『ご存知!ふんどし頭巾』:1997、日本

昭和2年、薬屋の三男坊として生まれた帆立沢一鉄は巡回公演でやって来た児童劇団の演劇に魅せられ、役者を志すようになった。しかし第二次世界大戦によって、演劇どころではなくなった。終戦を迎えると一鉄は家を出て上京し、アルバイトをしながら数々の劇団で演劇活動を続けた。昭和26年に劇団の看板女優と結婚し、31年には本作品の主人公である小鉄、35年に弟の鉄次が誕生した。しかし一鉄の妻が劇団の金を持って、若い劇団員と駆け落ちしてしまう。
一鉄は子供たちを食べさせるために劇団を解散し、怪獣役者として再スタートを切った。だが、無理を重ねた彼は昭和42年、40歳の若さで肝硬変をこじらせて死去した。叔父に引き取られた小鉄は、父のように波乱万丈な人生を嫌った。当たり前に就職し、当たり前に結婚し、一人娘が産まれて父親になった。そして、それから19年の歳月が流れた。小鉄は電車でOLに痴漢だと決め付けられ、多摩ノ宮警察署で取り調べを受ける。小鉄が穏やかな笑みで「冷静に話し合いましょう」と言うと、OLはヒステリックに怒鳴り付けた。
厳重注意で帰してもらえるということで、小鉄は罪を認めて示談にしてもらった。帰宅した小鉄から説明を受けた妻の史美と娘の輪紗美は、呆れた様子を見せた。翌日、小鉄は弦巻繊維の営業二部へ出勤する。後輩社員からお茶汲みを頼まれても、彼は笑顔で快諾する。OLの瑠璃ヶ丘光に「どうして怒らないの?悔しくないの?」と言われた彼は、「だけど、僕がやって丸く収まれば」と笑顔で答えた。後輩社員から清算を頼まれた小鉄は快諾し、そのせいで残業した。
帰り道、彼は輪紗美が中年男と抱き合う様子を目撃する。目が合った輪紗美は驚くが、小鉄は何も言わずに済ませた。史美が晩御飯を用意していなかったため、小鉄は屋台でラーメンを食べる。隣にいた犬山鉄平が気になり、小鉄は話し掛けた。犬山は自分がつまらない人間だと語り、「何か明るい話題を喋らなきゃと考えると、頭が痛くなる」と言う。その時、近くで助けを求める若い女の声が聞こえた。女は2人の男たちに絡まれていたが、周囲の人々は見て見ぬフリだった。
いつの間にか屋台から犬山の姿が消えており、彼は頭からブリーフを被ったパンツマンとして男たちの前に現れる。犬山は周囲の人々に、「なぜ彼女を助けようとしないんですか。悪いことは悪いと言いましょう。勇気を出しましょう」と訴え、拡声器でサイレンを鳴らして男たちを追い払った。助けられた女は彼から「大丈夫ですか」と言われて困惑するが、小鉄は拍手を送った。小鉄は逃げる犬山を追い掛け、「勇気を出しましょう。言いたいことを言いましょう。その通りだと思います」と笑顔で告げる。しかし犬山は自分がパンツマンであることを否定し、その場を去った。
次の日、事務次官の赤森栄次朗が息子で秘書の塔壱を伴って会社を訪れ、部長の諌早要が接待する。同僚の榎田一平太と娘のことを話していた小鉄は、犬山が電車にひかれて死んだことを報じる新聞記事を目にする。彼は誤って線路へ転落した老人を助けようとしてパンツマンに変身したが、逃げ遅れて死んだのだ。お通夜に赴いた小鉄は、犬山の妻から「主人は付き合いの少ない人だった」と言われる。遺品を持ち帰ってほしいと持ち掛けられた小鉄は、犬山の部屋に通された。すると室内には、懐かしい特撮ヒーロー物のフィギュアが所狭しと飾られていた。
