『県庁の星』:2006、日本

K県庁商工労働部産業政策課係長の野村聡は、出世のために仕事をする野心家だ。野村は現在、総予算200億円の特別養護老人施設、 ケアタウンリゾート“ルネッサンス”の建設プロジェクトを担当している。しかし市民オンブズマン「開かれた行政を求める県民の会」の 来栖和好は、「県民感情を無視し、県の財政を破綻させるハコモノ行政だ」としてケアタウン・プロジェクトに反対しており、元女子アナ の知事・小倉早百合と県議会議長の古賀等に抗議している。
野村は書類作りに自信を持っており、作成した公文書作成マニュアルに従って仕事をするよう後輩に指示を出す。彼は出世に関係しない 仕事には興味を示さず、職員の田畑美香から生活保護を求める市民の訪問を聞かされてもそっけない対応をする。野村は課長の北村康男 から研修プランを2・3日でまとめてほしいと言われ、1日で仕上げると約束する。野村はケアタウン・プロジェクトで施設の建設を 請け負う篠崎建設社長の令嬢・貴子との結婚も決まっており、彼の人生は順風満帆だ。
役所で古賀と顔を合わせた野村は、ルネッサンスのプロジェクトについて質問され、民間意識を持ち込むことが重要になるという意見を 述べた。古賀は野村の意見を取り入れ、民間人事交流企画を実施することが決定した。7人の職員が半年間に渡って民間企業に出向き、 研修を積むという企画だ。その7人の中に、野村は同僚の桜井圭太らと共に選ばれた。
研修を終えて戻った際のステップアップは約束されており、野村は喜んで辞令を受け取った。野村が派遣されたのは、県内に6店舗を 構えるスーパー「満天堂」の浜町店だった。野村が店に赴くと、パンフレットとは違い、かなり汚れている様子だった。店長・清水寛治の 案内でバックヤードに行くと、在庫のダンボールは侵食していた。
野村は清水から、教育係として若いパート店員の二宮あきを紹介された。あきは両親を亡くした後、弟の学と2人で暮らしている。彼女は 16歳から店で働いており、キャリアはパートの中で最も長い。あきは野村に、最も暇な布団売り場を任せた。野村は接客マニュアルを要求 するが、無いと言われて戸惑う。野村は勝手にレイアウトを変更しようとするが、あきに叱られる。
あきは清水から「県庁さんの機嫌を損ねないように」と頼まれ、仕方なく野村をレジ係に回す。しかし野村が杓子定規で融通の利かない 対応を繰り返したため、あきは「客商売は察するものです」と注意する。その後も野村は古い枕の交換を要求する老婆を追い返そうとする などして、「お客様の満足を第一に」と考えるあきと意見が対立する。
そんな中、ある雑誌に研修先で役に立たない県庁職員を告発する記事が掲載された。古賀は野村達を呼び付け、問題を起こさず粛々と仕事 をするよう命じられる。あきは雑誌の記事を読んだ清水から、野村を客から隠すよう言われる。惣菜担当に回された野村は、古いポテトを サラダに転用したり、フライを水に浸して揚げ直したりする不正が罷り通っていることを知り、驚いた。
野村はあきに抗議するが、「ウチもギリギリでやっている。店長に言っても何も変わらない」とそっけなく言われる。野村は「マスコミが 嗅ぎ付けたら営業停止になる。自分のキャリアに傷を付けるわけにはいかない」と口にする。彼は満天堂の問題点を列挙した改善書を 書き上げ、清水に提出する。しかし清水は丁重に受け取ったものの、全く読む気は無かった。
あきは野村の教育係を外れ、副店長の浅野卓夫が後を引き継いだ。惣菜の不正問題を指摘する野村に、浅野は2つのチームに別れて弁当を 作ることを提案する。野村が担当して新しい食材を使うAチームと、今までの手法で弁当を作るBチームに別れて、どちらが売れるか競う というのだ。野村は高級食材を使った弁当を提案し、惣菜担当の浜岡恭一と外国人店員3名に弁当を作らせる。だが、Bチームの弁当が 爆発的に売れる中、野村の考えた高級弁当は全く売れなかった。
野村は月例中間報告会のため、県庁に赴いた。会合を終えて去ろうとした野村は、民間研修の終了を待たずにルネッサンスのプロジェクト 始動が決定したことを知る。野村は北村課長に県庁へ戻してほしいと申し入れるが、あえなく却下される。さらに野村は、国交省勤務の 叔父を持つ桜井が研修を切り上げてプロジェクトに加わることを知った。プロジェクトのメンバーは古賀の取り巻きで固められ、野村は 外されてしまったのだ。野村は貴子の元を訪れるが、結婚をキャンセルすると告げられる。
一方、満天堂には食品Gメンと消防署の査察官がやって来た。以前の抜き打ちチェックで問題点を指摘されていた満天堂だが、全く改善 されていなかった。次の抜き打ち検査で失敗すれば、営業停止は免れない。しかも浜町店は、本部から不採算店舗の通告を受けていた。 夜、あきのアパートに泥酔した野村が現われ、「僕はそんなに人を見ていないか、冷酷か」と告げて去った。
翌日、野村はスーパーに出勤せず、ルネッサンスの建設予定地で眠り込んでいた。野村は彼の前に現れたあきに、「もう誰も僕を必要と していない」と漏らす。あきは、改善書を読んだこと、指摘された点が全て当たっていたことを語る。そして店が危機にあることを説明し 、「次の査察では失敗できない。店を改革できるのは今しかない」と訴え、協力を求めた。店に戻ったあきが仕事をしていると、野村が 現われた。彼は店員の協力を得て、バックヤードの防火対策と在庫管理の問題に取り組む…。

