『君の膵臓をたべたい』:2017、日本

桐岡高校で国語教師をしている志賀春樹は、職員室の机に退職願を忍ばせている。学校では図書館が老朽化のために取り壊しが決定し、春樹は教頭から蔵書の整理を担当するよう頼まれる。春樹は司書資格を持っており、在校生の頃に図書委員として膨大な本のラベルを整理した経験があったからだ。彼は「12年も前のことですし」と断ろうとするが、教頭は「手伝いの図書委員もいますから」と言う。仕方なく図書館へ赴いた春樹は、山内桜良の幻影を見て後を追った。
春樹は蔵書の整理をしている図書委員の栗山を発見し、自分が作成した図書分類表を使っていると知る。「これを全部整理したの、先生だったんじゃ?」と問われた春樹は、「ああ、ただ、もう1人、迷惑な助手がいたけど」と口にして当時を回想する。彼は図書館で本を整理している時、クラスメイトの桜良から「君の膵臓を食べたい」という言葉を聞いた。彼女はテレビ番組で「昔の人は悪い場所があると他の動物の同じ部位を食べて病気を治した」という情報を知り、そんなことを言ったのだ。春樹は桜良が重病だと知っていたが、「他人に興味が無いんだよ」と告げて付きまとう彼女と距離を取りたがった。桜良は「他人に興味が無いなんて、勿体無い」と言い、自分が持っている『星の王子さま』を渡して「これでも読んで勉強したまえ」と告げた。
かつて春樹にとっての桜良は、話したことも無い同級生だった。ある日、盲腸の手術を受けた春樹が病院のロビーにいると、1冊の本が近くに落ちてきた。それを拾い上げると「共病文庫」という手書きのタイトルがあり、中を開くと日記になっていた。そこに「あと数年で死んじゃう。膵臓の病気で」という文字を見つけた春樹が動揺していると、桜良が現れて「それ、私の」と笑顔で言う。クラスの人気者である彼女が余命わずかだと知り、春樹は驚いた。
それまでの春樹は、ずっと誰とも関わらないことで自分の領域を守って来た。しかし桜良は図書委員に立候補し、春樹は本の分類を一緒に整理することになった。春樹は「秘密は誰にも言わないから、監視しなくてもいい」と迷惑そうに言うが、桜良は監視の目的など無いことを笑顔で告げる。「残り少ない人生を、こんなことに使っていいの?」と春樹が告げると、彼女は「どうしてもやりたいことを考えろと言うなら、君に私の残り少ない人生の手助けをさせてあげます」と述べた。彼女は「日曜11時に駅前集合」と言い、春樹が困惑していると図書館を立ち去った。
春樹が日曜11時に駅前へ行くと、桜良が現れた。春樹が目的を尋ねると、桜良はホルモンを食べたいと言い出した。「真面目に、これからどうするの?」と春樹が訊くと、彼女は「未来っていう意味?私には持ち合わせが無いよ」と告げる。春樹が「そういう冗談言って、僕が困るとは思わないわけ?」と告げると、桜良は「どうかな。でも君以外には言わないよ。だってクラスメイトのこんな秘密を知ったら普通、動揺するし引くでしょ。なのに君は全然平気な顔してるじゃない」と語る。すると春樹は、「それは、一番辛いはずの当人が悲しい顔を見せないのに、他の誰かが代わりに泣いたりするのって御門違いだと思うから」と述べた。
桜良は前から親友の滝本恭子が一緒に来たがっていた『スイーツ・パラダイス』へ春樹を連れて行き、一緒にスイーツを食べる。彼女は親友がいたか、好きな相手がいたかと春樹に問い掛け、答えを避けると大声を出した。春樹は慌てて、好きな子が1人だけいたと明かす。どんな相手なのか問われた彼は、何にでも「さん」を付ける子だったと答えた。「そっちこそ、どうなの?」と彼が問い掛けると、桜良は「こないだまでいたよ。人気者だし友達としては良かったんだけどね」と話した。
次の日、春樹が教室に入ると、クラスメイトが一斉に静まった。彼が桜良と『スイーツ・パラダイス』へ行った情報は広まっており、恭子が「なんで桜良に近付くの?」と詰め寄った。桜良は「そんなんじゃないって」と恭子をなだめ、仲良しだから一緒に行ったのだと話す。生徒たちが騒がしくなる中、委員長の隆弘が「もういいだろ。山内さんはみんなと仲いいわけだし、たまたま会ってお茶しただけだ」と言う。春樹は無言のまま教室を出て行き、すぐに桜良が後を追った。
春樹は屋上へ行き、追い掛けて来た桜良に「お願いだから、これ以上僕を巻き込まないでください」と頼む。彼が「僕なんかと過ごすより、大切な友達と残り少ない人生を過ごすことの方が価値があると思うけど」と言うと、桜良は「あの子、感傷的だから言ったら泣いちゃうもん。そんな時間楽しくないでしょ」と告げる。彼女は微笑みを浮かべ、「君にしか話さないって決めたんだ。君はただ一人、私に普通の時間を与えてくれる人だから」と口にした。
春樹はクラスメイトの宮田一晴から、「志賀、山内桜良と付き合ってんの?」と質問される。初めてクラスメイトから名前で呼ばれたことに驚きつつ、春樹は「付き合ってなんかいないよ」と答えた。桜良が春樹と親しくしていることに、恭子は激しい嫉妬心を抱いた。現在の恭子は仕事中、春樹を見掛けて驚いた。春樹の元には、恭子から結婚式の招待状が届いていた。春樹は出席するかどうかを決めかねて、まだ返事を出していなかった。
