『きみの瞳(め)が問いかけている』:2020、日本

篠崎塁はネットカフェで寝泊まりしながら、酒屋の配達を手伝って日当を貰っていた。ある日、彼はビルと駐車場の管理人のアルバイトの面接を受け、採用された。面接担当者は前任の老人が夜逃げ同然で消えたことを語り、荷物が残っている管理人室へ案内する。駐車場の奥にある管理人室に入った塁は、仕事を始めた。彼が小型テレビを見ていると、柏木明香里という女性がやって来た。彼女は塁を前任の老人と誤解し、手作りの稲荷寿司や日本酒を差し出した。困惑した塁は、明香里が盲目だと気付いた。
明香里は塁が老人ではないと悟り、慌てて謝罪した。彼女は老人と一緒に見ていたドラマがあることを語り、病気になったのかと尋ねる。詳しい事情を知らない塁は、「そういうわけじゃないみたいだけど」とだけ告げた。明香里は去ろうとするが、雨が激しく降っていたので困った様子を見せた。それを見た塁は「いたいなら、どうぞ」と持ち掛け、明香里は塁の隣で恋愛ドラマを楽しんだ。礼を言って去る時、彼女は「良かったら食べてください」と稲荷寿司を渡し、管理人室の外にある金木犀の鉢植えに水をやるよう促した。塁は稲荷寿司を食べ、金木犀に水をやった。
翌朝、明香里はアパートで朝食を取り、コールセンターの仕事に出掛けた。男性客が怒鳴り散らして電話を切ったので明香里は動揺するが、先輩女性から条件のクレーマーだから気にしないよう言われた。上司の尾崎隆文が両肩に手を置いて助言し、明香里は体を強張らせた。塁は大内キックボクシングジムへ出向き、会長の大内とコーチの原田陣に謝罪した。彼は大内に拾われてマトモな生活をさせてもらったにも関わらず、何も言わずに姿を消していたのだ。原田は温かく歓迎するが、大内は厳しい態度を示す。大内は復帰の意思を確認し、その気が無いと知るとジムから去るよう塁に通告した。
塁は1人の女性に電話して謝罪するが、「謝罪は結構ですから、二度と変わらないでください」と拒絶された。翌日、明香里が駐車場に来たので、塁は稲荷寿司が入っていた容器を返した。塁は明香里から体臭を指摘され、視力以外の感覚が鋭敏になっているのだと言われる。明香里は塁がネズミ年生まれだと聞き、36歳だと誤解した。ドラマを見た明香里が帰る時、塁は清掃員に貰った桃を差し出した。「来週もまた来てもいいですか?」と明香里が訊くと、塁は「はい」と答えた。
帰宅した明香里は、洗面所の床に水が溜まっていることに気付いて焦った。次の日、塁は管理人室で明香里が来るのを待ち受けた。明香里は塁に声を掛け、新しい靴の匂いに気付いたことを告げた。明香里は帰ろうとした時、走って来た車にクラクションを鳴らされた。彼女は停めてある自転車にぶつかって転倒し、塁は駆け寄って声を掛けた。明香里は右足を挫いており、塁はバスで付き添った。バスを降りた明香里が大変そうなので、塁は背負ってアパートまで送り届けた。
明香里は塁に礼を言い、ついでに洗面所を調べてほしいと頼んだ。排水溝にパンティーが詰まっていたことを塁が教えると、明香里は顔を赤くして恥ずかしがった。彼女は礼として、コンサートのチケットを渡した。「貰い物だから。友達でも誘って行って」と彼女は言うが、塁が黙っていると「おじさん、友達いない?じゃあ、一緒に行く?」と持ち掛けた。コンサートの当日、明香里は美容室へ出掛けて髪を整え、メイクを施し、服を選んだ。塁は明香里を迎えに行き、一緒にジャズクラブでコンサートを観賞した。
明香里は行きたい店があると言い、塁を焼き肉屋へ誘った。彼女は両親と良く来ていたことを話し、「一緒にいることが当たり前すぎて、思い出したくても、大切な所が思い出せない」と言う。「駐車場以外の仕事は?」と訊かれた塁は、「お酒の配達の手伝いとか」と答える。明香里が「じゃあ、その前は何してた?」と尋ねると、塁は黙り込んだ。「ひょっとして、バツイチとか」などと明香里が冗談めかして喋っていると、彼は「昔のこと知ってどうすんの」と攻撃的な口調になった。
明香里をアパートまで送り届けた塁は、「名前はマウス篠崎。キックボクシングやってた。年は24歳。昔は結構悪いこともしてた。でも今はそうじゃない。だから昔の話をするのは苦手で。さっきはあんな言い方してしまって」と弁明した。明香里は全く怒っておらず、笑顔で「言いたくない話を聞いてしまってごめんなさい」と告げた。次の日、明香里は尾崎に呼び出され誕生日プレゼントだと小箱を渡される。コンサートのチケットも誕生日プレゼントだったが、今回の小箱の中身はネックレスだった。それを付けてディナーに行かないかと尾崎は誘って来たが、同僚が呼びに来たので明香里は返答せずに去った。
