『海獣の子供』:2019、日本

幼い頃、安海琉花が「もういいよ」と母の加奈子に言われて目を開けると、そこは海の中だった。彼女は両親と水族館を訪れており、水槽の中に広がる景色を見たのだ。嬉しくなった琉花がガラスに手を近付けると、たくさんの魚が集まって来た。水槽の下から巨大なクジラが姿を現し、彼女の目の前を通過した。現在。調査活動を行う科学者チームは不思議な声を聴き、「ソングか?」と考える。しかし海洋学者のジム・キューザックは、クジラたちがソングに答えて歌っているのだと告げる。イルカがソングに答えて海遊を始め、ジムの相棒であるアングラードは「今までに無いソングだ」と感じて海に出た。科学者のデデは、「いよいよだね」と口にした。
夏休み初日、高校生になった琉花は制服姿で静かに自宅の階段を下り、玄関で靴を履く。缶ビールが大量に入っているゴミ袋に目をやった彼女は、家を出て走り出す。ハンドボール部の練習に参加した琉花は体の軽さを感じ、元気に動き回って次々にシュートを決めた。しかし「あいつは調子のいい時が危ないんだ」と顧問の先生が呟いた直後、琉花は彼女を敵視する部員に足を引っ掛けられて転倒した。「チビが無理するからよ」と嘲笑された彼女はカッとなり、相手の鼻に肘打ちを浴びせた。
先生に職員室へ呼び出された琉花は、「トラブルメーカーだな」と呆れられる。彼女は今までに何度も、チームメイトや対戦相手と問題を起こしていた。どうして怪我をさせたのかと責めるように問われた琉花は「あっちが先に」と悔しそうに主張した。すると先生は「あっちが悪いんだな。そうか、もういい」と冷たく告げ、帰るよう指示した。琉花は膝を怪我していたが、先生は全く気にする様子も無かった。彼は「謝るつもりが無いんなら、もう来なくていいぞ」と突き放し、その場を去った。
学校を出た琉花は自宅へ戻り、玄関のゴミが片付いていないのを見て嘆息する。彼女は家に入らず、幼少期の出来事を思い出して新江の倉水族館へ向かった。水族館では父の正明が主任として勤務しており、女性スタッフの冬子は琉花に気付いて連絡を入れた。冬子は正明の元へ案内すると言い、立入禁止のバックヤードへ連れて行く。1人でバックヤードを進んだ琉花は、ハンガーから落ちたダイバースーツが動き出したので驚いた。ダイバースーツに隠れていた少年の海は、笑いながら一瞬で脱いでタンクに飛び込んだ。
琉花がタンクに歩み寄ると、海はタンクから飛び出した。彼は「夏休みって、夏のお休み?」と言い、巨大水槽に飛び込む。琉花が慌てて水槽の正面に回ると、海は魚の群れと飛ぶように泳いでいた。そこへ正明が現れ、「彼は海の中でジュゴンに育てられたんだ」と琉花に教えた。彼は海が10年前にフィリピンの沖合でジュゴンの群れと一緒にいる所を発見されたこと、もう1人の少年もいたこと、皮膚が極端に乾燥に弱いこと、研究のために水族館で預かっていることを説明した。
帰宅した琉花は、母の加奈子から水族館へ行った理由を問われた。酒浸りの母からの責めるような質問を無視し、琉花は無言で家を出た。同じ頃、海は「人魂が来る」と呟いていた。琉花はハンドボール部の練習を気付かれないように見学した後、無人の教室で謝る練習をする。しかし彼女は「私は悪くないけど」と漏らし、苛立って机を突き飛ばした。そこへ海が現れ、「じゃあ行こうか。人魂が来るんだ。見に行こうよ」と琉花を誘う。海は「空くんと見たかったけど、まだ駄目なんだ」と言い、空は自分の兄で病院にいると説明した。
海は御稲荷さんや神社を知らず、ソフトクリームを初めて食べて笑顔を見せた。日暮れの波止場に案内された琉花は、からかわれているのかもと疑い始める。しかし海が「来たよ」と言うと、上空から巨大な光球が立て続けに降って来た。驚いた琉花が「なんで分かったの?」と尋ねると、海は「人魂が見つけてほしいって言ってたから。あんなに強く光るなんて、きっとみんなに見つけてほしかったんだよ」と語る。その言葉を聞いた琉花は、学校で海に見つけてもらって嬉しかったのだと気付いて礼を述べた。
翌日、町が激しい嵐に見舞われる中、病室の空はジムが迎えに来たことを看護師から知らされる。空が読んでいた新聞では、昨晩の出来事が「隕石落下か」と報じられていた。琉花が大雨の中で自転車を走らせていると、急に大空が晴れ渡った。水族館では隕石が落下して以降、イルカやアジラシが異常な行動を取るようになっていた。数日前から落下海域周辺でザトウクジラが目撃されていると聞いたジムは、自分の推測通りだと感じた。ジムが録音されたクジラの歌を確認する時、琉花が密かに覗き込んでいた。
