『仮面病棟』:2020、日本
4人の死亡者を出した田所病院立て籠もり事件の捜査本部がある八王子中央警察署には、多くのマスコミが押し寄せていた。警察に通報が入ったのは、昨夜の10時10分だった。刑事の金本たちはコンビニ強盗事件として広域手配を掛け、ピエロのマスクを被った犯人を追っていた。だが、それは始まりに過ぎず、立て籠もり事件へ繋がったのだ。金本は取調室で事情聴取している唯一の目撃者に対し、病院で発生した出来事を改めて話すよう求めた。
前日。見習い外科医の速水秀悟が田所病院に到着すると、大学の先輩である小堺司が現れて「不気味だろう?建物は精神科病院だった時のままだ」と話す。速水は小堺に頼まれ、当直のバイトを交代していた。小堺は速水に、「ここは辛いかもしれないが、洋子のためにも早く仕事に復帰してほしいんだ」と告げた。彼は担当患者の容体が悪化したため、調布の病院へ戻ることになっていた。小堺は理学療法士の宮田勝仁たちに速水を紹介し、建物に入った。
田所病院は療養型の病院で、認知症の寝たきり患者が大半だ。手術室の扉には鎖が巻き付けてあり、小堺は「もう何年も使ってない」と説明する。院内には鉄格子があり、彼は「昔の名残だ」と言う。入院病棟は3階と4階で、速水は小堺とエレベーターに乗る。小堺は速水に、「洋子のことは、お前のせいじゃない。俺はこの3ヶ月で、気持ちの整理が付いた。おまえもそろそろ前に進めよ」と語った。彼は受付へ行き、看護師の東山良子と佐々木香に速水を紹介した。香は寿退社で、その日が最後の勤務だった。
良子は速水に「当直室は2階です」と言い、4階の病室へ案内する。402号室を見た速水は、患者の名札が「赤間美代子」「得田つぐみ」の他に「渋谷06」「三鷹19」となっているのに気付いた。患者の佐藤春美が叫び出したので、良子は412号室へ赴いた。彼女は「またお嬢さんを捜してたの?」と呼び掛け、ベッドの下に落ちていた人形を渡して「ほら、いたわ」と告げた。人形を抱いた春美が落ち着くと、良子は薬を飲ませた。速水が412号室の名札を見ると、春美と鈴木佐喜子の他に「世田谷07」「川崎13」と書いてあった。5階もあることに速水が触れると、良子は院長室と資料保管室だと教えた。
良子は3階へ速水を案内し、4階と同じ作りの病棟で満床だと説明した。良子は速水に、妹を事故で亡くした小堺が元気になって良かったと話す。速水は2階の当直室に入り、3ヶ月前の出来事を思い出す。彼は小堺の妹の洋子と交際しており、デートの車中で妊娠3ヶ月だと打ち明けられた。速水はプロポーズしようとするが、飛び出してきた大型トラックを避け切れずに激突した。速水は軽傷だったが、洋子は重傷を負う。近くの救急病院が急患で溢れていたため、速水は田所病院に搬送しようと考えて小堺に電話を掛けた。しかし院長の許可が出なかったため、洋子は救急車の中で死亡した。
夜、速水が当直室で休憩している頃、近所のコンビニにピエロの仮面を被った強盗が入る。ピエロは鞄に金を入れ、店から逃亡した。速水がテレビを見ていると、「休養を取っていた民政党の国平元総理が政界復帰に意欲的な姿勢」というニュースが流れた。速水は良子からの電話を受け、1階へ来てほしいと頼まれた。彼が白衣を着ているとテレビではコンビニ強盗のニュースが報じられ、キャスターは若い女性が犯人に連れられたと告げた。
速水が1階へ行くと、川崎瞳という若い女性が腹から出血していた。近くに立っていたピエロは速水に拳銃を向け、「俺が撃った。その女を治療しろ」と要求した。速水は「この病院の手術室は使えない」と言うが、ピエロは納得しなかった。彼は速水を蹴り飛ばし、「医者のくせに、このまま見殺しにするのか」と詰め寄った。洋子のことを思い出した速水は、香と良子にストレッチャーを用意させて瞳を手術室へ運んだ。すると封鎖されていたはずの手術室は、なぜか最近まで使われていたような状態だった。
