『グッバイ・ママ』:1991、日本

高級マンションで暮らす野崎かな子は、楠田芳江の訪問を受けた。突然の訪問にもかな子は全く動じず、余裕の対応を見せた。芳江は少し緊張した面持ちで、「貴方のようなキャリアウーマンが、主人のような中古品のどこに魅力をお感じになったのか全く分からないわ」と口にした。彼女は「別れてくれと言いに来たんじゃないんです。どっちを選ぶかは主人の勝手。ただ貴方のことを知りたいの」と語り、いつ夫の真一郎が来たのかを尋ねた。インターホンが鳴ったのでかな子が玄関へ行ってドアを開けると、訪問者は鯛焼きを土産に持って来た真一郎だった。彼は「急に会いたくなって」と言うが、かな子から妻が来ていると知らされると「また来る」と笑顔で去った。
翌日、かな子は親友の加藤美恵子と会い、かつて交際していた大杉昌治の事故死を伝える新聞記事を見せられた。不動産会社の社長である大杉は深夜の首都高で衝突事故を起こし、妻の順子と共に死亡していた。美恵子は「どんな気持ち?」と尋ねるが、かな子は何も感じていなかった。「住んでるマンションは彼に買ってもらった物でしょ?」と言われた彼女は、「人聞きの悪いこと言わないで。立て替えてもらった分は全部返しました」と反論した。
かな子は美恵子から「葬式ぐらい行ってあげたら?」と促され、乗り気ではなかったが墓地へ赴いた。彼女はサッカーボールで遊ぶ少年の健と目が合い、彼が大杉の息子だと知った。かな子は健と一言も話さず、その場を後にした。後日、かな子が証券会社で仕事をしていると内科医院を営む真一郎から電話があり、芳江の誕生日プレゼントを選んでほしいと頼まれた。弁護士の長谷部義治が健を連れて会社に現れ、マンションの名義が順子になっていることを説明した。長谷部は大杉が多額の負債を抱えていたこと、会社の資産や土地と家屋を売って返済したことを話し、そのせいで健が住む場所が亡くなったのだと告げた。
長谷部は健の引き取り手がいないこと、本人がマンションでの居住を希望していることを明かし、かな子に明け渡しを要求した。かな子は腹を立て、顧問弁護士と話すよう告げて立ち去った。彼女は真一郎とレストランで夕食を取り、芳江の誕生日プレゼントとして放送した箱を渡す。箱の中身について、彼女は包丁だと告げた。かな子が帰宅すると、健が荷物を持って部屋の前で待っていた。健が登記済権利証を見せると、かな子は「ここは私の家よ」と睨み付けて家に入れなかった。
健が執拗にドアを蹴り飛ばしたことで騒ぎになり、他の住人たちが出て来た。かな子は仕方なく健を招き入れ、「一日だけよ」と鋭く言い放った。健は生意気で可愛げが無く、かな子は腹を立てた。翌朝になると健は自分の朝食を作り、勝手に食べた。真一郎は芳江に箱を渡し、プレゼントは包丁だと告げる。しかし芳江が箱を開けると、入っていたのはペンダントとイヤリングだった。かな子は長谷部に電話を入れ、健が押し掛けたことを抗議する。長谷部はかな子の弁護士と話したことを伝え、「長引くのは当然で、野崎さんに説明すると言ってしました。しばらくは現状維持ですね」と述べた。
かな子は美恵子と会い、結婚するつもりだと聞かされた。真一郎はかな子に電話を掛けるが、健が出て「大杉です」と言うので困惑した。かな子は夕食として冷凍食品を購入し、電子レンジで温めて食べ始めた。すると健は「それじゃあ栄養バランスが悪いよ」と言い、サラダを作って出した。かな子は真一郎からの電話を受け、留守中に健が出たことを悟った。彼女は真一郎に健ま存在を隠し、混線したのだと嘘をついた。かな子は健に、勝手に電話に出ないよう約束させた。健を寝かし付けた後、かな子は彼と両親のホームビデオを見た。
翌朝早く、かな子の部屋に3人の女性が押し掛けて来た。3人は健が通う小学校の父兄会で役員を務めており、かな子を新しい母親だと思っていた。3人は水曜日に開催される親子サッカー大会にかな子を誘い、健は学校のレギュラー選手だと告げた。かな子は美恵子と会い、今週で会社を辞めると聞かされた。彼女は真一郎の車で、ドライブに出掛けた。「カミさんと別れて、君と結婚しちゃおうかなあ」と真一郎か冗談めかして言うと、かな子は軽く笑って「出来ないくせに」と告げた。真一郎が2人とも同じぐらい愛していると語って「どうすればいい?」と問い掛けると、彼女は「分かんない」と答えた。
かな子が帰宅すると、健は大勢の同級生を招いてパーティーを開いていた。子供たちは部屋を激しく散らかし、かな子の生活用品を勝手に使っていた。かな子は激怒し、子供たちを帰らせた。健が「オレん家だぞ」と口を尖らせると、彼女は「私ん家よ」と声を荒らげた。健が家を飛び出した後、部屋を片付け始めたたかな子は彼の誕生日だったことを知る。翌日、かな子は長谷部からの電話を受け、墓地へ赴いた。健は前夜から両親の墓の前で、全く動かなかったのだ。かな子が謝罪して「昔から人との付き合い方が下手なの」と弁明すると、健は「もういいよ」と受け入れた。
かな子が風邪をひいて高熱を出すと、健はベッドで休ませた。彼は電話帳で調べて山口医院に電話を掛け、往診を依頼した。しかし医師は時間外だの何だのと理由を付けて拒否し、電話を切った。健は真一郎に電話を掛け、往診を要求した。真一郎は事情が良く分からないまま訪問し、寝ているかな子を診察した。彼が「明日には良くなる」と言って帰ろうとすると、健は「傍にいてあげてよ。友達なんでしょ」と告げる。健が買い物に出掛けた後、かな子は目を覚ました。真一郎は健との関係について何も尋ねようとせず、かな子は「冷たいのね」と口にした。真一郎が「事情に立ち入らせないのは、いつも君の方だよ」と言うと、彼女は「聞いてほしい時もある」と口にする。かな子は真一郎に、ブランチ・マネージャーとしてニューヨークに転勤する辞令を見せた…。

