『君の名は。』:2016、日本

岐阜県糸守町。高校2年生の宮水三葉は、祖母の一葉と妹の四葉の3人で朝食を取る。母は既に死去し、父のトシキは町長を務めている。トシキは町長選挙に向けて朝から演説しており、三葉は同級生から皮肉の標的にされている。古典教師のユキちゃんが授業をしている最中、三葉はノートに「お前は誰だ」という文字を見つけた。それは自分の文字ではなく、三葉は困惑した。友人の勅使河原克彦&名取早耶香は、昨日の三葉は様子が変で記憶喪失のようだったと指摘した。
三葉はコンビニも無い田舎である糸守町の暮らしを嫌がっており、勅使河原と早耶香の前で不満を叫ぶ。勅使河原の父は土建屋で、トシキをや役場の人間を接待する。三葉と四葉は宮水神社の神主を務める一葉から教わり、組紐を作る。2人は神社で舞を披露し、伝統である口噛み酒を作る。その様子を見ていた同級生たちから馬鹿にされ、三葉は辟易して「来世は東京のイケメン男子にしてください」と願う。そんな彼女が目を覚ますと、立花瀧という東京の高校生になっていた。
三葉が戸惑っていると、父が声を掛けて仕事に出掛ける。三葉がスマホを確認すると同級生の藤井司からメールが入っていたが、もちろん彼女は誰なのか知らなかった。三葉は夢だと感じながら登校し、司と友人の高木真太に出会う。放課後にスマホで呼び出しを受けた彼女は、レストランのバイトが入っていることを知った。三葉はレストランでボーイとして働き、先輩の奥寺ミキと遭遇する。嫌な客から自分を守ってくれたミキは、ナイフでスカートを切られてしまった。それを知った三葉は、スカートに可愛い刺繍を入れた。帰宅した三葉は、その日に感じたことをメールに打ち込んだ。ノートの文字を思い出した彼女は、掌に「みつは」と書いた。
翌朝、目を覚ました瀧は掌の文字や昨夜のメールを見るが、まるで覚えていないので困惑する。その後、瀧と三葉は何度も「昨日のことを覚えていない」「周囲の人間から変だったと言われる」という出来事を体験し、夢の中で入れ替わっているのだと確信した。そこで2人は自分の生活を守るため、入れ替わっている時の禁止事項や体験した出来事をスマホに記録することにした。しかし2人とも身勝手な行動を繰り返すため、問題も少なくなかった。
ある日、瀧は三葉と入れ替わっている時に、一葉に連れられて四葉と共に御神体の奉納へ出掛けた。一葉は作っている組紐の糸に離れた人を繋ぎ合わせる力があると語り、3人は巨大なクレーターのような場所にある御神体に到着した。一葉は御神体から先があの世だと言い、そこから戻るには大切な物を無くす必要があること、奉納する口噛み酒が一葉と四葉の半分であることを語った。
翌朝、元の体で目を覚ました瀧は、入れ替わっている間に三葉がサキとデートする約束を交わしたと知る。彼は慌てて待ち合わせ現場へ行き、写真展の会場へサキと出掛ける。そこに飾られていた飛騨の写真に、瀧は目を留めた。サキから自分ではなく他に好きな人がいるのではないかと指摘された瀧は、狼狽しながら否定した。彼女と別れた後、瀧は三葉に電話を掛けるが、繋がらなかった。三葉は勅使河原からの電話を受け、祭りの会場へ出掛けた。三葉が髪を短く切っていたので、勅使河原と早耶香は驚いた。その日は彗星が接近し、最も明るく見えると言われていた。彗星は2つに割れ、片方が地上へ迫っていた。
翌日以降、瀧が三葉と入れ替わることは無くなった。彼はメールを送ってみるが、やはり反応は無かった。瀧は夢で見た景色をスケッチし、それをリュックに入れて三葉の元へ行こうと決めた。彼が電車へ出掛けようとすると、メル友に会いに行くと知った司とサキが付いて来た。瀧は飛騨という情報しか知らなかったため、あちこちで聞き込みを行った。するとラーメン屋の夫婦は瀧のスケッチを見て、それが糸守町だと指摘した。瀧も間違いないと確信するが、司とサキは困惑した様子を見せた。糸守町は3年前の隕石衝突により、何百人もの犠牲者が出て滅びていたからだ。
瀧は糸守町のあった場所へ行き、壊滅した状況を目にした。彼は三葉の残したメッセージを確認しようとするが、どんどん文字化けしてデータは全て消えた。瀧は地元の図書館に立ち寄り、隕石衝突について調べた。犠牲者のリストを見た瀧は、そこに勅使河原と早耶香、さらに三葉の名前を見つけた。旅館に泊まった彼はサキから、腕に巻いている組紐について質問される。瀧は貰った物だと告げるが、いつ誰がくれたのかは覚えていなかった。
翌朝、彼はサキと司に東京へ戻るよう記した書き置きを残し、糸守町のあった場所へ戻った。彼は御神体を発見し、夢ではなかったと知る。祠に入った瀧は、自分が三葉と入れ替わっている時に奉納した口噛み酒を見つけた。一葉の言葉を思い出した彼は「本当に時間が戻るのなら、もう一度だけ」と考え、口噛み酒を飲んだ。すると倒れ込んだ彼の脳内には、三葉の記憶が一気に流れ込んだ。目を覚ました彼は再び三葉と入れ替わっており、彗星が落下する数日前に戻っていた。瀧は糸守町の人々を隕石衝突から救うため、勅使河原と早耶香に協力を要請して避難計画を立てる…。

