『吉祥天女』:2007、日本

昭和45年春、金沢。加賀市の春日高校に、叶小夜子という転校生がやって来た。彼女は付近一帯の土地を所有する叶家の娘だ。5歳の頃に 親戚の家へ預けられて以来、12年ぶりに実家へ戻って来たのだ。隣の席になった麻井由似子は「よろしく、麻井さん」と名前を呼ばれて 驚いた。小夜子は、すぐに女子生徒たちと仲良くなった。由似子たちと話しながら、彼女はクラスメイトの遠野涼に視線をチラっとやる。 涼は視線に気付くと、教室を出て行った。
放課後になると、書生の小川雪政が車で小夜子を迎えに来た。由似子は友人の大野真理と共に車を見送りながら、うっとりした様子で 「お姫様だ」と呟いた。別の場所でそれを見ていた涼は、「運転手の迎えが来るなんてふざけた奴だな」と吐き捨てる。すると義兄の暁は 「あいつと結婚させられそうなんだよ」と口にした。建設会社の社長である父・暁の一郎は、叶家の土地を欲しがっている。今度の中等部 の建設予定地も叶家の所有だ。そのために、叶家に嫁いだ一郎の妹・浮子が小夜子を実家へ戻させたのだ。
小夜子は雪政から、涼の両親が7年前の交通事故で亡くなったこと、彼と妹の水絵が遠野家に引き取られたことを語る。涼は高校に入って すぐ、春日高校へ転校させられていた。同級生の女子を暴行した容疑で警察に捕まったからだ。事件は不起訴になり、一郎が揉み消した ために大きな騒ぎにはならなかった。真相は女の狂言だと雪政から聞いた小夜子は、事件の黒幕が暁だと見抜いた。雪政が暁に注意する よう言い含めると、小夜子は「でも怖いのは涼君の方よ」と言う。
由似子が帰宅すると、大学の美術学科に通う姉の鷹子が帰郷していた。由似子は母と鷹子に転校生が来たことを話し、「女の私だって ドキドキしちゃうお姫様」と告げる。涼がバイクで帰宅すると、一郎を訪ねていた浮子が帰るところだった。一郎は涼を見ると、「毎日、 どこほっつき歩いてるんだ。勉強もせずに」と叱責した。涼は階段を上がり、ベッドで寝ている病弱な水絵の様子を見に行った。
小夜子は寝込んでいる祖母・あきから、「叶家の女は決して幸せにはなれない。それが宿命」と言われる。小夜子が「私はそう思いたく ありません」と口にすると、あきは「では貴方が血の呪縛を解いてくれるのね」と言う。小夜子は黙って微笑んだ。小夜子の母・鈴子は娘 を抱き締め、「ごめんなさい、貴方には苦労ばかりかけて。みんなお母さんがいけなかったせいだわ」と謝る。浮子は小夜子に、お披露目 のお茶会を開くことを告げる。
ある日、小夜子は由似子と真理の3人で天国衣神社を訪れた。そこへ暁の後輩である大沢と不良グループが現れ、3人を乱暴しようとする 。小夜子は全く動じず、男たちを次々に倒していく。その様子を、物陰から涼が眺めていた。黒幕の暁が彼に声を掛け、「やるねえ」と 感心する。小夜子は大沢に「ここで貴方が死んでも正当防衛よ」と凄み、彼を圧倒した。しかし由似子と真理が近付くと、ケロッとした 表情で「ヒドい怪我させちゃった」と言う。
美術学科の卒論で叶家の美術品研究をしているという鷹子は、雪政に会った話を聞く。幻の一品とされる天女の衣は、12年前の神社の火事 で焼失し、一家の長男である浮子の夫・泰之も焼死している。「天女の衣に触れた女は幸せになるが、触れた男には祟りがある」という 言い伝えがある。雪政は鷹子に、「本当は、叶家にいた天女は村の男たちに凌辱されて姿を消したという説もある」と語った。
小夜子は担任の根津に呼ばれ、理科室へ赴いた。神社の一件で、小夜子は根津に相談していたのだ。すると彼は土下座して「大沢たちとの ことは一切口外しないでもらいたい」と頼む。小夜子は「中等部が新設されて、先生が教頭になる約束があるんですってね」と指摘した。 「叶家が土地の売却に応じないので困っている。そんな時に生徒のスキャンダルが発覚したら」と小夜子が口にすると、根津は改めて頭を 下げ、何とか内緒にしてほしいと頼んだ。
小夜子は根津に、4年前に受け持ちの女子生徒が屋上から飛び降りて大怪我をした事件のことを告げる。激しく動揺する根津に、小夜子は 「その子は飛び降りた日、この部屋で先生と話していたそうですね。強姦なんて、女にとっては殺されるのと一緒。そうでしょ」と囁く。 その直後、悲鳴を上げながら廊下を逃げる小夜子を、根津が必死で追い掛けていた。根津は男性教師に取り押さえられ、小夜子は近くに いた涼を見つけると「助けて」と背中に隠れた。「気が付いたらこんなことに。何も覚えてないんだ」と根津は喚く。
