『記憶屋 あなたを忘れない』:2020、日本

ある夜、大学4年生の吉森遼一は「怖い都市伝説」というサイトの「記憶屋」という掲示板にアクセスし、書き込みの内容を1つずつ確認した。ドクターというハンドルネームの人物が「記憶屋に会いたがってるっていう人に、最近会ったよ。」と書き込んでいるのを見た彼は、「記憶屋を知ってるんですか?忘れたい記憶を消してくれる人ですよね」と質問した。すると、ドクターが「知ってる、でも消すんじゃなくて食べるんでしょ?」と書き込んだ。遼一が「俺、ガキの頃にその話聞いたことがあって」と書くと、すぐにドクターが「本当に?最近流れ始めた噂かと思ってたけど昔からあったんだ」と返した。するとfallと名乗る人物が、「そうみたいだね」「記憶屋は本当に実在するのかな?」と書き込んだ。
翌朝、遼一を起こしに来た幼馴染の河合真希は、掲示板の「僕は記憶屋を許せない。」という書き込みを目にした。遼一は母の朝子と真希の3人で暮らしている。遼一は広島出身で、同郷の真希も1年前に上京して居候するようになったのだ。恋人の澤田杏子を紹介する約束について朝子から問われた遼一は、慌てて「そんなこと言ったかな」と誤魔化した。朝子が「まさか別れたんじゃ」と追及すると、「まあ、そんなことこかね」と彼は口にした。
朝食を済ませて家を出た遼一は真希から「杏子さんと別れたん?」と訊かれて「いいや」と答えるが、詳しい事情は話さなかった。目の前で車が急ブレーキを掛けて停止すると、遼一は幼少期の出来事を思い出した。真希が男に車で拉致される事件が起きた時、近くにいた遼一は助けを求められたのに何も出来ずに見ていただけだった。記憶屋を気にしているんだろうと真希に指摘された遼一は、記憶屋を知っていたかと尋ねる。真希は「流行っとるけんね。聞いたことある」と答えるが、あくまでも都市伝説だと告げた。遼一が「もしホントに人の記憶を消す奴がいたら許せん」と言うと、真希は「記憶を消したい人がおるけ、記憶屋がおるんやないん?」と話す。駅に視線を向けた遼一は、そこで杏子を見掛けた時のことを思い出した。遼一が声を掛けると、杏子は彼のことを全く覚えていなかった。
明慶大学に着いた遼一は、高原智秋の講演会を聞く。高原は「被害者や目撃者が記憶を失ってしまうことは良くある。そういう時、まずやってもらうのは失った記憶を思い出してもらうこと」と語り、そのための方法を学生に問い掛ける。遼一が挙手して「記憶を消せる人に消されたとしたら、失った記憶は取り戻せないんじゃないでしょうか」と尋ねると、高原は軽く笑って「人の記憶を消せる人はいないんじゃないか」と告げた。
同じ頃、高校生の佐々操は医師の福岡琢磨から、心因性記憶障害ではないかと診断されていた。幼馴染の関谷要が付き添う中で「何か嫌な出来事とか無かった?」と問われた操は、何も思い出せない様子だった。講演会を終えた高原は、遼一に歩み寄って「人の記憶を消す人についてトークしないか」と持ち掛けた。病院を出た要と操は、安藤七海という女性に尾行されていた。遼一は高原に、杏子が自分のことを忘れてしまったと告げる。「振られたんじゃないか」と高原が告げると彼は「絶対に違います」と断言し、「2人目なんです。俺の前で記憶を消された人」と口にした。
15年前に連続幼女誘拐殺人事件、通称「山崎事件」が発生したが、被害者の1人が真希だった。真希は奇跡的に助かったが、事件のことは全く覚えていなかった。遼一は「まるで記憶屋に記憶を消されたみたいに」と言い、記憶屋の実在を確信していると話した。すると高原は、杏子に会わせるよう求めた。そこへ真希が来たので、遼一は高原に紹介した。真希と別れた後、遼一は彼女が戻って来た時のことを思い出した。「昨日はゴメン。花火連れてってやれんで」と遼一が詫びると、真希は何も覚えていなかった。彼女が祖父の慎一の家で寝ていたと言うので、遼一は困惑した。
