『恋は舞い降りた。』:1997、日本

幼少時に母親に捨てられた過去を持つ神崎啓一郎は、口八丁で大勢の女性を虜にする売れっ子ホストになった。ある冬の日、車を運転していた神崎はトンネル工事に気付かずに慌ててハンドルを切り、事故を起こしてしまう。車から降りた神崎は事故現場を覗き込む作業員に話し掛けるが、皆が揃って彼のことを無視する。
神崎の後ろから1人の男が声を掛け、車のサイドミラーに体を映させた。だが、神崎の姿は鏡に映らない。彼は事故で死んだのだ。声を掛けて来た男は、天使だった。ところが天使は、亀山という老人を死なせる予定が、誤って神崎を選んでいた。神崎に詰め寄られた天使は、再び生き返るチャンスを与えると約束した。
天使は神崎に、不幸な女性を幸せにしてあげれば生き返ることが出来ると告げた。その女性が心からの笑顔を見せた時、神崎は蘇るのだ。神崎が最初に言葉を交わした女性が、そのターゲットになるという。幸せにするために、特殊な能力も与えると天使は話した。そこで神崎は町を歩く女性に狙いを定めるが、天使のせいで自転車に乗った別の女性とぶつかり、言葉を交わしてしまう。
神崎が言葉を交わしたのは、29歳の幸坂マチ子という女性だった。バツイチの彼女は、昼間はショーウィンドーのデコレーション会社で後輩の由美らと共に働き、夜は先輩・美栄子の経営する託児所の手伝いをしている。マチ子は携帯電話が流通している御時勢なのに、未だにポケベルを肌身離さず持ち歩いている。だが由美が番号を教えてほしいと言っても、マチ子ははぐらかして答えない。
神崎は天使を脅して、4つの願いを叶えるパワーを貰った。天使によれば、神崎の姿はマチ子にしか見えない。そして神埼は人間でないと彼女が気付いた場合、復活するチャンスは消滅してしまうという。神崎は自転車にぶつかって大怪我をしたように装い、マチ子に接近する。しかし大怪我のウソは簡単に見抜かれた上、いかがわしいセミナーか何かの勧誘だと勘違いされる。
神崎はマチ子を観察し、武志という男に惚れていると推理した。そこで彼は武志の心を操作し、マチ子にプロポーズさせる。しかしホテルに連れて行かれたマチ子は、武志を突き放して逃げてしまった。神崎は愛がダメなら金だとばかりに、マチ子に5億6000万円の宝クジを当てさせた。しかしマチ子は贅沢をする気を見せず、金を全て募金してしまう。
一向にマチ子が心からの笑顔を見せないので、神崎は苛立ちを彼女にぶつける。神崎は何とかマチ子が叶えてほしい願いを探そうとするのが、なかなか見つけ出すことが出来ない。そんな中、天使が神崎を呼び出し、12月25日午前0時までにマチ子を幸せにしなければ復活のチャンスが失われると告げた。それを神崎が聞いた時、タイムリミットまでは、あと6日に迫っていた…。

監督は長谷川康夫、原案は遊川和彦「四つのお願い」、脚本は飯田健三郎&喜多川康彦、プロデューサーは多木良國&前島良行、エグゼクティブプロデューサーは小滝祥平、「恋は舞い降りた。」製作委員会は高井英幸(東宝 株式会社)&大野茂(株式会社 博報堂)&横内正昭(株式会社 ワニブックス)&長瀬文男(株式会社 IMAGIKA)、撮影は矢田行男、編集は奥原好幸、録音は橋本文雄、照明は西表灯光、美術は中澤克巳、デジタルエフェクトは徳永徹三、音楽は高橋研&佐藤史朗、音楽プロデューサーは岩瀬政雄&中澤次徳。
メインテーマ『いつかのメリークリスマス』作詞は稲葉浩志、作曲は松本孝弘、唄はB’z。
エンディングテーマ『恋は舞い降りた。』作詞は七緒香、作曲は松本孝弘、唄は七緒香。
出演は唐沢寿明、江角マキコ、玉置浩二、渡辺えり子、風間杜夫、平田満、石丸謙二郎、根岸季衣、今村恵子、沢村一樹、星野有香、幸亜矢子、高田敏江、渋谷琴乃、石井トミコ、逗子とんぼ、末吉宏司、高島優子、高橋彩夏、後藤康夫、中上ちか、遠藤やす子、島野春美、鈴木佐和子、海藤れん、西脇唯、立原瞳、石黒正男、矢田有三、真柴幸平、小林誠一郎、桂直也、つじしんめい、古畑京子、椎名茂、鈴木幸桂、諏訪太朗、河原田ヤスケ、津村和幸、小野真弓、中村万里、古郡雅浩ら。