監督は新海誠、原作・脚本・絵コンテは新海誠、製作は市川南&川口典孝&大田圭二、企画・プロデュースは川村元気、エグゼクティブプロデューサーは古澤佳寛、キャラクターデザインは田中将賀&安藤雅司、作画監督は安藤雅司&井上鋭&土屋堅一&廣田俊輔&黄瀬和哉、演出は居村健治、脚本協力は加納新太、美術監督は丹治匠&馬島亮子&渡邉丞、美術設定は高橋武之、色彩設計は三木陽子、撮影チーフは福澤瞳、音響監督・整音は山田陽、音響効果は森川永子、録音は八巻大樹、編集は新海誠、制作プロデューサーは酒井雄一、プロデューサーは武井克弘&伊藤耕一郎、共同製作は井上伸一郎&弓矢政法&畠中達郎&善木準二&坂本健、音楽プロデューサーは成川沙世子、音楽はRADWIMPS。
声の出演は神木隆之介、上白石萌音、市原悦子、長澤まさみ、成田凌、悠木碧、島崎信長、石川界人、谷花音、てらそままさき、大原さやか、井上和彦、茶風林、かとう有花、花澤香菜、寺崎裕香、小野塚貴志、滑川洋平、辻美優、浜添伸也、佐藤奏美、合田慎二郎、菊池康弘、ひなたたまり、山根希美、新祐樹、村上達哉、長谷川暖、バロン山崎、珠希美碧、井上優、宇佐美涼子、森嵜美穂、南嶋毅、大前愛華、山口智大、中務貴幸、松川央樹、根来彰子、大南悠、塙愛美、田端美保、松坂愛子、富岡英里子、山本栄司、ラヴェルヌ知輝、大川春菜、池田優香、兼光ダニエル真、C. Elliot Wong、スタンザーニ・ピーニ誌文奈、Chris McKenna、桑原彰、武田祐介ら。


『星を追う子ども』『言の葉の庭』の新海誠が監督&原作&脚本&絵コンテ&編集を務めた作品。
瀧の声を神木隆之介、三葉を上白石萌音、 一葉を市原悦子、ミキを長澤まさみ、勅使河原を成田凌、早耶香を悠木碧、司を島崎信長、真太を石川界人、四葉を谷花音が担当している。
TOHO animationが企画し、東宝が配給した初めての作品である。
2016年に日本で公開された作品ではナンバー1の大ヒットとなり、歴代の興行収入ランキングでも4位に入った。