操が要に送ってもらって自宅に着くと、七海は盗撮して立ち去った。遼一は杏子が働くカフェへ高原を案内するが、中に入るのは嫌がった。しかし高原が店に入ったので、仕方なく後に続く。店長の外山は遼一と知り合いで、挨拶に来た。彼は杏子が急に遼一の記憶だけ失ったことを不思議に感じており、「何かやらかしたんでしょ?」と訊く。遼一は杏子にプロポーズしたこと、「待ってる」と返事を貰ったことを明かした。高原は遼一に「俺も一緒に探してあげようか。記憶を消せるなら戻せるかもしれないでしょ」と話し、前に進むよう説いた。遼一は杏子に視線を向け、婚約指輪を見せて「大学を出たら結婚してください」とプロポーズした時のことを思い出した。杏子は喜んで指輪を受け取り、遼一は彼女を抱き締めた。
帰宅した遼一は、ネットで記憶屋への接触方法を調べた。高原は福岡と会って「大丈夫ですか」と問われ、「はい、まだ何とか」と答えた。真希が遼一の部屋へ来て、「そんなに記憶屋調べてどうするん?」と質問した。遼一は杏子が記憶屋に記憶を消されたこと、彼女に求婚したこと次の日に携帯が繋がらなくなったことを話す。カフェを訪ねた遼一は外山の仲介で杏子と話すが、彼女のスマホに自分の連絡先は登録されていなかった。
遼一は真希に、記憶屋を見つけ出して杏子の記憶を取り戻してもらう考えを語る。真希が「記憶を消さなきゃ生きていけんほど、辛いことがあったらどうするん?」と問い掛けると、彼は「それでも辛いことは忘れちゃいけんじゃろう」と反論する。真希は遼一に、「当事者じゃなきゃホントの辛さは分からんよ」と話す。彼女が「あくまで噂じゃけど、消された記憶は二度と戻らないんだって」と言うと、遼一は「噂じゃろ。そんなん記憶屋に会ってみなきゃ分からん」と返した。
記憶屋に関する掲示板を見ていた高原は、途中で意識が一時的に遠のいた。助手の七海は「記憶屋なんて都市伝説ですよ」と実在に否定的だったが、遼一の件での調査を承諾した。七海が「記憶屋なんかより、愛梨ちゃんのためならもっと他にあるんじゃないですか」と言うと、高原は幼い娘の愛梨について「子供には、まだまだ未来があるから」と口にした。高原は福岡から腫瘍が転移していることを知らされ、入院して治療しても余命は半年だと宣告されていた。
遼一は嫌がる真希をカフェへ行かせ、杏子が覚えているかどうか確認するよう頼む。杏子は真希のことも覚えていなかったが、遼一は自分との写真を渡して「要らなかったら捨ててください」と立ち去った。遼一が高原の事務所を訪れる時、真希は勝手に同行した。高原は2人に、連続強盗強姦事件の被害者である操も急に記憶を失っていることを教えた。さらに彼は調べを進め、1945年に内田アイ子という女性の母親が記憶屋に遭遇して記憶を失っている事例を突き止めていた。彼は老人ホームを訪れてアイ子と会い、話を聞いていた。アイ子の家に兄の戦死の情報が届いた翌日、母は何事も無かったかのように元気になっていた。そのため、アイ子は記憶屋に感謝していた。
なぜ記憶屋にこだわるのかと真希に問われた高原は、「消してもらいたい記憶があってね」と答えた。そこへ七海が戻ってた山崎事件について話し始めたので、遼一と高原は真希に気付かれないよう慌てて誤魔化した。事件の被害者である幼馴染が自分ではないかと真希が尋ねると、遼一は必死で否定した。犯人の菅原を逮捕した警官が真希の祖父だと知り、高原は驚く。遼一と高原は認知症を患っている慎一に会うため、広島へ行くことにした。2人が介護施設に行くと、慎一は遼一のことを覚えていた。