琉花はジムに声を掛け、「さっきの音楽、何ですか?」と質問した。ジムはクジラは水の中で歌うと説明し、「複雑な情報の波で、互いに情報を伝え合っている」と告げた。琉花は夕暮れの浜辺へ行き、奇妙な音を耳にした。岩に佇む空を目撃した彼女が歩み寄ると、先程と同じ音が聞こえた。空は「波の中で、砂や岩が鳴る音だよ」と教え、「君は琉花だね。俺が誰だか分かるだろ?知っているはずだよ」と告げる。「空、くん?」と琉花が確認すると、彼は「つまらないなあ、君は」と見下すような視線を向けた。
空に「予想通りにしか動かないね。簡単な子だね」と言われ、琉花はムッとする。「海に会いに来たんだろ?今は沖に出てる。お生憎様」と空は言い、「病気なのに無理しちゃ」という琉花の言葉を遮って「俺は病気じゃない。検査してただけだ」と否定した。空が「君が海に興味を持つのは自由だけど、海は君に興味があるのかな」と話すと、「海くんがどうっていうか、人魂、流れ星が見えないかなって」と琉花は告げた。
空が「海には俺がいる。君はもう、帰りな」と冷たく言うと、琉花は「もう帰るトコ。アンタこそ、こんなトコで何してんのか知らないけど」と感情的になった。空が「ソングだよ。聞いたことの無かったソングが聞こえるんだ」と話すと、琉花は「ソングって、クジラの?さっき、録音を聴いた時、クジラと、あの流れ星が浮かんで。それと、何かのお祝い?赤ちゃん、みたいな」と述べた。「それが、どうしたの?寂しいなら、一緒に遊んであげようか」と空が言うと、彼女は腹を立てて浜辺を後にした。彼女は空に関して、まるで幽霊みたいに消えそうだと感じた。空は浜辺へ戻って来た海に、「あいつ確かに、同じ匂いがする。もう少し探ってみよう」と告げる。中の様子を問われた海は、「随分と集まってるみたい」と答えた。
次の日、大型船に乗っているジャン・ルイは、「空は人間」とドクターが分析結果を説明する動画を確認する。窓の外に目をやった彼は、オキゴンドウの群れを発見した。琉花は冬子に頼んで、水族館の仕事を手伝わせてもらう。バックヤードで小さな水槽を洗っている間、海と空はサメの水槽の近くで笑い合っていた。加奈子は職員の事務所に現れ、正明の居場所を尋ねる。研究会で出張中だと聞かされた彼女は、琉花の居場所を尋ねた。館内にいるはずだと言われた加奈子は、捜索に向かった。加奈子は休職中だが、かつては伝説のトリーターと呼ばれた新江の倉水族館の職員だった。
加奈子が来ることを知った琉花が逃げ出すと、海と空も同行する。海は隠れる場所を提案し、3人は水族館の船に乗り込んだ。空は操縦席に座り、レバーやハンドルを適当に動かして船を出航させた。船は港から遠く離れ、海と空はクジラを見に行こうと考える。しかし船が停まってしまい、誰も直し方は分からなかった。空が船から飛び込むと、海は琉花に「僕ら、海の中で育ったから、冷やしてないと火傷みたいになって皮膚呼吸が出来なくなるんだ。僕はだいぶ慣れて来たけど、もしかしたら寿命が短いかもしれないんだ。長く生きられるように調べてるんだ」と教えた。
海が「何か来てる。ルカも来てみなよ」と飛び込むと、琉花は怖がりながらもロープを掴んで水中に入った。しかしジンベイザメの群れが来たので、彼女はロープから手を放してしまう。海と空が急いで近付き、琉花を船に引き上げた。魚の群れがサメを追い掛けて現れる。琉花は「ジンベイザメの模様が光ってた。あの時も。水族館の幽霊」と呟き、幼少期に光る模様を見たことを話す。海は「自分たちも見た、海の幽霊と呼んでいた」と言い、空は「その時に歌は聞こえなかったか」と尋ねる。「それは、こないだ初めて。どういうことなの?」と琉花が言うと、2人は「海のどこかで誕生祭が行われ、自分たちの関わりを調べてジムと世界中を巡っている」と説明した。クジラの歌は、その予告であり、祭りのゲストを探しているとも言われているのだと彼らは告げた。
ジムはジャン・ルイと会い、空のデータに変化は見られないが確実に衰弱していると教える。「隕石は地上に到達していないようだ」とジャン・ルイは言い、「アングラード教授が採集に向かったそうだが、無駄足になるだろう」と付け加えた。「だが、魚たちはその海域に殺到している。そしてクジラたちの道の歌」とジムが口にすると、ジャン・ルイは「全て我々が追っている祭りの予兆と言うべきだろう」と述べた。ジムは海と空を心配しており、「急がねば」と呟いた。
空は光るオキゴンドウの群れを見つけて船から飛び込み、海も後を追った。取り残された琉花は通り掛かった他の船に助けてもらう。降り出した雨の中、琉花が家を出て浜辺へ向かうと、大勢の人々が集まっていた。気になった琉花が浜辺を見ると、メガマウスの仲間と深海魚の死骸が打ち上げられていた。依頼を受けた父が調査のために現場へ来ており、写真を撮影していた。琉花は父から空が戻っていないことを聞かされ、海を捜しに行った。
