『KIDS』:2008、日本

自動車のスクラップ工場で働くタケオは、不良グループと喧嘩になった。彼は顔に切り傷を負いながらも、全員を叩きのめした。不良のリーダーは「ぜってえ、ぶっ殺す」とタケオを睨み付けた。タケオは馴染みのダイナー「パラダイス・シティー」へ向かう。店では常にマスクをしているシホがウェイトレスとして働いている。タケオがトイレから戻ると、後から入って来たアサトという見慣れない青年が席に座っていた。アサトは手も触れず、テーブルに置いてあった瓶を引き寄せた。それを見たタケオは驚愕した。
後日、タケオが店に行くと、またアサトがハンバーガーを食べていた。タケオは彼に声を掛け、「こないだのアレ、どうやったんだ?」と尋ねる。アサトが「何の話?」ととぼけるので、タケオは彼を連れ出した。タケオはゲームセンターへ連れて行き、UFOキャッチャーの前で「いいからやれよ。取るまで解放しねえからな」と強要した。アサトが念動力で人形を取ると、タケオは「他にお前の能力が使えるモンねえかなあ」と店内に入って探し始めた。
アサトはチンピラたちに絡まれ、その場から連れ去られた。外に出て来たタケオは、アサトがいないのに気付いた。チンピラたちはアサトからカツアゲするが、それでは満足せず、家に帰って金を持って来るよう脅した。そこへタケオが現れ、チンピラたちを叩きのめした。タケオはチンピラたちから財布を奪おうとするが、アサトが「それじゃあ僕たちも一緒になっちゃう」と止めた。「見ない顔だな」とタケオが言うと、アサトは「先週、引っ越して来たんだ」と告げた。
アサトはタケオが拳に怪我をしているのに気付き、彼の手首を握って念じた。するとタケオの傷が浅くなり、アサトの拳には傷が出来た。「2人で割って半分だね」とアサトは微笑を浮かべた。2人はダイナーに戻り、シホに傷の手当てをしてもらった。アサトは夜間高校へ行き、タケオは自宅のガレージに戻って車をいじる。そこへ保護司の神田幸助が現れ、アサトのことを尋ねる。「あいつは昔のお前と同じで保護観察中、前科モンだよ」と彼は告げた。
何をやったのか尋ねるタケオに、神田は自分の母親を包丁で刺したのだと教えた。まだアサトが小学生の頃、母親が父親を包丁で刺殺した現場へ戻って来たのだという。今は母親の妹の家に住んでいることも、母親は町外れの刑務所に収監されていることも、神田は語った。次の日、タケオはダイナーへ行くが、アサトがいないので立ち去り、寂れた公園に赴いた。アサトはダイナーへ行くが、タケオがいないので立ち去った。公園の前を通り掛かると、タケオがブランコを修理していた。
アサトが公園に捨てられている粗大ゴミを集め始めると、タケオも手伝った。夕暮れ時、2人が草むしりをしていると、仕事を終えたシホが現れて手伝った。翌日、3人は公園の修復作業に取り組んだ。シホが仕事に戻った後も、アサトとタケオはペンキ塗りの作業を続行した。シホが仕事を終えて公園に行くと、作業は完成していた。そこへ子供たちが走って来て、大喜びで遊具を使って遊び始めた。帰宅したアサトは、叔母と娘たちが楽しそうに食事を取っている様子を横目に、自分の部屋へ向かった。
ある雨の日、アサトは生活状況を報告するため、神田の家を訪れる。タケオも神田に呼ばれていた。神田はアサトの行動に問題が無いことを確認し、遠出することがあれば連絡するよう告げた。神田はアサトに、タケオがチンケな傷害事件で自分の世話になった過去があることを教えた。首の傷に気付いた神田に、アサトは「ちょっとぶつけたんです」と答えた。帰りのバスで、タケオは他にも複数の傷や痣が彼の体に刻まれていることを知った。公園にいた子供たちの傷を全て移動させたことを、アサトは打ち明けた。
アサトが「僕が母さんにしたことを聞いて、嫌いになった?」と言うと、タケオは「ならねえよ。俺も親父を殺したいと思った。ガキの頃、お袋は親父の暴力が怖くて、俺を置いて1人で逃げ出した。工場を閉めてからは、毎日酔っ払っていた」と語る。さらに彼は、酔った父から虐待を受けたこと、アイロンを肩に押し当てられた火傷の跡が今も残っていることを話す。「だから、その程度のことで俺は、お前を嫌ったりはしない」と彼はアサトに告げた。
翌朝、起床したタケオは、火傷の跡が消えていることに気付いた。すぐに彼は、アサトが自分の肩を軽く押した昨晩の出来事を思い出した。タケオはダイナーへ行き、シホと話していたアサトを険しい顔で連れ出した。タケオはアサトを公園に連れ込み、「俺がいつお前に頼んだ?俺が喜ぶとでも思ったか。取り返しの付かねえことしやがって」と怒る。その時、鉄棒で遊んでいた少女が落下して怪我をした。アサトが歩み寄ろうとすると、タケオは「やめろ」と止める。しかし少女の友人たちから「治してあげて」と頼まれたアサトは、タケオが「大した怪我じゃねえよ」と言うのも聞かず、「でも泣いてるから」と彼女の傷を自分に移した。