小鉄は拡声器を貰い受け、犬山の家を後にした。帰宅した彼は押し入れから父のフンドシを出し、そこに拡声器を入れて風呂敷に包んだ。次の日、出勤した小鉄は光に、「人間は変われるものでしょうか。強くっていうか、正しくっていうか。あの人のようになりたいと」と話す。小鉄が「いえ、何でもないです」と口にすると、光は「変われるわ」と告げた。後輩社員に頼まれた巨人戦のチケットを取るため、彼は野宿で一夜を明かした。
次の朝、光に声を掛けられた彼は、一緒に出掛けた薬局で「ガーンと怒ってみちゃえばいいのよ」と言われる。万引き女子高生2人組を見つけた小鉄は、注意して「返しましょう」と言う。女子高生たちは「しつこくしないで下さい。援助交際なんかしないって言ってるじゃありませんか」と声を荒らげ、店を出て行った。小鉄はフンドシで顔を隠して彼女たちの前に現れ、ふんどし頭巾を名乗る。しかし2人から馬鹿にされ、股間を蹴られて悶絶した。
家に帰った小鉄はテレビ番組や漫画でヒーローについて研究し、ふんどし頭巾の立ち振る舞いや笑い方を練習した。翌朝、小鉄は出勤する輪紗美を追い掛け、「どういう人なんですか、こないだの」と遠慮がちに問い掛ける。輪紗美は淡々とした口調で、「彼氏よ。向こうからすれば、愛人ってことになるのかもしれないけど」と答えた。小鉄は榎田から、リストラに遭ったことを聞かされる。小鉄は諌早が赤森を接待しているゴルフクラブへ赴き、榎田を残してほしいと頼んだ。
大事な接待を邪魔された諌早は不快感を示し、「明日から来なくていい」と通達した。しかし塔壱が鉄次の友人で小鉄を「お兄ちゃん」と呼ぶ関係だと知り、慌てて諌早は営業一部の部長補佐に昇進させた。諌早は「なんで君が」と愚痴をこぼすが、「これはビジネスだ。全国国立病院の医者な看護婦を統一するプランが通って、赤森が全てウチに任せると言えば、それだけの金が転がり込んでくるわけだ」と語る「榎田は戻した。君も要求に従え」と言われ、小鉄は承諾した。
接待先の高級クラブへ赴いた小鉄は、塔壱に低姿勢で接する。彼は塔壱を「塔壱さん」と呼び、「お兄ちゃんはやめて下さい。帆立沢と呼んで下さい」とヘラヘラする。すると塔壱は「急用を思い出したもので」と言い、店から去った。諌早は赤森がライバル会社の専務と会っていることを知り、巻き返し工作に出ることを小鉄に話す。小鉄が「これで表沙汰になったら」と不安を示すと、彼は「ウチはもう後戻りできんのだ」と述べた。
諌早は赤森にマンションの一室を用意し、家具も全て手配する。赤森から光を気に入ったことを聞かされた諌早は小鉄にセッティングを命じた。小鉄は困惑するが、諌早は「会社や家族を守るために、自分を殺さなければいけないこともある」と説いた。次の日、小鉄は榎本から、諌早が光を連れて出て行ったことを知らされる。2人が神楽坂の料亭へ向かったと知り、免許の無い小鉄は走って現場へ向かう。彼は諌早の説得を聞き入れず、ふんどし頭巾に変身して光を救い出した…。