速水は瞳の腹部を縫合し、無事に手術を終えた。ピエロは速水たちに拳銃を向け、出て行くよう要求した。院長の田所三郎はビエロの背後から忍び寄り、ゴルフクラブで襲い掛かろうとする。しかしピエロは田所に気付いており、ゴルフクラブを奪い取る。田所が「やめてくれ、金なら出す」と言うと、ピエロは「金はどこだ?」と尋ねた。田所はピエロを総合受付へ案内し、金庫を開けた。ピエロは札束を鞄に入れても立ち去ろうとせず、「外に出れば警察だらけだ」と口にした。
田所が「5時には交代の職員がやって来る。異常があれば警察に通報するだろう」と話すと、ピエロは全員の携帯電話を集めるよう命じた。ピエロは「俺は鉄格子を閉め、エレベーターを監視する」と言い、全員に上へ移動するよう指示した。速水は外部に連絡しようとするが、病院の電話線は切断されていた。田所は速水に、犯人の指示に従うよう告げる。彼は患者が心配だと言い、香と良子を連れて上の階へ向かう。速水と瞳は2階に残り、ビエロは306号室に侵入して「新宿11」のベッドに近付いた。
速水は瞳に質問し、彼女が愛陵女子大の2年生であること、コンビニに入ろうとしてピエロに発砲されたことを知った。「今の声って?」と瞳は言い、階段へ移動する。速水も妙な声に気付き、2人は様子を見に3階へ向かった。総合受付に香と良子の姿は無く、速水と瞳は306号室に入った。すると「新宿11」のベッドの男性患者が床に倒れており、腹部から出血していた。速水は瞳に、身元不明の患者は発見された場所と通し番号で呼ばれるのだと説明した。
速水が患者の腹部にある手術跡に気付くと、田所が香と良子を伴って現れた。速水は糸が全て切られていることを田所に知らせ、「あの患者は何なんですか」と尋ねる。田所は3日前に緊急手術した患者だと答え、「後はこちらで処置する」と告げた。「この病院の手術室は使われていないんじゃないんですか」と速水が訊くと、彼は「緊急の時のために設備を整えてあるんだ」と述べた。速水は田所たちに内緒でカルテを調べ、新宿11を手術した時間が短すぎることに不審を抱く。一緒にカルテを見た瞳は、手術の看護師が香と良子だと速水に教える。カルテの間には、「3階の新宿11 4階の池袋08と川崎13」と書いたメモが挟んであった。
速水と瞳は4階のカルテを調べ、池袋08と川崎13も同じ3人で夜中に緊急手術を受けていることを知った。速水が落とし物入れを探ると携帯電話があったが、電池が切れていた。徘徊する老人をベッドに戻らせた速水は、ピエロが5階から下りて来るのを見て瞳と隠れた。速水と瞳が5階へ行くと院長室が荒らされており、田所と国平が並んでいる写真が落ちていた。戻ろうとした速水と瞳だが、田所が香と一緒に階段を上がって来たので身を隠す。田所と香が抱き合う様子を見て、2人は院長室に隠れた。
田所と香が資料保管室に入っている間に、速水と瞳は院長室を出て5階から去った。しかし良子に見つかってしまい、2人は田所の元へ連行された。速水は田所から院長室を荒らした犯人だと疑われ、否定しても信じてもらえなかった。田所は速水が洋子の恋人だと思い出し、病院を恨んでピエロと結託しているのではないかと指摘した。そこへピエロが現れ、田所に「俺がやった。金を探していたのさ」と言う。田所は金庫から3千万円を出し、それを持って出て行くよう要求した。
ピエロが「他にもあるだろ」と詰め寄ると、田所は「これで全部だ」と否定する。ピエロは田所を何度も蹴り付け、速水は背中を見せる彼の隙を見て襲い掛かろうとする。しかし瞳が腕を掴んで「やめて」と叫び、ピエロは院長室を去る。香と良子は田所を2階へ運んで手当てし、瞳は速水に「私も大切な人を亡くしました」と打ち明ける。瞳は幼少期に両親を亡くし、姉の菜緒が母親代わりだった。彼女が親戚の男に虐待されて刺されそうになった時も、菜緒が身代わりになって助けてくれた。菜緒は高校へ進学せず、朝から晩まで働いて瞳を支えた。その菜緒を病気を亡くし、瞳は辛くて悲しかったと話した。
