『劇場版「きのう何食べた?」』:2021、日本

シロさんはケンジに、誕生日プレゼントとして京都旅行に行かないかと誘った。ケンジは大喜びし、支度を始めた。シロさんは京都に着くと、ケンジが食べたがっていたカレーうどんの店へ連れて行き、好きな2時間サスペンスで有名なロケ地へ案内した。ずっと楽しい気分でいたケンジだが、シロさんが通り掛かった女性に自分たちの写真撮影をお願いしたことで疑念を抱き始めた。夜になり、ますます怪しいと感じたケンジは、シロさんが重病で死ぬのではないかと不安になった。
ケンジが問い詰めるとシロさんは病気を否定し、お詫びの意味で旅行に連れてきたことを明かした。シロさんが正月にケンジを連れて帰省した時、久栄と悟朗は喜んでいた。しかし久栄は気持ちが受け付けず、2人が帰った後で寝込んでしまった。そのため、シロさんは両親から、正月に実家へ来ないでほしいと頼まれたのだ。勝手な都合でケンジを振り回すことになり、シロさんは申し訳ないと感じていた。しかし話を聞いたケンジは、「気にしなくていい」と笑い飛ばした。
修はシロさんと美江と志乃に、「殺人事件を担当することになった」と困り果てた様子で告げた。彼は駄菓子を万引きしたホームレス老人を弁護するはずだったが、その老人がホームレス同士の喧嘩にも関与していたのだ。殺人事件となれば裁判員裁判なので、シロさんは顔をしかめる。修から手助けを頼まれたシロさんは、即座に断った。しかし修が泣き付いたので、仕方なく引き受けることにした。シロさんは修と共に、老人の面会に赴いた。
三宅はレイコから冷たくされる姿をケンジに見られ、「高い買い物がバレただけで今回は浮気じゃない」と説明した。新入りの田渕剛は「浮気したんですか。ヒリヒリする」と大声で言い、楽しそうな様子を見せた。彼にはみっこという同棲相手がいて、「家事はしない約束で付き合ってる。ブスで30過ぎのババアです」と告げる。そこへ客としてみっこが現れ、カフェを開く夢について語る。すると田渕は絶対に無理だと断言し、「30過ぎて夢とか、お花畑の発言、引くって」と鼻で笑った。
仕事が終わった後で居酒屋に出掛けたケンジは三宅から促され、田渕に「人と話す時、もうちょっと気を遣ってもらえないかな」と穏やかに注意する。しかし田渕は全く悪びれず、思ったことを口に出す性格なのだと告げる。みっこへの発言にケンジが苦言を呈すると、田渕は「客はともかく、ミッコですよ。一番近い人間に思ってること言わないで、じゃあ誰と本音で付き合うんですか」と疑問を呈した。すると三宅は、名言だと言って感心した。
翌朝、シロさんは美江から貰ったリンゴを使い、ケンジの好きなキャラメル煮を作ってトーストに乗せた。するとケンジがハーゲンダッツのバニラとシナモンをトッピングして美味しそうに食べるので、シロさんも真似をした。シロさんは小日向から「冷蔵庫が壊れたので生物や野菜を貰ってほしい」と連絡を受け、家へ来てもらうことにした。彼はケンジに気を遣い、ジルベールも呼んだ。分量が多くて冷蔵庫に入り切らないので、シロさんは佳代子を呼んで一部は調理してもらうことにした。
佳代子はローストビーフとアクアパッツァを作り、娘のミチルが妊娠して結婚することを話した。孫の誕生を喜ぶ佳代子に、ジルベールは不快感を示した。ケンジが仕事を終えて帰宅し、シロさんたちは4人で夕食を囲んだ。ジルベールはシロさんが両親と揉めたことを悟り、ここでも家族に対する嫌悪感を剥き出しにした。小日向とジルベールが帰った後、シロさんは両親の件で本当は傷付いているんじゃないかとケンジに問い掛けた。ケンジが酷いと思っていることを告白すると、シロさんは怒っていいんだと告げる。するとケンジは、シロさんの妻でもないのに怒れないと語った。さらに彼は、関係が壊れるのが怖いのだと明かした。
仕事納めの日、シロさんは正月を2人で過ごすために実家へは帰らないとケンジに話す。心配するケンジに、シロさんは両親と話したことを告げた。彼は両親を訪ね、いかに母の言葉が酷かったかを指摘した。彼は両親に、「ケンジは連れて来ないが、自分も正月は帰らない」と告げていた。シロさんとケンジはおせち料理の食材を購入するため、スーパー中村屋へ出掛けた。店員は2人に気付き、かまぼこが半額になっていることを教えた。シロさんとケンジはおせち料理を用意し、正月を迎えた。
2月。ケンジは田渕から頭髪が薄くなっていることを指摘され、激しく動揺した。彼は母からの電話で、生活保護を受けていた父の死去を知らされた。ケンジは遺骨を引き取るため、シロさんに事情を説明して帰郷した。彼は実家で母のミネコと会い、2人の姉にシロさんの写真を見せた。ミネコはケンジに、家に戻って美容室を継がないかと持ち掛けた。ケンジが「一緒に住んでる人がいるから」と告げると、彼女は「その人、ずっとアンタのそばにいてくれる?」と口にした。
ケンジがマンションに戻ると、シロさんは油淋鶏を作ろうと言い出した。ケンジが「揚げ物はちょっと。サッパリした物がいい」と言うと、シロさんはメニューをブリ大根に変更した。ケンジは美味しいと言って喜ぶが、完食せずに残した。マンションは来月が更新の時期で、そのための書類が届いていた。それを思い出したシロさんが「今のまま更新手続きしてもいいよな」と軽く言うと、ケンジは少し迷う様子を見せて言葉に詰まった。シロさんが意思を確認すると、彼は慌てて「いいよ」と答えた…。