事件当時のことを質問された慎一は、「忘れにゃ生きていけんほどの辛い思い出を抱えた人もおるんじゃよ」と語る。「今の真希は事件のことを知ってるよ。きっと苦しみは消えんのんじゃないかな」と遼一が言うと、彼は「何があっても、人間はいつか忘れていくし、消えていく。きっと神様が人間をそんな風に作ったんじゃないかな。忘れることで前に進めるんじゃけ」と語る。遼一は「忘れていいんかな」と呟き、事件当日に花火大会へ付いて来ようとする真希を疎ましく感じて置いていったと告白する。彼が泣いて謝罪すると、遼一は「もう時効じゃよ。もう忘れんさい」と述べた。
遼一は高原に、「記憶屋を探していいんですかね。もし杏子が自ら消した記憶なら、それを取り戻すことは彼女を傷付けることになるんじゃないですかね」と語る。高原は七海からの電話で、操が記憶屋と接触していたことを知らされる。操は要に、「記憶屋に会いに行く」というメールを送信していたのだ。 事務所を訪ねた真希は、七海の言葉を密かに聞いていた。彼女は事務所に入り、七海に話し掛けた。七海から遼一への恋心を指摘された真希は、「七海さんこそ、高原先生が好きなんじゃないですか」と告げる。七海は高原が妻の里香と離婚していること、娘の愛梨を溺愛しているとを話した。
真希は高原が消したい記憶について七海に尋ね、その理由を知る。彼女は七海に、「これ以上、記憶屋に近付かん方がいいです。これ以上、遼ちゃんを傷付けたくないんです」と語った。東京に戻った遼一は、高原に車で自宅まで送ってもらう。そこへ真希が現れ、コンビニへ買い物に行っていたと話す。遼一は真希に、もう記憶屋を探すのはやめると告げた。事務所に戻った高原は、真希のキーホルダーが落ちているのを見つけた。ホワイトボードに目をやると、杏子に関する記述が全て消去されていた。七海に電話を掛けた彼は、記憶屋に記憶を消されたことを悟った。
事務所に戻るよう七海に頼んで電話を切った後、高原は頭痛に見舞われて苦悶する。彼は必死にパソコンへ向かい、掲示板に「記憶屋さん今すぐ会いたい」と打ち込んだ。遼一は里香から電話を受け、高原が入院したことを知らされた。遼一が病室へ駆け付けると、高原は手術できない腫瘍があることを打ち明けた。彼は七海が記憶屋に記憶を消されたことを伝え、杏子がプロポーズ直後に事件に遭ったという推測を述べた。自分が許せないほど苦しくて遼一の記憶を消したのではないかというのが、彼の見解だった。
「僕の代わりに真実を確かめてくれないか」と依頼された遼一は、なぜ記憶屋に固執するのかと尋ねた。高原が「娘の記憶から僕を消してほしいと思ってる。娘には新しいパパがいる。僕のことは忘れた方が、これからの娘のためだ。あと、僕が死んだ時、娘に悲しい思いはさせたくない」と説明すると、遼一は「そんなの自分勝手ですよ。俺には記憶を消すことがいいことだとは思いません」と反論する。高原が「だったら探してくれない?記憶屋さんを」と口にすると、遼一は困惑した。病院を訪れた真希は遼一が里香や愛梨と話している様子を目撃し、逃げるように走り去った。
福岡と話した遼一は、掲示板のドクターの正体が彼だと知った。高原は七海に、連続強盗強姦事件の余罪を調べてほしいと頼んだ。遼一は福岡に相談した上で、操の家を訪ねた。すると操に付き添って学校から戻って来た要は、遼一に対して強い警戒心を示した。七海が記憶を消されたことを遼一が話すと、要は「操は関係ないですから」と告げる。遼一は要に、「俺の彼女も記憶を消されたんです」と述べた。要は遼一を連れ出し、公園まで操を尾行したこと、記憶屋は若い女性だったことを明かした。高原は真希が病室に来ると、「記憶屋さんなんでしょ?」と質問する。真希が「はい」と認めると、高原は娘のために記憶を消してほしいと依頼した。一方、事務所を訪れた遼一は、七海から連続強盗強姦事件の余罪リストを見せられる。リストに目を通した彼は、そこに杏子の名前を見つけた…。

