『累 -かさね-』:2018、日本

母である淵透世の13回忌に参列した一人娘の累は、幼少期の出来事を思い出す。彼女は透世から、「もしも一人ぼっちで本当に辛い時は、この口紅を使いなさい」と口紅を渡されていた。累は13回忌で誰とも話そうとせず、伯母の峰世から苦言を呈されても無視した。彼女を目にした羽生田釿互という男が声を掛け、元演出家で今は俳優のマネージメントをしていると自己紹介する。彼は自分が担当する女優の出ている『虎の花嫁』という舞台のチケットを差し出し、見に来るよう誘った。彼は累に、透世に世話になっていたことを話した。
累はマスクを装着し、羽生田と共に丹沢ニナという女優の主演舞台を見た。芝居が終わった後、羽生田はニナに累を紹介した。彼は累に、ニナがスランプで代役を探していたことを説明した。累の右頬に大きな裂傷があるのを見たニナは、「こんな人に私の代わりが務まるわけないでしょ」と苛立つ。羽生田が「自分の方が上手くやれると思ったんじゃないか」と累に問い掛けると、ニナは「やってみなさいよ」と彼女に台本を投げ付けた。
ニナは累を突き飛ばし、首から下げている口紅に気付いた。彼女は口紅を奪い取り、「化粧したら、少しはマシになると思ってるんだ」と馬鹿にする。彼女は累を押さえ付け、唇と傷口に口紅を塗り付けて嘲笑した。累が腹を立ててニナにキスすると、2人の体が入れ替わった。累は『虎の花嫁』の1シーンを堂々と演じ、再びニナにキスをした。すると2人の体は元に戻り、累は劇場から走り去った。彼女は泣き崩れ、「もう二度とやらないと決めたのに」と呟いた。
累を追って来た羽生田は、「顔を奪った瞬間、快感だっただろ」と告げる。彼は逃げようとする累を捕まえ、「お前ならやれる。あいつはお前と契約を結んでもいいと言った。お前が丹沢ニナになるんだよ」と口にする。累が激しく嫌がると、羽生田は「俺はお前の母親かに頼まれたんだよ。娘を奈落の底から、輝くステージに導いてくれって」と話す。契約を承諾した累はニナとしての行動に慣れるため、彼女と入れ替わって生活することになった。
ニナは高校時代に出会った烏合零太が演出する舞台『かもめ』のニーナ役を狙っており、オーディションに累を参加させようとしていた。かなりの倍率のオーディションで、ニナは羽生田から「向こうはもう忘れてるよ」と言われるが、「だったら、もう一度覚えてもらえばいい」と告げた。烏合は海外からも注目される若手演出家だが、最近は行き詰まっていた。オーディション当日、ずっと退屈そうな態度を示していた烏合だが、累の憑依したような演技を見て釘付けになった。
累はニナのマンションに戻るが、合格した自信は全く無かった。彼女はニナに、「あの人だけはホントの私を見てるようで怖かった。でも、嫌じゃなかった」と語った。合格の知らせを受けたニナは大喜びし、演劇のワークショップで烏合と出会ったこと、「君の美しさは武器になる」と言われて女優を目指したことを累に話した。ニナは累のコーチ役を務め、演技の特訓を積ませた。ちょうど12時間で入れ替わりの効力が切れるため、彼女は「朝9時にキスして稽古に行き、夜9時までに必ず帰って来て」と累に指示した。
顔合わせと本読みに参加した累は幸せを感じ、「ここに私の居場所がある」と感じて嬉し涙を浮かべた。彼女は飲み会に参加するが、夜の9時が迫ったことを羽生田からの電話で聞かされた。店を出た彼女が羽生田の車に向かおうとすると、烏合が追って来て「言っておきたいことがある」と告げた。累は背中を向けたまま、烏合の「舞台がつまらなくなり掛けていた。そこに君が現れた。君となら、俺の想像すら超える作品が作れるかもしれない。期待してるよ」という言葉を聞いた。夜の9時を過ぎたたため、彼女の顔は元に戻っていた。累は振り返らないまま、羽生田の車に乗り込んだ。
羽生田は累が烏合に惹かれていると見抜き、積極的に振る舞うよう促す。累がマンションに戻るとニナは苛立ちを示し、烏合と話した内容を全て教えるよう要求した。後日、専門誌に掲載された累と烏合のインタビュー記事を読んだニナは腹を立てて羽生田に電話し、ちゃんとマネージメントするよう命じた。突然の眠気に襲われた彼女は、錠剤を飲んだ。別の日、ニナが目を覚ますと9時をとっくに過ぎており、累は顔だけ借りていくと書いたメモを残して稽古場に出向いていた。稽古に参加した累はキスシーンを嫌がってしまい、烏合は苛立った様子で注意した。
ニナが稽古場に乗り込んで来たので、累は慌てて「私の付き人です」と烏合たちに嘘をついた。彼女がトイレへ連れて行くと、ニナは怒りの形相で「私が眠っている隙に、私の人生まで全て盗む気でしょ」と凄んだ。彼女は自分が稽古に参加すると主張して顔を元に戻し、服も交換させた。彼女が稽古場に戻って演技すると、烏合はすぐに止めて「君らしくないぞ。それじゃあ素人もいいところだ」と言う。ニナが泣いて部屋を飛び出すと、累が追い掛けて「ここで帰ったら丹沢ニナは信用を失います。それでもいいんですか」と諭す。ニナに憤慨するが、羽生田が「病気が治ったら、あの化け物は捨てればいい。余計な下積みは任せればいい」と説得した。
羽生田は烏合に、ニナは悩みがあるようなので相談に乗ってやってほしいと吹き込んだ。ニナの姿に変身した累が個人練習を積んでいると、烏合が来て声を掛けた。彼は「俺にだけは見せてくれないか。本当の顔を」と言い、累にキスして抱き寄せた。その様子を、ニナが密かに観察していた。翌日からニナは、累に優しく接するようになった。累はニナが烏合を好きだと気付いていたが、自分の気持ちを抑えることは出来なかった。
累は烏合から稽古の後にも会いたいと言われ、時間を空けると約束した。彼女はニナにメールを送り、決起集会があって断れないので延長させてほしいと頼んだ。ニナは承諾し、夜8時に彼女と待ち合わせた。しかしニナは累と一度目のキスで元に戻ると、彼女の口紅を奪って制圧した。ニナは累が烏合と会うつもりだと見抜いており、「これから烏合さんに抱かれてくる」と言い放って立ち去った。翌朝、彼女は累が沈んでいるマンションへ戻り、勝ち誇った態度で烏合と関係を持ったことを自慢した。
ニナは「もう終わりにしましょう。今すぐ出てって」と鋭く告げ、累に口紅を投げ付けた。累が出て行こうとすると、ニナが意識を失って倒れた。慌てた累は羽生田に連絡し、事情を説明した。マンションに駆け付けた羽生田はニナをベッドへ運び、彼女は急に発作を起こして何週間も眠り続けるターリア病という持病があるのだと累に教えた。芝居に集中するよう言われた累が「出来ません」と嫌がるが、羽生田の説得を受けて承諾した。
目を覚ましたニナは、5ヶ月以上が経過していることを羽生田から知らされる。さらに羽生田は、累が『かもめ』の後も舞台を1つ終えたこと、CMにも出演して多くの雑誌に取り上げられる人気女優になっていることを語った。現在、累は大物演出家の富士原佳雄が手掛ける国立文楽劇場『サロメ』に向けて、稽古に入っていた。稽古から戻った累は、ニナが目を覚ましたことを知って喜んだ。羽生田はニナに、累が全ての世話を引き受けていたことを教えた。
ニナは累に、烏合とはどうなったのか尋ねた。累はニナが烏合と関係を持ってないことを知っており、それを指摘した。そして彼女は烏合とセックスしたことを明かし、もう終わったのだと言う。ショックを受けたニナが「もう、こういうこと、やめない?」と告げると、累は「それは出来ません。もう丹沢ニナは2人だけの物じゃないんです」と語る。「今の状況を分かってもらうためにゲストを呼んだんです」と口にした彼女は、ニナの母である紡美を呼んだ。紡美は累が娘だと信じており、マネージャーと紹介されたニナに挨拶した。『サロメ』の稽古に入った累は、富士原から演技を酷評された。峰世の元を訪れたニナは、累の母親が淵透世だと知って調べ始める。累は羽生田から、透世の秘密を聞かされる…。