新海誠は劇場映画デビュー作『ほしのこえ』でアニメファンからは注目を集め、その後も作品でも一部の熱狂的なファンを獲得していた。
だが、あくまでも「一部のオタクたちが絶賛している作家」という存在に過ぎず、一般的な知名度は低かった。
そんな状況に彼は満足しておらず、いつか宮崎駿のように誰でも知っている作品を生み出したいと思い続けていた。
そして本作品において、彼は思い切った挑戦に出た。
それは「大ヒットする映画を作る」という挑戦である。

そのために新海誠は、初めて製作委員会方式を採用した。
ヒットメーカーである映画プロデューサーの川村元気とも手を組んだ。
有名俳優を1人や2人ではなく、神木隆之介や上白石萌音、市原悦子、長澤まさみ、成田凌、谷花音と何人も起用した。
広く受けるための要素を、これでもかと映画の中に盛り込んだ。
音楽をRADWIMPSに依頼し、まるでPVのように音と映像を合わせる演出を用意した。
様々な面で、ヒットさせるための要素を盛り込んだ。

「ヒットさせるための要素を多く盛り込んだのなら、ヒットするのは当たり前じゃないか」と思うかもしれない。
しかし映画ってのは、そんなに甘いモノではない。そういう要素を盛り込んでも、絶対に当たるとは限らないのだ。
だからこそ、「誰でも分かるようなヒットの要素を大量に盛り込む」ってのは、思い切った挑戦になるのだ。
なぜなら、それで失敗したら、ものすごく恥ずかしいことだからだ。
つまり新海誠という人が凄いのは、ヒットさせるための映画を作って、ちゃんとヒットさせたってことなのだ。

冒頭、目を覚ました三葉は自分の体を見て驚き、四葉が来ると動揺した様子を見せている。ところがシーンが切り替わると、ごく普通に朝食の場へ現れている。
しばらく経ってから「驚いている朝のシーンは、朝食のシーンの前日の出来事」という設定が理解できる。
だが、それは観客が少し考えなきゃ伝わらないような形になっているので、あまり格好としてはよろしくない。
しかし、そんな引っ掛かりなど些細なことに過ぎないのだと、しばらく見ている内に分かってくるようになる。

瀧も三葉も、入れ替わった初日から、その相手として普通に振る舞っている。
もちろん「普段の本人とは大きく異なる行動」を取るものの、「自分は別人だ」と主張するようなことはない。あくまでも、その人物として行動している。
事情も良く分からない内から、そいつとしての行動を続けるのは理解に苦しむ。
あと、最初は「それは夢だ」と感じたにしても、それが何時間も続くとか何日も続けて起こるということになって、それでも「夢の出来事」と捉えているのは不可解だ。

ノートに「お前は誰だ」と書いたり、掌に「みつは」と書き残したりする行動も不自然。
ちょっと調べれば、入れ替わっている相手が何者なのかは簡単に分かるのだ。
何日も経過してから、ようやく入れ替わっていると気付くのも不自然だ。
入れ替わっていると理解した後、互いの生活を守るためという理由で、ルールや入れ替わった日の出来事をスマホに残すようになるのも不自然。ファンタジーだからってことで片付けられる問題ではないキテレツっぷりだ。
三葉は「この謎現象を乗り切るために」と言っているが、そんな2人の行動自体が謎現象だ。

互いが入れ替わっている時に勝手な行動を取るのは、ある程度は分かる。
だが、三葉がサキとデートする約束を勝手に取り付けるのは、どういうことなのかサッパリ分からない。レズビアンでもないし、憧れているってわけでもなさそうだし。
っていうか憧れていたとしてもデートは変だし。
もしかすると、「瀧がサキに惚れていると気付き、手助けしてやろうと考えた」ということなのかもしれない。
ただし、そうだとしても、上手く伝わってこないわ。

