『危険な女たち』:1985、日本
南紀白浜の別荘で過ごす老婦人の絹村ハナは、朝早くから音楽を流して運動に励んだ。夫の健一郎が音楽を止めて「うるさいじゃないか」と苦言を呈すると、彼女は「今日から3日間のことを考えたら、寝てなんかいられませんよ」と楽しそうに告げた。ハナが子供の頃から可愛がっていた升森弘が、久しぶりに下山して別荘に滞在するのだ。弘は絵描き志望だったが、旅館の跡継ぎになっている。彼の訪問に合わせて、仲良しだった藤井冴子と水野美智子も来ることになっている。
健一郎が病院を任せている棚瀬秀雄と妻の紀子も、神戸から別荘へ来ることになっている。棚瀬家の息子で小学生の守は小児喘息を患っており、空気の良い絹村家の別荘で療養生活を送っている。ハナは紀子のことを、人はいいが不器用で野暮ったい女性だと評している。弘が冴子と会うのは、プロポースを断られて以来となる。長野県の旅館「景水苑」を継いだ弘は番頭に後を任せ、列車に乗った。ハナが彼を迎える準備を進める中、健一郎は将棋を楽しむため、近所に住むミステリー作家の枇杷坂周平を訪ねた。
美智子は列車で白浜へ向かう途中、弘に恋して写真を撮った頃を回想した。弘が別荘に到着すると、先に美智子が来ていた。守は造船所へ行き、仲良しのともこと会った。ともこは自分に惚れた従業員に作ってもらった改造拳銃を見せ、守に瓶を置かせて試し打ちした。秀雄は紀子から「毎月、絹村夫妻を訪ねるのは気が重い」と吐露されるが、軽く笑い飛ばした。冴子が別荘に着くと、守は集めたモデルガンを自慢した。棚瀬夫妻が到着すると、守が顔を見せた。周平は絹村夫妻から夕食に誘われており、別荘へ向かった。
夕食の後、ハナは弘が冴子と結婚したがっていることを皆の前で話す。しかし冴子は秀雄と不倫しており、弘と結婚する気など無かった。弘は秀雄と冴子が隠れてキスをする様子を目撃し、激しい嫉妬心を燃やした。周平が立ち去った直後、近所の貸別荘を借りたジャズ歌手の橘まゆみが挨拶に来た。まゆみは秀雄を見て笑顔を浮かべ、「懐かしいわあ」と口にした。彼女はハナに、秀雄とは若い頃の知り合いだと説明した。初恋の相手なのかと問われた秀雄は、苦笑しながら否定した。
まゆみが「家の電気が付かないので懐中電灯を貸してほしい」と言うと、秀雄はブレーカーの問題ではないかと指摘した。まゆみが見てほしいと頼むと、秀雄は承諾して同行する。外に出たまゆみが秀雄と腕を組んで歩く姿を、守が窓から見ていた。まゆみは家に到着すると、電気に何の異常も無いことを明かした。彼女は病院で秀雄の居場所を聞き、再開するために別荘を借りたのだった。まゆみはラウンジで歌っていた頃、客として店に来た秀雄と知り合って親密な関係になった。秀雄は一緒にアメリカに行こうと誘ったが、オーディションに受かってチャンスが巡って来たばかりだったまゆみは断り、そこで関係は終わっていた。
まゆみは秀雄と情事に及んだ後、やり直すつもりで来たことを話した。秀雄は妻子がいることを話すが、まゆみは承知の上で、たまに会う関係でいいのだと述べた。しかし秀雄は「とっくに終わっている」と断り、別荘を後にした。早朝、周平がハナたちと再合流し、皆で黒崎へ海釣りに出掛けた。守はリュックサックに改造拳銃を入れ、皆に同行した。秀雄はエサが無くなったので、守に取って来るよう頼んだ。その直後、何者かが守のリュックから改造拳銃を取り出した。
振り返った秀雄は、拳銃を構えた人物に気付いてギョッとする。その顔を見た彼は微笑するが、胸に銃弾を浴びた。銃声を耳にした面々が駆け付けると、秀雄が胸から血を流して倒れ、紀子が拳銃を握って立っていた。秀雄は紀子の隣に来た冴子に気付き、彼女の名を呼んで絶命した。紀子が拳銃を見つめると、冴子が「やめなさい」と奪い取って海に投げ捨てた。紀子は「秀雄さんが死んでる」と呟き、意識を失った。通報を受けて現場に駆け付けた堂園警部は、周平に妹の石崎が別荘で使用人をしていることを話した。