監督は佐藤祐市、原作は松浦だるま『累』講談社「イブニングKC」刊、脚本は黒岩勉、製作は石原隆&市川南&吉羽治、プロデューサーは上原寿一&橋本芙美&片山怜子、ラインプロデューサーは武石宏登、撮影は谷川創平、美術は相馬直樹、照明は李家俊理、録音は田中靖志、編集は田口拓也、人物デザイン監修・衣装デザインは柘植伊佐夫、音楽は菅野祐悟。
主題歌 Aimer「Black Bird」作詞:aimerrhythm、作曲:飛内将大、編曲:玉井健二&百田留衣。
出演は土屋太鳳、芳根京子、浅野忠信、檀れい、村井國夫、横山裕、筒井真理子、生田智子、高橋光臣、小久保寿人、椿真由美、伊東蒼、植原星空、樋口隆則、今井あずさ、コビヤマ洋一、窪田康祐、森山アスカ、沓名環希、比佐廉、内田章文、廣瀬裕一郎、大地伸永、青木柚、藤村真優、荒井天吾、福田彩実、宮腰彩音、藤原彩愛、木村康雄、奥田ワレタ、岡田謙、筒井巧、井川哲也、小田弘二、久留飛雄己、塚瀬香名子、世奈、佐藤邦洋、木村夏子、北里傑、高瀬英璃、サライユウキ、宇田川佳寿記、親泊義朗、金井成大、木庭博光、井上雄太、的場司、池原丈暁、保里ゴメス、田中康寛、神林斗聖、本山功康、一條恭輔、沢木楓、難波正行、堀田達郎、林諒一、キンダイチ、永長孝盛、古谷朋弘、金森規郎、中川慧、平野舞、飯泉博道、原田もも子、鈴木康平、井手知美ら。