塁は大内と陣から居酒屋に呼ばれ、改めてキックボクサーとしての復帰を誘われた。陣は地下格闘技のリングで塁を見た時のことを語り、「表舞台でチャンピオンになるべき奴だと思った」と言う。塁は3年5ヶ月の懲役刑で刑務所に入っていたことを明かし、経緯を説明した。彼はジムに拾ってもらってからも、呼ばれたら地下格闘技の試合に出ていた。彼は半グレ集団「ウロボロス」に所属し、用心棒のような仕事もしていた。佐久間恭介がリーダーを務めるウロボロスには久慈や金井といったメンバーがいて、借金を背負っている坂本は脅されて仕事を手伝わされていた。坂本が金を持ち逃げしようとした時、塁は暴行して事務所へ連行した。坂本は逃げた妻子とやり直したかっただけだと泣いて助けを求めたが、塁は承諾しなかった。
塁は大内と陣に「俺は許されないことをしたんです」と漏らし、居酒屋を去った。彼は孤児として育った施設「たいようの家」を久しぶりに訪れ、シスターの大浦美恵子と会った。「もうあの子たちとは付き合ってない?」と問われた塁は、手の甲に彫ってあったウロボロスの刺青を消したことを教えた。少年時代、塁は施設で佐久間と共に育った。その頃から佐久間は、半グレ集団のリーダーになることを予感させる言動を取っていた。
夜、明香里が帰宅すると尾崎が待ち受けており、「仕事のことで大事な話があるんだ」と告げる。彼は強引に部屋へ上がり込み、明香里にネックレスを付けて抱き付いた。明香里が嫌がって抵抗すると尾崎は殴り付け、強姦しようとする。そこへ塁が駆け付け、激動して尾崎に殴り掛かった。明香里が「やめて」と叫ぶと、塁は尾崎の口をふさいで右手の指を折った。彼は「次は殺すぞ」と脅し、尾崎を追い出した。明香里が「クビになったら責任取ってくれる?」と言うと、塁は「こんな目に遭ったのに、まだ会社に行くつもり?」と驚く。明香里は涙を流し、「仕事を見つけるのがどんなに大変か貴方に分かる?だから明日も、何事も無かったように会社へ行って仕事をするの。生きていくためなの」と語った。
塁が「責任は俺が取る。俺が明香里を助けるから」と口にすると、明香里は「余計に私を惨めにしてるのが分かる?」と告げる。彼女から「もう帰って」と言われ、塁は部屋を去った。翌日、塁が管理人室で仕事をしていると、明香里が訪ねて来た。彼女は辞職届を出して来たと言い、「週末にどこかへ連れてって」と頼む。週末、塁は明香里を車に乗せて、人気の無い海岸へ連れて行く。彼は「一番古い記憶にある場所」と言い、母親のことは覚えていないが浜辺を一緒に歩いたのは覚えていると告げた。
塁は母親が幼い自分を抱いて無理心中を図ったこと、自分だけ生き残ったことを話す。明香里は彼に、波で削れたシーグラスを探すよう頼んだ。塁がシーグラスを見つけると、彼女は「傷付いたことがある人は、優しくなれる」と告げる。明香里はお守りとして、シーグラスを塁に渡した。塁は明香里の部屋で同棲生活を開始し、ジムに復帰してトレーニングを再開した。彼は子犬を買ってボディーガードとして明香里に渡し、スクと名付けた。塁は部屋の段差を無くし、窓を新しくて日光が入るようにした。
塁は試合でKO勝利を重ね、明香里は粘土をこねて小さな器を幾つか作った。塁が試合出場を続ける一方で、明香里はマッサージの資格を取るための勉強を始めた。それを知った塁は、「試合で金を稼いだら、小さな工房を持とう。明香里のしたいことをすればいい」と語った。塁のKO勝利が続く中、出所を知った佐久間が会場に現れた。試合後に声を掛けられた塁は、「二度と戻らないって決めましたから」と言う。しかし佐久間は気にせず、余裕の笑みで゜またな」と告げた。
塁が帰宅すると、明香里は「明日は特別な日だから」と口にした。次の日、明香里は両親の墓へ塁を連れて行く。彼女は墓石に向かって、「約束通り、大切な人を連れて来ました」と話し掛ける。明香里は塁に、両親の死と失明の原因を説明した。4年前、免許を取ったばかりの明香里は両親を乗せて車を運転していた時、火だるまでビルから転落する男性の姿を目撃した。そちらに気を取られたせいで衝突事故を起こし、両親が死んで明香里は視力を失ったのだった。
明香里の話を聞いた塁は墓石の文字を確認し、事故が2015年12月25日に起きたことを知って衝撃を受けた。その日、事務所で塁が坂本の嘆願を無視していた時、通報を受けた警官がドアをノックした。すると坂本は頭から灯油を被り、妻子だけは助けてほしいと言い残して窓から飛び降りたのだ。その時、塁は衝突事故を起こす車も目撃していた。動揺している塁の前に、佐久間が現れた。彼は塁に、他の組織と対抗戦があって大きな金が動くので力を貸してくれと持ち掛けた…。