監督は秋元康、製作は奥山和由、企画は佐藤光夫、脚本は秋元康&寺田敏雄、撮影監督は鈴木達夫、プロデューサーは須藤秋美&大里俊博&天野真弓、美術は小川富美夫、照明は海野義雄、録音は小野寺修、編集は井上治、監督補は中田信一郎、音楽は大谷和夫、主題歌『駅』は竹内まりや。
松坂慶子、緒形拳、山崎裕太、渡辺えり子(現・渡辺えり)、室井滋、柄本明、神山繁、戸川京子、片桐はいり、尚舞(現・長岡尚彦)、重田千穂子、秋山奈津子、中島宏海、彦摩呂、雅(現・雅まさ彦)、竹内まりや、ベンガル、杉兵助、東銀之介、由紀艶子、勝田治美、コヒエミオコ、橘雪子、平井太佳子、古畑京子、出本夏女、河北由起子、野田修子、杉山みどり、山田知穂、吉田美紀子、松井美樹、高野嗣郎、河原康二、村上真二、岩下謙人、荻浦優、佐野泰臣ら。


作詞家の秋元康が初監督を務めた作品。
脚本は『女神がくれた夏』の寺田敏雄と監督の秋元康が共同で務めている。
かな子を松坂慶子、真一郎を緒形拳、健を山崎裕太、美恵子を渡辺えり子(現・渡辺えり)、芳江を室井滋、長谷部を柄本明、証券会社の社長を神山繁、かな子のアシスタントを戸川京子、健の担任教師を片桐はいり、真一郎の息子を尚舞(現・長岡尚彦)、父兄会の役員のリーダー格を重田千穂子、楠田内科医院の看護婦を秋山奈津子、真一郎の息子の恋人を中島宏海が演じている。