堂園は紀子が犯人だと確信していたが、ハナは「彼女にピストルの弾を心臓に撃ち込むような芸当は出来ない」と否定した。守は刑事の事情聴取に対し、「神戸のカスタム屋で出会った大学生に改造拳銃を貰った」「魚を撃つために持って行った」と証言した。目を覚ました紀子は犯行を全面的に否定し、「銃声がしたので行ってみると秀雄が倒れていた」「ピストルが落ちていたので拾った」と語った。周平は今回の事件を基にした小説を書き始め、編集者から電話を受けると3日後の締め切りに間に合わせることを約束した。
海を捜索した警察は銃を発見するが、それは改造拳銃ではなくモデルガンだった。堂園は守に部屋を見せてもらい、コレクションの一丁が消えていることを確認した。まゆみが事件現場から花束を海に投げ込むと、それを見た堂園は貸別荘に連れ戻して話を聞くことにした。まゆみは悪酔いした状態で、お別れを言うために出向いたのだと話す。彼女は秀雄と4年ぶりに再会したことを語った後、「求婚されたが、もう終わっていると言って断った。すると怒って去った」と嘘をついた。
堂園は周平に、「硝煙反応を調べれば犯人が分かる」と自信を見せた。しかしハナが厄払いと称して、事件の時に着ていた全員の服を焼却処分していた。周平はハナに冴子の居場所を尋ね、アドベンチャーワールドにいることを聞いた。冴子はアドベンチャーワールドのトイレで手を洗い、個室に女性客が入るのを待ってからノックした。彼女は「中に忘れ物をしたんです。オモチャのピストルなんですけど」と言い、改造拳銃を受け取って鞄に入れた。
周平は冴子を見つけて声を掛け、小説の犯人を誰にするか迷っていると話す。なぜビストルを海に捨てたのかと問われた冴子は、紀子が自殺すると思って咄嗟に行動したのだと説明した。周平が「貴方を犯人だと仮定すると、凶器の発見を遅らせて指紋を消すためだったと、納得がいく」と語ると、冴子は軽く笑い飛ばした。さらに周平は、死ぬ間際に冴子の名を呼んだのも、犯人と仮定すれば納得がいくと言う。すると冴子は秀雄との関係に言及し、最愛の相手を最後に呼んだのだろうという推測を示した。
冴子はバイク、美智子と弘が車で別荘を去ると、堂園は部下たちに尾行を命じた。弘と同じフェリーに乗った美智子は、事件について「私以外は、みんな何もかも知ってるような気がしてならないんだけど」と口にした。すると弘は「犯人捜しは無意味だよ。死んだ者は二度と生き返ってこない」と言い、何もせず静かにするべきなのだと告げた。周平は石崎を車に乗せ、買い物に出掛けることにした。すると石崎がシートに何かあると言い出し、周平は助手席に改造拳銃を発見した…。監督は野村芳太郎、原作はアガサ・クリスティー 『ホロー荘の殺人』(早川書房刊)、脚本は竹内銃一郎&古田求、製作は野村芳太郎&野村芳樹、撮影は川又昂、美術は森田郷平、録音は原田真一、照明は小林松太郎、編集は太田和夫、音楽デザインは杉田一夫、主題曲は細野晴臣、『ミステリユ』歌は安野ともこ。
出演は大竹しのぶ、藤真利子、和由布子、池上季実子、寺尾聰、三田村邦彦、夏八木勲、石坂浩二、北林谷栄、小沢栄太郎、日色ともゑ、加藤嘉、浜村淳、安野ともこ、塩谷洋子、岡本真実、占部雅子、富永ユキ、前田靖子、石和摂、牧野義介、西川明、松本公成、飯島大介、小森英明、加島潤、羽生昭彦、川村禾門、佐藤豊子、西島繰、宇田川千英子、松本幸子、西村麻里、中里有希ら。
アガサ・クリスティーのミステリー小説『ホロー荘の殺人』を基にした作品。
監督は『疑惑』『迷走地図』の野村芳太郎。これ以降は映画を撮ることが無いまま2005年に85歳で死去したため、結果として遺作になった。
脚本は劇作家の竹内銃一郎と、『疑惑』『迷走地図』の古田求による共同。
紀子を大竹しのぶ、まゆみを藤真利子、美智子を和由布子、冴子を池上季実子、秀雄を寺尾聰、弘を三田村邦彦、堂園を夏八木勲、周平を石坂浩二、ハナを北林谷栄、健一郎を小沢栄太郎が演じている。粗筋に書いた「弘が久しぶりに下山」から「弘が冴子と会うのはプロポースを断られて以来」までの情報は、全てハナの台詞で説明される。
しかも、途中で健一郎が口を挟むことは無く、一方的にハナがベラベラと喋る形で説明される。