監督は三木孝浩、原案は映画『ただ君だけ』(Based on "Always")、脚本は登米裕一、製作総指揮は依田巽、エグゼクティブ・プロデューサーは小竹里美&納富聡&渡辺章仁、プロデューサーは松下剛&宇田充&鈴木嘉弘、アソシエイト・プロデューサーは増山紘美&荒井敬太&長尾絵理&松岡周作、撮影は小宮山充、照明は加藤あやこ、美術は花谷秀文、録音は石寺健一、編集は柳沢竜也、音楽はmio-sotido、主題歌『Your eyes tell』はBTS。
出演は吉高由里子、横浜流星、風吹ジュン、町田啓太、田山涼成、岡田義徳、森矢カンナ、アレックス・ハンター、やべきょうすけ、野間口徹、奥野瑛太、般若、米村亮太朗、諏訪太朗、内田慈、梅舟惟永、坂ノ上茜、三船海斗、北山雅康、たかお鷹、宮本琉成、工藤愛由夢、勅使河原空、高橋昴之介、安城レイ、伊藤セナ、今藤洋子、安藤広カ、星野恵亮、福江研二、有川可南子、飯泉搏道、志々目知穂、炎出丸、栗秋祥梧、小笠原裕典、小笠原瑛作、与座優貴ら。


チャールズ・チャップリンの『街の灯』をモチーフにした2011年の韓国映画『ただ君だけ』を日本でリメイクした作品。
監督は『坂道のアポロン』『フォルトゥナの瞳』の三木孝浩。
脚本は『くちびるに歌を』『チア男子!!』の登米裕一。
明香里を吉高由里子、塁を横浜流星、美恵子を風吹ジュン、佐久間を町田啓太、大内を田山涼成、坂本を岡田義徳、陣をやべきょうすけ、尾崎を野間口徹、久慈を奥野瑛太が演じている。恋愛ドラマのヒロイン役で、森矢カンナが友情出演している。

塁は焼肉屋で過去について明香里に訊かれると、「昔のこと知ってどうすんの」と不機嫌になる。明香里が「おじさんのこと知らないし、いいでしょ、話してくれたって」と明るく言うと、「話さなくても、君が焼肉食べたって服を見れば分かる」と声を荒らげる。
その前に、明香里は焼き肉を落としてしまい、服が汚れているのだ。
でも、テメエはそれで分かっても、大抵のことは話さないと分からないだろ。腹を立てるにしても、その台詞は「どういうこと?」と言いたくなるわ。
いや、「つい明香里を傷付ける言葉を発してしまう」という手順を踏みたいのは分かるんだけどさ、そのための不自然さが半端ないのよ。

表面的な部分だけを見れば、「過去に罪を犯して心を閉ざしている男が陰気な生活を送っていたが、女と出会って安らぎを感じ、心を開くようになっていく」という話だ。
ただ、あまりにも簡単に、塁が明香里に惚れて心を開いているように感じる。
それまで彼は周囲の人間を遠ざけ、孤独な生活を送っていたんじゃないのか。
そうだとすれば、もうちょっと時間が掛かっても良さそうなものじゃないかと思ってしまうんだよね。