かな子は不倫相手の妻が急に訪ねて来ても、全く動じず余裕の態度で接している。悪びれる様子も皆無だし、遠慮する様子も無い。
そして不倫相手である真一郎も、妻がマンションに来ていると知らされても全く動揺せず、笑顔のままで「また来る」と立ち去る。まるで妻が来るのは想定内とでも言わんばかりの余裕である。
かな子の対応はともかく、真一郎が余裕綽々なのは違和感がある。
っていうか「かな子が不倫を全く悪びれていない」ってのを最初にアピールしたいってことなんだろうけど、このシーンから始める構成自体、果たして正解だったのかも大いに疑問だ。

かな子は美恵子から真一郎との関係について「愛人」とか「浮気」と言われると、すぐに「その言い方はやめて」と咎める。「どうして不倫してる女って事実を認めたがらないんだろう」と美恵子が口にすると、彼女は「私たちの場合はね、もっと大人の恋なのよね」と語る。
ところが真一郎からの電話で妻の誕生日プレゼント選びを頼まれると、「どうして愛人の私が、浮気相手の本妻の誕生日プレゼントを選ばなきゃいけないわけ?」と言う。
あえて「愛人」「浮気」のどちらの言葉も使うぐらいだから、意図的に用意した台詞なんだろう。
だけど親友の言葉にいちいち引っ掛かるぐらいなら、自分で認めるのは違うだろ。

大杉の事故死について知らされた時、かな子は何も感じる様子が無い。
「別れてから全く会っていないから」と説明しているが、それでも昔の恋人が事故死したことを知らされて何も感じないってのは、ものすごく薄情に見えるぞ。
まあ健への態度を見る限り、実際に薄情という設定なのかもしれない。
ただ、そうであっても、かつて愛した男が事故死しても何も感じないのは、やっぱり何か違うんじゃないかと思うんだよなあ。

レストランの夕食シーンで、かな子は真一郎に対して苛立ちをぶつけている。会社で芳江の誕生日プレゼントを選んでほしいという電話を受けた時には笑顔で余裕を見せていたのに、レストランでは本気の怒りモードで責めている。
それはもちろん、長谷部と健の来訪による苛立ちが表れているのだ。
ただ、そこで急に「奥さんにバレて何ともないの?私に何か言ったら?心配掛けたとか」と言い出すのは、もう完全にタイミングがズレている。
あと真一郎は「冴えない中年男」という設定のはずなのだが、それにしては「個人病院の経営者」というキャラ設定が中途半端だ。もっと徹底して「髪結いの亭主」みたいにしちゃった方がいい。

健は初めてマンションに来た時、かな子の入浴中に勝手に屋内を物色する。かな子が証券会社の仕事で使っているパソコンを勝手に操作し、株式市場を確認する「MOVING AVERAGES」の画面を表示して意味も分からないままボタンを押す。
でも、それでかな子の仕事に影響が出ることは無い。後で彼女がパソコンを見ると、ゲーム画面になっているだけだ。
これだと、「健が勝手にパソコンを使った」という行動の意味が薄い。
っていうか、株取引で使っているパソコンで、何をどうやったらゲーム画面になるのかサッパリ分からんぞ。

粗筋で書いたように、健は冷凍食品を食べるかな子を見て「栄養バランスが悪いよ」とサラダを作って出してあげる。これに対し、かな子は穏やかな笑顔で礼を言う。
だけど、その直前まで、健はかな子に激しく反発していたし、かな子は健に強い嫌悪感を見せていたはずで。
それなのに、なぜ急に健はかな子の健康を気遣い、サラダを作る優しさを見せるのか。それに対して、なぜかな子は優しい笑顔で母性を感じさせる対応を取るのか。
あまりにも急に舵を切っていないか。

健はかな子から「外出中に電話に出てはいけない」と指示されると、素直に承諾している。そこで全く反発しないのは、急に聞き分けが良くなっているように感じるぞ。
その後、かな子は健から真一郎との関係を詮索する質問を受けても腹を立てず、かなり柔和で優しい対応を見せている。本気で疎ましいと思っている様子は皆無だ。
「少しずつ変化する」というスムーズな移行は皆無で、だからと言って「急激に変化する大きな出来事」があったわけでもない。
かな子と健を疑似親子にするための作業が、あまりにもお粗末だ。