監督は西谷弘、原作は桂望実、脚本は佐藤信介&西谷弘、製作は島谷能成&亀山千広&永田芳男&安永義郎&細野義朗&亀井修、企画は 永田洋子、プロデューサーは春名慶&市川南&臼井裕詞&岩田祐二、エグゼクティブプロデューサーは石原隆&中山和記、撮影は山本英夫、 編集は山本正明、録音は武進、照明は田部谷正俊、美術は瀬下幸治、音楽は松谷卓。
出演は織田裕二、柴咲コウ、石坂浩二、酒井和歌子、井川比佐志、佐々木蔵之介、和田聰宏、紺野まひる、益岡徹、ベンガル、矢島健一、 渡辺哲、奥貫薫、山口紗弥加、中山仁、梅野泰靖、有薗芳記、大高洋夫、峯のぼる、志村東吾、小磯勝弥、奥田達士、小瀬川理太、 農塚誓志、野呂拓哉、坂本雄吾、マンスール ジャーニュ、王雪丹、モハメッド リボン、濱田岳、青木和代、松美里杷、中島陽子、 滝本ゆに、中込佐知子、諏訪太朗、森康子、志水季里子、山口みよ子、国枝量平ら。


桂望実の同名小説を基にした作品。
西谷弘は『白い巨塔』や『さよなら、小津先生』など主にフジテレビ系のTVドラマを演出していた人物で、これが映画監督デビューとなる。
野村を織田裕二、あきを柴咲コウ、古賀議長を石坂浩二、小倉知事を酒井和歌子、清水店長を井川比佐志、桜井を佐々木蔵之介、浜岡を 和田聰宏、貴子を紺野まひる、浅野副店長を益岡徹、来栖をベンガル、北村課長を矢島健一、「満天堂」精肉部主任・根岸秀作を渡辺哲、 「満天堂」販売担当・佐藤浩美を奥貫薫が演じている。

序盤から全く笑いの匂いがしないまま進んでいくのでイヤな予感はしていたんだが、これってコメディー映画じゃなかったのね。
野村が満天堂に到着して、そこでギャップによる笑いを取りに行くのかと思ったら、それも無かったし。
でも、なんでシリアスな話にしたのか理解に苦しむ。
どう考えても、もっとコミカルな意識を強めて描くべき素材だと思うんだけど。

野村は性格的に問題のあるキャラクターだが、満天堂も不正が罷り通っている設定で、一方的に主人公だけに非があるのではなく「どっち もどっち」という形にしてある。
だが、ここは「満天堂は真面目に頑張っているけど手法が下手だから客が来なかったり在庫管理が出来ていなかったりする」ということに しておいた方が良かったと思う。
満天堂と店員は、完全なる善玉にしておくべきだ。
「野村の意見に、あきが納得して感化される」という展開は生じさせなくていい。

高級弁当の場面は、サッパリ売れないシーンと、AチームとBチームの売り上げを示す棒グラフを描くだけで、「なぜ売れないのか、何が ダメなのか」を、その場で分かるように説明していない。そこは実際に弁当が販売される前の段階で、「そりゃあ売れないだろ」と、説明 されなくても観客が推察できるような形にしておくべきだろう。
正直、弁当の場面は要らないと思う。
野村が満天堂の改善書を提出した時点で、もしくは、あきが読んだ時点で、「何がダメで、どう変えるべきなのか」という具体的な内容 を観客に示すべきだ。そうじゃないと、あきが改善書を読んで的確な指摘だと納得し、野村に店舗改革への協力を求めるという展開に なった時に、「なぜ彼女は今まで冷たくしていた野村に頼るのか」というところで、気持ちが付いていきにくくなる。
野村がプロジェクトを外される前に、もっと「自分の出世のためでなく、真剣に満天堂の改革に取り組む気持ちが芽生え始めている」と いうことを示した方が良くはなかったか。そうじゃないと、野村が満天堂に入れ込む理由が「プロジェクトを外されたから」というモノに なってしまう。
それは動機として、ちょっと違うんじゃないかと。

