『検察側の罪人』:2018、日本
東京地検の検事を務める最上毅は新任検事研修に教官として参加し、沖野啓一郎たちに検察の暴走を報じるニュースを見せた。彼は3年前の証拠改ざん事件で検察における取り調べの可視化は決定的になったことを説明し、「り調べは原則的に録音録画される」と告げる。最上は新人たちに、研修が終了して大阪と東京に振り分けられた後の心構えについて説いた。彼は「実務に入って武器になるのは、事件の真相を解明したいという強い気持ちだけだ」と話し、自分の正義に固執する検事は犯罪者に落ちると告げた。
[PART1 The Magicians 言葉の魔術師たち]
四年後。沖野は東京地検の刑事部に配属され、本部係の最上に挨拶した。最上がギャヴェルを集めていると知り、沖野は珍しいと感じた。彼は自分の部屋へ行き、立会事務官の橘沙穂と会った。最上は闇ブローカーの諏訪部利成を参考人聴取するに当たり、沖野に任せることを決めた。過去に最上は諏訪部を担当しており、口の堅さを知っていた。諏訪部は沖野の聴取に「知らない」「覚えていない」という言葉を繰り返し、挑発するような態度を取った。沖野は調書の作成を諦め、最上に報告した。最上は淡々と受け入れ、「証人は他にもいるからカバーできそうだ」と告げた。
沖野は橘から、諏訪部が太平洋戦争におけるインパールのことを饒舌に喋ってから去ったことを聞かされた。諏訪部の父はインパールから生還しており、最上の祖父も同じ境遇だったらしい。さらに諏訪部は、最上の祖父が作家になり、自身の体験を小説に書いたことも橘に話していた。最上は馴染みの桜子が女将を務める料理見せへ行き、弁護士仲間の前川直之&小池孝昭と会った。前川から丹野和樹について問われた最上は、しばらく黙り込んだ。すると桜子が、「代議士になんかならなきゃ良かったんですよ。政治家向きじゃないのに、奥さんのお父様の肝煎りで党政調副会長なんて要職に就いちゃって」と語った。
丹野は立政党の次期首相候補である高島進の娘婿で、海洋土木会社に対する献金疑惑事件の渦中にいた。捜査の進捗状況を前川に問われた最上は、「知らん。情報なんか流れて来ない」と答える。特捜部の狙いは高島にあり、献金を高島グループが政治団体として受け取ったことが問題視されていた。「丹野が提案し、高島が了承した」というストーリーを特捜が考えていた場合は丹野の立場が危うくなるだろうと、最上は告げた。
最上は丹野から連絡を受け、彼が泊まっているホテルへ赴いた。丹野は彼に、お前は子供がいるだけでいいよ」と告げる。最上は朱美という子連れの女性と結婚したが、東京に来てからの夫婦関係は完全に冷め切っていた。ダイナ・ワシントンの歌が流れると、最上と丹野は久住由季のことを思い出した。2人は大学生の頃、北豊寮で暮らしていた。管理人夫婦の娘で中学生の由季は学生たちと親しくしており、特に最上には懐いていた。そんな由季は最上たちが卒業した2年後、高校入学の年に殺された。犯人は逮捕されておらず、改正刑事訴訟法の成立前だったために時効が成立していた。
大田区蒲田で老夫婦の都築和直と晃子が自宅で殺害される事件が発生し、最上は現場検証へ出向いた。屋内の指紋は、綺麗に拭き取られていた。警視庁の青戸公成は最上に、夫婦が製鋲所をやっていたこと、近所の人々に金を貸していたことを説明した。部屋は全く荒らされておらず、最上は顔見知りの犯行である可能性が高いと考えた。彼は青戸に、同行した沖野と橘を紹介した。最上たちが捜査会議に参加すると、都築夫婦の次男である千鳥が怒鳴り込んで追い出された。沖野は報告書をまとめ、最上に見せた。
最上は借用書のリストに松倉重夫の名を見つけ、顔を強張らせた。帰宅した彼は朱美や娘の奈々子と言葉も交わさず書斎に直行し、由季の殺害事件に関する新聞記事のスクラップを開いた。当時、松倉は重要参考人として取り調べを受けていた。青戸と会った最上は、アリバイが成立していない5人の中に松倉が含まれていることを知った。橘は編集者に呼び出され、「そろそろどうですか」と持ち掛けられた。橘は暴露本を書くために法曹界へ潜入し、最上たちの会話を盗聴していた。彼女は大学時代にキャバクラの暴露本を書き、30万部も売れていた。あと半年だけ調査させてほしいと彼女が頼むと、編集者は「こちらの調査も手伝ってほしい」と言って記者の船木賢介を紹介した。船木は最上が丹野と密会している情報があると告げ、動向に目を光らせるよう橘に依頼した。
