『きな子〜見習い警察犬の物語〜』:2010、日本

香川県丸亀市。紫雲出山公園へ遠足に来ていた小学生4人が行方不明になり、警察犬訓練士の望月遼一や番場晴二郎たちが出動した。3人は見つかったが、最後の女子1名が見つからない。大雨が降り注ぐ中、遼一は相棒のエルフと共に女の子を捜索する。番場は「ここから先は応援を待った方がいい。雨で犬の鼻も効かんようになってる」と言うが、遼一は「女の子は、この近くにおる。エルフが言うとる」と捜索を止めない。そして彼はエルフと共に、女の子を発見した。このニュースを報じたテレビ番組を見ていた遼一の娘・杏子は父に強い憧れを抱き、大きくなったら自分も警察犬訓練士になりたいと夢見た。
成長した杏子は父と親しかった警察署長・桜庭崇に紹介してもらい、番場の警察犬訓練所に入所した。訓練所では番場と妻の詩子、息子の圭太と娘の新奈、訓練士の田代渉たちが生活している。番場の訓練所では、今まで入所した見習い訓練士が全て独立前に辞めており、渉が独立すれば第一号となる。入所早々、杏子はエルフと同じ黄粉色の子犬と出会った。彼女は圭太と新奈に、「この子も警察犬になるん?」と尋ねた。すると「無理やろな。元気ないやろ。獣医さんも厳しい訓練には耐えられんやろうって言うとった。引き取ってくれるとこも、なかなか見つからへん」という言葉が返って来た。
杏子は子犬に元気になってもらうため、何とか餌を食べてもらおうとする。だが、番場は獣医の診察を受け、最悪の事態を覚悟した。杏子は子犬を優しく抱き寄せ、「元気になって一緒に遊ぼうな」と声を掛ける。すると翌朝、子犬は元気に餌を食べた。杏子は喜ぶが、番場の「これで貰い手が見つかるかもしれんの」という言葉にショックを受ける。「ウチに置いとけるのは、警察犬にする犬だけやけんの」と番場が言うので、杏子は「なら警察犬にすれば?」と持ち掛ける。圭太が「誰がやるんや」と言うので、杏子は「私が警察犬にします」と力強く告げる。圭太は「警察犬は素質が大事なんやで」と忠告するが、番場は杏子が子犬を育てることを認めた。
杏子は子犬に「きな子」と名付け、面倒を見るようになった。彼女はきな子を故郷へ連れて行き、死んだ父が訓練所を開いていた広場で遊ばせた。なかなか番場が訓練を始めさせてくれないので、杏子は「いつになったら訓練させてくれるんですか」と訊く。すると番場は「そんな暇ないやろ。働け。やりたかったら勝手にやったらどうですか」と冷たく告げる。杏子は渉の助言を受け、早起きして仕事を片付けることで時間を作り、一人で訓練をすることにした。だが、きな子は全く杏子の言うことを聞いてくれなかった。
2年目の春、訓練所にやって来た桜庭は、杏子ときな子の様子を見学した。だが、きな子は相変わらず、杏子と遊んでいるだけだった。警察から出動要請があったため、番場と渉は老人の捜索に出動する。渉が訓練所に戻ると、詩子は母親から電話があったことを伝えた。渉の独立が迫って来たので、番場は祝い金を用意する。しかし翌朝、渉は「お世話になりました」という置き手紙を残して訓練所から姿を消した。それを知って驚く杏子の前で、詩子は「実家のうどん屋を継ごうって決めたんちゃうかな。去年の冬頃、お父さんの具合が悪くなって、しばらく休むのは聞いとったんや」と口にした。
杏子は詩子から、渉が残していった訓練計画のノートを渡され、「杏子ちゃんが持っとき」と告げられる。ノートには、きな子のことも詳細に記されていた。そして最後のページには、「俺は別の道で一からやることにした。望月よかったら使ってくれ」というメッセージが書かれていた。訓練に励む杏子は、番場から「渉が出るはずやった今度の訓練発表会、代わりにお前が出ろ」と告げられた。
訓練発表会の当日、杏子は訓練の成果を見せようと意気込んだ。だが、きな子はジャンプに失敗して顔面から転落し、杏子も転倒して鼻血を出してしまう。その様子は、地元テレビ局の番組で取り上げられた。杏子はきな子に「アンタのせいで大恥かいた。試験まで2ヶ月で。しっかりしてや」と愚痴をこぼす。すると、それを耳にした番場は「お前、ダメやったんは、きな子のせいや思とんのか」と鋭く言う。彼は杏子にきな子とは別の犬を渡し、障害をジャンプさせるよう促す。すると別の犬でも失敗した。
番場に「未熟なんは、お前やないんか。そんな奴に、きな子が任させられるか」と叱責され、杏子は落ち込んだ。だが、きな子に励まされ、「きな子は私の担当犬です。2ヶ月後の試験、絶対に合格させてみせます」と言い切った。一方、番組を放送した地元テレビ局には、“ずっこけ見習い犬”きな子を応援する視聴者から多くのメッセージが寄せられる。これを受け、報道局長はきな子の密着リポートのシリーズ開始を決定した。
渉はうどん屋を継いで営業していたが、味が落ちたという理由で客足は遠のいていた。そんな中、番場が店を訪れ、うどんを注文した。食事を終えた番場は独立祝いの金をテーブルに置き、「今度はもっと美味いもん食わせろよ」と渉にエールを送った。一方、杏子は警察犬の試験会に向け、きな子に厳しい態度で練習をさせる。しかし試験会当日、きな子は臭気選別作業に4回連続で失敗してしまった。
試験に落ちた直後、杏子はきな子に「あんなに練習したのに、なんで出来んの。なんでエルフみたいに分かってくれんの」と苛立ちをぶつけた。その様子を目にした番場は、「エルフが最初から立派な警察犬やったとでも思うとるんか」と怒鳴る。その時、きな子が急に倒れ込んでしまう。杏子は番場から今朝のきな子の状態を問われるが、彼女は試験のことで頭が一杯で、何も覚えていなかった。
番場は「犬は、ここが痛い、あそこが悪いと言えんのや。気付いてやらないかん。それが俺らの仕事やろ」と杏子を叱責し、きな子を病院へ連れて行く。きな子は厳しい練習を重ねたせいで、ストレスが溜まっていたのだった。試験は不合格だったきな子だが、その人気は一向に衰えず、各種イベントに引っ張りだこだった。杏子はイベントに参加する内、きな子は厳しい訓練をさせるよりも、地元の人々から愛されて暮らした方が幸せではないかと考えるようになる。彼女は訓練所を辞め、きな子と別れて実家へ戻った…。