琉花はリュウグウノツカイが何匹も打ち上げられているのを見た後、浅瀬で意識を失っている海を目撃する。彼女が慌てて人工呼吸しようとすると、海は目を開けた。彼は空を見つけたと言い、「波が教えてくれた」と琉花の腕を掴んで水中へと走り出す。海は琉花に、「台風は僕が産まれた海の空気。空くんの匂いがするんだ」と語った。2人はタンクローリーをヒッチハイクし、小田原へ向かう。翌朝、2人はトラックを降り、海は浅瀬で場所を確認した。
海はアングラードがいる浜辺に辿り着き、水中へ勢い良く飛び込む。琉花はアングラードから、「空は今、海の中だよ」と言われる。彼は「海が台風を辿って君を連れて来た。それなら君は海には気を付けた方がいい。一応、警告はした」と語り、ジムの助手をしているので連絡はしておくと告げた。琉花は水中に飛び込み、海&空と共にジュゴンと戯れた。一方、ジムは投資家と軍人に会い、祭りの本番は近いと報告した。場所を軍人に問われた彼は、「海から来た少年たちによって示されると思われます」と答えた。投資家は軍人に、「祭りに立ち会い、そのメカニズムを解明すれば、海洋開発の飛躍的進歩に繋がる」と述べた。
琉花が気付くと日が暮れており、周囲が真っ赤に染まっていた。彼女は海&空&アングラードと共に、ヨットで夕食を食べる。浜辺に出て雑魚寝した琉花は夜中に目を覚まし、隣にいる海の体が熱くなっているのに気付く。海の額を濡れタオルで冷やした彼女は、アングラードのヨットが無いと知る。水中が光を放つのに気付くと、そこへ空が来て夜光虫だと教えた。空は琉花の腕を掴んで水中に連れて行き、自分の真似をして泳ぐよう助言した。
アングラードは沖合へ出て、デデと会っていた。彼が海と空について「きっと、あの子たちは僕らとは違う時間と場所に立って、世界を眺めているに違いないんだ」と話すと、デデは「私たちの考えが及ばない別世界でね」と同調する。「私たちに出来ることがあるとすれば、あの子たちの邪魔をしないことさ。肩入れするなら、思い上がった連中から守っておあげ」と彼女が語ると、「近いんだね、祭りが」とアングラードは確認する。デデは彼に、「そして、もうゲストは決まっているはずさ」と告げた。
空は海の発熱について、体の中が作り変えられているだけだから心配しなくていいと琉花に話す。空は不意にキスをして、口移しで隕石を飲み込ませる。驚く琉花に、彼は「隕石、アンタに預けることにした。海のために、その隕石が必要になったら、君の腹を裂いて渡してやって」と言う。空は全身から光を放って水中へ歩いて行き、「どうやら、本当の時間切れだ」と消滅した。翌朝、水族館に戻った海は、人間の言葉を全く喋らなくなった。
正明は久しぶりに家へ戻り、琉花について「無事に帰ってきて良かったじゃないか」と加奈子に話す。加奈子が「他人事よね。琉花が家にいたがらないのは、私がこんなだからだろうし。貴方が出て行ったのとおんなじ」と嫌味っぽく告げると、彼は「同じなのは、君と琉花だろ。2人とも生き方が不器用なんだ。ようやく分かったよ」と話した。すると加奈子は、「不器用なのよ、貴方も」と口にする。正明は「不器用なりに、俺はちゃんとしたいと思う。許されるなら。自分の家が、ちゃんとここにあるんだもんな」と言い、缶ビールばかりのゴミ袋を持って去った。
ジムはアングラードの元へ行き、「空は行っちゃったよ」と聞かされる。アングラードは彼に、空が消えた時に星が死ぬ時の音が聞こえたと教える。ジムが「空は死んだのか」と問い掛けると、アングラードは「分からない。これがデデの言う祭り?」と言う。「結局、我々は何も出来なかったということか」とジムか漏らすと、彼は「でも僕は、ずっと空を感じている。見なくては。空のその先を」と述べた。沈んだ気持ちのまま町の祭りに出掛けた琉花は、海と遭遇する。匂いを嗅いだ海に触れられた琉花は、体の奥に渦巻きを感じた。水族館の生き物たちも異変を感じ、浅瀬にザトウクジラが出現した。
琉花と海はデデと会い、「お前さんたちの瞳は、ここじゃないずっと遠い場所に繋がっている」と言われる。琉花は「私、行かなくちゃいけない」と告げ、デデは2人を船に乗せてクジラを追った。琉花が「ソングが聞こえる」と言うと、デデは星の歌を歌いながらゲストを探しているのだと教える。そこへオキゴンドウの群れが出現すると、琉花は衝動的に船から飛び込んだ。彼女は群れと一緒に泳ぎ、空が感じていることを自分も感じていると確信した。水面に顔を出した琉花は、ザトウクジラに飲み込まれた…。