監督は平川雄一朗、原作は織守きょうや「記憶屋」(角川ホラー文庫刊)、脚本は鹿目けい子&平川雄一朗、製作は大角正&堀内大示&有馬一昭&藤島ジュリーK.&宮崎伸夫&田中祐介&井田寛&牧田英之、エグゼクティブプロデューサーは吉田繁暁、企画・プロデューサーは石塚慶生&内山雅博、プロデューサーは西麻美&市山竜次、撮影は小松高志、美術は平井亘、照明は蒔苗友一郎、録音は豊田真一、編集は山口牧子、音楽は見優、主題歌『時代』は中島みゆき。
出演は山田涼介、芳根京子、佐々木蔵之介、泉里香、櫻井淳子、戸田菜穂、ブラザートム、杉本哲太、蓮佛美沙子、田中泯、佐々木すみ江、濱田龍臣、佐生雪、須藤理彩、稲垣来泉、中川望、苑美、若林秀敏、平莉枝、東武志、藤原未来、澤口夏奈子、山野海、安山夢子、平川勝、森川翔太、柳沢有毅、畠中正文、勝倉けいこ、久田幸宏、中澤薫、福澤重文、兼安愛海、ついひじ杏奈、中川逸星ら。


第22回日本ホラー小説大賞読者賞を受賞した織守きょうやの小説『記憶屋』を基にした作品。
監督は『僕だけがいない街』『春待つ僕ら』の平川雄一朗。
脚本は『パーフェクトワールド 君といる奇跡』『ダウト〜嘘つきオトコは誰?〜』の鹿目けい子と平川監督による共同。
遼一を山田涼介、真希を芳根京子、高原を佐々木蔵之介、七海を泉里香、朝子を櫻井淳子、里香を戸田菜穂、外山をブラザートム、杏子を蓮佛美沙子、慎一を田中泯、アイ子を佐々木すみ江、要を濱田龍臣、操を佐生雪、希美を須藤理彩が演じている。

遼一や真希は広島県の出身で、互いに話す時は広島弁が出る設定だ。でも、この設定って、まるで意味が無いんだよね。「地方出身者」という設定だけでも充分だし、何なら地方出身者の設定さえ無くても成立する。
わざわざ広島弁を喋らせているぐらいだから、「広島出身」という部分に重要性があるのかと思ったら、何も無いのよ。「幼少期に誘拐事件がありまして」ってのは、広島であることとは何の関係も無いし。
山田涼介や芳根京子が広島県出身ということでもないので、ホントに意味不明だわ。
慎一が「広島は戦争で酷い目に遭った」と言うけど、それと今回の一件を関連付けようとするのは無理がありまくりだし。

冒頭、ドクターの書き込みを見た遼一が質問すると、すぐにドクターが返事を書く。また遼一が書き込むと、すぐにドクターが書き込む。それに反応して、すぐにfallが書き込む。まるでチャットのように、立て続けにやり取りが行われている。
どんだけ賑わっているんだよ、その掲示板。
たぶん、「たまたまドクターが書き込んだ直後に遼一が質問したので、すぐにドクターが対応できた」ってことなんだろうとは思うよ。でも掲示板を使う様子の見せ方として、違和感を覚えるのは事実だぞ。
しかも後半、ドクターの正体である福岡が「遼一くんもやってるんだ、チャット」と話すシーンがあるんだよね。
いやチャットじゃねえだろ、掲示板への書き込みだろ。

遼一が母から杏子について訊かれて誤魔化すシーンは、BGMも含めてユーモラスな演出になっている。これだと、実際に別れたかどうかはともかく、深刻な問題が絡んでいるなんて誰も思わないだろう。
しかし実際のところ、ものすごくシリアスで重厚な問題が絡んでおり、ユーモラスさなんて微塵も入る余地が無いのだ。
なので、その演出は間違っていると断言できる。仮にミスリードを狙っていたとしても、「そういう手口は違う」と言い切れる。
そこは絶対に、「遼一は深刻な悩みを抱えている」と明確に感じさせるべきだ。

もっと言っちゃうと、この作品でユーモラスな雰囲気の介入できる箇所なんて皆無だぞ。
外山は遼一に挨拶に来るシーンもユーモラスに演出しているけど、どういうつもりなのかと問い詰めたくなるぞ。
粗筋にも書いたように、杏子はプロポーズされた直後に強姦されている。それなのに彼女が記憶を失ったことに関わるシーンをユーモラスな雰囲気で描いているので、真相が明らかになった時に「あの演出は何だったんだよ」と呆れるし、怒りさえ覚える。
同じような理由で、遼一と高原が慎一に会うため広島へ行くと決めるシーンのユーモラスなテイストも「舐めてんのか」と言いたくなるわ。

遼一が家を出ると、すぐに幼少期の回想が入る。少し経つと、今度は駅で杏子と揉めた時の回想が入る。そうやって頻繁に異なる類の回想を入れる構成は、無駄に話をゴチャゴチャさせて観客を入り込みにくくしている。
講演会から操のターンを挟んで再び講演会に戻るが、この構成もムダにややこしくしているだけ。変に凝った構成にして、それが生んでいるメリットが何も無い。
遼一が真希を高原に紹介した後に回想を入れ、遼一がカフェを訪れた時にはプロポーズの回想を入れるが、これも要らんよ。どこかのタイミングで回想を入れるのはいいとして、小刻みに挿入するやり方は完全に失敗だ。
遼一が真希に「杏子が記憶屋に記憶を消された」と話すトコで再び駅の回想が入るけど、じゃあ二度手間じゃねえか。先にやったのなら、そこは回想は要らないでしょ。どっちか片方でいいでしょ。

