『北のカナリアたち』:2012、日本

雪の積もる北海道の離島で分校の小学校教師をしていた川島はるは、荷物をまとめて去ることになった。住民は彼女に気付くと、避けるように家へ入った。そんな中、はるは教え子の鈴木信人を見つけて笑顔になった。しかし彼女が呼び掛けると、信人は石を投げ付けて走り去った。20年後、はるは東京の図書館で司書として働いていたが、ついに定年退職の日を迎えた。館長から故郷の北海道へ帰るのかと質問された彼女は、「一人暮らしですし、しばらく温泉にでも行こうかと思っています」と答えた。
彼女の自宅を世田谷署の折原嘉男と本田が訪れ、とび職人の信人が殺人事件の重要参考人になっていることを聞かされる。以前に勤めていた会社の社長を殺害した容疑が掛かっているという。はるは島を出て以来、彼とは全く連絡を取っていなかった。しかし信人のアパートには、はるの住所と電話番号を書いたメモがあったという。どんな生徒だったのか訊かれたはるは、6人の生徒の中で最年少だったこと、泣き虫だったことを語る。信人は両親を亡くし、祖父と2人暮らしだった。そんな彼を、松田勇が苛めていた。
はるは久々に帰郷し、今でも年賀状のやり取りをしている戸田真奈美を訪ねた。真奈美は信人にはるの住所を教えたのが自分ではないこと、信人は中学に上がった年に祖父を亡くして誰かに引き取られたこと、それからは全く会っていないことを話す。真奈美ははるに、先生が分校へ来てくれた時には嬉しかったと語る。やる気が無い教師ばかりだったので、他の生徒たちも彼女が来るのを楽しみにしていた。はるの父親・堀田久は、島の助役を務めていた。はるは札幌で教師をしていたが、大学教授をしている夫の行夫と島へやって来た。
真奈美は、ある授業のことを良く覚えていた。信夫が勇に苛められて叫んだ時、はるがオルガンを弾いて歌わせた授業だ。それによって信夫の歌が上手いことを、仲間たちは初めて知った。それ以来、分校の子供たちは良く歌うようになった。子供たちは合唱大会に出場することが決まっていたが、事故のせいで駄目になった。「先生が分校を辞めたのは、あの事故のせいでしょ」という真奈美の質問に、はるは「そんなことはありません」と否定した。
真奈美は彼女に、「今でも時々、どうしてあんなことになったんだろうって考えることがあるんです」と言う。最初に安藤結花と生島直樹が喧嘩を始め、藤本七重ら他の子供たちも加わった。はるが止めた後、結花は急に声が出なくなった。はるは気分転換として、翌日にバーベキューをしようと提案した。次の日、子供たちは行夫と共に海辺でバーベキューを楽しんだ。だが、結花が海へ転落し、助けようとした行夫が溺れて死亡したのだった。
結花の転落について、真奈美は自殺しようとしたんじゃないかと言う。以前から独唱をやりたかった真奈美は、彼女に「明日から独唱、私がやるね」と告げた。結花に「私が死ねばいいと思ってるんでしょ」と指摘された真奈美は、驚いて逃げ出した。その直後に結花の悲鳴が聞こえ、行夫が助けようと海に飛び込んだ。結花は助かったが、行夫は死亡した。彼の死に関して、真奈美は「私が結花にあんなことを言ったから」と罪の意識を感じていた。その事故が起きた時、はるは現場にいなかった。彼女は村の人々から「生徒を夫に任せて他の男と会っていた」と噂された。
真奈美ははるに、札幌へ行った時に直樹と遭遇したこと、貿易会社で勤務していることを教えた。はるが会いに行くと、直樹は会社が倒産したことを明かした。信人に住所を教えたのは、彼でもなかった。直樹は行夫の死が自分のせいだと考えており、はるに「先生に謝りたいと思っていたんです」と言う。直樹の父親は飲んだくれでろくに働かず、結花の母が営むスナックに入り浸っていた。直樹は結花に八つ当たりし、母親を侮辱するようなことを言った。そのせいで結花の声が出なくなったのだと、彼は考えていた。
直樹は結花に謝ろうと思ったが、どうしていいか分からなかった。そこでバーベキューの日、はるに相談しようと考えた。だが、はるは行夫に何か言われて、途中でいなくなった。行夫は直樹に、大事な用事があったので行ってもらったと説明していた。直樹は行夫に結花のことを相談し、「男は結果を恐れちゃいけない」という助言を貰った。直樹は結花に謝ろうとするが、彼女は逃げるように走り去った。その直後、あの事故が起きたのだった。だから直樹は、自分のせいで結花が自殺しようとしたのだと思っていた。
直樹ははると共に雪道を歩き、結花が働いている幼稚園の近くまでやって来た。直樹は「結花なら何か知ってるかもしれません」と言い、彼女と話すこともなく立ち去った。結花ははるに、彼女が島を出てから自分たちが歌わなくなったことを話す。結花も行夫の死について、自分のせいだと考えていた。結花の両親は離婚し、彼女は母に付いて行ったが、本当は父と暮らしたかった。合唱大会での独唱が決まり、彼女は札幌で暮らす父に電話を掛けた。その後、声が出なくなった結花は、みんなを困らせようと自殺のフリをしたら足が滑って海に転落したのだった。
はるの悪い噂を村中に吹聴したのは、結花の母だった。「あの人は本当に嘘つきで」と結花が言うと、はるは「貴方のお母さんは嘘つきじゃありません。あの時、私は本当に男の人と会っていました」と述べた。そしてはるは、行夫が脳腫瘍で余命半年と宣告されていたこと、島に帰って来たのは彼がそこで余生を過ごしたいと望んだのが理由だったことを話す。彼女は「あれは事故だったの。お願いだから、もう忘れて。主人もそう願ってる。貴方も直ちゃんも、自分たちのことだけ考えて」と言い、直樹と会うよう促した。結花は新しい仕事を始めるためにウラジオストクへ行く準備をしている直樹と会い、笑顔で抱き締め合った。
20年前、はねだけでなく久も行夫の病気を気に掛け、たくさんの薬を娘夫婦の家へ持って行った。しかし行夫は、はるに捨てるよう告げた。はるが少しでも試してみてはどうかと勧めると、彼は「何をしても、僕は助かりませんから」と静かに告げた。行夫は「僕のことは気にしなくていい。はるは自分のことをしなさい」と告げ、痛みに苦悶した時でさえ「僕に構うな」と介抱を拒んだ。翌朝、はるは警察官の阿部英輔が身投げしようとしているのを発見した。阿部は刑事時代に犯人を射殺できず、目の前で少女を殺されていた。号泣する彼を、はるは優しく慰めた。
はるは真奈美から、稚内の造船所で溶接工をしている七重と連絡が付いたことを知らされる。はるが会いに行くと、七重は東京で信人と遭遇した時に女性と一緒だったこと、もうすぐ結婚すると話していたことを語る。知り合いに引き取られた信人は高校に行かせてもらえず、吃音のせいで苛められて会社を転々とした。七重が紹介されたのは、前の会社で出会った年上の女性だった。その時、七重は「結婚式に来てもらいたいから」という信人の求めを受けて、はるの住所を教えていた。
七重ははるに、「先生の御主人が結花を助けて亡くなった時、先生が男の人と会っていたと言ったのは私です」と告白した。バーベキューの日、彼女は急に熱で行けなくなった。具合が良くなったので自転車で後を追い掛けた七重は、はるが阿部と密会してキスを交わす様子を目撃した。はるが死んだ行夫にすがり付く様子を見た時、七重は先生が夫を裏切り、自分も裏切られたと感じて腹が立ったのだった。
七重がはると話していると、友人女性が子連れで乗り込んできた。友人女性は夫と七重の不倫を知り、怒りをぶつけた。夫に制止された彼女は、「アンタを一生許さない」と告げて立ち去った。翌日、七重ははるに、信人が先生と阿部が一緒にいるのを見たことがあると言っていたことを話す。彼女は「人を死ぬほど好きになって、それが初めて分かった。人を好きになってしまったら、どうしようもないことがあるんだよって」と言う。はるは勇が警官になって赴任したことを七重から聞き、久々に離島へ向かった。勇は無人となっている村を調べに行き、廃屋に潜んでいた信人を発見した。逃げ出した信人は煙突を登るが、追って来たのが勇だと知って安堵した。彼は笑顔で手を振るが誤って転落し、意識不明の状態に陥った…。