監督は渡辺歩、原作は五十嵐大介『海獣の子供』(小学館 IKKI COMIX 刊)、脚本は木ノ花咲、アニメーションプロデューサーは青木正貴、プロデューサーは田中栄子、Coプロデューサーは沢辺伸政&井ノ口歩、アソシエイトプロデューサーは岡本順哉&高橋亜希人、製作は田中栄子&亀山敬司&趙小燕&久保雅一&大田圭二&筒井公久&井上肇、キャラクターデザイン・総作画監督・演出は小西賢一、美術監督は木村真二、CGI監督は秋本賢一郎、色彩設計は伊東美由樹、編集は廣瀬清志、音響監督は笠松広司、総作画監督補佐は林佳織&嶋田真恵&板垣彰子、作画監督は秦綾子&下司祐也&村上泉、動画監督は田中陽子、色指定・仕上検査・特殊効果は伊東美由樹、音楽は久石譲、主題歌は米津玄師『海の幽霊』。
声の出演は芦田愛菜、芦田愛菜、石橋陽彩、浦上晟周、森崎ウィン、稲垣吾郎、蒼井優、渡辺徹、田中泯、富司純子、平井俊輔、大井麻利衣、渚(尼神インター)、誠子(尼神インター)、江上真悟、今泉厚、堀総士郎、大谷満理奈(STU48)、門脇実優菜(STU48)、柿原りんか、神田愛莉、松井響希、米山実来、川本青空、神楽千歌、汐宮あまね、松本七星、澤田姫、金子潤、松原萌唯、陳天如、熊谷百花、今田圭介、今井宏明、山下信一、居原田礼子、青木正貴、田中栄子、島野一樹、大石竜也、井上汐里、栗林菜摘、白石彩香、工藤風花ら。