春樹は桜良から連休に遠出したいと言われ、死ぬ前に行きたい場所へ付き合うことにした。桜良は行き先を明かさず列車に乗り、親に嘘をついてお泊り旅行に出掛けることを春樹に教えた。春樹が驚いていると、彼女は死ぬまでにやりたいことのリストを見せた。2人は新幹線に乗り換えて博多へ着き、ラーメンとホルモンを食べた。太宰府天満宮に参拝した後、桜良は「死ぬまでに貯金を使い切りたいから」と豪華ホテルに赴く。彼女は春樹に、ホテル側の手違いがあり、グレードアップされたが一緒の部屋になったことを話した。
桜良が「一緒のベッドで寝よう」と誘うと、春樹は「そういうのは恋人とやってよ」と拒んだ。桜良は入浴し、酒を飲んだ。彼女は春樹に「真実か挑戦か」ゲームを持ち掛け、「クラスで一番かわいいと思うのは?」「私は何番目?」などと質問する。さらに彼女は、可愛い所を3つ挙げるか、ベッドまで運ぶか選ぶよう言う。春樹がお姫様抱っこでベッドまで運ぶと、桜良は「私がホントは死ぬのがメチャクチャ怖いって行ったらどうする?」と問い掛けた。
翌朝、桜良はアリバイ作りに利用した恭子と電話で話し、春樹と博多にいることを明かした。驚く恭子に、彼女は「いつかきっと説明する。だから納得できなくても、今は許してほしい」と頼んだ。桜良は春樹に、「恭子のことは君に任せます。恭子はね、強そうに見えて弱い子だし、1人にするのが心配なんだ。だから私が死んだら、恭子をお願いね」と告げた。ホテルを出た彼女は、「私、生きたい。大切な人たちの中で」と呟いた。
春樹は上履きを捨てられる嫌がらせを受けるが、宮田がトイレのゴミ箱にあったのを見つけて持ってきてくれた。図書館へ赴いた彼は、鞄の中に『星の王子さま』が無いことに気付いた。そこへ隆弘が来て、「もし何かあったら言って」と告げた。桜良は図書館に現れず、家へ来るよう求めるメールが春樹に届いた。春樹が赴くと、彼女は両親が出掛けているから呼んだことを話す。桜良は「私を彼女にする気は無いよね?」と確認し、「無いよ」と春樹が答えると「合格。死ぬ前にしたいこと、最後の1つ。恋人じゃない男の子と、いけないことをすること」と抱き付いた。
春樹が緊張していると、桜良は体を離して「冗談だよ」と笑う。春樹は「ふざけんなよ」と押し倒すが、桜良の涙を見ると「ごめん」と詫びて家を出て行く。大雨の中で隆弘が現れ、「どうして桜良は、こんな奴と」と怒りを示す。彼は春樹を殴り、盗んだ『星の王子さま』を投げ付けた。桜良が家から飛び出してきて、「二度と私の周りの人たちに近付かないで」と隆弘を怒鳴った。彼女は春樹を家に連れ帰り、着替えを用意する。春樹が「ごめん、さっきのこと」と謝ると、桜良は「私こそ、ごめん」と告げた。「僕なんかが傍にいていいのかな。僕は偶然、病院で君と出会って、流されてるだけで」と春樹が言うと、彼女は「違うよ。私たちはみんな、自分で選んでここに来たの。私たちは自分の意志で出会ったんだよ」と語った。
後日、春樹は恭子から桜良が盲腸で入院したことを知らされ、疫病神扱いされる。春樹は盲腸ではないと分かっており、病室へ行く。桜良は笑顔を見せ、ただの検査入院なので2週間ほどで退院できると話す。春樹がノートを見せて授業の内容を説明すると、桜良は「君、先生になりなよ。教えるの上手いし」と言う。恭子が来ることをメールで知った彼女は、春樹に「僕と友達になってください」と言う練習をさせる。春樹が「どうせ拒否られるだけだし、帰るよ」と病室を出ると、既に恭子が来ていた。桜良はわざと大声で「この前貸した父さんのジャージとパンツは?」と嘘を言い、春樹を困らせて笑った。
恭子は春樹と学校の屋上で2人になり、「中途半端な気持ちで桜良に近付かないで」と睨んだ。彼女は中学時代に友達がいなかったこと、桜良だけは笑って話し掛けてくれたことを語り、「桜良以外の友達なんて要らない。もしあの子を傷付けたら、絶対に許さない」と告げた。学校では春樹がストーカーだという噂が広まるが、それを聞いた桜良は「なんでそんなことになるか分かってる?みんなと話さないからだよ。もっとみんなと話せばいいのに」と言う。「僕は人に好かれようが嫌われようが、気にしないし」と春樹が話すと、彼女は「例えば私が君をどう思ってるか、気にならないの?」と質問した。
春樹が「仲良しとか?」と告げると、桜良は「教えない」と微笑を浮かべた。彼女は「共病文庫にでも書いておこうかな。私が死んだら、読んでもいいよ」と話し、春樹と指切りした。夜、春樹が家にいると、桜良から電話が入って「病院を抜け出して旅行に行かない?」と誘われる。春樹が「殺人犯になりたくない」と断ると、彼女は「満開の桜が見たかったのに」と言う。春樹が季節が違うことを指摘すると、彼女は「桜は散ってなんかいないの。みんなを驚かせようと隠れてるだけ」と述べた。
春樹は桜良に何かあったと感じ、すぐに病院へ駆け付けた。すると桜良は、入院が延びたことを明かした。彼女は「真実か挑戦か」の一回勝負を持ち掛け、春樹は承諾する。春樹が勝ったので、「君は僕のこと」と口にする。しかし彼は途中で質問を変更し、「君にとって、生きるってどういうこと?」と彼は口にした。すると桜良は、「誰かと心を通わせることかな。自分一人じゃ生きてるって分からない。こうして君として良かった。君がくれる日常が、私にとっての宝物なんだ」と語った…。