父兄会で役員がサッカー大会の勧誘に来たことに関して、健は「お節介なんだよ、あのオバサンたち」と疎ましそうに言う。
それに対して、かな子は「みんな心配してくれてるのよ」と穏やかに言う。
早朝から自分と何の関係が無い連中が押し掛けて眠りを邪魔されたのに、その反応は違和感だわ。
そういうのに不快感を抱きそうな彼女が、むしろ肩を持つようなコメントを口にするのね。もうすっかり健の母親代わりとしての意識が芽生えているのね。

誕生日パーティーの件で、かな子は怒鳴ったことを健に謝罪する。
だけど、幾ら誕生日であっても、勝手に大勢の子供を呼んでパーティーを開き、かな子の生活用品をメチャクチャに荒らしているので、ここでは健の肩を持つ気にならない。
そこまでは、どちらかと言えば、かな子に問題があると感じていた。でも、そのパーティーのシーンによって完全に印象が逆転する。
あとさ、その直前のシーンでは急激に聞き分けが良くなっていたのに、誕生日パーティーでは悪ガキ度数のメーターを一気に振り切っちゃうのは、キャラの扱いが雑すぎるんじゃないかと感じるぞ。

しかし、そんな諸々の問題を一気に吹き飛ばすような展開が、その直後に待ち受けている。先に書いておくが、「吹き飛ばす」というのは決して好意的な意味で使った表現ではない。もっと酷い演出が待ち受けているから、そこまでの問題が吹き飛ぶという意味だ。
それは、かな子が誕生日だと知った後、健のターンに切り替わったタイミングで挿入歌の『元気を出して』を流す演出だ。
まず、タイミングとして完全におかしい。っていうかタイミングが云々という以前に、話の内容と歌詞が全く合っていない。
この歌は失恋した女性を励ます内容なので、かな子と健の関係には全く合致しないのだ。なのに、そんな歌をフルコーラスで流すという暴挙に出る。
これにより、この映画は「あまりにも長すぎる、そして全く内容が合致しない『元気を出して』のミュージック・ビデオ」と化すのである。

転勤を促されたかな子が、「健への母性も芽生えているので迷う」ってことになるのかと思ったら、ほとんど悩まないでニューヨーク行きを決める。
それどころか、健には何も言わずに準備を進め、そのままニューヨークへ行こうとする。
ハンバーグを作る材料を買って健が帰宅すると、荷物が全て消えて、もぬけの殻になっているという始末なのだ。
後のことを全て長谷部に任せているとは言え、それは自分を慕ってくれた健に対して、あまりにも冷淡な仕打ちじゃないか。

これが「健に未練を残さず新しい場所で馴染んでもらうため、あえて酷い人間を演じて別れた」ってことなら、まだ分からんでもないよ。
だけど、そういうことじゃなくて、シンプルに「内緒にしたまま旅立とうとする」ってだけだからね。
空港へ向かう車の中で健を気にする素振りを見せるけど、それは何かしらの形で「ニューヨークへ行く」ってのを伝えた奴が取るべき態度だわ。
本人に直接言えなかったとしても、せめて置き手紙ぐらいは残せよ。
いや、それでも「ニューヨークー行くかもしれない」という情報さえ健には伝わっていないから完全なる騙し討ちになるので、かなり酷いとは思うけどさ。

映画のラストで、健は真一郎の協力で空港へ行く。彼はかな子を見つけて呼び掛けるので引き留めるのかと思いきや、そうではない。先にかな子が「ニューヨークー行くの、やめる」と言い出すと、健は「行かないと後悔する」と言う。
では何のために来たのかと思ったら、「俺も楠田も今は何もしてあげられない」と告げて登記済権利証を見せる。すると母親の名前を消して、かな子の名前が下手な字で書いている。
健は「かな子の家だよ。いつでも帰っておいで」と言い、かな子は抱き締めてからニューヨークに出発する。
でも、これだと何も締まっていないよね。かな子が楠田の不倫関係は完全に終わった感じじゃないから、戻って来たら復活しそうだし。健は遠縁の家に移るから、かな子とは疎遠になっちゃうし。
「それで結局、どうなんのよ」と言いたくなるような、煮え切らない結末だわ。

(観賞日:2024年8月26日)

 

*ポンコツ映画愛護協会