監督は小林義則、脚本は浜田秀哉&俵喜都、製作委員会代表は野田助嗣&大西豊&辻幹男&久松猛朗&服部洋&宮路敬久&野嵜民夫&町田智子&吉田実&喜多埜裕明&竹田富美則、製作総指揮は秋元一孝、プロデューサーは伊藤仁吾&竹内一成、協力プロデューサーは石塚慶生&井口喜一、プロデューサー補は椛澤節子、ドッグトレーナーは宮忠臣、撮影は葛西誉仁、照明は蒔苗友一郎、録音は芦原邦雄、美術は瀬下幸治、編集は阿部亙英、VFXスーパーバイザーは道木伸隆、脚本協力は大口幸子、音楽は服部隆之、音楽プロデューサーは竹中恵子。
主題歌 Metis「only one〜逢いたくて〜」作詞・作曲:Metis。
出演は夏帆、寺脇康文、戸田菜穂、山本裕典、平田満、浅田美代子、遠藤憲一、広田亮平、大野百花、宮武祭、板東英二、原史奈、有福正志、日野陽仁、竹嶋康成、蛭子能収、丸岡奨詞、重松収、松田亜美、大林祐、吉原誠治、多賀公人、小坂知里、岡薫、寺瀬今日子、麻生智久、豊嶋真千子、龍谷修武、井上富美子、砥出恵太、村上京、宮崎寛務、津村マリ、高橋亮太、竹内春花、市川大真、岡栄成、福本誠、徳永徹、今川百合、川西こずえ他。


瀬戸内海放送のテレビ番組で紹介されたことがきっかけで人気者となったラブラドール・リトリーバー“きな子”の実話を基にした作品。
監督は『アンフェア the movie』『SS エスエス』の小林義則。
杏子を夏帆、番場を寺脇康文、詩子を戸田菜穂、渉を山本裕典、桜庭を平田満、園子を浅田美代子、遼一を遠藤憲一、圭太を広田亮平、新奈を大野百花、幼少時代の杏子を宮武祭、地元テレビ局の報道局長を板東英二、地元テレビ局のリポーターを原史奈が演じている。

杏子の幼少時代から物語を開始し、父親の仕事に憧れて「大人になったら自分もそうなりたい」と夢見たことが描かれる。
このように、主人公の子供時代から始めて、そこで「将来の夢を抱いたきっかけ」を描写し、成長してからのシーンに飛ぶという構成は、セオリー通りっちゃあセオリー通りだ。
ただ、幼少時代から始めた意味を、あまり感じないんだよな。
杏子が訓練所に入所するシーンから開始して、幼少時代のことや自分が訓練士になりたいと思ったきっかけについては、後から台詞でフォローする形にしても(回想シーンを含んでもいいし)、それほど印象としては大差が無いんじゃないかと感じる。

幼少時代から開始していることに対する疑念を抱いた理由の一つには、入所翌日のシーンに飛んでから、杏子&関係者のキャラクター紹介や周辺状況の説明に全く時間を割いていないってことがある。
そういう時間帯は全く用意されておらず、どんどん先に話を進めていくのよ。
そこは、もう少し丁寧にやった方がいいんじゃないかと。
いきなり杏子はきな子と出会っているんだけど、それより先に、関係者を紹介する手順があった方がいいんじゃないかと。