松浦だるまの同名漫画を基にした作品。ただし内容は大幅に改変されており、原作の主要キャラクターである野菊が登場しない。
監督は『ストロベリーナイト』『脳内ポイズンベリー』の佐藤祐市。
脚本は『黒執事』『悪と仮面のルール』の黒岩勉。
ニナを土屋太鳳、累を芳根京子、羽生田を浅野忠信、透世を檀れい、富士原を村井國夫、烏合を横山裕、峰世を筒井真理子、紡美を生田智子、『かもめ』のトリゴーリン役の俳優を高橋光臣が演じている。

冒頭シーンから、早くも違和感が生じている。
その時点では明らかにされていないが、透世が累に渡した口紅には、「それを塗って誰かにキスしたら入れ替わる」という力がある。でも、それを渡す時に「もしも一人ぼっちで本当に辛い時は、この口紅を使いなさい」ってのは変でょ。
辛い時ってのは、色んなパターンがあるわけで。それが「誰かと入れ替わりたい」という辛さとは限らないでしょ。
孤独を抱えて辛い時に、誰かと入れ替わることで救われるとも限らないでしょ。

ニナは累の口紅を見つけると彼女の唇と傷口に塗り付けるが、その行動は不自然だ。そこで腹を立てた累がニナにキスするのも不自然だ。
そこは相手に腹を立てたのであって、相手が欲しいと思ったわけでもないでしょうに。
彼女が台詞を言い出すのも、やはり不自然だ。すぐに再びキスし、元に戻るのも不自然だ。
そもそも羽生田に誘われて芝居を見に行くという行動からして、不自然さは感じるのよ。だけど、そこはまだ、「物語を進めるための御都合主義」としては余裕で受け入れられる。
ただ、ニナと累の初絡みのシーンは、強引さの連続になっちゃってんのよね。

原作の累は、「醜い顔で右頬には大きな傷跡がある」という設定だ。つまり、傷跡が無くても最初から顔が醜いという設定なのだ。
しかし映画版だと、設定がどうなのかは知らないが、少なくとも見ている限りは「右頬に大きな傷跡がある」という部分だけが使われている。
何しろ演じているのが芳根京子だし、傷跡を除けば特殊メイクは無いので、「元から醜い顔」では絶対に無いでしょ。
で、これって実は、かなり大きなポイントなんだよね。
美人だったけど傷跡のせいで醜くなった場合と、元から醜い上に傷跡が付いた場合では、その女性の意識って全く違ってくるはずで。
でも、その辺りを完全に無視しちゃってんのよね。

累は「母のように華やかなステージに立ちたい」という願望が強くて、だからニナの替え玉を務める契約を承諾する。それは彼女を突き動かす原動力なので、そういう思いになったきっかけや経緯ってのは、ものすごく重要な要素のはずだ。
だからホントなら丁寧に描いた方が望ましいんだけど、サラッと片付けられている。
また、累は天性の才能を持っていて、だから何の経験も無かったのに最初から見事な演技力を披露する。
ここも重要なポイントだが、やはり軽く処理される。
時間の都合はあるんだろうけど、もう少し何とかならんかったかと。
傷跡を付けられた出来事が詳しく語られないのも引っ掛かるけど、そこは別にいいとしてさ。