それなら、いっそナレーションを使って説明した方が少しはマシだったかもしれない。それぐらい不細工な説明の手順になっている。
その後に紀子たちが家を出て別荘に向かう様子を描くんだから、そこを利用しつつ、もう少し上手くやれなかったものか。周平が会食を終えて絹村家の別荘を去るとカットが切り替わり、花束を抱えたまゆみが歩いて来る姿が映し出される。このタイミングで、安野ともこが歌う主題歌『ミステリユ』が流れて来る。そして、この歌はまゆみが歩くシーンだけで消える。
まるでまゆみの登場テーマ曲の如くに使われているのだが、違和感しか無い。
まゆみが主人公で、演者がトップスターというスター映画なら、その演出も分からなくはない。あるいは、作品の中でもまゆみが「実は吸血鬼」とか「実は雪女」みたいな特殊な存在であれば、これまた分からなくもない。
でも、まゆみは「メインキャスト陣の1人」に過ぎないわけで。だから、その特別扱いは完全に浮いている。原作小説の『ホロー荘の殺人』は、エルキュール・ポアロが登場するシリーズの1作だ。しかしアガサ・クリスティーは後に、ポアロを登場させたことは失敗だったとコメントしている。
物語にポアロの存在が全く馴染まず、登場させたせいで台無しになったと感じたのだ。
そんな小説を映画化した本作品で、製作サイドは枇杷坂周平という小説家を探偵役として登場させている。
それだけでも上手くないのに、そこに石坂浩二を据えるってのは明らかに悪手。
すぐに金田一耕助シリーズを連想しちゃうし、セルフ・パロディー的な匂いも漂うし、何のメリットも感じないぞ。この作品にはミステリーとして大きな問題があって、それは「紀子の犯行を否定する根拠が弱すぎる」ってことだ。
あの状況で、紀子以外の誰かが秀雄を殺したと解釈するのは無理がある。他に殺人の疑いを抱くような容疑者も見当たらないし。
事件前の描写から推測するに、たぶん淳子と弘がミスリードの対象なんだろうと思うけど、ちっとも迷いは生じない。
やたらと饒舌にハナが喋って紀子を擁護するのも、あまりにも不自然だし。
それはミステリーとしての面白さに繋がるモノではなく、単に邪魔でうるさいと感じるだけ。まゆみが堂園から事情聴取された時、「秀雄に求婚されて、断ったら怒って去った」と嘘をつく理由がサッパリ分からない。
本当のことを話したら、自分に殺人の疑いが掛かるとでも思ったのか。
でも、そこで事実とは真逆のことを話したところで、大して変わらないだろ。
しかも、ここでのミスリードが全く足りていないので、まゆみの存在意義が見えなくなっちゃってんのよね。ここで事情聴取された後は、まるで話に絡んで来ないし。堂園は紀子だと断定して捜査を進めていたが、海から改造拳銃ではなくモデルガンが発見された途端、その線をあっさりと捨てる。そして彼は紀子を容疑者候補から完全に除外し、他の面々ばかりに目を向けるようになる。周平と話すシーンでは、まゆみ、ハナ、冴子、弘、守という名前を次々に挙げる。
だけど、みんな殺人の動機が弱すぎるんだよね。
これは本作品の大きな欠点になっている。
また、そこで極端に紀子から目を背けるように仕向けるのも、かなり不自然な作業だと感じるし。健一郎は周平を登場させるための駒として使われる程度で、それ以降は存在意義が皆無に等しい。美智子や健一郎にしても、何のために登場したのかサッパリ分からない。
容疑者の候補に入ることも無ければ、捜査への提供者として機能するわけでもない。
トラブルメーカーのような存在になるわけでもないし、探偵役や探偵の助手役を務めることも無い。
語り手を担当するわけでもないし、関係者の気持ちを代弁するわけでもない。ハナと冴子、美智子、弘の関係性が、サッパリ分からない。
冒頭のハナによる説明でも、そこは全く教えてくれないし。後から回想で説明するのかと思ったが、それも無いし。
いつ頃からハナが冴子たちと親しかったのか、どういう経緯で親しくなったのか。
冴子、美智子、弘の3人が、どうやって仲良くなったのかも分からない。シンプルに、近くに住んでいた幼馴染ってことなのか。