監督は月川翔、原作は住野よる『君の膵臓をたべたい』(双葉社刊)、脚本は吉田智子、製作は市川南、共同製作は村田嘉邦&戸塚源久&弓矢政法&山本浩&高橋誠&吉川英作&細野義朗&荒波修&林誠&清水美成、エグゼクティブ・プロデューサーは山内章弘&上田太地、企画・プロデュースは臼井央&春名慶、プロデューサーは神戸明、プロダクション統括は佐藤毅、ラインプロデューサーは阿久根裕行、撮影は柳田裕男、照明は加藤桂史、録音は久野貴司、美術は五辻圭、編集は穗垣順之助、音楽は松谷卓、追加編曲は伊藤ゴロー、音楽プロデューサーは北原京子。
主題歌『himawari』Mr.Children 作詞・作曲:桜井和寿、編曲:Mr.Children。
出演は浜辺美波、北村匠海、小栗旬、北川景子、上地雄輔、大友花恋、矢本悠馬、桜田通、森下大地、小松和重、長野里美、三上紗弥、中田圭祐、広岡由里子、中脇樹人、西牟田恵、藤井宏之、福永朱梨、高嶋琴羽、有馬ゆみこ、青木志穂、池田和樹、伊藤奏恵、梅澤寛容、岡田夏海、神谷咲美、神田朝香、木町元成、清水彩花、城間盛吾、須藤誠、外村泰誠、高橋朋伽、田辺未佳、寺島里香、道仙拓真、中島舞香、西川雄大、西間瑞希、西本銀二郎、船崎良、松井元希、松井友里、馬渕将太ら。