そこへ良子が来て耳元で囁くと、瞳は「何のことですか?」と首をかしげた。良子が「それならそれでいいの。気にしないで」と去った後、速水の質問を受けた瞳は「あいつだけじゃない。気を付けて」と言われたことを教えた。速水はピエロが強盗以外の目的で動いていること、田所たちが何かを隠していることを確信する。そこへピエロが来ると、速水は瞳を連れて隠れる。しかしピエロは速水を見つけて殴り倒し、瞳をエレベーターで連行した。
速水は1階へ走り、鉄格子越しに「おい、出て来い」と叫ぶ。ピエロが姿を現すと、彼は電池が切れている携帯電話を掲げて「彼女を解放しなければ警察に連絡する」と脅した。速水は患者の傷を開いたのもカルテを挟んだのもピエロの仕業だと確信しており、本当の目的を尋ねる。ピエロは答えなかったが、速水が携帯電話を床に置くと瞳を解放した。速水は瞳と抱き合い、ロビーと田所と合流した。悲鳴を耳にした速水が「佐々木さんは?」と訊くと、田所は「4階だ。東野くんを呼びに行った」と答える。速水たちが階段を上がると香が廊下に座り込んで泣いており、その向こうには腹を差された良子の死体が転がっていた。
香は警察に連絡すべきだと言い、緊急用に別回線となっている手術部の電話を使うよう田所に訴える。田所は1階にはピエロがいると反対するが、香は納得しなかった。速水は火災報知機を鳴らして消防車が駆け付けるようにする作戦を提案するが、田所は「消防車への連絡も電話回線だ」と言う。彼は「あと1時間で交代の職員が来る」と告げ、それまではピエロの指示に従うよう速水に説いた。総合受付に移動した速水から質問された瞳は、ピエロが自分と一緒にいたことを証言する。速水は良子が刺されてから時間が経過していることに気付き、ピエロが犯人ではないと推理していた。
瞳は南京錠の鍵を盗み出しており、速水に使うよう促した。速水はラジカセの音楽を流し、入院患者が手を叩くように仕向けてから瞳と共に2階へ向かう。ピエロがエレベーターで様子を見に行っている間に、速水は鉄格子の南京錠を外した。彼は瞳に裏口から逃げて警察に通報するよう頼み、1階の手術室に向かった。しかし手術室の外線は切断されており、瞳は戻って来て「ドアが針金で固められていた」と報告した。瞳は何かを運んだ形跡に気付き、壁が動くのではないかと速水に告げた。
速水が壁を動かすと、5階まで直通のエレベーターが隠れていた。速水と瞳は5階の資料保管室へ移動し、隠し部屋を発見した。奥には病室があり、ベッドでは術後患者が眠っていた。患者のカルテを見た速水は、腎臓移植手術を受けたのだと推理した。これまでに得た情報を頭の中で整理した速水は、田所たちが身元不明の患者から腎臓を摘出して違法に移植しており、違法な臓器移植を隠すために警察への通報を嫌がったのだと確信した。
そこへ田所が香を伴って現れ、「違う。私は臓器移植を受けられない患者を救ってきただけだ」と告げる。彼は臓器を摘出したのは意識の無い患者ばかりであり、生き残る価値のある人間だけを手術で助けたのだと主張する。手術部の電話線を切断したのは田所の仕業であり、「金ならやる。幾ら欲しい」と速水に持ち掛けた。速水は「は金で患者を選んでる」と批判するが、田所の説得を受けると「分かりました。じゃあ彼女にも充分に金をお願いします」と取引に乗った。瞳は腹を立て、速水に平手打ちを浴びせた。
そこへピエロが現れ、田所「他にも隠してる物があるだろう?」と詰問する。田所が「何のことだ?」と首をかしげると、ピエロは焦った様子で何かを探し始める。パトカーのサイレン音が鳴り響いて病院が警官隊に包囲されたため、ピエロは速水たちに2階のロビーへ移動するよう命じた。ピエロはテレビを付け、立て籠もり事件が報じられている様子を見る。田所の携帯電話が鳴ると、ピエロは速水に応対するよう指示した。「突入したら人質を殺すと伝えろ」と言われ、速水は電話に出た。
