『きさらぎ駅』:2022、日本

関東女子大学に通う堤春奈は、葉山純子の家を訪れた。すると友人の大園葵と話していた高校生の葉山凛が、春奈を招き入れた。純子は春奈に、近くの学校に通う姪の凛を預かっているのだと説明した。春奈は民俗学を研究しており、純子を訪ねたのは卒業論文を書くためだ。春奈は卒論のテーマを、都市伝説の「きさらぎ駅」に決めた。「きさらぎ駅」とは、匿名掲示板の2ちゃんねるから発生した都市伝説だ。「はすみ」というハンドルネームの女性が存在しない「きさらぎ駅」に降りたことを書き込んだが、投稿は途中で途絶えた。消息不明となった「はすみ」だが、その正体が純子だったのだ。
純子は春奈に、自身の体験を詳しく語った。2004年1月8日、23時40分。高校教師の純子は新浜松駅から西鹿島へ向かう遠州鉄道の最終便に乗ったが、無いはずのトンネルに入ったので違和感を覚えた。トンネルを抜けると列車は見知らぬ場所を走っており、携帯は圏外になっていた。列車には純子の他に、高校生の宮崎明日香、酔っ払ったサラリーマンの花村貴史、チンピラ風の岸翔太とギャルの松井美紀、彼らの仲間である飯田大輔の5人が乗っていた。
列車は「きさらぎ駅」に停まり、全員が乗り過ごしたと思い込んでホームに降りた。明日香は駅舎の壁に何か異変を見た様子だったが、詳しいことは言わなかった。純子は彼女に、同じ高校で教師をしていることを話した。岸は飯田を怒鳴り付け、馬乗りになって殴る。飯田は駅から逃走し、岸と美紀は飲み物を買いに出た。純子と明日香が駅を出て周辺を歩くと、民家はあるのに人の気配は無かった。岸と美紀は飯田の異変を見て逃げて来たが、詳細は話そうとしなかった。
岸と美紀が線路を歩いて移動を始めると、純子は明日香を連れて追い掛けることにした。何があったのか純子が尋ねると、岸と美紀は飯田の体をを血管のような物が包んだと説明する。飯田から着信が入ると岸は応対を拒絶し、仕方なく美紀が携帯を確認した。すると画面には、左目が異様に腫れた飯田の顔が映し出された。花村が追い掛けて来て、周囲から太鼓の音がすることを純子たちに教えた。人がいるから戻るべきだと彼は主張するが、その直後に頭部が膨らんで破裂した。
純子たちが逃走していると、別の線路から老人が「危ないから線路の上を歩いちゃ駄目だよ」と呼び掛けた。老人は一瞬で純子たちの近くに移動し、逃げる4人を追い掛けた。すると前方から飯田が現れ、美紀を捕まえた。彼の体が炎に包まれ、美紀も燃えた。岸はナイフを構え、生贄として純子を殺そうとする。純子は明日香を逃がして岸と戦い、ペンで足を突き刺した。彼女は明日香と合流し、トンネルに突入し、岸が襲って来たので、怪我を負っている純子は明日香を先に行かせた。
岸はトンネルの中で急に吊り上げられ、純子と明日香はトンネルから脱出した。すると男が車で現れ、純子と明日香を乗せた。しかし男が襲い掛かって来たため、純子と明日香は車から脱出した。森の神社から太鼓の音が聞こえ、純子と明日香は光る扉を発見した。そこから元の世界に戻れると確信した2人だが、男が立ちはだかった。純子は男と戦い、明日香を先に行かせる。明日香が飛び込むと扉は消滅し、気が付くと純子は現実世界に戻っていた。彼女が戻って来たのは、2011年1月8日だった。
話を聞き終えた春奈は、「きさらぎ駅」へ行った日の純子が何度も寝過ごしていたことを知った。純子は22時30分発の電車で乗り過ごし、反対側の電車でも乗り過ごし、23時40分の終電で「きさらぎ駅」に到着していた。春奈は「異世界エレベーター」の理屈を説明し、純子が決められた手順通りに電車を乗り継いだことで「きさらぎ駅」に行けたのではないかと推理した。純子と別れた春奈は、同じ手順を試してみることにした。すると彼女も純子と同じように、異世界に迷い込んだ。
異世界に迷い込んだ列車には春奈の他に、明日香、花村、岸、美紀、飯田が乗っていた。「きさらぎ駅」に降りた春奈は、純子が話していたのと全く同じ出来事が続くと確信する。そこで彼女は明日香を連れて、駅を出た岸たちを追い掛けた。純子は岸からナイフを奪い取り、駅に戻るよう要求した。すると飯田ではなく岸が異変に襲われ、純子は他の面々を連れて駅に戻る。彼女が明日香たちを連れて線路沿い歩いていると、花村が追い掛けて来た。花村は異変に襲われず、純子は老人と岸の攻撃も防いだ。純子たちがトンネルを抜けると、車の男が現れた。純子は男を昏倒させ、明日香たちを連れて光の扉へ向かおうとする…。