監督:阪本順治、原案は湊かなえ『往復書簡』(幻冬舎文庫)、脚本は那須真知子、製作は岡田裕介&早河洋&木下直哉&戸田裕一&大森壽郎&塚本勲&脇阪聰史&荒木高伸&吉村和文&富木田道臣&ジャスパー・チャン&樋泉実&木村伊量&見城徹&古屋文明&村田正敏&武内健二、企画は黒澤満、ゼネラル・プロデューサーは白倉伸一郎&平城隆司&杉田勝彦&山本晋也&松田陽三、プロデューサーは國松達也&服部紹男、撮影は木村大作、美術は原田満生、照明は杉本崇、録音は志満順一、編集は普嶋信一、ラインプロデューサーは望月政雄&樫崎秀明、アソシエイトプロデューサーは高橋一平、音楽は川井郁子、編曲・音楽監督は安川午朗、音楽プロデューサーは津島玄一。
出演は吉永小百合、柴田恭兵、仲村トオル、森山未來、満島ひかり、勝地涼、宮崎あおい、小池栄子、松田龍平、里見浩太朗、石橋蓮司、塩見三省、菅田俊、小笠原弘晃、佐藤純美音、相良飛鷹、飯田汐音、渡辺真帆、菊池銀河、福本清三、駿河太郎、伊藤洋三郎、高橋かおり、藤谷文子、鈴木晋介、松原健之、笠兼三、原田麻由、笠松伴助、上ノ宮真二、森下千帆、福地亜紗美、乃木太郎ら。