速水は死亡者がいること、ピエロ話す気が無いことを伝えると、密かに電話を切った。彼は通話を続けているように装い、食事を用意するよう頼む芝居を打った。ビエロは速水の勝手な行動に激怒して詰め寄るが、田所と香に食事を取りに行くよう命じた。田所はエレベーターで1階へ移動すると、香に「あれを処分しよう。外来受付のシュレッダーだ」と言う。彼は隠しておいたファイルを瞳に渡し、処分するよう指示する。しかし2人が廊下に出ると、速水が瞳&ピエロと待ち受けていた。
速水は激怒したピエロに詰め寄られた際、携帯電話で「院長に食事をとりに行かせろ、そうすれば探しているものが見つかる」というメモを見せていた。田所が処分を目論んだのは、違法な臓器移植を受けた患者のリストだった。ピエロはファイルを手に入れ、瞳は速水の作戦を知って謝罪した。ファイルを開いたピエロは、川崎14の臓器を移植した患者として国平の名前があることを知った。速水はピエロが病院の秘密を全国に知らせるため警察に通報したと指摘し、「そうですよね、小堺先輩」と呼び掛ける…。監督は木村ひさし、原作は知念実希人『仮面病棟』(実業之日本社文庫)、脚本は知念実希人&木村ひさし、脚本協力は小山正太&江良至、製作は高橋雅美&池田宏之&佐藤政治&岩野裕一&有馬一昭&森田圭&吉川英作&牧田英之&舛田淳&渡辺章仁&永田勝美&森川真行、エグゼクティブ・プロデューサーは濱名一哉、プロデューサーは森川真行&田口生己、アソシエイトプロデューサーは清家優輝、撮影は葛西誉仁、照明は鈴木康介、録音は石貝洋、美術は高橋達也、編集は富永孝、音楽は やまだ豊、主題歌は『AS ONE』。
出演は坂口健太郎、永野芽郁、高嶋政伸、鈴木浩介、大谷亮平、内田理央、江口のりこ、朝倉あき、丸山智己、笠松将、小野武彦、永井大、藤本泉、佐野岳、白川和子、みずと良、仲村悠葉、松岡哲永、安武風花、屋良学、ジジ・ぶぅ、松岡佳苗、長元流生、草野美幸、牛島大明、寺田剛史、在永圭一朗、小嶋歩琉、太田智子、叶みゆき、安永星良、ヨウ手嶋、石橋征太郎、松島未采、メイ・イズモト、上佳谷崇、山本佑樹、馬上亮、藤田啓介、中川ひろあき、伊佳聡志、竹内渉、daiki、わさびちゃん(バーゲンセール)、吉田未歩、石田くるみ、星野友利、小川凛華、イッキ他。
知念実希人の同名小説を基にした作品。
監督は『劇場版 ATARU THE FIRST LOVE & THE LAST KILL』『屍人荘の殺人』の木村ひさし。
脚本は原作者の知念実希人と木村ひさし監督による共同。
速水を坂口健太郎、瞳を永野芽郁、田所を高嶋政伸、金本を鈴木浩介、小堺を大谷亮平、香を内田理央、良子を江口のりこ、菜緒を朝倉あき、角倉を丸山智己、宮田を笠松将、洋子を藤本泉、春美を白川和子、宮田の同僚を永井大と佐野岳が演じている。冒頭。金本が取調室で唯一の目撃者に対し、コンビニ強盗事件を捉えた防犯カメラの映像を見せる。彼は目撃者に、「コンビニ強盗事件として広域手配を掛け、ピエロの男を追って行きました。でも、これは事件の始まりでしかなかった」と語る。
でも普通に事情聴取をしているのなら、この言動は明らかに不自然なんだよね。
そして、不自然さと同時に、「観客に説明するための作業」ってこともハッキリと分かる。
だから、ものすごく不細工なシーンになっている。そもそも、時系列を入れ替えて、そのシーンを最初に持って来る意味があるのかも疑問。
そこで唯一の目撃者の正体を明かさずに回想に入るけど、これも全く意味が無いし。回想シーンの最初に速水が出て来た時点で、「こいつが唯一の目撃者」ってのはバレバレなんだから。
あと、金本が「もう一度、詳しく話していただけませんか」と言っているのも、すんげえ陳腐なんだよね。