監督は小松隆志、脚本は遠藤察男、企画・原作は秋元康、プロデューサーは室岡信明&長坂信人、撮影は加藤雄大、照明は大久保武志、美術は佐々木修、録音は武進、編集は鵜飼邦彦、音楽は埜邑紀見男。
出演は内藤剛志、坂井真紀、菅野美穂、財津一郎、岸部一徳、石井苗子、寺田農、蛭子能収、金田明夫、大杉漣、吹越満、佐伯伽耶、内田春菊、保積ペペ、遠山俊也、北見誠、天堂高、吉見純麿、櫻庭美樹、本多彩子、山梨ハナ、真矢千鈴、岩本宗規、山崎惇夫、島野春美、長谷博美、大橋ひろこ、西辻恵美、伊方勝、村木元、樹山夏音、かわいしのぶ、谷川大介、小倉昌之、田井村恵輝、小野文彦、後藤康夫、小林秀男、角秀一、谷口繁男、北原裕次、松栄隆、佐藤幹、新上博巳、武井秀夫、石倉良信、南純、池田雅一、栄島明大、田中達弥、内山雅博、村山幸太、片野誠也、笠原大地、吉井将太、吉井雄太、金子雄、加藤真澄ら。


秋元康が企画&原作を務めた作品。
監督は『はいすくーる仁義』『打鐘』の小松隆志、脚本は『中指姫 俺たちゃどうなる?』の遠藤察男。
小鉄を内藤剛志、光を坂井真紀、輪紗美を菅野美穂、栄次朗を財津一郎、諌早を岸部一徳、史美を石井苗子、榎田を蛭子能収、犬山を金田明夫、一鉄を大杉漣、塔壱を吹越満が演じている。
他に、輪紗美の不倫相手役で寺田農、痴漢呼ばわりするOL役で佐伯伽耶、犬山の妻役で内田春菊が出演している。

冒頭、小鉄のモノローグによって、彼の父親の生涯が簡単に説明される。当時の写真も入れながら役者だった父の波乱万丈だった人生が語られ、そして「そんな生き方を嫌った自分は当たり前の人生を過ごしてきた」という着地で、ようやく本編がスタートする。
この導入部は、どう考えても失敗だ。
わずか2分程度のモノローグだが、そういうことを本人のモノローグでクドクドと説明するのは不恰好だ。
小鉄が父のような生き方を嫌い、平凡に暮らしてきたってことは、普通にドラマを進めながら、序盤の会話劇で軽く触れれば事足りる。

現在のシーンに入ると、痴漢に間違えられた小鉄がヘラヘラしている様子が写し出される。彼はOLから罵詈雑言を浴びても笑顔を浮かべ、示談にしてしまう。妻と娘が呆れても、「僕が我慢すれば丸く収まるんですから」とヘラヘラする。
そんな彼を見ていると、不快感を抱いてしまう。
この映画は、「平凡に生きようとする主人公」の描き方を完全に間違えている。
平凡に生きようとする姿に、本来ならば観客は共感したり、哀れに思ったりすべきなのだ。
それなのに不快感を抱くって、まるでダメじゃねえか。

そもそも、平凡に生きようとするならば、「痴漢は誤解だったのに、認めて示談にしてもらう」という時点で違うでしょ。
派出所の外では大勢の野次馬が見ているわけで。つまり、その時点で既に平凡ではないし、罪を認めてしまったら、もっと平凡じゃなくなるわけで。小鉄が最も嫌がる「波乱万丈な人生」になる可能性か高くなるわけで。
「平凡に生きたいからトラブルを避ける」ってのは分かるけど、もはや痴漢に間違えられた時点でトラブルに巻き込まれているからね。それを示談にしたところで、その出来事を平凡に収めるのは無理だからね。
それを考えると、そもそも冒頭に用意するエピソード自体が間違っているのよ。

小鉄がヘラヘラして何でも快諾するのは、ただのヘタレ野郎でしかない。
しかも、ホントなら「平凡に生きるために色々と無理をしているけど、辛いことも多い。でも平凡に生きるために耐えている」という形になるべきなのに、「お人好しな性格」にしか見えない。
で、性格の問題ってことになると、それは「平凡に生きようとする」ってのとは別物でしょ。
それに、小鉄は家族や後輩社員たちから馬鹿にされているわけで、それって「平凡」じゃないでしょ。平凡な奴は、そこまで馬鹿にされたりしないよ。
周囲から馬鹿にされまくっている時点で、波乱万丈とは別の意味で「平凡な人生」から大きく外れちゃってるでしょ。

犬山と屋台で出会った時、小鉄は積極的にベラベラと話し掛ける。犬山が人付き合いを望まない様子を見せても、彼は全く遠慮しない。
お人好しな性格のはずなのに、なぜ空気を読もうとしないのか。
そこで初対面の相手に対してベラベラと喋り続けるのは、違和感があるぞ。向こうが話し掛けて来たから応じるってことならともかく、向こうは話し下手な感じなのに。
小鉄のキャラクターが、すんげえフワフワしているように感じるんだよな。

それと、「犬山がパンツマンとして訴えた言葉や行動に小鉄は感銘を受けた」という展開になるんだけど、それまでと変わらないヘラヘラ笑顔だし、喋り方も一緒なので、心情の変化がサッパリ伝わらない。
感化されたのなら、もっとハッキリとした違いを付けるべきだろ。
あと、犬山がパンツマンであることを否定しても、ヘラヘラしながら「そうですよね。正義の味方というのは、決して正体を明かさないですもんね」と言うのは、馬鹿にしているようにしか見えないぞ。