湊かなえの短編集『往復書簡』の一篇『二十年後の宿題』を基にした作品。ただし内容は大幅に改変されているため、「原作」ではなく「原案」という表記になっている。
脚本は『デビルマン』『北の零年』の那須真知子、監督は『行きずりの街』『大鹿村騒動記』の阪本順治。
はるを吉永小百合、行夫を柴田恭兵、阿部を仲村トオル、信人を森山未來、真奈美を満島ひかり、直樹を勝地涼、結花を宮崎あおい、七重を小池栄子、勇を松田龍平、久を里見浩太朗、折原を石橋蓮司、図書館長を塩見三省、勇が殺した相手を菅田俊が演じている。
小学生時代の信人ら6名を演じる子役は、オーディションで選ばれた。

はるが折原から「信人はどんな生徒だったのか」と問われ、6人の生徒の中で最も年少だったこと、泣き虫だったことを語ると、そこから回想シーンに入る。しかし、そのまま回想劇が続くのかと思いきや、はるが信人を苛める勇を叱るだけで、すぐに現在のシーンへ戻ってくる。
後の構成を考えると、ずっと回想劇を続けなくてもいいとは思う。
ただ、回想に入ったのであれば、そこで当時の6名の人物紹介を済ませる程度の作業は片付けておいた方がいい。
「信人が両親を亡くして祖父と2人暮らし」「勇が信人を苛めている」という2つの要素だけを提示するのは、中途半端だ。

はるは真奈美を訪ねると、彼女の持っている本を見て「相変わらず本が好きなのね」と言う。
真奈美は「覚えていてくれたんですか。先生の家に行って、良く本を借りましたもんね」と返す。
そんなやり取りがあるぐらいだから、そこからの回想シーンでは、真奈美の本好きを示すエピソードが描かれるのかと思いきや、そういうのは全く無い。
それどころか、その回想シーンでは、小学校時代の真奈美のキャラ紹介が行われるわけでもないのだ。

真奈美は合唱大会への出場が決まったこと、みんな張り切っていたことを話し、「あの事故が」と漏らす。すると、誰かが溺れている映像が短く挿入される。そして真奈美は、「先生が分校を辞めたのは、あの事故のせいでしょ」と言う。
だが、どういう事故だったのか、誰が被害者だったのか、その人物は死んだのか生きているのか、そういう詳しいことは分からない。
そこで隠しているのなら、ずっと謎にしたまま引っ張るのかと思いきや、その直後の回想シーンにおいて「海へ転落し結花を助けようとした行夫が溺死した」ってことが明らかにされる。
そんなに簡単に明かすのであれば、中途半端にミステリーとして提示した意味が無いわ。

直樹ははるから信人がとび職だと聞かされ、「そういや、あいつは高い所が好きでしたよね。覚えてます?」と言い、祖父に叱られた信人が煙突に登った時の回想シーンが入る。これまた真奈美の時と同様で、思い出を語り始めた本人のキャラクター紹介は行われない。
だから信人を除く面々に関しては、回想シーンを何度も要れている意味がほとんど無い。
っていうか信人に関しても、その回想シーンが現在の事件と何か関係あるのかというと、何も無いのだ。
過去と現在が全く連動しないので、そういう構成にしている意味が見えない。

直樹に関しては、「先生が取り柄を見つけてくれた」と話し、はるが「直ちゃんと高くて澄んだ声でした」と言うと、ふれあいコンサートがソロを取った時の様子が描かれる。
でも、「合唱でソプラノ担当だった」ってのは、直樹のキャラクター紹介としての方向性が違う。
それは性格を示すモノではないからね。
あと、ふれあいコンサートで小学生の子供たちに山下達郎の『クリスマス・イブ』を歌わせる感覚は、どうかと思うぞ。

真奈美や直樹は、「自分のせいで結花が自殺しようとした」と思い込んでいる。
だが、そこに大きな違和感を抱いてしまう。
その事故が起きたのは、20年のことだ。劇中の「現在」が公開されたのと同じ年だと解釈すると、それは1992年ってことになる。
北海道の離島という田舎に住む1992年の小学生たちが、「自分のせいでクラスメイトが自殺しようとした」と思い込むってのは、どうにもリアリティーを感じられないのだ。
っていうか、もはや時代の問題じゃないな。変にスレちゃった都会の小学生ならともかく、北海道のド田舎に暮らす小学生が、そういう考え方をするってのは、どうにも嘘臭く思えてしまうんだよな。
結花が自殺を仄めかす言葉を口にしていたとか、自ら飛び込む様子を見ていたってことならともかく、そうじゃないんだから。