住野よるの同名ベストセラー小説を基にした作品。
監督は『黒崎くんの言いなりになんてならない』『君と100回目の恋』の月川翔。
脚本は『アオハライド』『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』の吉田智子。
桜良を浜辺美波、春樹を北村匠海、12年後の春樹を小栗旬、12年後の恭子を北川景子、12年後の宮田を上地雄輔、恭子を大友花恋、宮田を矢本悠馬、隆弘を桜田通、栗山を森下大地、教頭を小松和重、桜良の母を長野里美、美優を三上紗弥、中田を中田圭祐が演じている。

春樹が共病文庫を拾うシーンは、ものすごく不自然になっている。
何しろ、どこから落ちて来たのかがサッパリ分からないのだ。
もし近くにいた桜良が落としたのだとすれば、春樹が日記を開いて中身を読む前に彼女が近付くはずだ。家族以外には病気のことを内緒にしている状況なんだから、話したこともない同級生に知られるのは出来れば避けたいだろうし。
「2階から落下した」という可能性も考えたが、それだと日記の落ち方が変だし、春樹が座っていた場所に落ちることも距離が遠すぎて考えにくい。

春樹は栗山との会話で「迷惑な助手がいた」と言うと、図書館で桜良と会話を交わした時の出来事を回想する。
だけど、そこは当時の桜良の姿を写すだけで、さっさと病院で初めて話すシーンへ移動した方がいい。
どうせ病院のシーンで春樹は桜良が重病だと知るんだから、その直前に中途半端な形で「春樹は桜良が重病だと知っている」ってのを示す意味が無い。
あと、具体的な病名が無くても展開に支障があるわけじゃないけど、明確にしておいた方がいいことは間違いない。そこを明示しないのは、逃げている、もしくは雑に片付けているという印象が否めない。

12年後のシーンは映画オリジナルの要素らしいが、ここが全く要らない。
ここを付け加えた理由は明らかで、「小栗旬と北川景子を登場させたい」というのが狙いだ。「原作はベストセラーだけど、主演が浜辺美波と北村匠海では観客動員を考えると弱い。だから保険として、もっと知名度の高い小栗旬と北川景子を起用しよう」ってことだ。
気持ちとしては、分からなくもない。
しかし皮肉なことに、小栗旬と北川景子が役者として強すぎて、本来なら浜辺美波と北村匠海が主役のはずなのに、パランスを壊してしまうのだ。

勘違いを招きかねないので補足しておくと、決して映画の中で12年後の春樹と恭子の存在感が回想シーンの2人よりも圧倒的に強いというわけではない。そこに関しては、間違いなく回想劇の2人の方が強い。
だからこそ、12年後の春樹と恭子を演じる役者に小栗旬と北川景子を起用したことが、バランスを壊す結果に繋がっているのだ。
っていうかハッキリ言って、そのシーンって全く要らないんだよね。
最後に「現在のシーン」へ戻って来ても、「なるほど、回想劇にした意味が分かった」という気持ちには全くならない。

日記を拾った春樹は桜良に声を掛けられると、「もうすぐ死んでしまう。そんな重大な秘密をクラス1地味な同級生に知られたのに、彼女はいつもと変わらず笑ってた」というモノローグを語る。
まさに彼の言う通りで、普通に考えれば、そんな秘密を知られても平気で笑っているのは不自然だ。終盤になって「実は焦っていたけど気にしていないフリをした」ってのが明らかになるが、そこで咄嗟に芝居が出来ている時点で不自然だ。
そこにリアリティーは感じないが、これが例えば漫画だったらどうだろう。それほど気にならないはずだ。
原作はネットで発表された小説で、私は未読だが、たぶんライトノベルなんじゃないかと思われる。ってことは漫画に近いと言ってもいいはず。
だから、そこにリアリティーが無くても、ある種のファンタジーとして捉える必要がある。