その様子を見ていたシホは、ダイナーでアサトの傷を手当てし、「人の傷、治せるの?」と質問する。傷なら触れただけで何でも治せるのかシホが尋ねると、タケオは「治してるんじゃねえ、自分に移動させてるだけだ」と不愉快そうに告げて立ち去った。タケオは不良に不意打ちを受け、金属バットで殴られた怪我を負う。そこへアサトが現れ、念動力で小石を不良にぶつけた。アサトはタケオの怪我を自分に移し、掴み掛かって来た不良に移動させた。タケオはアサトを連れて、その場から逃亡した。
タケオから「お前にそんな能力があるなんて」と言われたアサトは、あの日の出来事を思い出す。彼は響子に包丁で刺された時、彼女の手を握った。すると響子の腹部に刺し傷が移り、それによってアサトは「母親を刺した」ということになったのだ。「取った傷の捨て場所を教えてやる」とタケオは言い、アサトを病院へ連れて行く。タケオは昏睡状態あにる父の病室へアサトを案内し、「ガキの頃は死ぬほど恐ろしかったけど、今じゃ見る影もねえ」と口にした。
タケオはアサトに、くも膜下出血で倒れた父が何年も意識不明の状態にあることを話す。「俺から取った傷、こいつに捨てろ。こいつが付けたんだ。こいつに戻せ」と要求され、アサトは言われた通りにする。タケオは父に付いた火傷の跡を確認し、満足そうに微笑んだ。病室を後にしたタケオは、アサトに「これからは思う存分、能力を使え。それから、取った傷は全部、親父に捨てろ。あんな奴、生きてる価値もねえんだから」と告げた。アサトは町のあちこちで子供たちから傷を取ってやり、それをタケオの父に移動させた。
アサトは一人で公園にいるシホを見つけ、タケオとドライブに行く約束があることを話して「良かったら一緒に行かない?」と誘った。シホが「行く」と言うので、アサトは喜んだ。日曜日、3人はドライブに出掛ける。湖でボートに乗り、遊園地では様々なアトラクションを楽しんだ。ダイナーの前まで車で送ってもらったシホは、「ここでいいよ。今日は楽しかった。私もアサト君と同じ。こんな友達が出来たの、生まれて初めて」と嬉しそうに告げた。
ある日、アサトは転んで苦しんでいる少女から傷を移し取る。軽傷に見えたが、あばら骨が折れていたため、彼は痛みに苦しみながら病院まで辿り着く。アサトが父親に傷を移動させたことを確認したタケオは、「これからは傷の深さを確認してから移し取らなきゃダメだな」と述べた。神田と会ったタケオは、かつてシホが同級生からイジメにあって袋叩きにされたこと、教室のロッカーに閉じ込められたこと、その時の傷を隠すためにマスクをしていることを聞かされた。
タケオはダイナーへ行き、アサトと喋っているシホに「そのマスクを取って、その顔を俺たちに見せろ」と要求した。そして「お前に怒ってるんじゃねえ。もしそうだったら、今から俺が行って、そいつらを半殺しにしてやる」と口にする。シホは拒否し、アサトはタケオを止めようとする。しかし揉み合った弾みでマスクが外れ、シホの口にある傷が露わになった。シホは店の奥に引っ込んでしまった。
タケオがイジメた奴らに復讐しようとすると、アサトは「シホはそんなこと望んでない」と告げる。「俺が望んでるんだ」とタケオが声を荒らげると、「シホの望みは僕が叶えられる。あの傷を僕が取ってあげられる」とアサトは言う。「そう簡単にはいかねえんだよ。お前、本気でシホのことが好きか」とタケオが尋ねると、アサトは「好きだよ」と真っ直ぐな目で答える。するとタケオは、「シホが好きなら、あの傷は取るな」と告げて立ち去った。
翌日、アサトがシホと会うと、彼女は「アサト君、会った時よりたくましくなった。前に夢の話、したよね。私の夢は、マスクを外して青空の下を歩くこと。マスクを外して、普通に町を歩くこと。でも、それっていつでも出来るんだよね。勇気さえ出せば、いつでも」と話す。彼女はマスクを外し、「これからは私も、たくましくなる」と笑顔で告げた。アサトは「女の子は、たくましくなんてならなくていいよ。優しいシホが好きなんだ。傷があったって、シホは綺麗だ。僕はそう思った」と言い、彼女にキスをした。
タケオがダイナーを覗くと、シホはマスクを外して仕事をしていた。口の傷が無くなっているのを見たタケオは、大きくため息をついた。しばらくして、シホは町を出て行った。タケオは口元に傷を負っているアサトに、「だから、あいつの傷は取るなって言ったろ。あいつはその傷があるから、こんな町にいたんだ。傷が無くなったら、どこでも好きな所へ行けるだろ。そんなことも分からなかったのか。あいつは俺たちと違うんだ。ここでしか生きられない俺たちとは違うんだ」と述べた。するとアサトは、「それでも僕は、やっぱりシホの傷を取ったよ。だって、あんなに嬉しそうにしてたから」と告げた…。

