『科捜研の女 -劇場版-』:2021、日本
風丘早月が法医学教室で残業していると「助けて、殺される」という声か聞こえ、ウイルス学研究室の教授である石川礼子が窓の外を落下して死亡した。榊マリコが橋口呂太と涌田亜美を伴って現場に出向くと、早月の通報を受けた土門薫と蒲原勇樹が来ていた。マリコは遺体を調べ、頭部に致命傷が無いこと、脇の下のリンパにしこりがあることを確認した。宇佐美裕也たちによる司法解剖の結果、体内から毒物は検出されず、死因は全身打撲による外傷性ショックと推測された。
亜美や日野和正たちの鑑定や分析によって、現場には礼子しかいなかったこと、礼子が屋上から一直線に走って飛び降りていたことが判明した。状況では自殺が濃厚だったが、助けを求める礼子の声を聞いている早月は納得できなかった。土門と蒲原は洛北医科大学のウイルス学研究室を訪れ、講師の柴崎勉や移って来たばかりの助教・秦美穂子たちに話を聞く。すると柴崎は、昨日は礼子が頭痛を訴えて早退したこと、一昨日は帝政大学の微生物学教授・加賀野亘を訪ねていたことを語った。
土門と蒲原が帝政大学へ行くと、大学院生の森奈々枝と友希枝が出迎えた。2人は一卵性双生児だが、加賀野のダイエット菌に医学的に感染した奈々枝だけが痩せていた。加賀野はダイエット菌の新薬について研究しており、副作用について土門から質問されると「腸内細菌なので問題は無い」と告げた。加賀野は礼子が美穂子と京都医科歯科大学の准教授・斎藤朗を伴い、訪ねて来たことを語る。京都医科歯科大学法医学研究室の佐沢真は土門からの電話で斎藤について問われ、良く知らないと答えた。
血液検査によって礼子に病気の可能性が見られたが、事件性は感じられなかった。佐沢は斎藤から話を聞くため、生体防御研究室を訪れた。研究員の石室達也と長野智彦は、斎藤が先斗町の歌舞練場へ出掛けたことを語る。佐沢は強引に石室を連れ出し、歌舞練場に向かった。すると斎藤は苦悶の表情で「助けて」と言い残し、窓から飛び降りて死亡した。マリコは斎藤の司法解剖を求めるが、藤倉甚一は礼子の時に殺人の証拠が出なかったために「事件性が無い」と判断して許可しなかった。
土門は礼子が死ぬ前に30分も屋上でいたこと、そこで誰かに電話を掛けていたことをマリコに話す。マリコが斎藤の携帯電話を鑑定したいと言い出すと、土門は彼女に預けた。早月は礼子のウイルス学と斎藤の歯周病原細菌学に類似性かあったことを指摘し、死亡時画像診断をさせてほしいとマリコに頼む。佐沢は斎藤の血液を持ち込み、マリコに鑑定を依頼した。マリコは彼に、CT検査を任せた。土門は生体防御研究室を訪れ、斎藤が頭痛を訴えていたこと、礼子と口内細菌を共同研究していたことを知った。
血液鑑定とCT検査によって、斎藤には礼子と同じような病気の所見が出た。礼子が電話を掛けたのは飛ばし携帯で、斎藤が最後に電話を掛けた番号と同じであることも判明した。マリコと土門から報告を受けた藤倉は捜査本部を設置し、斎藤の司法解剖を許可した。美穂子は土門から加賀野と礼子の会話内容について問われ、専門的で良く分からなかったと答えた。斎藤の司法解剖によって死因は礼子と同じだと判明したが、髄液に異常が見られた。
礼子と斎藤の衣服からは乳酸菌飲料らしき成分が検出されたが、商品までは特定できなかった。飛ばし携帯の基地局は、全て京都市内であることが明らかになった。ロンドンとトロントでは、礼子や斎藤と類似の事件が発生した。翌朝、宇佐見の鑑定によって、衣服から検出された成分が乳酸菌飲料ではなく大量のダイエット菌だと判明した。土門は加賀野の研究室から持ち出されたと確信し、彼を追求した。加賀野は、「ウチのダイエット菌とは断定できない」と反論した。
