわけではない。と思う。では中身を分析していこう。
美嘉は弁当を食べる前にグロスを塗る。
ヒロは男子生徒の中で一人だけ髪の毛を白色に染めているが、教師に注意されることも無い。
ノゾムはピアスをしているが、こちらも注意されることは無い。
校則がユルいか、不良学校か、どちらかだろう。美嘉はヒロとぶつかるが、そのこと自体には何の意味も無い。そこで携帯電話を落とすわけでもない。
携帯電話を拾ったヒロは名前も明かさず、美嘉に何度も電話を掛ける。
完全にストーカーである。
そんな不気味なストーカー男に、美嘉は関心を示し、どんな顔なのか尋ねる。明らかに好意を持っている態度だ。
どうやら、かなり尻の軽い女のようだ。美嘉は、素性の全く分からない相手と電話で会話して、気付かぬ内に朝を迎える。そして「一緒に朝を迎えた記念」として、写メールで 飛行機雲を撮影する。
完全に、付き合っているカップルの行動である。
っていうか、これって7年前の回想でしょ。2007年から7年前を回想しているんだから、2人が朝を迎えたのは2000年の夏休み。
で、初のカメラ付き携帯電話「J-SH04」の発売が2000年11月。そして「写メール」という名称が使われ出したのが2001年の夏。
美嘉とヒロは、タイムマシンを使って未来の携帯電話を手に入れたか、もしくは時空の歪みが劇中で生じているのか、あるいはパラレル ワールドを描いた物語なのだろうか。美嘉が指定されたプールへ行くと、現れたヒロはいきなり彼女の顔をベタベタと触る。ヒロが花束を差し出すと、美嘉は急に冷めた感じに なって「可哀想」と言い出す。
花を摘むのは、彼女にとっては可哀想なことらしい。
ヒロは美嘉の考え方をバカバカしいとは受け止めず、摘んだ花を花壇に植える。
でも根っ子が無いので、植えても無駄だ。
しかし美嘉は、それを見て「ヒロは優しい」と考える。
きっと数日後には、その花は枯れているだろう。ヒロは授業中に美嘉を呼び出す身勝手な男で、美嘉は素直に従うマゾ体質な女だ。
美嘉はヒロを「川みたいな人」と称するが、どういう人なのかサッパリ分からない。
どうやら彼女としては、「勢い良く周囲を巻き込む激流」という意味で、「川みたい」と言っているらしい。
でも、そういう人のことを「川みたい」とは言わないと思う。
っていうか、それは「激流みたいな人」でいいじゃん。ヒロは美嘉を家に連れ帰るが、姉のミナコはサボりを注意することも無い。
いきなり家に連れて行かれたのに、美嘉は怖がることも無い。
そしてチャラい男と軽い女は、キスからセックスへ。
早いね、展開が。
でもセックスシーンの描写は無い。その前後が描かれるだけ。
セックスが終わった後の場面が移ると、どちらも服を着たままの状態。
脱いだ形跡は全く無い。その後、すぐに拉致からレイプのシーンへ移る。
早いね、展開が。
で、花畑でのレイプシーンには、悲劇性が全く無い。
レイプされたはずの美嘉に着衣の乱れは全く無いし、襲う男たちのエロい顔を捉えることも無い。完全に絵空事にしてある。
タイトルは「恋空」じゃなくて「絵空」の方が正しいんじゃないか。
で、夜になって(それまで美嘉は寝そべったまま)、なぜかヒロが現場に現われる。
なぜ場所が分かったのかという問いに、ヒロは臆面も無く「愛の力だ」と答える。なぜかヒロは、襲った連中を簡単に見つけ出す。
ミナコは咲の髪の毛を短く切るという、『陽暉楼』か『吉原炎上』にでも出て来そうなレトロなケジメの付け方をする。
っていうか、そんなモンでケジメなんか付いてないし。
レイプ事件が、それで終わりかい。
警察沙汰にすることも無いのね。
で、次の日から陰湿な美嘉へのイジメが始まると、ヒロが「俺が守る」と叫び、図書室でセックス。
ついさっきまで拒否反応を示していた美嘉は、あっさりと受け入れる。で、そのセックスによって、レイプによる心の痛みとか、イジメによる苦しみは、あっさりと解消される。
美嘉は強靭な心の持ち主か、底抜けのクルクルパーか、どちらかだろう。
まあ言わなくても、答えがどちらなのかは分かるだろうが。
っていうか、陰湿なイジメの黒幕は明らかに咲と思われるが、そのケジメは付けさせない。
その後は描かれないので、どうやらイジメはあっさりと消えた模様。
学校でヤリマンの噂が広まったら、長きに渡って陰口を叩かれ付けるはずだが、そういう様子は無い。美嘉は図書室ベイビーを妊娠し、ヒロは大喜び。
いきなり妊娠を告げられて、そこで何の動揺も無く喜べるのはスゴいな。
で、ファミレスで高校生2人が「妊娠ヤッホー、ベイビーと一緒にハッピーライフを送ろうぜ」的なことを大声で言うので(セリフは 違うけど)、周囲の客の注目を集めまくり。