学校に着いた遼一は高原智秋の講演会のポスターに目をやるが、高原が何者なのか分からない。
「いま、法曹に求められるもの」と講演会のタイトルが書いてあるので法曹界の人間なんだろうとは予想できるが、講演会に遼一が行く理由は全く分からない。何かしらの理由で関心を抱いたのかと思ったら、最初は全く聞かずにスマホばかり眺めているし。
だったら行く意味は何なのか。学生全員が強制出席ってことでもないだろうに。そこまでの人数が集まっているようには見えないし。
どうやら「法学部だから」ってことらしいけど、もっと強い動機を用意した方がいいぞ。例えば友人から言われて一緒に行くとか、そういうことでもいいし。

「記憶を消さなきゃ生きていけんほど、辛いことがあったらどうするん?」「当事者じゃなきゃホントの辛さは分からんよ」という真希の言葉があるが、それを聞いても遼一は全く気持ちが揺れない。
でも、それが彼の心に全く刺さらないのは変だろ。彼は真希が誘拐される時に助けられなかったこと、今も気にしているんでしょ。だったら、「きっと彼女が事件で受けた辛い記憶があるはず」と、そういうトコにまで意識は向けられて当然じゃないのか。
で、そこから「だから彼女は記憶屋に辛い記憶を消されたのだろう」というトコまで、なぜ想像できないのか。
慎一に告白した後に改めて真希の言葉を思い出し、ようやく「記憶を取り戻さなくてもいいのでは」と考えるようになるが、タイミングとして遅いのよ。

遼一は慎一を訪ねた時、花火大会に付いて来る真希を疎ましく感じて置いていったと告白する。
でも、それは本人の問題であって、真希が記憶を忘れたこととは無関係だよね。
本人が「真希を置き去りにしたことは忘れちゃいけない」と思っているのなら、その罪は死ぬまで背負って生きて行けばいい。
っていうか、幾ら慎一が忘れるよう説いても、背負うべきだよ。それぐらい、どれだけ後悔しても足りないような行為だからね。
真希や慎一は許してくれるかもしれないけど、遼一は忘れちゃダメだわ。

後半に入り、遼一が高原から杏子が記憶を消した理由に関する見解を聞かされるシーンがある。遼一は激しい憤りを吐露し、高原は彼の質問を受けて記憶屋にこだわる理由を話す。
この辺りは、もちろん話している内容が深刻なので、そういう雰囲気で演出されている。
だが、そこへ福岡が来ると、遼一は高原に脇をくすぐられて「いやん」と声を漏らす。
ここで急にユーモラスな表現が入るが、正気の沙汰とは思えんよ。
それは緊張に対する緩和として的確に使われているモノでなく、ただの場違いな緩和だ。

遼一は操を訪ね、「記憶屋に記憶を消されたんでしょ」と言う。でも本人が記憶屋に記憶を消されているのだとしたら、それを覚えているはずがないでしょ。だから、その質問は馬鹿げている。
そして単に馬鹿げているだけでなく、そうやって彼女に質問を繰り返す行為が、傷付けることに繋がる恐れもある。
辛い記憶を抹消してもらっていたのに、遼一が記憶屋に関する話をすることで、操が関心を抱いて真実を知ろうとするかもしれない。その結果として、もしも彼女が真相に辿り着いてしまったら、間違いなく深い心の傷を負うことになる。
その時、遼一は責任を取れるのか。絶対に取れないでしょ。
彼の行為は、操のことを全く考えていない。遼一は高原を自分勝手だと責めていたけど、彼の方が遥かに自分勝手なのよ。

遼一は高原が死んだ後、彼が残した手紙を読む。そこには、「罪を許すことも大切だ」と書かれている。真希から「遼一を好きだったから、杏子から遼一の記憶まで消した」と告白された時、遼一は高原の手紙の文面を思い出して彼女を許す。
これは流れとして、何の問題も無い。
ただ、まだ遼一が手紙を読んだ時点では、真希の告白する内容を知らない。
なので「罪を許すことも大切だ」という言葉は、「杏子を強姦した犯人を許すべき」と諭しているようにも思えるのよね。

でも杏子を強姦した犯人への怒りや憎しみは、そう簡単には消えないんじゃないかと。その犯人の罪も許せるのか。
なぜか遼一は最初から何の怒りも見せていないけど、自分に置き換えたら、そう簡単じゃないと思うぞ。ってか絶対に無理だわ。
なので高原の手紙は、もちろん「真希を許してあげて」って意味なんだろうけど、ものすごくモヤモヤしたモノを残す結果になってるんだよねえ。
あと、そもそも日本ホラー小説大賞読者賞を受賞した小説を、感動の物語として映画化しようと目論んでいる時点で違うんじゃないかと思うぞ。

(観賞日:2021年11月12日)

 

*ポンコツ映画愛護協会