監督は永江二朗、脚本は宮本武史、製作は浅田靖浩&中島隆介&加瀬林亮&川上純平、プロデューサーは上野境介&伊藤修嗣、撮影・照明は早坂伸、編集・VFXは遊佐和寿、録音・整音は指宿隆次、サウンドエディターは花谷伸也、フォーリーアーティストは田久保貴昭、フォーリーエディターは石澤飛鳥、主題歌『通り魔』は弌誠。
出演は恒松祐里、佐藤江梨子、本田望結、芹澤興人、莉子、寺坂頼我、木原瑠生、瀧七海、堰沢結衣、野口雅弘、坪内守、道本成美。


匿名掲示板「2ちゃんねる」への投稿から始まった都市伝説をモチーフにした作品。
監督は『2ちゃんねるの呪い 劇場版』『真・鮫島事件』の永江二朗。
脚本は『鋼の錬金術師』『バイプレイヤーズ 〜もしも100人の名脇役が映画を作ったら〜』の宮本武史。
春奈を演じた恒松祐里は、これが映画初主演。純子を佐藤江梨子、明日香を本田望結、花村を芹澤興人、美紀を莉子、飯田を寺坂頼我、岸を木原瑠生、凛を瀧七海、葵を堰沢結衣が演じている。

冒頭、“これは2004年1月8日に、『はすみ』と名乗る女性がこの世に存在しない「きさらぎ駅」という異世界駅にたどり着いた体験を、匿名掲示板『2ちゃんねる』に投稿したことから端を発する都市伝説の内容を元にしている”というテロップが出る。
その後、失踪事件を報じる新聞記事や、掲示板の書き込みのコラージュが映し出される。
そういう断片的な説明で始めるってことは、もう「きさらぎ駅」の都市伝説を観客が知っていることを前提にしている、ってことになるんだろう。

この見せ方だと、都市伝説の内容を映像で詳しく描くことが求められる。それを純子の回想パートで描く形を取っているけど、ちょっと違うんだよね。
「きさらぎ駅」の都市伝説は、「掲示板に書き込んだ人間が存在しない駅に降り、消息を絶つ」という内容だ。だけど回想パートで描かれるのは、「駅で降りた後に起きた出来事」が大半だ。
この時点で、大きな間違いを犯していると感じる。
「きさらぎ駅」の都市伝説で怖いのって、「掲示板に書き込んだ人間が存在しない駅で消息不明になる」という部分なのよ。
ようするに、「何だか良く分からないことが起きて、人がいなくなる」という現象に、恐怖の源があるのよね。

ところが、この映画では、駅で降りた人間が体験する出来事を詳細に描いている。
そこを見せちゃうと、元も子も無いのよね。
そもそも、「きさらぎ駅」の都市伝説だけで1本の長編映画を作るという企画そのものに無理があるとは思うのよ。ただ、それにしてもアプローチが違うんじゃないかと。
それ以外でも、恐怖の対象を定めることが出来ず、ずっとフォーカスがボヤけた状態で話を進めている。