前半の段階で、「はるが昔の教え子たちを訪ね歩き、20年前に起きた事故の真相が少しずつ明らかになっていく」ってのを描く内容だということがハッキリと分かる。
そして、それが分かった時点で、「じゃあ信人が起こした殺人事件ってホントに必要なの?」という疑問が湧いてしまう。
その事件って、「はるが昔の教え子たちを訪ね歩く」という展開を作るための道具に過ぎなくなってるでしょ。教え子たちを訪ね歩く中で、信人の起こした事件の真相が明らかになるわけじゃないんだし。
だったら、はるが他のきっかけで教え子たちと会う展開であっても、そんなに支障は無いんじゃないかと。むしろ、そこに事件性なんて絡めない方がいいんじゃないかと。

そもそも、それを言っちゃうと身も蓋も無いんだろうけど、「信人が殺人事件を起こした」→「だったら昔の教え子たちを訪ねよう」というのは、思考回路としてイマイチ理解できないんだよな。
まず真奈美に関しては、連絡を取り合っているようだから、電話で「信人から何か連絡があったか」と訊けば済むことだ。そして、その真奈美が直樹の電話番号を知っているんだから、そこも電話で済む。そんな感じで、全て電話でも済むように思えてしまう。
そんな風に考えると、シナリオとしての都合だけじゃなくて、はるが教え子たちを訪ね歩く目的も「過去の清算をしたい」ってことであり、信人のことは建前だけになっているように思えてしまう。
終盤、はるが逃亡直前の信人からの電話を受けていたこと、島で待っているよう促していたことが明らかになるけど、どうでもいいと思っちゃうし。
大体さ、島で待つように指示したのなら、さっさと行ってやるべきでしょ。他の教え子たちを訪ね歩く意味なんて無いはずでしょ。

七重は自らの不倫体験を経て、はるの不倫についても「人を好きになってしまったら、どうしようもないこともある」と納得している。
ただ、はるの場合、余命半年の旦那がいる状態で他の男との逢瀬を重ねているわけで、ちょっとケースが違うような気がするんだよな。
それと、七重が「はるの不倫を知って裏切られたと感じた。許せなかった」と語った直後、彼女の不倫相手の妻である友人が乗り込んでビンタするのは、あまりにも御都合主義が過ぎるだろうとも思うし。

七重ははるに共感できたみたいだけど、残念ながらワシは全く共感できなかったなあ。何をどう弁解しようと、薄情で身勝手な女にしか思えんよ。
バーベキューを抜け出して会いに行ったのは「不倫に気付いた夫から促されたから」という言い訳があるけど、例え旦那に勧められても、子供たちを放り出して不倫相手と会うってのは情状酌量の余地が無いぞ。
それと、そんな風にヒロインを愚か者にする片棒を担ぐ阿部だけど、そもそも2人の出会いのシーンからしてボンヤリしたモノになっているし、彼の苦悩もそんなに充実した描写じゃないので、ただの陰気で身勝手な奴にしか見えないんだよな。
それに、島を去ってからはヒロインと全く絡まず、終盤に「生きている」という葉書が示されるだけだから、すんげえ中途半端な存在に感じられるんだよな。

熟練と化した吉永小百合の出演作に付きまとう問題から、この映画も逃れることが出来ていない。
その問題とは、「ヒロインの年齢設定に無理がある」ってことだ。
今回の吉永小百合は里見浩太朗の娘役だが、この2人の年齢差は9つしかない。
そりゃあ、吉永小百合は実年齢に比べりゃ充分に若々しいが、それでも老いは隠し切れていない。それに、里見浩太朗だって実年齢からすると若々しいわけで。
あと、吉永小百合の旦那が柴田恭兵ってのも、これまた違和感があるし。

高倉健が主演俳優であることを貫き通したまま死去したように、どうやら吉永小百合も主演女優として一生を終えるつもりのようだ。
ひょっとすると、どこかのタイミングで「主演だけじゃなく助演もこなす役者」への転向を考えた時期があったかもしれない。しかし、もはや今さら路線変更するのは難しい時期に到達してしまった。
助演に回らない分、出演本数や出演する作品の幅は限定されてしまうが、「たくさんの役を演じる」「たくさんの映画に出る」という喜びや充実感よりも、「ヒロインであり続ける」というプライドを選んだのだろう。
もしかすると、自分で自分の首を締めちゃっただけかもしれないけど。

(観賞日:2015年7月21日)

 

*ポンコツ映画愛護協会