加賀野は余裕の表情でアリバイを提示し、ダイエット菌の実験を見せた。マリコは検出された成分が飲める保存液だと気付き、土門に知らせた。土門は加賀野に対し、保存液のカプセルを任意提出するよう求めた。加賀野が拒むと、「令状を取れば研究にも影響が出る」と彼は脅し文句を口にした。加賀野はカプセルを提出するが、テレビに出演して不当捜査だと抗議した。知らせを受けた京都府公安委員会警察本部長の佐伯志信は、テレビを見て驚いた。
土門は警察庁指導連絡室長の倉橋拓也と近畿管区警察局主任監察官の芝美紀江から、尋問を受けた。科学鑑定監察所の榊伊知郎は部下たちを率いて科学捜査研究所に乗り込み、2件の転落死案件の鑑定書を提出するよう要求した。警察協力受難者協会の佐久間誠は加賀野の元へ行き、調査の結果によって京都府警から正式に謝罪させると説明した。マリコは伊知郎から科学監察聴取を受け、今回の事件について意見を求めた。すると伊知郎は、検出成分の0.01%に当たる「その他」の隠れ成分に着目した。
加賀野は警察に対して、和解を提案した。「今後は任意の立場でも聴取には応じない」という条件を飲めば、京都市警に謝罪を求めないという取引だった。藤倉から和解条件を聞いた土門は、加賀野には何か隠したいことがあり、マスコミを使って圧力を掛けたのではないかと告げた。マリコたちはカナダの科学捜査センターにいる相馬涼から、トロント工科大学で細菌を研究していた教授が転落死したこと、死の直前に911に助けを求める電話を掛けていたことを聞かされた。血液検査によって教授の体内からマリファナが検出されたため、地元警察はバッドトリップによる自殺として処理していた。
相馬はマリコたちに、ロンドン農業大学で細菌を研究していた教授も転落死していることを教えた。マリコは彼に、必要なデータを送るよう依頼した。しかしデータを入手するためにはカナダ警察の許可が必要であり、そのためには警察庁に動いてもらう必要があった。そこでマリコは倉橋に電話を掛け、協力を要請した。彼女は髄液検査を続けるが、何も発見することは出来なかった。宇佐見は「その他」の成分を調べるが、何も分からないままだった。そこでマリコはSPring-8の宮前守に連絡し、詳細な分析を依頼した…。監督は兼ア涼介、脚本は櫻井武晴、製作総指揮は早河洋、製作統括は亀山慶二&手塚治、製作は西新&村松秀信&與田尚志&池田篤郎&今村俊昭&多湖慎一&寺内達郎&森君夫、エグゼクティブプロデューサーは三輪祐見子&塚田英明、ゼネラルプロデューサーは関拓也、プロデューサーは藤崎絵三&村上弓&中尾亜由子&森田大児&谷中寿成、撮影は朝倉義人、照明は山中秋男、録音は近藤義兼、映像は今西遺充、美術は松崎宙人、編集は米田武朗、音楽は川井憲次、主題歌は遥海『声』。
出演は沢口靖子、内藤剛志、佐々木蔵之介、若村麻由美、金田明夫、風間トオル、伊東四朗、渡辺いっけい、小野武彦、戸田菜穂、斉藤暁、西田健、田中健、野村宏伸、山崎一、宮地雅子、渡部秀、長田成哉、山本ひかる、奥田恵梨華、石井一彰、崎本大海、佐津川愛美、駒井蓮、水島麻理奈、マギー、宮川一朗太、片岡礼子、阪田マサノブ、中村靖日、福山潤、染野有来、宮田圭子、佐渡山順久、増田広司、柴田善行、森乃阿久太、平山咲彩ら。
テレビ朝日系の連続TVドラマ『科捜研の女』の劇場版。
監督の兼ア涼介と脚本の櫻井武晴は、TVシリーズのスタッフ。
マリコ役の沢口靖子、土門役の内藤剛志、早月役の若村麻由美、藤倉役の金田明夫、宇佐見役の風間トオル、日野役の斉藤暁、橋口役の渡部秀、亜美役の山本ひかる、蒲原役の石井一彰は、映画公開時のTVシリーズのレギュラー。