監督は荻島達也、原作は乙一『傷 -KIZ/KIDS-』(『失はれる物語』『きみにしか聞こえない』角川文庫 収録)、脚本は坂東賢治、企画は遠藤茂行&田中迪、プロデューサーは松橋真三&近藤正岳、共同プロデューサーは柳崎芳夫&小池賢太郎、協力プロデューサーは青山真優、撮影は中山光一、照明は河目要一、美術は石森達也、録音は益子宏明、編集は森下博昭、音楽は池頼広。
主題歌『Firefly〜ボクは生きていく』槇原敬之 作詞・作曲・編曲:槇原敬之。
出演は小池徹平、玉木宏、栗山千明、泉谷しげる、斉藤由貴、仲野茂、永岡佑、岡あゆみ、タカ・コンドー、渡洋史、飛田光里、桑代貴明、川辺菜月、新妻さと子、鈴木美佳、小林真穂、川名優子、生野大治朗、おおさこしげお、大塩ゴウ、近藤大介、上吉原陽、来栖聖樹、谷隆次、仲田育史、加藤裕人、肥後大亮、田口南、加藤マサヤ、進藤浩志、青木忠宏、小倉史也、古田大虎、神谷涼太、田中那樹、安西壱哉、福原遥、中村絵梨香、新志穂、山内翔平、吉田翔、石田愛希、小原加奈子、勝沼美江、渡辺登起子、安藤舞、水本凛ら。


乙一の短編小説『傷 -KIZ/KIDS-』を基にした作品。
監督の荻島達也はデビュー作『きみにしか聞こえない』に続き、2作連続で乙一の原作の映画化作品を手掛けたことになる。
脚本は『ただ、君を愛してる』『銀色のシーズン』の坂東賢治。
アサトを小池徹平、タケオを玉木宏、シホを栗山千明、神田を泉谷しげる、響子を斉藤由貴、タケオの父を仲野茂、不良グループのリーダーを永岡佑、響子の妹を岡あゆみが演じている。

これはメルヘンである。
舞台となっている街は、バス停留所の「新田橋」という表記が見えるから東京の新田橋ってことなんだろうけど、劇中では「何県の何市」と特定するような台詞は無い。きっと、あれは架空の場所なのだ。
タケオはアサトに「そんなにひ弱じゃ、この街で生きていけねえぞ」と言っており、頻繁に暴力事件が発生しているようだが、たぶん、そこはスラム街のような場所なのだろう。
現実の社会ではないから、そこに暮らしている人間の言動も、我々の世界におけるリアリティーには欠けている。

例えば序盤、アサトはダイナーで念動力を使って塩の瓶を引き寄せる。
周囲に自分が特殊な人間だとアピールしたいわけではないのだから、普通に考えれば、他の客や従業員がいる前で、堂々と能力を使うのは変だ(瓶が落ちそうになったので、咄嗟に能力を使って落下を止めるとか、そういうことならともかくとして)。
タケオはアサトの能力を見て驚いたのに、その場では質問せず、後日、たまたまアサトが店にいるのを見つけて話し掛ける。前回の時に話し掛けなかった理由は全く分からないが、常識に捉われた我々の凡庸な感覚では、本作品の登場人物は解釈できない。
チンピラたちはゲームセンターの前でアサトに絡むが、なぜかその場でカツアゲせず、わざわざ別の場所へ連行してから金を奪う。タケオの怪我をアサトは自分に移すので、そういう能力を把握しているものだと思っていたら、「もしかしたらと思って」と口にする。
念動力があるからって、そんな能力があるんじゃないかと思うのは飛躍しすぎているようにも思えるが、メルヘンだから受け入れなきゃいけない。しかも、なぜか傷を完全に移すのではなく、半分しか移さないという奇妙なことをやるが、それもメルヘンだから受け入れなきゃいけない。