五十嵐大介の同名漫画を基にした長編アニメーション映画。
監督は『ドラえもん』シリーズの渡辺歩。
脚本担当としてクレジットされている「木ノ花咲」が誰かの変名なのは明らかだが、正体は不明。たぶんアニメーション制作を担当したSTUDIO 4℃の人間か、渡辺歩監督ではないかと推測される。
琉花の声を芦田愛菜、海を石橋陽彩、空を浦上晟周、アングラードを森崎ウィン、正明を稲垣吾郎、加奈子を蒼井優、先生を渡辺徹、ジムを田中泯、デデを富司純子が担当している。

冒頭、「まだ遠い、だが少しずつ近付いている」というモノローグで、クジラの映像が映し出される。そして「星の種。星の子供。と、星の誕生の物語」と文字が出て、デデの「星の、星々の、海は産み親」という語りでタイトルに入る。
その後、琉花が登場し、空と出会って父から話を聞くと「私の長い長い、長い夏休みが始まる」とモノローグを語る。
そこで一区切り付けるなら、そのタイミングでタイトルを入れた方が良くないか。
その前のパートは邪魔だわ。ジムやアングラードたちも、そのタイミングで出さなくていいわ。余計な情報で観客の没入感を妨げ、集中を乱すだけだわ。

ハンドボール部でのトラブルは、琉花が全面的に悪いように描かれている。
そりゃあ、相手は骨折したかもしれないので、チームメイトが言うようにやり過ぎだったかもしれない。ただ、「あっちが先に」という琉花の主張は、何も間違っちゃいない。
それなのに、この映画の描き方だと「腹が立っても耐えるべきだった」ってことになってしまうのだ。
いやいや、それだと冬子の嫌がらせは正当化されちゃうだろ。そっちに非が無いかのように片付けるのは違うだろ。

スケールが全く違うけど、それって吉良上野介が御咎め無しで浅野内匠頭が切腹で御家断絶になったのを連想させる理不尽さだわ。先生が見捨てるのも、ただ「面倒だから切り捨てる」ってだけにしか思えないよ。
じゃあ向こうは謝らなくていいのかと。なんでこっちだけ謝ることを求められるのかと。
こっちだって、足を引っ掛けられて膝を怪我しているんだぞ。それは別に構わないのかよ。許されるのかよ。
しかも、こっちが全く罪悪感を抱いていないわけでもなく、相手の怪我は心配しているし。

「ソング」という表現が、うっとおしい感じで引っ掛かるわ。そこは歌で良くないか。
わざわさソングとカタカナ英語で表現する意味ってあるのかな。それによるプラスの効果って、何か期待できるのかな。
あえて擁護するなら、印象付けて強調することには繋がっているかもしれない。でも、「なんかカッコ悪いな」という印象だからね、それは。
しかも、ずっと「ソング」で統一するのかというと、「歌」という言葉を使う時もあるし、どうなってんのかと。

粗筋で書いた「あいつ確かに、同じ匂いがする。もう少し探ってみよう」「随分と集まってるみたい」という会話の後、「聞こえるね」「聞こえる」と空と海は口にする。その後にも、またデデの「星の、星々の、海は産み親」という語りが入る。
この言葉は、また後で挿入される箇所がある。何度も繰り返すのだから、それだけ重要な言葉なんだろう。でも、その時点では何の意味があるのか全く分からない。
そこに限らず、最初の内は謎だらけで、どういう物語か何を描きたいのかはサッパリ分からない。
それでも話が進むにつれて、次第に様々なことが明らかになっていくんだろうと思っていた。しかし実際のところ、いつまで経っても良く分からないし、むしろ謎が深まるばかりなのである。

琉花が海に引っ張られて水中を進む時、息苦しさを全く感じない。そして彼女は、そのことに対する疑問も全く抱いていない。
そのまま水中を進むのかと思ったら、シーンが切り替わると2人は漁港の前を歩いている。さっきまで雨に降られていた上に水中にいたはずなのに、トラックの中にいる2人は全く濡れている気配が無い。そして寒さに震える様子も無い。
じゃあ、さっきのは幻覚だったのかというと、そうではなく現実という設定だ。
どういうことなのか、サッパリ分からない。
そんな旅を2人がしている間、正明は空が戻らなくても、娘が海と一緒に連絡もせずトラックで遠くへ向かっても、まるで心配する様子が無い。

