『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』:2023、日本
漫画家の岸辺露伴は書き下ろし新刊の取材のため、故買屋を訪れた。追い出されそうになった露伴はヘブンズ・ドアーを使い、故買屋の記憶を読んだ。店を去ろうとした露伴は美術品オークション会社「CRIMSONS」のカタログ本に気付き、モリス・ルグランの『ノワール』という黒い絵に目を留めた。彼は担当編集者の泉京香を伴い、取材という名目でオークションに参加した。ルグランは有名画家ではないが、露伴は京香に「ちょっと思い出したことがあってね」と告げた。
『ノワール』のオークションは20万円からスタートし、露伴はワタベとカワイいう2人組と競り合って150万円で落札した。露伴が京香を連れて帰宅すると、古い顔料が幾つも集められていた。彼が『ノワール』を購入した目的も色にあったが、実際に近くで見ると「見当違いだったか」と漏らした。露伴は「この世に存在しえない黒を使って描いた絵が存在する」と言い、作者は山村仁左右衛門だと京香に話す。京香がネット検索しても情報は無く、露伴は「名前も絵も記録は無い。だから、もう思い出すことも無かったんだが」と語った。
露伴は家に忍び込もうとするワタベに気付き、ヘブンズ・ドアーで動きを制した。彼が記憶を読もうとしている間に、カワイが家に侵入して『ノワール』を盗み出した。山に逃げたカワイは絵の裏側を調べるが、何も無かった。黒の顔料が額縁の隅に付いており、カワイは指で触れてみた。どこからか複数の蜘蛛が出現し、カワイは慌てて払い落とした。車のエンジン音とクラクションの音が聞こえ、カワイは慌てて逃げ出した。
露伴は捨てられている『ノワール』を発見し、絵の裏側にフランス語で「これはルーブルで見た黒。後悔」と書かれているのを知った。彼は京香に、次の取材先はルーブル美術館だと告げた。ワタベはフランス語で誰かに電話を掛け、「岸辺露伴という男は普通じゃない。俺は降りる。絵の裏には何も無かった」と話した。カワイは何かに襲われ、不可解な死を遂げた。その遺体には、タイヤ痕が残されていた。家に戻った露伴は女性の絵を描きながら、過去を振り返った。
露伴はデビューした直後の夏、漫画に集中するため、祖母である猷の家に泊まり込んだ。その年に祖父が亡くなり、元は古い旅館だった家を祖母が下宿として貸し出すことにした。彼女は身の回りの物以外、全てを売りに出した。住むには不便な場所であり、誰も来ないだろうと思っていた露伴だが、奈々瀬という若い女性が最初の住人になった。勝手に覗いてデッサンしていた露伴は奈々瀬に見つかり、「編集者に女性キャラが可愛くないと指摘され、研究していた」と弁明した。
奈々瀬は露伴の漫画が読みたいと言い、自分の部屋に招き入れた。その時に彼女が話したのが、「この世で最も黒い絵を山村仁左右衛門が描いた」という情報だった。奈々瀬は仁左右衛門の絵を、「邪悪な絵」と評した。仁左右衛門は理想の顔料を見つけたが、それは大切な御神木から取れる物だった。傷付けたら死罪は免れなかったが、それでも彼は顔料を取った。仁左右衛門は黒い絵を描き、そして死んだ。その絵がルーブルにあることを、奈々瀬は露伴に教えた。
奈々瀬は「光を反射する鏡は人を映すけど、絶対的な黒が映す物は何か。決して見てはいけない。触れてはいけない」と、露伴に漏らす。彼女が「貴方は似ている」と口にした時、その手には蜘蛛が這っていた。奈々瀬は急に「ごめんなさい、もう帰って」と言い出し、露伴を部屋から追い出した。露伴は奈々瀬をモデルにした黒髪の女性を描き、漫画に登場させた。彼が部屋に行くと、奈々瀬は助けを求めるかのように抱き付いた。露伴は彼女を 抱き寄せ、「貴方の力になりたい。全ての恐れから、貴方を守ってあげたい」と述べた。
奈々瀬は露伴が自分をモデルにしたヒロインを漫画に描いたと知り、その黒髪を見ると激怒した。彼女は「何やってるの?私を描くなんて、くだらなくて安っぽい行為」と声を荒らげ、泣きながらハサミで黒髪の部分を切り裂いた。奈々瀬は部屋を出て行き、そのまま二度と戻らなかった。露伴は祖母に彼女の行き先を尋ねるが、まるで要領を得なかった。猷は露伴に、蔵にあった絵の買い手が来るので相手をしてくれと頼んだ。買い手の外国人は絵の入った箱を受け取ると、すぐに走り去った。