ただ、その辺りは特に問題もなく受け入れられたが、そこからの流れには引っ掛かった。
モノローグが入った後、カットが切り替わると、春樹が図書館で栗山に「次の日から、僕の日常が変わり始めた」と喋っている様子が写し出される。
つまり、彼は教え子に「こんなことが過去にあった」ってことをベラベラと喋っているのだ。
「迷惑な助手がいた」ってことで桜良を思い出しただけでなく、そのまま図書館に残り、思い出を延々と生徒に語っている設定なのだ。

例えば春樹が栗山と親しい関係で、相談されて助言するという流れなら分からなくもない。栗山が何か悩みを抱えていて、それを聞いた春樹が「自分の高校時代に似ている」と感じて自分の体験を話すってことなら分からなくもない。
しかし、冒頭シーンで充分に表現できているとは言い難いが、春樹は「全く生徒と馴染まずに距離を取っている」という設定だ。栗山についても、どういう生徒なのかってことは詳しく分からないし。
なので、そこで春樹が自身の過去を栗山に語るのは、あまりにも不自然だ。
そこは「漫画だったら問題ない」ということではなく、どういう媒体であろうと不自然だ。

クラスで一番の人気者で可愛い女の子が、クラスで最も地味で冴えない男子に興味を抱き、積極的にアプローチしてくる。
現実感ゼロの設定だが、これも漫画として捉えれば全く気にならない。むしろ少年漫画だったら、ありがちな設定と言ってもいいぐらいだ。
なので、そこは一向に構わないのだが、問題はその先だ。
そういう設定の場合、男子とヒロインの間には恋愛関係が築かれるのが普通だ(ヒロインが未来から来た男子の娘や孫というSF設定も考えられなくはないが)。しかし、この作品では、桜良が春樹に恋愛感情を抱いているわけではないのだ。
「以前から気になっていた」ってのは終盤に明かされるが、それは「恋愛感情」という意味ではない。そこにあるのは、あくまでも「友達」としての接触なのだ。

桜良は恭子が一緒に来たがっていた『スイーツパラダイス』へ、先に春樹を連れて行く。「君、恨まれるかも。女子ってそういうモノなの。親友は恋人同然」と、彼女は悪戯っぽく微笑む。彼女は「君は親友とかいないの?」と質問し、「ホントは僕になんか興味ないくせに」と言われると不機嫌になる。さらに彼女は「彼女は?好きな人くらいいたでしょ?」と言い、やたらと詮索したがる。その子がクラスのイケメンに持って行かれたと聞くと、「人を見る目が無いですね」と口にする。
こんなの、「惚れてまうやろ」と言いたくなる言動でしょ。っていうか、春樹に惚れていなかったら成立しないような言動でしょ。
だけど、そうじゃないんだぜ。

桜良は恋愛感情も無い春樹と一泊旅行に出掛け、同じ部屋に泊まる。風呂に入り、制汗クリームを持って来るよう頼む。そのように誘惑しているとしか思えない行動を取り続けるのに、最後まで「実は恋愛感情が」ってことにならず、なぜか「春樹と恭子を友達にしたい」という気持ちを強く持っている。
ピュアな友情を描きたいのなら、女同士にしておけば良かったのよ。色んなトコでノーマルを避けるための変な捻りを入れていることが、ことごとくマイナスに作用している。
あえてベタを嫌ったのかもしれないが、それは大間違いだ。「クラスで一番の人気者のヒロインが、冴えない男子に付きまとうように」という設定を使う以上、そこはベタを選ぶべきなのだ。
そこを避けることによって、「だったら、なぜヒロインは男子に付きまとうのか」という部分に謎が生じる。そこを納得させるような理由は、映画を見ても全く見えてこない。なので、そこに不自然さが残ってしまう。
桜良のやってることは、酷い言い方かもしれないが、「余命わずかな自分に酔っている」ように思えるのだ。