最上が松倉の取り調べを見学する時、管理官の田名部も顔を見せた。リサイクルショップで働く松倉は刑事の質問に対し、不遜な態度を見せた。由季の殺害事件が起きた時、田名部は松倉の取り調べを担当した。松倉は限りなくクロに近い存在だったが、田名部は自供を引き出せずに終わった。彼は最上に、松倉が37年前に一家殺人事件を起こしていることを教えた。彼は一家の娘を強姦して殺害し、両親も始末していた。しかし未成年だったために少年Aとして処理され、事件発覚後に自殺した兄が1人で罪を被るような形となった。当時の弁護団には、大物の白川雄馬も付いていた。
最上は諏訪部に動いてもらい、リサイクルショップではタダ同然で手に入れたテレビや冷蔵庫を従業員が持ち帰ることが常態化していることを知った。橘は沖野に、最上や田名部が松倉を犯人と決め付けて捜査を進めることへの懸念を語った。最上たちが参加した捜査会議で、都築の競馬仲間である弓岡嗣郎の素性が報告された。さらに、犯行日の夕方に松倉が都築家を覗き込んでいる姿が目撃されていることも報告された。最上は青戸に、松倉を別件逮捕して沖野をぶつけることを提案した。彼はリサイクルショップの社長に業務上横領で告訴してもらい、松倉を逮捕させた。
[PART2 Judgement 審判]
最上は松倉のアパートのガサ入れに同行し、指紋の付着した物品を密かに盗み出した。沖野が松倉の取り調べを担当するが、森崎警部補の時と同じだった。最上は携帯をオンにして書類の下に隠すよう告げ、資料室で聴いて橘のパソコンに指示を出すことにした。沖野は由季が荒川で殺された事件に触れ、「時効を迎えた事件を誤魔化したって、何も得することはないんだから」と松倉に言う。彼が37年前の事件で「兄貴が罪を被ってくれたんだろ」と揺さぶりを掛けると、松倉は録音と録画を止めるよう要求した。橘が承諾すると、彼は「荒川の事件は俺だよ」と認めた。彼は由季を見て37年前の少女を思い出したと言い、楽しそうな様子で犯行を詳しく説明した。
沖野は都築夫妻の殺害について自供するよう詰め寄るが、松倉は「俺は殺してない」と否定した。沖野が恫喝しても、彼は泣いて無実を訴えた。丹野が週明けには逮捕されるという記事が新聞に掲載される中、最上は彼と会う。彼は丹野に、取調官の馬場が自分のストーリーを決して崩さない男だと教えた。丹野は高島グループが極右に傾く中で反旗を翻し、秘密をメディアに流したが裏切られていた。彼は報道の自由に対する絶望を吐露し、力を課そうとする最上に「お前には何も出来ない。体制側の人間だからな」と言う。最上は「松倉が由季の殺害を自白した」と教え、「俺は何としてでも松倉を罰する。お前の側にも付く」と述べた。
最上は副部長の脇坂達也から、自供か凶器が取れないと松倉の再逮捕は無理だと言われる。橘は船木に調査を依頼し、最上と丹野が大学を卒業するまで北豊寮で暮らしていたことを知った。彼女は沖野に情報を伝え、最上が冤罪を生む方向へ暴走していることへの懸念を訴えた。青戸は最上や沖野たちに、窃盗で逮捕された矢口という男の証言を伝える。矢口はラーメン屋で弓岡と遭遇し、彼が都築夫妻の殺害について詳しく語ったことを証言していた。その中には、捜査関係者と犯人しか知り得ない情報も含まれていた。
千鳥は最上を呼び出し、「松倉一本で行くなら、弓岡はこっちで吊るす」と苛立ちをぶつけられる。最上は必ず犯人を逮捕すると約束し、弓岡に手を出さないよう釘を刺した。最上は青戸から「本気で矢口を探るなら捜査体制をシフトする」と言われ、それを承諾した。丹野は妻の尚子に非難の電話を掛け、ホテルの窓から飛び降りて死んだ。最上は丹野の自殺を知った後、諏訪部と連絡を取った。彼が電話で話す様子に不審を抱いた橘は、後を追うことにした。