露伴はフランスへ出発する前、ルーブル美術館に質問メールを送っていた。彼のアテンドを担当するエマ・野口は返信を忘れており、上司のジャックは「私が調べておく」と告げた。メールの内容は、モリス・ルグランと山村仁左右衛門の絵に関する質問だった。ジャックは仁左右衛門の名前に聞き覚えがあったが、すぐには詳細を思い出せなかった。フランスに着いた露伴と京香はエマの出迎えを受け、ホテルにチェックインせずルーブルへ直行した。
ルーブルには厳しいルールがあるが模写は認められており、模写専門も画家もいた。エマは露伴に、モリスも良く模写していたことを話す。京香から『ノワール』の写真を見せられた彼女は、それはモリスのオリジナルだろうと言う。ただしモリスの死後に、遺族が作品を全て処分したらしい。露伴はモリスが仁左右衛門の絵を見たのではないかと推理していたが、ルーブルに日本画は無い。しかしエマは地下倉庫から20世紀初めに寄贈されたコレクションが見つかり、その中に100点以上の東洋美術があったことを明かした。
辰巳隆之介が露伴たちの元へ来ると、エマは東洋美術の調査メンバーだと紹介した。辰巳は鑑定家としても有名な人物で、今回はルーブルが依頼して協力してもらっていた。辰巳は露伴に、モリスは模写の腕が優れた画家だったが事故死したと話す。叫び声が響いたので彼らが現場へ行くと、ジャックが見えない何かに怯えて後ずさりしていた。彼は「やめろ、助けてくれ」と叫んで転落し、エマと辰巳が慌てて駆け寄ると「蜘蛛。黒い髪」と呟いた。
ジャックは助かり、露伴と京香はルーブルを去った。京香は露伴に、『ノワール』に描かれた線が蜘蛛や髪に見えると話す。露伴は絵の裏に書かれていた言葉について、ルーブルで見た黒に後悔したのではなく、「後悔」を見たのだと推理した。露伴と京香はエマから連絡を受けてルーブルのオフィスへ行き、ジャックが職員専用の管理記録を調べて地下にあるZ-13倉庫に仁左右衛門の絵があると突き止めていたことを聞かされた。しかしZ-13倉庫は老朽化が進み、20年以上も使われていないはずだった。
露伴たちがZ-13倉庫へ向かうと辰巳が現れ、一緒に行くと告げた。ルーブルの決まりで、常駐の消防士であるユーゴとニコラスが同行した。ルーヴル職員のマリィからエマにメールが届き、ジャックが20数年前にルーブルを辞めたキュレーターから仁左右衛門の名を聞いていたことが判明した。そのキュレーターが、Z-13倉庫に仁左右衛門の絵を運んだのだ。キュレーターの顔写真を見た露伴は猷の家に来た外国人だと気付き、あの時に渡した絵が仁左右衛門の作品だったのだと確信した。
Z-13倉庫に着いた露伴は、モリスのイニシャルが入った筆を発見した。ニコラスは放置されている絵を発見し、辰巳に知らせた。それは発見されたコレクションの中にあったフェルメールの未発表作だったが、エマによると既に保管センターに送られたらしい。辰巳は贋作だと告げ、ニコラスに処分を命じた。しかし露伴は間違いなく本物だと断言し、保管センターに送られたのがモリスによる贋作だと語る。彼は誰も来ないZ-13倉庫で、モリスが密かに贋作を描いたのだと述べた。
露伴は京香に「新作のプロットを思い付いた」と言い出し、その内容を語った。モリスは美術品グループの一員で、Z-13倉庫で名画の贋作作った。彼は贋作を保管センターに送り、本物は持ち帰って自分の絵の裏側に隠した。海外に持ち出されたモリスの絵はオークションに出品され、それを安値で購入すれば裏には名画が入っているというのが露伴の見立てだった。エマが「模写の許可証だけで、そこまでは出来ません」と語ると、彼は「消防士やキュレーターが仲間なら可能だ」と指摘した。