神田はタケオの元へ行き、アサトが自分の母親を包丁で刺したこと、小学生の頃に母親が父親を包丁で刺殺した現場へ戻って来たこと、保護観察中であること、今は母親の妹の家に住んでいること、母親は町外れの刑務所に収監されていることを語る。
そんなことをタケオに話して、何の意味があるのかは全く分からない。
それを話した上で、アサトについて何か質問するわけでもない。
タケオも「そんなことを俺に話して、どういうつもりだ」とも質問しない。

神田はタケオにアサトのことを話すだけでなく、シホが被害に遭った事件のこともベラベラと喋る。
自分が担当している人間、もしくは過去に担当していた人間の関わった事件について他人に喋るのは、保護司としては完全に失格だと思うが、メルヘンの世界では許される。
それと、神田の話でタケオはシホの傷について知るのだが、それまで彼はシホのマスクについて全く気にしていない。アサトもそうだ。
「なぜ、いつもマスクをしているのか」と尋ねたりしない。
アサトは最近になって出会ったばかりだが、タケオなんて以前から知り合いなのに、なぜか気にしない。
それは変に感じるが、メルヘンの世界では変じゃないんだろう。

タケオとアサトが仲良くなるのはいいとしても、シホも含めた3人が急速に仲良くなり、一緒に公園の修復作業を始めるのは、違和感しか感じられない。
どういうシンパシーで繋がれたのか、その心境は全く分からない。何が彼らを突き動かすのか、そのモチベーションは全く分からない。
しかし、それは、このメルヘンに入り込んでいない証拠である。
そこは「メルヘンだから、そういうものだ」と受け入れるべきなのだ。
本来のメルヘンってのは、そういうモノではないが、それはひとまず置いておくとして。

アサトたちが公園の修復作業を開始すると、たった1日で見事な状態に仕上げる。たった3人、しかもシホは途中で抜けるので実質的には2人だけなのだが、ブランコだけでなく、他の遊具もちゃんと使える状態にして、綺麗に色も塗り直している。そして完成すると、そこへ都合良く子供たちが駆け付け、遊具で遊び始める。
そんなことは普通に考えれば有り得ないが、メルヘンの世界では有り得るのだ。
アサトは公園で遊んでいた子供たちの傷や痣を全て自分に移し、その理由について「可哀想だから」と説明する。
しかし子供たちの傷や痣は、それほど重症ではなく、すぐに治る程度の軽いものだ。そういった軽い怪我を負いながら、子供というのは学習し、成長するのだ。
だから、それを簡単に消し去ってやるのは、アサトのエゴでしかない。
しかし、この映画の舞台となっている架空の世界では、それが自己犠牲の精神に満ち溢れた善行として評価されるのだ。

後半、刑務所へ面会に赴いたアサトは母親から化け物扱いされ、冷たく拒絶されて帰る途中、目の前で自動車事故が発生する。
とても都合のいい偶然だが、それもメルヘンの世界では有り得ることだ。
そこで事故に遭った人間が病院に担ぎ込まれた時、たまたまタケオが病院から出て来るところで、救急隊員が「傷が一つも無い」と言っているのを耳にするが、そんな珍しい偶然も、メルヘンの世界では有り得ることだ。
メルヘンの世界は、御都合主義、じゃなかった、素敵な偶然で一杯なのだ。

そもそも、事故が発生した現場は見晴らしが良い真っ直ぐな道であり、車の通行量もそんなに多いわけではない。すぐ隣にはバイパスらしき大きな道路が通っている。
だから、そこで大規模な衝突事故が発生し、大勢の人々が重傷を負うというのは、かなり異様な状態だ。
また、その中でアサトは次々に被害者の傷を取って行くのだが、救急車が1台しか来ておらず、大多数の被害者が放置された状態が長く続いているというのも、すぐ近くに病院があることからすると(情報を聞いたタケオが走ってすぐに駆け付けているんだから)、かなり不可解だ。
しかし、この映画の舞台になっている架空の世界では、それが当たり前なのだろう。

アサトが傷を取り過ぎて倒れてしまい、その傷を分けてもらったタケオも動けなくなる中、漏れたガソリンに引火して火災が発生し、乳児が巻き込まれそうになる。
また都合のいい偶然が起きるのだが、そこへ急に町の人々が駆け付けて救助に当たるという、これまた都合のいい偶然が重なる。それどころか、シホまで駆け付ける。
現場で起きているのは玉突き事故だが、偶然の出来事も玉突き状態だ。
過剰に盛り上げようと鳴り続けるBGMの中、それを陳腐だと思ってしまったら、この映画には入り込めない。
「だってメルヘンだもの」という寛容な気持ちで全てを受け入れ、感動すべきなのだ。
でもワシは無理。いやマジで。

(観賞日:2013年10月25日)

 

*ポンコツ映画愛護協会