小鉄は犬山を追い掛けた時、「勇気を出しましょう。言いたいことを言いましょう。その通りだと思います」と口にする。
しかし、彼が父のような生き方を嫌い、平凡に生きるために言いたいことも我慢して来たのなら、それは変だ。自らの意志で勇気を持たずに生きてきたはずで、なんで急に考えを変えているのかと。
「感化されたから」と解釈すべきなんだろうけど、これまでの人生の長さからすると、簡単すぎるでしょ。
一方、「お人好しな性格のせいで、なかなか言いたいことが言えずにいる」ってことなら、そこは納得できる(ただし、どっちにしてもヘラヘラした態度は腑に落ちないが)。
ようするに、小鉄が自らの意志でヘラヘラしているのか、性格の問題なのか、そこがハッキリしないってのが大きなマイナスなのだ。

そんで翌日、小鉄は後輩社員から「惚れたOLに頼まれたから、巨人戦のチケットを手に入れてほしい」と頼まれ、相変わらずのヘラヘラ笑顔で快諾する。
ちっとも変わってねえじゃんか。
そうなると、犬山の行動や言葉に感銘を受けて拍手する手順が死ぬでしょうに。
それをきっかけにして変化しないのなら、そこは「犬山の行動を小鉄が目撃する」というだけに留めておくべきなのよ。そして犬山が死んだと知った時に初めて、「彼の言葉を思い出し、変わろうと決意する」という手順を入れるべきなのよ。
っていうかさ、犬山の死を知っても、まだ小鉄は変化しないのよね。それって、完全にタイミングを逸してるぞ。そのせいで、犬山は「無駄死に」になっている。

犬山の部屋でフィギュアの数々を見た小鉄は、怪獣に入った父がヒーローショーで倒される様子を見てガッカリした少年時代を回想する。
でも、その回想って、何の意味があるのかと。そこからの流れで、帰宅した彼がフンドシを取り出し、それを父が使っていたことを回想するシーンが挿入されるけど、それも含めてギクシャクしまくりだわ。
「ふんどし頭巾」というキャラを用意した以上、主人公がフンドシを被る理由を用意しなきゃいけないってのは分かるのよ。ただ、そこで急にフンドシを持ち出して「父の思い出の品」という設定に言及されても、取って付けたような印象しか無いわけで。
そんなギクシャクした形にするぐらいなら、いっそ「たまたま近くにフンドシがあり、それで顔を隠した」という『究極!!変態仮面』モロパクリの設定にでもした方がマシだわ。

小鉄がふんどし頭巾に変身するのは、万引き女子高生を追い掛けた時。
だが、そもそも最初に怒る相手が万引き女子高生という時点で、「そういうことじゃないだろ」と言いたくなる。
それまでの彼は、「後輩社員の理不尽な頼みを断れない」とか「娘の不倫を目撃しても何も言えない」といった様子が描かれていたわけで。つまり、怒るのであれば、そっちじゃないかと。
ただし、そうなると、ヒーローに変身する意味が無くなっちゃうのよね。
それを考えると、やっぱり初期設定や導入部の描写は大間違いなんだよな。

小鉄が薬局で万引き女子高生を注意した後、「怒ったんです」と満足そうな様子で口にする。そして、ふんどし頭巾に変身して彼女たちを追う。
その辺りの描写から伝わるのは、「小鉄が喜んでいる」ってことだ。つまり、彼は本気で「正義のために行動したい」と思っているわけではなく、ただ変身願望を満たしているだけなのだ。
それって、ただの自己満足でしょ。
あと、変身したのなら、どういう形でもいいから、ちゃんと問題を解決させてあげろよ。
薬局の客には援助交際と誤解されるわ、万引き女子高生には股間を蹴られて逃げられるわと、それじゃあ今までと変わらないだろうに。

小鉄は万引き女子高生を追い掛けた時、フンドシで顔を隠して「ふんどし頭巾」を名乗る。
だが、そもそもフンドシを持ち歩いている時点で不自然だ。
また、すぐに「フンドシで顔を隠そう」と思い付き、そこに何の躊躇も無いってのも引っ掛かる。犬山はパンツマンとして行動していたけど、「だから自分はフンドシで」という思考回路に説得力が乏しい。
いきなり「ふんどし頭巾」を名乗るってのも、まるで脈絡が無いし。
それまでの流れで、「小鉄が『快傑黒頭巾』に憧れていた」という言及があったわけでもないし。