倉橋役の渡辺いっけい、伊知郎役の小野武彦、美紀江役の戸田菜穂、佐伯役の西田健、佐久間役の田中健、佐沢役の野村宏伸、宮前守役の山崎一、日野恵津子役の宮地雅子、相馬涼役の長田成哉、吉崎泰乃役の奥田恵梨華、木島修平役の崎本大海、風丘亜矢役の染野有来、宇佐見咲枝役の宮田圭子は、過去のシリーズのレギュラーや出演者。
他に、加賀野を佐々木蔵之介、秦美穂子を佐津川愛美、奈々枝を駒井蓮、友希枝を水島麻理奈、柴崎をマギー、石室を宮川一朗太、礼子を片岡礼子が演じている。TVシリーズは1999年にseason1が放送され、2020年のseason20最終回で映画製作が発表された。その翌年の9月に本作品が公開され、翌月 からseason21の放送が始まった。2015年10月のseason15開始時点で、日本の連続TVドラマで最長寿の番組となった。
「木曜ミステリー」枠の終了に伴い、このシリーズもseason21で幕を下ろすかと思われたが、その後も放送枠を変更して続いている。
今回の劇場版は、長く続いたことに対する御褒美の意味が強いのか、それとも「これで区切りを付けて終わらせよう」という狙いがあったのか、裏事情は不明。
ただ、これだけ長く続いていれば、「ファンだけの動員でも充分に儲けが出る」とは考えられるわな。映画は榊マリコが老紳士と話すシーンから始まる。ちなみに老紳士は物語と何の関係も無いし、そのシーンだけで出番は終了する。
その後は宇佐美裕也が自宅で母親と話す様子、残業中の涌田亜美と木島修平と吉崎泰乃が話す様子、日野和正が自宅で妻と話す様子、カナダにいる相馬涼がオンラインで橋口呂太と話す様子が描かれる。
しかもご丁寧なことに、登場するとマリコたちの役職と名前がテロップで表示される。
これらのシーンは全て、物語の展開には全く必要が無い。風丘早月が石川礼子の転落死を目撃するまでのシーンは、主要キャラを紹介するための時間だ。
一見さんには何の役にも立たない紹介だが、どうせ観客の大半はTVシリーズのファンだろうから、そこは大して問題じゃない。
とは言え、逆に「どうせ基本的にはTVシリーズの視聴者しか見ない映画なのに、わざわざ紹介パートなんて用意する必要があるのか」という疑問は拭えない。
ただ、TVシリーズでは既にレギュラーを外れた面々もいるので、「かつてレギュラーだった面々も出て来ますよ」と示すための演出なのかもしれない。礼子が転落死すると、画面を四分割して宇佐美、亜美、日野、橋口の携帯が鳴る様子が同時に描かれる。
でも、そんな手順は全く必要性が無い。
マリコが転落現場で遺体を調べた後には、「司法解剖」「人体落下シミュレーション」「血中薬毒物鑑定」「防犯カメラ映像分析」「下足痕鑑定」という表記と共に、該当する作業の様子が短く並べられる。
TVシリーズで何度も描いて来た作業なので、そこは大胆に省略し、でもテロップで「どういう作業か」ってのは説明しているわけだ。土門が佐沢に電話を掛けて斎藤について尋ねるのも、佐沢を物語に絡ませるための手順だ。ぶっちゃけ、別に佐沢に斎藤のことを訊かなくても全く支障は無い。
そんな感じで、とにかくファン・ムービーとしての色合いが圧倒的に濃い。
ミステリーの充実や物語の面白さよりも、シリーズでお馴染みのメンツに多く出てもらうことを優先している。
この映画の最大にして唯一のセールスポイントは、「シリーズでお馴染みのメンツが集結している」ってことだ。キャラクターによっては既にTVシリーズでの役職を離れているケースもあり、別の部署の人間として登場する。シリーズのファンからすると、そういうのも嬉しいサービスだろう。