春奈が列車で純子の家へ向かうシーンや、純子の家に到着したシーンで不安を煽ろうとするのも違う。そもそも春奈を列車に乗るシーンで登場させている時点で、どうかと思うし。
それはともかく、その列車にしても純子の家にしても恐怖の対象じゃないんだから、そこは淡々と進めればいいのよ。家に着いてからのシーンなんて、まるで純子が恐怖の対象みたいになっちゃってるし。
回想パートに入ると色彩をいじったり純子の視点映像に切り替わったりするけど、この演出も意味不明。そういう変な小細工を施すようなパートじゃないでしょ。純子がずっとカメラを回しているならPOV映像も分かるけど、そうじゃないんだし。
なんか急にゲーム画面みたいになるのよ。観客を恐怖させるにはヒロインのリアクションも有効なのに、その武器も失っているし、何のメリットも無いぞ。

駅で降りてからの物語が始まると、「存在しない駅で人が消える」という恐怖の視点は消える。
では、どこに恐怖の軸を置くのかというと、これが見事に定まっていない。
カメラの前に安村が急に現れるとか、岸が飯田を暴行するとか、そういう余計なトコで観客を脅かそうとするのは明らかな間違いだし。どちらの行動も、「きさらぎ駅」が引き起こす怪奇現象でも何でもないし。
それが無くても問題は山積みになっているけど、せめて変なコケ脅しぐらいは無くそうよ。

純子たちが線路沿いに移動を始めるのは意味不明だ。普通に道を歩けばいいだろ。
飯田の異変を見た岸が、何が起きたのかを純子たちに話そうとしない理由も不明。岸が生贄が必要だと言い出し、純子を殺そうとするのもデタラメな行動にしか見えない。
登場人物の言動には、不自然さや不可解さが付きまとう。その全ては、恐怖や不安を刺激するためには全く貢献していない。
花村が急に破裂するので、そのパターンの怪奇現象を繰り返すのかと思いきや、そうではない。老人が追い掛けて来ると、飯田が炎上するとか、岸が純子を殺そうとするとか、色んな形で怖がらせようとして迷走を続ける。
後者に関しては、単に「ヤバい男が人を殺そうとする」ということであって怪奇現象でも何でもないし。

純子の話を聞いた春奈が異世界エレベーターの法則を使って「きさらぎ駅」へ行こうとするのは、どういう神経なのかと言いたくなるぞ。
どれだけ怖い出来事が待ち受けているのか、良く分かったはずだろうに。下手すりゃ戻って来られないのも分かっているだろうに。
そんなリスクを負ってまで、「きさらぎ駅」へ行こうとする動機が全く見えない。「何か金儲けに使おうと目論んでいる」とか、「動画を撮って視聴者数を増やしたい」とか、そういう私欲が絡んでいるわけでもないし。
「駅で消えた人間の中に、助けたい相手がいる」ってことでもないし。
「卒論のテーマだから」というだけでは、あまりにも弱すぎるぞ。

春奈が異世界に入り込むと、「純子から聞いた話を参考にして危険を回避しようとする」という動きになる。だけどザックリ言うと、同じことを2度見せられるようなモンなのよね。
それと何となく「プレイしていたゲームの世界に入り込んだヒロイン」みたいな図式になっているけど、これもアプローチとして違うんじゃないかと思うし。
あと、いきなり頭が破裂するとか、体が炎に包まれるとか、血管に吊り上げられるとか、様々な現象が描かれるが、「得体の知れない怖さ」って、そういうことじゃないからね。しかも、派手な映像で怪奇現象を描くのって、この話だとマイナスしか無いし。おまけに安いVFXで飾り付けているので、陳腐さが助長されているし。
とにかく、「映画作りを学ぶ人のための間違い探し」なのかと言いたくなるほど、何もかもが酷い作品である。

(観賞日:2023年9月28日)

 

*ポンコツ映画愛護協会