ニナの「スランプだから累を替え玉に使ってオーディションを受けさせたり稽古を積ませたりする」という理由は、かなりの違和感がある。
しばらく経って「実は急に眠ってしまう奇病を患っていた」という事実が明らかにされるが、それでも腑に落ちることは無い。
そんな病気を持っているのなら治療に専念し、それが終わってから女優復帰すりゃいいはずで。
わざわざ替え玉を使ってまで「丹沢ニナ」に女優としての仕事を続けさせようとするのは、所属事務所が強いるならともかく、本人が望む理由がサッパリ分からない。

既にニナが大活躍している人気女優で、今の地位や名声を失いたくないってことなら分からんでもない。また、大きな仕事が決まっていて、そのチャンスを失いたくないってことなら、これも理解できる。
でもニナって、まだバリバリの売れっ子ではなくて、これから頑張っていこうとしている段階の女優なのよ。
それに眠り続ける持病があるのなら、今後も累に頼らなきゃいけなくなるでしょ。
そもそも累が勝ち取った仕事や栄光なんて、ニナも素直に喜べないでしょうに。

ニナは最近になって病気に見舞われたのかと思ったら、持病という設定だ。ってことは、ずっと前から病気だったんだよね。
それなのに、よく女優を続けていこうと思ったな。「治療法が分かっていて、もうすぐ手術を受けて治る予定」ってことならともかく、そうでもないし。
あとさ、今までの仕事は、どうしていたんだよ。何週間も眠る持病を持っていたら、舞台女優なんて無理でしょ。舞台って本番だけなら一日で済むケースもあるだろうけど、何日も続くことだってあるし。
それに本番はともかく稽古は何日もあるわけで、今まではどうやって誤魔化していたのかと。
彼女の病気は映画オリジナルの設定なんだけど、それが色んなトコで破綻を生んでいるぞ。

ニナは最初の『虎の花嫁』の演技を見る限り、「大根女優」という設定なのかと思った。ところが彼女は、累に演技指導をしているのよね。
ってことは、それなりに演技が上手い設定なのか。そうじゃないと、「大根女優が偉そうに芝居を教えている」ってことになるので、それは滑稽でしかないぞ。
でも、烏合が素人呼ばわりしているってことは、やっぱり演技力が低い女優ってことなのね。
そうなると、その程度の女優を、替え玉まで用意して羽生田が売り出そうとしている理由が良く分からないなあ。

ニナは目を覚ました後、羽生田から累が人気女優になっていることを知らされる。
でもさ、舞台のファンから注目を集める若手女優という立場になっている程度なら、それは分かるのよ。
ただ、累はコマーシャルに出演し、専門誌以外のメディアでも大きく取り上げられるほどの売れっ子になっているみたいなんだよね。
これが映画やTVドラマで注目を集めたならともかく、2本の舞台劇に出演しただけなのに、そこまでの人気者になるかなあ。

『サロメ』の稽古シーンが始まると、羽生田のナレーションやイラストやテロップを使って登場人物や人間関係を簡単に説明する。そんな演出は、『かもめ』の時には無かった。
なぜ『サロメ』だけ説明を入れるのかというと、「芝居の内容がが累やニナの状況に重なる」という展開が待っているからだ。なので、先に軽く解説しておく必要があるという判断をしたわけだ。
理解は出来るが、かなり野暮ったい。
それに、「芝居と現実が重なる」という仕掛けがそんなに効果的じゃないので、わざわざ説明する意味も薄いんだよね。

終盤に入ってから、小学生時代の累と同級生のイチカの間で起きた出来事が描かれる。
だけど、今さらどうでもいいとしか思えない。
そのシーンでは累が初めて口紅を使って他人と入れ替わった出来事、初めて舞台に立って芝居をする喜びを感じたこと、イチカを屋上から突き落とす時に口に傷が付いたことが語られる。どれも全て、現在の物語に大きく絡んで来る要素ばかりだ。
だからホントは重要なシーンではあるんだけど、それでも「どうでもいい」としか思えないぐらい、タイミングを逸している。

最後にフォローしておくと、主演の土屋太鳳と芳根京子は頑張っている。
2人とも1つの役柄を演じるだけでなく、それぞれが相手の役も演じる必要がある。
しかも、土屋太鳳で言えば「生意気なニナ」「弱気なニナ」「演技が下手なニナ」「演技の上手いニナ(中身は累)」「臆病なニナ(中身は累)」「自信に満ちたニナ(中身は累)」など、かなり多様なキャラを演じ分ける必要がある。そして舞台女優として、『かもめ』や『サロメ』を演じるシーンもある。
かなりの何役を見事にこなしており、それは純粋に素晴らしいと思う。

(観賞日:2019年12月19日)

 

*ポンコツ映画愛護協会