言ってみれば今回の作品は、劇場版という形を取った同窓会なのだ。
シナリオは劇映画としての体裁を整えるためのモノに過ぎず、その中身は二の次、三の次なのだ。
なるべくシリーズでお馴染みのキャラクターを多く集結させるために、必要性や必然性は度外視して登場シーンやマリコとの会話シーンを用意している。医療や細菌に関する専門的な用語や解説が幾つも出て来るが、その全てをちゃんと理解するのは難しいだろう。だが、そんなに気にしなくても大丈夫だ。
そこに真正面から向き合っても、大して意味は無い。真相が明らかになった時、それに見合う満足感など得られないからだ。
細かいことは無視して、何となく「色んな人が色んなことを言ってるなあ」ぐらいのバカみたいな感覚で鑑賞しても一向に構わない。
本格ミステリーとしての醍醐味なんて、この映画に求めるのは大間違いだ。
マジな刑事物、推理物に見せ掛けているけど、実際はトンデモ系と言ってもいいような事件だし。粗筋で触れたようにロンドンとトロントでも類似の事件が発生しているのに、そこにマリコたちが全く触れないままで話が進んでいく。
それなら、海外のシーンを描いた意味が無いでしょうに。
ロンドンとトロントの事件が発生した翌朝のシーンで、マリコたちに情報が伝わるような形にすべきだわ。
そうじゃないなら、そのシーンを映像として挿入せず、後から「実はロンドンとトロントでも同様の事件が起きていた」と軽く触れるだけでも充分だぞ。終盤、マリコが犯人に襲われ、毒物の影響で橋から飛び降りる展開がある。
まるでマリコが犯人に殺されたような描写だが、もちろん彼女が死んでいないことなど誰でも簡単に分かるだろう。
それどころか、犯人を捕まえるための作戦として罠に掛かった演技をしていることもバレバレだ。
どうせ飛び降りた直後に犯人が捕まって「実は死んでいませんでした」とバラすけど、ほとんど期待できないサプライズ効果のために、安っぽい飛び降りシーンを用意しなくても良かったんじゃないかなあ。犯人が判明した時、「その配役は本当に正解なのかな」と引っ掛かってしまう。
犯人を演じている役者に文句があるわけじゃないのよ。ただ、ベタベタではあっても、そこはゲストの中でも知名度の高い役者を据えた方が良かったんじゃないかと。
いっそのこと、加賀野に犯人としての当確ランプを早い段階で点灯させて、対決の図式を確定させちゃった方が良かったかもしれない。
変に捻りを加えても、何のプラスにも働いていないんだよね。加賀野が犯人で良かったんじゃないかと思う理由は、他にもある。
犯人が捕まった後、その正体や犯行理由を知らされた加賀野が驚いたり「なぜだ」と嘆いたりすることは皆無で、むしろ連続殺人を正当化するような言葉を口にするんだよね。
もっと言っちゃうと、その犯人に「未必の故意」として殺人をそそのかしたようにも感じるのだ。
そんな風に全く反省や後悔の念を見せない加賀野が捕まらずに終わるので、なんかモヤッとするんだよね。ちょっとフォローみたいなことも書いておくと、ミステリーとして大きく破綻しているわけではないし、ちゃんとセオリーは守っている。
だから完全ネタバレだが、最初から「いかにも犯人ですよ」とアピールしている加賀野は犯人じゃない。いかにも怪しげな言動で目立つ美穂子は、ミスリードのためのキャラクターだ。
前述のようにTVシリーズでお馴染みの面々が多く登場するし、ファンなら大いに満足できる可能性は高い。
あと、この手のTVドラマを良く見ている人も、それなりに楽しめるんじゃないかな。
この作品が抱えている問題点は1つに集約できて、それは「映画にするようなコンテンツじゃないよね」ってことだ。(観賞日:2023年12月26日)