小鉄が簡単に「ふんどし頭巾」へと変身し、ヒーロー願望を満たそうとするのであれば、そこまでに必要なのは「かつて彼がヒーローに憧れていた。でも大人になって夢を諦め、平凡な人生を送るようになっていた」といった描写ではないのか。
ハッキリ言って、「父親の生き方を嫌っていた」という設定なんて、まるで活かされていないぞ。
そんな無為な設定はバッサリと排除して、単純に小鉄だけで性格設定を作ればいい。

小鉄はふんどし頭巾に初めて変身した後も、ほとんど以前と変わっていない。相変わらずヘラヘラと愛想笑いを浮かべているし、弱気な様子を見せている。
娘に中年男のことを尋ねたり、諌早に榎本のリストラ撤回を頼んだりするけど、ものすごく遠慮がちな態度だし、些細な変化でしかない。
もっと大きく変化させなかったら、ふんどし頭巾というギミックが死ぬでしょ。
っていうか、ホントに機能させようという意識が全く見えないのよね。何しろ初めて変身した後、次にふんどし頭巾が登場するまでに、約40分も掛かっているのだ。
だったら、小鉄が初めて変身した後、漫画で研究していた手順は何なのかと。すぐに2度目の変身をさせるための布石だろうが。

塔壱が小鉄に気付くシーンでは、「昔、良く虐められたんですよ」と口にする。小鉄は慌てて否定するが、「ドブに突き落とされたり、靴の中に犬の糞を入れられたり」と塔壱は具体的な出来事を語り、それに関連する回想シーンも挿入される。
つまり、それは事実ということになる。
でも、小鉄は当たり前の人生を送るために、ヘラヘラ笑顔でトラブルを避けて来たんじゃないのか。
そういう設定と「弟の友人を虐めていた」という事実は、矛盾するだろ。

後半、小鉄は「いつも父はヒーローに倒されてばかりだったので、見ているのが辛かった」と語る。さらに、父が死の間際に「お前が正義の味方になればいいんだ」と言い残したことも話す。
冒頭で話した説明と全く違うじゃねえか。父の人生が波乱万丈だったとか、まるで関係が無くなるじゃねえか。
だったら、そういう過去があるのなら、小鉄は「かつて正義の味方になろうと思った」という時期があって、「でも無理だと感じて挫折し、それからは出来る限りトラブルを避けて生きて来た」という設定にした方がスッキリするでしょ。
設定もグチャグチャだし、小鉄の動かし方もグチャグチャだわ。

塔壱が小鉄に気付いたことで、諌早は営業一部の部長補佐に昇進させる。
でも、そんなことより、ふんどし頭巾としての活躍を見せることに集中しろよ。
初めて変身した後は、「小鉄がふんどし頭巾としてパトロールに出掛ける」とか、「悪事を見つけて解決に乗り出す」とか、そういうエピソードを重ねるべきじゃないのか。
なんで全く関係の無い、会社絡みのエピソードを入れるのよ。
しかも、それまで馬鹿にされていた小鉄が会社で昇進する展開になると、彼が怒ったり勇気を持ったりするタイミングが失われるし。

そこからは小鉄が会社汚職工作に巻き込まれる展開になるんだけど、「もはや、ふんどし頭巾とか要らなくねえか」と言いたくなるわ。
一応、「接待に利用された光を救い出す」という展開になった時に、ふんどし頭巾は登場しているのよ。
でも、映画開始から1時間ほど経過して2度目の登場という時点で構成に難があるし、もっとダメなのは会社関連の問題でふんどし頭巾を使うこと。
主人公がヒーローに変身する設定を持ち込んだのなら、それは外で使うべきなのよ。会社内部の問題だけに終始するなら、そんな設定は要らん。

光を助ける時だって、ふんどし頭巾に変身せずに、小鉄のままで行けばいい。変身する必要性も意味も全く無い。どうせ光には、すぐに正体がバレているんだし。
汚職の罪を着せられた小鉄が赤森と諌早の会見場へ乗り込み、証拠映像を見せるシーンでも、ふんどし頭巾になる意味が無い。むしろ小鉄として行動した方がいいわけで。
「顔を隠さなきゃ、いいけいことも言えんのか」と赤森に挑発された小鉄はフンドシを外すけど、そもそも変身している意味が無い。
ようするに、この映画は最初から最後まで、「ふんどし頭巾」というギミックを殺したままで進行するのだ。

(観賞日:2016年10月4日)

 

*ポンコツ映画愛護協会