「もう一度」ってことは、既に速水は病院で起きた出来事を証言した後なんでしょ。それなのに改めて証言させて、何の意味があるのか。
それも観客に説明するための不細工な手順でしかないんだよね。
っていうか、だったら「もう一度」じゃなくて、初めて証言してもらう設定でいいでしょ。速水は良子の案内で病室を訪れた時、「渋谷06」「三鷹19」「世田谷07」「川崎13」という謎の文字を見る。普通に患者の名前が書いてある名札もあるのに、それと並んで地名と数字の表記があるのだ。そこが無人ってわけではなく、ベッドには患者もいる。
かなり後になってから速水が「身元不明の患者は発見場所と通し番号で呼ばれる」ってことを説明するけど、それを知らないと不可解な表記でしかないわけで。
もちろん速水は最初から分かっていたから気にしないんだけど、観客の大半は「なぜ渋谷06なのか」なんて知らないはずで。
なので、速水の説明が入るまでは「なぜ彼は渋谷06などの表記を不審に思わないのか。なぜ質問しないのか」という無駄な引っ掛かりが生じる恐れもあると思うんだよなあ。速水が当直室で回想に入ると、洋子にプロポーズするつもりだと小堺に話している。その直後、洋子は速水に妊娠3ヶ月だと打ち明ける。
つまり速水は洋子にプロポーズする前に、避妊無しでセックスしていたわけだ。そして妊娠を明かされてから、プロポーズしている。
まあ順番が逆でも悪いわけじゃないけど、なんか無駄に引っ掛かるんだよなあ。「洋子の妊娠」とか「プロポーズする直前の事故」といった要素が後の展開に全く絡んで来ないので、余計にモヤッとするのよね。
あとさ、大型トラックが飛び出して来て事故が起きているんだから、速水にしろ小堺にしろ、運転手に対して怒りや憎しみを抱くんじゃないかと。それも無駄な引っ掛かりになるなあ。ピエロが速水に拳銃を向けて瞳に治療を要求すると、ここで『仮面病棟』というタイトルが入る。
でも、これが邪魔なんだよなあ。そこで区切りを付けるより、そのまま話を進めた方が絶対にいいと断言できるわ。
途中でタイトルを入れるなら、もっと適したタイミングは幾らでもあっただろ。例えば速水が事情聴取されているシーンから回想に入るタイミングで、タイトルを挟んでもいいわけだし。
いっそのこと、最後の最後でタイトルを入れるってのも1つの手としては考えられるだろうし。ピエロが背後から忍び寄る田所に気付くシーンは、「こういう理由で田所の存在に気付いていた」という設定が何も無い。
なので、「田所は音を出していないし気付かれる要素も無かったはずなのに、なぜかピエロは気付いていた」という都合の良すぎるシーンになっている。
もちろん、「速水たちの視線で不審を抱いた」など、それなりの理由を探そうと思えば探せるが、その場面を見ていて腑に落ちるモノではない。
そこは「田所が背後から忍び寄って襲い掛かろうとする」という無駄な手順なんて入れなければ、変な引っ掛かりが生じることも無かったのだ。余計なことをしたせいで、ダメなポイントが増えているのだ。院長室を調べて戻ろうとした速水と瞳は、階段を上がって来る田所と香に気付いて隠れる。でも、隠れる場所が階段なので、そのまま田所たちが歩いて来たら簡単に見つかるんだよね。
たまたま田所と香が立ち止まって話し始めたからバレなかったけど、身を隠すための行動としては明らかに不自然。
で、その後に院長室へ駆け込んでソファーの後ろに隠れるけど、それも変なのよ。だって田所は院長なんだから、院長室へ入って来ると考えるべきじゃないかと。
たまたま田所と香は院長室を素通りして資料保管室へ向かうけど、この辺りの御都合主義はドイヒーだわ。速水と瞳が5階から立ち去る時、田所と香はドアが閉まる音を耳にする。
その音が聞こえることは容易に想像が付くわけで、慎重にドアを閉めない速水の行動はボンクラすぎる。