最上は諏訪部と密会し、金を渡して拳銃の手配を依頼した。諏訪部が「今夜の内に松倉を殺すのは無理だ」と言うと、最上は「松倉は裁判で死刑にする」と告げる。2人が車で出掛ける姿を目撃した橘は、沖野に電話を掛けて呼び出した。最上は諏訪部の仲介で運び屋の女と会い、拳銃と車を受け取った。沖野は橘から最上の暴走を止めるよう促されるが、難色を示した。しかし橘は最上が弓岡を始末するつもりだと確信し、沖野と共に彼が働くラブホテルへ向かう。最上は千鳥が張り込む中で、ラブホテルに乗り込んだ…。脚本・監督は原田眞人、原作は雫井脩介『検察側の罪人』(文春文庫刊)、、プロデューサーは佐藤善宏&西野智也、協力プロデューサーは鍋島壽夫、エグゼクティブプロデューサーは山内章弘、企画・プロデュースは臼井央、製作は市川南、共同製作は藤島ジュリーK.、プロダクション統括は佐藤毅、撮影は柴主高秀、照明は大坂章夫、美術は福澤勝広、装飾は籠尾和人、録音は矢野正人&鶴巻仁、音響効果は柴崎憲治、VFXスーパーバイザーはオダイッセイ、編集は原田遊人、衣装は宮本まさ江、音楽は富貴晴美&土屋玲子。
出演は木村拓哉、二宮和也、吉高由里子、山崎努、松重豊、キムラ緑子、酒向芳、矢島健一、久保酎吉、東風万智子、平岳大、大倉孝二、八嶋智人、音尾琢真、芦名星、山崎紘菜、大場泰正、谷田歩、阿南健治、大川ヒロキ、田中美央、山村憲之介、赤間麻里子、長田侑子、黒澤はるか、土屋玲子、三浦誠己、みやべほの、大西孝洋、松山愛里、安楽将士、原田遊人、采澤靖起、呉城久美、三村晃弘、西原誠吾、亀田佳明(水野比佐夫役)、万里紗、杉林健生、石田佳央、吉田カルロス、高橋紀恵、藤田記子、久場雄太ら。
雫井脩介の同名小説を基にした作品。
脚本・監督は『日本のいちばん長い日』『関ヶ原』の原田眞人。
最上を演じた木村拓哉と沖野役の二宮和也は、これが初共演となる。
橘を吉高由里子、白川を山崎努、諏訪部を松重豊、桜子をキムラ緑子、松倉を酒向芳、高島を矢島健一、尚子を東風万智子、丹野を平岳大、弓岡を大倉孝二、小田島を八嶋智人、千鳥を音尾琢真、奈々子を山崎紘菜、前川を大場泰正、青戸を谷田歩、田名部を阿南健治が演じている。「これはホントに必要なのか」と首をかしげたくなるような変な描写が、やたらと目に付く。
例えば、最上が由季の影響で誕生日データ辞典を覚えたことを話した時、丹野は自分と誕生日が同じ有名人を5人挙げるよう求めこれだけでも全く必要性の無いシーンなのだが、ここで最上が「エルネスト・ゲバラ」とか「ドナルド・トランプ」といった有名人を列挙する時、なぜか英語っぽい発音になるのだ。
明らかに「変」なので、場違いな笑いの匂いさえ感じてしまうほどだ。最上がマンションに帰宅すると、朱美は二胡を演奏している。捜査会議の後、最上はサイクルジャージに身を包んで自転車で寺へ出掛け、外国人僧侶と話してから精神修業を積む。
そういうクセの強い要素って、当然のことながら目立つわけで。
でも、意図的にクセの強い要素を持ち込んでいるはずなんだから、何か後の展開に繋がるのかというと、そういうのは何も無いのよ。
「なんか変だから気になるけど、特に意味は無い」という要素が、この映画はやたらと多いのよね。そもそも、最上の家族なんて1秒たりとも描写する必要性が無いでしょ。何なら独身でもいいし。
こいつがシングルマザーと結婚していること、今は夫婦の会話が乏しいこと、娘が反抗的であること、それら全ての要素は、本筋に何の影響も及ぼさない。
そして最上という人物を描写する上でも、ほとんど役に立っていない。妻や娘の存在で、最上の行動に変化が生じることは1度も無い。
最上が扱っている事件や由季の件に、妻子を重ねたりするようなことも無い。最上は丹野に、取調官の馬場が自分のストーリーを決して崩さない男だと語る。そこに限らず、この映画では「自分のストーリーを最初に固めてしまい、そこを決して崩そうとしない検事」を批判する台詞が何度かある。
だけど、「どの口が言うのか」と言いたくなるんだよね。
それと似たようなことを、原田眞人監督がやっているのよ。