お茶会の日、小夜子は雪政に着付けをしてもらいながら、祖母の具合を心配する。雪政は「次の大きな発作が命取りだそうです」と告げる 。涼と暁は、ふざけた態度でお茶会に出席した。小夜子は暁に「言っとくけど貴方と結婚する気は無いわ」と言う。「でも縁組しないと 借金まみれの叶家は潰れちまうんじゃないの」と暁が小馬鹿にすると、彼女は「結婚するのは何も暁さんじゃなくてもいいんでしょ」と 言って涼に視線をやる。暁はお茶会の後、涼に「あいつに手を出すなよ。俺はあいつが気に入った。本気で俺の物にしたくなった」と言う 。涼が「まあ頑張れよ」とそっけなく言うと、彼は「お前も手伝うんだよ」と告げた。
ある日、涼が帰宅すると、小夜子が水絵と楽しそうに遊んでいた。小夜子は、一郎に挨拶に来たが、不在だったので水絵と遊んでいたと 説明する。小夜子は涼と一緒に砂浜へ出掛け、「引き取られた家で生きていくのは苦労するものね。その家の子供たちは親が奪われない ように警戒してる」と口にした。涼が「お前と一緒にすんな」と言うと、彼女は「そうね、私は貴方とは違うわ。怒ってるから。私が 生まれてきたことにも、周りの人たちにも。私を取り巻く全てのことに」と語る。2人の様子を、暁が密かに眺めていた。
暁は小夜子を別荘に連れて行き、襲い掛かろうとする。小夜子は割れたガラス瓶を彼の耳に突き立て、不敵に笑って「私はこういうやり方 好きじゃないな。覚えておいてね」と静かに告げる。鷹子は叶家の蔵の管理人・三木に手伝ってもらい、美術品を調べた。鷹子は三木に、 小夜子が親類に預けられていた事情を尋ねる。三木によると、火事の後、夜逃げするように小夜子が家を出たのだという。彼は鷹子に、 叶家が天女の末裔という説を語る。ある葛籠を開けると、そこには根津の死体が入っていた。
浮子は根津の事件を受け、小夜子の父・和憲や一郎たちと相談する。彼女は、結婚が破産になる前に早く手を打たなければならないと 焦った。小夜子は由似子から、「ちょっと聞きたいことがあるんだ。私たち、どっかで会ったこと無かった?幼稚園の時とか」と言われる 。小夜子は「さあ、会ってないと思うけど」と答えた。帰宅した小夜子はあきから、「財産の全てを貴方に譲ることにしました。どうする かは自分で決めなさい。幸せになるのよ」と言われた。
小夜子は由似子と共に、天衣神社を訪れた。由似子は「ここで女の子が殺されるの、見たことがある。5歳の時」と打ち明ける。宮司の 泰之に、幼女がハサミで突き刺されていたのだ。血まみれの少女を見殺しにして、由似子は逃げ出してしまった。だが、その女の子の死体 が見つかったというニュースは報じられなかった。その「その子の目が小夜子に似てるの」と彼女が言うと、「それで、昔会ったことない かって聞いたのね」と小夜子は微笑む。由似子は「ごめんね、変なこと言って。私ね、あの子は私の身代わりになったんだって、ずっと そう思ってた」と述べた。
浮子の策略によって、あきが死亡した。葬儀に参列した涼は、暁から遠野家と叶家が小夜子との結婚に合意したことを知らされる。小夜子 と関係を持った暁は、「お前、涼とも寝たのか」と尋ねる。小夜子は微笑を浮かべ、「貴方は涼君にだけは負けたくないのね」と彼の背中 に抱き付いた。鷹子は神社の錠前を外し、封印されていた箱を開けるが、中身は空っぽだった。そこに小夜子が現れ、「天女の羽衣はそこ に収められていたんですよ」と告げた。
鷹子は小夜子に、「泰之さんの体には深い刺し傷があった。警察は自殺と断定したけど、誰かに殺されたと考えた方が自然です。貴方は 火事の直後に家を出されましたよね」と問い掛ける。小夜子は、自分がハサミで泰之を刺し殺したことを回想する。そして鷹子に、彼が 幼い女たちをさらって凌辱していたことを明かす。神社に火を放ったのは、あきだった。その事実は叶家によって封印された。だが、そこ まで話すと、小夜子は「全て作り話ですよ」と笑って立ち去った。
あきを計画通りに始末した浮子は、共犯者である和憲と祝杯を挙げた。和憲が酔い潰れた後、浮子が一人で酒を飲んでいると、小夜子が 部屋に入って来た。彼女は静かな口調で、「誰かが薬を摩り替えて意図的にお祖母様の命を縮めた。そうでしょ」と告げる。小夜子が ゆっくり歩み寄る中、浮子は呼吸困難に陥った。酒に薬が混入されていたのだ。彼女は苦悶し、ベランダから転落して死亡した…。