塁は顔面がブサイクってわけでもないし、ウロボロス時代に傷や火傷を負って顔が醜くなっているわけでもない。それどころか、何しろ横浜流星なので、立派なイケメンだ。身だしなみがドイヒーのせいで、イケメンが周囲に分からなくなっているわけでもない。
ってことで、「明香里は盲目だから、見た目に関係なく塁に対してフランクに接してくれる珍しい存在だった」ということではない。
また、「塁は周囲の人間を拒絶する態度を出しまくっていたが、何も知らない明香里がズカズカと心に入り込んだ」ってわけでもない。
前述したように塁はイケメンなので、普通に女性が寄って来そうなのよね。
で、そんな周囲の人間を塁が拒絶する描写も無かったし。

塁は地下格闘技に参加し、ウロボロスが金を賭けて稼いでいた設定だ。
そういうのが現実に無いとは言わないけど、その設定によって一気に荒唐無稽な匂いが強くなっている。
ボクシングでもMMAでもなくキックボクシングってのも、余計にそう感じさせる要因になっている。
あと半グレ集団ってのは普通に存在して大きな問題にもなっているんだけど、ウロボロスに関する設定からも、そこはかとない陳腐さが漂って来るのは何なんだろうね。

明香里は自分をレイプしようとした尾崎を塁が暴行して追い出した時、「仕事を見つけるのがどんなに大変か貴方に分かる?だから明日も、何事も無かったように会社へ行って仕事をするの。生きていくためなの」と涙で語る。
だが、そういう「視覚障害者の辛さ」を本気で扱い、ちゃんと掘り下げようという気は毛頭無い。
明香里が盲目という設定も、尾崎のせいで辛い目に遭う展開も、同情を誘う道具として雑に使っているだけだ。泣いて「仕事を見つけるのがどんなに大変か」と吐露したのに、翌日には辞職届を出すしね。
塁の過去に関する設定も、明香里の要素と似たようなモノだ。かつて流行したケータイ小説のように、主人公を追い詰めて不幸にする要素を幾つも並べて、感動に結び付けようとしているだけだ。

塁がキックボクサーとして復帰すると、勝利を重ねる様子と並行して明香里が器を作る様子が描かれる。
そして彼女がマッサージの練習をすると、塁が「試合で金を稼いだら、小さな工房を持とう。明香里のしたいことをすればいい」と口にする。
だけど、それまでに明香里が陶芸をやりたいなんて、一度でも言っていたかね。前半の内に、彼女が陶芸への興味を強く示していたかね。「本当は陶芸をやりたい」と言っていたかね。
そういう描写が全く足りていないから、「急に器を作り始めた」としか思えないのよ。

塁が地下格闘技の試合に復帰して大柄な外国人と戦うシーンを終盤に用意したことによって、安いB級アクション映画の匂いが漂う羽目になっている。
その試合内容も、やはり陳腐。
体格差はあるが、相手の鈍重な動きを見る限り、普通にやれば勝てそうなのよね。だけど塁は攻撃を浴び、ネックハンギングツリーで持ち上げられ、グラウンドでのスリーパーホールドで締め上げられる。
ところが、大きなダメージを負ってフラフラだったはずの塁は、そこから俊敏な動きで脱出して立ち上がり、浴びせ蹴りで逆転勝利を収める。
そういう荒唐無稽さも、見事にB級アクション映画だ。

その後、塁をボコボコにしてもらおうという目論みの外れた佐久間は、久慈にナイフで襲わせる。久慈は塁を背後から襲撃し、ナイフで2度続けて深く突き刺している。ところが、なぜか塁は生き延びる。
っていうかさ、その刺し方は、明らかに殺すつもりでしょ。だったら久慈は確実に始末すべきだし、佐久間も確認してから現場を去れよ。
あと、もちろん助かった塁は明香里と再会し、ハッピーエンドになるけど、「そうかな?」と言いたくなるぞ。
佐久間やウロボロスは塁が生きていると知ったら、また絡んで来るだろ。そこの関係を綺麗に断ち切ることが出来ていないのに、ハッピーエンドとして終わるのはどうなのよ。

(観賞日:2022年3月21日)

 

*ポンコツ映画愛護協会