「監督で脚本も担当しているんだから、ストーリーを作って崩さないのは当たり前じゃないのか」と思うかもしれない。普通に考えれば、その通りだ。
でも、それは時に悪い結果を生むことになるのだ。その顕著な例として、この映画は仕上がっている。何が悪いのかというと、自分の考える政治理念や社会的メッセージを声高に訴えようとする意識が強すぎるってことだ。
そんな要素を本来は盛り込む余地など無かったし必要も無かったはずなのに、強引にネジ込んでいるのだ。
その結果、当然のこととして本筋と上手く混ざり合わず、明らかに邪魔なだけの異物として残ってしまっている。
社会的なメッセージを声高に訴えたがるのは、原田監督の特色っちゃあ特色ではあるんだろう。でも、それを主張したいのなら、そのための題材やシナリオを最初から用意すべきでしょ。無関係なトコにネジ込むのは違うでしょ。邪魔な異物を具体的に挙げると、インパール関連の情報と、丹野のエピソードだ。
そこを全てカットしても、何の問題も無い。むしろ排除すべき要素と言ってもいいだろう。
どうやって殺人事件や捜査を描く本筋のパートと上手く絡ませるのかと思っていたら、最後まで無関係のままで放り出されてしまうのだ。
第三部では最上がインパールにいる夢を見るシーンがあるけど、「何の意味があるの?」と言いたくなる。それは最上が弓岡を殺した直後に見る夢なんだけど、関連性は全く見えないし。
丹野の葬儀のシーンもあるけど、それも変な踊りをやっている連中がいて異様さは感じるけど、本筋とは何の関係も無い。丹野のエピソードに関しては、彼がマスコミに裏切られたことを語り、「報道の自由のレベルが低い」と指摘する。
だけど、そんなことを言われても、「いや知らんよ」という気持ちしか湧かない。
そこに原田監督が憤懣を抱くのは構わないし、実際に日本のマスメディアには問題が多いと思うよ。原田監督の考えに対して、否定的な見解を持っているわけではない。
ただ、「この映画で取り上げて、声高に訴えるべき問題ではないよね」と言いたくなるのよ。
インパール関連に関しては、それ以前の問題で「何を訴えようとしたのか、何のメッセージを発信しようとしたのか」という部分からして謎だし。前半は重厚なサスペンスのように進めているが、後半に入ると一気に荒唐無稽な方向へと舵を切る。
「絶対に松倉を罰する」という最上の思いがピークに達した時、それまで本筋の部分では保たれていた「リアルな手触り」は、完全に放棄される(脇の描写では色々と変な要素も多かったけど、それは置いておくとして)。
そして芦名星が演じる謎の運び屋が登場すると、良くも悪くもエンタメの色で全体が塗り潰される。
いや「良くも悪くも」と書いたけど、明らかに悪いよね。「エンタメの色で塗り潰される」と表現したけど、ホントは「陳腐な色で塗り潰される」と表現した方が正確だしね。最上が弓岡の元へ赴いて計画を説明し、彼を連れ出して始末するまでの様子を、かなり丁寧に時間を掛けて描いている。
でも、そんなトコを重視しても、ただ無駄なだけにしか思えない。スパッと省略して、さっさと次の展開へ移ってしまえばいい。
そんな部分を長く描いても、サスペンスが盛り上がるわけでもないし、ドラマとしての面白味が出るわけでもないよ。
あと、橘が暴露本のために潜入している設定とか、彼女と沖野の濡れ場なんかも、全く要らないし。これって本来なら、「司法に幻滅した男」と「司法を信じる男」の対決として終盤に向けてドラマが高まるべきじゃないかと思うんだよね。
でも実際に見てみると、沖野は単なる最上の引き立て役に留まっている。イデオロギーの対決も描かれず、シンプルな復讐劇になっている。
しかも、それならそれでキッチリと復讐を遂げさせて一定のカタルシスは与えてくれるのかと思いきや、それも与えてくれない。そして最後は沖野が意味不明な絶叫を上げ、「何それ?」という状態で観客は放り出されてしまう。
原作だと明確な理由がある絶叫だけど、そこへの経緯を改変して「絶叫」という行為だけを残しているので「変な行動」ってことになっちゃってるのよね。(観賞日:2021年1月23日)