辰巳が「つまらないプロットだ」と笑い飛ばした直後、ニコラスが急に悲鳴を上げた。彼が「なぜ兵隊が?」と怯えて倒れると、その顔や体には幾つも銃弾を浴びた痕跡が出現した。ユーゴは露伴の仕業だと決め付け、「日本で雇った奴が、お前はヤバいと連絡して来た」と口を滑らせた。彼は辰巳が裏切ったのではないかと疑い、「俺たちもモリスみたいに?」と口にする。辰巳は露伴に、モリスが急におかしくなって足を洗うと言い出したことを明かした。
露伴は倉庫の奥に視線を向け、そこに仁左右衛門の絵があることに気付いて顔を強張らせた。その絵を見た辰巳は、見えない何かに襲撃された。露伴は京香に、自分の方を見るなと指示した。辰巳はモリスの幻覚を見ており、「やめてくれ」と叫んで倒れ込む。エマは息子であるピエールの幻覚を見て、「公園の池で手を離さなければ」と詫びた。彼女は急に出現した大水に溺れ、口から大量の水を吐き出した。ユーゴも幻覚に見舞われ、全身を炎に包まれた…。監督は渡辺一貴、原作は荒木飛呂彦『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』(集英社ウルトラジャンプ愛蔵版コミックス 刊)、脚本は小林靖子、製作は牟田口新一郎&尾崎充信&和田佳恵&平賀大介&瓶子吉久、エグゼクティブプロデューサーは豊島雅郎、プロデューサーは土橋圭介&井手陽子&ハンサングン、人物デザイン監修・衣裳デザインは柘植伊佐夫、撮影は山本周平&田島茂、照明は鳥内宏二、録音・整音は高木創、録音は藤林繁、美術は磯貝さやか、編集は鈴木翔、音楽は菊地成孔 / 新音楽制作工房。
出演は高橋一生、飯豊まりえ、木村文乃、白石加代子、長尾謙杜、安藤政信、美波、大谷亮介、バッキー木場、池田良、前原滉、中村まこと、増田朋弥、嶋村友美、加賀谷圭、生田拓馬、Arnaud Le Gall、ロバ、Jean-Christophe Loustau、MEDDY、Simon Ivanov、Philippe Mamolo、Lea Bonneau、Arezki AiT Hamou、Oscar Zouzout、Katia Tchenko、叶雅貴、高野ひろき、大沼竣、石飛雄太ら。
ルーヴル美術館が主催するバンド・デシネプロジェクトのために書き下ろされた、荒木飛呂彦の同名漫画を基にした作品。
2020年からNHKで放送が始まった特集ドラマ『岸辺露伴は動かない』の劇場版に当たる。
監督の渡辺一貴や脚本の小林靖子など、主要スタッフはTVシリーズからの続投。
露伴役の高橋一生と京香役の飯豊まりえは、TVシリーズのレギュラー。
奈々瀬を木村文乃、猷を白石加代子、青年時代の露伴を長尾謙杜、辰巳を安藤政信、エマを美波が演じている。「原作もTVシリーズも知らない一言さんにも付いて来てもらうために」ってことなのか、冒頭で露伴がヘブンズ・ドアーを使うシーンを用意している。
とは言え、単に能力を使う様子を見せただけでは、知らない人からすると何が何やらワケが分からないだろう。
そのため、故買屋が倒れて顔面が本のような状態に変化すると、露伴の台詞で「これは僕に備わった能力だ。人の心や記憶を本にして、読むことが出来る」「書き込まれた命令には絶対逆らえない」という説明を入れている。TVシリーズは全て見ているが、作品の雰囲気を見事に表現した良作だと思っている。
そしてTVシリーズを高く評価しているからこそ、「この映画は作るべきじゃなかった」と強く言いたい。
監督の渡辺一貴とプロデューサーの土橋圭介はTVシリーズを始めた当初から長編映画化を構想しており、「長編なら『ルーヴルへ行く』だ」という意見で一致していたらしい。
確かに原作のボリュームを考えれば、長編に向いているのは『ルーヴルへ行く』ぐらいしか無いだろう。
だが、そもそも長編映画化という企画自体に疑問があるのだ。私も「長編映画にするなら『ルーヴルへ行く』しか無い」という考えについては、完全に同意する。
ただし監督やプロデューサーと違って、「どうしても長編映画を作るなら、他に選択肢が無い」という消去論での意見だ。「是が非でも映画化してもらいたい」と熱望しての意見ではない。
『ルーヴルへ行く』が映画化に値する原作だとは、私は思わない。