でも弘は遠くにある旅館の跡継ぎになっているし、その辺りも全く分からない。粗筋に書いたように、後半に入ると冴子が不審な行動を取ったり、周平が彼女を犯人と仮定した推理を話したりする展開がある。もちろん説明不要だろうけど、そうやって「冴子が犯人ではないか」と観客の疑念を向けさせようとしているのだ。
そんな作業がある間、見事なぐらい完全に紀子の存在は消されている。
だけど、周平の推理は完全にピント外れなんだよね。
秀雄が死ぬ間際に冴子の名を呼んだのは、あの状況なら当然だ。紀子の隣に来たのは冴子で、他の面々は離れた場所にいる。
だから秀雄が冴子に気付いて視線を向けるのは自然な流れだし、そうなると名前を呼ぶのも何ら不思議ではないでしょ。また、「ピストルを捨てれは凶器の発見を遅らせて指紋を消すことも出来る」という推理に関しても、大きな穴がある。
冴子が犯人だと仮定すると、むしろピストルを海に捨てるのはマイナスが大きい。その状況なら、警察は「紀子が犯人」と断定するはずだ。
冴子が秀雄を射殺して指紋が残っていたとして、それなら「紀子から拳銃を奪い取る」というだけで済ませた方が得策だ。そうすれば、自分の指紋が付着している説明が出来る。
紀子に罪を着せたいのなら、拳銃を海に捨てない方が有効でしょ。終盤に入ると「弘が美智子との結婚を決意する」という展開があるが、ミステリーと何の関係が無いと分かっているので「どうでもいい」としか思えない。
それを聞いたハナは「これで升森家の血も途絶えなくて済む」と安堵するが、なぜ彼女が升森家の血筋を気にするのかは全く分からない。
ミステリーとしての弱さを人間ドラマで補うべきなのに、そこも弱い。
いや弱いっていうか、ミステリーと全く関係ないトコで中途半端なドラマを見せられてもね。堂園が複数の容疑者候補を挙げた後、その面々に対するミスリードが行われて観客を惑わせるのかというと、そういう作業は弱い。前述した冴子へのミスリードと、それ以外にはハナに少し怪しさを匂わせる程度だ。
しかも、この両者に対するミスリードには大きな欠点があり、それは「殺人の動機が乏しい」ってことだ。
紀子が犯人だと仮定すると何もかもが腑に落ちて、それを覆すような力が他の容疑者からは伝わって来ない。
それでも、「実はこいつが犯人で、こういうトリックを使っていて」という部分の意外性があれば、その弱さは一気に強さへと逆転する。でも、そんなのは無いので、シンプルに「ミステリーとして弱い」ってだけになっている。ネタバレになるが、ハナが不自然なほど紀子を擁護したり、美智子が不審な行動を取ったりするのは、「紀子の犯行を知っており、それを隠蔽しようとしている」ってのが理由だ。
美智子の台詞によれば、健一郎も知っているらしい。
それにしては健一郎の存在が完全に消えているのは気になるが、ひとまず置いておくとしよう。
ともかく、紀子の殺人を知った上で隠蔽工作に走っているわけだが、それを紀子には全く話さずにやっているのは、ちょっと引っ掛かるなあ。終盤、美智子は紀子に「秀雄さんが愛していたのは貴方なのに、なぜ分かってあげなかったのか」と告げる。
でも、秀雄はまゆみや美智子と浮気を繰り返していたわけで、それで「なぜ分かってあげなかったのか」と責められても「その主張は無いわ」と言いたくなる。
紀子が「愛していて、どうして他の女と寝られるのよ」と告げると美智子は「男の人は生活に疲れると甘い蜜を欲しがる。
でも蜜は本当の愛じゃない」と語るけど、それで納得しろってのは無理があるよ。美智子や絹村夫妻が紀子の犯行を知りながら隠そうとした理由は、「守が1人になったら可哀想だから」ってことらしい。
だけど彼女たちが事件後に守を気に掛けている様子は全く描かれていないし、後半に入ると守の存在は完全に消えちゃってるんだよね。
あと美智子は秀雄が最期に自分の名前を呼んだことについて、紀子に「貴方を助けてくれという意味だった」と話している。
だけど、それは本人が思っているだけだからね。秀雄は死んじゃってるから、ホントのトコは分かりゃしないからね。(観賞日:2024年12月13日)