野村が満天堂の店員たちに嫌われている、ないがしろにされているという設定は失敗だろう。
そこは、あきと浜岡は別にして、他の店員は野村の態度が悪くても好意的に接する形にしておいた方がいい。
いっそ、野村がプロジェクトを外される前に、「出世を度外視して、真剣に満天堂のことを考える気持ちが芽生え始めている」ということ を示したっていいぐらいだ。そうすれば、「店員たちの人の良さを思い出し、彼女たちを助けるために行動する」ということでスーパー 改革に乗り出すモチベーションを持たせることが出来る。
この映画だと、野村が満天堂の改革に乗り出す理由が「ケアタウン・プロジェクトから外されたから」というモノになってしまう。それは 動機としては、ちょっと違うんじゃないかと思うのよね。
あと、店員たちを野村に好意的な態度にしておかなかったことによって、「なぜ野村がスーパー改革に乗り出すと、急に店員たちは素直に 従うようになるのか」ということが引っ掛かってしまう。

野村は前半と後半で、特にやり方を変えているわけではない。
もちろん自ら汗をかくようになったり、頭を下げるようになったりという「態度の変化」はある。ただし、指示する内容や改革の方針は、 民間に合わせて変えているわけではない。
そうなると、「県庁は態度が問題なだけで、基本的な手法、考え方は間違っていない」ということになってしまう。
「ダメな民間施設を役所の手法で改善した」ということになってしまう。
それって、なんかスッキリしねえな。

原作では二宮のポジションはオバサンらしいが、そこを若い女性に変更したのは、訴求力を考えれば正解だろう。
ただ、野村とあきの間に、ロマンスを持ち込む必要は無かった。仕事のパートナーとして上手くやっていき、最後に「これから恋が芽生える予感」を匂わせる程度で いい。ホントはロマンスまで手が回らないのに、無理に描こうとしちゃってる感じがする。
店舗改革を始めた後、マーケティングという名目で野村&あきがデートに出掛ける場面なんて、明らかに無駄な時間を費やしている。
そんな部分は削ってしまえ。
そもそも高級弁当のためのマーケティングなんて、とっくに終わっている問題だ。
そりゃあ売れないままで放置されていたけど、今さらどうでもいいと思えるようなことなのよ、それは。なのに、なぜかバックヤード の問題に取り組み始めた後、高級弁当の売り上げをアップさせるという問題まで持ち込んでいる。

野村がバックヤード問題に取り組み始めたら、もうクライマックスに突入していいと思うのよ。
そこからテンポアップすべきだし、ドラマティックな展開を持って来るべきだ。
なのに、なぜかテンションは上がらず、ギアチェンジも無い。
具体的に改善すべきポイントを提示しながら、1つ1つ問題が解決されていく過程を詳細に見せるべきじゃないのか。
ただ、前述した高級弁当の売り上げアップが無いと、「野村のおかげで店が良くなった」という印象を与えられなくなっているというのはマズい。

野村が県庁に戻った後、なぜ自らの希望で生活福祉課に移ったのか、理由が良く分からない。
そもそも、満天堂の研修が終わったら、もうラストシーンへの流れに移っていいと思うよ。その後の役所改革の展開は、蛇足にしか 感じられないんだよな。残り時間が少ない中で、取って付けたような感じだし。
そこを削っても、尻切れトンボになったりしないと思うよ。
「困難な道だけれど、研修で得た経験を生かして県庁でも出世のためでなく“お客様”のために頑張っていこう」ということで終われば良かったんじゃないの。

で、野村はケアタウン・リゾートの諮問委員会で予算削減すべきだということを熱く語るのだが、それに対してこっちは「グダグダと講釈 を垂れてんじゃないぞ、お前は『沈黙の要塞』のスティーヴン・セガールか」と思っちゃう。
それと、その演説の後に満天堂への査察があるという展開なんだが、それは野村が研修を終える前にやれよ。それが無いのも、「野村の おかげで店が良くなった」感が薄い原因だぞ。
その査察では野村も店に戻ってくるけど、そもそも飛び地にすべきじゃないだろ。店舗改革の流れで描くべきだ。

実は、見終わって最初に頭に浮かんだ感想は、「腹立たしい」というものだった。
腹立たしいと感じた具体的なポイントは、ラスト近く、野村が提出したケアタウン・プロジェクトの予算削減案を古賀がゴミ箱に捨て、 それを知事が微笑で容認するというシーン。その前に知事が「前向きに検討する」と言ったので野村は削減案を文書にまとめて提出した のだが、「それは役所言葉で本気で検討する気はゼロでした。役所を改革するのは簡単な作業ではありませんでした」という形にしてあるわけだ。
私が腹を立てたのは、古賀議長や知事に対してではない。
そんな結末を用意した製作サイドに腹が立ったのだ。
この映画、消防署の査察官が「認知義務だから消防法8条9項を唱えよ。出来なければ営業停止」と言ったり、生活福祉課の下っ端が 諮問委員会で長々と不規則発言を許されたり、かなり荒唐無稽な作りなのだ。
なのに、なぜそこだけ現実的になって辛口の答えを用意するのか。
なぜ後味を悪くするのか。
なぜ荒唐無稽な娯楽映画に徹して大団円を迎えさせないのかと。

 

*ポンコツ映画愛護協会