本来は杏子&きな子の絆、それぞれの成長物語がメインとして描かれるべきだと思うんだよね。
だけど、余計な所に目移りしたり、手順に問題があったりして、肝心な部分が薄くなっている印象を受ける。
杏子がきな子を見つけるので、可愛がってやるシーンへ行くのかと思いきや、杏子が番場から指示された訓練所の仕事をやるシーンになる。
そこは、先に番場から事を教わるシーンを描いておいて、それを済ませてから、杏子がきな子と出会うシーンに移ればいいだけのことなんじゃないのか。

杏子がきな子を警察犬として育てることを決めると、あっという間に2年目の春がやって来る。で、番場と渉が要請を受けて出動したり、渉が実家へ帰ったりするシーンが描かれる。
杏子&きな子より、渉の方が印象に残るような扱いになってるじゃん。
そこまでに、杏子&きな子について分かることは、きな子の警察犬としてのスキルが全く上がっていないということだけだ。
「スキルは上がっていないけど、杏子との絆は深まっている」というような、ヒロインと犬の交流の描写が充実しているわけでもない。
杏子の成長ドラマにしても、まるで描かれていない。

杏子が渉の残したノートのメッセージを読むシーンは、感動的なシーンとして盛り上がらなきゃいけないはずなんだけど、まるで気持ちが揺り動かされない。
あえて抑制した演出にしているとも思えない。そこまでの杏子と渉の関係描写が薄いし、渉の独立に対する期待感や喜びといったところのアピールも乏しい。
あと、そのメッセージを効果的に使いたいのなら、杏子が自信を失ったり落ち込んだりしていて、それを読んで「やっぱり頑張ろう」と思うきっかけになるような形にすべきだろう。
もちろん彼女はノートを見て訓練を頑張るんだけど、それ以前から普通に頑張っているので、あまり大きな「変化」が見えないんだよね。

試験に落ちた後、杏子がきな子に「私の夢に、勝手に巻き込んでしもうたな」と告げるシーンがあるが、「その通りだよ」と思えてしまう んだよな。
訓練所を辞めると決めた杏子は、番場に「きな子には別の生き方がある。厳しい訓練をさせるよりも、地元の人々から愛されて暮らした方が幸せやないですか」と言うが、ワシもそうだと感じるのよ。
杏子は「警察犬の訓練士になりたい」と思って頑張っていたわけだけど、きな子が「警察犬になりたい」と思っていたかどうかは、まるで分からないんだし。
杏子が訓練所を辞めて実家へ戻った後、きな子と別れた彼女が寂しさを感じるとか、きな子の元気が無くなるとか、そういう描写を入れることによって、「杏子が考え直し、きな子を立派な警察犬に育てるために再び頑張るようになる」という展開へ繋げようとしているけど、そこは納得しかねるものがある。
「杏子ときな子は一緒にいた方が幸せ」ってのと、「杏子がきな子を警察犬に育てるために練習させるべきだ」ってのは、まるで別物だからね。

あと、杏子が再び警察犬の訓練士になるために頑張ろうという気持ちになるのは一向に構わないんだけど、「杏子が警察犬の訓練士を目指す」ってのと「きな子を警察犬にするために頑張る」ってのは、分けて考えるべきでしょ。
杏子が訓練士になりたいのなら、きな子じゃなくて別の犬をパートナーにすればいい。きな子じゃなきゃダメという理由は、何も無いはずだ。
犬にも向き不向きってのがあるわけで、警察犬に向いていないきな子に厳しい努力をさせて、無理に警察犬にする必要なんて無い。
「エルフも不向きだったけど、父親が訓練し、優秀な警察犬になった」ということが語られているけど、だからって、きな子にも同じことを強いることは無い。地元で人気者になっているんだから、「人々に愛される犬」ってことでもいいでしょ。

映画では2度目の試験が始まるところで暗転しているが、きな子は7回目のチャレンジで、ようやく試験に合格したらしい。
やっぱり向いてなかったんだよ。
人間なら「才能が無くても頑張る」というのは本人の努力だけど、犬の場合、本人の意思でやっているわけじゃないからね。人間が勝手な考えで努力を強いているだけだからね。
だから、きな子を警察犬にしようとする行為が、杏子や番場のエゴにしか感じられないのよ。
杏子たちが、きな子の意思をちゃんと汲み取っているようにも見えないし。
そのように見えれば、問題は無かったんだろうけど。

杏子が実家へ戻った後の展開は、かなり萎えるものになっている。
新奈はきな子を連れて杏子の元へ向かう時、山を越えるルートを選ぶ。
新奈が足を滑らせて怪我を負った途端、雷が鳴って大雨が降り出す。
山で土砂崩れが起きたので行方不明者が出た“かもしれない”ということで、番場に出動要請が入る(行方不明者が出たという連絡があったわけではない)。
番場は新奈がいなくなったことに気付き、杏子に電話を入れて「そっちへ行っていないか」と尋ねる。
それらの展開が、下手な御都合主義の連続に感じられる。
「大きなトラブルを杏子ときな子が解決する」というエピソードを用意することで、「再び警察犬試験へ向けて頑張ることになりました」というところへ繋げたい気持ちがあるのは分かるけど、どうにも陳腐さが拭えない。

(観賞日:2012年8月11日)

 

*ポンコツ映画愛護協会