遊川和彦の原案『四つのお願い』を基に、オムニバス映画『バカヤロー!3 へんな奴ら』の第2話で映画監督デビューした長谷川康夫が撮った作品。
神崎を唐沢寿明、マチ子を江角マキコ、天使を玉置浩二、美栄子を渡辺えり子、由美を今村恵子、武志を沢村一樹、神崎の母を高田敏江が演じている。
他に、遊園地の係員役で風間杜夫、定食屋の常連客の役で平田満、トンネル作業員役で石丸謙二郎、ティーテラスのウェイトレス役で根岸季衣が出演している。

序盤の段階で、「どこかで見たような感じのする映画だなあ」と思った人も少なくないかもしれない。
それは、決してデジャ・ヴュなどではない。実際に、同じようなエッセンスを持った映画は多く作られている。
使い古された素材を持ち込むこと自体は、別に構わない。ただし、その場合は調理方法がとても重要になってくる。
しょう油を掛けてレンジでチンしただけの手抜き料理では、食べる人を満足させることは難しいだろう。
まあ、そういうことだ。

導入部分で、既に「安い映画だなあ」という印象を受けてしまう。激しく怒り続ける神崎と、やたらとニコニコして陽気な天使の掛け合いも、完全に空回り。たぶん唐沢寿明は熱演しているんだろうが、思い切り上滑り。
その導入部では天使が「蘇るためには女性を幸せにすべし、そのために特殊な力を与えて云々」と説明するのだが、ファンタジーの土台作りが出来ていないので、悪い意味でのバカらしさしか感じない。
というか、アヴァン・タイトルに内容を詰め込みすぎじゃないか。

神崎が大怪我を負ったと装ってマチ子に接近し、激しく怒鳴り付けたり、ぶしつけに「叶えてほしい願いは何かあるか」と尋ねたりするのだが、明らかに胡散臭い。
お前は売れっ子ホストだろうに。年増のババアに対しても甘いムードを作って口説いていただろうに。
それが、なぜマチ子に対しては警戒心を持たせるようなアプローチをするのか。
そんなヘタクソ極まりないアプローチ方法を取るのであれば、なぜ神崎を売れっ子ホストという設定で登場させたのか。

それと、神埼がやたらと怒っているのが解せない。
そりゃあ、最初に天使の勘違いで殺されたと知った時は、腹を立ててもいいだろう。だけど、マチ子にアプローチする際に、いつもイライラした態度で怒鳴っているのだ。その苛立ちテンションに全く付いていけない。

マチ子の願いを叶えようとするなら、彼女に気に入られようとすべきじゃないのか。そういう考えも浮かばないほどアホなのか。
あまりに神崎がマチ子に対して突っかかるので、本気で生き返ろうとしているのかと、それさえ疑問に思えてくる。
その苛立ちテンションが、笑いに繋がっているわけでもないし。
むしろ怒りのテンションじゃなくて、神崎は蘇るために必死に努力しているけど上手く行かずにオタオタするキャラの方が、少なくとも怒鳴りキャラよりは笑いになったような気もするぞ。

神崎は人間じゃないことがバレたら復活できないのに、大勢の人がいる前でも平気でマチ子に話し掛けている。これも解せない。
さらに「マチ子には神崎の姿が見える」という設定によって、「神崎を怪しげな勧誘の男だと思っているのに、なぜかマチ子は周囲の人々に相談したり追い払ってもらおうとしたりしない」「周囲の人々は、神崎と話しているマチ子に対して、誰もいないのに誰に話し掛けているのかと尋ねるようなことは無い」という不可解な現象が起きている。
これって『ベルリン・天使の詩』みたいに、神崎の姿はマチ子にも見えないという設定の方が良かったんじゃないの。そんでもって、最初はマチ子も気付かないんだけど、話が進むにつれて、神崎の存在に気付き始めるという展開にするとかさ。
神崎とマチ子の掛け合いが無くても、コメディーにすることは充分に可能なはずだし。
というか、どうせ神埼とマチ子の掛け合いも軽薄でチープな印象を強めているだけなんだから、だったら無い方がマシだよな。

「マチ子が心からの笑顔を見せたら神崎は復活できる」ということが、序盤で語られている。
ところがマチ子が託児所の子供たちと接している際の笑顔は、心からの笑顔に見えてしまうんだよな。これはマズいだろう。
終盤に待っている「マチ子の心からの笑顔」のシーンを活かすためには、そこまでは出来る限り笑顔を見せず、あったとしても明確な作り笑顔や愛想笑いにしておくべきだ。
それを考えると、託児所の手伝いをしている設定自体、失敗だったかもしれないと思ったりする。

というか、そもそも終盤に待っている心からの笑顔のシーンが、そんなに盛り上がってないんだよな。で、その後に「タイムリミットまでに神崎が用事を済ませてマチ子の元へ戻る」という所で盛り上げようとしている。
でもさ、そんな所でハラハラ感は要らないのよ。「期限を過ぎてました」ってことで、スパッと次のシーンへ移行していいのよ。
神崎が戻った後も、次のシーンへ行くまでに、さらに時間を使っている。
たぶん感動させようとしているんだろうけど、ダラダラと引っ張りすぎだ。

 

*ポンコツ映画愛護協会