ただ、「田所はドアの音で速水たちが5階にいたことを悟る」という手順なのかと思ったら、良子4階へ下りて来る速水と瞳を発見している。なので、田所がドアの音に気付かなかったとしても、速水たちは5階にいたことを気付かれているのだ。
だったらドアの手順は、まるで無意味でしょうに。瞳は菜緒のことを速水に語り、「親戚の男に虐待されて刺されそうになった」と言う。だけど、そうなると親戚の男への憎しみもあるだろ。そこへの復讐心は全く抱かなかったのか。
あと、菜緒が入院しているシーンの後に「姉は高校も行かずに私を育ててくれた」ってことで仕事から菜緒が戻って喋るシーンを挟むのは、順番が逆じゃないか。
っていうか、もはや病室のシーンを描いたら、そこで回想は終了で良くないか。そこ、そんなに丁寧に描く必要性を感じないのよ。
いっそのこと、台詞で「大切な姉が死んだ」ってのを説明するだけでもいいぐらいだし。間速水は2階のロビーで話している時にピエロが来ると、急いで瞳を連れて隠れる。でも、なぜ隠れるのか理由が良く分からない。
襲われるとでも思ったのか。でもピエロが2人を襲う気なら、今までに幾らでもチャンスはあったぞ。
なので、そのタイミングで速水が「ピエロが襲って来る」と考える根拠は何も無いはずだ。
まあ実際に速水が襲われて瞳が連行されるので、隠れたのは正解っちゃあ正解なんだけど、そこは話の都合に合わせて登場人物の行動がデタラメになっているとしか思えないぞ。ピエロは表向きは単独犯だし、ずっとエレベーターを厳重に見張っているわけでもない。かなり行動に隙が多いので、速水たちが本気になれば逃げるチャンスはあったはずだ。
患者が人質に取られているわけでもないし、弱みを握られているわけでもないしね。
なので、なぜ速水たちが脱出を考えないのか、そのチャンスを窺わないのかってのが、疑問に思える。
例えば「逃亡を図るが見つかって失敗に終わる」みたいな手順が1つでもあれば「それ以降は慎重になる」ってのも分かるけど、まるで逃げようとしていないからね。田所たちが何かを隠しているのは早い段階で分かるが、その真相は「違法な臓器移植」だ。「まあ、そんなトコだろうね」という感想しか出て来ないような、ありきたりのド真ん中を突いているような設定だ。何の意外性も驚きも無い。
いっそのこと、最初から観客には明らかにした上で進めてもいいんじゃないかと思うぐらい、ずっと「事件の鍵を握る重要な謎」として隠したまま引っ張っている価値は無い。
たぶん原作者は現役医師なので、原作小説には命の価値を巡る問題提起の意味があったんじゃないかと思われる。
でも映画としては、そこには何の意味も無いのよね。完全ネタバレを書くが、ピエロの正体は小堺ではなく宮田だ。そして宮田は首謀者ではなく、計画を立てた瞳の協力者だ。
瞳は川崎13として入院していた患者で、国平への臓器移植に川崎14として利用された姉を復讐を果たすのが目的だった。
宮田は瞳の色仕掛けにハマり、自分も祖母を臓器移植で亡くしたことを打ち明けて協力を申し出た。ただし彼は殺人までは聞いておらず、当日の瞳の行動に狼狽した。
粗筋に書いた展開の後、瞳は田所も香も宮田も始末して病院から逃亡している。瞳の腹部の弾痕は、手術跡を隠すために宮田に撃たせたモノだ。でも下手すりゃ死ぬ恐れもあったわけで、リスクがデカすぎるでしょうに。なんちゅうギャンブル性の高い作戦なんだよ。
あと、宮田がビビったから殺したのかもしれないけど、そこは復讐と無関係な殺人なので邪魔なノイズになっちゃうなあ。
それと、瞳が小堺を殺した後、速水が田所病院の違法手術を会見で発表して国平の殺害を止めようとする。そんで速水の言葉を聞いた瞳は国平を殺さずに去るんだけど、いやヌルいよ。ヌルすぎるよ。
今さら国平の殺害だけ阻止して、それで何の意味があるんだよ。宮田や小堺も殺しているんだし、だったら国平も始末して復讐を完遂させてやれよ。(観賞日:2021年7月21日)