監督・脚本は及川中、原作は吉田秋生(小学館刊)、製作は亀井修&鈴木健一&川島晴男&葛谷健一&小湊義文、企画は原田宗一郎、 プロデューサーは山川恵一&丸山文成、ラインプロデューサーは原田耕治、企画協力は篠木由美、撮影は柳田裕男、美術は中川理仁、照明 は松隈信一、録音は湯脇房雄、編集は阿部亙英、音楽は神津裕之、音楽プロデューサーは大和朗。
出演は鈴木杏、本仮屋ユイカ、勝地涼、江波杏子、深水元基、市川実日子、津田寛治、嶋田久作、小倉一郎、三谷昇、国分佐智子、 青山知可子、神崎詩織、諏訪太朗、大塚良重、樋口浩二、夏川桃菜、森下能幸、 増本庄一郎、小川祐弥、諸橋沙夏、梶浦花、播田美保、吉沢明歩、浜幸一郎、田村直子、今泉あまね、渋谷正次、川尻光奇、麻倉直子、 真鍋結衣、相馬久乃、上原彩絵香、積田佳代子、菱沼真美、春名ちさと、 縄田雄哉、竹鳶厚、山口喜生、花田仁教、向田翼、飯澤友規、石井靖見、末野卓磨、六本木康博、安田桃太郎、土川善枝、平木豊男、 薮俊彦、越島良三、石田晋一、中川敏三、檜垣勇、中山甚三、中村宗雄、中村逸夫、富田孝、大森義裕ら。


吉田秋生の同名漫画を基にした作品。
監督と脚本は、『ラヴァーズ・キス』に続いて2度目の吉田秋生作品となる及川中。
小夜子を鈴木杏、由似子を本仮屋ユイカ、涼を勝地涼、あきを江波杏子、暁を深水元基、鷹子を市川実日子、雪政を津田寛治、一郎を嶋田久作、和憲を 小倉一郎、三木を三谷昇、浮子を国分佐智子、鈴子を青山知可子、真理を神崎詩織、由似子の母を大塚良重が演じている。