監督は中江和仁、原作は よしながふみ『きのう何食べた?』(講談社「モーニング」連載中)、脚本は安達奈緒子、製作は和田佳恵&勝股英夫&松岡宏泰&武田京市&永田勝美&澤井伸之&東口幸司&松本智&白井龍至&細野義朗&古賀俊輔、チーフプロデューサーは阿部真士、プロデューサーは佐藤敦&瀬戸麻理子&齋藤大輔、企画監修は神田祐介、アソシエイトプロデューサーは江川智、撮影は柴崎幸三、照明は赤羽剛、美術は井上心平、録音は齋藤泰陽、編集は鈴木真一、フードスタイリストは山崎慎也、音楽は澤田かおり、主題歌『大好物』はスピッツ。
出演は西島秀俊、内野聖陽、山本耕史、磯村勇斗、梶芽衣子、鷲尾真知子、田山涼成、田中美佐子、マキタスポーツ、高泉淳子、松村北斗(SixTONES)、チャンカワイ、中村ゆりか、奥貫薫、唯野未歩子、矢柴俊博、真凛、松山愛里、椿弓里奈、我妻三輪子、戸田昌宏、明星真由美、金谷真由美、安代千香子、名和康子、樋浦勉、山本志づ世、高島彩冬、兼尾洋泰ら。


よしながふみの漫画『きのう何食べた?』を基にしたTVドラマの劇場版。
監督の中江和仁、脚本の安達奈緒子は、いずれもTVシリーズからの続投。
シロさん役の西島秀俊、ケンジ役の内野聖陽、小日向役の山本耕史、ジルベール役の磯村勇斗、久栄役の梶芽衣子、峰子役の鷲尾真知子、悟朗役の田山涼成、佳代子役の田中美佐子、三宅役のマキタスポーツ、上町美江役の高泉淳子、上町修役のチャンカワイ、小山志乃役の中村ゆりか、三宅レイコ役の奥貫薫らは、TVシリーズのレギュラー。スーパー中村屋のオバちゃん役の唯野未歩子は、TVシリーズの準レギュラー。
他に、田渕を松村北斗(SixTONES)、みっこを我妻三輪子が演じている。

2010年代以降、TVドラマの劇場版が安易に製作されることが一気に増加したような印象がある。
オリジナルの映画を作るよりもドラマのファンが付いている劇場版の方が確実に観客動員が見込めるとか、TVシリーズで続編を作るよりも劇場版の方が大きく稼げるとか、まあ色々と理由はあるんだろう。
そんな劇場版の中には、「TVドラマのスペシャル版として放送すれば充分だろ」と感じる作品も少なくない。
この映画も、そんな作品群の中に含まれる。「大きなスクリーンで鑑賞した方が面白い」と思えるような作品でもない。

TVドラマを映画化する際、以前なら「映画としての意味」を持たせるために何か工夫を凝らすのが当たり前だった。
例えば特別ゲストを出演させるとか、海外ロケでスケール感を出すとか、派手なアクションや豪華セットを用意するとか。
しかし「安易な劇場版」の多くは、「TVドラマ版と何も変わらない」という内容に仕上げている。
それは、TVドラマのファンが「TVドラマと何も変わらないこと」を求めているからだ。映画ならではの特別な趣向は、TVドラマの雰囲気や内容を求めている人からすると邪魔になるのだ。