もっと言っちゃうと、果たしてTVドラマでの映像化でさえ、どうだろうかと思ってしまうぐらいなのだ。何しろ原作は、「ルーヴル美術館を題材にしたオリジナルのバンド・デシネを集める」という企画のために書き下ろされた漫画だ。言ってみれば、『岸辺露伴は動かない』の完全なる番外編なわけだ。
そして極端なことを言ってしまうと「ルーヴル美術館のプロパガンダ」が目的であり、そのために理由を付けて露伴をルーブルへ行かせているわけだ。だから普段の『岸辺露伴は動かない』とは、ちょっと趣きが異なる。
ちなみに開始から25分辺りで、露伴はルーブルへ行くことを決める。しかし実際にルーブルに行くのは開始から50分ぐらい経った辺りだ。
その間に、露伴の青年期を描く回想パートが挟まれている。その時の出来事が後の展開に大きく絡んで来るので、そこは必要な手順なのだが、「早くルーブルへ行ってよ」という気持ちは否めない。いつもの『岸辺露伴は動かない』なら、露伴は問題を解決したり、ピンチを脱出したりするためにヘブンズ・ドアーを使う。
しかし今回は、冒頭で能力説明のために披露した後、なかなかヘブンズ・ドアーを使う機会が訪れない。
Z-13倉庫に着いても、複数の人間がいるため、簡単にヘブンズ・ドアーは使えない。なのでユーゴがナイフを抜いて襲い掛かって来た時も、普通に格闘して制圧している。
正直、それは露伴っぽくない行動に見えてしまう。露伴は前半からモリスと仁左右衛門、そして彼らの絵について調べようとしている。だが、そのためにヘブンズ・ドアーを使うことは無い。周囲の人々が集めてくれた情報や周囲の人々の台詞から、露伴が推理を組み立てている。
露伴はZ-13倉庫で仁左右衛門の絵を見つけると、それが過去を映し出すと気付く。自身が過去に犯した罪、心にある後悔、先祖の犯した罪までもが襲って来るのだと確信する。
辰巳はモリスを見て怯え、エマは息子の幻覚で溺死しそうになり、ジャックは鎧の剣士に襲われている。
でも、殺した相手に襲われる辰巳と、罪の意識で溺れそうになるエマと、先祖の罪で剣士に襲われるジャックって、あまりにも幅が広すぎやしないか。ジャックにしろ、辰巳にしろ、ユーゴにしろ、それぞれ「何か見えない物に怯え、襲われて死ぬ」ってのを先に描き、露伴が謎に気付いた後で、「彼らが見ていたのは、こういう幻覚でした」ってことを種明かしする形になっている。
種明かしの映像を見せるのは、表面的には親切設計と言えるだろう。でも実際には、なんか無粋に思うんだよね。
そんな説明のための映像を後から挿入しなくても、何となくフワッとさせておいて観客の想像に委ねた方が良かったんじゃないかと。
そこを具体的に説明すると、「じゃあカワイが見た幻覚は何だったのか。どういう罪が関係しているのか」ってのが引っ掛かるし。露伴は仁左右衛門の悪霊に襲われてヘブンズ・ドアーを使うが、相手は死んでいるので書き込めない。絶体絶命の危機に陥るが、奈々瀬が現れて仁左右衛門を制止する。
「何もかも全て忘れて」と言われた露伴は自らにヘブンズ・ドアーを使い、「記憶を全て消す」と書き込む。しかし仁左右衛門と奈々瀬が消えた後で書き込んだ文字をこすり、命令を取り消す。
でも奈々瀬がヘブンズ・ドアーを知っているのは変だし、「忘れる」という口約束だけでも消えてくれたんじゃないかと。どっちにしても、命令を取り消して約束を破るし。
なんか無理してヘブンズ・ドアーの使い所を用意しているように思えてしまう。ルーブルでの事件が解決し、露伴と京香がカフェで話しているシーンになると、もう印象としては完全にエンディングなのよね。
だから、その後で露伴が再び奈々瀬と会い、ヘブンズ・ドアーで彼女の記憶を読む展開に入ると、蛇足のように感じる。
そりゃあ仁左右衛門や彼の絵に関する謎は残っていたから、解答編を用意するのは必要な作業なのかもしれない。だけど肌感覚としては、「今さらとか別に興味は無いかな」と。露伴のナレーションや京香の会話でサラッと触れる程度でもいいかなと。
事件がルーブルへ行く話なのに、終盤が日本の時代劇になっちゃうのもイマイチだし。
そこが15分ぐらい続くのも、ダラダラして長いと感じるし。(観賞日:2024年6月17日)