アングラードの船で食事を取るシーンの後、空は「俺たちはどこから来てどこへ行くのか、それを知りたくて検査や実験を受けて来た。だけどレントゲンでもMRIでも、異常は何も認められない。体が作り変えられている気がするのに、科学の目では、俺たちの体で本当に起こっていることは見えないんだな」と語る。
アングラードは「宇宙を観測する技術が進んで分かったのは、どんな方法でも観測できない暗黒物質があるということ。宇宙の状態から推測した物質量の和は、通常の倍か、それ以上。つまり宇宙の総質量の90パーセント以上は正体不明の暗黒物質が占めていることになる」と語る。
なかなか小難しい会話で、観客が置いてけぼりになったり、退屈を感じたりする恐れもある。
だが、そんなことを気にせず、さらに会話は続く。

アングラードは「この世界は見えない物で満たされていて、宇宙は僕たちに見えているより、ずっと広いんだよ」と言い、空は「俺は、宇宙は人間に似ていると思う。人間の中には、たくさんの記憶の断片がバラバラに漂っていて、何かのきっかけで幾つかの記憶が結び付く。そのちょっと大きくなった記憶に、さらに色々な記憶が吸い寄せられて、結び付いて、大きくなっていく。それが考えるとか、思うということでしょ」と話す。
アングラードが「それはまるで星の誕生。銀河が誕生する姿にそっくり」と言うと、琉花が「宇宙と、人」と呟く。
どうやら色々と言いたいことが多かったようだ。
だけど、やたらと哲学チックなことを饒舌に語って、すっかり気持ち良くなっているだけにしか思えんよ。

ザトウクジラに飲み込まれた琉花は、空の姿をした存在から「君の役割は終わりだ。隕石が目覚めた。巨大な渦の中心になる」と言われる。
それは空ではなく様々な記憶が混ざった存在であり、「空と海が重なり、命の祭りが始まる。歌い合うんだ。生まれ来た喜びの歌を。君の子守歌だよ。宇宙の全部が声を合わせて歌い始めている」と語る。
そしてデデのパートに切り替わり、「宇宙は1つの生命体、海のある星は子宮、隕石は精子、受精の祭り。それを垣間見た者たちが、歌にして語り継いだ」と彼女が語る。
この辺りも、ちょっと何言ってんのか分からない。
宇宙の起源とか、生命の神秘とか、そういうことをテーマにしているんだろうってのは何となく分かるよ。
もしかすると、スタンリー・キューブリックにでもなりたかったのかねえ。

やたらと意味ありげな台詞を並べているが、そこに押井守監督作品のような自己陶酔を感じてしまう。抽象的で小難しい言葉を羅列して、観客に「なんだか良く分からないけど、きっと上質で高尚な作品を見せられているに違いない」と思い込ませようと目論んでいるようにも感じられる。
思想を声高に訴えたいのなら、それはそれで別に構わないだろう。ただ、その思想が観客に伝わらないと、意味が無いんじゃないのか。
それとも、「ごく一部の人に伝われば、それでOK」という考えだったのか。
それに、台詞だけ聞いているとスケールの大きな物語を感じさせるけど、それを実際に表現できているかというと、答えはノーだからね。

観客に考えさせるタイプの映画があってもいいけど、伝える気ゼロだろ、この作品は。
これが芸術映画なら作り手のオナニーでも構わないかもしれないけど、そうじゃないはずでしょ。一応、エンタメとして作っているはずだよね。それにしては、エンタメとしての意識が決定的に欠如しているとしか思えん。
「綺麗な映像があればエンタメとしての条件は満たしているでしょ。お客さんには楽しんでもらえるでしょ」とでも思っていたのか。
確かに美しい映像はあるけど、そのプラスを帳消しにするぐらいマイナスがデカいぞ。

あと、やたらと物語のスケールをデカくしたせいで、琉花の体験が「青春の1ページ」として上手く帰結しないのよね。
本来なら、その体験によって彼女が精神的に成長し、大きく変化し、「今までの自分を改めてハンドボール部に復帰する」というトコに着地しなきゃダメなはずなのよ。
だけど、空&海と出会ったことで琉花が体験した出来事を使っても、「だからハンドボール部に戻ることを決める」という計算式が成立しないでしょ。
「まるで関係ないだろ」としか言えないでしょ。

(観賞日:2022年6月15日)

 

*ポンコツ映画愛護協会