この作品のTVドラマ版はテレビ東京が得意とする深夜の「飯テロ」系の作品であり、食事を作ったり食べたりするシーンに時間を割いて丁寧に描いている。
この劇場版でも、もちろん同じような演出になっている。つまり映画であろうとも、「飯テロ」としての方向性は全くブレていないわけだ。
良くも悪くも、TVドラマ版と何も変化は無い。それをTVドラマのファンが求めて、それに製作サイドが応えたというわけだ。
だから正解っちゃあ正解なのだが、だからこそ「TVドラマのスペシャル版として放送すれば充分だろ」という答えに帰結してしまう。

田渕という新キャラが登場するが、彼が全体を通してストーリー展開の軸になっているわけではない。登場シーンでは存在をアピールしているが、しばらくは完全に消える。2月に入って再登場するが、ケンジの頭髪の薄さを指摘するだけで、また消えている。
田渕の言葉に三宅は「名言だ」と感心しているけど、ちっとも名言じゃないだろ。ただのデリカシーに欠ける奴でしかないぞ。
後半に入ると、「みっこが二股を掛けていて、自分のために何もしてくれない田渕に別れを告げる」というエピソードがあるけど、これも全く要らないし。
別れを告げられた田渕の対応を「フォーム」の面々は絶賛するけど、「そもそも恋人のために何もしていなかった」という問題があるからね。なので、あっさりと別れを受け入れただけで称賛されるのは、どうにも納得しかねるわ。

シロさんとケンジがおせち料理を用意して正月を迎えると、新年の挨拶をするだけで2月に切り替わる。
だけど、正月の描写の淡白さは大いに引っ掛かるし、構成としては正月で物語を終わらせた方が綺麗に収まるんだよね。
なので、1時間半枠のTVスペシャルとして製作し、正月パートを本作品より少し厚く取るような構成にすれば良かったんじゃないかと。
正月パートを淡白に切り上げて2月に入った時に、「無理して2時間の尺に引き伸ばしている」と感じてしまうのよ。

マンションの更新に関して、ケンジは少し返答に詰まる。もちろん、それは母から店を継がないかと提案されたことを気にしているからだ。
だが、そこから「ケンジが店の件で悩む」という話が続くわけではない。
そもそもケンジは、店を継ぐ件に関して全く悩んでいないのだ。継ぐ気など無くて、すぐに断ったことが後から明らかにされる。
だから「更新の件で返答に詰まるシーンは本当に必要なのか」と思ってしまうが、ケンジと田渕が歩く姿を目撃したシロさんが浮気を疑う展開に入り、そこで「更新の件で返答に詰まったのは、それが関係しているのでは」と悩む手順へ繋げている。

ただ、「だから意味はある」と言いたいところだが、そうでもない。そもそも「浮気疑惑」というネタをやるなら、もう少し早い段階から始めた方がいいと思うが、それはひとまず置いておくとしよう。
で、そこから浮気疑惑で話を進めていくのかと思いきや、ケンジを尾行したシロさんが病院に入るのを目撃し、「重病なのでは」と心配する展開に移るのだ。
これにより、「浮気の疑惑にシロさんが慌てる」という要素は完全に吹き飛んでしまう。
これは構成として、どう考えても上手くない。

あと、浮気疑惑を全く使わないのなら、ますます田渕って要らないでしょ。
田渕というキャラを上手く取り込めておらず、「TVドラマ版のレギュラーだけで話を作った方がスッキリするでしょ」と感じる。
そして新キャラを上手く使いこなせていないので、ますます「だから、やっぱりTVドラマのスペシャル版でいいでしょ」と感じる。
人気アイドルグループのメンバーを起用して訴求力に期待した部分もあるとは思うけど、ホントに客寄せパンダでしかないんだよな、この扱いだと。

シロさんはケンジと田渕が歩く姿を目撃する直前、「買い物が出来ないとストレスが溜まる」とモノローグを語る。
そしてケンジと田渕を目撃すると、「何をはにかみ合ってるんだ、あの2人は」「いや、どう考えても同僚だろ。何をうろたえてるんだ、俺は」とモノローグを語る。
そして弁護士事務所でも、「何を考えてるんだ、俺は。バカバカしい」とモノローグを語る。
やたらと自分の気持ちを言葉で説明しているが、その多くは表情や反応を見ているだけで伝わる。
なので、わざわざモノローグで説明する必要は無い。

ただ、そういう演出が不細工なのは確かだが、それでも「やたらと心情をモノローグで説明する」ってのを徹底していれば、それはそれで「そういう作風」として受け入れられたかもしれない。『孤独のグルメ』っぽいテイストとして、好意的に解釈できたかもしれない。
まあ簡単ではないけど、そういう可能性も無くはないってことだ。
ところが大半のシーンでは、シロさんの心情をモノローグで説明しないのだ。
だから、そうやって饒舌に心の声を語るシーンが訪れた時に、いびつな形で余計に悪目立ちしてしまうのだ。

(観賞日:2023年2月19日)

 

*ポンコツ映画愛護協会