瀧がサキからデートの終わりに「好きな子がいるでしょ」と指摘されて狼狽するのは、「三葉に好意を抱くようになっている」ということなんだろう。彼女と連絡が取れなくなって会いに行こうとするのも、好きだからってことなんだろう。
しかし、どのタイミングで彼女を好きになったのか、それがサッパリ分からない。
本来なら、何度も入れ替わりを繰り返し、スマホのメモでやり取りを交わす中で、彼の気持ちが何となく伝わるようにしておく必要があるはず。だが、そのための作業は全く見えない。
さらに問題なのは、瀧はともかく三葉の方は、最後まで瀧への恋心が全く見えないってことだ。
最終的に2人をカップルとして結び付ける筋書きなのに、「2人が強い恋愛感情で結ばれて」という形に見えないのはマズいでしょ。

瀧はサキから「好きな子がいるでしょ」と指摘された後、初めて三葉に電話を掛ける。
でも、それは変でしょ。既に電話番号を知っているわけだから、いつでも掛けるチャンスはあったはず。
それは三葉の方も同様だ。スマホに記録を残すだけで、互いに電話を掛けない理由、メールでやり取りしない理由が全く見当たらない。
そこにあるのは、「早い段階で電話やメールのやり取りを始めようとしたら、2人の暮らしている時間に3年の差があることがバレてしまう」という進行上の都合だけだ。

三葉の元へ行こうとした瀧が、詳しい場所が分からず苦労するってのも、「なぜ今まで何日もあったのに、それを知らないのか」という疑問が生じる。
三葉に尋ねるなり、自分が入れ替わっている時に調べるなりすれば、すぐに分かることなのだ。
入れ替わって何日も過ごすわけで、それなのに相手の住所や素性を詳しく知ろうとしないのは不自然でしょ。
もちろん「3年の差があることを知らない」ってのも、不自然なのは言わずもがなだ。

登場人物の言動はヘンテコなことが多いし、細かいことを気にしたら、最初から最後までツッコミ所が満載だ。御都合主義のオンパレードだし、もはや御都合主義さえ機能不全となっているような無理のある展開も色々と用意されている。
新海誠はポエマーであり、雰囲気を醸し出すことは得意だが、丁寧なディティールの構築やストーリーテリングは苦手、もしくは興味が無いのだ。
しかし、細かいことの一切を完全に無視し、新海誠ワールドに浸り切ってしまえば、最後はちゃんと感涙できるはずだ。
実際、私もそういう気持ちになって観賞し、「RADWIMPSのMV」と割り切ってしまえば、無事に感涙できた。

「ティアマト彗星の墜落によって村が崩壊してヒロインが死ぬ」とか、「3年のタイムラグを謎の力によって主人公が超越する」とか、そういうSF的な設定や世界観を用意しているが、描きたいのは恋愛劇だ。
ジャンルとしては完全にセカイ系であり、やっていることは大まかに言えば『雲の向こう、約束の場所』なんかと変わらない。
しかし、一部のマニアだけが評価しているアニメ作家だった新海誠が、セカイ系を使ったまま「大勢の観客に受ける作品」に仕上げたことに大きな意味がある。

物語を悲劇で終わらせず、ハッピーエンドを用意したことも、これまでの新海誠からの大きな変化と言えよう。
これまでの新海作品が好きなファンからすると、「切なさ」が失われたことへの不満もあるだろう。だが、「救いの無さ」を「切なさ」と履き違えるよりも、ベタであってもハッピーエンドにする方が遥かにいい。
それを「受けるために媚を売った」とか「普通のアニメに変貌してしまった」と嘆く人がいるかもしれないが、それこそが「万人に知られる作品を残す」という目的のためには必要なことなのだ。
一部のマニアに嫌われても、そっちを選ぶことを新海誠は決断した。それによって万人に知られる大ヒット作が誕生し、今後の新海誠は自分のやりたい映画を自由に製作できる環境が整ったはずだ。
だから彼の思い切った挑戦は、結果論かもしれないが、大成功だったと断言できる。

(観賞日:2018年3月13日)

 

*ポンコツ映画愛護協会