桜良は「残り少ない人生で春樹の生き方を変えたい、解放したい」という変な使命感に燃えて、自分が良いことをしているという思い込みにハマっているように感じる。
それは余計なお節介であり、春樹が言うように「巻き込んでいる」だけなのだ。
これが「余命わずかなので、ずっと好きだった相手と最後ぐらいは一緒にいたい」ってことなら、自分勝手な陶酔に巻き込むのも許されるだろう。
だけど、そうじゃないんだから、ホントに酷いでしょ。

あと、桜良は「僕なんかと過ごすより、大切な友達と残り少ない人生を過ごすことの方が価値があると思うけど」という春樹の問い掛けに「あの子、感傷的だから言ったら泣いちゃうもん。そんな時間楽しくないでしょ」と言うけど、そこも大いに引っ掛かるんだよね。
恭子が悲しむから病気を明かさないってことなら、それは分かるのよ。でも、彼女が一緒に行きたがっていた店へ春樹を先に連れて行くのは違うでしょ。
それは恭子が楽しいと思えない行動でしょ。何の理由も言わずに春樹と仲良くなることで恭子が嫌がったら、それも彼女にとって楽しくない出来事でしょ。
親友を大切に思っているのなら、なぜ相手が嫌がる行動を平気で繰り返すのかと。

桜良が図書委員になった後、春樹に「もしかしたら明日、突然君が死ぬかもしれないじゃん。事故とかさ。ほら最近、この辺りで通り魔殺人事件とかあるし」と言い、新聞記事を見せるシーンがある。
その記事の大きさも含めて、いきなり「通り魔殺人事件が発生している」という設定が示されるのは、ものすごく違和感が強い。なので「まさか、これって伏線なのか」と思っていたら、その「まさか」だった。
つまり、何の脈絡も無く唐突に通り魔殺人が発生するわけではなく、一応は伏線を回収するという形になっている。
だが、それにしても酷い展開だと感じる。そんな方法を使ってまで、ベタなフラグ回収を拒否して誰が得をするのかと。

そりゃあ、序盤で「病気で余命わずか」と明かされたヒロインが終盤になって病死するのは、恐ろしいほどベタベタな展開だ。
しかし、そんな設定を持ち込んだ時点で、「ヒロインが病死する」ってのは、あらかじめ定められた答えと言ってもいい。
幾ら陳腐になろうとも、そこは絶対に守らなきゃいけない必須条件だと断言してもいい。
そのセオリーを守れないのなら、「ヒロインが病気で余命わずか」という設定なんて最初から使うべきではない。

桜良が通り魔に殺された後、春樹の「残りわずかな余命を彼女が全う出来るものだと思い込んでた。明日、どうなるか分からない。だから今、この一日を、この瞬間を大切にしなきゃいけないって、そう彼女に教わったのに」と語る。
だけど、「じゃあ具体的に、どうすりゃ良かったのか」と言いたくなるぞ。
仮に春樹が「この瞬間を大切にしよう」と強く考えて行動していたとして、それで通り魔による殺人は防げたのか。違うでしょ。
自分ではどうにも出来ない通り魔殺人で桜良が殺されたのに、春樹に「この瞬間を大切にしなかった」という後悔を抱かせても、「こうしておけば良かった」ってトコに繋がらないでしょ。

大人になった春樹は高校時代と同様、他人と距離を取って自分の殻に閉じ篭もっている。
教師になったものの、自分には合わないから辞職しようと考えている。
そうなると、高校時代に桜良が残り少ない人生を捧げて春樹を変えようとした行動は、何の意味も無かったってことになるだろ。
大人になった春樹のパートを用意するなら、「桜良に翻弄されながらも、そのおかげで春樹は変わることが出来た」という形にしておかなきゃダメでしょ。

「大人の春樹は高校時代と変わらず他人と距離を取る根暗な奴のまま」という設定で行くのなら、大人パートをメインに構成すべきだ。
だから大人パートの時間をもっと増やして、何度か挿入する回想パートとリンクさせる。
そして、大人の春樹が発見した日記を読むとか、何かしらのアイテムを見つけるとかで何かを感じ、今までの自分を改めて変わろうとするという展開を用意すべきだ。
つまり、大人パートにおける春樹のキャラ設定と、全体の構成が、まるで合っていないのだ。

(観賞日:2018年11月12日)

 

*ポンコツ映画愛護協会