高校生が子供を持つことへの不安や迷いは、美嘉にもヒロにも全く無い。
ものすごく前向きな人間か、底抜けの軽薄ヤローどもか、どちらかだろう。
まあ言わなくても、答えがどちらなのかは分かるだろうが。で、雪の降るクリスマスイヴに美嘉は流産するのだが、ここまでが高校一年生での出来事。
波乱万丈にも程があるぞ。
で、高校二年生に入り、美嘉はパーティーで寝ぼけたノゾムにキスをされて、すぐに口を洗いに行く。
だけどレイプされても簡単に忘れてしまえるような人間なんだから、キスぐらい、どうってことないでしょ。
で、ヒロは「パーティーで別の女とキスする様子を美嘉に目撃させ、後日、図書室で別れを告げる」という、とても回りくどい方法で美嘉 の交際を終わらせる。またクリスマスイヴが訪れて、美嘉は関西弁の男と出会う。
優が関西弁である必要性はゼロだが、原作のキャラがそうだったらしく、小出恵介は下手な関西弁を喋っている。
2人が出会う合コンは、どこかの店ではなく、亜矢の自宅アパート。
そして遊びはジェンガとツイスター。
たぶん演出として、笑いを狙っているつもりは無いものと思われる。
で、美嘉は「優は運命と言ったけど、私は赤ちゃんが会わせてくれたような気がした」と、急に流産した赤ちゃんのことを持ち出して、 それを理由にして優との交際を始める。高校3年生、またクリスマスイヴが訪れる。
「なんでアタシのこと置いていくの?」と美嘉はヒロに言うが、別に置いていかれたわけではない。
卒業式、図書室の黒板にメッセージを書くと、返事が記される。
図書室には誰でも入れるので、それがヒロの返事だとは限らんが、でも美嘉はヒロだと確信する。まあ実際、ヒロだったわけだが。
ラッキーなことに、他の奴は返事を書くことも無ければ、それを消すことも無かったんだね。
図書室なんて誰でも入れるんだから、その可能性もあったはずだけど。そして大学生になった美嘉に、またクリスマスイヴが訪れる。
毎年、必ずクリスマスイヴの出来事だけは描写される。そして必ず日付が表示される。
日付を表示しないと、それが何月何日なのか分からないからね。
毎年、必ずクリスマスイヴは雪が降っている。ちなみに物語の舞台は九州だ。
で、優に「ずっと一緒にいる」と約束した舌の根も乾かぬ内に、美嘉はヒロの病気を知って、彼の元へ走る。
軽いのは体だけじゃなく、言葉もそうだったのね。ヒロは薬の副作用で髪の毛が抜けているはずだが、ずっと深く帽子を被っているので分からない。
濡れ場で肌を露出しないだけでなく、髪が抜けた頭を見せることもしない。
ヒロは顔色もそれほど悪くないし、ゲッソリと痩せているわけでもない。
美嘉とヒロは久しぶりに図書室を訪れるが、長く月日が経っているのに、まだ黒板のメッセージは残っている。外出中にヒロが危険だと電話で知らされた美嘉は、携帯電話の動画で自分の走っているよう様子を病室のヒロに見せる。
いやいや、そんなことより病院に急げよ。
そしてヒロが死亡し(死ぬときでさえ帽子は被ったまま)、悲しみに暮れる美嘉はCG製の2羽のハトを見て前向きになる。
そのタイミングで、なぜ唐突に何の伏線も無くハトなのか、なぜハトを見て前向きになったのかは分からない。
どうやらハトでヒロと死んだ赤ん坊を連想したらしいが、そんなのは映画を見ていても全く分からない。ザックリと言うならば、これは、クルクルパーな尻軽女が、怒涛のような高校時代の出来事を「ぜんぶステキな思い出」と前向きな気持ち で回想する話である。
流産したことも、恋人が死んだことも、さらには男たちにレイプされたことさえも、全て「ステキな思い出」の中に入れてしまえるん だから、この女の神経はスゴいぜ。
っていうか、たぶんマトモな神経が通っていないんだろう。駄作であろうとも、その陳腐さやデタラメさを笑えるモノも少なくない。
しかし、この映画は見ているのが苦痛だった。
ある意味では、それぐらい強烈だったということだ。
主題歌を担当したミスチルまで唾棄すべきバンドに思えてしまうぐらい、強烈なパワーがあるぞ。
「泣ける映画」との触れ込みだったが、こんな映画の主題歌を手掛けたミスチルに、別の意味で泣けたよ。まあ、しかし製作サイドからすれば、どれだけ酷評されようと、儲かればいいわけで。
原作ファンの女子中高生が見てくれれば、それで搾取の目的は達成できる。
ビジネスコンテンツとしては、それでいいのだ。
面白い映画なのか、優れた映画なのかなんて、どうでもいい。
いや、もはや映画であるかどうかさえ、どうだっていいと言ってもいいだろう。
大事なことは、金を生み出す商売道具かどうかだ。
そういう意味では、とても優秀なコンテンツだったと言えるだろう。(観賞日:2009年1月7日)
2007年度 文春きいちご賞:第2位