残念ながら鈴木杏は完全にミスキャストで、これが映画にとって大きな欠点となっている。
だってさ、小夜子ってのは魔性の女であり、妖しげな魅力で周囲の人々を男女問わず虜にしていくミステリアスな存在なのよね。
特に男は正気を失い、自分の物にしたいという風に狂ってしまう。小夜子って、人間離れした魅力の持ち主なのよね。
だから、妖艶で大人っぽい女の子じゃないとマズいのよ。

そもそも鈴木杏って、「美人女優」の部類に入るのかと考えた時に、ぶっちゃけ、微妙なトコだと思うんだよね。
そりゃあ「可愛いか可愛くないか」と訊かれたら、もちろん可愛い部類だけどさ、だけど「美人女優」ってわけじゃないでしょ。
それにさ、「可愛い」ってことでは困るのよね。
少なくとも、カワイイ系じゃなくてキレイ系の女優をキャスティングしなきゃダメでしょ、そこは。

ただし、小夜子の妖しい魅力を全く表現できていないのは、鈴木杏だけの責任ではない。
演出としても、その妖しさを伝えるための作業が不足している。
例えば、転校した段階で、涼を除く面々は男女問わず彼女に好意を持っているはずだよね。そのぐらい「特別な魅力を持つ女の子」のはず だよね。
だけど、男子の様子を見ている限り、そこまで小夜子に一目惚れしているようには感じられない。

それと、涼は小夜子が転校してきた時から、彼女の視線を受けてただならぬ気配を感じているはずなのに、そんなことは全く伝わって 来ない。ただ単に、不機嫌そうな様子で教室を出て行ったとしか見えない。
根津に襲われた小夜子から助けを求められ、彼女の目に不気味な光があった時にも、それに対するリアクションが弱い。
まあ、勝地涼の演技力が足りていないってのもあるんだけど、そこで彼が何を感じたのか、どんな風に思ったのかが全く伝わって来ないん だよな。
あと、勝地涼も深水元基も、高校生には見えんぞ。

小夜子は暁を冷たく拒絶していたのに、関係を持った後は涼やかに微笑んで背中に抱き付いている。
その態度が解せない。
それぐらい男を翻弄する女だってことなのか。
だけど、そこまでの態度からすると、そんなに簡単に体を許すのも、暁を誘うような素振りを示すのも、納得しかねる。性格が豹変 しちゃったのかと思ってしまう。
だけど、それは小夜子が策略を巡らせていて、それに従って行動しているってことなんだよね。
でも、ホントなら「最初から計画していたのか」と思わせるべきなのに、そんな風には見えないのよ。そこまでに、彼女の悪女の部分を、 ちゃんと表現できていない。

本来なら、もっと不気味さがあったり、緊迫感が生じたりするはずだと思うんだけど、特に張り詰めた空気が漂うことも無く、淡々と 進んでいく。
いや、全く緊迫感が無いってわけじゃないのよ。だけど、せいぜい2時間サスペンスと同じ程度。
テンポが悪くてダラダラしているし、焦点がボヤけている感じ。
特に「小夜子が周囲の男たちを虜にして翻弄し、狂わせてしまう」というところを上手く描写できていないというのが大きな欠点で、その せいで筋書きに説得力を欠いているし、気持ちが乗っていけないのよね。

それと、暁が由似子を人質に取、涼に小夜子を別荘まで連れて来させる終盤の展開はヒドすぎるぞ。
警察は別荘を張り込んでいるのに、なぜ捕まった由似子を助け出そうともせず、暁と涼が互いに猟銃を構えている段階で駆け付けようとも せず、遠くから観察しているだけなのか。
なぜ暁が発砲しようとした寸前になって、狙撃という行動を取るのか。
その前に拡声器で「やめろ!」と叫べば良かったでしょ。
行動を起こすタイミングも、選択した行動も、どっちもメチャクチャだ。
あと、由似子が拉致されている意味って皆無でしょうに。
っていうか、彼女の存在意義そのものが薄い。「由似子の視点から小夜子を描く」という形で徹底すりゃ良かったのに。

(観賞日:2011年12月12日)

 

*ポンコツ映画愛護協会